――翌日、槍の部屋――

槍(体調は、もう大丈夫かな。)
熱は昨日で既に下がっていたようだが、昨日に比べても今日は体が軽く感じる。
やはり昨日はまだ本調子じゃなかったのだろう。

槍「大尉はあぁ言ったけど、やっぱり早いほうがいいよなぁ…」

――朝食後、執務室――

槍はバルクホルンとの模擬戦の件でミーナの部屋を尋ねていた。
そして自分の体調は大丈夫だからと午後からの決行を提案する。

ミーナ「確かに今日もネウロイがくるって予報はないけど…」

槍「なら丁度いいじゃないですか。正直間が開くと決心も鈍ってしまいそうで…。」

ミーナ「見たところ体調も戻ったようだし確かに貴方の方は問題なさそうね…。
    大尉は、まぁ彼女がコンディションを崩すなんてことは早々ないだろうし大丈夫でしょうね。」

事実、ミーナが彼女にそのことを提案しに行くと、即座に了承し、イメージトレーニングでもするのか一人で訓練に向かった。


――数時間後――

空中にはすでにアームストライカーを装着した槍少尉と、両手に機関銃、当然ペイント弾であるが、を構えたバルクホルンが向き合っている。
そしてその二人から少し離れて、ミーナが立会人として待機している。そして二人に声をかけた。

ミーナ「本当にいいのね?」

バルクホルン「あぁ。決して私怨による私闘ではない。それだけは信じてくれ。ただ、純粋に、少尉の力をはかりたいだけだ。」

ミーナ「なら…私にとめる権利は無いわね…。勝利条件は大尉はペイント弾を一発でも接触させること。
    少尉は体もしくは機体のどちらかに接触すること、でいいのね?」

槍「…はい。」

バルクホルン「行くぞ、槍少尉。全力で来い。」

ミーナ「それでは始めます!」
ブァァァァァァァ!

合図と同時にバルクホルンが二丁の機関銃を少尉に向けて掃射する。少尉は一旦距離をとり、左右に揺さぶってすべての弾丸をかわした。
そしてそれに追従するバルクホルン。丁度前回のペアの模擬戦と同じ構図だ。
少尉は左右、時に上下への不規則な機動を入れ大尉に的を絞らせない。
そして一瞬機銃の掃射がやんだ瞬間、以前と同じように上空へ向かって加速を入れた。

バルクホルン「前と同じ手を食うと思うなよ!」

そう言うと上空を見上げて視界に少尉の姿が無いことを確認するとそのまま真っ直ぐにその場から退避した。
すかさず振り向きざまに狙いを定め、今度は右腕の機銃のみを掃射する。

ミーナ(トゥルーデが何のためらいもなく、距離をとった…。本当に本気のようね…)

少尉は距離をとられた瞬間そのまま勢いよく下降してなんとかペイント弾をかわしきった。

バルクホルン「どうした?そんな手じゃ私には届かないぞ。お前の実力は、ミーナの言葉やお前の経歴からいくらかは窺い知れる。
       だから槍少尉、私は絶対にお前の力を過小評価しない。私は卑怯と言われようとどんな手でも使って勝ちに行く。
       これが私怨による戦いじゃないことは本当だ。私は、純粋に本気のお前と戦いたい。
       これからともに戦う者として、その英雄と呼ばれた力をすべて私に見せてくれ…!」

それは、槍少尉の心にあった甘えや遠慮を全て見透かし、否定するような言葉だった。そして彼はその言葉に答える。

槍「……わかりました。少し、待ってください。素手ではキツイので、こちらも武器を出します。」

そういうと彼は両の拳を胸の前に合わせる。そして、短く息を吐きその手を左右に払った。
その瞬間、アームストライカーに覆われた両腕の先端に、細長く平らな板状のブレードが形成される。

槍「刃は潰してあります。先端で叩いたとしても痣になるくらいですむでしょう。
  すいませんが、勝利条件はこのブレードを体、もしくは機体に届かせる、という風に変えて貰えますか?」

