―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 ハンガー―






「…よう俺。時間にはまだ早いぞ?」

「だから来たんだろ。…そいつが新型か?」

午前6時30分、作戦の発動の一時間前。俺は新型を見るためにハンガーに出向いた。ハンガーでは、既に友と整備班が作業を行っていた。

俺が指したそれは、天雷が収まっていたラックに設置されていた。

「ああ。『X-49 ナイトレーベン』。俺が一から設計して組み上げた、お前専用のジェットストライカーだ」

漆黒の機体の前に立つ友が、誇らしげに言う。

「…ジェット? あれは確か、魔導エンジンの開発に行き詰ってたんじゃ…お前、その技術を確立したのか?」

俺はやや驚きながら言う。
ジェットストライカーは基礎理論こそ確立されているものの、魔導エンジンの開発に難航しているはずの代物だったはずだった。

「ああ、違う違う。俺でも魔導エンジンの開発は上手く行かなくてな。これは別の理論を使って完成させたものだ」

その意味では厳密にはジェットとは違うな、と友は笑う。

「…いつもの独自理論か。お前は、本当に…」

そこからの言葉を失い、ただこめかみに手をやり溜息を吐く。そんな俺に友はもう一つ笑ってみせた後、嬉々として理論の説明を始めた。

「まあ、独自理論っても、魔導エンジンに俺が製作した『E.Aドライヴ』を搭載しただけなんだけどな」

「…何だそれは」

俺がやや呆れた顔でそう聞くと、よくぞ聞いてくれたといわんばかりに友の顔が輝く。

「既存の試作魔導エンジンでは、呪符を形成する際にどうしても不具合が生じてエーテルを上手く圧縮できていなかったんだ」

指を立てながら、至極楽しそうに友が語る。地雷を踏んだ、と俺は再度溜息を吐いたが、友は最早気にも留めない。

「俺もその不具合を克服は出来なかった。そこで開発、搭載したE.Aドライヴは、大気中のエーテルを取り込み、内部の呪符と飛行魔法でそれを加速、噴出する機構だ」

友がナイトレーベンを指して、さらにヒートアップする。

「この機構を搭載したことで、噴流式とはまた違う理論体系でありながら、数値上ではそれに並ぶ性能を引き出すことに成功したわけだ!」

どうだ!? と息巻いて俺に話を振る友。

「どうと言われてもな…使えるのか?」

ややげんなりした俺のその一言に、友の目が曇る。

「…正直言うと、かなりギリギリ。まだまだ理論も試作の域を出ないな。本当は、こっちでもっと弄りたかったんだけどな…」

「いいさ。使えるなら、それでいい」

俺の言葉に、友は僅かに目を伏せた後、顔を上げて言った。

「そうか…。よし、じゃあ早速履いてみてくれ。ウィッチによる起動試験をやってる暇は無かったからな」

その言葉に従い、ラックを上り挿入口に飛び込む俺。魔導エンジンに魔力を注ぎ込み、ゆっくりとナイトレーベンが目を覚ましてゆく。
ストライカー下部のスリットから、ドライヴ内で飛行魔法と反応したことにより可視化、加速化されたエーテルの粒子が溢れ出す。

(…これは…)

魔力を通しただけで、俺はナイトレーベンの潜在能力を理解した。
天雷では、すぐに手が届く位置に限界があった。だが、これなら、と俺は確信する。

(これなら、俺の全力を叩き込める!)

それを把握した俺は、エンジンを停止させてナイトレーベンを脱ぐ。

「なんだ、試験飛行はいいのか?」

友が意外そうな顔で聞く。そんな友に、俺は肩を竦める。

「魔法力の消費は抑えたいからな。それに、隊長たちも来た」

俺の言葉に友がハンガーの入り口に目を向けると、ミーナとバルクホルン、それと眠そうなハルトマン、シャーリーが入ってきたところだった。
坂本の姿が見えないのは、恐らく早朝の鍛錬のためだろう、と俺は当たりを付ける。

「あら。おはよう俺さん、友さん」

「おはようございます、ミーナ隊長。バルクホルンも。エーリカはやっぱり眠そうだな」

俺がそちらに挨拶すると、ハルトマンは挨拶の代わりとばかりに欠伸をする。

「だって眠いよー…」

「ハルトマン…作戦前だぞ! しゃっきりしろ!」

いつものような会話が繰り広げられている後ろで、シャーリーが目ざとくナイトレーベンに目をつける。

「その黒いストライカーが俺の新型か?」

「ええ。俺が自信を持って仕上げた、ジェットストライカーの亜種みたいなもんです」

友が鼻高々に解説を始めると、シャーリーは目を輝かせて食いついた。俺にはやや理解不能だった言葉の羅列も、シャーリーには興味深いものであったらしい。

「しかしジェットかぁ…なぁ、友だっけ? これはあたしにも履けるのか?」

「いや…これは完全に俺専用として設計、調整している上に、まだまだ試作段階ですから…」

暗に不可能だと告げるその友の言葉に、やや期待していたらしいシャーリーは少し肩を落とす。

そうこうしている内に、次々とハンガーに隊員が集まり始める。作戦開始の30分前には、全員がハンガーに集合した。

「…皆揃ったわね。では、ブリーフィングを始めます」

ミーナが全員の前に立ち、厳しい表情で言葉を続ける。

「作戦目標は、巨大コアの破壊、並びにペリーヌさんの救出。まず、俺さんとサーニャさんは…」

作戦の目標を掲げた後に、ミーナが隊員の細かい動きを指示していく。

まず、俺とサーニャが電波送信可能圏まで接近し、電波の送信を試みる。そして、二人にはエイラがその直衛につく。
その他の隊員は全員が突撃、散開して陽動に当たる。作戦としては、シンプルなものだ。

