雑記:文或と近代もろもろ、160
7月17日めも。
過去に触れようとするとノンストップ愚痴になるというか、一件思い出すともう一件引き摺り出されるのとかどうなんだろうと正直思っています正直。
いや、「相手の立場になってみる」まで行くならそこまで無意味とは思わないけど。
前回というか、昨日打ち込んでいたのはそういう感じのやつですね。
ただまあ、そこまで踏み込もうとすると長くなるよなぁ。
恨みを書き連ねたところで、あんまり気持ちが晴れないんですよ、なんか意外と、相手の気持ちもわからんでもないなだがしかしこれはどうなんだ、と腑分けしてしまったほうがすっきりするというか。
読んでしまった人は多分そういうこともない。
いや別にいいんだけど、日記ではないけど日記的なやつだし、ただ、約一年前の日付けなので過去の案件に、恨みになりがちなのも仕方ないかもしれない。
ただ普通に日記書こうとすると読んだ本の話とか始めるんだよね、いや別に悪くはないものの、それはついったでいいじゃん。
恨み言がこっちのほうがまだいいよな。
とりあえず思い出してしまった愚痴は無意味なので忘れることにしました。
しかしあれね、「女は馬鹿である」などの概念は、あくまでもそれを誰も口にしない状態でこそ抑圧効果を発揮するのであって、はっきり言葉に出してしまうと…なにを根拠に低く見てるんだかよくわからなくなるってのはあるよね。
てか、何回も書き直した結果こういう感じの内容での書き出しになったんだけども、このあと9日分くらいなにすんの一体私?
7月18日めも。
とりあえずさすがに前日分の内容は引っ張るほどのこともなく、眠いし、あとあれ、寝る予定の時間まで潰すつもりが難航しすぎて過ぎてるし、動画も続けて見たのでこれ以上見たくないし、去年の今頃の記憶もあんまりないので日記としての機能が死んでいるのですが、適当に古い歴史本みたいなのの話をすればいいのかしら。
そういえばあれ、適当につまみ食いしてるみたいなちゃんとしたジャンル、ええとあれ、言い直すと私の姿勢がつまみ食いで問題ないくらいの整備されているジャンルがまずあるんですが、それと並行してかなりまとめてがっつり読み込まないと付いていけないみたいなジャンルがあるんですよね。
まあしっかりしてないがったがたの非舗装道路みたいなジャンルが。
んでこの非舗装道路の中でもある程度煮詰まる程度で放り出したところとそうでないところがあるみたいなやつ、これは補装具合とかじゃないかも、刀なんかはぶっちゃけ冶金まで手を出したもののなんなら発展するかもしんないー、みたいな意味で放り出したし、その前の鉄道はちゃんとやってはいたものの、社史を一通り読んだ辺りでギブアップ、めっちゃ読んだけどね、本腰入れてた感はあんまりないかな。
これの前が日本中世史。
楽しかったんですよ、歴史ジャンルの中でもピカ一に、ただ、非舗装道路だったんですよ、酷いジャンルって表現するのはなんか違うんだよね。
リアルタイム舗装してたジャンルみたいな?
