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アレス共和国
ALECETE ZAPIOPECE
(十四島語)
ALECU
(燐字)
aleca gamuu
(アイル語)
tit? sip?
(パイグ語)
あてすしま
(タカン語)
adheṣán ṣibhai
(バート語)
pefenix diant alec
(フラッドシャー語)
alese'd chafi'ofes / chafi'ofese'd ales
(リパライン語)
Elseyt puyiansca
(リナエスト語)
Le Paifeanicha Aleit
(ヴェフィス語)
alesiija gamuu
(アイラニーヤ語)
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(国旗)

(国章)
国の標語:心古行新(古きを思って新しきに行く)
国歌:
公用語・主要言語 十四島語
アイル語
パイグ語
タカン語
バート語
フラッドシャー語
リパライン語
リナエスト語
ヴェフィス語
アイラニーヤ語
首都 天神
最大の都市
政府 共和国議会
国家元首の称号 首相
政治体制 共和制・間接民主制
人口 約5000万人
主な宗教 皇論
リパラオネ教
フィメノーウル信仰
バート的信仰
通貨
領 土
母島、光島、皇島、闇島
アレス共和国(十四島語:ALECETE ZAPIOPECE)とは、PMCFに属する主権国家の一つ。アイル第三共和国(藍:alesa umide gamuu)とも。




概要

 PMCF構成国の一つであり、「文のアレス」と言われるように、歴史的な文化土壌に富み、新たな文化開拓にも熱心である。対して、政治力には概して乏しく、2002年のアイル共和国成立から2009年までの短期間に2度の内戦を経て成立した。

歴史

成立と内戦

 PMCFの他の国家と同様、エルフ熱およびそのワクチン開発の途上で発生したモンスターから逃れる人々が集まって形成された国で、イリヤ・ガー=ガベイ(藍:ilija gar-gabei)を代表としてphil.2002.3.15にアイル共和国として成立した。当時のアイル共和国は家のない難民たちが酒や賭博に明け暮れるありさまでありタカマ・ソラナ(皇:たかまそらな, 燐:皇之上水)は改善を訴えたが、イリヤは取り合わず中央政府および自らの政治基盤の整備を優先した。2003.12.6にPMCFが連邦に発見されるとユエスレオネ革命に伴うリパラオネ人難民の流入でさらに社会が混乱し、政権との衝突が増えた。この衝突が高まった結果、phil.2005年、10月8日事件という出来事をきっかけに内戦に突入することとなる。この内戦はヴェフィスやリナエスト、さらには連邦の介入をもたらし、同年12月15日に政権が倒れる形で終結した。

内戦終結後

 内戦終結により首相にはタカマ・ソラナが就任し、公用語はアイル語のみであったのが国家としての公用語に標準東島通商語と伝統文語が追加、国補助公用語としてリパライン語が定められるなど、言語をはじめとした文化制度が改められて多民族国家としての体を成すようになった。phil.2006年に文化省が主導して開かれた官定机戦会議をはじめとする各種民俗文化の保存・振興なども奨励されるようになり、「文のアイル」と呼ばれる下地が整えられていった。

第二次内戦

 しかしながら、タカマ・ソラナによる政策に対して連邦から移民してきたリパラオネ民族主義者やラネーメ民族主義者は強い反感を抱くようになる。リパラオネ側は文化政策がラネーメ側によっているということを、ラネーメ側はパイルターファの異常な優遇に対して反発、連日の暴動に発展するようになり、耐えきれなくなった政権は軍事介入を行うことになった。
 一方、民族主義者による世の不安を感じ取ったアルザッツァ公フラッドシャー家エレン25世・ネフレル・ランスビーフラルナイト(布:elen bo nefrel lansbifralneite diant feme fladshäs, chanths diant alzatza)とラネーメ王朝皇帝三女アレス・ニーレイ(藍:ales ni lei)は、結婚によって民族融和を示すことで民族主義者による暴動を鎮圧しようと画策した。こうして、フラッドシャー=エレス家が成立した。
 しかしながら、高貴な家系の結婚は民族主義者達が手を組むきっかけとなってしまう。リパラオネ民族主義者とラネーメ民族主義者は両家の結婚・家統合により、ともに手を組んで現政権に立ち向かう論調が高まっていく。タカマ・ソラナ政権は多数の懐柔策や説得・演説によって、鎮圧を図るもののいずれも好意的な反応は得ることが出来ないまま、phil.2007年1月21日に第二次アイル内戦が勃発する。

解決的虐殺

 元々、反タカマ・ソラナ派であった兵部省大臣ヴェルガナ・トゥワイ=ズュザ(藍:velgana twaji-siusa)は独断専行でアイル共和国軍を動かし、首相官邸に軍を派遣。タカマを幽閉し、ガー=ガベイ時代の古い法律を適用させ、軍に大権を付与した。そうして、彼は民族主義者の殲滅へと動き出す。特に2月17日のシュレリーフィの虐殺では、背を向けて逃げていく民族主義者に銃口を向けて発砲した共和国軍の行為が戦争犯罪に認定された。ここで数千人の死者が出たと言われているが、立場によって死者数の主張は異なる。
 このような政権の分裂的行動により、民族主義者の団結は更に高まることになる。2月25日、フラッドシャー=エレス民族守護者同盟(以下、民同)が設立され、第二次内戦の抵抗組織の取りまとめを行うようになる。ユエスレオネ連邦は紛争の長期化を鑑みてPMCFの弱体化を図り、陸軍の特殊部隊即応特殊作戦独立中隊を導入して、民同を支援した。