「なお、ペリーヌさんにこれ以上の負荷を与えるのを避けるため、俺さんたちが目標を果たすまでコアへの直接攻撃は厳禁とします」

ネウロイが、取り込んだペリーヌの心配などするはずもないだろう。必要なら、死ぬまで彼女から魔法力を搾り取り、シールドを張り続けることは想像に難くない。
ミーナのその言葉の意味を噛み締めた俺が、知らずの内に握り拳を作る。

「では、総員出撃準備! 帰投は、必ず…必ず、十二人で果たします。異論、反論は許しません!」

「了解!!」

何時にも増して力強い声で返事を返した隊員達が、次々と自らのストライカーに駆け寄る。
俺もナイトレーベンのラックに駆け寄ったところで、ふと友が俺を呼ぶ。

「俺! 今回はこれ持ってけ!」

そう言って友が数人の整備兵の手を借りて運んできた物は、リーネのそれよりも長大ライフルだった。

「…何だこれ」

それを受け取った俺が、そのあまりの重さに思わず取り落としそうになりながらも尋ねる。

「ラハティL-39、対戦車ライフルだ。今回お前は後方任務だからな。これ持っとけ。お前の固有魔法なら片手でも扱えるだろう?」

友がそう言う間にも、俺はその重量を相殺して、片手で全長2mを越すそれを軽々と肩に担いでみせる。

「…ああ、助かる」

俺は礼を言うと、そのままラックに急ぐ。そうしている間に、すでに何人かは出撃準備を終えていた。

「出撃準備良し。バルクホルン、出撃するぞ!」

バルクホルンが真っ先に準備を終え、出撃する。それを皮切りに、次々と隊員が出撃していく。俺も再びナイトレーベンを履き、全てのチェックを終えて、肩のライフルの感覚を確かめる。

「俺君」

今まさに出撃しようとしていた俺に、何時の間に現れたのか、沢原が声をかける。いつものふざけた調子の無いそれに、俺は思わず振り返る。

「私がレイヴンウィッチーズを立ち上げた時の理念を、貴方と美雪さんと結んだ誓いを覚えていますか?」

不意の質問に、俺は一度目を閉じる。開かれた目には、迷いは無かった。そして、俺は告げた。

「『難しいことは考えるな』」

随分長く忘れていた、俺と美雪と沢原の、ワタリガラス達の最初の誓いを。

「『護るべき者がいれば銃を取れ』」

その言葉に、満足そうに頷く沢原。

「よろしい。大層よろしい」

「…長いこと、忘れていましたよ」

でも、と俺は続ける。一点の迷いも無い目で。

「もう俺は大丈夫です」

その言葉に、沢原は微笑んで頷く。その時、最後まで残っていた宮藤が出撃し、残すは俺のみとなる。

「…どうやら貴方は、ここで飛ぶ理由を見つけたようですね」

「ええ。もう二度と、失いません」

即答し、頷く俺。なら、と沢原は微笑みを消して告げた。

「貴方の上官として、命じます。貴方の戦う理由を、取り戻してきなさい。もう、一人のワタリガラスでいることは許しません」

「…了解。レイヴンリーダー、出撃する!」

最早、残す言葉も、かける言葉も無い。俺は全ての想いを、ナイトレーベンに魔法力と共に叩き込む。
次の瞬間、スロットルを最大まで叩き込み、エーテルの輝きを残して勢い良く滑り出して行く俺。その背中を、沢原は笑顔で手を振って見送る。

「さて…と。友君。ちょっとよろしいですか?」

全員が出撃し、空に上がった後のハンガーに残された沢原は、友を振り返って言う。

「これから、ちょっとした後始末があります。お手伝い、していただけますね?」

「…拒否権は無いんですよね。いつものことながら」

友は両手を上げて降参のジェスチャーをすると、返事を聞く前に歩き出した沢原に追従する。
彼らを待っているのは、彼らの戦いの後始末だ。
その内容を想像した友は、沢原の後ろでこっそりと溜息を吐いた。






ガリア近郊 海上―






基地を出発し、朝日を浴びながら十一人のウィッチ達は目標――巨大コアに接近しつつあった。

「…俺大尉」

バルクホルンが、編隊のやや上方を飛行する俺に声をかける。

「ん?」

「お前は、何があってもクロステルマン中尉を助けるのだろう?」

バルクホルンが、何かを危惧するような声で聞く。

「…ああ。どんな代償を払っても、俺はペリーヌを…」

「その代償が、自らの命だとしてもか?」

一瞬だけ、俺の眉がピクリと動く。他のウィッチ達も会話を傾聴しているのに気付き、溜息を一つ。

「…そうならないように努力はしよう」

バルクホルンは尚も何か言いたげだったが、そのまま口を噤んでしまう。

(…心配されたんだろうな)

俺は肩に担いだラハティの感覚を今一度確かめ、内心でうっすらと微笑む。

(悪いな。でも…俺は、ペリーヌを…)

