王都の喧騒の中を歩きながら、二人はしばらく言葉を交わさなかった。
先ほどまで自分たちを拘束していた者たちの正体、そしてソーウィが語った「ゼマフェロスの解放」という言葉が、頭から離れない。
やがて、ヒナミリが沈黙を破った。
「ねえ、ゼスナディ。……本当に、フィーナを疑ってるの?」
ゼスナディはすぐには答えなかった。
少し俯き、考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……俺の夢は、故郷がメリの支配から脱することだ。フィーナも、それは同じだと思う。でも俺は、メリの奴らを根絶やしにして、奪い取るような独立はしたくない」
ヒナミリは黙ってゼスナディの話に耳を傾ける。
「ヒナミリのおかげで、メリ人がみんな心の底からゼマフェロスを憎んでるわけじゃないってことも分かった。メリ人だからって、全員が敵ってわけじゃないんだ」
ゼスナディは一度言葉を切った。
「でも、フィーナのいるあの組織は……武力ですべてを解決するつもりなんじゃないか」
その言葉に、ヒナミリも黙り込んだ。
二人には思い当たる節があった。
組織の拠点らしき部屋から出る際、二人は大量の武器が保管された部屋を目にしていたのだ。
あれだけの武器を、ただ身を守るためだけに用意しているとは考えにくい。
「……私も、そう思う」
ヒナミリは小さく頷いた。
「でも……だからって、フィーナが悪い人だとは限らないんじゃない?」
「……分かってる」
ゼスナディはそう答えたものの、その声には迷いが残っていた。
「フィーナが何を考えているのか、俺にはまだ分からない。でも……あの組織が何をしようとしているのかを知らないまま、ついていくのは危険だと思う」
二人は再び黙って歩き始めた。
しばらくして、ヒナミリがぽつりと呟く。
「……一度、戻る?」
ゼスナディは足を止めた。
頭の中には、先ほどフィーナから告げられた言葉が浮かんでいた。
――俺たちのことを信じて、一緒に戦ってくれ――
「……それも、ありだと思う」
しかし、ゼスナディはすぐに続けた。
「ただ、戻ったところで何が分かる? フィーナたちが何をしようとしてるのか、俺たちは何も分かってない」
「じゃあ……どうするの?」
「それを、本人に聞くしかない」
二人は顔を見合わせた。
そして、来た道を振り返る。
自分たちは今、メリの支配から故郷を解放するという同じ目的を持った者たちの前にいる。
しかし、その目的へ至る道は、本当に自分たちが望んでいるものなのだろうか。
「……もう一度、話してみよう」
ゼスナディはそう言って、ゆっくりと歩き出した。
ゼスナディたちは、一度通った道を引き返して組織の拠点へと戻った。
先ほどまで二人を取り囲んでいた者たちは、何事もなかったかのように、それぞれの作業へ戻っていた。
武器の手入れをする者、何やら紙に書き込んでいる者、仲間同士で小声で話し合っている者。
そこには、ゼスナディたちが想像していたような荒々しさはなかった。
牢に入れられていた場所とは思えないほど、軽い雰囲気だった。
先ほどまで自分たちを拘束していた者たちだ。
警戒する気持ちは消えない。
しかし、少なくとも今の彼らから敵意を感じることはなかった。
むしろ、フィーナと同郷だということを知ると、とても馴れ馴れしい様子にもなっていた。
「おお、ずいぶん早かったな」
ゼスナディとヒナミリが振り返ると、フィーナがこちらへ歩いてくるところだった。
「もう用事は済んだのか?」
「まあ、そんなとこだ」
ゼスナディは少し間を置いてから、フィーナを見た。
「返事は決まったか?」
「いや、そういうことじゃないんだ」
「時間がないんだ。あんまり長引かせてほしくないんだが……」
フィーナは少しムスッとして、横にあるぼろくなった椅子に座った。
その雰囲気を断ち切るように、ゼスナディは口を開いた。
「王都に行った後の動向を詳しく聞かせてくれないか?」
フィーナは少し意外そうな顔をした。
「王都に行った後?」
「俺たちは、お前たちのことをまだ何も知らないんだ」
ゼスナディはそう言って、先ほど見た武器庫の方へ一瞬だけ視線を向けた。
「さっき俺たちを拘束したことも、ここにある大量の武器も、全部気になってる。お前たちが何をしようとしているのか、俺にはまだ分からない」
「なるほどな」
フィーナは腕を組み、少し考え込んだ。
「たしかに、何も知らないのに急に話を進めたのは酷だったな。すまない」
三週間前。
フィーナは村を離れた後、仲間と合流し、王都へ向かった。
もともとは王都の地下組織ではなく、有志たちで集まった小さなグループにフィーナは属していた。
目的は、メリの動きを探るためだった。
ゼマフェロスの現状を調べて、今後どう動くべきかを考えるために。
そのために、王都の一角にある徴税を扱う役所に入り込み、台帳を盗んで写しを取ることを決めた。
住民からどれだけ搾り取っているのか。
それに、若者がどれだけ徴兵されているのか。
それが分かれば、メリがゼマフェロスをどう扱っているのかも見えてくると思った。
夜な夜な、数人のグループで役所に忍び込み、建物の一番奥にある台帳を盗んだ。
案外警備は薄く、巡回している眠そうな警備員の目をかいくぐるだけの仕事だった。
結果は思った通りだった。
徴税額がここ数年で急激に増えている。
若い男性の徴兵数も異常に多い。
そして、特定の地域――ゼマフェロスだけ、徴税も徴兵も厳しい。
……これは、独立運動を潰すためだけじゃない。
メリはゼマフェロスで、何かを企んでいる。
この情報を元手に、王都にいる反メリ派の人物に接触しようとした。
その時だった。
ある日突然、メリの兵士に囲まれ、あっさりと連行された。
そんな中、何日か経ったある夜、二人の兵士が牢の扉を開け、釈放された。
今までの経緯を話すと、彼らもメリの支配に反発しているゼマフェロス人だということが分かった。
その二人に連れられ、王都のはずれにある建物の地下へ連れていかれた。
ーーー
「……それが、この組織?」
「そういうことだ」
ゼスナディは黙り込んだ。
話を聞けば聞くほど、謎は深まっていく。
フィーナ自身も、この組織についてすべてを知っているわけではないらしい。
「じゃあ……お前は、ここに来る前からこの組織の一員だったわけじゃないのか?」
「違うな」
フィーナは首を横に振った。
ゼスナディとヒナミリは顔を見合わせた。
そして、この先どうするべきなのか、再び迷い始めた。