登録日:2020/03/13 Fri 14:32:45
更新日:2025/04/28 Mon 21:02:40NEW!
所要時間:約 8分で読めます
◆経歴
「うむ……紳士は時間に正確でなくては、な」
一年戦争から連邦軍に所属する白髪の老将。
一年戦争時は中将で、
ア・バオア・クー攻略にも参戦。
レビル将軍亡き後の混乱する連邦艦隊をまとめて再編成し、困難な戦いを勝利に導いた殊勲者のひとりである。
連邦軍内のタカ派であり、自らの派閥も持っている政治屋。そのため他のタカ派連邦高官とは折り合いが悪い。
大将という階級と宇宙軍を任される立場にありながら、デラーズ紛争の収束のために活動する。
◆活躍
「ふっ、これでは内通したがる者が出るのも、無理ならんかな」
八話の「策謀の宙域」から登場。
哨戒任務で接近していたMSの所属をアルビオンのものと聞き、「ふっ、例の融通の効かぬ船か」と評していた。
そして
シーマ・ガラハウに接近し、
「シーマ艦隊への永住権を手配する代わりに星の屑作戦阻止に協力する」という条件の密約を交わそうとする。
お互いのメリットは大きく交渉はうまくいきそうだった…
……のだがシーマ艦隊がアルビオンの逆探に引っかかってしまいアルビオン隊はMSを出撃。その連絡を受けたワイアットは密約を誤魔化すため、やむなくシーマ艦隊を攻撃して離脱する。
その気になればシーマ艦隊の三隻を丸ごと消滅させることも可能ではあったが、あえて僚艦のムサイだけを撃つことで「シーマを逃がす」ことを伝えていた。
この行為によりシーマは「デラーズの懐に潜り込んだまま」「連邦との内通のパイプを維持する」という二点に成功し、その後内通は別の人物が成就させることになる。
シーマ艦隊から見れば交渉に来たはずのバーミンガムが突如反転を始めた挙句僚艦を撃沈したため、部下達は「裏切りか」と浮足立ったのだが
シーマは「罠なら優先して旗艦を狙うはずだが撃てば当たる角度なのにそのまま回頭を続けている」という時点で
前述のワイアットの本意を汲み取り
「もうすぐわかるよ」と発言。
バーミンガムが旗艦ではなく僚艦に当たる位置で砲撃したことでワイアットはシーマを撃つ気がないことや近くに別の連邦艦艇がいることを察知して部下にも告げた。むしろシーマ様の洞察力が凄い。
彼女もワイアットについて「いい男だったかねぇ……」とこぼしており、案外気性は通じた模様。
一方でアルビオン隊から見ても、「友軍艦バーミンガムの近くに敵艦を探知したのでMS隊を向かわせつつ連絡を入れたところ、バーミンガムが敵艦を撃沈し、残存敵艦にも弾幕を張りつつ逃げてきた」と言う状況であり、
ぱっと見は「バーミンガムと敵艦隊が不意の遭遇戦に入った」ように見えた(ワイアットがそう見せた)ため、そのまま戦闘に突入している。
しかし結果的にこの戦闘は、シーマの攻撃でバニング大尉は戦死し、ワイアットは貴重な情報を失い核攻撃阻止に失敗、シーマは
コウ・ウラキに恨まれ最終的に殺されるという、三方一両損どころではない
大惨事を引き起こすハメに……。
バーミンガムはこの戦闘の最中、アルビオン隊とシーマ艦隊の交戦の隙に撤退した模様。
「来るなら来いだ! このような散漫な攻撃でなにをしようというのだ」
その後、コンペイトウに戻り、連邦の総力を結集した観艦式を挙行。
星の屑作戦の詳細こそ入手し損ねたものの、軍艦はいつでも攻撃できる体勢のうえ、MS隊、有人偵察機・無人攻撃衛星など、あらゆる監視網・迎撃網を張り巡らせていた。
果たしてワイアット大将の読み通り、デラーズ・フリートは各地のジオン残党を呼び込みつつ攻撃を仕掛けてくる。
しかし迎撃網は極めて堅固で、接近する敵を手当たり次第に迎撃、デラーズ・フリート本隊にも主力ジム隊を差し向け、優位に立つ。
しかし敵の切り札であった
アナベル・ガトーの
2号機は、もっとも侵入困難とされた区画を突っ切りコンペイトウの真上に出現。
放たれた核攻撃を受け、艦隊ごと戦死した。死の間際、
と絶句していたが、時既に遅しであった。
なお、彼の死後も艦隊はステファン・ヘボン(ヘップバーン)少将が再編して追撃を開始する。
