―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 ハンガー―
食堂から一斉に駆け込んできた面々が、次々と出撃準備を整えていく。ネウロイは基地のすぐ傍まで来ているらしく、彼女達に猶予は無かった。
「各機、準備の整った者から離陸を! 編隊は空中で組んでください!」
自身も準備を整えながら、手を止めること無く声を張り上げるミーナ。
「ゲルトルート・バルクホルン、出撃する!」
一足先に出撃準備を終えたバルクホルンが、我先にとハンガーから飛び立っていく。
「エーリカ・ハルトマン、出るよ!」
バルクホルンに続いて、ハルトマンも空に上がった。
次々と出撃していくウィッチ達を見ながら、天雷に慎重に魔法力を注ぎ、調子を確かめる俺。
(…最大出力は厳禁。
おまけに敵は未知数。…流石に厳しいな)
珍しく泣き言を内心で呟く俺。そんな俺に、ペリーヌが心配そうな視線を投げかける。
そんなペリーヌに、俺は苦笑を投げかける。
「そんな顔をしないでくれ、ペリーヌ。…大丈夫。行けるさ」
その言葉に、ペリーヌは一瞬だけ目を伏せて、すぐに前を見据える。凛とした、ウィッチとしての顔で。
「…分かりましたわ。ペリーヌ・クロステルマン、行きます!」
俺の隣から、勢い良く滑り出していくペリーヌの背中を目で追い、一度深呼吸する俺。
「…俺、出るぞ!」
スロットルを押し込み、自身を前に押し出す。
(…そうだ。ペリーヌを護る。それだけを考えろ、俺!)
戦場を、空を飛ぶ意義と意思を再確認した俺は、次の瞬間には大空へと駆け上がっていた。仲間の待つ、大空へ。
―同隊同基地近郊 海上―
十二人のウィッチは、基地を発って程なく、ネウロイの影を目視した。
「敵を目視。なんだあれは…」
最前列を飛ぶバルクホルンが、思わずといった声を上げる。
ネウロイは球状の中型を中心に、小型がその周りを取り巻くように多数飛んでいる。その様は、まるで汚物に群がるハエを連想させた。
「それぞれロッテを組んで散開。まずは小型ネウロイを叩きます!」
ミーナが指示を出し、全機がそれぞれロッテを組んでゆく。
「行くぞハルトマン!」
「りょーかい!」
迅速にロッテを組んだバルクホルンとハルトマンが先陣を切って加速する。
天敵の存在を察知した黒い球状のネウロイは、自身は動かず夥しい数の小型を二人のウィッチに差し向けた。
「このっ…小賢しい!」
「数が多いよー!」
バルクホルンの放った多数の鉛玉が、戦端を開いた。次々と二人組みのウィッチ達が、あらゆる角度からネウロイの集団に迫る。
「俺! 無茶はするなよ!」
俺の近くを飛行していた坂本が、俺を気遣う。
「大丈夫ですよ。全力を出す前に片付けます。行くぞペリーヌ!」
「はい!」
俺とペリーヌは、互いにフォローし合える位置につくと急降下、下から小型ネウロイの集団に迫った。
「落ちろ!」
俺の両手のMG42から放たれた銃弾が、次々と小型ネウロイを撃墜してゆく。俺の撃ち漏らしは、後方に追随するペリーヌが冷静に叩く。
二人はまさに一心同体といったコンビネーションで、次々と小型を落としてゆく。
模擬戦で見せた高度な連携は、実戦でも存分に発揮されていた。
「よし、行くぞルッキーニ!」
「うん!」
俺に負けじと、
シャーリーとルッキーニも派手な攻勢に出る。
「行けー!!」
固有魔法である加速を存分に活かし、ルッキーニの為のカタパルトとなるシャーリー。
強烈な加速を得たルッキーニが、多重シールドを発生させる。その頂点には、ネウロイの装甲をも易々と貫通する威力の光熱が携えられていた。
「とりゃー!!」
疾風のようにルッキーニが小型ネウロイの中を駆け抜け、その光熱に触れたネウロイを容赦なく砕く。
ルッキーニが駆け抜けた空間をシャーリーが抜け、その背後の支援に回った。