俺がそう決意を固めている内に、ミーナが鋭く声を上げる。

「間もなく作戦領域です。状況を開始します」

その声に、俺はスロットルを下げ、ロールしつつ降下。サーニャと合流する。

「サーニャ、よろしく頼む」

「頑張ります…」

「私もいるゾ!」

前方から、エイラも合流し、やや見慣れないケッテが結成される。

巨大コアとの距離はもう遠くない。そして、この距離まで近づけば、嫌でも見えてしまう。
その中心部に囚われ、意識をも幽閉され、魔力を吸われるがままとなっている、哀れな虜囚の姿が。

「ペリーヌ…」

坂本が思わず歯噛みする。そして、皆の思いは一つだった。

「…電波送信可能域に到達しました!」

サーニャが報告すると、ミーナが頷き、号令を出す。

「作戦開始! ペリーヌさんを助け出すのよ!!」

「了解!!」

三人を除く全員が最大加速、コアへ陽動を仕掛けるために一斉に突撃する。
と、その時、コアに動きがあった。大量の小型ネウロイをその表面から放出し始めたのだ。

「各機、流れ弾にも留意! 絶対にコアへは銃口を向けないで!」

ミーナがそう言い放ち、敵の総数を計るために固有魔法を発動する。その間にも、陽動隊は次々と交戦状態に入っていく。

「ちっ…数が多い!」

坂本が毒づきながら九九式二号二型改13mm機関銃を構え、コアに射線がかからないことを確認してから引き金を引く。
どうやら小型にはシールドを張る能力は無いようで、着弾と共に次々と砕けてゆく。

「小型にはシールドを張る機能は無い! 各機、冷静に叩け! 間違っても乱射はするな!」

声を上げつつ、坂本はさらに引き金を絞り、接近してきた小型ネウロイを片手で抜いて振るった扶桑刀で切り伏せる。

「美緒! 無茶はしないで! あなたはもう魔法力が…!」

心配そうなミーナの声に、坂本は思わず苦笑してしまう。

(…気付かれていたか)

「大丈夫だ。これしき、何の障害にもならん!!」

そう威勢よく言い放つと、次の獲物に向かう坂本。
ミーナが、それでも不安は拭いきれないという表情で後を追おうとするが、まずは自らの仕事に徹するために集中をはじめた。

「全く、数だけが取り柄か!」

「小型だしねー。そりゃ数揃えない、と!」

バルクホルンが、悪態を吐きながらも多くの小型ネウロイを屠ってゆく。ハルトマンも、無駄口を叩きながらも確実に撃墜数を重ねる。

「敵総数、百十二機!」

固有魔法で敵状把握を終えたミーナが、全員に通達する。

「うひゃー…こりゃキツイな。ルッキーニ、無茶するなよ!?」

「大丈夫だって! とりゃー!!」

小型ネウロイの数を聞いたシャーリーがげんなりしながらも、ルッキーニを気遣う。
当のルッキーニは小型ネウロイの群れに怯みもせず、果敢にブローニングM1919A6を乱射する。

乱射はするなという坂本の言いつけをあっさり破りつつ、一発たりともコアに向けていないのは流石と言うべきか。

「リーネちゃん! 私の後ろに!」

「うん!」

宮藤がシールドを張って援護に徹し、その後ろからリーネが的確な狙撃で向かってくる小型ネウロイの数を削ぐ。

「ペリーヌさん…!」

「もうすぐ、助けますから…!」

二人の意思に応じて、シールドが輝きを、弾丸が鋭さを増してゆく。その姿は、最早ひよっこと呼べるものでは無い。一人前の、魔女の姿だった。






陽動隊が奮闘する中、そのやや後方では本命である俺達が控えている。

「サーニャ、大丈夫カ?」

「大丈夫よ、エイラ…」

サーニャは電波を極一点送信するために、集中して目を閉じている。

「…三機、抜けてくるゾ」

固有魔法である未来予知で、少し先の小型ネウロイの動きを予知したエイラが警戒を呼びかける。
その言葉通りに、小型ネウロイが三機、俺達に向かってきた。

「来タ…!」

エイラがMG42を構える。その銃口が火を吹くより先に、

「大丈夫だ」

俺が右手に構えたラハティから、リーネのそれより重い銃声が三度響く。放たれた銃弾は、寸分の狂いもなく三機の小型ネウロイを撃ち砕く。
それを見届けてから、俺は再びラハティを右肩に担ぎ直す。

「うえー…お前、よくそれを片手で扱えるナ…」

「ん? ああ。単なる固有魔法だ」

何の気無しに答える俺に、エイラは溜息を吐きたくなる。

「…送信、行けます」

その時、サーニャの準備が整った。それは即ち、巨大コアへのチェックを意味する。

「頼む、サーニャ」

俺はサーニャの手を取り、自身の魔法力に想いを乗せ、サーニャにゆっくり受け渡す。細かい魔法力の遣り取りに長けた、俺ならではの作業だろう。

「…はぅ…」

突然、サーニャが顔を赤らめて俯く。

「? どうしたサーニャ……あ…」

口にしてから気付く俺。自身の想いを乗せた魔法力をサーニャに受け渡すということは、

「…俺さんは、本当にペリーヌさんのことが…その…」

「あー…その…」

「コラー! 何変な雰囲気になってんダー!!」

思わず顔を赤らめる二人に、エイラが溜まらず憤慨する。何やら、台無しである。

「で、では、行きます…」

「あ、ああ…」

未だに心持は落ち着かないが、受け取った俺の想いを送信電波と同調させ、送信準備を整えるサーニャ。
思わず恥ずかしい目にあった俺も、似たような気持ちで相槌を打つ。置いてけぼりにされたエイラはご機嫌斜めだ。