バルクホルン「あぁ、行くぞ!!」

その言葉とともに、今度は槍少尉が攻勢に出た。四肢の全力加速で一気に接近していく。
バルクホルンも後退しながら機銃で弾丸をばら撒き応戦するが、
その弾丸はことごとくかわされる。しかし、大尉は間合いに入られる前に今度は推力を
一瞬切り真っ直ぐ落下したあと少尉の真下を通り距離をとった。
そして背後から両手の機銃を広範囲に掃射して逃げ場をなくす。
槍少尉は背中越しにそれを見、左右では回避仕切れないと悟ると、今度は少尉も揚力を切り、
両腕を上げ、下方向への全力加速でなんとかその場を退避した。
そして一旦、今度は少尉のほうから距離を取る。大尉の姿を視界に納めながらやや俯瞰的に見下ろせる位置につく。

バルクホルン「ペイント弾とはいえあれをかわしきるとはさすがだ!だが、
       リーチが多少伸びたとしても射撃の間合いでは私に攻撃を当てられない。
       悪いがこっちは、接近される前になりふり構わず距離を取らせてもらう!お前の動きを追いきれたときが私の勝利だ。」

槍「まだですよ、大尉。アームストライカーによる変則機動はいくらパターンを読もうとも、そのバリエーションに限界はありません。
  何度距離を取られても、その銃弾の全てを掻い潜って大尉に手を届かせてみせます。」

バルクホルン「はん!言うじゃないか英雄!だが勝つのは、私だ!」そう叫びまた弾丸を放つ。

そのころ…
ミーナ(なんというか…本当に楽しそうね。おかしな話だけど…逃げるお姫様と、それを追いかける王子様みたい…。)
ミーナ「羨ましい…って何で私がそんな風に嫉妬しなくちゃいけないのよ…!?」
と、ミーナが一人悶々としている傍らで、戦闘は次のステージに進む。

槍少尉は先ほどの銃弾を、今度は上昇をかけてかわした。そしてある程度高度をとったあと、今度は斜め一直線に全速力で突っ込んでいく。

バルクホルン(先ほどよりも重力が加わった分速い…!)
バルクホルン「だが…!」

大尉は左の機銃のみで少尉に照準を合わせた。そして少尉に向かって掃射する。
彼は狙っている銃口がひとつと見るや、最低限の機動で弾丸をかわしきる。

槍(よし、ここまで近づければ…)

その瞬間真下にトリガーを引き、一気に急上昇をかけた。人間の目は、左右の動きに比べると急激な上下運動には弱い。
先ほどよりも接近された状況で急激に真上への上昇をかけたことで、バルクホルンは一瞬であるが彼を視界から外してしまった。

だが、それこそが彼の狙い。視界から外れた一瞬の隙で、彼は大尉の真上まで一気に移動し、そこから垂直に全力で加速した。

槍(真上からの加速で攻撃を加えれば、四方、更に下方向へ回避してもすぐさま追いすがれる…!)

バルクホルン(左右でも後ろでもない…!?)
バルクホルン「上!!」
すぐさま見上げる。だが、
槍(遅い…!)
彼は左右にブレードを構え、そして一気に振り下ろした。
だが…


ガキン!!


槍「…!?!?」
大尉は、彼の真上からの急襲を回避せず、両の手の機銃で彼の二つのブレードを受け止めていた。

バルクホルン「悪いな…!ルールは、あくまで『私の体か機体にブレードを届かせる』だ!
       武器で攻撃を受け止めたら負けとはいっていない!」
そして固有魔法を如何なく発揮し、機銃を振り回し少尉のブレードを彼の体ごと弾き飛ばした。

バルクホルン「言っただろう!そのブレードが私の身体に届くまで、お前の勝ちはない!」
叫びながら今度は両の機銃を惜しみなく掃射した。少尉が脱兎のごとくその場から退避する。
際どい所であったが、銃弾が彼の身に触れることは無かった。