その向こうでは、エイラが固有魔法を使って小型ネウロイの機動を予測、一点に集めるべく牽制の銃弾を次々と放つ。
「ほらほら、こっちダ!」
誘いに乗った小型ネウロイが、次々と一箇所に集められていく。十分に集まったところで、エイラは急速にブレイク。集団から離脱する。
「サーニャ!」
「うん…!」
エイラのやや後方に控えてフリーガーハマーを構えていたサーニャが、満を持して引き金を絞る。
直前まで一つの目標のみを追い回し、結果として墓穴を掘った小型ネウロイは、自身に迫るロケット弾に全く対応できなかった。
爆炎の中砕け散るネウロイの破片を蹴散らし、エイラは獰猛に次の敵へと狙いを定め、サーニャはその後ろを追随していく。
一方で、距離を取って小型ネウロイに攻撃を加えているのは、宮藤とリーネのロッテだ。
「芳佳ちゃん! 右から来てる!」
「大丈夫!」
狙撃に集中し、手が離せないリーネを宮藤が援護する。その間にリーネは優れた目でもって冷静に小型ネウロイを捕捉、撃墜していく。
他のロッテと比較して派手さは無いが、小型ネウロイの数を着実に減じさせていく二人。
「芳佳ちゃん! 次はあそこに行こう!」
「うん!」
狙撃地点を変更し、優位を保ち続けることも忘れない。両名の成長が垣間見える戦闘運びだった。
善戦するウィッチ達の遥か上方では、坂本とミーナがコアの捜索に当たっていた。
「妙だな…」
魔眼を用いて戦場をくまなく俯瞰しつつ、違和感を呈する坂本。
「…やっぱり、見当たらないかしら?」
その坂本の護衛につくミーナが坂本に尋ねる。
「中型にもコアは見当たらない。そもそも、コアの気配も無い。だが、陽動の線も薄いな。サーニャの魔導針に引っかからないわけが無い」
坂本は中心点の中型に当たりをつけて捜索したのだが、コアは一向に見つからなかった。だが、周囲の小型ネウロイにもコアは見つからない。
しかし、かといって陽動の可能性も低い。
「とにかく、小型及び中型の殲滅に尽力しましょう」
「そうだな。しかしあの中型、全く動きを見せないな…」
坂本の言葉通り、戦闘が開始されて以来中型ネウロイはビームを撃つでもなく、文字通り動いていなかった。
「…不気味ね」
「だが、落とすことに変わりはない。行くぞミーナ!」
坂本を先頭に、二人は激戦の最中に飛び込んでいった。
戦況は、緩やかに変化しつつあった。ウィッチ達の善戦によって、小型ネウロイはその数を当初の半分以下にまで減らしていた。
「俺さん、後ろ!」
「了解、よっ…と」
ペリーヌの警告を受けて、俺は右手のMG42を肩に担ぐように後ろに向け、かなり無茶な体勢で引き金を引く。
俺の後ろに迫っていた小型ネウロイは、その姿を視認されることなく撃墜される。
「しかし、キリが無いな…」
「ええ…」
俺とペリーヌは、互いに背中合わせに滞空する。小型ネウロイの数は減っているが、全滅したわけではない。しかも、依然中型ネウロイは健在。
「…中型に仕掛ける。援護してくれ」
「ええ、分かりましたわ」
ペリーヌが頷くのを確認し、俺は中型ネウロイ目掛けて突撃する。射程に入ると同時に、二丁のMG42の引き金を絞る。
銃弾が着弾する直前、
初めて中型ネウロイが動いた。予想以上に機敏な動きで、全ての銃弾を回避したのだ。
「っ…こいつ!」
俺は逃げた方向と、次の回避予想位置にそれぞれ銃口を向けると、今度こそ必中を狙って銃弾を放つ。
だが、中型ネウロイは俺の予想以上の機敏さを持ってそれらを全て回避する。一通り回避した後、中型ネウロイは体当たりを仕掛けるように俺に迫る。
「俺さん!」
その動きを見越したペリーヌが、ブレンガンで中型ネウロイを狙う。が、即座に回避行動をとった中型ネウロイに銃弾が食らいつくことはなかった。
「ちっ…素早いな。だが、遠距離の攻撃手段は無さそうだ」
俺の言葉通り、中型ネウロイにはビームの発射口と思われる赤い装甲が無かった。
