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大山のぶ代

登録日:2024/10/19 Sat 00:50:03
更新日:2026/07/14 Tue 10:32:27
所要時間:約 10 分で読めるよ。グフフ……




大山(おおやま)のぶ()日本の女優、声優、歌手、脚本家、エッセイスト。
本名:山下(やました)羨代(のぶよ)(旧姓:大山)
夫は初代体操のお兄さんの砂川啓介。


プロフィール

生年月日:1933年10月16日
没年月日:2024年9月29日
出身地:東京府東京市渋谷区伊達町(現:東京都渋谷区恵比寿)
血液型:O型
最終所属:アクターズセブン

来歴

四世代が同居する大家族の末っ子として誕生。
幼少期から少年のような掠れた声の持ち主だったらしく、これが原因で虐められることもあり、引っ込み思案の少女だった模様。
そんな羨代を見かねた母親から「声を出すような部活に入りなさい。」と言われたこともあり紆余曲折を経て演劇部に入部した。
高校では演劇部と水泳部を掛け持ちしていたが、母の体調が芳しくなく入院したことにより部活は両方とも退部することになる。
高校2年生の頃に母を子宮癌により亡くしたことで、手に職をつけないといけないという思いを一層強くし、彼女は演劇の道に進む決意を固める。
だが、父親からは猛反対されたようで父から「役者になるなら家を出ろ!」と、
半ば勘当のような形で家を追い出されたことにより一人暮らしを始めるのであった。

実家を追い出された後は俳優座養成所第7期生として入所する。
前述の通り父とは勘当状態であったが、兄弟との関係は良好で兄からは仕送りをしてもらうなど兄弟たちは影ながら羨代を支えていた。
しかし、兄からの仕送りだけでは生計を建てるのは困難で、彼女も様々なパートタイムジョブを経験するなどこの頃は大分苦労していた模様である。

1956年にNHKのドラマ『この瞳』でデビューしたことをきっかけに女優としても頭角を現していき、徐々に出演するドラマやバラエティ番組も増えていった。
この頃になると彼女の特徴的な声を高く評価する者も多く「大山の声は少年役向き」と勧められたことで声優としての活動も本格的にスタートさせることになる。

1960年のNHKの人形劇『ブーフーウー』が羨代にとって声優としての出世作になり、1965年のテレビアニメ『ハッスルパンチ』のパンチ役でアニメ声優としてのデビューを飾る。
以降、『サザエさん』、『巨人の星』、『妖怪人間ベム』、『ハクション大魔王』、『ハリスの旋風』、『のらくろ』、『無敵超人ザンボット3』など、様々なアニメの主要人物の声を担当するようになる。
また、声優以外にも時代劇やトークショーの料理コーナー、刑事ドラマ『太陽にほえろ!』の脚本など、芸人として各方面で活動していた。

舞台での共演をきっかけに俳優であり初代「たいそうのおにいさん」でもあった砂川啓介と1964年に結婚。なお、同時期に『おかあさんといっしょ』に出演しているが、担当コーナーが全く違った上、片や吹き替え収録、片やスタジオ撮影だったため、出演当時は一度も会ったことがなかったとのこと。

そして、1979年に彼女の代名詞とも言える3代目ドラえもん役に就任。
あまりのハマり役となり、他の作品に声を当てるのは難しくなったと判断し、以降声優業は2005年の勇退までドラえもん一本に絞って活動した。

2001年に重度の直腸癌が判明し、退院後にドラえもん役の降板を表明。
流石に唐突過ぎてすぐとは行かなかったものの、最終的には全声優陣とスタッフを一新する番組リニューアルが決定。
2005年3月18日をもって正式に降板した。

ドラえもん降板後も音響芸術専門学校の校長に就任し、後任の育成にあたる等精力的に活動していたが、この時期に脳梗塞により緊急入院を余儀なくされ、闘病生活を送ることに。
その後、必死のリハビリテーションや自宅療養の甲斐もあり体調を回復させ活動を再開することになる。

2010年にはドラえもん降板以降初の主要人物役であるゲーム『ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生』のモノクマ役を演じ、2013年には『ダンガンロンパ』がアニメ化されたことで、ドラえもん以来となるアニメ主要人物の声優を演じた。

2015年までは以前のような大きな活動はできなくなったものの『徹子の部屋』にも出演するなど健在ぶりを見せていたが、
2016年以降は認知症が進行したことで老人ホームに入所し、2017年には夫である砂川が他界。
以降は芸能界から事実上の引退状態となり、認知症は進行していたものの、老人ホームにて他の入所者との交流を楽しむなど静かな余生を送っていた。

