「どありゃあああああああ!!!」

「押せ押せえ!生身の虎に鉄のティーガーが負けるか!」

「車長!装甲がひしゃげますって!」

「ポルシェ大尉に怒られるー!!」


熱砂の上で午前の訓練を終えた兵士達が熱狂する。
砂上を席巻するのは一輌の虎。アフリカ三頭目の虎にして極初期生産戦車型ティーガーⅠ。
そしてそれを正面から押し上げ、車体を半分ほど浮かせる男。
この男こそアフリカ二頭目の虎、俺。通称“虎”である。

声援に熱が籠るのも当然。その所為か太陽も気持ち強めの光を砂に突き射していた。


補給班「補給は以上になります―――指令殿!どっちが優勢ですか!?」

指令「トラトラトラ!俺少尉だ!!」

ポルシェ「もっと呪力を増やすべきだったかしら?」

シュミット「戦車型だからどうにも…まあ、突破力よりも砲の破壊力だと思うんだがなあ」

加東「実戦配備はいいわよ……なんで俺と比べてるの!」


どっちが強いか気になったから。そんな至極簡単な理由に加東は日除けの下で溜息をついた。
気温は40度を超え、日陰でも容赦の無い熱が襲い来る。
再び暑さの帰ったアフリカは炎熱の如く熱かった。

前日まで若干暗かった空気は一新。むせ返る程に帰った熱気は頼もしいがうっとおしい。

来たる一週間後に向けて発令されたのは『午前は各自訓練、午後からは自由』のみ。
そして何故か補給がどっさり来た。このティーガーも今朝届いたものである。


俺「オラオラオラァ!!てめえの虎はこんなモンかァ!?」

車長「ふおおお!!エンジン全開!!」

操縦手「壊れます!絶対壊れますよ!!」

無線手「ぱふぱふは受けたいけどバキバキはいやぁあああ!!!」

俺「――ハートが足りねえ。出直してこい」


太陽よりも明るい金の炎をその身に侍らせ、ティーガーⅠを後方に押し飛ばす。
ぶるりと一つ震えた後、虎は楽しげに拳を合わせて天に吼え猛る。
始めて聞いた新兵達は肩をすくめ、慣れている兵士達は同調するように雄叫びを上げた。


ポルシェ「アルファロメオの犬め……」

加東「犬よか虎よ」

俺「チャオ、フレデリカ。あの虎はなかなか強いんじゃねえか?」

シュミット「お疲れ俺君。ポルシェの車なんてどうだい?」


性能の良さ、安定性ともに世界一だ。俺に酒瓶を渡しながらシュミットが笑う。
その言葉に俺は卓上の報告書へ適当に書き付けていた手を止め、酒瓶を傾ける。


俺「俺はアルファロメオって決めてんだ」

ポルシェ「あの馬面の弟子が…アウトウニオンに来なさいよ」

俺「レースはヤメさ。楽しかったがな」

ポルシェ「散々辛酸を舐めさせておいて良く言うわ。地を這うのが虎でしょう?」


ペンを回してポルシェは睨む。
散々レースを引っ掻き回して来た馬鹿師弟。その弟子がロマーニャ空軍のパイロットだとは夢にも思わなかった。
しかもそいつはウィッチと来た。虎が空を飛ぶなんて滑稽じゃないか。

そんな気持ちを汲んだか汲まずか、俺は高く澄み切った空を仰いだ。


俺「俺はな、空が好きなんだよ」

ポルシェ「……そ、なら仕方ない」


しっしと俺を払い、ポルシェは報告書に目を通す。いつも通り的確な報告に軽く苛立つが抑え、修正点を書きあげる。
そんなポルシェに口元をゆるめ、俺は日除けの外に身をさらした。