そして距離を取り、また先ほどと同じ、少尉がやや上空に位置して均衡状態になる。
そしてまた同じように大尉が弾丸を放ち、少尉がそれを上昇することでかわした。そしてまた、斜め一直線に突っ込んでくる。

バルクホルン(また同じ手…?だが…)
バルクホルン「こちらのやることは変わらない!!」

先ほどと同じく、突撃してくる少尉に片方の機銃の照準を合わせ、弾丸を放った。
またしてもギリギリのところでかわされる。

バルクホルン(この状況でまだ弾道を見切ってくる…!凄まじい集中力…いや、そうしなければならない戦場にいた、ということか…)

そしてまた先ほど上昇してかわされた間合いに入られる。しかし…

少尉は今度は上ではなく横への回避を選んだ。
バルクホルン(くっ…!上下の移動を警戒していた分、今度は左右の移動に一瞬反応が遅れた…!)

すぐさま左へ視界を移すと、視界の隅に自分の真上に入ろうとする影が見えた。
そして今度は先手を打って上空に銃口を向ける。少尉の姿を捉えた。

槍(だが…ここまでは狙い通り…!)

弾丸が放たれる直前、少尉はブースターでバルクホルンの後方にコースを変える。

バルクホルン(くっ…!真後ろ!?前進して距離を取るか…?)

だがその瞬間彼女は、後方、いや、後方わずか右寄でブースターを吹かす音を耳に捉えた。

バルクホルン(右のブースターを使ったということは、左か!?いや、やはりこのまま距離を取るのが安全…?)

一瞬でいくつもの選択肢が脳裏を駆け巡る。そして彼女は…


槍(このフェイント、いや、ブラフに嵌ってくれれば…)

大尉の右後方でブースターを使ったのはフェイク。いや、右腕のアームストライカーを使っていないわけではないが、
彼は右腕を無理に捻り、右腕のアームストライカーを用いて、大尉の右斜め後方に回り込んでいた。

槍(一瞬でも迷えば、それが命取りだ…!)
彼は彼女へと向かって疾走する。
だが…
ジャキ!

槍「えっ!?」

身体の向きはそのままに、彼女の右腕の銃口と肩越しに送る視線は、確かに彼をまっすぐに捉えていた。

バルクホルン「捕えたぞ!!」

ブラフを読みきったわけではない。彼女の本能、戦場で研ぎ澄まされた勘が、「敵は右後方にいる」と告げ、彼女の身を駆り立てた。

ミーナ「この距離じゃ…!?」

槍(だが…今更戻れない…!!)

バルクホルンは勝利を確信しつつ、それでも慎重を期して三発の弾丸を放つ。

槍「あ、あぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」

驚異的な反応で一発目の弾丸を回避する、だが万全を期して放たれた弾丸は、彼の回避方向を見事に潰していた。
そして、

バシッバシッ!!

しかし、それはペイント弾が命中する音ではなかった。

彼は、至近距離で放たれた弾丸を両腕のブレードで一発ずつたたき落していた。

バルクホルン「なっ…!!くっ…!!(ジャキ!)」

だがその驚愕していた一瞬が命取りだった。更なる弾丸を放つ前に、槍少尉が間合いに入りブレードが振るわれる。

ガキン!!

左腕のブレードがその銃口を跳ね上げた。
右手の銃口を外に弾かれた反動で、彼女の身体が強引に開かされる。
慌てて左手の銃口で照準を合わせようとするが、彼が更に踏み込む方が速い。
彼は銃口を跳ね上げた左腕を反動に使い、今度は右腕のブレードがまっすぐにバルクホルンの体に振るわれる。
彼の身、そして彼女の身目掛けて振るわれるブレードから放たれる、殺気とも言える気配に、彼女は思わず目を閉じた。

ヒュッと、彼女の首筋を風が撫でる。痛みはなかった。少しの逡巡の後、ようやく彼女は恐る恐る目を開く。

すると、目の前には首筋にブレードを当てたままの体勢で、静止している槍少尉の姿があった。
彼のブレードは、確かに自分の体に届いている。
彼女は全身の力を抜き、両手の銃器を下ろした。

