俺「新型機? ああ、ジェットか」

 俺は、朝っぱらから司令室に呼び出されていた。俺宛の無線通信が届いているというのだ。
 相手はウルスラ・ハルトマン。エーリカの双子の妹で、若くしてカールスラント兵器開発省に勤務する天才少女。
 つまり俺の同僚。彼女もまたウィッチでありエースであり、かつてはスオムス戦線で戦果を上げたと聞く。

ウルスラ『はい。そちらで運用テストをしてもらいたくて』

俺「急な話だな。機体だけ送ってテストしとけだなんて」

ウルスラ『こちらも納期に余裕がなくて。ジェットストライカーMe262v1、試作機ですけど武装も送りますから』

俺「ウーシュの頼みを断る気はねぇけど、誰が履くんだよ? 俺は自分ので手一杯だぜ」

ウルスラ『人選はお任せします。私もこちらの仕事を片付けたらそちらに向かいますので』

俺「へいへい。お待ち申しておりますよ」

 ガチャリ。俺は無線通信のマイクとヘッドホンを置いた。
 背後ではミーナ中佐と坂本少佐が印字されていく電報に目を落としている。

ミーナ「あ、終わったのね。こちらも本国からの指令書とスペックカタログが届いたわ」

俺「人選、お任せしていいですかね? 俺は人を見る目に自信がないもんで」

坂本「目についてはともかく、カールスラントからの指示であるならば、ミーナが決定するべきだろう」

ミーナ「分かったわ。全員のメディカルデータを揃えなくっちゃね」

俺「ジェット……ねぇ」


          *          *          *


 翌日。ハンガーには真紅の機体が鎮座していた。
 Me262v1。ノイエ・カールスラント兵器開発省が開発した最新鋭機だ。まだ試作段階だが。

俺「真っ赤だな」

坂本「噴流式と聞いていたが、我々のストライカーとこうまで外見が異なるとはな」

ミーナ「俺さんはこの機体についてどこまで知っているの?」

俺「基本構造とエンジンについてなら大体は。開発省に居た頃に触ってますから。
  でも、俺が知ってる時期からだいぶ経ってますから、こいつは一回バラしてみないと何とも言えませんね」

坂本「技術屋の血が騒ぐか?」

俺「いずれ戦場にはこの噴流式が台頭するようになるでしょうから。ウィッチの端くれとしても興味ありますよ」

坂本「それほどの性能なのか……」

 感心してしきりに頷く坂本少佐の背後にバルクホルン大尉が現れた。下着姿のエーリカも一緒だ。
 というかエーリカさん。服を着なさい。俺は男だぞ。

バルクホルン「これはもしかして研究中だったジェットストライカーか? 試作機が出来たんだな」

ミーナ「ええ。エンジン出力はレシプロの数倍、最高速度は時速950キロ……とあるわね」

シャーリー「950!? 凄いじゃないか!」

 いつの間にか現れたシャーリーが機体を撫でている。とてもご機嫌だ。
 ところで何でこいつも下着姿なんだ? 俺は男としてカウントされていないのか?

坂本「お前たち、俺も居るのになんて格好でうろついているんだ」

 正常な人が居るようで安心した。

バルクホルン「ミーナ、こっちは?」

ミーナ「専用に開発された武装よ。50ミリカノン砲一門、他に30ミリ機関砲四門」

坂本「そんなに持って、本当に飛べるのか?」

 ……是正勧告がないため前言撤回。俺もいい加減に諦めた。

俺「こいつの荷重性能はこんなもんじゃありませんよ。
  人間の手が二本しかないからこの程度ってだけで、実際にはもっと積めます」

バルクホルン「凄いじゃないか……!」

シャーリー「なあなあ、これ私に履かせてくれよ!」

 そういえば人選の件はどうなったんだろう?

