「これは……」
居留地に押し寄せる人の大軍を前に俺はただ単に感嘆していた。
敵ではないことは彼らの容姿から簡単に分かった。銀髪や茶髪の頭髪に、蒼から淡褐色の瞳。多くは農民や職人だが、前の方には何人か正装で着飾った高貴そうな民も居る。
彼らは――間違いなく
ゼマフェロスの民だ。理不尽な支配から自立することを望む、立派な「国民」だ。
「今回は雑に進めたから、もっと時間が掛かると思ったけど。どうも鬱憤はちゃんと溜まってたみたいだね」
「そうだ、
ラムノイ。俺たちは自分たちの欲望を偽って、自由から逃げ続けることは出来ない。いつか、隷属から抜け出す日を願って、過ごしてきたんだ」
「そうだね」
静かに返事をした彼女の横顔は「かくあれかし」という意味を言外に伝えていた。心のなかで盛り上がる興奮は未来を見据えている。
しかしまだ戦いは始まったばかり、これからが本番だ。
ややあって彼女はその場を去っていった。
レーシュネとの調整や
アレシャらとの同行など仕事は沢山あるらしい。
一人になった俺は、熱気から一つ外れたような感じがしていた。そんなところで背後から声が掛かった。
「
スローヴェ様」
「フェルティエ女史、何故ここに?」
「何故もどうしてもございません。傍観しているだけでは何にもなりません」
純白のフラニザの袖を振って、彼女はこちらに手を伸べた。
俺はおずおずとその手を取る。相当の星霜を過ごしてきたであろう人物であるはずが、その手は極上のシルクのような感触だった。
「貴方様自身で、
革命軍の結成と蹶起を促すのです。私はそのために来たのですから」
ニコリと笑うその表情、それ自体は気品ある老女の微笑みとして取れるだろう。だが、俺は実際にそれを目の前にしてゾッとしたものを一瞬感じた。何か奥底に秘めたものが、切っ先が喉元に突きつけられているような感覚。
そんなものを感じていながらも彼女の手を振りほどけなかったのは、説明できない自分を信じきれていなかったからだろうか。
「それでは、狙い撃ちの専門訓練に入る」
森林柄にも見える奇妙で地味な服を身に着けた男が意味不明な言葉を述べた後、その横に居たこれまた奇妙で動きづらそうな服の人間がゼマフェロスの言葉で言い直しているようだった。
ここは、「革命軍」の訓練場だ。連邦の人間が教師となって、空の上から持ってきた強力な武器について教育を受けている。ここでは基本的な銃の使い方を覚えた者たちが、発展的な教育を受けるために集まっていた。
教官は狙撃銃について様々な情報を述べていく。
これから用いるのは
HAF-04 ラフェールという名前の銃であること、その銃は知られない距離から敵を打ち倒す事ができること、しかし、敵に位置が知られれば命はないこと。
一連の教習が終わると、実銃訓練に入った。教官は研修生たちを睥睨していたが、そのうちから一人の青年を選びだした。
「そこの茶髪の君、最初の訓練射手として銃を持て」
「はい」
茶色の揃えられた髪に水色の瞳、バランスの良い顔立ちはそれだけで良家の出身を感じさせる。そんな青年は狙撃銃を受け取り、射撃レンジに身体を伏せた。
教官は横で見守っていた別の連邦人を呼んで、彼の横に行かせた。幾度かの説明を受けた後、青年は銃を構えた。彼の横の連邦人は不思議な道具を覗きながら、彼の目指す先に顔を向けていた。
「射撃開始」
教官がそういった途端、青年は止まらぬ勢いで銃器を操作した。目標であろう木の板に何発もの弾丸が食い込む。排莢、トリガー、排莢、トリガー。その繰り返し。
教官は慌てて、何かを喚く。横に居た連邦人は道具を覗いたまま動かなかった。
『貴様、上官の命令に背くとは軍規違反だ。トリガーの後ろに指でも突っ込んで止めさせれば――』
『しかし、伍長……全弾が……』
『あ? 何だ、はっきり言え』
青年の横に居た連邦人は再び道具を覗き込み、何かを確認した様子だった。
『全弾命中です』
教官はその報告を受けると絶句した。確かに実弾訓練の際にトリガーハッピーになる兵士も居る。それを阻止するために教官が居るものだ。しかし、全弾命中ときた。
「これ以前に銃器を扱ったことが?」
「いえ、これが始めてですが……」
教官、連邦人、周りにいる研修生はそれを聞いて慄いた。
そう、彼こそが後にスローヴェ独立戦争で恐れられた
タールツァ・アーネ、最強の狙撃手となる男なのであった。