2024年9月29日、老衰により死去した。90歳没。

死去を受けてテレビ朝日は、同年10月12日の『ドラえもん』の後半で第2作第1期の名場面集を流す追悼企画を放送*1。また、ドラえもん公式YouTubeでも第2作第1期の初回作品である『ゆめの町ノビタランド』が期間限定で配信された。

特色

  • かなり個性的で独特な濁声と形容すべき特徴的な声質の持ち主。特に1979年4月2日から2005年3月18日までに放送された、俗に言う『大山版ドラえもん』を見て育った世代ならば「ドラえもんの声」と言えばそれだけで通じてしまうほどだが、前述の通りかつてはこの声に対して悩んでいた時期もあったそうで、幼少の頃は周囲に虐められることも屡々だったという。
  • 声優として演じる役柄は代名詞であるドラえもんの他はほぼ少年役などが主流であり、女性役を演じることは非常に稀だった。アニメ版『あべこべ惑星』での性別反転したドラえもんなどは例外である。また、あまりにも特徴的で存在感があり過ぎる声のため、ドラえもん役として著名になってからはガヤ*2などがほぼ出来なくなったとか。
  • 未来の子守用ロボットならば汚い言葉遣いはしないはず。」と考え、やや過激で乱暴だった原作の台詞を演出家と相談して変更するなど、並々ならぬ拘りと熱意を持ってドラえもん役に臨んでいた。だが、当初は自分の演技がファンの考えるドラえもんのイメージと合致しているのか不安で仕方がなかったという。そんな時、試写会にやってきた作者の藤子・F・不二雄に「あれで合ってますか?」と尋ねたところ、「ドラえもんはああいう声をしていたんですねぇ。」と言われ、嬉しかったと後年繰り返し語っている。
  • テレビのバラエティ番組などに出演した際は物腰柔らかな態度と笑顔を見せることも多かった反面、役者の仕事においては妥協を許さずにかなり厳格な姿勢で臨んでいた事でも知られる。特に新人への指導や教育などに関しては相当に厳しかったらしく、泣かされた者もいる程だったとか。ただし、ただ怒鳴りつけるのではなく、新人には具体的に何処が悪いかをきちんと指摘して改善するように促していた他、自身の癌が発覚して入院した際も病室に機材を持ち込んで収録を行うほど仕事に関して手を抜かない性分だったため、自他共に厳しかったと言える。また、それだけ全力で取り組んでいた声優業へ所謂話題性だけを目的にした芸人が起用されることも好まなかったという。

私生活などのエピソード

  • 夫の砂川とは羨代が31歳時の1964年に結婚。2人とも子供好きだった故に実子を望んでいたが、結婚一年後に宿った長男は妊娠7ヶ月後に死産。羨代が38歳の時に第2子となる長女が生まれるが、未熟児での誕生だった上に僅か3ヶ月後に亡くなってしまう。さらに、今後の妊娠は母体に危険であると医師から告げられてしまう。羨代は妻としての負い目もあって一時期は砂川の浮気を黙認するまでなるも、第一子の死産に加えて、初代磯野カツオ役を降板してまでもやっとの思いで授かった2人目の子供まで夭逝したことは『人生最大の悲劇』と言っても過言ではないほどに大きなトラウマとなっており、次第に追い詰められていく彼女を見た砂川もやがて夫婦2人の生活を決めたという。自伝などでは「子供に自分のガラガラ声が遺伝していじめられたらかわいそうだ」という葛藤があったとする一方で、夫の砂川の著書では「(大山が)2度の不幸から、『また同じことが繰り返されるのではないか』という葛藤やトラウマからセックスレスとなってしまった」と明かされた。砂川は2017年7月11日に80歳で死去したが、生前には「ペコを残して逝きたくない。最期を看取ってやりたい。」と語っていたが、その望みが叶うことはなかった。
  • ゲーム『第4次スーパーロボット大戦S』発売時には声を務めた神勝平が登場する『ザンボット3』が参戦する事で出演のオファーがかけられたが、理由を説明した上で辞退している。プロデューサーを長年務めた寺田貴信曰く「理由には納得できたし勝平に対する思い入れの深さも伺うことが出来た。」とのこと。理由は貴信の意向もあり非公開だが、一説にはドラえもん役に専念するためとされている。これ以降、スーパーロボット大戦シリーズでは坂本千夏が勝平役を演じている。
  • かつてはヘビースモーカーであったが、脳梗塞で倒れて以降は禁煙することになった。その後、認知症を発症してからはタバコ自体に興味を示さなくなった模様。
  • 『ドラえもん』のキャスト陣とは仲が良く、特に2代目のび太役の小原乃梨子と2代目しずか役の野村道子とは「親友」と公言していた仲。小原とは吹き替えの際に一番離れた場所で収録していた故に、一部週刊誌で不仲説も囁かれていたが「ドラえもんとのび太の会話が多いので音声が混成しないようにするため」そして「ヘビースモーカーの大山がタバコ嫌いの小原に配慮したため」というのが真相。
  • 声優業を途中から『ドラえもん』に絞った事もあり、戸田恵子とはアニメでの共演経験が皆無で、面識自体もプライベートで一回・ドラマ撮影で一回(ただし、役としての絡みは無し)だけだったという。ちなみに、その貴重な同時出演作品となった2007年のドラマ『探偵 左文字進11「完璧な犯罪」』の主演の水谷豊とは彼の子役時代から面識があり、彼が主演の『熱中時代』にも生徒の母役でゲスト出演した縁があった。
  • 上記のようにドラえもん役に対しては強い思い入れを見せていた一方でパロディには寛容な姿勢を見せていたようで、降板後には自らパロディキャラを演じることもあった。また、後述の『トリビアの泉』出演時にはアルカノイドの用語や筐体へ投入する100円玉を秘密道具を取り出す時のような口調で紹介するなど「ドラえもん」のナレーションも行っており、スプラッター映画『武器人間』の予告編ナレーションをドラえもん風の口調で行った事もあった*3。 

