アホネンに散々馬鹿にされた後、ぷりぷりしながら夕食をとって自室に引き上げた智子だったが、いつ帰ってきても嫌になるような個室だった。
もとは倉庫の一室であっただろう部屋の半分は埃を被った木箱に占領され、その上にシーツと毛布がかけられただけの三つの木箱が並べられていた。
それがベッドである。士官である智子だからこそ個室を与えられたのだが、これなら下士官の兵舎の方がまだマシを言うものだろう。
一週間使ってきた部屋だが、帰ってくるたびにそう思う智子である。
智子は乱暴に巫女服のような飛行服を脱ぎ捨て、下着のみの姿になった。
そして上半身にまいたさらしをほどくと、大きすぎず小さすぎずの胸があらわになった。
智子は持ってきた風呂敷包みを解き、綿入れを取り出してそれを素肌に羽織る。
智子は冬に寝るときはいつもこの格好なのだ。
ベッドに横たわり、目をつむるが、すぐに開く。
智子「やっぱり寒いわ……。」
故郷である扶桑の冬と、北欧の国スオムスでは寒さのレベルが違っているのだ。
初めてこの部屋に来たときには暴力的な寒さの隙間風が入ってきていて、それを塞いだので幾分かマシになったものの、やはり寒いものは寒い。
毛布をひっ掴み、それを被って寝ようと思った矢先、誰かにドアをノックされた。
智子「誰?」
ハルカ「……わたしです。」
智子「開いてるわよ。」
ドアがゆっくりと開き、ハルカが顔をのぞかせる。
智子「どうしたの?」
ハルカはパジャマに半纏を着込み、枕を胸の前で抱え込んでハルカを見つめていた。
ハルカ「あの……なんだか眠れなくて……。」
智子「入って。」
智子はハルカを招き入れ、ドアをしめた。
智子「しかたないわ。今日だけ一緒に寝てあげる。」
と言うと、ハルカは智子のベッドに潜り込む。
ハルカ「すいません……。」
黒い髪を短く切りそろえたハルカは、本当に幼い印象を与える。
12~3歳の少女が慣れない異国で不安になるのも無理はない。
むしろ、一週間よく我慢したものだと、智子は思う。
智子「いいのよ、気にしないで。誰でも異国は不安になるわ。」
ハルカ「いえ、そうじゃなくて……。」
智子「ん?」
ハルカ「私が落ちこぼれなせいでこんな扱いを受ける羽目になってしまって…。
穴拭少尉まで一緒にさせられちゃって…。」
智子「別にあなたのせいじゃないわ。」
ハルカ「いえ…、わたしのせいです…。わたしってば横浜航空隊でも皆の足を引っ張ってたんです…。
だから、スオムス行きが決まったとき、もう皆の足を引っ張らなくて済むって喜んでたんです。」
ハルカはすこし鼻をすすりながら続ける。
ハルカ「今度は尊敬する人の足を引っ張ってしまう結果に……。」
智子「だから、別にそれはあなたのせいじゃないってば。」
ハルカ「でも四分の一は私のせいです…。十分引っ張ってます。」
智子「じゃあ頑張ろうじゃない。馬鹿にしたやつらを見返してやるのよ。」
ハルカは頷き、熱い視線で智子を見つめる。
智子「どうしたの?」
ハルカ「あの……穴拭少尉…。」
智子「なぁに?」
ハルカ「外国に来ると味噌汁が飲みたくなるって言いますよね?」
智子「そうね。」
ハルカ「その、味噌汁が食べたくなったら、私を食べてください……。」
智子「はい?」
智子は、ハルカをみつめた。毛布を顔の半分まで持ち上げ、ぷるぷると震えて目元まで赤くなっている。
智子「食べてくださいって……。」
ハルカ「わたし、これぐらいしかお役に立てませんから……。」
智子はなんだかおかしくなってしまってぷっと笑ってしまった。
ハルカ「わ、笑うなんてひどいです……。本気で言ってるんですから…。」
智子「ごめんごめん。でも女の子同士でそんな、ねぇ……。」
ハルカ「じゃあ男の人とならあるんですか?まさか、俺少尉とか……?」
智子「いや、ないけど…って、なんでそこで俺少尉の名前が出てくるのよっ!」
智子が怒鳴ると、ハルカは毛布をかぶる。
ハルカ「だ、だって、最近俺少尉と仲がいいみたいだし……。」