バルクホルン「いいや、私が履こう」

シャーリー「何だよ。お前のじゃないだろ?」

バルクホルン「何を言っている。カールスラント製のこの機体は、私が履くべきだ」

シャーリー「国なんか関係ないだろう。950キロだぞ。超音速の世界を知っている私が履くべきだ」

バルクホルン「お前の頭の中はスピードのことしかないのか?」

 また始まった。この二人は何かとこうやって衝突する。
 ミーナ中佐も坂本少佐もこめかみに指を当てて溜め息だ。

俺「中佐、誰にアレを任せるのか候補は挙がってないんですか?」

ミーナ「候補は居るわよ。一応ね……」

 中佐は手にした資料の最後のページを俺に開示した。そこにあった名前は――

俺「ううん。これなら俺がやった方がいいかなぁ……」

 俺もみんなに倣って、あーでもないこーでもないと舌戦を繰り広げている二人を見、溜め息をついた。


ルッキーニ「いっちばーん!」

 突然の一番乗り宣言にその場の全員がジェットストライカーを見る。
 そこには一体どこから現れたのか、ルッキーニがストライカーを装着していた。

バルクホルン「ああっ、おい!」

シャーリー「ずるいぞルッキーニ!」

ルッキーニ「にひー。早い者勝ちだもーん!」

 魔法陣が現れ、エンジンが始動する。……だが、それだけだった。
 途端、ルッキーニとストライカーの接合部分から火花が散り、電流が彼女の小柄な身体を駆け巡った。
 あれ……あんな現象、エラーレポートにあったっけか?

ルッキーニ「ぎゃぴー!」

シャーリー「ルッキーニ! どうしたんだよ……?」

 ストライカーから強制排出されたルッキーニは、もの凄い軽業で物陰まで駆けて行った。
 尻尾が完全にコゲていたように見えたが、大丈夫だろうか?

坂本「何だ今のは? 俺、知っているか? ……ああ、ストライカーの方だぞ」

俺「いえ……。何だろうな。ウーシュはこんなになるなんて一言も……」

ルッキーニ「なんかビビビって来たぁ……アレ嫌い」

シャーリー「びびび?」

ルッキーニ「シャーリー、履かないで」

 その声は、不幸にもシャーリーにしか届いていなかった。
 もし俺たちにも聞こえていれば余計な諍いは起きなかった。かもしれない。

シャーリー「……バルクホルン。やっぱ私はパスするよ。考えてみたら、まだレシプロでやり残したこともあるしな。
  ジェットを履くのはそれからでも遅くないさ」

バルクホルン「フン、怖気づいたな。まあ見ていろ。私が履く!」

俺「やけに楽しそうだなぁオイ」

 その後の騒動は割愛する。全部話していたらキリがない。
 ただ、それから数日間、テストの成果は上々だった。上々過ぎて怪しく見えるくらいだ。

 そして、確かに落とし穴は存在していた。
 パイロットであるバルクホルン大尉に変調が現れ始めたのだ。

俺「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ。食堂で見掛けませんでしたけど、今朝ちゃんと食べましたか?」

バルクホルン「朝は自分の部屋で食べた。少しだるいくらいだが、大丈夫だ。
  501が再結成してからこんなに連日ストライカーを履くのは久し振りだから、身体がちょっとついて来てないだけさ」

 本当にそうだろうか……。なんか目の下にクマっぽいの出来てるぞ。
 大尉が夜更かしするとも思えない。……嫌な予感がする。

俺「本当ですか……?」

バルクホルン「あ、信じてないな。私が嘘を言うと思うか?」

俺「思いません。でも、無茶はすると思いますね。……宮藤も心配してましたよ」

バルクホルン「なら、今日のテストを手早く済ませて元気な所を見せてやらねばな」

 腕まくりをしてジェットストライカーへと向かう大尉だが、足取りは言葉とは裏腹に重たい。
 やはり止めるべきではないのか? だが、逡巡している間に大尉はストライカーを履いてしまった。

俺「待って下さい大尉……あぁもう、履いちまったよ」

バルクホルン「さあ、今日も記録を塗り替えるとしようか……」

 杞憂……だろうか。大尉は不敵に笑っている。

シャーリー「何だもう来てたのか。気の早い奴だな」

 テスト相手のシャーリーがやってきた。チェッカーの担当を頼んでおいたルッキーニも一緒だ。
 本日のテスト内容はスピード勝負。シャーリーにとっては絶対に譲れない勝負だろう。
 ジェットストライカーに興味があるのか、二人の勝負に興味があるのか、整備班の連中も何名か顔を見せている。