「接近して叩きましょう。いいですわね?」
「よし。行くぞ!」
再び二人は中型ネウロイに接近しようと加速する。だが、そこで恐れていた事態が起きた。
「ぐっ…!?」
天雷の推力が下がり、俺の姿勢が崩れたのだ。
「こんな時に…!」
俺が魔法力を微調整し、なんとか推力を取り戻そうとした時、ペリーヌの悲鳴に近い声が俺の耳に刺さる。
「俺さん!! 前!!」
反射的に前を見上げた俺の視界に広がる、黒。中型ネウロイが、俺の隙を狙って突撃を仕掛けてきたのだ。
当然、俺にはシールドを張る余裕も無い。ストライカーの制御を取り戻すことに苦心しているため、相殺に裂ける魔力も少ない。
(ああ…またか)
死を目の前に、それを実感できない。あの時俺を襲ったものと、同じ感覚。だが、それはまたも長くは続かなかった。
「…俺さん!!」
横合いから、ペリーヌが俺を突き飛ばしたからだ。
「な…ペリーヌ!!」
俺が姿勢を戻すより速く、ペリーヌはネウロイと衝突する。その様を間近で見せ付けられた俺の目が、さらに見開かれる。
衝突の瞬間、ネウロイの表面が液状化し、ペリーヌの半身が飲み込まれたのだ。そして、そのまま中型は戦闘空域から離脱していく。
(あいつ…ペリーヌを!!)
俺がネウロイの意図を察知するのと、なんとか天雷の制御を取り戻すのは同時だった。
「おぉぉぉぉぅあぁぁあああぁああああぁ!!」
雄たけびを上げると同時に、俺はありったけの魔力を天雷に叩き込む。
MG42をも投げ捨て、後先を考えずに爆発的な推力を得た俺が、ペリーヌを取り込んだまま離脱していくネウロイに追いつこうと駆ける。
「ペリーヌっ!!」
「俺、さんっ!!」
半身を取り込まれながらも必死に抵抗するペリーヌが、追いついてきた俺に手を伸ばす。
(もう、失うのはごめんだ!!)
俺も、その手を全力で伸ばした。二度と、大切なものを失うまいとして。
二人の指先が、僅かに掠めた。
「っ!!」
俺が更に手を伸ばそうと、今一度天雷に魔法力を叩き込んだ。
だが、無情にも限界が訪れる。大量に流し込まれた魔法力に、ついに天雷が耐え切れなくなったのだ。
「うわっ!」
天雷が、小爆発を起こした。エンジンが緊急停止し、俺は翼を失う。
さらに行き場を無くした魔法力が天雷の内部を暴れ回り、内側から機体の傷口を抉る。そのダメージの余波が、俺にも逆流した。
「ぐっ…!!」
推力を失い、加えて内外のダメージに耐えられずに墜落していく俺。ペリーヌの悲鳴が俺の耳に届く。だが、最早俺にはどうすることも出来なかった。
(俺は…俺は…また…っ!)
墜落しながら、唇を噛み千切らんばかりに噛み締める俺。伸ばした手は、すでにペリーヌには届かない。
「…クソッタレがぁぁああぁああああぁぁあ!!!!」
悔恨の叫びと共に、海面に没する俺。皮肉にも、最後の小型ネウロイが駆逐されたのと時を同じくして。
この日、ストライクウィッチーズは、ウィッチを失うという発足以来の大打撃を受けた。
―同隊同基地 医務室―
「…ペリーヌ!!」
医務室のベッドで俺は飛び起きた。その瞬間、体の外に痛みが、内に妙な虚脱感が走る。思わず俺が呻いたところで、医務室の扉が開かれる。
「あら、目覚めたのね?」
そう俺に声をかけたのは、ブリタニア基地に勤める軍医だった。軍医は俺の傍まで来ると、ベッドサイドを指差した。
俺がそちらに視線を転じると、折りたたまれた眼鏡があった。一先ず、眼鏡をかける俺。
「さて、俺君も起きたことだし、ミーナ隊長に一報入れないとね」
そう言って部屋の隅に行き、内線の受話器を手に取る軍医。
軍医が恐らくミーナに俺が起きたことを伝えているであろう間に、俺は直前までの記憶を整理し始めた。
(俺は…落ちた、んだよな…)
そこまで思い出して、俺の胸に激しい鈍痛が襲い掛かった。
(そうだ…俺は…ペリーヌをっ…!)
