大外村(おおそとむら)はかつて大阪府に属していた村である。
1972年に「大外刈り」なる事件が発生し、住民のほとんどが虐殺された。
地理
大阪平野(河内平野)に含まれる平坦な地形で、山地などがほとんど存在しない。
その流域面積が大阪府よりやや広いほどであった成立当時は琵琶湖水系の河川が合流していたこともあって、
その後廃村時に至るまで稲作が盛んであり、村内のほとんどの土地は田圃であったとされる。
戦前までは村の風習として、全身タイツを装着した男が田畑を取り囲んで警備に当たるという珍しい風景が見られた。
現在はその田畑がインド洋に面する東南アジア地域に移植され、
東南アジアでのジャポニカ種の稲作に貢献している。
沿革・歴史
鎌倉期の文書等によれば、1189年頃に成立したということが確認できる。
1491年 百姓一揆を起こすが、失敗。村長が死罪となる。
1544年 大飢饉が発生し、住民の8割が餓死。
1591年 豊臣秀吉が猪狩りを行ったと伝わる。
1853年 浦賀沖にペリーが来航したことを模倣する「偽ペリー」が近郊に出没。
1945年 戦時空襲により、村が全焼。
1955年 ある村民が競馬で2000万円を獲得したことから暴行事件が発生し、死亡者が続出した。
1970年 「ケンコバ」なる発掘団が村内で作業を開始、土地から埋蔵金が続々発見される。
1971年 「ルパン三世」を名乗る窃盗犯によって、前年発掘された宝がすべて盗まれる事件が起きた。
1972年 大外刈り事件によって住民が虐殺され、居住者がいなくなったことに伴い廃村。
「大外刈り」事件
大外村は1972年に村おこしの一環としてショートケーキを焦点とした洋菓子博覧祭を開催。
ショートケーキを奪い合うなどして大いに盛り上がっていた。しかしながらこの最中に突然村長が発狂、
住民や観光客は腐敗した蜜柑を大量に食べさせられた。その後村人らの体に奇妙な斑点が発症すると、
一部住民はこれを村長が配った蜜柑によるものと断定し、憤った青年によって村長が殺害される。
その後村長の遺族が村長の仇として村民を虐殺した事件。
事件に関係した人間がほぼ全員死亡したことに伴い、警察と大阪府はこの件を闇に葬ろうとしたが、
90年代に入って一部の生き残りによって公表され、再捜査が行われた。
しかしながら現在も謎が多い事件である。
事件の引き金となったタカース・岡島村長(当時)は既に死亡しているが、
虐殺を行ったとされるその遺族は依然行方不明である。
行政
戦後の歴代村長
- 矢部浩之
- 井伊直弼
- チェ・ゲバラ
- 岡本太郎
- 鍋島鍋夫
- 金田玉一
- リンチスル・ゼ
- 山田某
- ヒトース・松村
- タカース・岡島
名所・旧跡等
- 鍋島・ザ・古墳
鍋島鍋夫氏が村長在任時に建造。
- 富士見坂
- 伝豊臣秀吉猪狩之場
- 大外城跡
このほか、村(跡地)から3kmほど先に、スキンヘッド専門の理容室があり、人気を博している。
最終更新:2009年01月10日 22:40