シャーリー「ぶっちゃけ、負け続けだからな。今回ばかりは負けられない」

ルッキーニ「大丈夫だよ。シャーリーに追い付けるウィッチなんて居るわけないよ」

シャーリー「ありがとうルッキーニ。超音速の世界ってやつを見せてやるさ」

俺「……んじゃ始めるぞ。発進後、所定の位置まで移動。そこからヨーイ、ドンだ。
  チェックポイント代わりに数字を書いた模擬ターゲットの気球を七つ浮かべてあるから、順番に通過すること。
  それさえ守ればコース取りは自由。やりやすいように飛んでくれ。大尉もいいですね?」

バルクホルン「………」

 大尉は何も答えない。ただ、荒い呼吸を規則的に繰り返している。
 誰の目にもそれは異常だった。

俺「……テスト中止。整備班、ラック固定だ。始動機を止めてくれ。
  大尉、聞こえてますか? 返事をして下さい」

バルクホルン「ま、待て……聞こえている。大丈夫だ。テストを開始してくれ」

シャーリー「おいおい、寝不足か? そんな状態でテストなんか出来るかよ」

バルクホルン「大丈夫だ! ジェットストライカー、出るぞ……っ!」

 まるで自分に言い聞かせるように声を張り上げ……大尉は、それきり動かなくなった。
 ラックの戒めを解かれたストライカーが、徐々に前のめりになって、倒れて行く。
 俺は反射的にジェットストライカーの前に飛び出す。全てがスローモーションのように流れて……
 何とか、大尉とジェットストライカーの下敷きになる形で抱きとめた。

俺「いってぇ……大尉? 大丈夫ですか、大尉!?」
シャーリー「バルクホルンっ!?」
ルッキーニ「バルクホルン!」

 大尉は返事をしない。……それどころか、呼吸の気配すらない。
 頬をぺちぺちと叩いてみるが、何の反応もない。よく見れば使い魔の耳と尻尾も見当たらない。

俺「……意識が戻らねぇ。おい、誰か宮藤を連れてこい! それと中佐と少佐に連絡、医務室もだ。急げ!
  大尉! 大尉!! ……トゥルーデ、しっかりしろ!!」

整備班「ストライカー排出だ! エンジン止めろ! そっち引っ張ってくれ!」
整備班「手空きの奴は宮藤軍曹を探しに行け! 巨乳本とロープ忘れんな!」

ルッキーニ「シャーリー、あたしたちも芳佳をさがそー!」

シャーリー「そうだな。ウィッチの居住区画に居るかもしれない」

 整備班の迅速な作業によってストライカーは外されたが、大尉の様子に変わりはなく。
 幸い、宮藤はたまたま近くを歩いていた所を捕獲された。が、彼女の治癒魔法を掛けても大尉の意識は戻らず、
 大尉は医務室へと搬送されて治療が続けられた。


          *          *          *


 数時間後、用事を済ませてきた俺が医務室に入ると、そこには501のウィッチが勢揃いしていた。
 坂本少佐が手招きをしている。俺は少佐とミーナ中佐が居るベッドサイドへと向かった。