激しい後悔と、自身の愚かしさに思わずシーツを強く掴む俺。そんな俺に、連絡を終えた軍医が歩み寄る。
「さ…まず、君の症状だけど」
顔を上げた俺が、軍医の台詞を遮って言う。
「…着水時の全身打撲。及び、暴走魔法力のフィードバックによるダメージ、か」
「なんだ、把握してたの。まあ、主に君を昏睡状態にしていたのは、そのフィードバックによるダメージね」
どれだけ無茶したらそうなるのかしら、と軍医はやや苦笑する。
「全身打撲の方は、宮藤さんに感謝なさい。彼女、必死になって貴方に治癒魔法をかけていたのよ?」
なるほど、と自身の体調を振り返り、納得する俺。
かなりの高度から俺は海面に叩きつけられたのだ。残った魔法力で僅かながらも相殺が発動していなければ、恐らく死んでいた程の。
それが今はほとんど後遺症も痛みも無いということは、それほど宮藤が尽力したということだろう。
ふと気がつけば、廊下から騒がしい音が聞こえてくる。
「もう来たのね」
じゃあね、と軍医は医務室の奥に向かった。俺が軍医に頭を下げると同時に、扉が騒がしく開かれた。
「おれー!!」
一番に飛び込んできたのは、やはりというべきか、ルッキーニだった。勢いを殺さずに、俺の寝ているベッドに飛び込むルッキーニ。
「ぐっ…」
「おれ! 痛くない? 大丈夫?」
俺に馬乗りになったまま、ルッキーニは真摯に心配そうな表情を投げかける。
「こら、ルッキーニ! 怪我人に乗っちゃ駄目だろ!」
シャーリーが慌てて俺からルッキーニを退かす。俺はやや痛々しい苦笑を浮かべた。
「ああ。大丈夫だよ、ルッキーニ」
本当はルッキーニに乗られた辺りが鈍く痛むのだが、それを表情に出さずにルッキーニの頭を撫でる俺。
「あの、俺さん。何処かまだ痛むところとかありますか…?」
後から入ってきた宮藤が、おずおずと俺に声をかける。
「大丈夫だよ、宮藤。ありがとな」
よかった、と宮藤はほっとした顔を見せる。
その後ろから、部隊の全員が医務室に入ってくるのが見えた。全員の表情が、俺を見て安心したように緩む。
そこから、ミーナと坂本が前に出てきた。思わず、表情を引き締める俺。
「まずは、無事でよかったわ、俺さん。貴方、二日も目を覚まさなかったのよ?」
ミーナがそう俺に言う。黙って頭を下げる俺。
「そうですか…俺は、そんなに…。あの…ミーナ隊長、ペリーヌは…?」
俺は顔を上げ、一番気になっていたこと、一番聞きたくないことを聞いた。その質問に、ミーナは俯いてしまう。代わりに、坂本が口を開いた。
「…俺。まず、あれを見ろ」
坂本が、窓の外を指差す。そちらに目をやる俺。そして、その目に驚愕の色が満ちる。
この基地からはやや遠い海上だが、ここからでも視認できるような赤い物体が、夜空に浮いていた。
それが巨大なネウロイのコアであることを理解するのに、俺はさほど時間をかけなかった。
「二日前、ペリーヌが鹵獲された日に、あれが現れたんだ」
「…それで?」
俺は巨大なコアに目を奪われたまま、続きを促す。
「…昨日、閣下から待機命令が下ったの。そして、その閣下が率いる部隊、第一特殊強襲部隊があのコアに攻撃を仕掛けたわ」
ミーナが後を継いで、俺に説明する。
「結果は…見ての通りよ。閣下の虎の子の兵器はあえなく撃墜。その際、あのネウロイのコアは…シールドを張ったそうよ」
そこに、ミーナはある決定的な情報を付け足した。認めたくない現実を突きつける、決定的な情報を。
その一言に、俺は体の芯まで凍るような錯覚を覚えた。震える唇を必死になだめつけて、俺はなんとか言葉を発する。
「じゃあ…あの中には…ペリーヌが取り込まれている…と?」
その質問に頷くのは、ミーナ達にとってどれだけ残酷なことだっただろうか。
次の瞬間には、俺はベッドから飛び降りていた。彼女達を掻き分け、医務室を出ようとする。