バルクホルン「私の…負けだな…」
悔いはない。自分は全力で戦い、自分の中の全てを出し切った。それでも負けたということは、自分の力が及ばなかったということだろう。

しかし、
槍「いえ、自分の負けです…」
そういうと彼は両腕のブレードを解除し、腕を戻し姿勢をただした。

バルクホルン「え?」
どういうことだろうか、自分の弾丸は彼のブレードに阻まれ、彼のブレードは確かに自分に届いている。

槍「ミーナ中佐!」

ミーナ「え…?はい!」
そう言って、目の前の決着に思わず言葉を無くしていた彼女が、二人のもとに駆け寄ってくる。

槍「大尉の勝利条件は弾丸を俺の体か、機体に届かせる、でしたね?」

ミーナ「え、えぇ。」
自分も確認したので間違いはない。彼女は彼の体にペイント弾を一発でも届かせれば勝ちだったはずだ。
そしてその瞬間、彼女はあることに気づく。

ミーナ「少尉……。その服…?」

槍「はい。ペイント弾を弾いた際に、染料がだいぶ自分の体にかかりました。ルール上はあの時点で俺の負けです。」
バルクホルンは、ふと、首筋と頬に手を当てた。すると手にわずかに染料が残っている。先程首筋をブレードが撫でた際、
付着していたペイント弾の染料が飛び散り付着したのだろう。
ルール上は確かに彼の負けとも読み取れる。だがバルクホルンは納得いかなかった。

バルクホルン「ま、待て!どこがお前の負けだ!私の弾丸はお前に阻まれ、私はお前の一撃に恐れをなし、目を閉じてしまってさえいた!
       同情なんていらない!いつか、自分に恥じることのない勝利をこの手につかんでみせる!
       だから今は、お前の勝ちを誇ればいいだろう!」

槍「弾丸二発を同時にたたき落とせたのは、ペイント弾だったからです。実弾なら一発だけならともかく、
  それ以上はシールド出さなければ防げなかったでしょう。」

バルクホルン「そんなことは理由にならない!なぜ、お前は…それだけの力を誇らない…!?」
彼女は彼に詰め寄る。

ミーナ「トゥルーデ、辞めなさい。槍少尉、私から見ても今回は貴方の勝ちよ。納得できないとしても、今回は受け入れなさい。」

槍「中佐が、そういうなら…。」

バルクホルン「それで、いい…。次は絶対に、お前に勝ってみせ、る…。」
そして彼女は体の力が完全に抜けてしまった。そのまま彼の方に身体を預けてしまう。

槍「え、た、大尉!?」

彼は慌てて彼女の身体を受け止める。

槍「だ、大丈夫ですか?」
戦闘中の雰囲気とは打って変わり、さっきまで本気で戦っていた相手を抱きとめて、こんなにも動揺している。
彼女は何やらおかしくなった。少しばかり、ミーナが彼を気に入った理由が分かる気がする。

バルクホルン(なるほどなぁ…。ハルトマンの言っていたのはこれか…)
だが、

ミーナ「………」

上官様がなにやら不機嫌になってきたようだ。さすがにここらで遠慮するとしよう。

バルクホルン「すまん少尉。大丈夫だ。ミーナ、ちょっと疲れてしまった。手伝ってくれるか?」

槍「いえ、折角なので俺が」

ミーナ「結構です少尉。大尉は私が基地まで連れていきます。」
ミーナ(なによ!抱きつかれたくらいでドギマギしちゃって…!)

