怪(ムック本)

登録日:2022/11/30 (水) 20:30:05
更新日:2022/12/05 Mon 19:05:16
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すべてのお化け好きに贈るエンターテインメント・マガジン!


『怪』とはかつて角川書店から刊行されていたムック本(雑誌形式で出版される単行本)の名前である。英語表記は『KWAI』。
その名の通り日本唯一の妖怪専門誌であり、妖怪漫画の大家である水木しげるが音頭を取り創刊された。

執筆陣として荒俣宏、京極夏彦、宮部みゆきらが名を連ね、キャラクターとしては認知されているものの学問的な観点からはあまり理解を得られていない「妖怪」という存在について広く啓蒙することを目的としている。
だからといって堅苦しい内容ばかりではなく、小説や漫画といった読み物も充実しているし、(妖怪に関連していること前提ではあるが)甘味処の紹介といった観光ガイド的な記事もある。

アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』放映時期にはそれに関する特集も頻繁に組まれていた。

イベントも規模の大小を問わず毎年のように各地で開催されており、『妖怪大戦争』のような映画プロデュースやラジオ番組の制作、ネット動画やオンラインイベントの配信など手広い活動を手掛けてきた。

2007年には妖怪関係の漫画のみを集めた『コミック怪』が新たに創刊され、京極作品のコミカライズなどが連載されていたが、2013年に惜しくも休刊。
そして『怪』も2019年に姉妹誌である怪談専門誌『幽』と合併する形で消滅、以降は『怪と幽』と名を変え年3回ペースで刊行中。

この項目では『怪』時代の活動内容や連載陣を中心に紹介する。

沿革

世界妖怪協会

『怪』の創刊には、水木大先生の主張によって立ち上げられた「世界妖怪協会」が深く関わっている。
妖怪が好きな一般人や妖怪について研究している学者らが集まって意見交換や発表を行う場を用意するという目的で設立された団体で、初めて公の場に登場したのは1996年。
水木大先生の故郷である鳥取県境港市で開催された地方博覧会にて、「第1回世界妖怪会議」と銘打ちパネルディスカッションを行った。
この時の参加メンバーは水木大先生に加え、荒俣氏、京極氏、妖怪研究家の多田克己らで、以降のイベントも基本的には同じメンバーが登壇している。

翌年、同じく境港にて「第2回世界妖怪会議」が開催。
その際、今後も続けていくに当たって参加するファンのための会報を作ろうという話から生まれたのが『怪』だった。

制作に当たって白羽の矢を立てられたのは、角川書店(現・KADOKAWA)の編集者である郡司聡。
商業誌として出す以上は一定の売り上げが見込めなければならないため、郡司氏は目玉として京極氏の新作掲載を考え、「水木先生から小説を書いてほしいとの要望があった」と嘘を吐いて新作を書かせることに成功している。しかも一週間というとんでもない納期で。
後に京極氏はこの一件について「騙されました」「今でもはらわたが煮えくり返る」と語っている。

それはさておき、準備号である『怪 第零号』が1997年に発売され、翌1998年からは年4回ペースで刊行されるように。
年2回に刊行頻度が落ち込んでしまった時期もあったが、最終的には年3回ペースで落ち着き、『怪と幽』でもこのペースを守っている。
当初、ナンバリングは漢数字が用いられていたが、第11号からアラビア数字が用いられるようになった。

「第3回世界妖怪会議」は、かつて水木大先生が漫画の題材に取り上げた粘菌学者・南方熊楠ゆかりの地である和歌山県で1999年に開催され、その後第4~5回を東京都内で行って以降は日本各地で開催されるようになっていく。

2002年は夏と秋にそれぞれ東京と鳥取の二ヶ所で第6回と第7回を開催という変則的なものになっている。これは1998年の開催が諸事情でできなかったことによる埋め合わせが理由。

2003年に青森県むつ市で開催された「第8回世界妖怪会議」には、水木大先生とプライベートで親交があり、4期鬼太郎にもゲスト出演した俳優の佐野史郎がゲストとして参加。コアな水木作品トークを行って会場を盛り上げた。