「待て!」
後ろに控えていたバルクホルンがその肩を掴む。
「…離してくれ。俺が、ペリーヌを…!」
鬼気迫る、といった形相の俺に、バルクホルンでさえ圧倒され力を緩めそうになる。
「離せ…!!」
俺がいよいよバルクホルンを強引に振り払おうとした時、
「いい加減にしなさい!!」
俺の後ろから、ミーナの一喝が飛ぶ。思わず振り返った俺にミーナはつかつかと歩み寄ると、その頬に強烈な平手を見舞った。
「ミーナ…隊長…」
「ペリーヌさんを助けたいのが、貴方だけとは思わないで!! それに、貴方一人で飛び出して一体何が出来るの!?」
その痛烈な言葉に、俺は冷静さを取り戻した。黙って、周りを見回す。誰の目も、言いたいことは同じだった。
「…すみません」
故に、俺は黙って頭を下げた。ほんの少しだけ、場の空気が緩む。
「…どちらにせよ、私達は待機です。少なくとも、追加の命令が下りるまでは」
ミーナのその言葉が、俺の心に暗く重く圧し掛かった。
―同隊同基地 屋上―
俺は、その日の内に医務室を出ることを許可された。
墜落後の後遺症も無かったが、未だに俺の体に妙な気だるさは残っている。
体の内側、暴走した魔法力によるダメージは、宮藤の治癒魔法でも治癒効果は薄かったようだった。
「…」
夜になってから、俺は自室を飛び出して屋上に来ていた。ここからも、例の巨大なコアが良く見える。
俺は静かに目を閉じて、想う。ここには、ペリーヌとの特別な想い出がある。
しかし、目を開けばそこにはペリーヌを護れなかったという冷たい現実。
ネウロイに囚われ、挙句その力を望まぬ形で利用されているペリーヌ。手を伸ばせば、彼女の牢獄へ手が届きそうだった。
「くそっ…くそっ!」
しかし、その手は何も掴めずに虚しく宙を切るのみ。俺は思わず毒づく。
「また…護れないのか、俺は…」
あの時と同じく、護れなかったという後悔を、一人で抱えて沈む俺。
俺が全てを諦めかけた、その時。
「…?」
俺の耳が、不意に微かなエンジン音を捉えた。日頃聞きなれたストライカーのそれとは違う。
「輸送機…?」
視線を巡らせば、夜の向こうから一点の光がこちらに向かってくるのが見えた。
(…友か? もう着いたのか…?)
まだ、到着予想よりも遥かに早い。だが、俺には妙な確信の元に走り出す。何故かは分からないが、とてつもなく嫌な予感が俺の胸中を駆け抜けた。
―同隊同基地 ハンガー―
「総員退避! 退避だ!! お譲ちゃん達のストライカーのラックは全部下げたな!?」
「セーフティネットは!? やばいぞ、あの輸送機正気じゃねぇ!!」
「ネット間に合いません!! 班長ぉ!!」
深夜だと言うのに関わらず、ハンガーは狂乱の最中にあった。整備班の怒声と悲鳴が響き、まさに阿鼻叫喚といった様相だ。
「何の騒ぎですか!?」
騒ぎを聞きつけたミーナとバルクホルン、エーリカがハンガーに飛び込む。
「ああ隊長達! ヤバイですぜ! あの輸送機が…!!」
整備班長が手に持ったスパナでハンガーの外を指す。
開かれたハンガーから見える外には、輸送機のものと思しき光がもうすぐ近くまで迫っていた。
「ちょ、ちょっと! あの輸送機、速くない!? 減速してないの!?」
その事実に気付いたエーリカが悲鳴を上げる。咄嗟にミーナが固有魔法で輸送機の位置を把握する。
「…今から減速しても、ハンガーに突っ込むわよ!? 何考えてるのあの輸送機…!!」
そうこうしている間に、輸送機はその全容が見えるほどに近づき、滑走路に着陸する。
だが、速度が速すぎる。滑走路で停止しきることは出来ないだろう。
「整備班、退避しろ! 私が止める!!」
バルクホルンが輸送機の予想進路に飛び出し、固有魔法で輸送機の勢いを押し留めようとする。
「無茶だよトゥルーデ!」
「下がりなさい!!」
