軌道エレベータ

登録日:2011/03/07 Mon 00:13:53
更新日:2025/04/08 Tue 12:25:41
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『軌道エレベータ』とは、惑星の表面(地上)から静止軌道上をエレベータでつなぐ輸送機関のこと。
宇宙エレベータ、軌道塔、同期エレベータ、静止軌道エレベータ等とも言う。
“エレベータ”と“エレベータ”の表記揺れもあるが、本項目では“エレベータ”で表記する。


+ 目次


概要


低コストで宇宙に行けたり物を運べる省エネ機械。
地上から静止軌道までを巨大な塔や長大なケーブルといった構造物で繋ぎ*1、それに沿って運搬機を上下に移動させる機能を持つ。
なお、『静止軌道』とは人工衛星がある場所(高度)で、地球に落ちないけど離れもしない絶妙なポジションのこと。

これにより、ロケットを飛ばすよりも遥かに安いコストで地上と宇宙を往来できる。
単純計算でも、ロケットに乗るよりも千倍近く安く済むらしい。
他に、ロケットと比べてスペースデブリ*2の発生が少なくなるなどの利点がある。
実現できれば今後の宇宙開発において非常に大きな役割を果たすことが期待されるため、様々な研究者によって実現方法や構造等が研究されている。

SF作品にもしばしば登場する、定番ガジェットのひとつ。



実現への険しい道のり


現実でも研究がなされ、SF作品でも人気の舞台装置である軌道エレベータだが、現実の世界では実現が不可能と言われている。
ここでは、軌道エレベータが抱える課題について代表的なものを記載する。


素材の問題

軌道エレベータという構想は昔から存在するが、そもそも軌道エレベータ本体の自重を支えられる素材が存在しないと言われてきた。
地球の場合、地上から静止軌道まで約4万kmなのに対し、鋼鉄でも数十km、最強クラスの強度のケブラー繊維でも千km、更には例えダイヤの繊維でも2万kmが限界だとされている。
エレベータを宇宙から吊り下げる形で支える方法もあるが、これはこれで「何百万トンもある小惑星を引っ張ってきて地球の静止軌道に載せる(時速11000km/hでぶっ飛ばさせる)」という超危ない作業が必要なので事実上無理。

しかし、近年では世界最強と言われる繊維『カーボンナノチューブ』であれば、軌道エレベータに必要な条件(強度や重量)を理論上実現できるという研究結果が発表された。
余談だが、これを実用化したのは日本人。流石変態国家。日本スゲー

ところが、カーボンナノチューブには製造コストが高いという致命的な欠点がある。
カーボンナノチューブの製造費用は、大雑把に見積もっても静止軌道上から地上までの距離の糸一本作ろうとしただけで、一万円札を積み重ねて月まで届く枚数の予算が必要と言われる始末。
とはいえ、カーボンナノチューブを低コストで大量生産する方法は現在も研究が続けられており、いずれ現実的な価格になるかもしれない。

カーボンナノチューブにはコスト以外の課題も存在する。
イギリスのとある研究チームのマウス実験によると、カーボンナノチューブはアスベストに似た発癌性(主に肺癌)を有しており健康面について懸念されてる部分もあると報告されている。
そのため、実際に軌道エレベータの素材に使えるかはまだまだ検討が必要である。


費用・利益の問題

前述のカーボンナノチューブの件でも触れたが、軌道エレベータは建設するだけでもとんでもない費用が必要となる。
もちろん建造した後の維持費や運用経費も莫大なものである。

現状ではその費用を回収できる見込みが無く、技術の進歩で諸々のコストが下がるのを期待するほかない。
単なる物の運搬手段ではなく宇宙への交通手段にするというアイデアも当然あるが、宇宙空間における居住エリアがもっと充実しなければ、多くの人が利用する交通手段にはなり得ない。
人類の生活圏が宇宙にまで広がっているSF作品はさておき、まだその域に至っていない現実世界で軌道エレベータを建設しても、その建造・運用コストに見合う成果を産み出せるのかはやや怪しいと言わざるを得ないだろう。