あれの手法が戦国時代まで降りて来たのがどうも大河の結集らしいので、なんか歴史学者がドンパチやってても話半分にしてあげて下さい、悪はいないと思う客観的に。
7月19日めも。
なんか一日めの雑記と二日めの雑記がだいぶ乖離してるような、いやまあ、だいたい歴史ジャンルの話ではあるんだけどと考え直してるみたいな感じなんですが。
私が文学ジャンルで「史実」という言葉に拘るのもそのせいもあるんですよね。
これはたまに言ってるんだけど、中世ってあれ、歴史書ないんだよね、最近「応仁の乱」ていうえらい化け物新書が出ましたが、あれが寺の坊さんの書いてた半公的記録(日記というものはもともと公開先が限られた共有文書らしいので)を各種事情を語り倒しながらバイアス差っ引いてくみたいな試みとしてはめっちゃ面白い感じで興奮したんですが、残念ながら本は寺の事情と個人事情をメインで語っていたのでなにを読まされているのかわからないまま彷徨った人は…少なくないと思う。
私が読めたのは寺に詳しいからだろうなあれ。
あと、もともと同じ時代に詳しいとかだとバイアスがあっても他の事情と組み合わせられる情報くらい探せると思うけどねー。
いやそっちの話ではなく。
中世って史実ないんですよ、疑似史実みたいなのが展開する程度で。
準歴史書ってのもありますけども、これが日記ですね、長期展開する日記なんかは歴史書に準ずる扱いにするよー、みたいなの、中世の話ではないです。
歴史書がないから史実がないって言ってんだよ、1970年代に作られた逸話とか史実ってさすがに辛いんだよーーー、みたいなことになるんだよなー。
逸話が作り話なのは別にいいです、あれもともとそういうジャンルのものなので、定義を見るとああなるほど、感も出ます。個人証言のものが省かれそうな勢い…。
7月20日めも。
2日めの雑記と3日めの雑記も乖離、と思ったものの、今からくっ付けます、ちゃんとくっ付きます。
それはさておき、戦国時代には文書がいっぱいあります、歴史書、ではないんだけど戦記物みたいなものもあります、これは資料としては排除されたり取り入れられたり意見が別れるんですが個人的には「作られた当時の作り手の環境を鑑みつつ、バイアスを踏まえて取り入れる」が一番妥当なんじゃないかと思います。
こういう時に変な逸話仕込んだりするけど、私は逸話どうでもいいので…。
戦国時代になると歴史書が多いって見るのがいいのかもね、ぶっちゃけ歴史書だからって無条件で真実と思われているわけではないものの、書いてあることは書いてあることとして一旦取り扱う、それに使われるのは歴史書、みたいな順番ですね。
歴史書ありきの言葉なんだよね、史実。
中世は史実がなく、戦国時代はこう、なんというか史実が多いみたいな。
その中で中世研究がなにをするかというとあらゆるものを資料として扱い、分析して皆で進んでいくみたいな感じのことをしています、ある程度の量が溜まるとお互いの事情を突き合わせて推理みたいなことをしていくんですが。
これは一旦作られれば真偽は比較的わかりやすいので、説が作っちゃあ壊され、みたいな感じのこともわりと頻繁、正直ちょっと難易度高めの研究手法。
ちょっと乱暴だけど史実同士をぶつけてるのが戦国時代で正確性や前後の辻褄で正当性が結構変わって行ったりするんですが、これが融合した辺りが最近の大河ドラマで見るような生活描写を伴う研究ですね、たまに読むけどさすがにあれ退屈なんだよな…。
7月21日めも。
まー、こう言ったらなんだけど、中世研究の人たちは多分喧嘩とか特に興味がないです、いわば説は最初から仮説なので否定されてもあんまり気にしない、そういう手法というか、今後も資料研究が進んでいくとひっくり返される前提が最初からあるので。
史実と史実をぶつけ合っていた人たちが急に受け入れられるかというと…。
しかもなにやってるのか積みあがって行かないとわかりにくいしなぁ。
ただ、中世を読んでいて痛感しましたがどんなに信用出来なくても歴史書があるっていいことです、本当にいいことです、もういっそ、小説でもいいただし叩き台にするけども! なんか軸がなくてぐにゃぐにゃするよね史実ないと…。
上手い感じに大河がつなげていくといいんですけどねー、『八重の桜』もさんざんがーがー言われてましたけど、リアルだったと思うんだけど生活、どうもちょっと作られたイメージとの乖離が中途半端な形で留まってしまったことやテーマ性にさして寄与したところがないというような表現に置き換えてみると、批判はだいたい飲み込めるようになるんじゃないのかな。
あれですね、『直虎』の「人を買えばいいのか!」と喜色満面になる慈悲深い女領主さま、完璧です彼女の優しさの限定観はすごくリアルだったと思うんだよね。
それが正しいかどうかはわからない、しかしドラマとしてはありだろ、あれが否定されることになったとしても、そういう研究のよすがとして語られればいい。