そして、幾許かの後、送信が始まった。可視は出来ないが、それが一直線にペリーヌの許へ向かっていくのを俺もエイラも察知する。

「…成功です。ペリーヌさんに届きました!」

集中して電波の行く末を見守っていたサーニャが、弾んだ声で報告する。

「これで後はツンツンメガネが目を覚ませば、私達の勝ちダナ」

「ああ…」

気を緩めた俺とエイラがインカムでミーナに通信を入れようとした瞬間、

「!? ぅ…っ!?」

突然、サーニャが頭を抱えて呻きだす。

「サーニャ!?」

「どうしたんダ!?」

慌てて二人が左右からサーニャを支える。二人の手がサーニャに触れた瞬間、二人の頭に耳鳴りのような音が響き、鋭い痛みが走った。

「ぐぅ!?」

「な…何なんダ!?」

思わず頭を押さえた二人の頭に、今度は明確な声が響いた。

―――来ないで

「これは…」

妙な頭痛を堪え、顔を上げた俺の目がある一点を捉える。囚われたまま、未だに目を開かないペリーヌを。

―――誰も私に…近寄らないで!!

悲鳴に近い声。その声は、紛れも無く…

「…ペリーヌ?」

「冗談…ダロ…?」

ペリーヌの声、いや悲鳴の意味を察し、二人は絶句した。

《三人とも! 何があったの!?》

異変を察知したミーナが、インカム越しに三人に呼びかける。

「あ……」

予想外の出来事に、エイラは上手く言葉を発することが出来ない。俺も同様で、言葉が見つからないまま呆然としていた。
二人に代わって、やや冷静さを保っていたサーニャが震える声で報告する。

「…電波の送信には成功しました…ですが…ペリーヌさんからの拒絶を確認しました…失敗、です…」

《馬鹿な、拒絶だと!?》

バルクホルンの驚愕に満ちた声がインカムを通して三人の鼓膜を叩く。

《…敵再出現! ミーナ隊長!!》

後方で狙撃に徹していたリーネが、コアから再び現れた小型ネウロイを素早く察知した。

《…数…七十八機…!!》

敵の増援の数を計ったミーナが絶句するのが全員に伝わる。盤上の形勢は逆転され、今度はウィッチ達がチェックをかけられる番となった。

「こ、これ以上はマズイんじゃないカ!?」

それをさらに後方から見ていたエイラが慌て始め、しかしそれは彼女だけではなかった。

《これ以上は…キツイ…かな?》

珍しく、ハルトマンが気弱な発言を零す。
コアに銃口を向けられない都合上、どうしても機動には制限が生じる。

これ以上数が増え続ければ、いかにエース揃いの501といえど、対応できるラインを超えてしまう。

《…やむを得ません…作戦は失敗。総員…撤退…!》

その決断は、どれほど苦しいものだったか。ミーナの苦しげな命令が、全員の耳に絶望を伴って響いた。

「そんな…」

その命令を聞いたサーニャが思わず俯く。

「失敗…? じゃあ、ペリーヌは置いていくのカ…?」

エイラも、信じられないといった様子で呟く。その一方で、ようやく俺の思考が働き始めた。

(…拒絶は、十中八九ネウロイの仕業。でなければ、そもそもペリーヌが目を覚まさずに答えられるはずが無い)

なら、どうするか。大人しくペリーヌを放置して逃げるのか。部隊のことを考えるのなら、恐らくそれが最良の選択肢ではあるだろう。

だが。最良の手が最善の手とは限らない。何故なら、それはペリーヌの命を確実に削る選択肢であるからだ。

「…まだだ」

難しいことはどうでもいい。俺は、何のためにここに来たのか。

「…俺?」

エイラとサーニャが怪訝そうな顔で、俺を振り返る。俯いた俺の表情は、二人からは見えない。

「…エイラ、これ持っててくれ」

「え? ちょ、オイ!!」

突如として俺はラハティをエイラに押し付ける。そのあまりの重さにバランスを崩したエイラを、サーニャが慌てて支える。
二人が俺の方を向いた時には、そこには淡いエーテルの燐光が残るのみで、既に俺の姿は無かった。

