前話:第十一話


#13 カマキリとの邂逅


 この牢獄は確かに堅牢な建物のように見えた。
 しかし、牢は咎人に与える慈悲など寸分もないと言わんばかりの状況だった。隙間風は人の居処の間を遠慮せずに通ってゆくし、雨はレンガの間を滴り流れてくる。居住環境は最悪だ。
 不快感を募らせていると、ドタバタと何者かの足音が聞こえてきた。

「おい、ここに居るぞ」

 数人の若い男たちだ。見たところ、年齢は俺よりも若い。どうやら、ノルメルの低級看守のようだった。

「なんとか言ってみろ、反逆者め!」
「見事なほどに無様だな」
「田舎貴族が出しゃばりやがって!」

 次々と加えられる罵詈雑言の数々を、俺は右耳から左耳に貫通させる。彼らは階級が低いためにこのような場で取り立てられている。罪人は鬱憤を晴らすのにはもってこいのものだ。
 そして、目の前には大罪人が居る。おちょくるのにはもってこいの対象だったのだろう。こんなのに反応すれば、こいつらを喜ばせるだけだった。
 瞑目して受け流していれば、いずれつまらなくなって去るだろうと考えていたが、奇妙な金属音を聞いて俺は目を開いた。

「なあ、このLHF?ってやつ使ってみたいんだよな。どうせ、こいつは処刑されるんだろ? 射的の的にしてやろうぜ」

 彼らの手に持つものをよく見ると、そこには連邦の門番が持っていた奇妙な(つつ)があった。
 それで仔細を察した。彼らが連邦の武力に対抗できた理由――背後に居る存在についてレーシュネラムノイは言及していた。それは正しかったのだ。そして、その背後に居る存在こそがノルメルに武器を供与し、連邦の協力を排除せんとしている。
 そして、その協力者の先鋒たる「革命家」をここで摘もうとしているのである。

 再び瞑目する。

 ゼスナディは上手くやってくれただろうか、もし俺が死んだとしてもゼマフェロスの解放は成されるのか?
 全ては確定事項ではない。不安しかない。革命のためなら命を投げる覚悟はしていたが、まだ何も始まっていないじゃないか!
 そう思い詰めた瞬間、通路の奥の方から太く大きな警告の声が聞こえた。

「貴様ら!! 持ち場を離れて何をしている!!!」
「げ、看守長だ」

 少年たちは顔色を悪くして、そそくさと去っていく。彼らが去った後に「看守長」と呼ばれたと思わしき男が俺の牢の前に立った。

「全く、“カマキリ殿”が来るというのに……」

 そう呟いた男は看守長に相応しい風体をしていた。おそらく辺境貴族の出なのだろうが、その服飾は立派なものであった。

スローヴェ・アシュタフィテス、貴様には国家反逆の罪が問われている。この罪を犯した者の行く末は知っているな?」
「死罪だろ」

 寄宿学校で学んだことだ。ノルメル王は絶対的存在であり、国家は王であり、国家への反逆は王への反逆と見なされ、その刑は全て死刑だ。

「そうだ。しかし、お前には死ぬ前にある者の尋問を受けてもらう」
「尋問だと?」

 すなわち拷問だろう。そう思い顔をしかめたが、それを見た看守長は首を振りつつ残念そうに俺を嘲笑した。

「お前は助かるかもしれんな」

■  ■  ■  ■  ■

 看守長が去った数分後、また別の足音が近づいてくるのが聞こえた。耳を澄ませると他の足音との違いが分かる。微かな足音で、気をつけていなければ聞こえないだろう音。
 集中しているうちに目の前に一人の女性が立っているのに気がついた。奇妙な服装、銃を持ち、目は真紅のものだ。

「卿はこの足音が聞こえるのか、珍しい」
「お前は……誰だ?」
ドホジエ・アレス、端的に言えば卿の敵だ」

 聞いたことのない名前。おそらく看守長が言っていた「カマキリ殿」が彼女に当たるのだろう。そして、この地では聞かないような名前、すなわちレーシュネたちが言っていたノルメルを援助している勢力であることは間違いなかった。

「何故、俺を即処刑しない」
「卿らとは違って、近代的な眼を持っているものでね」

 そういった彼女の眼には光が無かった。直感的に数千、数万の人間の命を刈ってきたことが感じられる。そんな非現実的な直感に、身体は(おこり)に掛かったかのように震えた。

「それで、何のようだ」
「単なる交渉だ。お前がこちら側に下れば、ロスナ家の娘は助けてやろう」

 なるほど、全てを承知しているらしい。
 さあ、どうするべきか。
 考えるまでもなく、次にやるべきことは分かっていた。



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最終更新:2023年07月30日 03:30