バルクホルンはそんなミーナの様子を見てまたおかしくなった。
バルクホルン(分かりやすい奴だな。以前は、こんなにも感情を表に出すなんてことはなかったのに…
       当の少尉があまり気づいていない様子なのは、いい事なのか悪いことなのか…)

そして基地へ向かう二人に、槍少尉から声がかかる。

槍「バルクホルン大尉!」

二人が肩越しに振り向いた。
バルクホルン「どうした?」

槍「えーと、ちょっと、言いにくいんですが…あっ。」

その瞬間、微かにであるが、プツッと何かが切れるような音がした。
バルクホルンの髪をくくるリボンが片方だけ切れた音だ。彼女の髪がそのまま解ける。
同時に髪の毛もいくつか切れていたようで、リボンと共に風に流され飛んでいってしまう。

槍「すいません…。さっきのブレードでリボンと髪の毛まで切っちゃったみたいで…。」

二人は更に驚愕する。ブレードとは言え、模擬戦用に刃は潰していて、丈夫なベニヤ板を切り取って戦っていたようなものだ。

バルクホルン「いや、リボンは別に高価なものでもないし、髪の毛も…」
少しいいことを思いついた。

バルクホルン「いや、扶桑では昔から髪は女の命というらしいな。そんなものを少尉は無残にも切り裂いたわけだ」

ミーナ「ちょっと、トゥルーデ…!?」

バルクホルン「いや、私も鬼じゃない。今度街にでも行って飯でも奢ってくれればチャラにしてやるよ」

するとミーナがバルクホルンを連れ、二人して内緒話を始めてしまう。

ミーナ「(どういうつもりよ、トゥルーデ…?)」

バルクホルン「(いいじゃないか、一日くらい貸してくれよ。独り占めは良くないぞ。)」

ミーナ「(で、でも…!?)」

バルクホルン「(気にするな。別に取ったりはしないからさ(ニヤニヤ))」

ミーナ「(…!?うー…)」

槍「あの、どうしました…?」

バルクホルン「話はまとまったぞ。今度の休暇は二人で街に行くぞ。」

槍「は、はぁ…(チラ)いいんですか…?中佐。」

ミーナ「……好きになさい!」

そう言うとバルクホルンを連れ、基地へ帰っていった。
その日ミーナは終始不機嫌で、少尉がミーナとも街へ行くことを条件に何とか機嫌を直してくれたが、それはまた別の話。


――数日後――
散発的にネウロイの襲撃は続いていたが、特に異常もなく501メンバーは日々を過ごしていた。
そしてある日、上層部から一つ通達が届いた 

坂本「カールスラント空軍からの視察だと?」

ミーナ「えぇ。空軍少将という方らしいのだけど、どうしても私たちの部隊の様子を把握したいと。
    でも、こっちが主題ね。、連合軍司令部として、今度発令される大規模な作戦に関する通達も兼ねているらしいわ。」

坂本「ずいぶん急な話だな。」

ミーナ「なんでも、向こうからの強い要望だそうよ。」

坂本「ふむ…何か裏がありそうだな。」

ミーナ(空軍少将…。まさか、ね…)

午後に、基地に小型の輸送機が到着した。タラップから、身なりのいい男性が降りてくる。
その足取りは壮年の男性らしからぬしっかとしたものであった。
そして、それを501の主要なメンバーが出迎える。

ミーナ「お待ちしておりました。空軍少将殿。」

少将「すまなかったな。突然出向いたりして。ふむ…君がミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐かね?」

ミーナ「そうですが、何か…?」

少将「…いや、なんでもない。立ち話も何だ。作戦室で本題に入るとしよう。」

ミーナ「はい。こちらです少将。」

そしてそんな様子を見下ろす影があった。槍少尉が複雑な表情をして空軍少将の顔を睨みつける。

槍「何しにきやがった…あのオッサン…。」

――作戦室――

席には隊のメンバーがすでに集まっている。
そこに、
槍「すいません、遅くなりました。」

坂本「遅いぞ槍少尉。早く席につけ。」

そしてそれを見ていた空軍少将が、微かに笑ったように頬を動かす。
少尉はそれに目配せもせず自分の席についた。

ミーナ「どうしました?少将。」

少将「いや、なんでもない。男のウィッチなど珍しかったものでな。
   それでは今回行われるネウロイ殲滅作戦。オペレーション・マルスに関する説明を始める。」

殲滅作戦、という前フリに隊の面々がざわめく。そして、それが止むのを待って少将が話し始めた。
同時にスクリーン上にヴェネツィア上空のネウロイの巣の画像が現れる。

少将「この作戦は、ヴェネツィア上空のネウロイの巣を殲滅するのが目標だ。
   そして残念なお知らせになるが、今回の作戦のメインは君たちウィッチではなく
   扶桑海軍の艦隊になる。」

