「ソーウィを探さないと」
切り出したのはゼスナディだった。
初夏の陽光を避けて、路地裏の暗がりに二人は居た。追手に見つからないところまで逃げた上で息を整えていたところだった。
ヒナミリは琥珀色の瞳を瞬かせて、胡乱げに目を細める。
「探すって言っても……手立てはあるわけ? 下手に動いたら、お国の人に見つかっちゃうでしょ?」
「廻米問屋なんだろ、なんか無いのか」
「ちょ、人を便利道具みたいに……!」
腕を組んで、ゼスナディを見る目はそこまで厳しいものではなかった。
彼女は別に追われている身ではない。しかし、久しぶりに再会した幼馴染の進退は気になる。それがヒナミリという乙女だった。
静寂が訪れる。何かいい案が無いかと二人で考えていると、路地の奥の方から人の気配が感じられた。
灰色のローブに身を包んだ人影が三つ。そのフードの中の顔色はうかがい知ることは出来なかった。あまりにも怪しいその姿はどう見ても官憲の類には見えない。
本能的に危機を感じたゼスナディはヒナミリを背後に隠すように一歩前に出た。
「お前らがうちを嗅ぎ回ってるという二人か」
「……何者だ」
そう問いかけた途端、背後からヒナミリの悲鳴が聞こえた。
同時に腹部に強烈な衝撃が走る。
「かはっ……!?」
ふらついた瞬間に頭に麻布を被せられる。薄れていく意識の中、抵抗することもままならず、ゼスナディはただただ連行されるほか無かった。
意識を取り戻したのは石造りの部屋の中だった。いつの間にか麻布は取り外されており、両腕は拘束されている。部屋はそれほど大きくはなく、陽光が漏れ出す窓が一つと厳重に閉ざされた鉄扉が一つという感じだった。
不安そうに見つめるヒナミリとゼスナディの視線が合う。彼女ははっとしてゼスナディに近づいた。
「ゼスナディ! よかった、意識を取り戻して……」
「ここは……どこだ。奴らは一体……?」
ヒナミリは残念そうに首を振る。
「結局良く分からなくて……ここに入れられて待ってろって言われてもう結構経つんだけど」
そんな話をしていると、不意に鉄扉が開く。ローブの男が一人とその背後に誰かの人影が見えた。
「ソーウィさん、こいつらです。町中で不審な動きをしてて、もしかしたら裏切り者じゃねえかと思って」
「待て、ソーウィ?」
その声に背後の人影はぴくりと反応する。男を退けて出てきたのは紛いもなくソーウィ・フィーナその人であった。
「ゼスナディじゃないか! なんでこんなところに」
「こっちの台詞だ、いきなり殴られてここまで運ばれてきたんだぞ」
ソーウィは呆れ返った様子で額に手を当てて、天を仰いだ。
「馬鹿どもが、こいつは俺の村の親友だ。裏切り者なんかじゃない」
「し、しかし、それじゃあ……」
「鍵を渡せ。もう良いから、下がってろ」
男は肩を落としながら、ソーウィに鍵を渡すとそのまますごすごと部屋を出ていった。
「一体なんなんだ、ソーウィ。あのローブの集団といい、この場所といい。お前は王都に仲間たちが居ると言ってたが」
「そういうことだ」
ソーウィは二人を拘束する手枷の鍵を外しながら、ばつが悪そうに呟く。
「どういうことだ、はっきり言ってもらわないと困る」
「この組織はな、王国の横暴に抵抗するために作られたゼマフェロスの民のための組織だ。俺達はここで情報と力を蓄えながら、ゼマフェロスの民を解放するために働いている。そして、時が来れば王国に反旗を翻すんだ」
「反旗を翻す……」
大きくなっていく話にヒナミリはついていけないようで、口をぽかんと開けてしまっていた。
「ゼスナディ、ここに来たのも何かの縁だ。お前も一緒にここで働かないか。ゼマフェロスの未来のためにはお前のような聡明な若いやつが必要なんだ」
「ま、待て、話が早すぎる」
「迷っている時間はない。今も故郷で苦しんでいる人々が居る。全てメリの人間の無用な横暴のせいだ。ゼマフェロスは長い間虐げられてきた。その長年の歴史の中で人々は自立の精神を失った」
ソーウィはその真剣そうな顔をゼスナディに近づけた。
「だから、意志ある人間が立ち上がらないといけない。今こそ、その時だ。ゼスナディ、分かるだろ?」
迫るソーウィにゼスナディは決めあぐねていた。
反旗を翻す、自立を取り戻す、聞こえはいいが本当にそんなことが可能なのか。それにそもそも――
「少し考えさせて欲しい。少しだけだ、時間をくれ」
「……迷っている時間はないと言ったはずだが」
「王都にやり残したことがあるんだ、それを済ませて戻ってくる。そのときに答えを明かそう。必ずだ」
ソーウィは腕を組んで、瞑目した。しばらく考えるように唸った挙句、首肯して目を開いた。
「わかった、お前のことだからその用事とやらは大切なことなんだろう。行ってくるといい」
「ありがとう、すぐに戻ってくる」
立ち上がって、ヒナミリに手を伸ばす。彼女はこくりこくりと頷きながらその手を取ってくれた。
ソーウィは組んだ腕を解いて、真面目そうな表情でゼスナディを見据える。
「良い答えを期待している」
ゼスナディは答えなかった。ただ、頷いて、そしてその部屋から去っていったのだった。
太陽の光が久しく感じるほどに二人の緊張は大分ほぐれていた。依然官憲に追われている身ではあるものの、あの場所に居たままでは考えを整理することもままならなかっただろう。
ゼスナディの横を歩くヒナミリは怪訝そうに彼へと視線を向けた。
「用事なんかあったっけ?」
「無いな、取り敢えず言っただけだ」
ヒナミリが「はぁ?」と疑問の声を上げる。
「なんでさ、友人があんなに必死に参加してくれって言ってるのに」
「いや、考えても見ろよ。釈放された理由が良く分からないじゃないか」
はっとしたヒナミリは思い出す。
確かに地下牢に居たはずのソーウィは、ゼスナディが来たときには何故かすでに居なくなっていたのである。
「で、でも、あの組織とかいうのの仲間たちが出したんじゃ?」
「いや、そんな足がつくようなやり方は危険でやらないだろう。しかも、看守は『王宮の人達』が連れて行ったと言っていた」
ヒナミリはそれを聞いてううむと悩みこむ。
そう考えると、確かにソーウィという存在が訝しいものに思えてくる。果たして自分たちはどの道を選択するべきなのか、二人は岐路に立たされていた。