ストライカーを装着しエレベーターで後部甲板に出たペリーヌら三人が見たものは、
大火災を起こし、天を衝かんばかりに黒煙をあげるリットリオの姿だった。

「戦艦が……」
「……沈む」

その艦首は本来ならありえない方向に向かっていた。いや彼女の命運を考えれば、あるいはその艦首はこれより進撃する方向に向いているのかもしれなかった。

「貴隊ノ援護ニヨリ総員ノ退艦ヲ確認セリ。感謝スル。タダ、我ガ女神ノ武運ヲ祈ル。サラバ」

艦と運命を共にするため最後まで艦に残っていた艦長から最後の信号が届いた。

「そんな……私たちを守るために」

艦上に上がるためのエレベーターを降りカタパルトに向かうペリーヌの背でリーネが呟いた。その言葉を故意に無視して、ペリーヌは発艦を強行した。

「くっ……宮藤さん! 高度を回復次第、天城に向かいますわよ。……宮藤さん?」

発艦直後を狙ったネウロイの光線をかろうじてかわしながら、ペリーヌは宮藤に指示を下した。
しかし、宮藤からの返事はなかった。戦闘機動に専念するペリーヌに代わってリーネは大和に向かって振り返った。

「ペリーヌさんっ!芳佳ちゃんが付いてきてないですっ!?」
「なんですって!?」

振り返った先では、後部エレベーター上でうずくまる宮藤の姿があった。

「芳佳ちゃんっ!どうしたの?芳佳ちゃんっ!」
「暴れないでくださいましっ。宮藤さん?どうなさったんですの!?」

二人の呼びかけに答える宮藤の顔は、恐ろしく青い。

「ごめん。二人共。ちょっと疲れちゃったみたい……。すぐ追いかけるから……先に行ってて」

そう言って微笑む宮藤だったが、その言葉が真実でないのは明らかだった。

「っ宮藤さん……貴女っ。怪我を!」

突然の事態に動揺することなくペリーヌの頭脳は士官としての冷静な判断を彼女に強いていた。

(戦闘と治癒魔法の行使による疲労だけではああはなりませんわ。深刻な負傷。
恐らくは内蔵に傷を負っているのでしょう。私としたことが気付かないなんて、出血が無かったから?
船内が薄暗かったから?いいえ、これは言い訳ですわね。私が冷静ではなかったんですわ)

「ペリーヌさん!なにしてるんですか!?戻らないとっ!芳佳ちゃんを助けないと!」
「お黙りなさいっ!!!」

 自身の背で暴れるリーネを一喝し、ペリーヌは高速で思考を続けた。
ペリーヌは士官教育をうけた正規の士官であり、ガリア撤退の地獄を戦っている。戦場で冷静でいる必要性は誰よりも理解していた。

(戻って助ける?いいえ不可能ですわ。宮藤さんが飛べないのなら、私独りで二人も抱えては飛べませんわ。)

「宮藤さん! 命令します! 大和の主要区画内に退避して回復に努めなさい。自力で離脱が可能なら機を見て、それが不可能ならなら救助が行くまで無理はしないこと。いいですわね」
「そんな!?芳佳ちゃんを見殺しにするんですか!ペリーヌさ……きゃっ!?」

 ペリーヌの言葉を問い詰めようとするリーネだが急な機動に言葉を遮られた。今までいた空間をネウロイの火線が貫き、空気の焦げる嫌な匂いが漂う。
 そこでリーネも気づいた。ペリーヌは天城に向かわずに大和周辺に滞空し続けていた。
ネウロイの火線を引きつけて、少しでも宮藤の撤退を助けようとしているのだ。背から見えるペリーヌの首には玉のように汗が吹き出ている。

ペリーヌとて墜落した直後なのだ。その状態で人ひとりを背負って敵の真っ只中を飛んでいる。驚くべき技量の発揮だった。

宮藤がペリーヌの言葉に答える。再び立ち上がったものの、肩で息をしているのが上空からでも見て取れた。

「…はいっ。了解です」

宮藤は状況から考えれば不自然なほど落ち着いていた。

「ペリーヌさん、リーネちゃん。ありがとう。みんなによろしくね」

 その言葉にペリーヌは格納庫を振り返るが、既にそこに宮藤の姿はなかった。

(ああっ宮藤さん。貴女はわかっていたのね。もうわたくしにもう一度ここまで飛ぶ力は残されていないことに。親友を見捨てるなんて最低ですわね。でも、それでも……わたくしは!)