ナイトレーベンのスロットルを全開にし、目にも留まらないような速度で俺は上昇。戦場を俯瞰する。

《…俺さん!?》

《何やってんダ!?》

既にエイラとサーニャの声すら、インカムを使わなければ俺には聞こえない。だが、俺はその声には一切耳を貸さない。

「…ヤタ」

『あいよ』

代わりに、自らの使い魔…ヤタに話しかける俺。返事は、すぐに来た。

「ペリーヌを助けに行く。力を貸してくれ」

俺の心の奥、大事なものを護りたいという明確な意思のその先に、『錠前』が表出する。

『…はっ。誰にモノ言ってんだテメェ。』

だが、返ってきたのはヤタの嘲笑。

『俺はテメェの相棒だろうが。…貸すも貸さねぇもあるかよ』

瞬間、膨大な魔法力が俺に漲る。一瞬苦笑した後、俺はそれに自身の魔法力を重ね合わせ、『鍵』を手にする。

鍵を錠前に差込み、迷い無く捻る。
それは、発動の合図。護りたいという純粋な意思の下、ペリーヌの許へ羽ばたく翼の。

俺の左背から、漆黒の片翼が発現する。

ただし、それは以前発現させたものより、遥かに巨大で、力強いものだった。

それはすなわち、俺の意思の力。何があっても、何をしてでもペリーヌを救うという覚悟。

《俺さん!? あなたそれは…一体どうするつもりなの!?》

その翼を前回目撃しなかったミーナが、驚愕と共に問う。俺の返答は、シンプルだった。

「…ペリーヌを、助け出す」

数十メートル台に達しようという翼を大きく広げ、隅々まで魔法力を行き渡らせてゆく俺。

《無茶よ! あんな数に一人で突っ込む気!?》

返答の代わりに、俺は一つ息を吐く。そして、言い放つ。

「俺は…今度こそ、護るんだ!!」

片翼を大きく羽ばたかせ、コアへと、ペリーヌへと突き進む。
その背には、二つの想い。護れなかった少女への想いと、護りたい少女への想い。それらが、俺の背中を後押しする。

遠くから手を伸ばすだけでは、掴めない。

そうだ。今度こそ、その手を掴みに行こう。






「俺さん!! …ああもう、扶桑のウィッチって…!」

ミーナが頭痛を堪えるように言う。その視線の先には、巨大な黒い片翼を羽ばたかせ、コアへと突き進む俺。
文句は言いつつも、ミーナは俺を止める言葉も、その意思も持ち合わせていないことは、内心諦めと共に認めていた。

「どーするのミーナ?」

ハルトマンがやや楽しげに聞く。最早、やけっぱちになりつつ、ミーナはインカムに叫んだ。

「撤退は中止! 俺さんを援護します! 全機、ブレイク!!」

「了解!!」

心なしか、先程よりいきいきとして小型ネウロイに襲い掛かるウィッチ達。

(もう…頼むわよ、俺さん…)

ミーナはやや祈るような気持ちで、MG42を再び構える。その顔は、不思議と先程よりも晴れやかなものだった。

魔女達の反撃が始まる。絶望からではなく、家族を救いたいという、最後の希望に後押しされて。






俺は漆黒の片翼を大きく羽ばたかせ、矢のように空を駆ける。
魔法力の使用を最小限に控えるために、以前のように音速を超える飛行も、魔法力を集中、放出する攻撃も出来ない。

(…一撃。一撃に全ての意識を絞る。それに、全てを賭ける!)

小型ネウロイが、コアを目指す俺の進路を阻む。だが、そんなものは壁にもならない。

「どけぇっ!!」

俺はただ一度、片翼を振るう。
その直撃を受けた小型ネウロイはあっけなく砕け散り、その余波を受けた個体も散り散りに吹き飛び、俺に道を空ける。

破片を蹴散らし、俺が尚も突き進む。俺に群がる小型ネウロイが比較的少ないのは、他のウィッチ達が奮闘している証拠だろう。
無茶に付き合わせることに多少の罪悪感を抱きながらも、俺は前を、一点を見つめる。

(もう少し…もう少し!!)

俺は右手に、漆黒に色づけられた魔法力を一点集中させる。
あの時ペリーヌの手を掴めなかった右手。そこに、ありったけの想いを乗せて。

だが、俺の前に、最後の壁が立ち塞がる。

《…! シールドが!!》

誰かの声が、インカムから俺の耳に伝わる。その俺の目の前で、コアは赤く巨大なシールドを張ったのだ。

それは、ただのシールドではなく、多重シールド。並の攻撃では、到底貫けないであろう厚さの。

そのシールドを張るために、どれ程の魔法力をペリーヌから搾り取ったのか。

「クソッタレがっ…!!」

俺の右手が、さらに黒く淡く輝く。どのような障壁だろうが、俺はただ突き進むのみ。そして…

『んなもんブチ抜いちまえ、相棒!!』

「言われなくても!!」

その意思を、想いを、押し通すのみだ。

「おおぉぉぉぁぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁああああ!!!!」

俺は黒く輝く右手を思い切り振りかぶり、雄叫びと共に叩きつける。禍々しい程に赤いシールドと、俺の一撃が拮抗する。

だが、それもほんの一瞬。

次の瞬間には、赤いシールドは跡形も無く砕け散っていた。

「ペリーヌっ!!」

最早、俺を遮るものは何も無い。手を伸ばせば、届く距離。

「届、けぇぇぇぇぇえ!!」

俺のありったけの想いと漆黒の魔法力が、拳と共に巨大コアに突き刺さった。






―――ここは、どこだろう?

彼女は真っ赤な海の中のような世界で、一人自問自答していた。

―――私は、誰なんだろう?

赤く暗い海で、彼女は取り留めのない思考をただ繰り返す。

―――…?

そんな彼女の思考に、突然何かが割り込んだ。

…!

それは、声だった。彼女は、始めはそれが何だか分からなかったが。

―――何?…凄く、懐かしいような…安心するような…

……リー…!

…ぺ……ヌ!

―――ああ、あの声は…そうだ…私は…

彼女の心を、暖かく黒い何かが満たしていく。それは、彼の想いだ。それと同時に、急速に水面に浮上してゆく感覚。

―――そうだ、私は…この声を…この温もりを、知っている…

…ペリーヌ!!

―――…俺、さん

忘れるはずも無い。何故なら、それは彼女の大切な人の声。

―――俺さん!!