その言葉にまた501メンバーがざわめいた。そしてそれを代表するようにミーナが声をかける。

ミーナ「どういうことですか?ネウロイを殲滅するのに私たちをもう必要でないとでも…?」

少将「上層部も焦っているのだよ。戦場の趨勢をウィッチに依存していることをよくは思わない人間が大勢いる。
   そしてこれは、その現状を打破できるかどうかの連合軍による最初の一手ということだ。」

部下「少将!それは…!」

少将「口が滑った。今のは聞き流してくれ給え。」
特に悪びれた様子もなく彼は続ける。そしてスクリーンには戦艦の画像とヴェネツィア周辺の海図が浮かぶ。

少将「作戦の肝は扶桑海軍所属のこの戦艦大和だ。実はな…扶桑海軍が前のガリアにおけるウォーロック実験を引き継いで
   コアコントロールシステムをより安全に改良することに成功したらしい。」

その言葉に当時ガリアにいた501メンバー全員が驚いた。ネウロイのコアを利用したあの機体は結局暴走、
そして友軍に大きな被害を出している。

少将「あのおもちゃの設計図を拾った上層部があれこれいじくってもう少しマシに仕上げたらしくてな。
   つまり、この戦艦大和をネウロイ化させ、巣に特攻。そして至近距離からの主砲の一撃で
   巣を破壊する、というのがこの作戦の本筋というわけだ。」

ミーナ「それで、私たちは何を…?」

少将「今回の決戦兵器たる大和なんだが、一つ致命的な弱点があってな。コアコントロールシステムの安全性を重視した結果、
   ネウロイ化していられるのはわずか10分という時間だけらしい。    
   そこで、君たちには大和が巣まで接近するまでの間、大和の護衛を頼みたい。」

その時、バルクホルンが立ち上がり少将に恐る恐る質問をした。

バルクホルン「その改良したコアコントロールシステム、というのはほんとうに大丈夫なんですか?
       もしまた暴走するようなことがあったら…。」

少将「その時は私たちはロマーニャをネウロイに明け渡すしか無くなるだろうさ。
   その場合この基地も放棄せざるを得ない。君たち501航空団も解散となるだろう。」

坂本「何を…!勝手な!」

少将「まぁ落ち着け。成功すれば何の問題もない。これが今回の作戦の概要だ。
   接近の際はネウロイの猛攻撃にあうことが予想される。各員、全力を尽くし大和を守ってくれ。」

そういって、資料を閉じ説明を終えた。
一方的なその説明に敵意を見せている者もいる。

そして、部屋を出る際ミーナに小声で話しかけた。

少将「(個人的に話がある。彼のことだ。)」

ミーナ「…!(わかりました…。私の執務室に案内します。)」

ミーナ「皆さん!説明は終わります。追って指示があるまで各自自由に過ごしてください。」
そう言って二人して作戦室を出て行った。残された隊員たちは、故郷を失うことに泣き出すもの、それを励ますもの
自らを奮い立たせるものと様々だった。
その中で、槍少尉は部屋を出て行き、二人とは反対方向に歩き出した。

