――――海上――――
「失敗でしたわ」
ペリーヌ・クロステルマンは苦々しい表情で呟く。管制塔からの情報によれば、ネウロイの数はたった一機、それは誤りのなかった報告であったはずだ。だが、現在ペリーヌは六機の敵に追い回されている。
確かに、情報には間違いはなかったのだ。ただ、一基のネウロイは遥か遠方から、ペリーヌを追跡する小型のネウロイを射出している。
模擬戦途中と言うことで一足早く戦場へ駆けつけ、そしてあわよくばそのまま撃墜してスコアを増やそうとしたペリーヌと
シャーリーの二人は、手痛い攻撃を受けていた。
「キリがないぞ!」
シャーリーは自らの背後に取り付くネウロイに銃弾を浴びせながら回避軌道を描くが、ネウロイの数は減るどころか、むしろ増加している。とてもではないが、手が足りない。
「あのネウロイ……あの空中空母を落とさないことにはどうにもならないようですわね」
ペリーヌは遥か遠方の黒い影を見遣る。視界の先の芥子粒ほどの大きさの黒い点からは、砂粒のような黒い点がまるで驟雨のごとく放出され、こちらに向かってきている。おそらく、あと数分もすれば完全に戦場を飲み込まれてしまうだろう。
「あの距離じゃ私のスピードでも追いつけるかどうか分からないな。っと」
ペリーヌの背後で小型ネウロイが銃弾を食らい、黒い煙を噴いて海面に落ちてゆく。それに感謝するように、ペリーヌもシャーリーの背後のネウロイに銃弾を放った。
「とにかく、ここを突破されたらそのまま基地に食いつかれますわ。他の皆さんが上がるまで、なんとかここを守りぬきませんと」
次第に数を増す黒い影は、まるでコバエの群れのような不快感を与える。十分な戦力がある状態ならば固有魔法である雷撃で一閃すれば良いのだが、今はたった二人。
すなわち、自らの魔力が切れてしまえば敵の中に仲間を置き去りにしてしまうのだ。それだけは、ペリーヌは避けたかった。
貴族として、それ以前に、人間として。
――――501基地、ハンガー――――
「整備はまだ終わらないのか?!」
バルクホルンは苛立ちを隠せないように、そう叫ぶ。
それもそのはず、本来ならば帰投直後に行われるべき整備がネウロイの攻撃による部品発注の遅延のために出来ず、ようやく届いた部品で整備をしている最中なのだ。
ちなみに、前回の作戦ではシャーリーとペリーヌ、そして夜間組は待機していたため、模擬戦が出来ている。襲撃周期を見越して、今日は安全日だと予感したはずであったが、今回はそれが仇になった。
そして夜間組はたった今帰投したばかりなので、戦力には見込めないというのがミーナの考えであった。夜間哨戒空けに小戦力での戦闘をこなせるほど、彼女達は精神的に余裕は無い。
「落ち着きなって、トゥルーデ。あの二人なら何とか持ちこたえてくれるよ」
エーリカは朗らかに言うが、顔には隠しきれない不安の色が残る。それはほかの面々も同じようだ。
整備兵の顔の険しさが若干緩み、それを治そうと顔の筋肉が引きつりながら、兵士は敬礼をして言葉を紡ぐ。
「よし! お待たせしました! 出撃できます!」
どうやら他の整備兵も整備を終えたらしい。その言葉に、ストライクウィッチーズは自分の愛機へとかけだし、そして出撃の準備を始める。
その瞬間、ストライクウィッチーズ全員が装着している、耳の小型インカムに男の声が聞こえた。
――――海上――――
「おい、今の声……」
「男性の声でしたわね。一体どういう――」
シャーリーとペリーヌは背中合わせで空中にいる。敵の数は既に二十を超えているだろうか、本当にコバエの群れに突っ込んだようだ。そして、中を空にしたのか、空母型のネウロイは徐々に小さくなり、やがて見えなくなった。
<<そちらのお嬢さん二人、聞こえるか? こちらは双眼鏡越しに貴君らを目視している>>
シャーリーとペリーヌへ向けて、男の声が放たれる。
「聞こえていますわ!」
「うっとおしいほどにね!」
シャーリーの皮肉には応答せず、男の声は指示を下す。
<<ああ、噂通りの美声だ。良く聞け、そのまま飛んで今から六秒後に急上昇か急降下しろ。一、二……>>
状況が把握できないが、二人はその指示通りに飛び、そして、シャーリーは急降下を、ペリーヌは急上昇を行う。
カウントアップからきっかり六秒後、青白い光線がまるで矢のように、先ほどまで二人をいた地点を……それに追随していた小型ネウロイを、薙ぎ払った。