彼は核攻撃直後にアルビオン隊が助けると言い出した時には「何を今さら!!!! 無用だといってやれ!! 港は混乱してむしろ迷惑だと!!」と激怒している。
彼もワイアット大将の腹心であったと思われ、シーマとの取引も知っていたとすると、アルビオンの介入がなければ取引が成立していたと考えていたのかも知れない。
シーマ艦隊との交渉がうまくいけば、ガトーを仕留め核攻撃とコロニー落としの両方を阻止して連邦の英雄として語り継がれる事だっただろうに。
…つくづく運の無い人である。
◆人物像
「デラーズの艦隊こそ、海の藻屑だ」
「モビルスーツのない艦隊はどうなるかを、教えてやる……!」
腐敗した連邦軍人の代名詞のような扱いを受けることが多いが、星の屑阻止とジオン残党の弱体化のため、割と筋の通った行動もしている。
密約の件もアルビオン隊とは違った方向から星の屑阻止へ動いているのであり、シーマ艦隊の「戦争犯罪者」という悪評を考えても、十分取引可能な相手だったと考えられる。
ただし部下は懐疑的だったようで、直前まで罠ではと疑っていた。それに対して当のワイアットはどっしり構えていたが、これを大物の風格と取るか慢心の表れと取るかは視線によって変わるか。
シーマを取り込むことで
ジオンの悪行を白日の下に晒し、ジオン残党の大義名分を叩き折り、精神的に弱体化させることを目論んでいた模様。
実際、ジオンの悪業(コロニーへの砲撃や毒ガス注入や地球墜落、
条約を破っての核攻撃や
中立地帯への攻撃、休戦協定の一方的な蹂躙と奇襲、etcetc……)は
枚挙にいとまがなく、証人・生き残りも非常に多いため、シーマからの告発と合わせて公表すれば
ジオンの大義を徹底的に崩せた可能性は高い。
連邦における「
ラプラスの箱」のように、大義名分の崩壊・求心力の喪失というものはタイミング次第で組織の崩壊すら引き起こす。
一方で
「ジオンの脅威からスペースノイドを庇護する慈悲深き地球連邦」を演出することで連邦による支配を盤石なものにしようと画策していたともされるので、真の意味でアースノイドとスペースノイドの共存を願っていたかは不明。
イギリスの二枚舌は旧世紀からのことだし。
ただ、たとえ「共存」が建前にせよ、「スペースノイドを殺してアースノイドの利権を優先しよう」という考えがあったかは言動からは一切読み取れない。
しかし後述するように特別アースノイドを敵視する発言がなかっただけで、わざわざ観艦式でそういった発言を堂々とする辺り明らかに下に見ていたことは火を見るより明らかである。
真意はともかく、自ら密約に出向いたり、元々の予定でもあったにせよあれだけの戦力を導入したりなど、この事態を非常に重く捉えていたのは間違いなく、
ジオンに裏切られ猜疑心に溢れている上に何かと辛辣だったシーマも彼のことは一定の評価を下していたことも、その姿勢故と言える。
柔軟な対応により被害を最小限に抑えた上で事態の収束を図り、後のことまで考えているなど、
ジョン・コーウェン中将やアルビオン隊以上に、
政治面で有能な存在として描かれている(無論場当たり的とはいえ緊急出動して追い続ける彼らも必要な役割を担っているが)。
こうして劇中の印象付けとは正反対に放送後に評価が高まった人物であるが、では一部で言われているように
「
実は全面的にすごい有能だった」「
彼の思惑を邪魔したアルビオンが戦犯」という理屈が全て正しいかと言えば大いに疑問が残る。
作中描写をよく検証するとワイアットはワイアットで結構なガバをやらかしており、少なくとも元々の製作者が意図する「
自分の政治的な立場で動いていた結果、詰めが甘くて身を滅ぼした人」という人物評は覆せるものではない。
「テロリストに
核兵器搭載MSを盗まれる」という非常事態にもかかわらず、連邦内の派閥争いから逃れられていないうえ、表面的には危機感を感じている様子がないことに関しては、「腐敗した~」という評価もやむを得ないかもしれない。
会合に失敗したのもアルビオン隊に発見されたからであるが、アルビオンを支援していたコーウェンと意思疎通が取れていれば回避できた可能性はあった。
(ただしコーウェン派と連携しないのには道理もある。後述)
