「ヴァッシュ。お前に名指しの依頼だ。
クライアントは・・・ビジター。
いや、独立傭兵レイヴンだ」
そう告げたのはいつものヴィルではない。
レイヴン自身から託された、チャティの声だ。

「お前が開発したAC用増加兵装パッケージ、
RaDバルテウス』を購入したいが、取りに行く暇がない。
指定するポイントまで輸送してほしい・・・とのことだ。
ボスが作った玩具だ、制御は俺に任せてくれ」
示された引き渡し場所は、バスキュラープラントの頂点。
今まさに、『Dコーラル』によって真の姿へと変貌した
オラトリア・スクリアが占拠し、コーラルリリースを
実行しようとしている、ルビコンで最も危険な戦場だ。

「オイオイ・・・相変わらずふざけたやつだな。
そこまでどうやって行けってんだ??」
悪態を吐くヴァッシュだが、拒否するつもりは毛頭ない。
何しろ、提示された報酬金額がまさしく桁違いなのだ。
RaDバルテウス本体の価格も含むにせよ、あまりと言えば
あまりの高額報酬に、ヴァッシュも思わず飛びついた。
コイツ・・・どんだけ金が有り余ってんだ??

「それこそ、こいつを活用するしかあるまい。
初めからそのつもりだったのだろう?」
ヴィルの言葉に促され、視線を上げたヴァッシュが
乗り込んでいるガルブレイヴは、すでに
『アッシュカンパニー』の客寄せパンダ、
RaDバルテウス』に連結され、いまや遅しと
その力を解き放つ時を待ち侘びている。

「まぁな。どっちみちアイツには用がまだ残ってんだよ。
チャティ。お前が開けてくれた、第二助手の・・・
姐さんの手記の中身が、きっと必要になるだろうからな」
ずっと解けなかった、カーラの置き土産に掛かった鍵を、
果たしてチャティは解いてみせた。

そこに記されていたのは、コーラルの可能性に惑溺し
危険な研究を繰り返す第一助手への危機感と、
置き去りにされたその息子への気遣い。
そしていつか、コーラルの危険性が
看過できぬものになった時に、それを抑止する力が
必要になるはずだと、密かに研究を進めていた
成果物が、そこに遺されていた。

それが、『アンチコーラルパルス』。
照射された部位のコーラルは共振を誘発され、
そのエネルギーを急速に使い切って不活性化に至る。
当時の第二助手は、コーラル全体を殺し切るには
必要なエネルギーに対し効果が限定的すぎる、
という理由で不採用と判断し、結局シンプルに
燃やし切るのが一番効率的だという結論に至ったようだが。

デソレイション・コーラルを一身に集積された
オラトリア・スクリアという標的に対してならば、
狂った神を貫くミストルテインともなりうるだろう。

レイヴンがザイレムで発見したウォルターの遺産、
ラングレン・レポートがルビコンの危機を知らせ、
ヴァッシュがバスキュラープラントで発見したカーラの遺産、
アンチコーラルパルスがそれを打開する切り札になる。

この情報をアシュリーに拾わせた
エセリアの真意はどこにあったのだろう?
俺にはまだ、アイツと話さなくちゃならない
話題が残っているらしい。
ヴァッシュが見上げたバスキュラープラント上空は
朱に縁取られた闇黒に染まり、オールマインドが言う
『コーラルリリース』がもう間近に迫っていることを
如実に伝えていた。

タイムリミットまでは、もう僅かだろう。
「まぁ、直接訊くのが手っ取り早いか」
それは・・・ヴァッシュ自身の肉体についても同じだった。

レイヴンとの死闘に際し、全開で駆動した
コーラルイグニッションの反動は全身に及んでいた。
限界以上に圧をかけられたコーラルブラッドは
血管の各所を食い破り、全身を黒い亀裂で蝕んでいる。
内出血を起こした皮膚の下では、不活性化した
コーラルが肌を末端からどす黒く染め上げている。
感覚はすでに遠く、侵食は今も徐々に進行中だ。

悲壮感はなかった。
ヴァスティアン・ヴァッシュの短い生涯にあって、
死はいつも、すぐ傍に当たり前にあるものだった。
死期を予め知ることができるなんて、随分と贅沢な話だ。

あとは。残された時間で何を為すか、それだけだ。

「やるぜ。チャティ、ヴィル。
一丁、派手にぶちかましてやろうじゃねぇか」
決然と見上げたヴァッシュの視線に応えるように、
RaDバルテウスのジェネレータが唸りを上げる。

