色々あった昼休みの喧騒から明けて翌日。レーベレヒトは魔術科校舎の屋上にいた。寝転がりただぼーっと空を見上げている。時刻は昼休みに入り少し回ったところで、天気も良く、日差しが春の陽気を感じさせる。その気候に誘われたか、レーベレヒト以外にも何人も昼食をとっている姿が確認できた。
今日昼食の場所に屋上を選んだのは、昨日の今日では食堂からは遠ざかっておきたかったのに加え、連中と顔を合わせるのも面倒くさい。そんな思いからだった。それとは別に居心地も悪くないために――真夏や真冬を除き――昼食場所としてよく利用しているし、講義をサボるときにもお世話になっている場所である。
穏やかに吹き抜ける風に瞳を閉じて一息。時間が近くなればどうにも思い出してしまうものか、昨日の惨状を思い起こして再度のため息を吐く。あんなことになるとはなぁ…、と。頬や腕など、外に晒している範囲だけでもいくつもの傷が見て取れる。ガラスへ突っ込んだのだ、これでくらいで済んで良かった、というところだろう。ましてやその後の状況を考えれば、だ。
今日昼食の場所に屋上を選んだのは、昨日の今日では食堂からは遠ざかっておきたかったのに加え、連中と顔を合わせるのも面倒くさい。そんな思いからだった。それとは別に居心地も悪くないために――真夏や真冬を除き――昼食場所としてよく利用しているし、講義をサボるときにもお世話になっている場所である。
穏やかに吹き抜ける風に瞳を閉じて一息。時間が近くなればどうにも思い出してしまうものか、昨日の惨状を思い起こして再度のため息を吐く。あんなことになるとはなぁ…、と。頬や腕など、外に晒している範囲だけでもいくつもの傷が見て取れる。ガラスへ突っ込んだのだ、これでくらいで済んで良かった、というところだろう。ましてやその後の状況を考えれば、だ。
「ほんと…えらい目にあった…」
「まったくよ。私が通りかかったからいいものの…
ひょっとしたら今頃病院のベッドの上だったかもね?」
「……病院ですみゃいいけどねぇ…」
「まったくよ。私が通りかかったからいいものの…
ひょっとしたら今頃病院のベッドの上だったかもね?」
「……病院ですみゃいいけどねぇ…」
掛けられる声に返事をしながら薄目を開くと、見上げるようにそちらを見やる。声で分かった通りの馴染みの顔が近くに立っていた。よっ、と勢いをつけて上体を起こしながら
「なんだよスパッツか。つまんね」
「…ん?何、見たいの?みせたげよか」
「いらん。やめろバカ」
「…ん?何、見たいの?みせたげよか」
「いらん。やめろバカ」
即答し、スカートの裾に手をかけるリーゼロッテを制する。見れば彼女は「そっちから振ってきたのにー」とか不満そうに口をとがらせていた。視界の隅に会話を耳に留めたのだろう、知らない顔の男子生徒がすごい目で彼女のスカートを見つめていたが、レーベレヒトが睨みつけると慌てたように視線をそらした。彼女自身は気づいていなかったのか気にしていないのか、ぽんぽん、とスカートの裾を直すと人好きのする笑みを浮かべて彼を見る。
「…ったく。んで?なんか用だったか?…ってかよくココ分かったなぁ」
「用っていうか…昨日の今日だしね。大丈夫かなーって。
場所はほら、お昼って言ったら食堂かここか中庭か…くらいじゃない、アンタ。
昨日の今日じゃ食堂は行きづらいかな?と思ったし、
それに、それ。GPS系の魔術機関内蔵でしょ?それで…」
「はぁ!?…き、聞いてねぇぞクソ兄貴…!」
「用っていうか…昨日の今日だしね。大丈夫かなーって。
場所はほら、お昼って言ったら食堂かここか中庭か…くらいじゃない、アンタ。
昨日の今日じゃ食堂は行きづらいかな?と思ったし、
それに、それ。GPS系の魔術機関内蔵でしょ?それで…」
「はぁ!?…き、聞いてねぇぞクソ兄貴…!」
彼女が指さし示すのはチョーカー型の魔術具。昨日受け取ったばかりの品だ。相手の言葉にかぶせるように叫ぶ。いらだたしげに髪をなでつけ「それ」をいじりながら「なんだそりゃどういうこったよ…」などとつぶやく。そんな彼にリーゼロッテは両手を腰に当て、やれやれ、とばかりに告げる。
「もう、しょうがないなぁ。
あのルー兄がレーベレヒトに内緒でそんなもの渡すわけないでしょー?
兄バカなんだから。大方レーベのことだから、ルー兄の説明、
めんどくさくて聞き流してたでしょ。あーあ、目に浮かぶなー」
「う…うるさいな。確かに、まぁ…そんな単語を聞いたような…どうだったか、な…」
あのルー兄がレーベレヒトに内緒でそんなもの渡すわけないでしょー?