ハルトマンとミーナが悲鳴を上げる。いかにバルクホルンと言えども、生身で輸送機を受け止めるなど危険すぎる。
だが、一方でバルクホルンが体を張らなければ甚大な被害が待ち受けているのも事実だ。
せめてバルクホルンの力の足しになろうと二人も駆け寄ったところで、
「そこをどけっ!!」
ハンガーに、黒い影が飛び込む。それは風のように三人を飛び越えて、その前に立ちふさがる。
「俺!?」
同時に、予想通りにオーバーランした輸送機が猛スピードでハンガーに突っ込んできた。
その機体と、俺の手が触れた。
「ぐっ…うぅっ…!!」
全力で自身の魔法力をぶつけて、輸送機の勢いを丸ごと相殺にかかる俺。だが、勢いが強すぎる。
「う…お、おぉぁぁあああぁああぁああぁああ!!!!」
さらに俺は両腕に魔法力を込める。俺の全力が功を奏し、輸送機はその運動量を根こそぎ相殺されて停止した。
ハンガーに、静寂が降りる。
「はぁっ…はっ、はっ…くそっ…」
地面に膝を着く俺。病み上がりに、魔法力の大量消費はやはり俺に甚大な負荷をもたらしたようだ。
「俺! 大丈夫か!?」
バルクホルンが俺を気遣うが、俺には言葉を返す余裕はなく、小さく頷くのが精一杯だった。
その時、輸送機の扉が開き、中から一人の男が姿を現した。顔を上げた俺は、その男に多大な見覚えがあった。
「こんばんは。おや? お疲れですねぇ、俺君?」
そう言ったのは、ささやかな微笑を口元に携え、優雅とさえ感じる佇まいの細身の優男。
「…ええ。…あなたのせいでな、少将殿?」
脂汗を袖で拭い、気丈に言ってのける俺。その言葉に、俺を除く三人は驚いて目の前の優男を見る。
「あなたが、沢原少将…?」
ミーナの呆然とした呟きに、沢原はその笑みを深くする。
「これはこれは。かの高名なフュルスティンに会えるとは、感激の極み」
恭しく頭を下げる沢原。その様を見て、ミーナの口元にも笑みが浮かぶ。
だが、沢原以外の人間は見ていた。ミーナの笑みに、暗い何かが宿っていたことに。
「そうですか。では、少しこちらへ…」
「はは。分かりました…ところで、フュルスティン? 何故、私の胸倉を掴んでいるのですか?」
顔を上げた沢原の胸倉を掴むミーナは、相も変らぬ笑顔だった。
「何でもありませんよ? さ、沢原少将。どうぞこちらへ…」
有無を言わせぬ迫力で沢原を引きずっていくミーナ。その背中を、三人はやや震えながら見送った。
「…あの人、生きて帰れるかな…」
「…ミーナ、相当怒ってたな…」
ハルトマンどころか、バルクホルンでさえ戦々恐々とする。それほどまでに、ミーナは怒らせてはいけないのだ。
「あー…その…うちの上官が迷惑かけてすんません…」
そこに、輸送機の中からもう一人の男が恐る恐る出てきた。
今度の男は、俺だけでなくハルトマンとバルクホルンにも見覚えがあった。
「…よう、友。…派手にやってくれたな?」
自力で立ち上がれるほどには回復した俺が、友を見て苦笑する。
「いや、俺は止めたんだけどな…少将が『まあ、俺君が受け止めてくれるでしょう』とか言って…」
はぁ、と溜息を吐く俺。もし俺がその場に居合わせなかったらどうするつもりだったんだろうか。
「あとまあ、こっちの大体の事情は分かってる。それに、お前の新しい翼も、何もかも持って来た」
そこまで言うと、友は不敵に笑い、
「さあ、逆転の時間だ。やられっぱなしは嫌いだろ? 俺」
――同隊同基地 ブリーフィングルーム―
深夜だというのに、ブリーフィングルームには全員のウィッチ達が集合していた。
ハンガーでの騒ぎに目を覚ました全員が、ブリーフィングルームに集まってきていたのだ。
因みに、沢原は部屋の隅で真っ白な灰になっていた。彼の身に何が起きていたのかは、ご想像にお任せしたい。
「…さて。友
技術中尉、だったわね? あなた達はこんなに急いで何を持ってきてくれたのかしら?」