「無茶させてごめんね!でもここで退がったらもう
キャンプまで一直線なんだわ〜!」
ブラバンソンの見つめる戦場はまさに地獄の様相だった。
魑魅魍魎の如きC兵器の大群が跋扈する最終防衛ライン。
オラトリア・スクリアの出現により暴走を始めた
コーラルの使徒がバスキュラープラントから溢れ出し、
明確に人類を敵視して牙を剥き始めた最悪の状況。

「大丈夫です!絶対にここで食い止めます!!」
だが。今のブラバンソンは以前とは違う。
愛機アップルヘッドはB.A.D.カタフラクトにより
その機動性と火力を大幅に拡張されている。
操縦技術は拙くとも、戦術判断には見るべきものがあると
自分を評価してくれた仲間達の期待に応えるべく、
少年は覚悟を込めてペダルを深く踏み込む。

ヴァンガードオーバードブーストが火を吹き、
磁気火薬複合式メインホイールが唸りを上げて、
むくつけき鉄塊をかっ飛ばす。
想像を遥かに超える加速。射程距離に合わせた
前進のつもりが、気づけば敵陣の前衛を構成する
ヴィーヴィルの一体を体当たりで粉砕していた。

左右から挟み込むヘリアンサス型が並走するが、
この至近で左右を迎撃できる武装はない。
為すすべなく激突を許すも、破砕されたのは
相手の方だった。
高速回転する前輪、スウォームクロウラーに
巻き込まれて砕け散った鉄クズを跳ね飛ばし、
強引なドリフト機動でどうにか制動した頃には、
敵部隊の反対側に突き抜けていた。

迫る怒涛を押しとどめる堰であるべき
我が身が進んでその役割を放棄するなど、
あってはならぬことだ。
焦りを懸命に抑え込み、冷静に姿勢を立て直して
カタフラクトが持つ殲滅力をフル回転で運用する。
バーストキャノンとVTFナパームミサイルが
背後を見せた敵部隊を草でも刈るように薙ぎ払い、
そしてオーバーヘッドレールキャノンが
複数の標的をまとめて貫く。
合わせて、手近の敵機にはアップルヘッド自体の
手持ち武装も駆使して片っ端から叩き潰す。

その破壊力は、行使するブラバンソン自身も
目を回しそうなほどの凄まじさであったが、
それでも敵の数はなお膨大だった。
仕留めきれなかった撃ち漏らしが、
防衛ラインを抜けていく。

「よぉ、犬コロ!随分と図体がデカくなったじゃねぇか」
奇しくも、かつて同じバスキュラープラントで聞いた声。
同時に、撃ち漏らしを拾うように降り注ぐのは、
RaD謹製のクラスターミサイルだろうか。
対象周辺を丸ごと焼き払うことで確実に標的を撃砕する、
粗雑極まりない発想がいかにもドーザーらしい。

いや・・・それにしたって数が多い。多すぎる。
遠近感が狂ったのかと思うような大型弾頭から分離した、
その子弾一つ一つがクラスターミサイルだった。
コンテナミサイルから分離したミサイルがさらに爆撃を
撒き散らし、視界全体が爆炎の底の沈む。

「まぁ、俺も人のことは言えねぇな!!」
一面の火の海に舞い降りた惨状の元凶は、
ブラバンソンが操るカタフラクト建造の主犯格でもある。
「ヴァッシュさん!助かりました!!
流石にちょっと・・・やりすぎですけど」
半ば呆れ気味のブラバンソンを、
ヴァッシュは豪快に笑い飛ばす。
「悪ぃ悪ぃ!ずっと雨ざらしにされてた
RaDバルテウスのようやくの晴れ舞台だからな。
ちょいと張り切りすぎちまった」

軽口を叩き合いながらも周囲を警戒していた
ブラバンソンが、可変型レドームに新たな脅威を捉える。
「識別名・・・Cトータス。
本体上面をパルスシールドで防御し
低空爆撃を敢行する広域殲滅型C兵器だ」
ヴィルの伝えた情報に、伏せたお椀からミールワームが
溢れたようなその姿を凝視したヴァッシュが首を捻る。
「・・・ネーミングがこじつけがましくなってきたな。
アレを亀呼ばわりは無理があるだろ」

