―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 屋上―





夜。
消灯時間を過ぎ、ナイトウィッチが出撃するような時間帯。俺は基地の塔の上、一面に広がる海と月を一望できる場所に来ていた。
初日に案内された時、この基地で一番高い場所だと説明された場所だ。

「…」

そこで俺は月明かりを浴びながら、物思いに耽っていた。理由は一つ。二日前の模擬戦の後のペリーヌの言葉だ。

―――二度と、私に近寄らないで。

その後、指示も無しにペリーヌはハンガーを飛び出してしまった。その件で先日厳重注意を受けたと聞く。
坂本の口添えもあり謹慎とまではいかなかったようだが、あれ以来俺はペリーヌと言葉どころか視線すら交わす事も叶っていない。

「…はぁ」

俺は余所者だ。それは重々理解しているし、その上で行動することを求められていたはずだ。
だが、ここの居心地のいい空気に当てられて知らずの内にペリーヌの不満を買うようなことをしていたのだろうか、と思い悩む俺。

「どうすりゃいいんだ…」

問題は、このまま俺とペリーヌの関係の悪化が継続することによる隊の士気への影響だ。
ただでさえここは最前線。部隊の士気を保つことは何においても優先されるべきだ。それは、俺も理解している。

理解しているからこそ、現状を打開する一手がまるで見えてこない。溜息を吐く俺。

「溜息吐くと幸せ逃げる、って知らないの?」

反射的に振り返りながら懐に手を伸ばす俺。が、そこにいた人影を見て全身の緊張を解く。

「…驚かさないでくれ、ハルトマン中尉」

「にゃはは。脅かしたつもりはないんだけどな」

塔の中から姿を現したハルトマンが俺の隣に並び、俺と同じく海と月を見る。

「…静かで、綺麗だね」

「…ああ」

ぽつりとした呟きに、とりあえず相槌を打つ俺。

「ペリーヌのことでしょ? 俺が最近悩んでるのって」

「…ああ」

いきなり核心を突かれ、苦い顔で頷く俺。

「どうすればいいのか、まるで分からない。そもそも、相手に完全に拒否されてるからな…」

思わず心中を吐露する俺。ハルトマンは、黙って聞いている。

「このままだと、部隊の士気にも関わる。だが…」

俺の言葉を、ハルトマンの視線が遮る。

「…俺って、自分のことを余所者だと思ってるクチ?」

ハルトマンの質問の意味を一瞬理解できず、俺は言葉に詰まる。

「ここはね、家族なんだよ」

「…家族?」

オウム返しの俺の言葉に頷くハルトマン。視線を海に戻して続ける。

「そう。皆家族。その中には、俺もちゃんと含まれてる」

「…家族」

その言葉を口の中で転がす俺。その内容を、込められた意味を吟味するように。

「だから、俺が一人で抱え込まなくてもいいんだよ。余所者の自分が起こした問題だと思ってるなら、勘違いもいいとこ」

「…だが」

「ああもう、グダグダ言わない!」

俺に体ごと向き直ったハルトマンの拳が、俺の胸に当たる。

「それに、これは俺だけが悪い問題じゃない。それは、皆ちゃんと分かってる。多分、ペリーヌも分かってる」

俺の胸に当てられた拳が少し振り上げられ、また落とされる。

「だから大丈夫。俺が恐れていることには、絶対ならない」

力強い言葉だった。一分の反論の隙もない、反論する気も起きないほどの。

「…ありがとう。ハルトマン中尉」

だから、俺は礼を言った。苦笑ではない、心からの微笑で。

「別に、お礼言われるほどのことじゃないよ。今度お菓子くれればね!」

しっかり取るところでは取るんだな、と苦笑する俺。なんだよー、とハルトマンが笑う。

「少し冷えてきたね。じゃあ、私は戻るよ。トゥルーデに見つかったら怒られちゃうからねー」

じゃあね、と塔に戻るハルトマン。

「あ、そうそう」

その直前、ハルトマンが振り向く。

「名前。エーリカでいいよ。中尉もいらない」