智子「そりゃあ、訓練に付き合ってくれるしそれなりに実力もあるからで……
そんなに深い意味はないわよ。」
ハルカ「じ、じゃあ試しに私を触ってみてください…。気に入るかもしれませんし……。」
智子はしかたなしに、毛布のなかに手を差し込む。
しかし、触るといってもどう触ればいいのか分からないので、適当になでるようにさわる。
毛布の下のハルカが小刻みに震え始める。
智子「あなた、いつも女の子同士でこんな事してるの?」
ハルカは答えずに、プルプルと震えていた。
智子「もう寝なさい。」
ハルカ「え?」
少しがっかりした声でハルカはつぶやいた。
智子「明日も早いんだから。」
そう言って智子は手を引っ込めた。
ハルカ「は、はい……。」
ハルカは思った。今までの快楽を全て集めたとしても、この数十秒間には敵わないだろう。
熱っぽい目で隣りに横たわった智子を見つめた。
綿入れがはだけて、美しい肢体が目に飛び込んでくる。
ずっと憧れだった人が目の前にいるのだ。
ハルカは、智子に聞こえないようにつぶやいた。
「ああ、智子お姉さま……、私もうこの身も心も捧げてお姉さまをお慕い申し上げますわ……。」
そんな風に決心したハルカであった………。
――――俺の部屋は智子の部屋の隣である。
俺「ゴクリ……」
俺は、隣の部屋から聞こえてくる声に聞き耳を立てていた。
断片的にしか聞こえないが、「私を食べてください…」だの、「触って見てください」だの、色々と危ない言葉は聞こえてくるのだ。
一体、隣で何が起きているのか気になって気になって仕方がない。
いくら過酷な戦場を体験したとは言え、まだ成人もしていない青年だ。
色々と考えてしまうのはしょうがないのである……多分。
寝る前に一杯飲もうと食堂で淹れてきた紅茶は、半分も減らないうちにすっかり冷めてしまっていた。
それほど長い間、壁の向こうから聞こえる声に集中していたのだ。
その内、声も聞こえなくなったが、すっかり色々と冴えてしまった俺は、それらを鎮めようと筋トレをして眠りについた。
――――いらん子中隊に俺が配属されて1週間が経った。
その間、智子は訓練を続けたが、ウルスラ、ビューリング、キャサリンの3人は全く訓練に参加しなかった。
エルマとハルカ、それから俺は智子の訓練に付き合っていたのだが、俺はともかくとして後の2人は全くといっていいほど技量の向上が見られなかった。
そもそもエルマは臆病で全く向かって来ようとしないし、ハルカは向かってくるものの、空戦でもっとも重要な周りへの注意力が圧倒的にないのだ。
俺は空戦技術もある程度あり智子の良い格闘戦の相手になるのだが、いつまで経っても背中の7.5cm砲を使おうとしない。
しかし、3人ともかけているものが一つあった。それは"戦意"である。
これでは本当にいらん子になってしまうわ、と基地食堂で昼食後の小休止をとっていた智子はつぶやいていた。
ハルカとエルマは午前中の訓練で体力を使い果たしてしまったのか、自室で真っ白な灰になっていた。
俺はストライカーの整備をしに格納庫へ行ってしまったし、あとの3人は食事のときに顔を合わせるだけで、この時間どこで何をやっているのか見当もつかない。
智子は近くにあった義勇兵のための新聞を手に取り、目を丸くした。
親友である加藤武子のカールスラントでの華々しい戦果が『"東洋の魔女"大活躍!』の見出しと共に載っていたからだ。
武子が戦果をあげることは喜ばしいのだが、同時に自分のやっていることがひどく虚しいものに思えてきた。
これからどうなるんだろうか……そんなことをぼんやり考えていると、俺があくびをしながら食堂に入ってきた。
俺「穴拭少尉、この後は暇かい?」
智子「ええ、午後は非番よ。訓練でもしようと思ったけど…どうせいつもの
繰り返しだわ。
俺はもうストライカーの整備はいいの?」
俺「ああ、終わったよ。それで、暇なら街の方へ行ってみないか?
