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前話:第一話


#3 プリメリにて


 あれから三週間後。

 ロスナ・ゼスナディは心配していた。きっと、我が竹馬の共ソーウィ・フィーナが投獄されているに違いないと恐れていた。ゼスナディには政治がわからぬ。ゼスナディは、農村アリャンゴーフェナの青年である。スローヴェ人の生まれでありながら、幸いにも、今日まで飢えの辛苦に身を(やつ)すことなく暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍敏感であった。
 きょう未明ゼスナディはアリャンゴーフェナ村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたこのプリメリの都にやって来た。

 駄載駢(ださいな)を曳いて都を歩いているうちにゼスナディは、街の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、街の暗いのは当り前だが、けれども、なんだか、夜のせいばかりではなく、都全体が、やけに寂しい。田舎者のゼスナディも、ここまで王都が寂寞(せきばく)に包まれているとは思ってもいなかった。 干魃(かんばつ)――ここのところ毎年がそれである――が彼の脳裏を過った。何があったのか、四年前にこの都に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、街は賑やかであった筈だが。質問したくとも答えは明白。路で逢った若い衆を一瞥(いちべつ)して王の城へ大股で進む。

 水路に沿って大通をゆくゼスナディは考え事をしていた。三歩後ろのナマーナは静かに飾り羽を揺らしている。湿気ごと冷え切った静かな夜。
 やはり、足りない筈はない。税は、年貢は、アリャンゴーフェナの村民たちがかろうじて生きていけるまでに食糧を減らして捻出した。毎日一握りの米だ。足りない分は野草か魚か、運が良ければ野原の獣を仕留められるかもしれぬが、どうにかして日々獲物がなければ次の雨季までに飢え死ぬ者が出るだろう。老人か子供か病人か、その人達を弔うための墓を掘ることになる。十、二十で済めばいいが……。

 ゼスナディは遅れて怒りが込み上げてきた。
 税がなんだ。足りぬのは我が村の咎ではない。足りぬのはメリ王国の役人の頭だ。そもそもメリ人の村とスローヴェ人の村で税の額が異なるのだ。成る程スローヴェ人は身体壮健、筋骨隆々の大男ばかりというわけか。そんなわけあるか。全くのいんちきだ。メリ人の住む隣村で明日食う飯の心配をする者など聞いたことがない。この国が隣村に行くだけで風土がまるっきり変わるなら、そんなものはとんちきだ。
 彼はだんだんと早足になっていった。

◆   ◆   ◆

 ゼスナディは、単純な男であった。使役駢を曳いたままで、のそのそ王城に入って行った。たちまち彼は、巡邏(じゅんら)警吏(けいり)に捕縛された。調べられて、ゼスナディの懐中からは短刀が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。ゼスナディは、女王の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりぢゃったか?」
 メリ女王ウカペレイミャンは静かに、けれども優雅さを以て問いつめた。小柄な女王の全身に散りばめられた宝飾品は彼女の動きに合わせて静かに音を立てている。女王はさながらナマーナの競売人のような目で、彼の機微を精緻(せいち)に捉えようとゼスナディの瞳にじっと向けている。
「我が友フィーナはどこだ」
「問いに問いで返すとは田舎者の無作法ぢゃな?」
 女王は憫笑(びんしょう)した。
「年貢逃れの罪人を放して返すのは税を払ってからぢゃ」
 これにはゼスナディも答えに窮し、顔を(しか)めるばかりであった。
 メリ女王は謁見の無礼と隠し凶器についてはお咎めなしの恩赦とし、ゼスナディは衛兵に王城からつまみ出された。ゼスナディは女王の扇の奥に見えた流し目の意味を考えを巡らせていた。

◆   ◆   ◆

 ゼスナディはナマーナ以外ろくなものを持ってこなかった自分を呪った。翌朝、節々の痛む身体を起こすと、そこは安駢宿(やすなやど)駢房(なぼう)の中であった。あまり休まる寝床ではなかったが、親友のフィーナのことを考えると、すごすごと村に引き返す訳にはいかなかったのである。
 そのためゼスナディは一つ賭けに出る事にした。ゼスナディには昔馴染の友があった。ヒナミリである。彼女はこのプリメリの都の問屋の娘で、よく両親の手伝いで金子を数えて収納していた。ゼスナディの記憶が正しければ今ごろ廻米問屋(かいまいどいや)をしているはずだ。その娘を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったから訪ねて行くのが楽しみである。