軌道エレベータが技術的に実現可能になったとしても、利益を生まないのであれば建造する意味がない。
つまり、費用の問題は言い換えると「そもそも何のために軌道エレベータをつくるのか」という存在理由そのものが問題になっているといえる。
慈善事業で軌道エレベータが造られるわけではないので、建造するからには莫大な建造費・維持費・運用費に見合う相応のリターンが求められるのだ。
カーボンナノチューブの登場で素材の問題がある程度前進した以上、実は最も大きい問題はここである。

もし軌道エレベータ建造と同じ労力・予算をかけて、より省エネで低コストなロケットを作る方が確実でしかも安く済む…という本末転倒な結論が出てしまえば、軌道エレベータを建てる理由など存在しない。
「エレベータにできて、ロケットにできない事」にどれだけ価値を見出せるかがキモだろう。
たとえばSF作品の様に宇宙空間でしか採掘できない有用な資源が見つかったり、あるいは人類の生活圏が宇宙にまで広がっているのであれば、地上と宇宙を低コストで往来する軌道エレベータは人類にとって極めて大きな利益を産み出す存在になり得る。


安全・防衛上の問題

軌道エレベータは、その巨大さに反比例する構造的な脆さと防衛の難しさがたびたび指摘されている。
これは軌道エレベータについての考察が進む中で危惧されるようになった新たな問題点であり、要するに「テロに非常に弱い」のだ。

昔のSF作品における軌道エレベータは、作中に登場する未知の金属等の新素材でできた堅牢な巨大建造物として描写されることが多かった。
しかし、科学的考察が進んだ結果、現在では「軌道エレベータの素材は思ったより柔らかいものになりそう」という見識が広まっている。
そうなると、戦闘機のミサイルならもちろんの事、下手すれば手持ちの爆薬一個の威力でも致命的な損傷になりかねない。
そして、そもそも建造物としてあまりにも大きすぎるため、その防衛は極めて困難である。

莫大なおカネが関与する建造物がそんな簡単に破壊できるのなら、テロリストが喜んで壊そうとするであろう。
また、テロだけでなくスペースデブリやシャトル、人工衛星等との衝突も考えられるため、そういった事故への対策も必須となる。
要するに、軌道エレベータはその恩恵に対して運用のリスクが大きすぎるのだ。


場所の問題

軌道エレベータはその性質上、地上側の施設の設置場所は赤道上が望ましい
これは、エレベータの先端が静止軌道(=赤道の上空)に存在するため。
赤道から離れた位置に建造するほど、エレベータに大きな負担がかかるため、赤道周辺で地上施設の建設場所を用意する必要がある。

赤道上に領土を持つ国はかなり少なく、いずれも発展途上国であるため、政治情勢も安定しておらずテロにさらされる危険性は高い。
第一、莫大な利益を生む可能性がある軌道エレベータを“特定の国の領土内に建設する”という行為自体がかなりリスキーである。*3

そうなると、軌道エレベータの妥当な設置場所は赤道に位置する公海上ということになるが、これもまた難しい。
公海はいかなる国の主権もおよばない特別な場所だが、それだけに様々な国の利害関係が絡む厄介なエリアでもある。
特定の国が得をしたり損をしたりする位置だと反対意見が出るだろうし、かといって全ての国々が納得する場所というものも存在しない。
よしんば、力のある国が強引に周囲を納得させて軌道エレベータ建設を始めたとして、それをよく思わない勢力が政治的・経済的な報復を行ったり、テロ行為に走るという可能性は十分に考えられる。
また、軌道エレベータほどの巨大建造物は他に例がないため想像の域を出ないが、環境への影響なども懸念されている。*4

政治や利権が絡む分、地上・海上のどちらに作るにしても検討すべき点が多い。
「設置場所をどこにするか?」という問題は、素材などの技術的な課題より遥かに解決の糸口が見えない難題と言える。




このように、フィクションではしばしば登場し、便利な面が強調される軌道エレベータだが、深く考えるほどかなり微妙な部類の機械だったりする。
良いんだよロマンがあれば!