ずっと基地にこもりっぱなしっていうのも息が詰まるだろう。」
智子「……まぁね。」
俺「一杯引っかけに行こうと思うんだが、一緒にどうだろう。」
智子「…まぁいいわ、あなたに付き合うわよ。」
俺の誘いに乗った智子は、ふらふらと立ち上がり俺の後をついて行った。
俺は整備兵に頼んで車を一台貸してもらい、智子と共にスラッセンの街へと向かった。
スラッセンはカウハバ基地から車で30分ほどの所にある小さな街で、人口は2000人ほどだ。
しかし、街はそれなりに活気に溢れている。
智子「スラッセンへの行き方、分かるのね。」
俺「空からいつもこの道を見ていたからね。おかしな事に、行ったことはないのに道は分かるよ。」
俺は笑うが、智子はつまらなさそうに窓の外を流れる景色を眺めていた。
それからしばらくしてスラッセンの街についた俺と智子が車を降りると、好奇心旺盛な子供たちが2人の元に集まってきた。
その子供たちは何やらスオムス語でしゃべりかけてくるが、智子はスオムス語が分からなかった。
智子「わ、わたしスオムス語は喋れないのよ…俺はしゃべれないの?」
俺「すまない、俺もスオムス語は生憎嗜んでいなくてね。ヒュ、ヒューヴェーパイヴェ(こんにちは)。」
智子「喋れるじゃない。」
俺「いや、これしか知らないよ。」
そうこうしている内にも、子供たちはスオムス語で捲し立ててくる。
2人がすっかり困っていると、一人の老人がスオムス訛りのブリタニア語で話しかけてきた。
老人「お二人さん、外国の方ですかな?」
俺「え、えぇまぁ……」
そう答えると、老人は子供たちの言葉を訳してくれた。
老人「この子たちは、あなた達はウィッチとその恋人かと聞いているんです。」
俺「いえ、そういうわk……」
智子「こ、恋人!?ち、違います!二人共ウィッチではありますけど!
」
智子は大声で否定した。
俺「……それで、どうしてウィッチだと?」
老人「車のナンバーがカウハバ基地のものであるし、外国人で若くて綺麗なお嬢さんだ。
ネウロイをやっつけにきてくれたウィッチなんじゃないかって、子供でも分かりますわい。」
智子「なるほど…。それにしても、ブリタニア語がお上手なんですね。」
老人「大学の教授をしておったのですよ。今は引退しましたがね。」
すると、子供たちは俺と智子の手を引っ張っていく。
俺「い、一体どこに?」
老人「自分たちの家に来ないかと言ってるんですよ。」
俺「い、家?家は一体どこに?」
俺がブリタニア語で子供たちに尋ねるが、もちろん分かってもらえず、子供たちは智子に視線を移す。
智子「え、えーっと、あなたたちの、おうちは、どこ?」
智子が身振り手振りを加えながら言うと、理解したのか子供達はレンガ造りの建物を指差す。
3階建ての大きな建物で、立派な造りであった。
俺「すごい立派な建物だ…。みんなあの家の子なのかい?」
老人「お家というか、孤児院なのです。」
智子「孤児院?」
老人「ええ、親が死んでしまったり、育てられなくなって行き場を失った子供たちなんです、彼らは。」
俺が、いきなり行ったら迷惑だからと子供たちに言うと、老人はそれをスオムス語に訳して子供たちに諭した。
子供たちは少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって俺たちに何かを言いながら走り去って行った。
老人「がんばってネウロイをやっつけてね、だそうです。」
智子は少し考えたが、直ぐに笑顔になって孤児院の入り口から大きく手を振っている子供たちに頷いた。
子供たちが孤児院のなかに消えていくと、智子はため息をつき、老人にこの近くに酒場は無いか聞いた。
老人は、樽のかたちをした看板が下がった一軒の建物を指差し、ここらへんで唯一の酒場だと教えてくれた。
俺たちは老人に礼を述べ、酒場に向かった。
俺「さっきの子供たちの言葉は重いな。」
酒場に向かう途中、俺は口を開いた。
智子「本当にあなたの言う通りね…。私達が活躍できる舞台は訪れるのかしら……。」
そう呟きながら、酒場のドアを開ける。
ギィー、とドアが軋む音を立てながら、俺と智子は店の中へと入っていった。
店内は薄暗かったが、昼時ということもあってか、レストランも兼ねているらしいこの店はそれなりの賑わいを見せていた。