加東「私にはさっぱり」

シュミット「はっはっは、そんなものですよ」

俺「よしカトー、そろそろ次の拠点行こうぜ!」

加東「補給班はもう行ったの?」


加東は団扇で熱風をかき混ぜながら、虎耳をぴこぴこ動かす俺に目をすべらせる。
親指で指す先を見ると、補給班はまだ兵士達と談笑していた。


俺「そろそろマイルズ達が来る。昼も食ってねえだろ?」

ポルシェ「みんな一緒よ。地形図は寄こしなさい」


俺のポケットから地図を抜き取り、ばさりと卓に広げる。
この辺一帯だけの地図にはびっしりと窪みや障害物が書かれ、僅かな傾斜すらも書き込まれている。


加東「これをマイルズ達のと合わせれば……取り合えずアラム・ハルファ周りは完成ね」

シュミット「これで戦車と陸戦ウィッチが自由に走り回れる。打つべき手はすべて打たなければ」

俺「まあな。設営に道でも作らせるか?」

ポルシェ「んー…将軍に任せるわ。私達も整備と調整に行かなきゃいけないし」

加東「私達は補給班の護衛と地形図があるし……はぁ、休みが欲しいわ」

俺「オラ、さっさと行こうぜ。終わったら水浴びが待ってんだからよ!」


そう言って加東の肩をばしばし叩く。そんな俺を加東は丸めた地図で迎え撃つ。
いつもと変わらない光景に、ポルシェ達が溜息をつく。その時だった。


「――少尉…覚悟!!」


銃床が俺の頭を狙う。
堅いそれがぶつかるよりも速く、俺はとんとステップを踏むように避け、蹴り飛ばす。


加東「…今日に入って258人目。よく堂々と歩けるわね」

俺「ハッハー!こうでなきゃあ面白くねえ!」


マントを翻し、瞬時に眼を滑らせる。
即座に潜んだ兵まで感知すると、俺はニイっと牙を剥いた。


将校「戯言も今のうちよ!総員、かかれぇ!!」

兵士『イエッサァアアア!!!』


飛び出て来た将校に続いて、次々と兵士が襲い来る。
だが誰も気にしない。ポルシェもシュミットも普通に作業を続け、
加東はまた団扇で扇ぎ、声援を送る兵士達と共に、流れるように闘う俺を眺める。


兵士a「ちぃっ、これで!」

俺「甘ァい!!」

兵士b「おのれ虎――がふっ!?」


勇んで来た兵を投げ飛ばす。巻き込まれて5人が倒れる。
燦々たる戦況に息を飲んだ将校まで一気に駆け、アイアンクローをかました。


将校a「痛い痛い!ギブ!俺達の負け!!」

俺「おうおう、これで終わりか?」

将校a「おのれぇ―――おい俺!正直に言えよ!」


頬についた砂も払わず、将校が噛み付く勢いで俺に迫る。
本日258回、全ての理由である問に、のびていた兵達が息を吹き返す。


将校「マルセイユ中尉が好きなんだろ!」

兵士c「うぐぅ…そうですよ少尉、ハッキリ言って下さい!」

兵士b「軍医の先生に聞いたぞ!中尉可愛かった!」


がなりながら再び攻撃を仕掛ける兵を軽くいなし、俺は頭の後ろを無造作に搔く。
今にも噛みつきそうな兵士達の表情に、俺の表情は困惑、疑問と浮かび、最後には余裕そうな笑みが残った。