「はーい、どなた様ー?」
 ゼスナディは戸を叩くと中から声がした。出てきたのは、幼い頃からは想像もつかない綺麗な娘が出てきた。琥珀色の瞳、美しく結った髪、鮮やかな着物、そのどれもがゼスナディの記憶の彼女とは違った。
「どなた様……?」
「いやこっちが聞きたいんだけど! えっと……浮浪者?」
 ふと、ゼスナディは自分の風体をひどく恥じた。昨晩の寝床のせいで服は埃だらけ、さらにはちくちくと稲藁がひっついている。
「俺だよ俺! ロスナ・ゼスナディだよ!」
 ヒナミリは一瞬目を丸くして、しばらくしないうちに大声で笑い始めた。久方ぶりの再会がこのような形で実現したのがよほど面白かったのだろう。それに気付かされたゼスナディはムッとした。とはいえその笑い方は昔の、天真爛漫なヒナミリの姿とピタリと重なった。むくれるのと時を同じくして懐かしさと安堵が腹の底に広がった。
「こんな身なりなのは色々あったんだよ……ああいや、ちゃんと話しておくべきか――」
 ゼスナディはこれまでのことをヒナミリに話した。自分の村のこと。毎年の干魃で年貢が足りないこと。フィーナが窮状を伝えるため王都プリメリ、すなわちここに来たこと。そして、そのフィーナがしばらくしても帰ってこないこと。
「んー……困ったことになったねえ」
 彼女は人差し指を下唇に押し当てた。
「と、いうと?」
「わたし、廻米問屋をしているから色々な村の懐事情が分かるんだけど、そういうことたまにあるよ。 特にスローヴェ人の村ではね。 そういう人は大抵の場合、王都の地下牢に捕らえられて、その年の年貢を納めるまで出してもらえない。 村長だろうが誰だろうがそれだけの額を納めなければ、いけないってのがこの国の法なんだろうね?」
 まあわたしは学者でも高名な占い師でもないから詳しくないけどね、と付け加えた。
「その……とても言いづらいんだけど……お金を貸してくれないか?」
 彼にとっての奥の手、すなわち秘策とはこれであった。あまりにもお粗末な秘策ではあったが、賭けに出るほどの価値はあるとゼスナディは思っていた。
「ヒエ~! ちょっとちょっと! わたしは金貸しじゃないし! 十数年ぶりに逢ってそれはひどいよ! もっとさ、いやもうちょっとさ、情緒とかないわけ!?」
「いや、いや……! すまない、すまないんだが、それしか手がないんだ!」
「ほんっとにもう! そういうところだよゼスナディは! それで、いくら?」
 ゼスナディは村民の数と納める予定の貢租米の俵数を答えた。
「ヒエ~! かなりの額だよそれ! 北部なら村落を土地ごと買える額だからね! も~ほんとに!」
 そう言いながらもヒナミリは母屋の奥から大判小判の入った大きな箱を取り出してきた。ゼスナディは逆に安心していた。こんなことを言い出す輩が自分で良かったと。

◆   ◆   ◆

 ニ度目の謁見は実にすんなりしていた。短刀を置いてきたし、何より目的がはっきりしていた。ヒナミリは立会人として彼についていくことを申し出た。
 ウカペレイミャン女王は何かを理解した顔で目を細めた。
「女王、この通り年貢を金で納めます。 どうか、我が友フィーナを釈放して下さい」
 ゼスナディは深々と頭を垂れ、ヒナミリもそれに続いた。彼女の手から金貨の入った大箱が献上される。
 召使がそれを受け取ると、女王は何やら合図をし、奥からは高名な占い師の衣装を(まと)った娘が現れた。その娘はいわゆる”ウカヒニ”という、メリ王国でも最上位の夢占い師であることを独特の文様の衣服が示していた。大抵の文官さえも上回る権力を持つ第二の女王。そのウカヒニは、大箱を開けて糸で束ねられた金貨を数えている。
「ここまでの旅路は大変でしたぁ~?」
「えっ? あっ、おかげ様で順調でございました」
「それは良かったですぅ~」
 ウカヒニは数えながらもゼスナディと他愛もない世間話に興じた。このウカヒニは王国でも名物の夢占い師として知られている。そのことは田舎者のゼスナディも噂で耳にしていた。実際に話してみると、これほど話しやすい人はいないと、そう思えるほどだった。柔和な態度だけでは説明のつかない何かがあるようで、彼女がウカヒニになったのも頷ける。ゼスナディはそう心中で独りごちつつ首を振っていた。
「あなたは何というお名前なのですかぁ~?」
「アリャンゴーフェナ村のロスナ・ゼスナディと申します」
 刹那、謁見の場は凍りついた。女王だけが優雅に扇を揺らして見物していた。
「……。 ……確かですかぁ~?」
「左様でございます」
「……。 …………。 あなたのご友人を釈放するには年貢の他に追加の釈放金が必要ですが額が足りませんねぇ~。 出直してきて下さい~」
「なッ――!?」
 ゼスナディは動揺と抗議のため半歩前に出たところをすかさず二人の衛兵に取り羽交締めにされた。なぜだ!そんなことは違法だ!という彼の叫びはウカヒニには届かず、召使はヒナミリに大箱を押し付け、そうこうしているうちに二人は王城から押し出された。