あ、領主様って呼んでるのはあんまり深い意味はないです、未亡人だとたまにいるので女性も、城代様とか呼ばれてるけど領主って括るのがわかりやすいので。
で、こっからが本題なんですが、いや多分、1日めは関係ないけども。
7月22日めも。
ぶっちゃけてこう、近代に関しては史実ないと見做すのかむしろ史実がたくさんあると見做すのかはご当人の研究スタイルで定義すればいいんじゃないかと思うんですが、例えば逸話の真実とかは別に出さなくてもいいんじゃないかと思います大抵のものは。
私だと「文藝春秋の新大阪ビルに関してブレてんのはなんでだよ」とか「佐佐木さんていう文藝春秋の2代め社長の財閥への修行に関してが記述曖昧なのはなぜ、というかいつ」みたいなことなんかは突き止めようとしてますよ。
あと、中央公論社長と菊池さんの広津さんの書いた『女給』を巡っての騒動とかそういうのは確認しますが。
これ第三者じゃねーか論外、みたいなことも時々やるけどね。
当事者同士の見解が異なってるとかはまー、どうでもいいかなって。
弴ちゃんの証言がいつもおかしいんですけども、みたいなのは個別にお願いします、広津くんのご本は私は怖くて読めませんけども、断罪したいとかではないので、ないです、ひいっ?! とはなったけども…読みたくないからなー。
なら私がなにをするのかというと評価軸まとめみたいなの。
どこそこの誰それさんとかどの雑誌に関してはめっろんめっろんとかそういうの、私、白樺が明治時代に文壇の頂点に至ってるのなんかの比喩の類いが転じたのかなと思っていたのですが時事新報関係の文芸欄で実際にそう語られていたそうです。
ただ、他のところで「自分たちの絶賛記事を書いてるよー」と語っていたのがどうも時事新報だったので(美術展に関しての記事)、文壇の制覇もひょっとして? みたいな思いに苛まれた過去もありました、これ話した人は数日後に忘れてたけど。
7月23日めも。
だがしかし、中世と戦国時代ならいいんだよね、あと、個別の作家研究の人たちは当面作家当人の資料を史料として計上されればいいのではないかと思うんですが、逸話は分析そのものがファンサービス、楽しい妄想としての考察みたいで実にいいんですが。
問題はそういう分野を扱っていない人たち。
文壇史とか文学史なんかもそうですけども、さすがにある程度の軸がないと辛い、まあ、文壇史なんかは語る人ごとに軸があるよんの戦国時代スタイルだし、文学史は積み立てない感じの日本中世史ですね。
というか文学史作ってた人たち、一応学者たちに従っていたので無下にするのも違うんだなとわりと最近反省しました、あれは仮説ってことでいいんだな、それぞれがなんか妙に違うのも仮説と思えば別になぁ。
だが、そのあとの検証をしないというか、仮説から生まれた仮説ががんっがん作られていくに従い、やっぱり待て、そこに直れ! となるわけですよ。
文学史を全部仮説として、ぽんぽん潰していってその間に出版社系の資料とかも積み上げていけば多分完璧だったんだなー、ていうか、非作家系の語り本なんかを多く収録していたシリーズを作っていたのも文学史を作っていた方たちだったので、なんだろう、道は外れたけど最初からではなかったのかなとなるんですが。
やっぱり仮説は切らせろよ壊していいよね仮説!! となります。
なんかこう、なにかが違和感、となっているんですが。
そういや文学史書いてた人たち、歴史的な素養がなくて素人集団って普通に呼ばれていたしなぁ、中世学者も当時はいないのか、うん、同情の余地ならある、壊させろ。
7月24日めも。
なんかここで俄かに1日めのことを考えてしまったんですが、わりと常にありますよね、威勢のいい素人意見と、慎重なプロのご意見とを比べると前者を選んでしまうみたいなの、私はぶっちゃけなんもプロい領域がないので素人殴り放題みたいなことになってるんですが、それでなにが報われるかというとプロの慎重意見が積み上がっていくための時間稼ぎくらいしか出来ることがない、みたいな感じですが。
歴史書だって検証が必要だしなー、結論を急がない、仮説は作ったら壊していく、くらいしか善に類することがない。
ぶっちゃけて、歴史好きな人たちはよく言ってますが歴史に真実があるとか言ってる人はお話にならないんですよね、論外というか会話にならないの物理。
ただ、これは違うなっていうのはあるわけです。
しかしてこないだまで史実として語られていたことがぶち壊された時に無下に扱っていいかというと、しっかり否定しないと駄目だよね、となるじゃないですか。
1970年代、捏造上等! な空気の中で作られた年表のどこにも合致しそうにない逸話だとさすがに論外!!! で済ませるわけじゃないですか。
時々世の中に「論外!!!」を真実を消しては、真実を消しては駄目なんですなんだったら作り話であっても本当に価値があるんだから真実なんです!