フィクション作品における軌道エレベータ


上記のとおり、軌道エレベータは実現にむけての課題が多い。
そのため、フィクションに登場する軌道エレベータは作中世界に存在する新素材や未来技術によって課題を強引に解決するのが基本 。
建造や運用の課題に目をつむれば、“地上から宇宙へと天高く伸びる塔”という絵面は未来世界の演出に非常に効果的であり、SF作家にとって魅力的なアイテムなのだろう。
また、意外と面倒な地上⇔宇宙の移動手段・移動シーンを簡略化して描写できる利点もある。

「テロに弱い」等の問題点については、フィクションではそもそも描かれないことが多く、ことさら「手軽に地上と宇宙を行き来できる」という便利さのみにスポットライトが当てられがちである。
もちろん、作品によっては軌道エレベータのリスクやコスト等の問題点について言及・描写しているものもある。


軌道エレベータが登場する作品

作品名 ジャンル 発表年 補足
果しなき流れの果に 小説 1965年 小松左京の代表作のひとつ。
エレベータ自体は小道具的な扱いに留まるが、描写は正確。
軌道エレベータが登場するSF小説としては最古の部類。
楽園の泉 小説 1979年 アーサー・C・クラークの代表作のひとつ。
軌道エレベータモノの元祖にして最高峰。
星ぼしに架ける橋 小説 1979年 チャールズ・シェフィールドによる小説。
名前の類似しているエロゲとは無関係。
銀河英雄伝説 小説
アニメ
1988年 田中芳樹によるSF小説。
OVA版では惑星フェザーンに軌道エレベータが登場する。
トリニティ・ブラッド 小説 2001年 吉田直によるライトノベル。
南極点のピアピア動画 小説 2008年 野尻抱介による小説。著者はニコ厨としても有名。
ニコニコ動画・VOCALOID・宇宙開発を題材にした短編連作集。
アクセル・ワールド 小説 2009年 川原礫によるライトノベル。
軌道エレベータ『ヘルメス・コード』が登場。
∀ガンダム アニメ 1999年 軌道エレベータの遺構とみられるものや、
大型のロータベータ『ザックトレーガー』が登場。
機動戦士ガンダムSEED ASTRAYシリーズ 漫画
小説ほか
2002年 軌道エレベータ用の低軌道ステーション『アメノミハシラ』が登場。
ただし、頂点部分のみでエレベータ自体は建造されていない。
機動戦士ガンダム00 アニメ 2007年 タワー/天柱/ラ・トゥールという3つの軌道エレベータが登場。
世界観やストーリーにも大きく関わる重要な舞台装置。
当時の研究論文に基づいた綿密な描写や考察が特徴。
“軌道エレベータを扱う日本SF”の代表的な作品。
ガンダム Gのレコンギスタ アニメ 2014年 『キャピタル・タワー』という軌道エレベータが登場。
宗教的な事情も絡み、聖域として神聖視されている。
超時空世紀オーガス アニメ 1983年
トップをねらえ! アニメ 1988年
宇宙の騎士テッカマンブレード アニメ 1992年
勇者警察ジェイデッカー アニメ 1994年 エレベータ倒壊事故への対処を前後編で描く。
爆走兄弟レッツ&ゴー!!MAX 漫画
アニメ
1997年
交響詩篇エウレカセブン アニメ 2005年
劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE 特撮ドラマ 2006年 実写映画で軌道エレベータが登場した世界初の作品。
劇場版 とある魔術の禁書目録
エンデュミオンの奇蹟
アニメ 2013年 原作は鎌池和馬によるライトノベル。
軌道エレベータ『エンデュミオン』が登場。
SILENT MÖBIUS(サイレントメビウス) 漫画
アニメ
1988年 麻宮騎亜によるサイバーパンクな未来で戦う美少女達を描いた作品。
軌道エレベータ『スパイラス』が登場。
銃夢(ガンム) 漫画 1990年 木城ゆきとによるSF格闘漫画。
BIOMEGA(バイオメガ) 漫画 2004年 弐瓶勉によるSF漫画。
ARMORED CORE 2 ゲーム 2000年 火星の軌道エレベータ『ラプチャー』が登場。
内部は非常に広大かつ銃火器を用いた戦闘を行っても問題ないほど強固。
ただし、動力ブロックを破壊されると倒壊の危険がある。
ARMORED CORE 2 ANOTHER AGE ゲーム 2001年 地球の軌道エレベータ『ラプチャー00』が登場。
外部の形状は火星のラプチャーとほぼ同形状となっている。
ロックマンX8 -PARADISE LOST- ゲーム 2005年
ロックマン10 宇宙からの脅威!! ゲーム 2010年
ゼノサーガ エピソードIII ゲーム 2006年
ゼノブレイド2 ゲーム 2017年
FRONT MISSION SERIES GUN HAZARD ゲーム 1996年 FRONT MISSIONシリーズの外伝作品。
軌道エレベータ『アトラス』が登場。
スターオーシャン ブルースフィア ゲーム 2003年
F-ZERO GX ゲーム 2003年 軌道エレベータ『コスモターミナル』が登場。
作中屈指の長距離コースとなっている。
無限航路 ゲーム 2009年
メタルマックス3 ゲーム 2010年
ACE COMBAT 7 SKIES UNKNOWN ゲーム 2019年 国際軌道エレベータ『ISEV』が登場。
隕石災害からの復興を目的に建造されたが、新たな戦争の火種となる。
うさみみデリバリーズ!! アダルト 2003年 エロゲながら、SFの設定考察はけっこう真面目。
軌道エレベータに関する解説コーナーがある。(後述)
夜明け前より瑠璃色な アダルト 2005年 エロ要素のない全年齢版もある。