やけにすっきりした顔のミーナが、友に質問する。
「ええ。覚えていてくださったんですね。光栄です」
友がそう前置きすると、立ち上がって咳払いを一つ。
「俺達が予定を全力で繰り上げてこちらに向かったのは、クロステルマン中尉の誘拐、そして俺の撃墜の報せを受けたからです」
友は俺に視線をやり、俺はふいと顔を背けた。友は苦笑して、続ける。
「今回持ってきたものは二つ。先日ロールアウトした俺の専用機。それから、あなた達が自由に動くための策です」
「…自由に動くための策? それは、一体…?」
「それについては、僭越ながら私が説明しまょう」
友が言葉を続けようとしたその時、いつ復活したのか沢原が微笑を携えて割り込んだ。
友は苦笑すると、そのまま黙って席に着いた。沢原はそれを確認すると、ミーナに向けて説明を始めた。
「貴女達の待機命令は、ここの上官であるマロニー空軍大将の発したもの。その真意は、ウォーロックの運用テストを邪魔されないためです」
沢原の発した聞きなれない単語に、ミーナ達は首を傾げた。
「ウォーロックに関しては、まあいいでしょう。ともかく、今はその撃墜とそれに伴う後始末に追われてあちらさんは手一杯でしてね」
沢原は笑みを深くすると、続ける。
「ですので、その隙を突かせていただきました」
そう言いながら、懐から一枚の紙を取り出す沢原。
「秘匿されていたウォーロックの資料、そしてその真意と他全てを丸ごとブリタニア空軍にリークしました」
マロニーの失脚は避けられませんね、と沢原は続ける。
「…それが、私達とどう関係が?」
いまいち話の見えてこない坂本が、沢原に質問する。
「ふふ。チャーチル首相の手も借りましてね。貴女方への命令を上書きして、再発行させていただきました」
そう言って、手に持った紙をミーナに手渡す沢原。
「『第501統合戦闘航空団は、明朝0730より出撃。大型ネウロイを撃破及び隊員の救出を敢行せよ』…これは!?」
驚きを隠せないミーナ。ブリーフィングルームが、にわかに色めき立つ。
ミーナが読み上げた文書の内容を聞き、思わず立ち上がる俺。
「じゃあ…ペリーヌを助けに行ける、と…?」
「平たく言えば、そういうことです。一応、あのネウロイの調査報告も用意してますよ。…さ、友君」
「ここで俺に丸投げですか…まあ、いいですよ」
友が再び立ち上がると、俺達に向けて説明を始めた。
「えー…あのネウロイは、中心部にウィッチを取り込むことで、その魔法力を引き出し利用しているのは、すでに判明しています」
友はそこで一度切ると、手元のボードに目を落とした。
「んで…取り込まれたクロステルマン中尉は、円滑に魔法力を吸い出すラインを形成するために、強制的に意識を内側に向けさせられているものと推測されるわけです」
「…それって、意識を強制的に失わされている、ってことか?」
シャーリーの質問に、まあそういうことですと答える友。
「というわけで、救出の為の作戦プランも練ってきました。あまり時間が無いので、こちらのプランに沿って作戦行動を取っていただきたいのですが…」
ミーナを見ながら友は言う。その視線を受けて、ミーナは頷く。
「まずは聞きましょう。話はそれからよ」
「了解です。では、今回の作戦の鍵は、そちらの
ナイトウィッチ、リーリヤ殿です」
聞きなれない名前に、全員が首を捻る。
「リーリヤ? 誰の事ダ?」
「私のことよ…エイラ」
首を傾げるエイラに、横からサーニャが言う。
「私が鍵って…どういうことですか?」
視線を前に戻して質問するサーニャに、友は丁寧に答える。
「リーリヤ殿の固有魔法を応用して、ネウロイの中心に囚われているクロステルマン中尉に電波を飛ばすんです」
「電波を…? それで、どうなるんです…?」
サーニャが疑問を呈する。確かに、電波を人に向けて飛ばしたところで何が変わるのだろうか、と全員の顔にそう書かれている。