「必ず戻って来ます! 必ずです! クロステルマン家の名にかけて! 約束ですわ!!」

 ペリーヌは叫ばずにはいられなかった。しかし、その言葉にも、宮藤の名を呼び続けるリーネの声にも、宮藤が答えることはなかった。

そして

大和の魔道ダイナモが起動した。


  • 統合艦隊旗艦天城飛行甲板-

「ミーナ!何故退かせた!!あの中にはまだ宮藤たちがいるんだぞ!」
「落ち着きなさいバルクホルン大尉。あなたにも分かっているはずです。これ以上の継戦は不可能よ。それに、先程の通信でクロステルマン中尉は修理の完了次第、二人を連れて離脱すると言っていたわ。
ならば、信じて待ちましょう」

しかしそう言ったミーナの手は固く握り締められ震えている。

「あそこ!」

空の一点を指さしてハルトマンが叫んだ。
その先では大和から飛び出したペリーヌが見事な機動でネウロイの光線を躱していた。

「ツンツンメガネもやるじゃなイカ」
「よかった。リーネさんも無事みたいね」

戦友の無事を確認して安堵の声をあげる面々。しかしペリーヌは大和直上で不可解な旋回を、幾度か繰り返すと天城に向けて飛び始めた。

「ペリーヌ! おいっどういうことだっ!! 宮藤はどうした!?」

バルクホルンがインカムに向けて怒鳴る。しばらくの間。沈黙にバルクホルンの脳裏に不安がよぎる。最悪の想像に、背筋に冷たいものが走った。ペリーヌからの返答に耳を澄ませる。

『現場の最上級者として宮藤さんを飛行不能と判断しました。宮藤さんには安全地での待機命令を出してあります。
これよりリーネさんと共に離脱いたしますわ。着艦の許可を願います』

冷酷な言葉。しかし、そのペリーヌの言葉に込められた感情を、艦上に立つ隊員たちは理解していた。自身の力があらゆる点で及ばないという絶望。その中でさえ最善の判断を繰り返さなければならないという士官としての責任が、彼女をペリーヌ・クロステルマンという個人から中尉という役職をこなす一機関に変えていた。それは責められることでない。軍のシステム全てが、そうなるように作られているからだ。軍が求めているのは兵隊であり、人間ではない。戦争はあらゆる残虐を肯定する。


戦友の喪失。戦場を渡り歩いてきた歴戦の魔女たちにはそれは慣れ親しんだと言ってもいい感覚だった。
その経験を大なり小なり重ねて彼女たちはここにいるからだ。それでも

「美緒っどこへ行くの!」

耐え切れないといいたふうに駈け出した坂本を、ミーナが抱きとめた。

「ミーナ!離せえっ!」
「だめよっ美緒! 貴女だって戦闘で魔法力を使い果たしているのよ!」
「だがっ宮藤が! それに私はまだ飛べる」

事実だった。海軍機として開発された紫電改は欧州のストライカーより数倍長く飛ぶことができる。

「無理よっ! 飛べるからといって何が出来るというの!?貴女はもう……」

ミーナは一瞬言いよどんだのち、何かを搾り出すように言った。

「飛ぶことしか出来ないじゃないっ!!!」

ミーナは気づいていた。坂本の魔法力が日に日に減少していることに。
そして今日はついに一度も烈風斬を放っていないということに。

「ミーナ気付いていたのか……。だが……私にはまだ!」

なおも反論しようとする坂本を遮りシャーリーが言った。

「どっちにしても、もう間に合わない……」

その視線の先には大和があった。

「見てエイラ」
「すごい、本当にネウロイになってる」

大和は魔道ダイナモが置かれている艦橋部から、次第にその身を呉の海軍工廠色からネウロイのもの-黒地に赤の六角形-に変化させていた。

「計画では大和は砲撃後着水回収されます。まだ望みはあるわ」
「だがっ…それでもっ!」
「美緒……もう無理なのよ……」

悲しげに言うミーナの瞳を見て、坂本は抵抗を諦めた。
その瞳は、ミーナ自身を含めても現状動かせる戦力のない指揮官としての無力感に溢れてた。
それでもなお、棄てきれぬ想いを乗せて坂本は叫んだ。