兎にも角にも。
道すがらの障害物は排除していくしかない。
RaDバルテウスの手持ち武装を活かすべく
全速で距離を詰めるその目前で、
Cトータスの挙動が変化する。
「いや・・・思ったより亀だな」
手足のように四方に伸びていた砲台が引き込まれて、
代わりの出現したのは火炎放射器。
手足と頭を引っ込め、火を吹きながら高速回転する
その姿は、誰がなんと言おうと亀ったら亀だった。

そしてもちろん、そのままこっちへ突っ込んでくる。
「ヤケクソみてえなヤツだなオイ!
脳筋にも程があるだろ!!」
それは、こんなものを作った人には言われたくない
・・・などと、余計なことを言わないのが
ブラバンソンのいいところだった。
あくまでも冷静に、バーストキャノンと
ナパームミサイルで遠巻きに迎撃を図る。

「クソッ!回転したら固くなるってのは
実際どの程度マジなんだ??」
根拠はわからないが、事実としてトータスの守りは
カタフラクトの火力をして凌ぎ切っていた。
勢いを増したトータスはそのままこちら目掛けて
突っ込んでくる。

「回転中は攻撃は通らない。今は回避に徹して、
反撃のタイミングを───」
「しゃらくせぇな」
ヴィルの分析を、ヴァッシュはぶった斬る。
「こっちは急いでるんだよ」
ACで対処するならば、なるほど妥当な対応だろう。
だがしかし。今やこちらも、その埒外。
無法極まる暴力の化身だ。

「一直線でぶち抜くぞ!やるぜ、ブラバンソン!!」
根拠はわからないが、ヴァッシュの目に輝く
確信の光を、ブラバンソンも信じてみる。
「・・・了解ですッ!!」

先制の一撃は、オーバーヘッドレールキャノン。
フルチャージの一撃が至近で炸裂し、
甲殻を強引に穿ってその回転を押しとどめる。
「こいつが痛くねぇとは言わせねぇ」
その間に踏み込んだバルテウスが放つのは、
両腕に備えたボレーガン。
13×14発の砲弾の分厚い弾幕がトータスを守る
パルスシールドを一撃の元に吹き飛ばす。

「ッしゃァ!!押しとぉぉぉおおおおるッ!!!」
そのまま、ノーブレーキでぶち当たる。
跳躍したカタフラクトがスウォームクロウラーを、
降下したバルテウスがグラインドブレードを叩きつけ、
推進力と質量で分厚い甲殻を力任せにブッ壊す。

「じゃあなブラバンソン!こっちは大元を
ぶっ叩いてくらぁ!守りはよろしく頼んだぜ!!」
背中を無惨に抉り取られた残骸を尻目に、
バルテウスは上空へと舞い上がる。
「あっらぁ〜?早速ハデにやってんじゃない!
いいの?ソレって売約済みよねェ?」
「そりゃピーさん、無茶な注文をつけるヤツが悪いぜ。
最小限の傷で引き渡すから勘弁してもらいてぇな!!」
合流したのは、ピーファウル率いるラカージュの面々。
ヴァッシュが先払いで受け取ったレイヴンからの報酬を
振り込んだら、VOBを背負って勝手についてきた。

「あんな大金積まれて、ハイサヨナラってワケには
いかねぇよなぁ!傭兵にだって仁義ってもんがあらぁ」
嘯くシュトラウスだが、彼の場合はこのミッションに
合わせて用意した緊急展開用複合ブースター
『ヴァンガードオーバードブースト』が実現する
超スピードに興味があったに違いない。

VOBとバルテウスでバスキュラープラントに
殴り込みをかける、覚悟ガン極まりの突撃野郎ども。
盛大な歓迎の花火が行手に咲き乱れるが、
「遅すぎるな、これは」
雨霰と降り注ぎ、地表を焼く弾幕をも振り切って、
ディアーチルは先陣を切って突っ込んでいく。

ミサイル砲台の迎撃をかわす地表スレスレの低空飛行から、
バスキュラープラントの根本にギリギリまで急接近。
砲台の射角の内側に回り込んで、頂上目指し駆け上がる。

「おや。主賓が待ちきれず出迎えにきてくれたようだね」
ジャックスナイプは平然と言ってのけるが。
「オイオイオイ・・・冗談じゃねぇぞ」
バスキュラープラントを駆け上がっていく
ラカージュ編隊の頭上を捉えて遅いくるは、
本丸であるところのオラトリア・スクリアそのもの。
全長7km超の巨体が頭上を遮る天蓋と化して押し迫り、
その圧倒的な火力で暴虐の限りを尽くす。