気軽に接してくれって言ったの俺だしね、と言い残して今度こそハルトマンは去っていった。
俺は先程までハルトマンがいた場所を暫し見つめ、振り返る。

そこは、変わらず海が広がり、月が輝いている。俺には、それらが先程よりも鮮やかに見えた気がした。





―同隊同基地 ペリーヌ自室―





ペリーヌは一人、ベッドの上で眠れずにいた。今日に限った話ではない。ここ二日間、それは継続している。
二日前、俺にぶつけた言葉が、未だに彼女の頭に残響していた。

「…私は、何をしているの…」

口に出してみても、答えは出ない。むしろ、気分はますます重くなる。今更何かしようにも、関係を一方的に断ち切ったのは他ならぬペリーヌだ。
改めて自問自答する。私は何をしているのだろう。

そもそも何故、あの男がこんなに気になっているのか。

気に入らない…わけでは無いはずだ。坂本に近づいた点では確かにそういった感情はあるが、宮藤ほどではない筈だった。
自分より強かったから。違う。そんな理由で拒絶するほどペリーヌは子どもではないつもりだった。

何かが、心の奥でもやもやと渦巻く。それでいて、そのさらに奥にあるものは全く見えてこない。

「…何なんですの一体…」

仰向けになり、暗い天井を見上げる。

彼女の夜明けは、まだ遠い。





―同隊同基地 中庭―





翌日。
昼食の後、俺は一人で中庭に来ていた。遠くからは、訓練に励む坂本達の声が聞こえてくる。
因みに、昼食は先日友が大量に運んできたジャガイモを使ったものだった。

(米と同じ量のジャガイモとか何考えてたんだあのクソ上官は…)

あまりのジャガイモの量に、流石の宮藤とリーネも困り果てたようだった。そんな中でも、色々と考えて料理しているというのだから、恐れ入る。

(…デブリーフィングは一発の銃弾から始めよう。うん。そうしよう)

物騒なことを考えながら懐の銃の感覚を確かめる俺。そんな俺の前に、二人の人影が現れた。

「お。俺ダ」

「…こんにちわ」

不意に現れたのは、エイラとサーニャだった。

「ああ、ユーティライネン少尉、リトヴャク中尉。散歩か?」

「はい。あ…その、私のことは、サーニャでいいです…」

サーニャがもじもじしながら言う。その姿を見て、サーニャ!? とエイラが何やら衝撃を受けている。

「そうか? じゃ、サーニャって呼ばせてもらうよ。いつも夜間哨戒お疲れ」

そう言って、サーニャの頭を撫でる俺。頬を赤く染めてうつむくサーニャ。

「さ、さーにゃぁ…」

「…? 少尉?」

何か世界の終わりのような表情になっていくエイラ。

「さ、さ、さ、さ」

「さ?」

「さ、さ、サーニャに触れるなァ!!」

扶桑に代々伝わるちゃぶ台返しのように両腕を一杯に使ってサーニャを撫でる俺の腕を跳ね上げるエイラ。

「…エイラ…」

若干不服気にエイラを見るサーニャ。その顔を見て、エイラが泣きそうな顔になる。俺は首を傾げて、

「なんだ、少尉も撫でて欲しかったのか?」

先程までサーニャを撫でていた手を今度はエイラの頭に乗せる俺。真っ赤になるエイラ。

「な、ちょっ、そんなこと誰モ…! うう…」

手を払いのけようとしたエイラだったが、段々心地よくなってきたのか俯いて大人しくなる。

「…ワタシのことは、エイラでイイ」

俯きながら言うエイラに、そうかと俺は笑う。撫でていた手を下ろすと、真っ赤な顔のまま俺を睨むエイラ。

「こ、こんなことでワタシ達は、か、懐柔されないゾ! 行こうサーニャ!」

そのまま、サーニャの手を取って走り出すエイラ。

「あっ、待ってエイラ…! あ、俺さん、また!」

エイラに引っ張られながらも律儀に俺に一声かけるサーニャ。苦笑して手を振る俺。
さて、と考える俺。これから何処に行くか。

(ま、適当にふらつくか)

特に目的地を定めずに歩き出そうとする俺。その時。基地内に突如警報が鳴り響いた。

(ッ!? ネウロイ! 確か、この場合は…ブリーフィングルームへ!)