やはりスオムスで東洋人は珍しいのか、智子は一斉に注目された。
カールスラント出身の俺は、智子ほどでは無かったが、それでも独立飛行中隊のフライトジャケットを着ていたので、それなりに注目された。
二人はあまり気にした様子もなくカウンター席に座り、身振り手振りで酒を注文した。
注目されているのは二人とも慣れていた。智子は祖国の英雄として。俺は不名誉なレッテルを貼られた落ちこぼれとして。
二人はワインを注文したはずなのだが、バーテンが出してきたのは透明な酒だった。
俺「これが、ワイン?」
智子「さぁ、どうなのかしら……スオムスのワインかもしれないわ。」
二人は顔を見合わせたが、折角出てきたのだからと思い、一口飲む。
次の瞬間、喉元が炎を灯したかのように熱くなった。
ものすごくキツい酒だが、なるほど、寒いスオムスにぴったりな飲み物だと思った。
智子がバーテンを睨むと、バーテンはウォトカ、ウォトカ、とにこやかに言った。
智子はどうせなら私の心も暖めてよね、と思いながらその酒を一気に流し込んだ。
俺は、一杯だけ飲んでウォトカを飲むのを断念したが、智子はもう何度目か分からない「おかわり」コールをしていた。
バーテンが首を振り、酒瓶を持ち上げて飲むジェスチャーをした後、指でバッテンを作った。
智子はそれを無視してコップに酒を注ごうとしたが、俺はそれを制止し、智子からコップと瓶を取り上げた。
俺「飲みすぎだ、穴拭少尉。」
智子「あによ……。」
智子は俺からそれらを取り返そうとしたが、俺は店の奥を見て、一つのテーブル席を指差す。
智子はそちらのほうを向くと、見慣れた3人組が居ることに気がついた。
薄暗い店内のおかげで、お互いの存在に気づいていなかったようだ。
智子は立ち上がり、その席へと向かう。俺も彼女に続く。
キャサリン「いやぁ、楽しいねー!こうやって飲んでいると、ネウロイと戦争中ってことをすっかり忘れてしまうねー!」
すっかり酔いの回ったキャサリンが、智子と俺に背を向けて騒いでいる。
その向かいではウルスラが読書をし、ビューリングがいつもの厭世的な表情を浮かべ、ながら酒を飲んでいる。
俺「…できるだけ、穏便にしたほうがいいと思うよ。」
智子「最近基地で見かけないと思ったらこんなところにいたのね、あなた達。」
そんな俺の忠告も聞かず、智子が冷たい声で言う。
すると、3人が一斉に振り向く。
キャサリン「OH!トモコに俺!一緒に飲みましょう!」
キャサリンが真っ赤な顔に屈託のない笑みを浮かべながら俺たちを誘う。
智子はそんなキャサリンを無視し、一つだけ開いていた椅子に腰を掛けた。
キャサリンが、智子の持ったコップにワインを注ごうとすると、キャサリンの手からワインの瓶を掴んだ智子が、俺が止める暇もなく、その中身を一気に飲み干した。
キャサリン「OH……。」
智子は空になったワインの瓶をテーブルに勢いよく叩きつける。
それから、焦点の定まっていない目で、俺を含めた4人を見回す。
智子「あなたたち、自分の能力に唾吐いてるのよ、分かってるの?」
俺「いや、俺は存分に発揮してるつもりだが…。」
智子「俺少尉は黙ってて!」
俺「はい、すいません。」
ビューリング「どういう意味だ?」
智子「いい?私たちは選ばれたウィッチなの。あなたたちには、責任感ってものが無いわね。
だって、こうやって訓練や任務をほったらかして、昼間っから平気で飲んでいるんだから!」
それは今現在のお前が言えたことでは無いだろと、俺は密かなつっこみをいれた。
ビューリングは、グラスの中の酒を飲み干し、口を開いた。
ビューリング「責任感、なんていわれても困る。別に、私は望んでウィッチになったわけではない。
私には魔力があるからって言われて、勝手にウィッチにされただけだ。皆が皆、ウィッチに憧れてるわけではない。
憧れの的になりたくない少女だっているんだ。勝手にウィッチにされたんだから、こちらも勝手にやらせてもらう。
それだけのことだ。」
いつもは明るいキャサリンは、ため息をつく。
キャサリン「ミーはずーっとウィッチに憧れてたね!でも、魔力を持ってるからってその全員が空中機動の才能があるとは限らないのね……。