◆   ◆   ◆

 ゼスナディは当惑していた。公式に友を解放する手段を閉ざされたからだ。何か無礼を働いたとも思えない。否、無礼は既に働いていたか。とはいえ、あの態度の変わりよう。余計な詮索をしても埒が明かない。今度は彼が金貨の重箱を抱えていた。
「ヒナミリ、地下牢に行くぞ」
「お金持ったまま!? てかお金返してよ!?」
「後でな」
 城の向こうに地下牢の詰所がある。堀で隔てられているのはさしずめ脱獄囚が女王の身柄を脅かさないようにといったところか。

 地下牢の入口に立ち入ろうとすると、詰所から出てきた看守が行く手を塞いだ。
「待て、農民の男。 お前、何の用でここまで来たか」
「決まっているだろう、見舞だよ」
「王命なくしてはここを通す訳にはいかない。 そんなことも知らないなど、随分田舎から出てきたようだな。 お引き取り願おう」
「それは困る。 無二の親友なのだ」
 看守の男は有無を言わず鉄扉(てっぴ)の前に立ち塞がる。食い下がっても無駄、という言葉がそれなしで伝わる。
「仕方ない、取引だ。 金貨三枚」
「五枚だ、吝嗇(けち)の田舎者め。 その箱にまだあるんだろう、ここの看守全員に五枚だ」
「それは(まか)り通らぬ。 この金は陛下への献上金、それを君に支払おうと言うのだから、不敬ではないか。 四枚でどうだ」
 左手が出てきた。ゼスナディは四枚の金貨を取り出し、その大きな掌に乗せた。男は横に退き、ゼスナディの去り際に嘲笑した。
「陛下の献上金でとは、大した奴だ」

 地下牢は足元がやっと見えるほどの薄暗がりで、昼間にもかかわらずずっと冷えていた。ところどころのランプに手を近づければほのかに暖かかったが、その温もりはここではすぐにかき消されている。
「あんな人にお金あげちゃってよかったの?」
「閑職の役人には抜群だ」
 ゼスナディとヒナミリはしばらく歩き回ったがフィーナを見つけ出せずにいた。満身創痍の巨漢、気味の悪い笑みを浮かべる老人、蹲って震える女――色々な囚人を見て回っていた。ゼスナディの無二の親友はそんな人々とは違う。もっとしゃんとしているはずである。
「アイツのことは覚えてるか?」
「んー、うっすらとね。 ゼスナディほどすぐには見つけられないかも。 だってゼスナディの時もあんなだったし」
 意地の悪い、得意げな顔が覗く。
「あれは特殊の例だよ。 いや、今度もそうかも……」
 突き当りの通路からコツコツと靴音が聴こえてくる。しばらくしないうちに暗がりから看守が出てきた。先ほどの男とは違う、地下牢で見張りをする係の者だろう。ゼスナディはすかさず賄賂を渡すと、「罪人の名は」と短い声が響いた。ヒナミリは口をへの字に曲げて目を丸くした。
「アリャンゴーフェナのソーウィ・フィーナだ」
「ソーウィなら先ほど釈放されたぞ」
「なんだと!?」
 ゼスナディの口から動揺が漏れ出た。地下の看守は大して驚く様子もなく続けた。
「君達じゃない人物が連れて行ったよ。 あれは王宮の人達だったか」
 刹那、三人は来た通路を振り返る。何やら入口付近が騒がしい。「王命ですか」、「侵入者がいるらしい」、「見舞人なら来てますが」、「そいつに決まっているだろう」と姿のない断片的な会話が早足の足音と共に近づいてきていた。
「まずいことになったな」
「へゃっ! ちょっ!?」
 驚いて変な声を出すヒナミリの手を引き、通路の脇の暗がりに隠れる。隠れながら入口に向かってカニ歩きをする。
「おいお前、地下牢に侵入する不届き者は見なかったか」
「先ほどまでここにおりました。 あれ、どこかに隠れたのかな……」
「ちゃんと見張っておけ! 探すぞ!」
 看守達の会話を盗み聞きしていたゼスナディは、金貨四枚分の義理を果たす彼に僅かに感心していた。追手は探し始めるには時間を取りすぎた。ゼスナディとヒナミリは無事に地上への階段を上り、地下牢からの脱出に成功した。

◆   ◆   ◆

 ヒナミリは「金貨八枚分の情報にしてはしょっぱいな~」とおどけた様子で居た。ゼスナディはそれでも、友の確定した情報を入手したことに収穫を感じていた。とはいえ、その行方を案じつつ更なる手立てを考えていたのであった。
 初夏、燦々たる陽光の下である。



続き:第四話
最終更新:2026年08月08日 09:20