「宮藤いいいいいいいぃぃ!」


  • 天城昼戦艦橋-

「大和ネウロイ化完了」
「制御可能時間残り9分」

 艦隊電話により艦隊司令部に届く連絡は全て状況が最終段階に進んだことを示していた。儂中将は、小さく息を吐いた。

(第一関門は突破か、しかしあの中にはウィッチがいる)

宮藤芳佳。彼女と同い年である孫の姿が頭をよぎり、歴戦の老将の胸に鈍い痛みが走った。

(だから戦場に女子供をいれてはいけないんだ。合理的な士官ってやつに、誰もがなれるわけじゃああるまいに。畜生。良子、爺ちゃんははお前と同じ歳の子供を見捨てる糞野郎だ)

操艦指揮を副長らに任せて、昼戦艦橋に降りてきた杉田艦長がこちらを伺うように見ていた。その目に宿る決意の底にあるのは、小さな、しかし確かな迷いだった。その迷いも、罪悪感も、全てを飲み込んで、儂中将はそれに大きく頷いて見せた。命令の責任はその発令者が取る、それもまたペリーヌが示したものと同じ軍隊の真実である。儂中将は命令を発する。

「作戦を第二段階に移行する。杉田君、頼むぞ」
「了解! 大和浮上せよ!!」

艦長の言葉に呼応するように大和後方で海水が大きく爆ぜる。魔道ダイナモより得られる爆発的な推進力が大和の後方より噴射されていた。
その強大なエネルギーに押されて大和はその巨体を空に浮かべていった。
作戦が第二段階--大和による肉薄射撃--に移行したことにより直衛の艦戦や、501から防空を引き継いだウィッチ達が順次撤退着艦していく。

7万tを超える巨体が中に浮かぶ光景は、見るものに圧倒的な力を感じさせていた。
その勇姿に天城の艦橋にいる全員が、作戦の成功を確信した。いや、勝利を信じようとしていた。

「ネウロイの巣補足。目標の軌道に乗りました!」
「進路そのまま、大和最大戦速」

もし作戦が失敗すれば、艦隊は熾烈な敵の追撃に晒されることになる。主力の501全機を含むウィッチ隊全てが消耗し、非力な艦載機のみを残した艦隊の防空力はそれに耐え切れないほどまでに低下していた。そのことを全員が理解していた。

「全システム正常に稼働中」
「艦隊対空戦闘開始、大和を援護せよ」

命令と同時に各艦の両舷にハリネズミのように取り付けられた対空機銃が、弾丸を敵機に向けてまき散らした。さらに7隻に数を減らした戦艦の主砲が轟音と共に火を噴くたびに、無数の小型ネウロイがその身を焼かれていった。

そしてなによりも、ネウロイ化した大和の対空機銃から放たれる光弾は、同じ光を放つ無数のネウロイを、まるでそれ自身が意思を持つかのような正確さで貫いていく。

空間ごと制圧するかのような濃密な火線にネウロイはその数を減らしていった。しかしその光弾の網を掻い潜ったネウロイが爆弾にも似た光弾を投下する。

「大和後方、敵機三! 入り込まれました!」
「構わん! 突き進めいっ!」

見張り員の報告に、杉田は乱暴に返す。もとより遠隔で操作されている大和では細かい操艦を望むことは出来ない。結果いくつもの爆弾が、大和に着弾する。

「後部甲板被弾!後部機銃座全滅しました!」
「第二砲塔被弾。損壊なし」
「他の損壊部分問題なし。機関全力発揮可能」

しかし大和は戦艦である。46センチ砲の直撃を想定して作られたその装甲は、小型ネウロイの爆撃程度では致命傷を負うことはなかった。
さらに

「再生システム起動!」
「了解、再生システム起動しました」
「後部機銃座再生まで残り2秒」

ネウロイ化した大和は細かい損傷は全て再生可能なのであった。
全力の火力を発揮しながら猛進する大和。行く先に道を抉じ開けるその勇姿はまさに、人類の決戦兵器たる威圧感に満ち溢れていた。

「ネウロイの巣まで距離一千!」
「五百……百……」

既に彼女の46センチ砲の発射距離としてはゼロ距離といってもいい位置である。
しかし彼女は前進を続けた。万分の一でも勝利の確率を上げるために。

「突っ込めえぃ!」

艦長として常に心がけていた冷静さをかなぐり捨てて杉田が叫んだ。
その言葉通りに大和はその巨体をネウロイの巣に叩きつけた。七万tが衝突した衝撃が旋風となって戦場に吹き荒れる。