事前に教えられていた警報がなった際の行動を思い起こし、俺は駆け出した。





―同隊同基地 ブリーフィングルーム―





俺がブリーフィングルームに入室した時は、もうすでに全員が揃っていた。

「遅いぞ!」

バルクホルンの声が飛ぶ。

「すみません!」

とりあえず、手近な席に着く俺。
ここに来るまでの途中何度か迷いそうになったのは、俺の心の底にそっとしまっておいた。

「全員揃ったわね? それではブリーフィングを始めます。よく聞いて」

ミーナが全員の顔を見回し、手元の書類に視線を落とす。

「観測班からの報告によると、敵は一機。大型タイプよ。低速で真っ直ぐこちらに向かっているわ」

「大型が一機…? また陽動じゃないの?」

ハルトマンが怪訝な顔をして言う。

「その可能性は十分にあります。従って、出撃メンバーを選定しました」

そこまで言って、ミーナが後ろにいた坂本を振り返る。頷いて、ミーナの前に出る坂本。

「出撃は、ハルトマン。バルクホルン。ペリーヌ。リーネ。宮藤。俺。そして私だ。他の者は基地待機。有事に備えてくれ」

了解、と全員が返す。

「編隊は、バルクホルンとハルトマン。ペリーヌとリーネだ。宮藤、お前は私について来い」

そこで坂本は俺を見る。

「俺、お前は遊撃だ。レイヴンの力、見せてもらうぞ?」

「了解。好きにやらせてもらいます」

不敵に返す俺。
一瞬、ペリーヌを見る。やはり、体調は良くないようだ。目の下にうっすらとクマのようなものが出来ている。

「ペリーヌ、体調は大丈夫か?」

坂本が尋ねるが、ペリーヌは大丈夫ですの一点張り。

「では、決まりね。ストライクウィッチーズ、出撃!」

「了解!」

慌しく動き出す隊員達。俺が転属してからの初めての実戦が、そこまで迫ってきていた。






―同隊同基地近郊 海上―






基地を発進した7人は編隊を組み、洋上を飛行している。前方には、ネウロイの姿がすでに見えている。

「あの形状、以前赤城を襲った奴と同型か?」

「…でもなんか、微妙に違いますね…それに、大きい…」

坂本と宮藤が呟く。二人は、ネウロイの形状に見覚えがあった。以前乗船していた空母、赤城を襲ったネウロイと似ているのだ。
だが、大きさは二回り程も違う。さらに、以前コアがあった箇所の上方に尾翼のような装甲が追加され、ビームの発射口とおぼしき箇所も増えていた。

「…ペリーヌさん、本当に大丈夫ですか…?」

「大丈夫だと言ったでしょう。死にたくないなら目の前に集中なさい」

リーネがペリーヌを気遣うが、取り付く島も無くあしらわれている。密かに、俺が溜息を吐く。

「そろそろ敵が射程に入る。備えろ」

バルクホルンがそう言って二丁のMG42を構える。それに習い、全員が得物を構える。

「あ、あれ見て!」

ハルトマンが何かを見つけたらしく、ネウロイを指差した。
見ると、ネウロイの先端部分が突然左右に開いた。その場所に、コアが見える。

「なんだ、コアを自分から露出した?」

俺がその様を訝しげに見る。ネウロイが、弱点部を自らさらすとはどういうことだろうか?

「コアを探す手間が省けたな。全機、攻撃開始! 何をするつもりかは知らないが、その前にカタをつけるぞ!」

坂本が号令を発し、7人のウィッチがネウロイに迫る。だが、ふと俺が気付いた。

(…なんだ? コアが輝きを増している?)