大切な人の声の許に、彼女は――ペリーヌは手を伸ばす。赤く暗い海に、光が満ちた。






「…俺さん!!」

「っ…ペリーヌ!!」

ひび割れたコアのその内部。そこに囚われたペリーヌの目が、確かに開いた。声が、確かに俺に届いた。

俺の顔が、一瞬だけ綻んだ。だが、一瞬の後にすぐに表情を作り直す。

「ペリーヌ、やれるか?」

「ええ。いけますわ!」

恐らくもう幾ばくかも無い魔法力を振り絞り、ペリーヌが固有魔法を発動させる。紫電が、彼女の前髪の前で飛び散る。
それを見た俺も一度下がり、片翼を大きく振りかぶる。

二人は意識することなく、自然と呼吸を合わせ、同時に動く。

「トネールッ!!」

ペリーヌの渾身の雷撃が奔る。
直前に俺が入れたひび割れをさらに拡大させ、内側からの崩壊は広範囲に伝播してゆく。そこへ、

「くたばれっ!!」

大きく振り下ろされた俺の黒翼の一撃が、崩壊を決定付ける。
内側からの力に脆くなったところに、外側から強大な一撃が直撃すればどうなるか、考えるまでも無い。

理不尽なまでのダメージを受けた巨大コアは、その身を輝く破片へと転じさせ、砕け散った。

戒めを解かれたペリーヌは、その破片に混じって空へと放り出される。

「ペリーヌ!!」

落ちてゆくペリーヌに俺は追いすがり…今度こそ、しっかりとその手を掴んだ。

「俺さん…」

俺に抱き留められ、ペリーヌは弱々しく微笑む。
無理も無い。自分の意思とは関係無しに魔法力を吸い出され続け、最後の一撃でギリギリまで使い果たしたのだ。

「良かった…本当に…っ!」

俺の胸中に、今度こそ護れたという安堵感が押し寄せ、俺は力強くペリーヌを抱き締めた。

「俺さん…ちょっと、苦しいです」

苦笑してそう言いながらも、自身の腕を俺の背中に回すペリーヌ。

「二度目、ですわね…」

「馬鹿…そんなの、いいんだよ…」

少し互いの身を離して、互いに微笑む二人。

「あー…ゴホン」

「!?」

わざとらしい咳払いに、二人は同時に硬直し、ぎこちなく振り返る。
そこには、咳払いをした坂本を筆頭に、501の面々が誰一人欠けることなく集まっていた。

「全く…状況終了後に即座にこれとは…やれやれ…」

バルクホルンが、仕方のないやつらだと言わんばかりに首を振る。

「あっれー? さっき、俺とペリーヌがコアを砕いたのを見て一番嬉しそうな顔をしてたのって誰だっけなー?」

ハルトマンー!! とバルクホルンが顔を真っ赤にして怒鳴る。それを中心に、笑いが起こる。皆の顔は、晴れやかだった。

「おかえり。よく頑張ったな…ペリーヌ」

「おかえりなさい、ペリーヌさん!」

「無事でよかったです…」

笑顔でペリーヌをねぎらう坂本。その横で、ペリーヌの無事を喜ぶ宮藤とリーネ。
その後ろの全員の表情が、同じ心境を物語っていた。

「少佐…皆さんも、ありがとうございます」

いつものつんけんした態度ではなく、素直に礼を言うペリーヌ。そんなペリーヌの様子に、全員が微笑む。

「作戦終了! ストライクウィッチーズ、全機帰投します!」

ミーナが作戦の終了を宣言し、全員が返答しようとした、その時。

「…!! ネウロイの反応、再度確認!」

サーニャの魔導針が発現し、鋭い声で警戒する。その声に、全員の表情が急変する。

「おいおい…!? コアは破壊したはずだぞ!」

シャーリーが驚愕を露に辺りを見回す。
彼女らの周辺を漂っていた輝く破片が、空中で不自然に停止する。そして、急速に上昇すると、彼女らのさらに上方で一つの形を成してゆく。

「馬鹿な…コアが再生している…!?」

魔眼を用いてそれを観察した坂本が唖然とした様子で呟く。
見る間に球状の…ペリーヌを拉致した形状に再生したネウロイは、ゆっくりと大陸に向かって移動を始めた。

「あのネウロイ、大陸を!?」

ミーナの言葉と共に、ペリーヌがそちらを見て目を見開く。

「あの方向…まさか、ガリアへ…!?」

その言葉に、全員が息を呑む。
仮にあのネウロイがガリアへ攻撃を加えるつもりなら、それこそガリアの復興など夢物語になってしまう。
そうでなくても、向かう先の大陸で自爆でもしようものなら、その土地の末路は考えるまでも無い。