第一に絶対に外に露見してはいけない密約を交わすという時に、自分の艦の真横を事情を知らない友軍艦のMSが横切っている、という時点で何かしら警戒を行うべきであるが、ワイアットはこれを怠ったばかりか先のように「融通の効かない艦」と嘲笑するに留まっており、気にした様子すらない。
彼の嘲笑自体はアルビオン隊の性質を表すうえではある意味で的確な表現だが、それを把握しながらも多少でも部下に隠蔽工作やアルビオンを遠ざける指示をした様子がないのは密約をする事前準備としてはお粗末な対応である。相手は探知能力に優れた最新鋭艦なのでなおさら。
アルビオンが空気を読むべきだったとする突飛な意見もあるが、この時点でアルビオンは何度もデラーズ・フリートやジオン残党と戦闘を行い、ましてやシーマ艦隊と一戦交えて苦汁を嘗めさせられた状態であった。
アルビオンの艦内はかなりピリピリしていた、というわけではないが常に臨戦態勢ではあり、艦の性質を知っていてかつ第一線に身を置いている彼等を前にして、詭弁を弄して遠ざけるなどの対処をしなかったことを有能な判断というには無理がある。むしろワイアット自身の慢心を描いたシーンであると言える。
また、「アルビオンが空気を読むべき」というのも全ての情報を持っている神視点だから言えるのであって、アルビオンの視点ではバーミンガムが単独で動いている時点で何かあるのだろうかと思うことはできるかもしれないが、判断材料が無さすぎてそれが何かまで察することははっきり言って不可能である。敵との裏取引という状況がイレギュラーすぎるんだよなぁ…。
バーミンガムからはこれといった連絡もない状態でアルビオンがバーミンガムと所属不明の艦隊が接近していることを察知した場合、敵艦隊との遭遇戦や内通といった可能性が払拭できず、次の瞬間にはバーミンガムが沈んでいる可能性すら存在する緊急事態であるため、アルビオン的には「見過ごす」という選択肢を取るというのも問題であり、一刻を争う事態である(ように見える)以上、MS部隊を展開しつつ、事後報告的にバーミンガムに連絡を入れるというのは早計ではあるが間違った判断と断ずるのも難しいだろう。
慢心していたか取引相手であるシーマ様に全幅の信頼を置いていたのかは定かではないが、ワイアットが自身の状況を客観視出来ておらず「艦隊旗艦であるバーミンガムと敵艦隊が接近していることを事情を知らない友軍が発見したらどうなるか」という視点が欠けていたことや「戦場の霧」の存在を舐めていたことは問題であり、戦術家としては赤点レベルの失態である。もしバーミンガムがここで沈んでアルビオンが責任問題に問われた場合、「救援は送ったが間に合わなかった」「救援を送ろうとしたが、静止命令が出た」なら理由として成立するが「裏がありそうだから傍観してた」は流石に通らないだろう。だから事前にアルビオンを遠ざけておく必要があったんですね。
また、「救難信号もないのに大将が乗っている艦の傍で大佐の判断で勝手に戦闘を行うのは、上官に絶対服従の軍隊では言語道断」という主張もあるのだが、上官の命令が絶対の軍隊と言えどあくまで「上位将官からの別命令があれば、本来の任務よりそちらが優先される(事がある)」と言うのはあっても、命令もないうちに現在の任務を中断しお伺いを立てなければならない、と言うのは考えにくい。
何らかの事情で複数の部隊が孤立した際や本来の指揮系統が混乱し任務継続が困難な時に、現場の最高階級の指示に従うケースは戦場を扱った映画などでしばしばみられる。
「大尉が指揮をお願いします。この場の最高階級はあなたです」とか「司令官が負傷し指揮が困難となったため、次席である私が引き継ぐ」とかのあれである。
ただこれらの台詞からわかるように、その時点から誰が指揮を取るのかと言うのは必ず指揮下の全体に通達・共有される。でなければ兵士全員が都度誰の指揮に従うのかを個別に判断しなければならないし、判断できることになってしまう。
言い換えれば「顔や階級や声を知らなかった」「まだ遠いと判断した」などと言った形で、命令に従わない口実を与えてしまうのだ。
故にこれらの台詞は別にかっこつけで言っている訳ではなく必要な宣言だと言うのが分かるだろう。