嫌な予感が、俺の頭にこびりつく。首の後ろにちりちりとした感覚を感じる。

コアが、今まで以上の輝きを放った。

「! 全機、ブレイクっ!!」

インカムに叩きつけるように叫び、全力で回避行動に移る俺。坂本達も、とっさに回避に移ってくれたようだ。
次の瞬間、先程まで全員がいた空間を、大出力のビームが撃ち抜いた。それは上空の雲を吹き散らし、その先まで伸びてゆく。それは、たっぷり十秒以上も照射された。
その威力に全員が唖然となる。たとえシールドがあっても、あのビームにさらされて果たして何秒持っただろうか。
照射を終えたネウロイが、ゆっくりとその先端を閉じる。

「やっかいな奴が出てきたな…俺、感謝するぞ」

坂本が一度ネウロイと距離を置いて言う。

「いえ…それより、あれほどの威力ならば、再射までには時間がかかるはずです。しかし…侵攻速度が遅いとはいえ、この分では基地が射程に入るまでもう猶予はありません」

俺の言葉に、全員が武器を持ち直す。あれほどの威力のビームが基地に向けて一度でも撃たれれば、彼らの帰る家は無くなる。

「なんとしても、ここで…!」

俺がMG42を構えて突撃する。ネウロイの多数の対空防御が火を噴くが、それらの火線を紙一重で掻い潜り先端に肉薄する俺。

「もらった…!」

俺の両手のMG42から、魔法力を込めた銃弾が大量に吐き出された。
腕にかかる反動は、固有魔法である相殺を使ってカバー。ほぼ全ての銃弾が、コアのある先端部に着弾し、装甲を削る。
その成果を見届ける前に、俺は素早く離脱する。距離を置いて振り返った俺の表情が曇った。

「…っ、硬いな…!」

俺の放った銃弾は正確に着弾はしたものの、コアには届いていない。装甲の表面を削るのみにとどまっている。
それすらも、見る間に再生されていく。サイズがでかいだけに、装甲はかなり厚いらしい。舌打ちして、更なる攻撃に移る俺。

他の隊員達も、ロッテを組み直しネウロイに迫る。が、ビームの射出口が多すぎるため思うように近づけないようだ。
唯一遠距離から威力の期待できる攻撃が可能なリーネのボーイズライフルでも、ネウロイの装甲に阻まれて決定打を与えられない。

(まずい…ビショップ軍曹のライフルでも傷が浅い…くそっ、せめてサーニャがいてくれれば…!)

俺が内心で毒づいたその時、尾翼のような装甲に無数の亀裂が入り、無数のパーツ郡となって散らばっていくのが見えた。

「…自壊?」

デッドウェイトをパージしようとしたのだろうか、と考えた俺の予想は、最悪な形で裏切られた。バラバラになったパーツ群は、それ一つ一つが小型ネウロイとなって襲い掛かってきたのだ。

「なんだこれは!?」

バルクホルンが後退しながら思わず叫ぶ。

「いきなり増えたよー!」

ハルトマンが接近してくる小型を牽制しながら、バルクホルンのカバーに入る。

「リーネさん! 貴女の銃では小型の相手は無理だわ、下がりなさい!」

「は、はい!」

ペリーヌがリーネを庇い、前に出てブレンガンを乱射する。その隙に後退するリーネ。

「こいつら、百機以上はいるぞ! この上、本体までか…っ」

坂本が小型に反撃するが、そこに別の小型がビームを撃ち込む。宮藤がすかさずフォローに入るが、二人は数に押されていく。
他のロッテも同様で、それぞれが囲まれていく。

ウィッチ達は、完全に分断された。

「くそっ!」

状況を把握し一人反撃に出ようとした俺にも、数十機の小型ネウロイが群がる。
左右の手に持ったMG42を縦横無尽に振り回し迎撃を試みる俺。全方位に発射される銃弾に次々と小型ネウロイが撃墜されていくが、全体からすれば微々たるものだ。
もちろん、他のウィッチ達も小型ネウロイを次々と撃墜している。だが、嫌らしいほど統制の取れた機動で、小型ネウロイは互いをカバーし合っている。加えて、大型からの多数のビームにも気を配らなくてはならない。

混戦状態の中、俺は見た。ペリーヌの機動が、模擬戦で見たそれとは明らかに精彩を欠いていることに。そして同時に、大型ネウロイのその先端が再び開いたのを。

(まずい! 恐らく狙いは…!)