兄バカなんだから。大方レーベのことだから、ルー兄の説明、
めんどくさくて聞き流してたでしょ。あーあ、目に浮かぶなー」
「う…うるさいな。確かに、まぁ…そんな単語を聞いたような…どうだったか、な…」
昨日受けた説明、基本的には8割以上は聞き流していたために確たることは言えず、さらにリーゼロッテの言うことももっともでいつものことではだったので、項垂れながらも諦めたようにチョーカーから指を外す。安易だったかもしれない、とは思うが、
「まさかそんなものまで入ってるとは思わなかったんだよ…。
で、それ、兄貴に聞いたの」
「そ。さっき中庭のほうでばったり会ってね。レーベ探してるって言ったら。
端末にアプリ組み込めば、自分からの相対的な座標がわかるんだって。
私も転送してもらっちゃった。機構としては…」
で、それ、兄貴に聞いたの」
「そ。さっき中庭のほうでばったり会ってね。レーベ探してるって言ったら。
端末にアプリ組み込めば、自分からの相対的な座標がわかるんだって。
私も転送してもらっちゃった。機構としては…」
魔術具は基本的にその装着者とのエーテル的なリンクを常に構築しており、その際に消費されるごく微量のエーテルの反応を解析し親機に発信することで位置の特定を行う、というものだった。
「はー…なるほど。こいつが…ね。わかりやすかった、うん。
さすが優等生様だねぇ。兄貴もそんくらい端的に説明してくれりゃ…」
さすが優等生様だねぇ。兄貴もそんくらい端的に説明してくれりゃ…」
首に着けていれば見えるわけもないが、チョーカーに指をかけて軽く視線を下げる。もうそのこと自体は仕方ないか、と溜息を吐きながら自嘲めいた言葉をリーゼロッテにかけた。
「またそんなこと言って。レーベレヒトだってちゃんとやればもっと…」
と、小言を言い始めたところでレーベレヒトの端末がメールの着信を知らせた。
一方で。
「いっくぜぇぇぇ!ムーン・フォール・インッ!!」
そんな叫びが聞こえる部室棟の一つの部屋。
室内には男子が二人、机を挟んで向かい合っていた。
室内には男子が二人、机を挟んで向かい合っていた。
「やっぱりダメかぁ!」
「…先輩。ムンフォはぶっちゃけ無理っすよ…」
「…先輩。ムンフォはぶっちゃけ無理っすよ…」
ここは画鋲ゴマ競技部の部室、ヤスノリとベルガーである。ヤスノリは昨日のことはともかく、と、いつも通り食堂へ行ったは良いものの、購買のおばちゃんから小言を言われたために今日は逃げてきたのだった。そして丁度入り口付近でふらふらしていたベルガーを捕まえてちょっと部活、という流れだ。
「バッカお前…諦めたらそこで終わりだってのよ!
とりあえず昼休みじゃ時間も厳しい、次だ、次行くぜ…!」
『スタンバイ…セットレディ……GO!!』
とりあえず昼休みじゃ時間も厳しい、次だ、次行くぜ…!」
『スタンバイ…セットレディ……GO!!』
「じゃっじまん」の無駄に渋い声が部室に木霊する。「GO」の合図とともに、懐に構えた画鋲を二人ほぼ同時に宙に放つ。二人の画鋲が共に弧を描き、ベルガー、そして僅かに遅れてヤスノリの画鋲が机…フィールドに落下する。スタイルは共にトップフォールインだ。
「…ふむ。ベルガー、フィールドインは大分上達したな」
「ってか先輩早速日和ってんじゃないすか」
「細かいことは気にするな!」
「ってか先輩早速日和ってんじゃないすか」
「細かいことは気にするな!」
そしてやいのやいの言いながら熱く卓上の行方を凝視する二人。そして一分後。
「くぅ…っ!やっぱだめかぁ…」
「はっはっは!まだまだだベルガー!
競技歴10年を数える俺様に勝とうなんてな!」
「………何が面白いんだよ…それ、ほんと。ねぇ」
「はっはっは!まだまだだベルガー!
競技歴10年を数える俺様に勝とうなんてな!」
「………何が面白いんだよ…それ、ほんと。ねぇ」
第三者から呆れたような声で突っ込みが入る。窓側の椅子に腰掛けてブタさんパンを咥えていたティオだった。結局昨日、指導が入ったために痛み分け、という形で表面上は仲直りしたようである。ここにいる理由はベルガーに買っておいて貰ったパンを取りにきただけだったのだが。
「バッカお前、ティオ!競技人口数十万を数えるこの画鋲ゴマはなぁ…!」
と、熱く語りだすヤスノリを半目で眺め、「あーはいはい」と、そんなことを言いながら完全にスルー。それをヤスノリは気付かずうんぬんかんぬんと続けている。語る彼を横目でブタさんパンをモリモリ食べていると
「………と、いうわけだ!
わかったな、わかったらさぁ、やってみたらいい!さぁベルガー」
「(もぐ)…はいはい…(もぐもぐ)……は?」
わかったな、わかったらさぁ、やってみたらいい!さぁベルガー」
「(もぐ)…はいはい…(もぐもぐ)……は?」
気がつけばズビシ!と音が出そうな勢いで指さされていた。
「んー…画鋲はじゃあ俺のでいいかな…?ほらティオ、こう持って…」
「え?は?…ちょ、ベルガーお前まで何やる気になって…!」
「え?は?…ちょ、ベルガーお前まで何やる気になって…!」
ティオの控えめな体の脇に長身のベルガーが屈んで画鋲を持たせる、というどこか微笑ましい光景が生まれたそのとき、室内に三者三様のメールの着信を知らせる音が鳴り響くのだった。
それぞれの着信が奉仕活動の指示メール、ってことで一つ。
一括送信に違いない、きっとそう。
一括送信に違いない、きっとそう。