一生懸命にやっても、人に迷惑かけるぐらいなら、いっそのこと何もやらない方がマシなのねー。」
珍しく、しんみりとした声だ。
すると、ずっと黙っていたウルスラが、本をテーブルの上に置いてつぶやく。
ウルスラ「もう少し小さい声で喋って。気が散る。」
智子は、はぁ…とため息をついて立ち上がった。
智子「いいわ。もうあなた達には何も期待しない。」
智子は酒場を出ていってしまった。
キャサリン「期待しない、かー。いっつも同じこと言われるねー。」
ビューリング「そうだな。」
俺は、去っていく智子からキャサリン達に視線を移す
俺「なぁ、穴拭少尉はああ言ってるけど、お前らは本当にいいのか?」
キャサリン「でも、トモコの言うことは正しいねー。私たちどこいってもいらん子ね。」
ウルスラ「そうですね。」
ウルスラが本から顔をあげて、キャサリンに同意の声をあげる。
俺「…お前ら、本当は穴拭少尉の言葉、堪えてるんじゃないか?」
3人とも無言だった。
俺「実はさ、俺も部隊内じゃ
トラブルメーカーだったんだ。
友軍が近くにいるのに砲弾撃ち込んだり、上官誤射したり……。
……俺は、ここに来て変わろうと思ったんだ。
いくら足を引っ張ったていい、失敗してもいい。失敗したらやり直せばいいんだ。
だから、皆で変わって、皆で居場所作って、皆で笑いあったりしようぜ?
俺が言いたいのはそれだけ。……じゃあ、先に基地に戻るから、お前らも門限は守れよ?」
そう言い残すと、俺は店の外に出て智子を追いかけた。
後に残されたキャサリン達は、お互いに顔を見合わせた。
キャサリン「本当は、ミーも変わろうと思ってここにきたね。でも、やっぱりダメね。
訓練に参加しただけで足引っ張っちゃうね。」
ビューリング「ふん、私に居場所などあるものか。ここにも無かった。」
キャサリン「でも、密かに居場所を探してたね。私も、期待してたね。
……だけど、やっぱりいらん子ね。人間、そう簡単に変われないねー。
ウルスラ、ユーもそう思うかい?」
ウルスラは返事の代わりに、悔しそうに下唇を噛んだ。
そんな時、優雅にジャズ音楽を流していたラジオが切り替わり、スオムス国営放送局からの番組に変わる。
店内にいた客は、バーテンに何故ラジオを変えるのか、と聞いたが、バーテンはラジオには一切触れていないと答えた。
客たちは俄に騒然とし始める。
ラジオ「こちらスオムス国営放送局です。こちらスオムス国営放送局です。
ネウロイの航空機編隊が、国境を超えて侵攻中です。国境付近の各都市に空襲警報が発令されました。
住民の皆さんは各自治体の指示にしたがって落ち着いて避難してください。これは訓練ではありません。
繰り返します。こちら――――――――」
そのラジオの声と重なるように、スオムスの街に空襲警報を知らせるサイレンが鳴り響いた。
3人は、そのサイレンを聞いた瞬間、咄嗟に床に伏せた。
次の瞬間、轟音と共に地面が大きく揺れ、街道に面していた窓ガラスが全て割れた。
店内はあっという間に大混乱に陥った。泣き喚くもの、一目散に外に出ようとするものが溢れかえり、地獄絵図と化していた。
そんな中、3人は酒場の外に出て、唖然とした。
街の至る所から煙が立ち上り、いくらかの建物が爆弾によって破壊されていた。
平和な街が一瞬にして地獄へと変わった。
すぐそばで、少年が泣きじゃくっていた。
キャサリン「どうしたねー?怪我でもしたね?」
唯一スオムス語の話せるウルスラが、少年の話を聞く。
ウルスラ「ここはこの子たちの孤児院だったそうです。」
ビューリング「……居場所がなくなって、ここに来たのに、結局、また居場所が無くなってしまったな。」
ビューリングが珍しく感情を込めてつぶやく。
3人は無言で顔を合わせ、そして頷いた。
キャサリン「居場所が無くなるのは、私たちだけで十分ね!」
店を出た俺は、智子が車で基地に帰ろうとするのを慌てて止める。
俺「あ、穴拭少尉!俺を置いていくつもりか!?」
智子「ふん、歩いて帰ればいいじゃない。」
智子は顔を洗ったのか、すっかりと目を覚ましたようだった。
俺「そんな冷たいこと言わないでくれよ……。」
そう言いながら俺は車の運転席へと座る。
智子はむすっとしながらも、助手席へと乗り込む。
俺はエンジンを
スタートさせ、ゆっくりと車を発進させる。