そう判断した俺は、目の前の小型ネウロイに向けて引き金を絞るのも忘れて叫んだ。

「ペリーヌ!! 大型が来る、回避しろ!!」

《え?》

インカムから、ペリーヌの間の抜けたような声が聞こえた。その時には、もう遅かった。再び、大型ネウロイから大出力ビームが放たれる。狙いは、やはりペリーヌだ。

《きゃぁあぁああ!》

ペリーヌの悲鳴と、誰かの怒声が重なった。バルクホルンとハルトマンがペリーヌの方に向かおうとするが、やはり小型ネウロイに行く道を遮られる。

《くっ…う…》

ギリギリで直撃は回避したようだが、右足のストライカーを持っていかれ、残った左足のストライカーも停止寸前にまで追い込まれた。
それでもなんとか姿勢を持ち直そうとしたペリーヌだったが、とうとう力尽き落下してゆく。

そこに、獲物に群がるハイエナのように小型ネウロイが殺到していく。

《ペリーヌさん!》

リーネがペリーヌの元に向かおうとするが、やはり小型ネウロイに妨害され後退を余儀なくされる。

《ペリーヌ!》

《中尉!》

自分の名を呼ぶ声をどこか遠くに聞きながら、ペリーヌは落下する。自分に迫る小型ネウロイが視界に映るが、先程の被弾時にブレンガンは取り落としてしまった。

(…死ぬ? 私は、ここで…? まだ、ガリア解放も果たせていないのに…)

落下しながら、ペリーヌは懐かしい顔を見た気がした。

(お父様…しょうさ…)

ペリーヌは、ついに目を閉じた。全てを諦めるように。

「…クソッタレが!!」

戦場の一番端、ペリーヌと一番離れていた俺が動いた。
目の前のネウロイの集団の中心部に、ろくに狙いもつけずにMG42を向ける。放たれた銃弾を回避するために、一瞬だけ小型ネウロイの包囲網に穴が開く。
両手のMG42を投げ捨て、俺はその僅かな隙間に体を強引に押し込む。小型ネウロイの包囲網を突破し、さらに加速する。

だが、ペリーヌまでの距離は依然遠い。俺は、最後の手段に出る。

「ヤタ! ペリーヌを助ける、手を貸せ!!」

『ちっ…仕方ねぇな。目ぇ回すんじゃねぇぞ相棒!!』

ヤタとのリンクを通じて、俺に莫大な魔法力が流れ込んだ。それと自らの魔法力をもってして『鍵』と成し、己の奥底に秘めた力を解放。


刹那、戦場に漆黒の翼が顕現した。


俺は左背から伸びた黒翼を羽ばたかせ、一瞬にして音速すら突き抜ける。そのまま、ペリーヌに手を伸ばす。さながらネウロイと俺のデッドレースだ。
そして賭けの対象は、ペリーヌの命。

(届け。届け!)

「届けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

ペリーヌに群がった小型ネウロイが、一斉にビームを放つ。

それより一瞬速く、漆黒の影がペリーヌをさらって行った。そのまま小型ネウロイを引き離した俺は、左腕に抱えたペリーヌを見て一先ず安堵する。

「ペリーヌ、ペリーヌ!」

目を閉じていたペリーヌを軽く揺すると、うっすらと目を開いた。

「あ…俺…さん…?」

「少し掴まってろ。全機、聞いてくれ。派手にやる。巻き込まれないでくれよ」

俺はそう言うと、追撃しようと迫る小型ネウロイとその先の大型ネウロイに向けて、すっと右腕を向ける。
構えた右腕に、黒の色を付けられた魔法力が収縮していく。

限界まで魔法力が集中した次の瞬間、俺の右腕から魔法力が漆黒の閃光となって奔った。
それは俺に迫った小型ネウロイたちを纏めて消失させると、その先にいた大型ネウロイに喰らいついた。強固な装甲を食い荒らし、その奥のコアをも蹂躙していく。

