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前話:第三話


#4 南の空


――ユエスレオネ連邦、リーネ・ヴェ・キーネ

 ユエスレオネ連邦軍総司令官という職業は、名前こそ仰々しいが、閑職か、閑職じゃないのかと問われれば答えに窮する。デュイン・アレス独立戦争以降、大きな争いや紛争は起こっていない。親善訪問はXelkenが些細な問題を起こすのは、まあいつものことだ。あたし、アレス・フレンテャ・シャルは、そんなことをぼおっと考えながら執務室に腰をかけていた。近々休みを取って久しぶりにレリーユを引き回して遊ぼうか、などと考えていると、唐突にノックの音がした。返事を待たずに飛び込んできたのは若い士官で、敬礼の手が震えていた。

「し、失礼いたします!総司令官閣下、緊急のご報告が……」
「ちょ、ちょっと、ノックの後、返事を待ってから……」
「先の襲撃事件で強奪された機体、T-8197について、続報です」

 T-8197。最近の悩みの種だ。追撃に上がった僚機をかわし、対空砲火に被弾しながら、そのまま管制の呼びかけを振り切って消えた機体。墜落の証拠はついぞ見つからず、洋上で墜落したものと考えられているが、あたしはどこか引っかかりが拭えなかった。

「洋上に堕ちたんじゃなかったの」
「それが…… 長距離追跡記録の解析がようやく完了いたしまして。最終発信位置は洋上、はるか南です。我々の知る海図に載っていない、その…… かなり大きな、島、と言いますか」
「大きな、島?」
「はい、その…… 大陸規模かと……」

●   ●   ●

「なぜ今までわからなかった!」
 総司令部の幕僚が顔を揃えた会議室のドアが開け放たれ、怒号が耳に飛び込んできた。私を見て思い出したかのように短い敬礼をしたのは、連邦地上管制軍司令官、アレス・プレイユ。連邦軍の中でもとりわけ声の大きい男だ。

「な、何しろ地上のことですから、解析に時間を要しまして……」
「かかりすぎだと言っている!貴様の怠慢で連邦の防空に問題でもあったら、どう責任を取るつもりだ!」
「アプレ、報告者を怒鳴っても仕方ないよ」

 あたしが上座につくと、プレイユは不満げに鼻を鳴らして腰を下ろした。

「全員揃ったことだから、報告を続けてよ」
「は、はい。追跡記録によれば、T-8197は消息を絶った後も断続的に飛行を継続し、南方洋上の陸地と思われるものに到達した後、信号が途絶しています。墜落か着陸かは不明です。その陸地は我々の観測記録に存在しませんが、海岸線の推定だけでも、かなりの規模になるかと」
「……そんなものが、今まで誰にも知られずに?」
「南の海は、悪天候と不安定な海流に囲まれておりまして……」

 未知の大陸。サルシュナースの時代なら胸の踊る響きかもしれないが、あたしの胸中には言うに言われぬ引っかかりがあった。

「報告書を戻して。T-8197は、スニーオーヴァルから盗まれたんだったよね」
「数ヶ月前、xelkenの過激派による襲撃を受けた際に――」
「他に何が盗られたんだっけ?」
「は、はい。弾薬、燃料、それと保管庫の技術資料が数点、NZWPの設計図を含みます」

 技術開発本部司令官が苦虫を噛み潰したような顔をした。NZWP。ウェールフープを利用した戦略兵器で、大厄災の戦争で使用され、大陸を焦土にした恐るべき兵器だ。しかし製造には大規模な施設と、資材と、人材が不可欠だ。デュイン戦争が終結した今、連邦の監視を逃れながら製造に踏み切るのは、さしものxelkenであってもあまりに現実的ではないとして、「当面の実害はない」と事実上棚上げにされてきた。あたしも、その結論に異は唱えなかった。しかし、連邦の監視の中であれば、だ。

「設計図が盗み出されたことは腹立たしいが、そのことは決着しただろう。目下考えるべきは……」
「いや、これは…… まずいかもね」

 会議室が静まり返った。全員の目線が集中する。

「xelken過激派はスニーオーヴァル空軍基地を襲撃し、戦闘機と、新型NZWPの設計図を手に入れた。そして強奪された機体は追撃を免れ、南の未知の大陸に到達した。その大陸のことを、あたしたちは何も知らないんだよね」

 特別工作隊司令官の血の気が引くのが見えた。

「xelkenが新しい大地を見つけて占領し、自らの活動基盤としたうえで連邦と対立する。デュイン戦争と同じ構図だよね」

 いくつかの沈黙があり、それから堰を切ったように会議室が騒がしくなった。偵察機を出せ、航続距離が、艦隊は、予算は、管轄は――。怒号が飛び交う中でも、プレイユは早くも臨席の士官を呼び寄せ、何やら矢継ぎ早に指示していた。仕事は早い男なのだ。あたしは一呼吸置き、大きな声で言った。

「静粛に!本件は本日この時刻をもって最高機密に指定。口外は禁止。偵察計画の立案に着手せよ。官邸府への報告は、あたしが自分で書くから」

 指示を飛ばしながら、あたしは35年前のことを考えていた。皮肉にも、あのときはあれだけ目の敵にしていたシュカジューがいなければ、連邦は敗北していたのだ。ほかでもない、私の未熟さのせいで。新たなシュカジューがいなくても、サニス条約がなくても、連邦はxelken過激派に勝利しなくてはいけない。これは、神があたしに賭けた宿命に対する決意に他ならないのだ。



続き:第五話
最終更新:2026年08月16日 17:50