ネウロイは小さな爆発を起こしながら、白い破片となって空に溶ける。
<<露払いは済んだ。こちら次の攻撃まで距離が必要であるため残りの掃討を頼む>>
基地からは味方の発進を告げる白い飛行機雲が立ち上っている。
「一体何が起こったんだ?」
「空が爆発したみたい」
バルクホルンとエーリカがネウロイに狙いを定めながら状況の整理を進める中、ミーナと坂本は険しい顔で男の方向を見つめていた。
「一体奴は何者なんだ?」
「上層部はよほど私達のことが嫌いみたいね」
ミーナと坂本も、数の減ったネウロイの群れへと突っ込む。劣勢は一瞬にして覆された。
――――ブリーフィングルーム――――
「……と言うわけで、本日からこちらに配属となった『俺』という。出身は
ガリアだ。階級は大尉だが、敬称はいらない。話しやすいように呼んでくれて構わない」
色あせた金色の短髪を逆立て、カールスラント軍
アフリカ方面隊熱帯仕様のダークグリーンのロングコートをまとった男はブリーフィングルームの壇上に立ち、立てた襟で隠した口から低い声で慣れたように自己紹介を行う。ミーナは目元を押さえながら、書類に眼を通している。
この男の配属の理由は、いわゆる「テスト」であった。
原隊ではろくに機動も出来ない新兵のせいであまりにも固有魔法が制限されたために各地を転々とし、そして今度はベテラン揃いの501に飛ばされた、というわけだ。おそらく、ここで戦果を挙げれば、またエース揃いの場所へ飛ばされるのだろう。
それこそ、使い捨ての鉄砲玉のように。
「ミーナ中佐? 自己紹介は終了しましたが、この後のご予定は?」
その言葉に、ミーナははっとしたように書類から眼を上げ、男を見つめる。男の持つ、狼を連想させる黒の瞳は何を考えているのかは分からない。
「ええと、そうね。あなたの部屋へ案内するわ。同じガリアの出身同士、いろいろと会話もあるでしょうから――ペリーヌさん、例の部屋へ案内してあげて」
その言葉に、不信感を丸出しにしていたペリーヌは、弾かれたように立ち上がる。
「りょ、了解しましたわ。ええと、大尉。ご案内しますわ」
「よろしく頼む、中尉殿」
コツコツと靴音を響かせ、二人はブリーフィングルームを出る。扉が閉じられたその瞬間、思い思いの言葉がブリーフィングルームに飛び交う。ウィッチが男だっただの、あのレーザーは何なのか、だの。
「それでは、解散です」
ミーナはそう宣言すると、再び資料へ眼を落とした。資料の表紙には大きな文字で「特秘」の文字が捺印されている。
俺大尉、十八歳。ウィッチとしては全盛期の後の停滞期であろう。魔法力はこの年齢をピークに徐々に減衰して行くのだ。もっとも、男のウィッチの場合は分からないが。
自称となっている公式撃墜数は共同撃墜を含めて125機、しかし随伴した僚機の報告を基にすれば、その数は容易く倍以上に跳ね上がる。
どうやら、スコアの譲渡が行われているようだ。
ミーナは大きくため息を吐く。素行に関しては問題は無いが、戦闘に関しての不安は多々あるのだ。
資料に記されていた一文が、ミーナのそのため息の理由であった。
「ネウロイの群れに突進し、無茶苦茶に暴れまわる事が多々あり。指揮官は留意すること」
――――廊下――――
「……貴君はパ・ド・カレーの生まれだったな?」
廊下を歩く二人を一瞬だけ沈黙の気配が包んだが、それを破ったのは男の声であった。ペリーヌは声を上ずらせながら、肯定を行う。
「え、ええ。そうですわ。あなたの生まれは?」
「ノルマンディだ。しがない商人の子だよ」
コツコツと、靴音が響く。
「そういえば、あのときの光線、あれは?」
「私の固有魔法だ。詳しくは実戦でお目見えしよう」
並んで歩くと、二人の身長差は頭二つ分ほどもある。暑苦しいコートを着込んでいるため体格までは分からないが、汗一つかいていないところを見るに、太ってはいないようだ。
「……アフリカで従軍していましたの?」
「ああ、昔の話だ。あの場所に比べればどこもかしこも天国だよ。砂が無いし、水がある」
こつ、と靴音を立てると、二人は木の扉の前で足を止める。
「ここがあなたの部屋ですわ」
「ああ、立派なものだ。感謝するよ、中尉」
ペリーヌは男に部屋の鍵を渡すと、足早に来た廊下を戻りだす。その行動をさして気にする様子は無く、男は鍵を解錠し、扉を開ける。