俺「なぁ、オヘア少尉達はいいのか?」
智子「知らないわ、あんな連中。そんなに気になるなら、俺少尉が見に行ってくればいいじゃない。」
俺「いや、まぁそうなんだけどさ……。」
智子「大体あなたねぇ、飲みに誘っておいて一杯しか飲めないってどういうこと!?」
俺「い、いやあんなに強いとは思わなかったんだ……。」
智子「男の癖に情けないわね。」
俺「はは、面目ない。」
智子「私たち、これからどうなるのかしらね。何もしないまま解散かしら……。」
俺「穴拭少尉がそんな弱気だなんて、珍しいじゃないか。
『扶桑海の巴御前』のそんな一面が見られるなんて、俺はラッキーかもな。」
智子「うっ……うるさいわねぇ……。」
智子が前に向き直ったとき、上空にいくつもの黒点が見えた。
智子「ねぇ、俺少尉。あれなんだと思、う……?!」
俺「穴拭少尉、何もしないまま解散ってのは無さそう……ネウロイだ!」
俺は車のアクセルを踏み込み、スピードを上げる。
黒点のうちの一つが、みるみるうちに大きくなっていく。
智子「こんなときにっ!俺少尉、前!」
俺「分かってる!」
俺は咄嗟にハンドルを切り、雪混じりの泥をはねあげる。
次の瞬間、今まで車があった場所を曳光弾の光が通り過ぎる。
俺「機銃掃射だ!また戻ってくる!」
智子がバックミラーを覗くと、ボテッとした胴体に小さな翼が生えたようなシルエットが見える。
ネウロイの主力戦闘機と言える、ラロス級だ。
ラロスは旋回し、こちらに機首を向け、高度を落した。
俺「穴拭少尉、次はどっちだ!左か!?右か!?」
智子「左よ!」
俺は左にハンドルを切り、ラロスの射線上から車体を外す。
車の数センチ横に機銃弾が掃射される。
ネウロイと車の速度に大きく差があるため、掃射時間が短いのが唯一の救いだろうか。
俺「今のは危なかった!…次はどうする!?」
智子「今考えてる!」
ネウロイは再度旋回し、こちらに機首を向けて高度を落とす。
しつこいネウロイだと、智子は思った。
智子「どっちなの、どっち!」
俺「下!」
ネウロイの翼が光った瞬間、俺は咄嗟に智子の頭を右手で押さえつけ、左手でハンドルを抑える。
ガラスの割れる音が車内に響き、頭上数センチのところで機銃弾が空気を裂く音がした。
俺「フォルクスワーゲンがオープンカーになってる!」
フロントガラスだけでなく、屋根まで吹っ飛ばされたようだ。
ネウロイは今度こそ止めを刺すつもりだろう。また旋回していた。
智子は思っていた。何もしないままこんなところで――
俺「死ぬなんて嫌だ!何もしないでこんなところで死んでたまるか!」
俺と智子の考えが一致していた。
智子「えぇ、そうね!こんなところで死んでたまるもんですか!」
俺と智子は顔を見合わせて笑った。
俺「運転、変わってくれ!」
智子「どうして!?」
俺「あいつを追い払うんだ!」
智子「どうやって!」
俺「リアシートの下にMG17が積んであって……」
俺は、昼間にストライカーユニットを
整備士に行ったとき、MG17の調子が気になって、森で射撃訓練するからこっそり載せといてくれと
整備兵に頼んでいたのである。
智子「それを早く言いなさいよ!」
俺「今思い出したんだよ!」
智子「早く、運転変わりなさい!早く!」
助手席に居た智子がハンドルを握り、俺は使い魔を発現させながらリアシートへと滑り込む。
リアシートのクッションを外すと、MG17機関銃が横たえられていた。
俺はそれを素早く掴み、安全装置を外して初弾を薬室に送り込む。
俺「うおおおお!喰らえネウロイ!」
俺が銃口をネウロイに向け引金を引くと、7.92mm弾が毎分1200発という速さでネウロイに叩き込まれていく。
突然の反撃に驚いたのか、ネウロイは機銃掃射せずに俺達の上空を通り過ぎた。
すると次の瞬間、ラロスの主翼が軽い爆発を起こし、横の森へと突っ込んだ。
智子「俺少尉、やった!?」
俺「…いや、俺じゃない。ウィッチだ。」
俺は上空を見上げて複数のウィッチのシルエットを見つけた。
智子「だれなの?エルマ少尉?まさか、ハルカ!?」
俺「いや、どっちも外れ……多分、第1中隊の連中だな。」
智子はそう聞いた瞬間、ミカ・アホネン大尉の憎たらしい顔が脳裏をよぎった。
あんな連中に助けられるなんて!