2004年の「第9回世界妖怪会議」は滋賀県八日市市(現・東近江市)にて開催。開催の成功を祈念して水木大先生がデザインした大凧が市に寄贈された。

2005年に東京都中野区で開催された「第10回世界妖怪会議」は、映画『妖怪大戦争』の特別試写会も兼ねていた。

2006年の「第11回世界妖怪会議」は、『稲生物怪録』の舞台となった広島県三次市で開催。市内では同じタイミングで、当時連載中だった同市が舞台の伝奇漫画『朝霧の巫女』のイベントも開催されていた。

2007年からは会場が京都府の東映太秦映画村に固定され、そこで毎年開催されるようになる。
映画村の敷地内に複数の会場を設け、時間ごとに異なるイベントが開催され、さらにオープンセット内にて様々な露店やワークショップが立ち並ぶなどこれまでと比べて規模が拡大し、一日中楽しめるようになったのが特徴。
会場が広くなった事でやれる内容も増え、5期鬼太郎の声優陣がゲスト出演した2009年と2010年には、イベントの合間や終了後に高山みなみ高木渉池澤春菜といった面々との交流・記念撮影会が行われ、ファンにとっては忘れられない一日となったことだろう。

これらイベントの詳細は『怪』本誌にレポートとして纏められ、裏話は京極氏の所属事務所のホームページに掲載されている。

「世界妖怪協会」が直接関わっているわけではないが、2008年に愛知県のナゴヤドームで開催された「妖怪フェスティバルinドーム」では、『怪』が全面協力して貴重な資料の展示が行われた。

2009年には『怪』の公式サイトが「お化け大学校」としてリニューアルし、『怪』の定期購読者には学生証が配布され、学籍番号を提示することでイベントの優先予約や一部店舗でのサービスが行われるようになった。
それに伴ってイベントも大学の講義という体になり、水木大先生が総長、荒俣氏や京極氏らが教授という肩書きでトークショーやパネルディスカッションを行うように。
前述した映画村でのイベントも「化け大祭」としてリニューアルされ、なんと2日間に亘って開催されるという、ちょっとしたフェスのようになった。
また、2012年には有料コンテンツとして『それゆけ!妖怪馬鹿おやじ』というオリジナルの動画を制作・配信していた。*1
「お化け大学校」は水木大先生の没後も続けられたが、『怪』の終了と共に完全に閉鎖されている。


怪遺産

2007年、後世に残したい妖怪文化や自然を擁する地域を『怪』誌上にて取り上げ表彰するという企画が行われた。
この企画では、以下の3つの市が「怪遺産」に認定されている。
  • 水木大先生の故郷であり、1996年から水木しげるロードを整備して町興しによる過疎地復興のモデルケースとなった鳥取県境港市(2007年認定)
  • 児啼爺伝承の発祥地である大歩危峡を擁する徳島県三好市(2008年認定)
  • 日本民俗学に多大な影響を与えた『遠野物語』の舞台である岩手県遠野市(2010年認定)
2011年から大人の事情で映画村を使用できなくなって以降は、この3市が持ち回りで「化け大祭」改め「怪フォーラム」の会場となっている。
また、この頃から「ニコニコ動画」でのイベント生中継も行われるようになった。
イベント終了後は出演者と観客入り乱れての懇親会(要別途参加費)が開催されるのが常になっており、地酒飲み放題、地元の名産品を使った料理食べ放題、出演者に話しかけて記念撮影などの交流可となかなかに豪華。
夜の部として懇親会の後にトークショーが開催されたこともあったが、下戸の京極氏以外は全員酔っぱらっての登壇という非常にカオスな事態になってしまい、それ以来行われていない。観客の中にも酔い潰れて寝落ちしている人がいたぐらいだし。

3県はこれが縁で提携を結ぶようになり、『怪』のイベントでは3県の知事が互いにメッセージを贈り合ったり、各県の伝統芸能がステージ上で披露されたり、会場内でちょっとした物産展が開かれるようになった。