――執務室――

少将「すまなかったな。上層部は思いのほか焦っているらしい。私ではどうにもできなかった。」

ミーナ「やはり、貴方はあの作戦に反対なんですね。」

少将「当然だ。ウィッチ諸君はよくやってくれている。それを助けるためではなく、
   不要にするための技術など無駄としか思わん。」

ミーナ「…そうですか。」

少将「決行が決まった作戦にグチグチ言っていてもしょうがない。話を変えよう。
   ヴィルケ中佐。私が何者かは分かっているだろう?」

ミーナ「先日はありがとうございました。
    ダイナモ作戦、王冠中隊、お陰でどうにか彼の過去にたどり着くことができました。」

その言葉に彼は目を細めると、姿勢を正し一礼した。
少将「まずは、礼を言う。本当の意味で奴を戦場に立ち返らせてくれたことを…」

上官のその態度にミーナはますます恐縮した。
ミーナ「いえ…!そんなことは…。ならその代わりといっては何ですが、いくつか質問に答えて頂けますか?」

少将「構わない。奴が何も言ってこないということはこれも承知の上だろう。奴の過去のことを教えればいいのかね?」

それを聞くと、どこから聞けばいいのかわからなかった。知りたいことは山ほどある。だが、どこから尋ねればいいのかわからない。
とりあえず、ずっと気になっていたことを一つ思い出した。

ミーナ「それでは…彼のことを責めないで欲しい、とわざわざ私に言った、その真意をお聞きしたいです。」

少将「そうか。奴の過去から話すことになるから、少し長くなる。
   …ダイナモ作戦の顛末。君も古株のウィッチの一人だ。知らぬということはあるまい?
   殿を務めた防衛隊は壊滅。避難民にも多大な犠牲を出した。
   そして、あの作戦の資料をみたなら分かると思うが、その中で最後まで抗い、力尽きたウィッチというのが奴のことだ。」
そこまでは何となくはわかっていた。無言で続きを促す。

少将「奇跡的に生還した防衛部隊の者からは、…鬼神の如き戦いぶりだったと聞いている。
   人々の前に一人立ちはだかり、その盾でことごとく攻撃を受け止め、一撃でネウロイを沈めていったとのことだ。
   それでも最後には力尽き撃墜されたらしいがな。」

ミーナ「彼のすごさはわかっています…。ですが、」

彼女の言葉を無視し彼は言葉を続けた。そして衝撃の言葉が放たれる。
少将「そして奇跡的に生還した彼を、その姿を目に焼き付けていたものは英雄と讃えた。
   だがな、人の心はままならない。払った多大な犠牲の中に自らの家族がいたものが、
   その戦場からの生き残りを糾弾したとして、いったい誰がそれを責められるだろうか。」

ミーナは言葉を失った。そして彼はさらに言葉を重ねる。

少将「『ウィッチのくせに、俺の家族は守ってくれないのか。』奴の心情は想像することしかできないが、堪えただろうな。
   それからだ。覇気を失い、どことなく投げ遣りな態度が目立つようになった。
   …どこから持ってきたのか、拳銃を見つめてじっと座り込んでいたところを取り押さえられたこともあるらしい。」

ミーナ「まさか…少尉が…」

少将「あの後見かねた私が手を回して、どうにか上層部からの手出しを防ぎ、奴の情報の核心になる部分を秘匿し、
   そしてその後は本国を離れて各地を転々とさせたわけだ。
   一先ず戦場に立つのに問題は無かったようだが、まぁその時の奴の態度は君等も知っているだろう?
   奴の槍は、その矛先も定まらないままに、迷い、曇ったままだった。
   その迷いの中で、また自分のことを責める者が現れたとしたら、恐らく奴は自分の存在を今度こそ許せまい。
   わかるだろう?万が一、君が恋人のことで彼を糾弾したとしたら、その場で舌を噛んでもおかしくなかったのだ。」

彼女は恋人のことを話した時の彼の顔を思い出した。
ミーナ「でも、そんなに追い詰められているようには全く…」

少将「残念ながらそういう男だ。私も奴から弱音を聞いたのは一度しかない。
   一度な…『生き延びたのは間違いだったのか?』とすべてを諦めたような顔で問われたことがある。
   だから、君には感謝しているのだ。自分を見失っていたあの愚かな男を、もう一度自分の意志で
   戦場に立たせてくれたのだからな。」

さっきまでの深刻そうな顔とは打って変わり、少将は穏やかに微笑んだ。

少将「さっきのはその礼だ。話が長くなってしまったな。慌しくてすまないが、今日はこれで失礼する。
   …これは年寄りからのせめてもの願いだ。今度は迷うことの無いよう、しっかり奴を支えてやってくれ。」
その言葉にミーナは曇りない笑みを浮かべた。