「今だ!主砲、斉射ぁっ!!」
「斉射っ!」

杉田は勝利を確信し呟いた。

「我々の勝ちだ」

しかし主砲は虚しく沈黙を返しただけだった。

「艦長っ!火器管制システムが始動しません!」

砲術長が悲痛な声を上げる。

「なんだとっ!?」
「魔道ダイナモが停止しています!!」

その言葉に杉田は顔色を失う。慌てて確認するが、目に入る全ての計器がそれを事実だと示していた。大和の魔道ダイナモはネウロイの巣との直接接触直後に、原因不明の停止を起こしていた。対空機銃をふくめ全ての火器が沈黙していた。

「駄目ですっ主砲!撃てません!!」

杉田はその両手を眼前の戦況図に叩きつけた。悔しさに顔が歪んでいる。

「なんてざまだ……」

 もう少し、もう少しだったのに。あと少しであの憎いネウロイを撃破することができたのに。杉田は思った。
ネウロイの巣から再び小型ネウロイが多数出撃して来る。既に大和は防空能力を失っている。艦隊の防空圏から、飛び出した位置にいる彼女はネウロイの爆撃を前に、ただその身を横たえることしか出来なかった。

いくら強靭な彼女の装甲をもってしても単艦で爆雷を受け続ければ、いつか致命傷を負うのは避けられなかった。違う歴史を歩む彼らは知る由もないが、ある歴史の中では航空機のみによる彼女の撃沈を持って、戦艦の歴史は終わったと言えた。

作戦の失敗を悟り俯く杉田の肩をが後ろから軽く叩かれた。悔しさを顔に滲ませる杉田とは対称的に、その表情は落ち着いていた。

司令官とは何時如何なる場合でも、冷静に戦況を見ていなければならない。そしてその力は、自軍の不利が決定的になった瞬間にこそ発揮されねばならない。儂中将の持論だった。
そして今、戦況は巻き返しが不可能なほどに悪化した。既に艦長以下で行う戦術判断の範囲を大きく超えている。

総司令官の、儂中将が再び判断を下す時が訪れていた。
儂中将は杉田に声をかける。

「杉田君。よくやってくれた。あとは儂の仕事だ」
「はっ、……申し訳ございません」

杉田の顔に浮かぶのは悔恨の表情。儂中将はしかしそんな彼に向かい言った。
その表情にはどこか他人をからかうような気分が含まれていた。

「いいのだ、なに、次は勝てばよい」

儂中将は撤退を決断する。もはや戦況がこれに至れば、艦隊の戦力を可能な限り維持して、次なる決戦に備えるしかない。
艦隊全艦に自身の声で直接通信を入れた。

「みんなよく戦ってくれた。しかし、大和の魔道ダイナモが停止し、主砲が撃てない。作戦は……失敗した」

艦橋にすすり泣きの声が溢れる。皆、敗北に緊張の箍が外れて、感情がコントロールできなくなっているのだ。

「全艦、十六点回頭!戦線を離脱する!!」

儂中将は撤退を命令した。人類に少しでも多くの希望を残すために、これ以上できるだけ人が死ななくて済むように。
眼前一杯に広がるネウロイの巣を睨みつける。巣から再びネウロイが発生し、大和に爆撃を加えている様子が眼に入った。火器管制システムが完全に沈黙した彼女は、ただその身を敵前に晒すことしか出来なかった。

しかし、戦場にいる全ての男たちが勝利を諦めた中でただ一人、未だに勝利を諦めない者がいた。兵隊ならば決定力を失った今、戦力の差を見て撤退を決意する。天城の艦上に立つウィッチ達は継戦能力を喪失し、絶望の表情で空に浮かぶ大和を見つめている。

ならば、それは誰か。誰もが勝利を諦めた戦場で、なお前に進もうとした者は誰か。

戦場の全てに響き渡ったその声が、戦場の理屈を前に諦めた男たちの心を、強く、激しく揺さぶった。

  • 戦艦大和後部格納庫-

「まだですっ!!」

宮藤芳佳は叫んでいた。退避していた大和の無線室から、戦場全域にその想いを叩きつける。

「まだ終わっていません!!この戦いはまだ、終わらせません!!」

状況を完全に理解している訳ではない。艦全体がゆすられるような振動で目を覚ましたばかりだった。
それでも、彼女には敗北は許せないことだった。彼女の脳裏には昨晩偶然目にした坂本の姿が思い出されていた。
整備服を着た男の腕の中で、魔法力が枯渇したショックに泣き崩れる坂本の姿。