俺「恋はな、燃え上がるもんだ」

将校「………?」

俺「ガキ共、少しだけ教えてやる」


低く、それでいて良く通る声に兵士は動きを止める。
何時に無く男は真剣に、ニイッと牙を覗かせ、口を開いた。


俺「恋なんざ何時でもできる」

将校「何を――――」


俺「ハンナに惚れた。それだけだ」


将校の肩を叩き、加東の待つキャーベルへと歩く。
キューベルが発進するまでを茫然と見送り、お互いに顔を見合わせた。


マイルズ「…まったく、ロマーニャ人はロマンチストね」

車長「多くを語るは男にあらず。背中で語るが真の男ってとこですかね?」


溜息をつきながら呆れるマイルズに
車長はからからと笑い、サンドウィッチをほおばる。


兵士e「カッコいいですね……」

兵士n「馬鹿野郎、ああいうのをジゴロっていうんだよ」

兵士b「でもさ、憧れるよなぁ」

マイルズ「はいはいそこまで。射表は完成よ。あとはあなた達が頑張りなさい」


細かく区切りの書き込まれた地図を将校に渡す。
連絡帳もついでに渡し、マイルズがサンドウィッチに手を伸ばす。


車長「この区画はこれで終わりですね」

将校「今後はどうするのです?」

マイルズ「次は隣ね。あなた達の覚える範囲はそこまで。でも補える所は―――」

司令「ご安心ください。女の子達が頑張っているのを、黙って見ている我々ではありません」


胸を張って指令がマイルズの肩に手をやる。
自信に満ちた兵士達に、マイルズは小さく笑った。


マイルズ「頼もしい限りです。それでは、私はこれで」

司令「お気をつけて。諸君、敬礼!」





キューベルのクーヘンで砂漠を駆ける。
遮蔽物を書き込む手を止め、加東は隣でハンドルを操る男に目をやった。


加東「虎が随分大人しくなったものね」


呟かれた加東の声に、俺がきょとんと視線を移す。
前を見ない危険極まりない運転だが、加東は気にも留めない。


俺「ロマーニャ人の人生は少しばかり複雑なのさ」

加東「馬鹿ばっかりって事?」

俺「ハッハッハ!ああ、そうかもなァ!」

加東「……いなくなったらどうするのよ」


補給班の車両を眼の端に、俺の顔を盗み見る。
まだこちらを見ていた瞳に吸い込まれそうになる。俺はあせりも無く笑った。


俺「笑うなら笑え。俺は幸せだ」

加東「笑えないわよ。あなた、そんな恋も出来たのね」

俺「ハッ、ありがとよ」

加東「馬鹿ね、けなしてるのよ」







「俺、起きろ!」

俺「うぐぅうう……何だァ?もう調査か」

「何寝ぼけてるんだ。まだ午前だぞ?」

俺「ハンナがキスしてくれたら起きる」

マルセイユ「馬鹿か」

俺「銃はしまえ。冗談だ」


背中に突きつけられた銃を片手で制し、
木箱に登ってハンモックに腰かけていたマルセイユの髪を手で梳く。


俺「ご用件は?」

マルセイユ「遊ぶぞ、俺」


ベルトから懐中時計を取りだし、俺の前にちらつかせる。午前11:36
俺は傍のワインを飲みながら今日の予定を反芻する。


俺「補給の手伝いと戦地調査か……少しだけだぜ?」

マルセイユ「お前が勝てればすぐに終わるんだ」

俺「ハッハ、生憎俺は喰い殺すより飼い殺す方が好きでね」


ハンモックから飛び降り、マルセイユに手を差し出す。
熱風に揺れる亜麻色の隙間から、ラピスラズリが涼やかに笑った。


マルセイユ「喰えるものなら喰ってみろ。私はここだ」

俺「虎が鷲に敵わねえとでも?腹ァ括って飛べよ、嬢ちゃん」

マルセイユ「ふふん、望むところだ」







稲垣「あれ?もう飛んじゃったんですか」

加東「ええ、来たと思ったらもう空よ」


稲垣の持ってきたお昼を食べながら空を見る。
先程から熾烈なドッグファイトが繰り広げられる空。
訓練の終わった兵士達と整備班とで、格納庫では昼食を食べながらの観戦が始まっていた。


マイルズ「遊べるのは今の内だからって」

加東「でもこれで三日連続よ?元気ね…」

整備班長「こんな油臭い所でご飯ですかい?」

加東「自分の城を悪く言うことは無いわよ?」

整備班長「光るもの全てが、金とは限りませんからね」


加東達のテーブルに緑茶やら紅茶やらを置き、整備班長も食べ始める。
焼けるほどの日射は防げているものの、格納庫の隅は暑かった。
時折聞こえる機銃のタタ、タタタという音と、小さく光る赤色が空の模様を伝えてくれる。


シャーロット「ねえマミ、あれなに?」

稲垣「あれは……捻り込みかな?あ、次はロールだよ」

整備兵6「また一段とミスが減ってますね…」

ペットゲン「あはは……さすがに付いて行けないかも」

加東「あの二人は別格よ」


少ししょんぼりと肩を落としたライーサを撫で、再び空を仰ぐ。
上から狙えばその真下に、側面から叩こうと旋回すれば急旋回と横辷りに翻弄される。
魔法障壁の有無も知らぬとばかりに、俺は悠々とマルセイユから右へと逃げる。