簡素な、生活に必要最低限の部屋だ。家具と言える家具は、ベッドとサイドチェストしかない。もっとも、彼にはこれで十分なのだが。
男はコートを脱ぎ捨て上半身を空気に晒すと、ベッドに腰掛ける。足首までをすっぽりと覆うダークグリーンのズボンは、女性ウィッチからすれば珍しく映っただろうか。
贅肉はまるで溶け落ちたように、その痕跡すら残さずに消え去っており、代わりに薄い紙を十重二十重にも塗り重ねたような筋肉が存在していた。そして男の両腰に差してある拳銃が、鈍く光を返す。
一見カールスラント製の、モーゼル・シュネルフォイヤーにも見えるが、これはあまりにも銃身が長すぎる。
銃身は優に一メートルを超え、並みの兵士であれば取りまわすのさえ困難であろうが、そこは魔法力による身体強化で通常運用をしているのだ。
男はサーベルと見まごうほどのその銃を両腰から抜き去ると、丁寧にベッドの脇のサイドチェストに立てかける。扉の向こう側で、かすかに物音が響いた。
「ウジュジュー、新入りはどんな感じかなー」
「おいおいルッキーニ、また中佐に怒られるぞ」
「おいミヤフジ、押すなっテ」
「ご、ごめんなさい、エイラさん。ああ、リーネちゃんのが後頭部に……シャーリーさんのが頭頂部に……」
「こ、こんなことして良いんでしょうか?」
男はため息を吐く。彼の原隊でも度々こういうことはあったし、慣れたつもりでもある。
しかし、扉の向こう側は結構な大人数のようだ。音を立てないように、男はコートを手に持つと扉へと近づく。
キイ、という軽い軋みの音とともに、外側から扉は開かれる。
「ウジュ?」
「どうだー、ルッキーニ?」
「暗くて何も……」
突如扉が内側から開かれ、体重を預けていた五人は室内になだれ込む。
「……本当に大人数じゃないか」
開けられた扉の隙間にコートを張り、目隠しをしていたため、現在男は上半身裸である。
当然男の裸に免疫の無いいたいけな少女達は顔を真っ赤に染め、金切り声を上げて部屋から退散して行った。
「……いつものことだ。ああそうだとも、いつものことだ」
男はコートを羽織ると、扉を閉めようとした――瞬間、細い指先が扉の隙間に挟まれ、徐々に廊下との面積を広げられる。
「俺大尉! いもうt……仲間達に淫行をしたと言うのは事実か!?」
「(何……だと……?)」
「事実かと聞いている!」
まるで油圧ジャッキの如き力で扉がこじ開けられ、男は思わず扉を離した。バルクホルンの顔は、悪鬼羅刹でさえ逃げ出しそうな表情を浮かべている。
「誤解だ、バルクホルン大尉。私はただ部屋の扉を開けただけだ」
「嘘を吐くな! ならばなぜあいつらが真っ赤な顔で一目散に食堂へ駆け出したんだ!!」
「男の裸に免疫が無いからだろう。あの時私は上半身裸だった。自室なのだからそこまで拘束はされまい?」
その言葉に、バルクホルンの言葉は詰まる。確かに、自室で半裸になろうが全裸になろうが白目を剥こうが、それは個人の自由である。
「ふ、ふん。まあ良い。詳しくあいつらに事情を聞いて、証拠が出揃い次第お前を懲罰房へ送ってやる」
「ああ、期待しておくよ。かの有名な撃墜女王バルクホルンと会話が出来て至極光栄だ。軍法会議以外でまたお会いしたいものだ」
お互いに憎まれ口を叩きあいながら、バルクホルンは部屋を後にする。男は気づいたように、ああそうだ、と言葉を紡ぐと、バルクホルンは男のほうを向いた。
「夕食の時間はいつ頃だ? それまでに私がやるべきことはないか?」
「夕食の時間になったらクロステルマン中尉がお前を呼ぶそうだ。食堂の場所も引率されて覚えろ。それまでは『淫行以外なら』何をしても良いそうだ」
その言葉に、男はくつくつと笑う。それはまるで狼が獲物を前にして喉を鳴らす様子に似ていた。
「自由すぎるな。新入りの男だからこそ、衛兵の監視が付くものと思っていたが」
「貴様がそのつもりならば、今ここで私が拘束しても良いんだぞ?」
「否、それは御免被る。夕食で会おう、お嬢さん(フロイライン)」
わずかに眉を吊り上げるバルクホルンの反応に、クツクツと笑いながら男は扉を閉める。そしてベッドに腰掛けると時計を眺め、窓を見つめた。
「ストライクウィッチーズ、か」
窓の外から見える景色は、平和以外の何物でもない。願わくばこの時間が永遠に続くように、と願いながら、男は瞳を閉じ、ベッドに横になった。
最終更新:2013年02月07日 15:17