上官の命令が悪いとか局所的な混乱等で一時的にそうなってしまう事はあるかも知れないが、軍務規定と言う制度の時点でそれを許容していると言うのは考えにくい。
本作の状況で言えばアルビオンは任務遂行に支障を来していないのでワイアットに指示を仰ぐ必要がなく、ワイアットが先んじて指揮を預かる通達もしていないため、指揮系統は別々のままそれぞれ本来の任務を継続することになるだろう。
加えてアルビオンはMS隊をスクランブル発進させたと同時にその旨をバーミンガムに連絡しているが、その時点ではアルビオンはシーマ艦隊との交戦距離に到達していない上、戦端を開いたのはバーミンガムの砲撃であり、
アルビオン隊が勝手にやってきて戦闘をおっぱじめたわけではないのでその主張は明確に作中描写と矛盾している。
取引を続けたいのであればアルビオンからの連絡に対して返答として静止命令を送って指揮官であるシナプスにMS隊を止めさせればよく、静止命令を出してなお止まらなければ命令違反で処罰すればいいだけである。
連絡はバーミンガムの索敵網にかかる前に入り、シーマサイドはバーミンガムが撃ってくるまでアルビオン隊の存在に気づいていない、しかも鈍足の
ジム・キャノンⅡを同行させたままの移動なため、アルビオンに返答を送るだけの時間的猶予はあったと思うのだが…。
ここでアルビオンに対して何かしらの返答を送らなかった時点でワイアットは事実上シナプスの行動を追認した形になるので軍規違反云々の主張は完全に的外れだろう。
ちなみにシーマ側の視点に立ってみれば「交渉に来てみたらバーミンガムが撃ってきただけでなく
数日前に激闘したアルビオンも現れて、犠牲を払って破壊したガンダムが改装されてこちらに突っ込んできた
」という状況で
明らかにワイアットとアルビオンが組んでこちらを潰す罠だったようにしか見えないのだが、そのバーミンガムの射撃が
旗艦に当てられる状況だったのにあえて僚艦の方を撃った
という
一点だけで「これはイレギュラーな状況でありワイアット自身が我々を裏切っていない」と看破して最善の対応をしている。
ワイアットもアルビオンも迂闊すぎる、と見えてしまうのは
それらよりはるかに条件が厳しいのに咄嗟の事態で状況を読み切ったシーマの眼力
と比較してしまうからだろう。
そもそも密約が上層部というか世間にバレると逆にワイアットの立場が少なからず悪くなることはありうる。よって機密にするにしてもコーウェン派との不仲があろうがなかろうが、というかコーウェン派以外だろうが友軍の航行経路には気を配るべきであった。
が、劇中では先の反応を見てもそれすら行った様子がない。
というかアルビオン隊があの現場に政治的意図を察知することなく芝居にすんなり騙されてくれたことで結果として独断による密約が上にバレることもなく、シナプスたちはワイアットの内通を疑う様子もなかったので、そういう意味では彼らの愚直さに救われた部分もある。
ただしよく言われる
「ワイアット派閥だけで密約を進めていた」というのは劇中描写からして
正しくない。
まずシーマはワイアット死後もコリニー派閥と連携しており、さらにコリニーが用意した切り札ソーラ・システムⅡについても把握していた。
そのため
「ワイアット派」「コリニー派」「コーウェン派の離反勢力(バスク)」「シーマ艦隊」は高度に連携を取っていたのであり、ワイアットが自分の派閥だけで進めていた話ではない。
特に
ソーラ・システムⅡは、資材も制御システムも初代とはまったく別物=一年戦争中の工場を再稼働したものではないので、それを
生産する時間・予算を合わせると、かなり前から重要なところは押さえていたと見ねばならない。
「政府との連携」も、描写されていない以上、どこかの派閥と連携できていた可能性はある。そもそも観艦式は間違いなく連邦政府主導の政策で、それをジオン残党迎撃にも応用するという発想は、まず間違いなく連邦政府からの内諾を得ていると見ねばならまい。
また本件の場合少なくとも「密約をせず堂々と」というのは不可能ではあった。情報という者は知る人間が増えれば増えるほど漏れやすくなるもので、それこそシーマ艦隊が粛清されたり、あるいは
会談場所に超兵器をぶち込まれる危険さえある。すでにコーウェン派閥からは情報漏洩が起きているので尚更である。