俺たちがなんとかカウハバ基地に辿り着いたとき、基地のあちこちからは火の手が上がっていた。
時折、基地の対空機銃が去っていくネウロイを追撃しているが、全く無意味だった。
MG17を担いだ俺と智子が機体のある格納庫へと飛び込むと、エルマとハルカが抱き合って震えていた。
智子「何やってるの!早く私たちの機体を出して!」
整備兵たちは智子のキ27と俺のJu88を素早く出し、俺たちはそれを装着する。
そしていざ飛び立とうとしたとき、ハッキネンの声が通信機から聞こえる。
ハッキネン「こちら雪女、こちら雪女。ウィッチは全機、帰投してください。」
智子「雪女。敵の位置を知らせてください!」
ハッキネン「穴拭少尉、緊急時以外の無線発信は、中隊長以外許可されていない。」
俺「今がその緊急時じゃないですか!」
ハッキネン「敵は全て引き上げました。戦闘は終了です。俺少尉と穴拭少尉も帰投しなさい。」
俺たちの叫び声とは対照的なハッキネンの冷静な声が、本日の戦闘の終了を宣言した。
――――その夜
俺たち義勇独立飛行中隊のメンバーは食堂に集まっていた。
カウハバ基地は機銃掃射で穴ぼこにされたものの、大きな被害はなかった。
しかし……基地が襲撃を受けたという衝撃は大きかった。
第1中隊の働きにより、基地を攻撃したネウロイは撃退できたものの、スラッセンへの爆撃を阻止できなかった為、住民からの非難が殺到していた。
中隊の空気は、重かった。
智子は悔しそうに座って口を開かず、俺はその横に座っていた。
ハルカは、智子に何か声をかけようとしているが、刺々しい雰囲気の智子に阻まれていた。
そこに、司令部から戻ってきたエルマが現れた。
エルマ「明日から、第一級警戒配備になるそうです。それで、私たちは第1中隊のサポートを命じられました。
アホネン大尉達のバックアップです…完全に添え物扱いですね……。」
エルマは俺と智子の方を向き、頭を下げた。
エルマ「ごめんなさい、穴拭少尉、俺少尉……。私が不甲斐ないばかりにこんな事になってしまって……。」
俺「いえ、エルマ中尉は悪くありませんよ。今回の件は俺たちも出かけてましたから、こちらにも非はあります。」
俺は笑いながらエルマを宥めるが、智子は黙ったままだ。
キャサリン「エルマ中尉だけじゃないのね。私たちも、ダメすぎたね。
今日、住むところを無くした子供たちを見たね。あんな子をこれ以上増やすわけにはいかないね。
それと…俺に言われたこと、結構心に響いたね。だからミーたちもがんばるよ。そうね、ウルスラ、ビューリング。」
ビューリングとウルスラはそれぞれ頷く。
キャサリン「そんなわけで、俺、トモコ、よろしくお願いするね。」
エルマも智子と俺の手を握った。
エルマ「俺少尉、穴拭少尉。訓練だけでなく、空中戦闘の指揮もお願いします……。
やっぱり、実戦経験のないわたしじゃ、指揮は務まりません。今日だって震えてみてただけだし……。」
俺「俺で良ければ、是非ともやらせてください。」
すると全員が「おお!」と、色めきたった。
俺「穴拭少尉も、いいよな?」
智子「……そうね。分かったわ、私も指揮をとる。」
キャサリン「これで百人力、いや二百人力ね!」
キャサリンは飛び上がり、ハルカはほっと胸をなでおろした。
ビューリングは智子と俺の方を向いて笑みを浮かべ、ウルスラも読んでいた本のページを閉じた。
俺「そうと決まったら、明日から頑張ろう!」