加東「ただのエースが100人いたって勝てっこないわ」

シャーロット「そうなの?」

稲垣「うん、私じゃ一発も当たらないよ。全部見えてるみたいに避けられちゃう」


滑翔する様にマルセイユが俺を狙う。
留まること無く動く機動を読み、射線に入れるが、俺はすっと横にずれる。

獣の狩りを思わせる二人に目を奪われる。
彼等は決して深追いをしない。ただただ一瞬を狙い、その一瞬の為に観察を続ける。
弱った瞬間、迷った一瞬、筋肉のしなる瞬間、僅かな動き。
見抜き見抜かれ、何百手先まで読んでいるであろうその機動


ライーサ「空で頂点に立てる者は唯一人ってね」







パットン「随分飛ぶな…訓練は終わりだぞ?」

モンティ「また遊んでるんだろう。ほら、また正面から行った」

パットン「あんの馬鹿虎がァ!儂のエンジェルちゃんが危ないだろうが!!」

モンティ「ティー位静かに飲まんか。一騎打ちで無ければ弾が当たらんとはな……」

パットン「はしゃぎ過ぎだ」


喰らいつくように、パットンが窓から双眼鏡で二人を眺める。
ちょうどマガジンが切れたようで、俺が風防から新しいものを投げていた。


無線士1「ナイスおしりロード。今日も絶好調ですね」

パットン「ああ、まったくだ」

従兵「将軍ずるいですよ。あ、本部より入電です」

パットン「うむ、繋げ」


従兵に双眼鏡と労いの言葉をかけ、通信機の方へと歩く。
通信機を取ろうとした手は、モントゴメリーの手によって空をつかんだ。


モンティ「やってくれたじゃないか。ロンメル」

≪当然だろう。まったく、本部がどれだけここを希望的に見ている事か≫


この北アフリカ戦線の特徴の一つとして、やたらウィッチが少ないのが上げられる。
しかしそんな中でもこのアフリカ軍団は世界で唯一全戦全勝を上げ、士気の高さも世界一。

現在本部は総力を上げて間近に迫った東部戦線での
大規模奪還作戦”オペレーション・ウラヌス”へと補給を集めていた。

極寒、そして激戦の予想されるスターリングラードと世界の果ての防衛戦。
補給の配分には抗えない。だが、ロンメルはそこで諦める男ではなかった。


≪限界まで取って来たぞ。吾輩はしばらく本部で事務仕事だよ≫

パットン「だが、これでモグラ叩きは終わりだ。一気に巻き返してくれる」

≪さすがに肝が冷えたぞ……こんな無茶をしたのは何時ぶりだ?≫

モンティ「さてな。だが、奴が原因である事は間違いない」


モントゴメリーが口元を緩める。
通信機の向こうから聞こえた呆れたような溜息に無線士がニッと笑った。


≪そうだな。俺がいなければ事はもっと楽に済んだ≫

≪――だが、俺が居なければ我々は、明日への夢を見る事は叶わなかった≫


パットン「…男って奴は、馬鹿にこそ夢を見るのさ」


紫煙をくゆらせ、パットンが言う。
何時の間にやら迷い込んで来た虎は、空の大きさを語る様な男だった。
地を這う虎が見せた夢は、いつしか全員を巻き込み、散っていた輝きは空を埋める。



パットン「元々アフリカの兵は優秀だったさ。ただ、茶目っ気が多かっただけで」

≪空と陸を、全てをつなぎ合わせた。たった二ヶ月で、だ≫

パットン「やはり、呼んで正解だったな」

モンティ「階級でも上げるか?」

≪止めておけ。アイクは俺が大嫌いだ≫





二、三言葉を交わした後、ロンメルは通信機を置いた。



「ロンメル」

ロンメル「何でしょう」

「…何が君を砂漠に惹きつける。そこに元帥を蹴る価値があるかね?」

ロンメル「――砂漠は清らかですから」


重厚な木の扉が閉まる。
遠ざかる靴音を耳に、分厚い木の卓に向う男は溜息をついた。







最終更新:2013年02月02日 13:02