加えて、コーウェン派閥と連絡を取らないのは彼らを特別蔑視していたわけではなく、
単に重要気密なだけであった。というのも、ワイアットの部下であるステファン・ヘボン少将もソーラ・システムⅡについては秘匿されていたためである。
そうした点からしても、戦況を一発逆転する切り札を秘匿するという判断を
「欲走った悪手」とまでは言い切れない。
事実ワイアット死後もこの「シーマとの連携・内応を維持する」プランは引き継がれていたので、
指導者層での連携と、情報封鎖はかなりうまくやっている。
結局は戦争を早く終わらせよう…という崇高な目的があったというのは重ね重ね美化が過ぎる解釈であり、それよりは、自身の立場をより強くする政治的な野心が間違いなく念頭にある。それ故の詰めの甘さがあったのは否めない。
政治的汚職が民衆の心離れや反体制側の先導のタネになるのも確かだし、劇中でも腐敗・平和ボケっぷりを大々的に描いて問題視している。
なので「結果良ければ全て良し」と単純にもいかないのがこの手の話題の難しさである。
あの事態とて、本来の思惑が崩れる可能性はあるが、あの場でアルビオンを止めるために腹芸の一つも見せなかったのは、自身の立場を守るための自己中心的な判断だと言われても仕方がない。
それこそシーマ艦隊を投降艦としておけば少なくとも手出しは避けられ交渉はできた。内通者に露見するリスクが生まれるという点も、既に発見された時点でそのリスクは大きく生まれているのであの状況ではそれこそ「何を今更」である。
もっとも、個人の野心・欲目から出た行動であろうとも、それが道理に則り、結果として事態解決に貢献するなら、「内心」は問題なかったとは言える。
制作側は「連邦の腐敗」と描きたかったのだろうが、そして決して清廉潔白な人間ではなかったのだろうが、それで存在の全否定ができる人物ではない。
制作陣のジオン賛美・連邦ヘイトへの反発もあるが一定ファンがつく人物になったというのは実際のところ。
非常事態にもかかわらず、自ら観艦式に臨むというのもかなりリスキーな選択であったが、自動砲台やMS部隊に守られた状態で37機のMSを撃破しているので、ジオン残党を一網打尽という目的は結構果たせている。
核バズーカ背負っただけの鉄砲玉みたいなMSが、鬼神のような強さで単騎駆けして防衛線を突破して、更に射出した核弾頭も妨害されなかったのが異常なだけであり(作劇上の都合にも近い)、発想は何らおかしなものではなかった。
仮に観艦式を中止したとして、それは矮小な勢力のジオン残党の一部に連邦政府が政策を転換させられたと言うことで戦略的敗北を喫する形となる上に、問題の先延ばしに過ぎず、
むしろその後いつどこでこの核を撃たれるのか分かったものではなくなり、更に厄介な事態が予想される。
シーマ艦隊を投降部隊とせず一旦ジオン側に返したことも、彼女たちがその後やった「敵首領デラーズを捕えての旗艦制圧」は「シーマを投降部隊として扱った」場合はできなくなるので、ワイアットが「敵と扱って返した」というのも必ずしも否定しがたい。
正直、シーマ艦隊は大々的に味方にするより、最終局面まで敵に忍び込ませ、一番肝心なところで中枢を突かせるべき一発逆転の駒であった。正面からの打倒部隊というならワイアット派・コリニー派・バスク派から十分な戦力が出ているので、シーマ艦隊にしかできないことをやらせたのは大きい。
先述したように連邦軍内で派閥争い中であったが、シーマとの密約を利用して星の屑を阻止できていれば、その後の歴史が大きく変わったことも考えられる。
デラーズ・フリートの行動は
ティターンズの設立に大義名分を与えたが、それを与えずに済むことに加え、
対立していたジーン・コリニー中将はジャミトフの上司でもあるので、上手く行けば連邦軍内から急進派を一掃することも夢ではなかったか。
あのジャミトフのことなので、「ジオン贔屓」とでもレッテルを張られて逆に追放されそうであるが。
あるいは、これほど大局的な視野・手腕・権力を持つワイアットがジャミトフと組んでいれば、ギレンの野望シリーズで描写されたような、ジャミトフの「真の理想」も叶っただろうか?