2019年には一条妖怪ストリートを擁する京都府京都市が4番目の候補地として名乗りを上げ、実際にその年の「怪フォーラム」も京都国際マンガミュージアムにて開催されている。
が、2020年から始まったコロナ禍の影響によって大規模なイベントが開催できなくなったこともあり、2022年現在も認定はされていない。


全日本妖怪推進委員会

「世界妖怪協会」の活動中に、その下部組織として京極氏が肝煎となり「全日本妖怪推進委員会」が発足された。
妖怪が好きだと意思表明さえすれば誰でも参加可能なぐらい敷居が低いのが特徴。
妖怪は怖いだけでなく親しみやすい存在でもあるとして大衆に啓蒙・推進するのを目的としており、そのためにメディアを問わず活動していた。

2007年には京極氏、郡司氏、そして妖怪探訪家の村上健司をパーソナリティに据えたラジオ番組「怪」ラヂヲ~妖怪の周辺~の放送を開始(全21回)。
妖怪そのものを語るのは非常に複雑な説明が必要であり時間が掛かるとして、毎回妖怪に関係があるであろうテーマを決めて語っていた。*2
「鳥山石燕」や「祭り」のようにそれっぽい話題の時もあるが、基本的にはいい年こいたおじさん連中が菓子パンや時代劇について好き放題喋り続けるという極めてカオスな内容の番組になっていた。
放送終了時間になると妖怪に関する替え歌をエンディング代わりに流すのがお約束となっており、基本的に推進委員会の誰かがカラオケで歌ったものを録音して流すというスタイルだった。*3
番組はポッドキャストでも配信されていたが、この替え歌を始めとした楽曲が権利に引っかかるためその辺りをバッサリとカットした通称「不完全版」での配信となっていた。
ちなみに替え歌を流している最中、非常に偏った内容の行楽情報がナレーションで入る。取り上げられる内容は奇祭が多く、開催日と場所は告知されるが内容に関しての説明はとても抽象的。例えば「夜中の3時に関門海峡でワカメを採ります」とか「腰藁を着けた裸の男が民家に水を掛けます」といった感じ。
詳細については該当項目参照のこと。

2008年には妖怪関係の楽曲を多く手掛けるバンド「妖怪プロジェクト」とのコラボでCDデビューを果たす。曲名は『荒野の七人みさき』。
京極氏がメインボーカルを務め、PVにも俳優として出演。映像を見たファンからは「ただの京極堂と評判。
「化け大祭」のステージでも生歌が披露された。

2016年には『妖怪ウォッチ』とのコラボで『ファミ通』誌上に連載を持つようになる。その名も『化け通』
基本的にはインタビューや対談、鼎談を文字起こしした内容で、誌面ではカットされた部分を収録した完全版が京極氏のホームページから閲覧できることもあった。
2017年の「怪フォーラム」にはその縁でジバニャンがゲスト出演(ただしシャドウサイドの方)。このイベントにて『妖怪ウォッチ』と『ゲゲゲの鬼太郎』とのコラボが公になった。

毎年11月に東京は神保町で開催される「神保町ブックフェスティバル」に、企業ブースに混じって出店しているのも特徴。
2007年以降は京極氏自ら売り子として店頭に立っていることでファンの間では非常に有名。
水木大先生がご存命の頃は、大先生の直筆サイン色紙を含めた書籍セットが当たり前のように売られていたことでも知られる。午前10時開店で正午までには完売するのが常だった。
ブックフェスティバルの期間中には京極・多田・村上の「妖怪馬鹿」3名によるトークイベントが開催されるのもお約束であり、古書や物語と妖怪を絡めたテーマになることが多い。
お察しの通り、かのひどい民話を語る会も本来はこちらで行われる予定のイベントだった。
近年は深川で開催される「深川お化け縁日」にも出店しており、京極氏がその場で短冊にサインを書いて販売する際には長蛇の列ができていた。*4