(この戦いに勝てばもう坂本さんは戦わなくてすむんだ)

坂本が、501の仲間が、彼女の周りにいる全ての人が、当たり前に幸せになれる未来。
それが失われようとしている。彼女にはそれが許せなかった。ウィッチに不可能は無い。その言葉が彼女の胸のうちを焦がさんばかりに熱を持っていた。

「私が魔法力で魔導ダイナモを再起動させます!」

治癒魔法による治療を行うため装着していた震電を再起動させる。

(身体が軽い。お父さんが守ってくれてるみたい。ううんきっとそう)

「宮藤芳佳、震電。発進します!」

狭い通路を全力で飛ぶ。宮藤には、魔法力を吸っているはずのストライカーから、力が湧いてくるように感じられた。
どちらに飛べばいいのかがわかる。それは単に以前訪れた記憶によるものかもしれない。
しかし宮藤には、その感覚は父親の声として伝わっていた。

「お父さん! 私、行くよ。みんなを守りたいから! だから艦橋まででいいから、私を……連れて行って!!」




  • 天城艦橋-

突然の通信に天城の艦橋は大きくどよめいていた。

「通信は大和内部から!宮藤さんです!」
「あの爆撃の中……よくご無事で」
「しかしあの中にいては……」

 艦橋中の視線が儂中将に集中する。いや艦橋だけではない。既に撤退命令が発せられているにもかかわらずどの艦も変針を行っていなかった。
艦隊中が儂に注目しているのだった。皆の言いたいことは儂もよく理解していた。できることなら、宮藤を信じて全艦を突撃させたい。偽らざる本音だった。

しかし彼は艦隊の司令官である。各国より数万の人員の命を任されていた。
そして大和にいるのは女子といえども兵隊である。常識的、戦術的、戦略的、いかなるふうに考えても、ここは引くべきだった。

しかし

「戦艦ビスマルクより入電です!! ワレ主砲発射準備完成。発射命令未ダナルヤ?」
「なにっ!?」
「リベリオン艦隊司令部より入電! 全艦突撃準備完了。突撃シ敵戦力ノ誘引ヲ計リタシ」
「戦艦ドージェより入電! カヨワキ婦女子ヲ守ルハ男ノ誉。イザ、リットリオニ続カン」
「戦艦プリンスオブウェールズより入電! 常ニ紳士タレ」

各国の艦艇から雪崩を打つように信号が届いた。いずれもネウロイの巣に肉薄することで、少しでも大和から攻撃を逸らすように求めていた。

「馬鹿者どもが……」

艦隊の各国指揮官に対して、罵りの言葉を漏らす儂だったが、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。
この戦況で突撃など、明らかに愚かな選択と言える。失敗すれば艦隊の全滅は避けられまい。人類は少なくとも数年間このような大規模な作戦は行えなくなるだろう。いちかばちかのの決戦など、決して行ってはならない判断だ。

しかしその時、杉田艦長の従兵である一人の少年兵が叫んだ。

「宮藤さんは以前に仰っておりました。『私の力で誰かを守ることができるから、私は戦います』と!!我々にとって、今が、その時じゃあないんですかっ」

もちろん彼に、この場での発言権などない。それどころか一軍の作戦行動に口を出すなど、即軍法会議でもおかしくない重大な軍規違反だ。しかしその言葉はたしかに届いた。
儂は大きく笑った。暖かな空気が艦橋に広がる。気付けば誰もが笑っていた。従兵の少年だけが、おろおろと周囲を見回している。そんな背中をばんと叩いて、「よく言った!」と誰かが言った。その言葉に少年も笑う。それは覚悟を決めた者だけが見せる、男の笑みだった。