俺「遅くなりました。大尉の様子は……?」

坂本「まだ目を覚まさん。原因は分かったのか? ジェットストライカーを調べたんだろう」

俺「ええ……。あれは悪魔の機体です。意図してそうなったかどうかは知りませんがね」

ミーナ「そんなにまずいの……?」

俺「目の前で寝てる人間がそれを証明してます。宮藤、大尉の魔法力はすっからかんだったろ」

芳佳「は、はい。怪我なら治癒魔法で治せるんですけど、魔法力は簡単には出来なくて……」

エイラ「どうして分かったんダ? 魔法力がないッテ」

俺「エンジンの制御システムを解析してきた。あの機体はマジでやばい」

バルクホルン「う……」

 その時、大尉のうめき声が俺の言葉を遮った。
 全員が大尉の横たわるベッドに詰め寄る。

俺「……話は後にしよう。大尉、大丈夫ですか? 俺たちが分かりますか?」

バルクホルン「俺……? みんなも……」

芳佳「バルクホルンさん! 良かったぁ……!」

エーリカ「トゥルーデ、ジェットストライカーを発進させようとして、ぶっ倒れたんだよ」

バルクホルン「私が……倒れただと?」

ミーナ「どうやら魔力を使い切ったようなの。覚えてないの?」

バルクホルン「馬鹿な。私がそんな初歩的なミスをするはずがない」

俺「まあ、間違いなくジェットストライカーのせいです。体調管理を怠ったのは大尉の責任ですけど」

バルクホルン「何を言う。あれは素晴らしい機体だ。実戦配備のためにもテストを続けなくては……」

ミーナ「ダメよ。貴方の身を危険に晒すわけにはいかないわ。何時間眠っていたと思っているの?」

バルクホルン「しかし……!」

 尚も大尉は食い下がる。それだけ、この短期間にあのストライカーに魅せられたのだろう。
 だが、だからと言ってここまで食い下がるだろうか。自分の命を差し出せる程の物があったのだろうか。

エーリカ「トゥルーデ、呼吸もしてなかったんだよ。今度あのストライカー履いたら、どんな酷い目に遭うかも分からないよ」

ミーナ「……バルクホルン大尉。当分の間、飛行停止と自室待機を命じます。これは命令です」

 大尉は中佐に食って掛かろうとしたが、念を押すかのような中佐の視線に、起こったらしいことを事実として受け入れたようだ。
 がっくりと肩を落としてベッドに背を預け、辛うじて「了解」と呟いた。

シャーリー「……バルクホルン……」


          *          *          *


 あの気落ちした大尉の姿には見覚えがある。
 大尉の妹であるクリスティアーネ・バルクホルン……クリスが不慮の事故で意識不明の重体となり、入院した時と同じだった。
 あの姿を知っている俺はどうにも様子が気になり、中佐にジェットストライカーの調査結果を報告してから、大尉の部屋へと向かっていた。
 今は宮藤とリーネが食事を運んでいる頃合いだろう。クリスとよく似ているという宮藤が居るなら自棄になることはないだろうか。

俺「また、おかしくならなきゃいいけど……」

シャーリー「だったら死んでもいいのか!?」

 突然、棘に塗れたシャーリーの声が響き渡った。案の定、大尉の部屋からだ。
 俺は、ドアの傍でおろおろしていた宮藤とリーネに声を掛けた。

俺「よう、何の騒ぎだ?」

芳佳「あ、俺さん。バルクホルンさんとシャーリーさんが……!」

リーネ「また喧嘩です……」

俺「またか。こいつらのはレクリエーションだ。やらせとけよ」

芳佳「でも、死ぬとか……バルクホルンさんも倒れたばかりだし……!」

シャーリー「この分からず屋!」

 宮藤とリーネがびくりと震える。確かに今回はちょっとお熱が過ぎるようだ。
 どう割って入ったものか思案していると、ネウロイの来襲を告げるサイレンが基地全体に鳴り響いた。

エーリカ「……ネウロイだ」

 ゴミ山の中からエーリカがむくりと起き上がり、軍服を着こんで飛び出して行った。
 ジークフリート線と言うらしい絶対境界線の向こう側を覗き込むと、衣類や私物だけでなく飲食物まで散乱している。
 いい加減に掃除させないと未知の細菌とかが醸成されそうだ。人体に有害な感じのやつが。

シャーリー「……くそっ」

 シャーリーも走って行く。宮藤とリーネはこの場をどうしたらいいのかとまごまごしていた。

俺「お前らは指令室で待機だろ。さっさと行けよ。俺もそうだけど、中佐には遅れるって言っといてくれ」

芳佳「え? 俺さんはどうするんですか?」

俺「……こっちを片付けてから行く」

 俺の視線の先には、天井の梁にぶら下がって黙々と筋トレをこなすバルクホルン大尉の姿が……
 こいつも下着かよ。どうやらこの部隊には、人目を憚るべしという訓がないらしい。


          *          *          *


バルクホルン「行かなくて、いいのか?」

俺「行きますよ。言うこと言ったら」

 トレーニングを切り上げ床に降り立った大尉が、汗を払いながらこちらを振り返った。
 ここだけ切り取れば肉食系美人なんだがなぁ。

俺「中佐はジェットストライカーの凍結封印を決定しました。起動回路をバラしとけって。
  担当者が来るまで俺に管理を任すそうです。……言ってる意味、分かりますね?」