2017年に「自分達が推進せずとも充分に妖怪は定着し、大衆にとって日常的な存在となった」として活動終了宣言がなされ、以降は「お化け友の会」と名前を変えて現在もゆるく活動が続けられている。

なお、2013年から6年かけて刊行された『水木しげる漫画大全集』は、企画発起人を筆頭にスタッフが推進委員会メンバーとモロ被りしているが『怪』とは一切関係ない(版元もKADOKAWAではなく講談社)。
ただし郡司氏は、関係者として巻末に解説文を寄稿している。

主な連載陣・編集者

五十音順とする。

化野(あだしの)
評論家。小説も書いているが『怪』では評論がメイン。
『妖怪百家争鳴』を連載。

荒俣宏
帝都物語』などで知られる作家であり、テレビのコメンテーターとしてもお馴染みの博物学者。水木漫画界では「アリャマタコリャマタ」もしくは「タイヤキマン」として名高い。
近年はテレビの収録と被るためかイベントに登壇してもすぐ帰京することが多いが、以前は即席のサイン会を開いて読者と交流を続けていた。
エッセイ『荒俣宏の脳内異界探偵』や自伝『妖怪少年の日々』などを連載。

梅沢一孔
編集プロダクションの社長で、多くの若手を発掘してきたベテラン編集者。ひと目見たら忘れられないレベルの巨漢。
イベントの際には物販コーナーで売り子を担当し読者と積極的に交流を続けていたが、2018年に急逝。
氏への追悼として、当時放送中だったアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第25話に、操られる人間の一人として梅沢氏そっくりのモブキャラが登場している。*5

大塚英志
多重人格探偵サイコ』や『北神伝綺』などの原作で知られる作家。国際日本文化研究センターの所員でもある。
小説『もどき開口 木島日記完結編』や評論『妖怪学批判』などを連載。

恩田陸
六番目の小夜子』などで知られる小説家。
異能者が活躍するアクション大作『失われた地図』を連載。

唐沢なをき
『カスミ伝』などの実験&ブラック系ギャグマンガで知られる漫画家。
昭和に発売されたトンデモな内容の児童向け妖怪図鑑を紹介する『唐沢なをきの妖怪図鑑図鑑』を連載。

京極夏彦
小説家・意匠家。
小説では『巷説百物語シリーズ』『虚実妖怪百物語』などを、評論では『妖怪の理 妖怪の檻』などを連載。『怪』の表紙デザインも担当している。
前述の通り半ば騙されるような形で連載を始めたわけだが、後にその『巷説百物語シリーズ』で直木賞、柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞と三冠を達成するのだから世の中どう転ぶか分からないものである。

郡司聡
『怪』初代編集長。後にKADOKAWAの執行役員に出世し、肩書も特別編集顧問となる。
イベントの際には司会進行役として登壇する機会も多かった。

小松和彦
国際日本文化研究センター名誉教授にして、テレビのコメンテーターなども務める民俗学・文化人類学者。
高知県物部村(現・香美市)に伝わる「陰陽道いざなぎ流」を40年以上に亘って現地取材し論文に纏めた専門家としても知られる。
『わたしと異界との出会い』などを連載。

佐藤健寿
『奇界遺産』などで知られるフォトグラファー。
無名時代に梅沢氏に見出され*6、フォトエッセイ『奇界紀行』の連載を開始する。
『クレイジージャーニー』出演によるブレイク後も連載を続け、『怪と幽』でも引き続き連載を持っている。

志水アキ
京極氏の『百鬼夜行シリーズ』のコミカライズを担当している漫画家。
『コミック怪』刊行前には『怪』誌上で『姑獲鳥の夏』のコミカライズを連載。

杉岡幸徳
かなまら祭り」などの日本各地に伝わる奇祭を取材・撮影し続けるライター。
『日本トンデモ祭りめぐり』などを連載。

多田克己
妖怪研究家。博物館で客員研究員をしていたことも。
イベントの際には大小様々なトラブルを起こすことでファンや関係者の間では有名。
京極作品に登場する妖怪を中心に取り上げた『絵解き 画図百鬼夜行の妖怪』などを連載。