趣味

  • 無類の麻雀好きで、美空ひばりとも麻雀友達だった。きっかけは、羨代が二度の流産により苦しんでいることを気遣った仲間達が毎日執拗に麻雀に誘っていたことだった。親交が深く実弟のように可愛がっていた水谷豊、おりも政夫とは毎日のように麻雀をしていたと本人が語ったことがある。
  • 優れた味覚・嗅覚を有しており、水を一口飲めば産地などが即座に分かるなど、専門家の領域だった模様。そのため、水の研究家としても名の通った存在であり、旧厚生省の「おいしい水研究会」や旧国土庁やの「水を語る女性の会」の委員も務めていた。
  • 料理に関してはプロフェッショナルの腕前で、前述のようにテレビの料理コーナーを担当し、料理関係の著書を数多く出版していた。
  • アルカノイド』は嘗て所持していた別荘に筐体を置くほど気に入っていた。とある待ち時間にアーケードゲーム屋で暇潰しとしてアルカノイドをプレイしたのがきっかけでアルカノイドにハマり、仕事で地方に行く際にはその地方のアーケードゲーム屋に立ち寄り必ずアルカノイドをプレーする程であった。この事はフジテレビ系列のバラエティ番組『トリビアの泉 ~素晴らしきムダ知識~』にも紹介された。また『とんねるずのみなさんのおかげでした』で芸人の意外な趣味の腕前を披露してもらう『ムダ・ベストテン』という企画で羨代も出演してプレイしたが、収録が終わってもまだ続けており、とんねるずやスタッフが「大山さん終わりましたよ!」と声をかけてもプレイに熱中していたという逸話もある。尤も、本人曰く「アルカノイド以外のゲームは出来ない。」らしい。ちなみに、この筐体は2026年現在も東京・高田馬場のゲーセン「ナツゲーミカド」に設置されており、誰でも料金さえ払えばプレイが可能である。

主な出演作品

アニメ・ドラマ

映画

  • アル・ハック(アリババと40匹の盗賊)
  • 鷹のサターン(秘密結社鷹の爪GO 美しきエリエール消臭プラス)

人形劇(おかあさんといっしょ)

  • ブー(ブーフーウー)
  • ゴンタくん(ダットくん)
  • かんねんぼう(とんちんこぼうず)
  • ブッチー(とんでけブッチー)
  • ブル子さん(ミューミューニャーニャー)

その他





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最終更新:2026年07月14日 10:32

*1 これは、2024年7月12日に亡くなった小原乃梨子を偲ぶ際にも同じ企画が用いられ、2026年3月6日に亡くなった芝山努を偲ぶ際には、エンディングを『ドラえもんのうた』に差し替え、第2作第1期の映画のダイジェストを放送した。

*2 その場で大勢の人が話し込んでいる環境音的な音声のこと。

*3 なお、このネタの延長ということなのか、同作の吹き替え版でも大半の人物に歴代の『ドラえもん』レギュラーキャストが登用されている。