バルクホルン「どうしても履かせないつもりか……。
  そう言えば、ジェットストライカーには欠陥があるようなことを言っていたな」

俺「ええ。ここに来たのは様子を見るのと……それを伝えに」

バルクホルン「聞こう」

 俺と大尉は睨み合う。互いに譲れないものがある……まるでそう言わんとするように。

俺「あの機体はエンジンの制御に問題があります。装着者の魔法力を際限なく吸い続けるんです。
  文字通り、空になるまで。大尉がぶっ倒れたのは、連日魔法力を吸われ続けたからですよ」

 テストは毎日、午前も午後も行われた。その間、大尉は魔法力を奪われ続けていたのだ。
 むしろ、今まで倒れず、一命を取り留めたそのタフネスに驚嘆を禁じえない。

俺「制御システムを見た感じ、装着者の意思とは無関係に魔法力を要求してくるようです。
  その点、大尉はラッキーでしたよ。倒れたのが俺や整備班の目の前だったんですから。
  もし周りに誰も居ない所で倒れてたら、そのまま魔法力を吸い尽くされて御陀仏でした」

バルクホルン「成程な……。まるでウィッチ殺しだな」

俺「おそらく制御ルーチンが無限ループしてるんでしょう。
  ガランド少将の太鼓判つきで開発されている機体にこんな欠陥があるとは思いもしませんよ」

 きっと、ウーシュのミスじゃない。
 あの子はシステム周りの担当じゃないし、実践を是とするあの子が見落とすようなミスじゃない……。
 Me262v1は、おそらく長時間稼働の実験が一度も行われていないのだ。

バルクホルン「……何とか出来ないのか。あの機体の完成は急務なんだ」 

俺「直せりゃ問題ないんでしょうけどね……ちゃんとやるなら開発省に持って行かないと無理でしょう」

バルクホルン「ならせめて、残りのテスト項目を消化させてくれ。私が回復するまで日を開けてでもいい」

 やはりまだ諦めていないようだ。
 執着が、自分が死に掛けたという事実を上回ってしまっている。

俺「冗談きついですよ。死ぬ気ですか?」

バルクホルン「そんなつもりはない。今度は乗りこなして見せるさ」

俺「もう、そういう次元の話じゃないんですよ。履けば魔法力を吸い尽くされて死ぬんです。
  大尉お得意の気合と根性と馬鹿力でどうにかなるレベルの話じゃないんだって言ってんです」

バルクホルン「……っ」

 表情を歪める大尉。少し言い過ぎかもしれないとも思う。
 だが、語気を弱めれば、そこから突き崩され、逆転されてしまうだろう。
 この人には認めさせないといけない。自分が何を秤に載せてしまっているのかを。

俺「大体、貴方に何かあったらクリスはどうなるんですか? せっかく目を覚まして、少しずつ回復してるってのに。
  クリスだけじゃない。中佐も、エーリカも、俺も、501のみんなが心配した。貴方が目を覚ますまで、みんな付きっきりだったんだ。
  それくらい大事に思われてんですよ。それが分からないわけじゃないでしょう?」

バルクホルン「だが……あれは……!」

俺「言い訳すんな! あんたはガリアの戦いで何を学んだんだ!
  あんたの言うカールスラント軍人っつうのは、無茶して仲間に余計な心配掛けることをよしとするのかよ!?」

 俺の剣幕に押されたのか、痛い所を突かれたのか。
 大尉はハッとして……ふと、表情をやわらげた。

バルクホルン「……戦闘以外で俺がそんなに真剣になるのは、久し振りに見たな」

俺「昔の上官ですから……死なれちゃ寝覚めが悪いですよ」

バルクホルン「今でも、上官だ」

俺「なら、上官の間違いを正すのは部下の役目、ですかね」

 熱が冷めて、部屋に静寂が戻ってくる。
 大尉は自嘲気味に笑って、俺を見た。

バルクホルン「そう……だな。ここ最近の私は、自分でも正直どうかしていたと思う。
  日に日に具合が悪くなっていくのに……あのストライカーの驚異的な性能から目を逸らせない。
  あれは魔性の力だ。だが、手懐けられれば……思いのままに振るえれば……そう思うと、自分を止めることが出来なかった」