「追うぞ! あのネウロイ、何をするか分かったものではない…!」

バルクホルンが追撃の意を見せるが、魔法力を消耗している現状では、追いつくことすら難しい。それは、誰しもが同様だった。

「もうムリー…」

ルッキーニが力無く呟き、全員の足が止まってしまう。

絶望が、音も無く這い寄る。そんな魔女達をあざ笑うように、ネウロイはさらにゆっくりと上昇、大陸へ向かっていく。

「…少佐」

その中で、俺が不意に坂本を振り返る。

「ペリーヌを頼みます」

一言だけ告げると、俺は抱えていたペリーヌを坂本に押し付けるように渡す。

「…俺?」

「何をする…気ですの?」

慌ててペリーヌを受け取った坂本とペリーヌが怪訝な表情を俺に向ける。

「あれを止めてくる」

そう言うと、俺は彼女達に背を向けた。その様を見て、ペリーヌの顔色が変わる。

「な…何を仰ってるんですの!? 貴方だって、もう魔法力が…!」

「心配するな。ペリーヌの護りたいものを、俺が全力で護ってくる」

背を向けての一言に、ペリーヌは絶句する。俺の言葉には、自分が戻るという意思が感じられなかった。

「いや…いやぁ!」

暴れるペリーヌに、坂本の姿勢が崩れる。だが、ペリーヌには構っている余裕は無い。

「待って…待って…っ!!」

飛び立つ直前の鴉のような俺の背を前に、ペリーヌの目に涙が浮かぶ。だが、俺は振り返らない。

「折角助けていただいても…! 貴方がいないのでは意味がありませんわ!!」

涙と共に、俺を引きとめようとする言葉がペリーヌの口から溢れ出す。だが、俺は止まらない。

その隅々まで意思を、魔法力を行き渡らせた漆黒の片翼が、黒い羽を散らしながらペリーヌの前で大きく広がる。

「ばかぁ!! 私は…貴方さえいてくれれば…っ! 私は、貴方とずっと一緒にいたいんですっ!!」

ペリーヌの嗚咽交じりの叫びが、ありったけの想いが響く。今にも飛び立とうとしていた俺が、ふと振り返った。

「…ペリーヌ」

「おれ、さ…んっ?!」

す、とペリーヌに近づいた俺が、突然ペリーヌの唇にキスを落とす。
触れるだけの、一瞬だけの儚いキス。それが離れると、俺は見慣れた苦笑を浮かべた。

「ごめんな。…俺も、ずっと一緒にいたかったよ」

え…? とペリーヌが呆然とする前で、今度こそ俺は飛び去った。

「っ!! 俺さぁぁぁぁぁん!!!!」

一番護りたかった少女の悲痛な叫びさえ、自身の背を押す追い風として。






遥か上空のネウロイに向かいながら、俺は想う。

(…ごめんな、ペリーヌ。俺は、幸せだったよ)

走馬灯のように、様々な想い出が俺の頭を駆ける。
501の基地に来た日。彼女と模擬戦をした日。彼女を救えた日。彼女の想いを知った日。

それだけじゃない。俺の内にある全ての想い出が、もう魔法力の尽きかけた俺を前に押し出す。翼に、力を漲らせる。

『…いいのか? このままだとお前、死ぬぞ』

ヤタが、俺に問う。その問いに、俺は一つしか答えを持っていなかった。

「いいも悪いもあるか」

『…そうかい』

苦笑交じりの、ヤタの返事。そんなヤタに、俺は逆に聞き返した。

「お前こそいいのか? このままリンクを繋ぎ続ければ、お前もタダじゃすまないぞ」

俺とヤタのリンクは、魔法力の受け渡しの都合上、通常のウィッチが使い魔と繋ぐそれとは比較しようが無いほど深く強いものだ。
このままリンクを繋ぎ続けて俺が深刻なダメージを受けた場合、ヤタ側にもダメージが流れ込む危険がある。

それだけではなく、暴走した魔法力がそのままヤタに跳ね返ることもあり得る。

だが、それらの俺の懸念を、ヤタは一笑に付した。

『はっ、アホ抜かせ。…俺がケツまくって逃げたら、誰がテメェの翼を支えるんだ?』

その言葉に、俺は一瞬だけ驚き、苦笑する。

「そうか。…なら、もう少しだけ付き合ってもらうぞ。相棒」

俺はさらに加速する。ネウロイが、間近に迫る。
魔法力は残り少ない。取れる攻撃手段は、ただ一つ。

(…残りの魔法力を前面に展開、そのまま突っ込むしかないな)

防御を一切無視した特攻。ほぼ確実に俺は死ぬだろう。ネウロイを道連れにして。
だが、俺の顔に悲壮感は無かった。それどころか、口元に薄い笑みすら浮かんでいる。

そのことに気付いた時、俺はようやく、あの時の美雪の笑みの理由を理解した。

(…ああ、そうか。そういうことだったのか)

俺は背中の向こう、今も自分を涙目で見上げているであろう少女を想いながら、魔法力を前面に集中させる。

(ペリーヌ…)

固唾を呑んで見守る魔女達の遥か上空で、漆黒の力とネウロイが衝突した。ネウロイはその力に耐え切れず、その姿を保てずに崩壊する。

再びネウロイは、白く輝く破片にその身を転じさせて降り注ぐ。その様は、あの雪の日に少し似ていた。






「…」

ペリーヌは、溢れる涙をそのままに空を見上げていた。他の魔女達も同様で、ただ空を見上げるしか出来なかった。
彼女達の視線の先で、俺と衝突したネウロイが撃破され、無数の破片となる。