少なくともワイアットについて、スペースノイドを「ども」をつけて見下すセリフこそあれ、アースノイドを特別視する発言はないのである。
よってもし彼が立場を強めていれば少なくともティターンズがあそこまで台頭するようなことは防げたであろうと思われる。
かといって連邦がもう少しクリーンで引き締まった組織体制になったかと言われれば劇中のそれを見るに怪しく、下手をすれば歴史上起こるとされている連邦軍の腐敗による衰退が早まった可能性もまあある
まとめると、一指揮官としてはバーミンガムの指揮管制能力と防衛衛星などを組み合わせた迎撃の巧みさや、
艦隊を集めた状況でありながらMSの重要性に言及する点など、大艦隊の司令官としての優秀さは演出されている。
政治家としても企み自体は先見性があって十分な良策を用いていた。が、指揮にせよ策謀にせよ慢心があったことは否定しようがない。
ただ少なくとも階級にふさわしい作戦行動や策略は取れる人でもある。賛否あるが、固定ファンのつく人物となったのは確かである。
◆漫画「REBELLION」
「観艦式が終了次第わたしはスペースノイドにジオン公国の凶行を大々的に喧伝し、そしていまだジオンの思想にかぶれた者どもを一掃する!!
スペースノイドどもは知るであろう!! ジオンが「悪」で我々が――――……地球連邦が彼らの「絶対的守護神」であったのだと!!
これが政治的「征服」というものだよ。諸君!!」
リメイク漫画である本作では、ワイアットの思想をより一本に定めて明確化したうえで描かれている。
上記のセリフのように、戦略家のみならず世界の政治そのものを導ける(※少なくとも間違ったことは言っていない)政略家であることも強調されている。
その意味では、(劣悪な環境という違いも大きいとはいえ)どこまでも戦略レベルしか見れない
エギーユ・デラーズとは対照的である。
ビグ・ザムを「ソロモン戦の象徴」としてあえて回収・改造し、嫌がらせを兼ねてぶつける一面も。それがなかなか強力であるから侮れない。
また「ジオンの大義」によって立つデラーズやガトーの正体を「一年戦争の敗北を受け入れられずに宇宙を徘徊していた連中」とも喝破している。
例えばガトーのセリフに「怨恨のみで戦いを支える者にこの私は倒せん! 私には義によって立っているからな!!」というものがある。
しかしガトーの「義」とは本人も無自覚ながらその前大戦の『怨恨』によるところが大部分であり、彼らの言動はまさしく「敗れたという現実を認められず徘徊していた連中」のそれである。
またアルビオン隊に「まるで厄介事の元凶だ!!」とも発言しているが、
上司のコーウェンが核兵器の製造を主導し、責任者にも拘らず核兵器をまんまと奪われ、追撃作戦もことごとく失敗し、黒星ばかり重ねた彼らの行状を考えるとこれも正鵠を射ている。
そのため本来なら何かしらのツッコミどころを担いそうな役回りなのに、こちらでもツッコミどころが意外と少ないという問題が生じた。
以上のように戦略と政略を掘り下げられたワイアットではあるが、一方で周囲との連携があまりに拙い、という欠点もこの作品では強調されている。
前述のヘボン少将はワイアットが死んだと見るや「気取り屋」などと死者に鞭打つような罵倒を行い、部下たちはシーマより先に寝返っていたジオン海兵隊員を殺そうとする有様。
他の派閥はもちろん、部下にさえも彼の考えが受け入れられていたとは言い難い。
なお前述のシーマとの密約をアルビオンに邪魔された際にはアルビオン隊は威嚇射撃を行った上で説明を求めるという当然の行いを行っているにもかかわらずに
こちらのワイアットはバーミンガムで何の非もないコウ達を撃って交渉を継続することを検討したが友軍を撃墜したログを改竄する目処が立たないため断念した。
つまり改竄が可能なら
コウ達を殺して黙らせる気だったという
ことであり、身内に「気取り屋」くらい言われてもおかしくない人物となっている。