俺「気持ちは分からないでもないです。確かのあの圧倒的なポテンシャルが然るべき場所で振るわれれば戦局は変わる。
  でも、現状、そのために犠牲になるものが釣り合わない。それだけ、貴方の存在は大きいと思います」

バルクホルン「ジェットストライカーは凍結されて……それからどうなるんだ?」

 ここから先はミーナ中佐にも報告していない部分だ。
 報告していないというより、出来なかった。何故なら、俺の行動は中佐の命令に反しているからだ。

俺「実は今、この基地の設備で何とか問題を修正出来ないか試してます。整備班のみんなもこっそり協力してくれてます。
  まだ少し手を加えただけですけど、修正が可能だとしても、本来のスペックを損なうのは間違いないですね。
  そんな状態でテストした所で、データは採用されないでしょう。今のままでもそうでしょうけど」

バルクホルン「おい……もしかして起動回路を解体していないのか?」

俺「それは……その。あんな欠陥機をそのままにしておくなんて、落ち着かなくて。
  まぁ、今思いついてるのは対処療法的なプランだけですけど。根治にはやっぱり開発省に持ってくしかなさそうです」

 命令違反は横に置くとして、と前置きし。

バルクホルン「……感慨深いものだ。あのひ弱な士官がこんなに立派になるなんて、な」

 空軍の頃を思い出しているのか、大尉は目を細めた。
 だが、ひ弱は言い過ぎじゃねぇのかな!

バルクホルン「マルセイユについて行くのがやっとだと泣きそうになっていたじゃないか。
  開発省に転属希望を出したのは、ウィッチとしての矜持をへし折られたからだと思っていたが」

俺「違いますよ! もともと興味があったんです。そもそも技術屋になる前に狙撃手に転向してます。
  実際、戦場じゃ機関銃よりそっちのが向いてましたからね……」

 俺も、軍属になった当初はMG34で7.92mmをバラ撒いていた。一般的なウィッチの戦い方だ。
 だが、組んでいたティナの先行気質に振り回されていくうちに、狙撃で彼女の背を援護するようにスタイルを変えた。
 そのうち敵の集団に突入して機関銃を使うことになるのは最後まで変わらなかったが……
 俺以外、一体どこの世界に対戦車ライフルをぶっ放しながら突撃する人間がいるだろうか?

俺「……話が逸れてます。とにかく、問題を根本的に解決出来る可能性は薄いです。
  でも、開発省の担当者に引き渡すまで、出来ることはするつもりです。中佐には内緒ですよ」

バルクホルン「何故そこまでするんだ? ミーナを怒らせたら怖いどころでは済まないことは知っているだろう?」

 さっきは誤魔化したが、隠しておくことは出来ないようだ。
 ならば言ってしまおう。その方が俺も楽だ。

俺「……許せないからです。あんな危険なものを自分らでテストもしないで、最前線に送ってくるなんて」

 怒り。普段の俺とは、何ら、一切、縁のない感情。

俺「俺のストライカーはウィッチを守ることを念頭に置いて設計されてます。
  正直、今のジェットストライカーの仕様は、到底容認出来るようなもんじゃないです。論外と言ってもいい。
  だから何とかしたいだけです。……それに、起動回路解体なんてしたら開発省から何言われるか分かりませんしね」

バルクホルン「そうか……それを聞いて少しだけ安心したよ。お前の根っこはあの頃から変わっていないようだ」

 でも命令違反はダメだぞ、と大尉は締め括る。

俺「さあ、どうでしょうね。俺が見ての通りの不真面目な野郎って所も変わりないと思いますけど。
  とにかく。我らが愛しのトゥルーデは、もう少し自愛することを覚えて下さい。
  クリスのことを思えば絶対に死ねないでしょう?」