閃光が消えると同時に、コアを食い尽くされたネウロイも弾けて光の欠片と化した。小型ネウロイも同様に。

《…俺か? その翼は…?》

誰かが呆然と呟いたと同時に、俺の背中の翼が無数の羽と転じて消失する。

「はぁっ…はっ…無事だな? ペリーヌ…?」

息を切らせた俺がペリーヌに声をかける。

「え…ええ…」

(…私は、助かったの…)

その事実を正しく認識する前に、ペリーヌはゆっくりと意識を手放した。

「…ペリーヌ?」

意識を失ったペリーヌを抱え直し、無理も無いかと思う俺。死ぬ間際の緊張感から解放されたのだ。一気にそれが途切れたのだろう。

「俺ー! さっきの何!? 何やったの!?」

ハルトマンが近づいてきて言う。

「私も聞きたい。あれは何だ?」

バルクホルンも坂本も、同じく興味を示したようだ。宮藤とリーネは俺に抱えられているペリーヌを見て目を輝かせていたが。

「あー…一先ず帰投しましょう。ペリーヌもこの調子ですし」

意識を失ったペリーヌを示すと、全員が頷いた。

「では、帰投しよう」

坂本の一声と共に、全員が基地へと機首を向ける。俺の501での初めての実戦は、こうして幕を閉じた。






―同隊同基地 大浴場―





「ふぅ…」

深夜。すでに他の隊員達は寝静まっているであろう時間帯に、俺は一人湯に身を沈めていた。様々な報告や、他の隊員達との兼ね合いでこんな時間になってしまったのだ。
しかし散々な戦闘だった、と俺は思い返す。最悪、死傷者が出てもおかしくなかった。改めてぞっとする俺。

(あの力についても聞かれたけど…自分でもよく分かってないっていうのがな…)

ペリーヌを救出する際に使った漆黒の片翼。帰投後、坂本やバルクホルン、その場にいなかったミーナも含めてそれについて質問された。
だが、実際のところ俺にもよく分かっていない力だ。そう上手く説明できる訳も無く、結局過度な期待は避けるように頼んだ次第だった。
そういえば、と俺は考える。

(確か、俺の先祖はアフリカの出身もいたって姉さんが言ってたっけ…)

今は亡き姉が言っていたことを思い出し、そこでふとアフリカには一般的なウィッチとは違う魔力体系に属するのではないかと言われる者がいたとも思い出す俺。

(…何か知ってるかもしれないな。今度、機会があれば行ってみるか…)

まあとりあえず、と俺は思考をひと段落し、思う。

(もう二度と誰かと飛ぶことは無い、と思っていたのにな。その上、また誰かを失わなくてよかった)

「…The journey begins…Starts from within…」

気分を良くした俺の口から、歌が漏れる。昔、クソ上官に教わった歌だ。彼女と、よく飛行中に歌った歌。

「Things that I need to know…」

その時、入浴場の扉が開いた。

「…『The Journey Home』ですわね」

「ああ。知ってるのか…っておいぃぃぃぃいい!!?」

入ってきたのはペリーヌだった。うっかりそちらを見た俺の首が180度回頭する。俺の首から妙な音が聞こえたが、この際気にしていられない。

「…いきなり何なんですの」

「いやいやいや! こっちの台詞だペリーヌ! 俺が入ってたって知ってただろ!」

脱衣所の籠に服が入っているのが見えなかったはずが無い。ましてや、この基地で黒い軍服を着ている人間など、俺かハルトマンしかいない。

「だから来たのですけど」

「ああもう!!」

しれっと答えるペリーヌに、頭を抱える俺。

(何だ。一体何なんだ。ドッキリか? 罰ゲームか? さっきの曖昧な説明に腹を立てたミーナ中佐の差し金か!?)