芳賀日出男
日本の原風景など民俗学的な写真を撮り続ける写真家。紫綬褒章受章者。
2022年に101歳で亡くなるまで生涯現役を貫いたレジェンド。
『芳賀日出男の写真民俗学』など巻頭特集の写真を担当。

畠中恵
『しゃばけシリーズ』などで知られる小説家。
連作短編『深川妖夜話』を連載。後に『つくもがみ貸します』に改題してシリーズ化し、2018年にはアニメ化されている。

みうらじゅん
「マイブーム」「ゆるキャラ」「クソゲー」といった造語を世に送り出した張本人。本業は漫画家。
『みうらじゅんのテングーを捜せ!』などを連載。

水木しげる
ご存じ、妖怪という存在を世に定着させた偉人。通称大先生(おおせんせい)。イベントに登壇した際は高確率でクソの話が飛び出す。
『神秘家列伝』のような伝記漫画、『水木しげるの異界旅行記』のような紀行漫画、『水木しげるの日本霊異記』のような古典に材を取った漫画などを連載。
没後、『別冊 怪 追悼・水木しげる 世界妖怪協会 全仕事』という単行本化されていない記事や妖怪画などを纏めた本が発売されている。

宮部みゆき
ゲーム女小説家。
『怪』主要メンバーの一員ということでイベントに登壇する機会も多い。京極氏の影響で売り子をやったことも。
時代小説の『あやし~怪~』やファンタジー小説の『過ぎ去りし王国の城』など、ジャンルを問わず連載。

村上健司
妖怪探訪家・ライター。
妖怪に纏わる各地の史跡や観光地をメジャー・マイナー問わず取材した『妖怪ウォーカー』などを連載。
村上氏が妖怪に関する史跡を巡った記事を書き、それに多田氏が詳細な解説を添えるという形式がよく見受けられる。

レオ☆若葉
『虚実妖怪百物語』でやけに有名になってしまった売れないライター。
巻末にイベントの補足記事などを書いていたが誌面リニューアルの度にページ数を減らされ続け、『怪と幽』ではとうとうクビになった。
2021年の『怪と幽 vol.006』にて久々に生存が確認された。

余談

創刊からかなりの間、世間一般における妖怪への理解が今と比べて非常に低かった*7こともあり、一部の好事家以外からはキワモノ扱いを受けていた。
実際に現地に赴いて取材をする際も、説明のため妖怪という単語を出した途端に嫌悪感を示されることが度々あったとか。

実は『怪』には編集部というものが存在しない。
時期になると各編集部からメンバーが駆り出され、本業と並行して制作されているのだそうな。



創刊以降ずっと追いかけ続けてきた自他ともに認める妖怪馬鹿の方、追記・修正お願いします。

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最終更新:2022年12月05日 19:05

*1 現在は『怪と幽』にて、『それいけ! 妖怪旅おやじ』という名の誌上連載として復活を遂げている。

*2 京極氏によると、妖怪とは例えるなら「ドーナツの穴のようなもの」であり、語る場合どうしても周辺の輪の部分がメインになってしまうという。

*3 推進委員会メンバーの年齢や趣味の関係で、基本的に懐メロかアニソンが採用される。

*4 基本的にアマチュアによるイベントのため、まさかこんな大物が参加しているとは思わず、行列を見て怪訝に思った一般人も多かったようだ。

*5 該当エピソードを監督した角銅博之が『怪』メンバーと長年交流があったことで実現したと思われる。

*6 佐藤氏曰く、それまではおかしな被写体ばかり撮影しているお蔭で誰からも見向きされなかったとのこと。

*7 かの水木しげるロードも当初は「妖怪は怖い、不気味」という理由で地元民が猛反対していたというのは有名な話。小松和彦も研究対象に妖怪が含まれるというだけで学会から白眼視されたと述懐している。