バルクホルン「命あっての物種……か。軍時代、よく言っていたな。
  お前の言うことも分かる……。だが、その命を懸けねばならんのが軍人だ」

俺「俺たちはウィッチです。軍人って立場に居るのは、組織的に戦うために必要だからです。
  でも、それを理由にして死に急ぐのは、なんか違いませんか?」

バルクホルン「理由……理由か……」

 大尉は考え込んでいる。そんな考え込むようなことを言ったつもりはないんだけど……。
 やがて大尉は顔を上げて、問いを発した。

バルクホルン「なぁ、俺。少し話は変わるが、聞きたい。お前は何故戦っている?
  今だから正直に言うが、お前は精神的に戦いには向いてないように思えることがある。今は特にな。
  先程の話でいくらか払拭されたとはいえ、引っ掛かるものがあるのも確かでな」

 お前の技能や戦闘指揮に文句を付けているわけではないぞ、と大尉は補足する。
 そりゃ、自分が仕込んだものに問題があると知れたら、ショックは計り知れないだろうよ。

俺「藪から棒ですね……。まぁ、最初の動機はさておき、俺は死にたくないです。死なせたくもないし死んで欲しくもない。
  だから戦ってます。戦場に居れば、俺は俺に出来るあらゆることをやります。俺一人に出来なければ、周りの人間を動かします。
  何と言われようが、必要だと思ったことは全部やります。どっか矛盾してそうですけどね」

 だから、今の俺が戦場に出ると、まるで人が変わったようだと言われる。
 スイッチを切り替えているだけだ。命の危険があるか、ないか、それを判断して……。良くないやり方だと、自分でも思う。
 もちろん今回はスイッチが入りっ放しだ。

バルクホルン「死なせたくない、とは誰に対してだ? 戦う術を持たない市民か? 私たち仲間か? それとも、マルセイユか?」

 ティナの名が単発で出てくるからには含ませているのだろうが、生憎そんなものは最初から決まっている。

俺「現役のウィッチである以上、そんなの選べませんよ。貴方はそうじゃないんですか?」

 死を撒き散らすネウロイは許せない。でも、俺の身体は一つしかない。どう足掻こうとも犠牲は生まれる。
 戦う理由を果たすための最善を俺なりに模索した結果が、開発省への転属だった。
 俺のストライカーの設計思想に、その意思は色濃く表れている。

バルクホルン「そう……か。そうだな。そして、おそらく誰の理由の根底にも似たような思いがあるだろう。
  お前の気持ちはよく分かった。もう無茶はしない。向いていないという言葉も取り消そう。
  でも、それは少佐の訓練から逃げる理由にはならないからな?」

 大尉は意地悪な笑みを浮かべる。やはりというか、突っ込まれた。

俺「射撃訓練や模擬戦くらいならともかく、あんなメニューまともにやってたらぶっ壊れちまいますよ」

バルクホルン「フフ、人間はそんなに簡単に壊れはしないぞ。
  宮藤やリーネも耐えているんだ。正規の軍人だったお前がそれでどうする」

俺「研究者に成り下がったもので」

バルクホルン「研究者は銃を撃たん。言っていろ。道化め」

 実に珍しいことに、言葉こそ正すものだが、大尉は笑っている。
 どうやらちゃんとガス抜き出来たようだ。少し時間は掛かったが、この上ない戦果だろう。
 ……もしかして、俺の不真面目が大尉に余計な心労を強いていたのだろうか。だとしたら申し訳ないな。

バルクホルン「……さて、そろそろ行ったらどうだ。司令室待機だと言っていただろう。そろそろ迎撃部隊が空に上がる頃だぞ」

俺「そうですね。それじゃ俺、もう行きます。あんまり待たせても悪ぃし。
  くれぐれもジェットストライカーには触らないで下さいよ。大尉は自室待機ですからね」

 念押しをして、俺は大尉の部屋を辞した。そこで待っていたキューピッドとすれ違って……。



バルクホルン「選べない、か……。模範回答で誤魔化して。その中に居るとはいえ、嬉しいやら悲しいやらだ」

エーリカ「隙あり~」

バルクホルン「うわぁっ!」

エーリカ「脇が甘いね~。俺は気付いてたよ。それ、忘れもの。にゃははははっ」

 バルクホルンの両耳に何か突っ込み、エーリカは軽やかな足取りで改めて部屋から飛び出して行った。


バルクホルン「さっき出て行ったと思ったけど、居たのか。
  何なんだ一体……これは、インカム?」


          *          *          *


最終更新:2013年01月30日 14:24