全員が盛り上がっているところに、智子は冷たい声で告げた。
智子「じゃあ命令を下すわ。」
キャサリン「へ?」
智子「何もしないで。私の邪魔をしないで。」
俺「ど、どういう事だ!?」
智子「言葉通りよ。この二週間、あなたたちの行動を見ていてやっと分かったわ。
あなたたちは役立たずよ!」
俺「お、おい……そんな言い方は……」
智子「俺少尉も邪魔しないで。戦争は私一人でやるから。あんたたちは見ていなさい。」
そう言って智子は部屋に戻ってしまった。
キャサリン「せ、せっかくやる気だしたのに!」
ハルカ「智子中尉……。」
自室に戻った智子はベッドに寝転がって天井をぼんやりと見つめながら、
アフリカにいる親友の顔を頭に浮かべた。
智子「武子…やっぱり頼りになるのは、あなただけね。実力のない連中と、組むなんてはなっからできない相談だったのよ…
実力ある人もいるけれど……。」
昼間、俺に抑えつけられたところに軽く触れる。
意外と大きな手だった……い、いやいやあいつも信用ならないわ。
確かに実力も経験もあるけど、男のウィッチなんて聞いたことないし……。
そう考えていると、部屋のドアがノックされる。
智子「誰?」
俺「俺だ。」
智子「何しにきたの?」
俺「話をしに来た。」
智子「話すことなんて無いわ。」
俺「穴拭少尉には無くても、俺はあるんだ。」
智子「帰って。」
俺「なぁ、頼むよ。」
すると、ドアが少しだけ開く。
智子「……眠いんだから、手短にお願いね。」
俺「ああ、ありがとう。」
俺は智子の部屋に入り、紅茶の入ったカップを智子に渡す。
智子「ありがとう……。それで、話ってなにかしら?」
俺「さっきの事だ……ひとりでやるってどういうことだ?」
智子「さっきも言ったでしょ、そのまんまの意味だって。」
俺「一人で一体何を倒すんだ?」
智子「ネウロイよ……。」
俺「ラロス級か?ケファラス級か?それとももっと別のやつか?」
智子「もう!なんだっていいじゃない!」
俺「分かった……。それで、穴拭中尉はどうやってそいつらを倒すんだ?」
智子「格闘戦よ。」
俺「じゃあもし、格闘戦出来る距離まで近づけなかったら?戦闘中に敵に囲まれたら?」
智子「何が言いたいわけ?要点だけ言ってくれないかしら?」
俺「あー、つまり……格闘戦は今後の戦いに通用しないと思うんだ。」
智子「そんなことない!」
智子は、机をバンと叩く。
俺「いや、すまない。言い方が悪かった。確かに一対一であれば格闘戦も有効だし、君が『扶桑海の巴御前』と言われるほど格闘戦に長けているのは知っている。
だけど、今後ネウロイは数で押してくるだろう。これからは編隊飛行の一撃離脱戦法が主流になる。だから……――――。」
智子「そんなの、分からないでしょ……!」
俺「いいや、分かるね。俺はカールスラントの戦いでそれを体験した。」
智子「……いいわ、分かった。今度の戦いで格闘戦がいかに有効か思い知らせてあげるわ!」
俺「そんなの危険だ!」
智子「もう出ていって!ちょっとでもあなたをいいと思った私がバカだったわ!」
俺「お、おい……」
智子「出ていきなさい!」
智子が扶桑刀を抜いたので、俺は退散せざるを得なかった。
俺が出ていった後、智子は俺に貰った紅茶を飲み干し、ベッドに横たわった。
智子「所詮、人は一人なのよ……。」
最終更新:2013年03月30日 01:43