「Z旗を掲げよ!」
「はっ!」

儂中将の命令に艦橋全体が誰一人の迷いもなく動き出した。後にも先にも扶桑海軍においてZ旗の意味など一つしかない。

「人類ノ興廃此ノ一戦ニアリ」

後のない決戦に臨む、不退転の決意だった。

「艦隊全艦に通信!天佑ヲ確信シ全軍突撃セヨ」

儂中将の言葉を通信員が艦隊に届ける。

「はっ!天佑ヲ確信シ全軍突撃セヨ。繰り返す。全軍突撃セヨ」

発令と同時に轟音が響いた。各国戦艦の主砲が発射されたのだ。
その砲撃は、大和に向かおうと密集していた爆撃ネウロイの群れをを丸々吹き飛ばした。
足の遅い空母を置いて、両脇から戦艦が突撃を開始する。
輪形陣が崩れ各国の艦がそれぞれ最適な射点を確保しようと自由に運動を行っていた。

「艦載機を上げろ! 敵が来るまでに全機を空に上げるんだ!」
「発艦する! 主役のいない空域だ!! 好き勝手やらしてもらうぜ」
「全艦対空戦闘用意!次はこちらに来るぞ!」

その言葉通りに巣から雲霞の如く湧き出る爆撃ネウロイは、一様に艦隊を目指していた。
その光景に儂は笑みを深くする。大和への攻撃をやめたな?その決断を後悔させてやろう。

「魔導ダイナモの再起動を確認!現在出力10パーセント。主砲発射可能まで推定五分です!」
「おおっ。宮藤さんっ……」
「そうか……だがもはやこちらでは遠隔操作は出来ない。あとは君に託すしか無い。宮藤さん」

宮藤芳佳がまだ生きている。そのたった一つの事実だけで、艦隊の士気が天を衝くほどに上がった。
儂はさらに通信機に向かって怒鳴る。

「いいか!ネウロイの巣に直接攻撃する必要はない。あんなもの、あと五分きっかりで宮藤さんが吹き飛ばしてくれる。全艦個艦防御ニ全力ヲ集中セヨ!!」

それは本来彼のような階級のものが行うレベルのものではない戦術レベルの指示だったが、了承の声の代わりに各国の戦艦が主砲を斉射した。
その砲弾は迫り来るネウロイの群れの中心で炸裂し、無数のネウロイがその身を砕かれ墜落していった。しかし、その爆煙から爆撃ネウロイが次々と飛び出してくる。
艦隊にネウロイが襲いかかる。

「駆逐艦ニコラス轟沈!」

大型ネウロイの攻撃が弾薬庫に直撃し、駆逐艦が爆沈する。
その仇をとろうと大型ネウロイにビスマルクが主砲弾を放った。運動エネルギーの干渉を避けるために0.02秒ごとの間隔を開けて発射された八発の38cm砲弾は、驚異的な集弾率を見せて、六発もの砲弾が目標に命中した。砲弾はネウロイの装甲をたやすく貫き、その体内で炸裂した。発生した莫大なエネルギーの多くは突入した破口から放出されたが、その砲弾の一片がネウロイのコアを貫いたことによって、ネウロイはその身体を爆散させた。
ネウロイの破片が戦場に降り注ぐ、その幻想的にも見える白い光のカーテンの向こうから、いくつもの光線がビスマルクを叩く。

「各艦に信号。被害知ラセ!」

杉田の叫びに各艦艇からの通信を通信員が伝える。

「戦艦ビスマルク左舷中央部被弾。左舷両用砲、使用不能。左舷機銃座全滅。艦長より私信。サレド我ラ意気軒昂、機関全力発揮中」
「駆逐艦ヘイウッド・L・エドワーズ。大破。総員後甲板発令後通信途絶しています!」
「戦艦プリンス・オブ・ウェールズ前甲板被弾。第二、第三砲塔使用不能。」

およそ三分で生じた被害とは思えないような被害だった。
杉田は、今からでも作戦の中止を進言しようと儂に向かい振り返った。
しかし戦場を見つめ不敵に笑う儂中将の姿を前にして、杉田は何も言うことが出来なかった。「器が違う……か」小さく呟いた。

この五分間で発生した被害は艦隊の許容出来る範囲を大きく超えていた。
戦艦一隻沈没、二隻大破一隻小破。駆逐艦群を含めても、完全に無事な艦は半分も無かった。
それでも彼らは突撃を継続した。大和に向かうはずの爆弾を一発でも多くその身で受け止めるために、自らの命を張った。