降り注ぐレーザー、ミサイル、パルスの雨霰に
コーラルナパームの乱れ撃ち。
VOBが齎す猛烈なスピードがなければ、
あっという間に全滅していただろう
オーバーキル級の超火力のオンパレードだ。

極め付けは、解放された口腔から迸るコーラルブラスター。
HAL826が運用したコーラルライフルのフルチャージ、
あれの直径が100倍増しになったものといえば
その脅威は想像に難くないだろう。
バスキュラープラントの壁面を爆砕しながら
薙ぎ払われる極太のコーラルビームがラカージュの
面々を丸ごと飲み下す勢いで正面から迫ってくる。

その照準は正確で、もはや逃れうる術はない。
「そっちがその気ならよぉ・・・!!」
生唾を飲み込み、狂奔する運動ベクトルに
揺さぶられながらもヴァッシュは
カバーされていたトリガーを解放する。
「こっちも遠慮はナシでやらせてもらうぜ!!」

目前に迫る光の奔流をも吹き飛ばす号砲が天に轟く。
放たれたコーラルナパームキャノンは、コーラルと
ナパームジェリーを混淆したRaD特製の砲弾をぶっ放す。
「やはり、コーラルカクテルはよく燃える。
差し詰め、アイビスの火のミニチュアだな」
コーラルブラスターの勢いをも吹き飛ばす
出鱈目なほどの爆圧が、バスキュラープラントに
クレーターじみた風穴を穿つ。

「・・・正気か?」
「そんな筈がないだろう」
平然と言い放つチャティに、
流石のヴァッシュも呆れ顔だ。

ともあれ、これは好機だ。
バスキュラープラントの中に入れば、
あの巨体ならば追跡は・・・
「ちょっとォ!?なんであのデカブツが
余裕で飛べるほどの穴が空いてんのよォ!?
なんもかんもデカすぎて感覚が狂っちゃうわねェ!!!」

しかして、オラトリア・スクリアは追ってきた。
バスキュラープラントを縦貫するコーラル吸入口は、
コーラルを周辺の大気ごと吸入するため、
天盤まで直径およそ20km程度の吹き抜けになっている。
まず、オラトリア・スクリアが潜り抜けられるほどの
大穴がバスキュラープラントの側壁に
開いてしまったことがそもそもおかしいのだ。
ピーファウルが絶叫したのも無理からぬ話である。

そして状況は、むしろ悪化している。
前方からは、アラレズやミサイル、機銃などの
防衛機構の熾烈な迎撃。
背後を取ったオラトリア・スクリア
さらに執拗な追撃を加えてくる。

「ヘッ、こういう時こそアタシの出番だよなァ・・・!!」
ただ一人、VOBをペデスタルドローンに連結して
その上に搭乗するという形で参戦していたバジャーリガー
その理由がこれだった。
脚部はドローンに固定したまま上体を180°回転。
後方に向き直った態勢で唯一の武装である
拡散レーザーを追い縋るオラトリア・スクリアに据える。

本体への有効打は臨むべくもないが、
飛来する飛翔体の迎撃ならばお手のものだ。
魚群の如く無数に飛来するコーラルミサイルの嵐の中から
背後の味方に直撃する軌道のものだけを見切って、
拡散レーザーで撃ち落とす。
殿を務める彼女の活躍により、ラカージュは
損害を最小限に抑えつつ最高速を維持して
バスキュラープラントの頂点を目指す。

ターゲットの予想外の奮闘に業を煮やしたか。
オラトリア・スクリアが獰猛に吠える。
いや、正確には周囲へある種の信号を発したのか。
轟いた大音声は、確かに状況を一変させた。

ラカージュの面々と共に天へと遡上する
コーラルの潮流に変化が生まれる。
不規則に、気まぐれに揺れていた赤い粒子たちが、
大気を揺るがす振動波に打たれた瞬間、明確な意思を
帯びて各所で一定のまとまりを形成していく。

あるものは刃に、あるものは鏃に、あるいは荊や
棘、機雷やワイヤートラップのように。
凝集する粒子が自在に姿を変えて、
ラカージュの面々の行手を阻む。

「おおっ!?なんだこいつは!?あっははははァ!!
随分とスリリングなアトラクションじゃねぇか!!」
極限のスリルにテンションのネジがぶっ飛んだ
シュトラウスが、痛快に笑い飛ばしながら
俄かに始まった障害物レースに命懸けで挑む。
ワイヤーを潜り抜け、機雷網をかわし、
必要とあらばグレネードをブチかまして
突破口をこじ開ける。