混乱のあまりに思考が纏まらない俺。ついにはミーナが諸悪の根源に挙げられる始末。

「何なんですの貴方は…あ、こっちを見ないでくださいまし」

そう言って、湯船に浸かるペリーヌ。何故か、俺の近くに。

「ふぅ…こちらを見たら殺しますからね?」

じゃあ入ってくるな。という言葉を喉元で押さえ込み、とにかく冷静になろうと試みる俺。そんな俺の背中に、何かが触れた。

「…ペリーヌさん?」

「はい?」

「…何故背中をくっつける?」

「そうしたかったからです」

俺に近づいたペリーヌが、背中を俺に付けて反対を向いていた。確かに互いに視界には入らない。が、背中同士が触れている時点で俺の頭はパンク寸前だ。
そのまましばらく二人は黙っていた。自分の鼓動が聞こえるのではないかと疑うほど、俺の動悸は止まらない。

だが、そもそも俺はペリーヌに嫌われていたんじゃなかったのか、と俺が首を傾げた時、ペリーヌの声、いや歌が聞こえた。

「Thoughts endless in flight…Day turns to night…Questions you ask your soul…」

先程、俺が歌っていた『The Journey Home』だ。その声に頭を冷やした俺も、続けて歌う。

「Which way do I go?…How fast is to slow?…The journey has it's time,then ends…」

広い浴場の中、二人の歌声が唱和する。
気付けば、お互いのわだかまりなど意識の隅に追いやられていた。

『The more that I try…The more that I fly…The answer in itself…will be there…』

歌が終わり、二人の間にしばしの沈黙が降りる。
ふと俺は思う。ガリアを、祖国を占領されているペリーヌにとって、『家への旅路』という言葉はどのように響いているのだろうか。

「…俺さん」

「ん?」

反射的に振り返ろうとして、即座に首を戻す俺。

「…貴方、あの時からずっと私のことをペリーヌと呼んでますわね」

言われてみれば、と思い返す俺。

「嫌だったか?」

そう聞いてからしまった、と気付く俺。嫌に決まっている筈だ。先日言われた事を思い出す。

「…別に構いませんわ」

「…え?」

予想外の返答に、気の抜けた返事をする俺。

「構わない、と言ったんです。ペリーヌでいいと」

俺は、返す言葉が見つからなかった。そんな事情を知ってか知らずか、言葉を続けるペリーヌ。

「…礼を言ってませんでしたわね。助けていただいたこと、感謝しています」

それと、とペリーヌは続ける。

「あの言葉は、撤回します。…ごめんなさい」

あの言葉…二度と自分に近づくな、というやつだろう。俺は頷く。

「…言いたかった事はそれだけです。…体を洗いたいので、先に出てくれます?」

「あ…ああ。じゃあ、おやすみペリーヌ」

言われるがままに湯船から体を浮かせる俺。そのまま、俺は足早に浴場を去った。浴場の扉が閉まる音を聞いたペリーヌは、その目を扉の方に向けて僅かに溜息を吐く。
ペリーヌは、俺に一つの嘘を吐いた。本来、俺がいたのを知っていたからここに来たわけではない。
単に、医務室に入れられたのとミーナと坂本の説教が重なりこんな時間になってしまったのだ。意図して俺に合わせたわけではない。

だが。時間的に俺がいるかもしれないと十分に予想出来たし、脱衣所に俺の服があったのを確認した時点で、引き返すことも出来た筈だった。
しかしペリーヌはあえてそうしなかった。

(話したかった、だけにしてはややはしたない行動だったわね…)

自分の行動にふと疑問を覚えるペリーヌ。
だが、そんなことはいいと思い直す。俺と歌っている間に、気付けば心の奥でもやもやと渦巻いていた何かは綺麗に無くなっていた。

それらが取り払われた先にあったもの。それは、

(…彼のことをもっと知りたい)

俺という男に対する、純粋な興味。坂本に抱くそれとはまた違う、安心感にも酷似した感情。
はて、とペリーヌは首を傾げる。

(これでは、まるで私があの方を…っ!?)

そう考えた瞬間、胸の奥で何かが疼くのをペリーヌは確かに自覚した。

(な…なんですの、いったい…)

体が無自覚に熱くなる。胸が苦しい。ふるふると頭を振って落ち着こうとするペリーヌ。だが、それは決して不快なものではなく。

(…俺さん)

彼女の夜明けは、そう遠くない。





最終更新:2013年02月02日 13:38