大和に、いや、宮藤芳佳に、彼らはその存在の全てを賭けた。



  • 戦艦大和昼戦艦橋-

「そうだ、っ!もっと……もっとだっ!」

艦橋の中央に置かれた魔導ダイナモの制御盤に手を当てて宮藤芳佳は呟いた。
宮藤の送る膨大な魔力を受けて周囲は、稲妻のように発光していた。彼女にはわからない何かを示しているのだろう計器の針が不安定に揺れている。
魔法力の急激な放出に霞む意識の中で宮藤は足元から吸い寄せられるような感覚を覚えた。異空間に転移しているはずの足の感覚がなくなっていく。

「!?……そうか、そうだったんだね……」

宮藤は感じていた。大和の意志を。いや、今や大和となったネウロイの意思を。それは確かに覚えのあるものだった。一年前、ブリタニアで触れ合ったあのネウロイ。友達になれるかも知れなかった。あのネウロイを、宮藤は感じていた。
トラヤヌス作戦の唯一の成果として、回収研究されていた彼女は、その身を魔道エンジンへと変えられていた。すでにネウロイと一体化した足から悲しみが伝わってくる。宮藤の目からは涙が流れていた。
宮藤は魔道エンジンをその手で抱きしめた。冷たい金属の感触が少しでも暖かくなるように、その身を寄せる。

「いいよ大和。私と一緒になろう」

それはあるいは疲労した脳が生み出した幻想かもしれない。しかし確かに宮藤は感じていた。自分と、人間と、ひとつになりたいという強い意志を。

「私の、全部をあげる。だから……一緒に行こうっ!!」

出力を示すゲージが上がっていくのを、宮藤は目の端で捉える。そのゲージと反比例するように、体の感覚がなくなっていく。
自分の周囲と、大和の周囲その境界がなくなっていった。

(そうか、私、大和になるんだ。)

宮藤は思う。

(みんなに、坂本さんに会いたいな)

もはや感覚のなくなった両手でひたすらに魔力を注ぎこみながらただそう願った。
同時に感じる、大和のレーダーを通じて、戦場を見渡す。宮藤の意識は光となって、戦場に浮遊した。



天城の医務室でリーネが悪夢にうなされていた。しきりに宮藤の名を呼びながら泣いている。
リーネちゃんそんなに泣かないで、私があんなの倒しちゃうから。
 その横で俯いているペリーヌは、拳を固く握りしめて座っていた。くしゃくしゃに顔を歪ませ、止め処なく零れる涙がその両手を濡らしている。ぶつぶつと呟く口元は、ただ宮藤への謝罪を繰り返していた。宮藤はその意識をそっとペリーヌに寄せた。ペリーヌの宮藤を想う気持ちが暖かさとなって流れこんでくる。
 宮藤はその暖かさに、自身の中に新たな力が湧いてくるのを感じた。

「ペリーヌさん、そんなに謝らないで、私調子が狂っちゃうよ。ペリーヌさんは嘘つきなんかじゃない。ペリーヌさんはただ優しいだけだよ。」

その言葉は肉声としてペリーヌに届くことはなかったが、ペリーヌの心を確かに揺らしていた。

宮藤の意識が甲板に飛ぶ。

 甲板上にうずくまる坂本。その背中に寄り添うようにして宮藤は坂本に思いを伝えようとする。
坂本さん、私みんなを守ります。きっとそれがきっと私にできることだと思うから。
 501のみんなが甲板で口々に宮藤の名を叫んでいる。ごめんね、みんな。きっと私はもう……。
でも、私行くね。大切なものを守るために、願いを叶えるために。


 宮藤の意識が大和に戻った。完全に大和と一体化した感覚が出力の臨界を伝えてくる。
宮藤は前を見つめる。自身の目では見えるはずのないネウロイのコアが感じられる。主砲照準。

「行こう大和。私と」

 轟音。大和の主砲が吠えた。彼女たちの研ぎ澄まされた感覚が、見えるはずのない砲弾の軌跡を捉える。
そして彼女たちはその砲弾がネウロイの巣のコアを粉砕したことを確かに視認した。
同時に、宮藤の意識は闇に落ちる。宮藤はその時、亡き父の声を聞いた気がした。




宮藤と大和の活躍により、ネウロイの巣は撃破されたかに見えた。
宮藤が再び目を開いたときに見る光景とは……。
自らの矜持に殉ずるために坂本は飛ぶ。最後の力をその手に持って。

次回男たちの最終回整備兵編
お楽しみに~










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最終更新:2013年01月28日 16:24