学生運動の影響力

 民同とは別勢力で活動していた学生運動家のうち、6つの勢力(天神大学イェスカ主義研究会、イェスカ主義学生同盟改革派、教法学的社会主義学生同盟、ステデラフ的民主主義学生同盟、クワク共産主義学生会議、学生・移民・難民の政治参画期成会議)は、イェスカ右派を標榜し、民同との連帯を発表。同時に文化相補佐であるショー・トゥッ・ピュ(牌:xo5 tuk? py, 燐:夏巫力)が「タカマを救出し、国家を守る」として政権から離反。彼の勢力はショー・パルチザンと呼ばれた。

第二次内戦終結、四・一布告

 ショー・パルチザンは独立した都市ゲリラ兵でありながら優れた戦闘力を持ち、連邦の後ろ盾により優れた整備をもつ民同と戦略的に協力しながら首相官邸に迫ったが、外界から完全に遮断した環境に置かれ続けたタカマは気を病み、自殺してしまう。トゥワイ=ジュザはこのことを大々的に公表、これによって民同とショー・パルチザンの連携は足並みを乱し始め、多数を占める民同が優位を確保する。
 事態を重く見たPMCF議長リアシェン・L・K・アリュースは内戦介入を示唆。PMCF議会が緊急招集されるが、フラッドシャー議員の集団ボイコットや連邦との全面衝突を避けたいヴェフィスやリナエストの意図が重なり、PMCF自衛軍の派遣は否決された。
 2007年4月1日に、民同がトゥワイ=ズュザを確保する形で第二次アイル内戦は終結した。エレン25世は国家元首・公へと推戴され、国号をフラッドシャー連合公国へと改称。政権にはラディールゲーやイェスカ右派を中心として登用され、ショー・パルチザンからは夏巫力が文化相補佐として留任させられた。この人事はパイルターファを軽んじるものとして受け取られ、国内多数派である彼らへの緊張を強めた。

エレン25世の死

 連邦は、民同政権に対して、パイルターファの権利向上に努めるよう明に暗に働きかけたが、すでに他の行政事情に圧迫されていた政権は、これらを先送りという形で、事実上黙殺し続けていた。著名な皇論宗教家である◯◯が政権への協力を呼びかけていため、パイルターファの破壊的な暴動はかろうじて抑えられていた。
 2008年9月3日、エレン25世は突如、バルコニーから転落して死亡した。この死亡について、国内では即座にさまざまな謀殺説・陰謀論が吹き荒れた。政府もこれに対して徹底した秘匿を貫く通したほか、民同内の難民やラディールゲーからは、フラッドシャー人勢力に対する批判が噴出した。
 大公諮問評議会議長はこの問題を受けて即日のうちに辞職、臨時議長に夏巫力があてがわれた。文化相補佐という低い継承順位にあった彼が臨時議長に就任したことは、到底即座に解決できない問題にパイルターファをあて、失政を誘発することで、民同内でのパイルターファ勢力を削ぐ目的があったとされている。
 議長に就任した夏巫力は、政権内での徹底した非協力に対峙することになったほか、2週間のうちに3回の暗殺未遂事件に遭うという劇的な状況に直面した。9月23日、現在の体制から国家を改善することに限界を感じた夏巫力はユエスレオネ連邦に亡命、国外から政変を画策することとなる。

アレス・クーデター

 夏巫力の亡命は政権にとっては、彼の死亡すら予想の範疇であったが、その指導力を満足に発揮できる人物がいなかった。1年のうちに臨時議長が3回交代し、国政は完全なる麻痺状態にあった。パイルターファは息巻き荒く、政権との衝突は急増した。
 2009年3月23日、ソラナの命日であった。天神において、大規模なパイルターファによる暴動が発生。夏巫力はこれに乗じ、反乱軍に合流した。政権は軍に発砲を含む出動を命じたが、軍の多くはパイルターファであったために、多くが命令を拒否し、反乱軍に合流するものさえいた。民同政権は手の打ちどころがなくなり、クーデターによって崩壊した(アレス・クーデター)。
 国名をアレス共和国とし、初代首相へと就任した夏巫力は、民族融和・各宗教の尊重・PMCFとの協力・経済成長を打ち出した。そもそも長期化した内戦によって国民の多くは疲弊しており、厭戦気分が多分に高まっていた。フィシャ・フォン・フィアンシャ皇論人集との協力・和解を演出し、PMCF議会でリナエストヴェフィスに復興支援・経済協力を申し入れるなどの政策を矢継ぎ早に実行した。

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PMCF 国家 アレス
最終更新:2026年04月19日 23:53