命知らずの水先案内人の開いた脱出路に
残るメンバーも続々と飛び込んでいくが、
それはまさに超音速で繰り広げられる
綱渡りとでもいうべき曲芸飛行だ。
いつまでも続けられるような無茶ではない。

「オイオイオイ!なんでもアリだなコイツ!!」
毒付くヴァッシュが駆るRaDバルテウス
他の僚機に比べ遥かに巨大で、その分動きもやや鈍い。
仲間たちの軌道をトレスするにはやや無理があった。
四方に荒れ狂う運動ベクトルに揺さぶられながらも
なんとか喰らいつけたのもほんの10秒足らず。
大きく弧を描き誘導弾の雨をかわす途上で
ついに慣性に負けて脱落する。

「無理をするな、ヴァッシュ!
お前が離脱すればチャティをあえては狙うまい!!」
すぐ後ろでそれを察知したディアーチルが飛び出して、
レーザーハンドガンとミサイル、そしてレーザーランスを
駆使してヴァッシュの前方のトラップ群を撃ち落とす。

カーラが遺してくれた設計図からなんとか作り上げた
大事なマシンを手放す決断は軽くはない。
しかし・・・自分を案じて自ら危険へ飛び込んだ
仲間の命より重いものなど、あるはずもない。
逡巡さえも己に許さず、ヴァッシュは強制離脱を図る。

クイックブーストでバルテウスから飛び出す形で分離した
ガルブレイヴが、狂奔する大気に煽られて上空で反転する。
急速に運動エネルギーを失ったヴァッシュの眼前には、
急上昇を続けるオラトリア・スクリアの巨体があった。
かわすには、あまりにも巨大すぎる壁だ。

ならば・・・ぶつかっていくしかない。
真っ直ぐに、オラトリア・スクリア
胸を目掛けて飛び込んでいく。
「───そこにいるんだろ!アシュリー!エセリア!!」
最後の可能性に一縷の希望を託して、
ヴァスティアン・ヴァッシュは声を限りに叫んだ。

見る間にも至近に迫る巨体が、
拒否を突きつけるように榴弾砲を撃ち放つ。
放たれた砲弾は17発、予測される回避軌道を悉く
抑えたその散布界に、逃げ場はない。
意を決して真っ直ぐに突っ込むヴァッシュの目前で、
砲弾の一つがビリヤードのように弾かれ軌道を変える。

「そうだ。真っ直ぐに進みたまえ、少年」
最速でスナイパーキャノンを手動装填する
グリッドピアサーから、ジャックスナイプが叫ぶ。
「迷うなよ。君の道は、私が拓く!!」

続くミサイル群を貫いた二の矢の軌跡を潜って、
ヴァッシュはついにオラトリア・スクリアの胸部に取り付く。
アジャイル・フェアリングの機動調整と
最大限のバックブーストで相対速度を可能な限り減殺しても、
衝突事故のような激震がコックピットを襲うが、
弱音を吐いている暇に告げるべき言葉がある。

「俺はお前に謝りたくてここまで来たんだ!
お前達を助けられるなら、命だって惜しくない!!
頼む・・・応えてくれ!!」
ヴァッシュは声を枯らして叫ぶが、
厚い甲鉄の奥にはその声は響かない。

───違うな。ヴァッシュ、それじゃダメなんだ。
それでは、私を助けることにはならないんだ。

アシュリーの声もまた、オラトリア・スクリアの胸の奥、
エセリアの人格の中に封じられ、決して届くことはない。

───エセリア。お前にも聞こえているだろう?
ヴァッシュはここまで来てくれた。
お前ともっと、話がしたいんだ。
応えてやってはくれないか?