更に終盤ではジャミトフが「デラーズ紛争は全てコントロールしている」という旨の発言をしているため、ワイアットが死んだことも想定内だったようである。
◆ゲーム作品
ギレンの野望シリーズには『ジオンの系譜』から登場する。
しかし異常に能力が低いステータスが与えられている。某無能大将よりは使えるレベル……と言いたいが、
無駄に耐久だけは高いあのお方に対して「万遍なく弱い」のでどうしようもない。
原作ネタを拾おうにも、バーミンガムも「耐久力だけはある固定砲台」なので、高耐久のあのお方に乗ってもらった方がいい。とはいえたまには
僻地でティータイムを楽しんでもらうのもいいだろう。
様々な連邦軍人のなかでも、
もっと腐敗してそうなコーウェンとかコリニー、さらには裏切ってた上に作戦中に酒を飲むようなエルランよりも弱いのは謎である。
ちなみにこのゲームには、隣に並ぶと能力が上がる「友好キャラ」が設定されているのだが……
片や
連邦軍どころか全勢力最弱である我らがゴップ大将、もう一人は
どこかで連邦軍から居なくなるエルランと、シリーズ屈指の役に立たない友好キャラを与えられている。
例外的に『ジオン独立戦争期』では策略や内政要素と登場と軍団制によってそれなりに利用価値が上がった。
また、彼をオリジナルモードの総大将にすると「皆が紳士の心を持てば世界は平和になるのだ。」というニュアンスの政策を打ち立てて本当に世界を平和にしてしまうと言うレビルでも出来なかった快挙を成し遂げた。
その後の『アクシズの脅威』では従来通りの無能キャラクターという扱いに戻った。
『
新ギレン』ではゴップとともにちゃんと前線で司令塔として戦えるステータスにパワーアップした。
将官らしく指揮する部隊の攻撃命中率を上げるスキルを持ち、さらに占領した拠点の開発度低下を抑える珍しいスキルも持ち合わせている。
◆観艦式での演説 ※紺色の部分は小説版のもの
「宇宙暦、0079。つまり、先の大戦は、人類にとって最悪の年である。
この困難を乗り越え、いままた、三年ぶりに、宇宙の一大ページェント、観艦式を挙行できることは、地球圏の安定と平和を具現化したものとして、喜びに耐えない。
そも、観艦式は、地球暦1341年、英仏戦争の折、英国のエドワード三世が、出撃の艦隊を自ら親閲したことに始まる。
以後、スペインの無敵艦隊、アメリカの白艦隊、日本の連合艦隊などあまたの艦隊が大いなる歴史の中にその名を刻んでいった。
そして今、大宇宙の望洋たる海原に、我が地球連邦宇宙軍の勇壮なる姿を誇示すべく、観艦式の開催を高らかに宣言するものである。
諸君、煌めく星々の光を、恵みの光を放ち続ける太陽を、そして眩くも美しい母なる地球を見てほしい。
この共有すべき大宇宙の恩恵を、一部の矮小なるものどもの蹂躙に任せることは、
すなわち人間としての尊厳を捨て去ることに他ならない。諸君、我々は新たなる決意の時を迎えたのだ。」
宇宙世紀にもなって英仏戦争のうんちくは必要だったんですかね。
◆余談
エドワード3世の話を持ち出す、紅茶を好む、「紳士は時間に正確でなくてはな」と言いながら観艦式へ向かうなど、イギリス紳士としての立ち振る舞いが目立つ。
冒頭のセリフもその一つ。しかし「ダージリン『が』いいな」ということは、宇宙勤務なのに種類を選べるくらい多様な紅茶を用意しているのだろうか……
宇宙世紀は西暦の延長線上にある設定だが、彼のように
「旧世紀の事象に明確に触れる」人物は珍しい。
宇宙世紀元年=西暦2045年という説を採れば、英仏戦争は900年近く過去の話。
これだけ進んだ宇宙世紀にありながら、
そして「ヒットラーは身内に殺された」などと変なことを言う人もいるなかで旧世紀について流暢に語る将軍は、博識かつ勤勉なのかもしれない。
「紳士は学問に正確でなくてはな」
Wiki篭りは追記・修正が好きだと、相場は決まっている。
最終更新:2025年04月28日 21:02