余談


類似の装置

軌道エレベータと機能・役割が類似する装置としては『マスドライバー』が存在する。
こちらは荷物を第一宇宙速度を超えた超スピードで地上から宇宙へぶん投げるだけという簡易的なもの。
軌道エレベータと違い地上→宇宙への運搬にしか使えない。


SF設定が凝ったエロゲ

2003年に発売されたアダルトゲームうさみみデリバリーズ!!』は、妙に力の入ったSF設定でマニアをうならせたことで知られる。
本作では、とある条件を満たすと入れる『べるの先生の青空授業「なぜなに軌道エレベーター」』というコーナーが存在しており、初心者でも解る程丁寧に軌道エレベータについて説明される。
下手しなくても「授業で使えるんじゃないか」と言われるほど分かりやすい。
2003年の作品であるが、科学技術が飛躍的に伸びている現在でも学べることが多く、色々凄い。




追記、修正は軌道エレベータの終点からお願いします。

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最終更新:2025年04月08日 12:25

*1 ケーブルタイプでの研究が主流である。

*2 宇宙ゴミとも呼ばれる。ロケットや人工衛星の打ち上げなどの際に軌道上に残ってしまった、不要な人工物のこと。将来的な宇宙開発の妨げになると言われている。

*3 アニメ『機動戦士ガンダム00』の序盤では、軌道エレベータの近辺に存在するため弱小国家が、その立場を利用し武力をちらつかせて大国相手に強気の交渉に出るというエピソードが描かれた。この駆け引きは主人公たちが乗るガンダムの存在も絡んだ政治劇となっているが、軌道エレベータの存在ひとつで国家間のパワーバランスが変わってしまう可能性を分かりやすく示している。

*4 地球の自転の速度を弱め、昼夜の時間に影響が出たりそれに伴って気温の変化が起きるのではないか、等の予測がある。