肉体の主導権を握るエセリアは頑なに身を捩り、
耳を塞いで訴えを退ける。
「ダメ・・・ダメ!ダメなの!!
僕は、アイビスの火に焼かれた人たちの、
コーラルたちの声から生まれたんだから!!
これ以上悲しいことが起こらないように、
みんなの願いを叶えなくちゃいけないんだから!!」

胸に取り憑いた異物を取り除くべく
エセリアの意思がガルブレイヴの周囲に
コーラルの弾幕を形成する。
一斉にヴァッシュを貫くかに見えたそれは、
先んじて放たれたミサイル群によって破壊される。
「呆れた。あーた、まだ自分を他人だと思ってるワケ?
あんた以外の誰が!あの子を幸せにできるってのよ!!」
あろうことか。ヴァッシュに倣いVOBをパージして
スクリアの胸部へ降り立ったピーファウル
散布型ミサイルとパルスブレードを振るい、
ヴァッシュへ迫る攻撃を次々に撃ち落としていく。

「男だろォが!腹ァ括ってカマしてみせろやッッッ!!!」
力強い声に背中を押され、
ヴァッシュは一世一代の覚悟を込めて全力で叫んだ。
「・・・アシュリー!俺には、お前が必要なんだッ!!」

───ほう?言ったな?でもまだまだだ。
私はもっと恥ずかしいことを言ったぞ??

「お前のためだと思って追い出したけど、
俺が間違ってた。諦めさせるのが最善だと思ってたけど、
俺自身がお前のことを諦められてなかった」

───うむうむ。わかってきたじゃないか。
それで?謝罪すると言うなら誠意を見せてほしいな?

「お前が俺を許せないなら謝る!!
お前が言う罰ならなんでも受ける!!
女児用スク水でもローションレスリングでも
首輪でも女装でもなんでもやってやる!!!」

───おおっ!?!?いいじゃないかいいじゃないか。
しかし・・・まだだ!まだ足りないぞッ!
肝心の一言がまだ聞けていない!!
さぁ、さぁ!ドーンとぶつかって来いッッッ!!!

満面を朱に染め、羞恥に震え、
それでもヴァッシュは全力で叫ぶ。
「───お前が好きだ、アシュリー!!!
俺も、お前と生きていきたい!!!」

告白に応えるように、スクリアの胸部に赤光が閃く。
真紅の波紋が、あろうことか『❤️』マークを形成し、
大気を押し広げて胸郭が解放される。

「うむッ!合格だ、ヴァッシュ!!
私を力いっぱい抱きしめていいぞ!!!」
姿を見せたクアッドリガーに重なり、
ガルブレイヴのディスプレイ全面を大写しになった
アシュリーの顔面が占拠する。
「お、お前ってヤツはよぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
最大級の羞恥プレイに真っ赤に泣き腫らした顔で、
ヴァッシュは飛び出したアシュリーを受け止める。

───えええええええ!?!?ちょっとちょっとぉ!?
なんで体を取り返されてるのよぉ!?!?
「ふふん。自分を偽って他人の言いなりになっている者に、
私の愛が止められるものか!!!」
───何よそれぇ!!
犠牲者の無念をなんだと思ってんのよぉ!!

エセリアを奪われた怒りを訴えるように、
オラトリア・スクリアが吠える。
制御を担う自我を失い、暴走する悪意が一層激しく
周囲のコーラルを駆り立てて、自らを裏切った
アシュリーを、そしてエセリアを滅ぼさんと
一際巨大なエネルギーを収束する。

「今からそれを、まとめて成仏させてやると言っているのだ!!
私とヴァッシュの愛のパワーでなっ!!!」
「もう勘弁してくれぇ・・・」
ヴァッシュは既に限界だったが、
アシュリーは今まさに絶好調だった。

堂々と胸を張るアシュリーの目前で、
スクリアがかき集めたコーラルの火球が撃ち抜かれる。
内部で着火されたコーラルカクテルが引火し、
特大の爆発を巻き起こして
オラトリア・スクリアの巨体をも退がらせる。

「どうだ。笑えるだろう、ビジター。
ボスの遺した図面を、ヴァッシュが形にした。
会心の出来栄えだぞ。存分に楽しむといい」
振り返れば、放棄されたはずのRaDバルテウス
レイヴンにより回収されていた。
撃ち放たれたばかりのコーラルナパームキャノンから
あからさまに剣呑な紅いスパークを走らせながら、
チャティはどこか得意げだった。

気づけば、そこはバスキュラープラント天盤。
眼下を埋め尽くすコーラルの海の只中、
彼我の存在規模の差を超えて。
ガルブレイヴを搭載したクアッドリガーが、
オラトリア・スクリアに対峙する。

───決着は今。

「さぁて、仕上げといこうじゃないか。
やるぞ!!ヴァスティアン・ヴァッシュ!!!」




関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年04月01日 16:41