友は頭を掻くと、補足した。
「すんません、言葉が足りませんでしたね。電波に同調させて、魔法力を送信するんです。それをクロステルマン中尉に受信させて、覚醒を促します」
大半の面々は、それでも何が何やら、といった感じだ。ただ一人、サーニャが頷いた。
「分かりました。でも、魔法力で外部から干渉を受けたところで、そう簡単に意識が覚醒するんですか…?」
「もちろん、とびっきりの想いを込めた魔法力でもって、ね。なあ、俺?」
サーニャの疑問にそう答えると、何やらニヤニヤしながら俺を含みのある視線で見る友。
「…そこで何故、俺が出てくる?」
「あ、分かった!」
俺が首を傾げたところで、ハルトマンが手を打って言う。
「要するに、俺のあつーい愛の告白を、さーにゃんがペリーヌに送って、それでペリーヌに目を覚ましてもらうってこと?」
「ぶっ!?」
俺が思わず吹き出す。そんな俺を見て、友と沢原はその場で爆笑し始める。
「お、お前ら!!」
俺が耐え切れずに真っ赤になって立ち上がる。その行動でさらに笑いが止まらなくなる二人。ついには、ウィッチ達にまで大爆笑が伝播した。
「こ、告白で目を覚まさせるか! そりゃいいな! あっははは!」
シャーリーが茶化すように言うと、俺はさらに頭を抱えた。
「でもロマンチックだね芳佳ちゃん!」
「うん! いいなー!」
やけにずれたところではしゃぐ宮藤とリーネ。その様を見て、俺は深い溜息を吐いた。
「はぁっ…腹痛ぇ…くくっ…ところでヴィルケ隊長、このプランには乗っていただけますか?」
「ふふっ…でも、現状ではそれくらいしか打てる手は無いわね。いいわ、作戦として承認します」
そう言うと、ミーナは表情を引き締めてウィッチ達に向き直る。
「明朝0730より作戦を開始します。私達の仲間を…いえ、家族を取り戻しに行きましょう」
「了解!!」
同じく気を引き締めたウィッチ達が、一斉に返事をする。
「今日はもう遅いので、朝の作戦に備えてゆっくり休んでください。特に、作戦の鍵になるサーニャさんは特にね?」
「了解…」
そう返事しつつ、サーニャはすでに眠そうだった。エイラがその肩を嬉しそうに支え、そのまま真っ先に退室する。
二人の退室を皮切りに、次々と全員が退室していく。誰の背中からも、幾分か悲壮感が和らいでいた。
ブリーフィングルームには、ミーナと坂本、そして俺と沢原、友の五人が残った。
「そうだ、友。新型機見せてくれよ。持ってきたんだろ?」
「明日の朝な。お前も作戦の中心なんだから、早く寝ろよ」
作戦の中心、という言葉に俺の頬がやや赤くなったが、慌てて首を振る。
「…朝、作戦発動前にハンガーに行く。付き合ってくれ」
「はいよ。さ、俺も寝るとするかね」
一度ミーナに頭を下げてから、退出する俺。それに続いて部屋を出る友。
「…沢原少将。一つお聞きしたいのですが」
「ん? なんでしょうか、坂本少佐?」
坂本が沢原に質問すると、沢原は爽やかな笑顔で振り返る。その笑顔に若干引き気味になりつつ、坂本が言葉を続ける。
「…貴方は、何者ですか?」
その言葉に、ふむ、と考える沢原。
「ただのしがない少将ですよ。では、失礼しますね。私も些か疲れまして」
年は取りたくないものですねぇ、と言いながら沢原はブリーフィングルームを出ていく。
その背中を見送ったミーナは、手元の命令書に目を落とす。
「…ただの少将が、ここまで出来るものかしらね」
疑念は尽きないが、ペリーヌを取り戻す絶好のチャンスを得たことは確かだ。
「さて、私達も寝るとするか。作戦に響く」
「そうね…失敗は許されないもの」
二人もブリーフィングルームを退室し、部屋に静寂が戻った。
家族を、俺にとっては最愛の人を取り戻す戦いの開戦は、すぐそこまで迫っている。
最終更新:2013年02月02日 13:39