「…ネウロイの反応、完全に消滅…」

サーニャが沈んだ声で報告すると共に、魔導針が消失する。

…誰も、声を発することが出来なかった。

「おれ…さんっ…」

ペリーヌの嗚咽だけが、空に響く。

誰もが悲嘆に暮れる中でただ一人。狙撃手として優秀な目を持つリーネだけが、それを見ることができた。

降り注ぐ白の中の、一点の黒を。

「…ペリーヌさん!!」

途端に破顔したリーネが、それを指差す。
咄嗟にペリーヌは涙を拭いて身を乗り出しかけるが、坂本に抱えられている状況を思い出して動きを止める。

「…ミーナ、シャーリー。少し私を支えてくれ」

ふと、坂本がミーナとシャーリーに声をかける。首を傾げつつも、両側から言われた通りに坂本を支える二人。

「バルクホルン。私のストライカーを」

「? …なるほど、そういうことか」

坂本の意を汲み取ったバルクホルンがMG42を背中に回すと、坂本の下に回りストライカーに手をかける。それを確認した坂本がストライカーのエンジンを切り、そのままそれを脱ぐ。
突然の行動に、ミーナとシャーリーはやや慌てながら坂本を抱え直す。

「え…あの、大尉? 何を?」

事態に付いていけずに呆然とするペリーヌの両足に、バルクホルンは坂本のストライカーを装着した。
慌ててストライカーに魔法力を通し、エンジンを起動させるペリーヌ。

「…ペリーヌ。あの大馬鹿を頼む」

その坂本の一言に、ペリーヌの涙は完全に吹き飛んだ。

礼を言うのもそこそこに、ペリーヌは飛び立つ。魔法力の不足など、知ったことではなかった。






「…ん…」

落ちる。俺はただそれだけを考え、事実彼は落下を続けていた。

「…あれ。俺、生きてるのか…」

どういう訳か、俺は生き延びたらしい。そのことに、今更ながらに俺は驚く。

「…ああ。綺麗だな…」

自分と共に落下する光の欠片と、あの日の雪景色を重ね合わせる俺。

「けっ。何だテメェ。ちゃっかり生き残りやがって」

その声に俺が視線を巡らせば、何時の間に現れたのか、ヤタが俺の傍で滞空していた。

「よう、ヤタ。お前も生きてんだな」

「当然だ。魔法力はテメェにほとんど持っていかれたがな」

ああ体がダリィ、などとぶつぶつ言うヤタからとりあえず視線を外し、俺は気付いた。

「…なんか、落下速度が遅いんだが」

「今更気付いたのか? 俺が残った魔法力でテメェを支えてるからだろうが」

そんなこともできるのか、と改めて自身の使い魔の特殊性を思い知らされる俺。

「…しかし、この後どうすっかな」

「落ちた後はテメェで泳げ。俺は知らねぇ」

投げやりなヤタを見て、やれやれと俺が肩をすくめる。

と、その時。ヤタが何かに気付いたようで、不意に他所を向いた。
俺もそれに気付き、そちらを向こうとした時、突然ヤタは大きく翼を広げ、俺の視界を阻害する。

「おおっとぉ、忘れてたぁ! 今日はちょっくら可愛い子猫ちゃんとのデートの日だったなぁ!!」

「…突然なんだ」

いきなり騒ぎ出したヤタに、俺は白い目を向ける。

「というわけで、だ! 俺は帰るから、後はテメェで何とかしてくれ! あばよ相棒!!」

そう言った瞬間、ヤタは俺にかけていた補助を解除した。つまり、

「おおわぁあぁあああ!? ヤタぁぁぁあぁぁああぁ!!!!」

突然の使い魔の裏切りに、必死の叫び声を上げながら急速に落下する俺。

(くそっ、あいつを素直に当てにした俺が馬鹿だったよ畜生! なんで気付かなかったヤタはこういう奴だってぇぇぇ!!!!)

その俺の真上で、悠々と飛び去っていくヤタ。
慌てて俺はナイトレーベンに僅かな魔法力を込めるが、エンジンを起動させるだけの魔法力も最早俺には残っていない。

当然、落下時の衝撃を相殺することも不可能だろう。

(やば…これは、マジで死)

その俺の思考は、突然横から飛んできた青い影にさらわれた。

「俺さぁぁぁぁぁん!!!!!!」

「おわぁ!!」

突然の横からの衝撃に、一瞬息が詰まる俺。

「うっ…って、ペリーヌ…?」

俺を横からぶつかるように支えたのは、他でもないペリーヌだった。

「俺さん…うう…」

俺の無事を確認した瞬間、再びペリーヌの目から涙が溢れてきた。

「ばか、ばか、ばか、ばかぁ…」

俺の胸に額を思いっきり押し付けながら、ひたすら泣きじゃくるペリーヌ。一瞬あっけに取られた俺だったが、すぐにペリーヌの背中に腕を回す。

「…もういやです…大切な人を喪うのは…」

ペリーヌの呟きと共に、俺を支える腕に力が籠る。
それを聞いた俺は、いかに自分の行動がペリーヌを傷つけたか、ようやく理解が追いついた。

(…ああ。もう少しで俺は、この子に俺と同じ苦しみを押し付けるところだったんだな…)

俺はその意味を深く噛み締め、ペリーヌを強く抱き締める。

暫くの間、二人は強く抱き合った。そして、どちらからとも無く力を緩める。

「…あの時の言葉を、訂正させてくれ」

俺が、ペリーヌの涙を指でそっと拭いながら言う。苦笑ではなく、心からの笑顔で。

「ずっと一緒にいよう、ペリーヌ」

その言葉に、ペリーヌは驚いて俺の顔を見上げる。驚いたのは一瞬。晴れやかな笑顔で答えた。

「当然、ですわ」

自然と、二人の唇が重なる。

後から追ってきたウィッチ達が気まずそうな顔で声をかけるまで、二人の影は一つになったままだった。





最終更新:2013年02月02日 13:40