ミーナ「はい。彼のことは、私に任せてください。私が、支え続けてみせます。」

それを見て少将がニヤリと笑う。

空軍少将「ふむ…。」(伝説の魔女を誑し込んだというのは冗談でもなかったということか)

そして満足そうな顔で執務室を後にしていく。

空軍少将「頼むぞ。ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。」

――基地出口――
槍「どういうつもりだよ、おっさん。あんな作戦をわざわざ伝えに来るなんて。」
壁には少尉が寄りかかり、少将を横目に見ている。

少将「あの作戦の決行はもう既定事項だ。私が出向かなくても直に司令部から招集がかかったさ。
   別に私がどうこうできるものじゃない。
   ここに来たのは、501航空団と、そして君に会うためだ。」
ニヤニヤと語る。その目は目的のものを見つけたかのように楽しそうだ。

槍「なんだよ気持ち悪い。」

少将「つい最近までウジウジと燻っていた人間が吠えるじゃないか。
   その顔だとあの作戦には不満なようだな。」

壁から身を離し、少将の目をまっすぐに見据えた。
槍「当たり前だ。ネウロイのコアを利用した兵器だと?上層部は何を考えている。」

少将「利権にしか興味のないような人間の考えなど想像もつかんよ。
   だが、私たちが巣に対する決定打をもっていないのは事実だ。今は縋る他ない。」

槍「アンタはそれでいいのか?」
その言葉に通りすぎようとした少将が足を止めた。

少将「人の世に危機が訪れ、そしてその危機から人を救うものがあるとしたら、それは人の力であるべきだと私は思う。
   だがな、その危機に人の力が及ばないとしたら、人は甘んじて滅びを受け入れるのか、それともどんな物にでも縋るのか。
   後者を選んだものがいたとして、君は責めることができるかね?」

その言葉に少尉が感情を顕にする。
槍「ふざけたことを言うな!」

それを受け止め、少将は愉快そうに笑う。

少将「ならお前の、人の力でこの世界を救ってみるか?英雄よ。」
そして振り向いて更に言葉を掛ける。

少将「人はな…困難が目の前にあったとき、多くは、それに立ち向かわず目を背けてしまう生き物だ。
   だがな、一人が立ち上がり、立ち向かえば、それに続くものが必ず現れる。それもまた人の姿だ。
   思えば、一人の英雄に、全てを背負わせたのが間違いだった。
   今ならば、君がその槍を奮えば、それに続き、君を支えてくれる者が必ず現れる。
       ランツィーラー  
   だから、一番槍 よ。お前は、我らの前にそびえ立つ、ネウロイという困難の壁を穿つ楔になれ。
   人々の心にかかる暗雲を、真っ先に打ち払う一番槍になれ。
   お前の槍が、人に穿てぬ壁は無いと、それを証明すれば、それに続く人の力が、必ずこの困難を乗り越えるだろうさ。」

槍「また、俺に…そんな重荷を押し付けんのかよ…。」

少将「ダンケルクの英雄。お前はその名を重荷に思うのかもしれないが、その力が多くの命を救ったことには間違いないのだ。
   これは、君に期待を押し付けているんじゃない。君なら出来ると、そう思うがゆえの確信だ。
   だから、今一度でいい。何かを守るために、もう一度その力を私たちに貸してくれ。」

それを聞くと、何かを吹っ切れたような顔をした。
槍「…俺は、今は中佐の一番槍です。中佐の命令ならば、いかなる壁も命じるがままに貫いてみせます。」

少将「口調が変わったな。あの中佐にずいぶんと惚れ込んでいると見える。
   まぁいいさ。君に戦う意志があるならば、私はもう言うことはない。」

そう言って今度こそ基地を出て行った。
あとには拳を握り締め、俯く少尉の姿が残された。


最終更新:2013年01月28日 14:28