みたいな感じの方がいらしたり。
教科書に載っている、物理証拠のあることを必死に否定して回る人もいます、あれですね、魯迅さんが漱石さんに特別な思いは抱いていなかったみたいなの、彼の翻訳も彼の来日理由も自分が読んだ1冊の本になかったからと3か月ほど否定していました。
7月25日めも。
これ、最近まで意味がわからなかったんですが、こないだまで史実、だったやつは丁寧に否定されてわりと長く本に載り、「論外!!!」はぶっちゃけ否定された当時に笑い話として収録されるかどうかだからなんじゃないかと。
というかそういう逸話ばっかり集めてる人もいるからなぁ…。
いや1970年版のはさすがに固執する方は見たことないんですが、さすがに、戦前まで噂として伝わっていて戦後に事情通が出てきて否定された案件をまーた私ってば、新発見しちゃったーーー!!! みたいに触れまわっていた人は何人か。
直接見たのとすごいねー、と盛り上がっていたのと二件ほどずつ。
新発見として見ることがあれば触れることもありましょうが、見ることがないことを祈ります、そういや私は特にどうこうしてないんですが、どうなったかしら。
もともとの愛好家の方たちからの横やりとかはわりとありそうかな…。
あとあれ、その人は有名な作家ではありませんが、地位が高く関係者が多いので語られていることが多く、単独ではないものの扱われている本があり、その内容とは全く違いますって言っても無関係だと確定している人の見解に固執されたことなどはありました。
まああれですね、人は佐佐木さんという文藝春秋の2代めの方で、久米さんが新潮から引っ張り上げて多分菊池さんが時事新報の記者にしてます、この辺の事情を完全に無視して芥川の生え抜きの弟子扱いで語っていらした人がいて、この人が文壇に残っていたのだ菊池さんに放逐などされていないのだ、こんなにも事情通なのだから!!
みたいなことを語る根拠にしていました。
それ言ってたのは業界に戻ったあとの周囲です、主に川端、と言うと苛立ちました。
7月26日めも。
その方は漱石さんのことを頻繁に否定していた方と同じ人だったのですが、作家Xが彼らの権力や影響力をはるかに超えているという説を作り上げるために、それに相応しい資料をいつも集めているような感じでした。
別に自由なので魯迅さんの経歴を作家Xと会話したことが一番重要であるみたいな案件も特にはどうこう触れるつもりもなかったものの、「本で語られてなかったから」と教科書を否定するのはさすがに気になりまして…、いや、ものすごく有名だからでは? 日本に来た目的も明言されてるし…、みたいなことを言うと全く返事がなくなり。
川端に関しては別の作家との特別関係の構築の結果、そんな意見は幻と言えなかったようでこちらも黙ってしまったようです。
立場や他の事情、物理的にその場にいなかった、そもそも世に広まっている事情と違うことを語っているのでは、という意見に対しての強いお怒りは別の機会にはっきりと表明されていました、それよりももっとずっと大事なことがあるんでしょうね。
ぶっちゃけ、さすがに母集団ごと知能疑われそうな主張は勘弁して欲しくてなー…。
私には作家Xが得意だったことや粘り強い姿勢や、世の評価を嘲笑ってるような姿勢(時事新報に自賛記事書いてたよってペロッと語ってた方)のほうが魅力的なのではないかなぁ、となるのですが。
有名作家と同じ、すでにある評価と同じことへの拘りが強かったなぁ。
まあその辺は個人の自由だとは思うけど。
こういうのって史実の分類やあり方を知ったらちょっとは変わるのかなと思うんですが、多分自己研究を始めてからだと手遅れですね…、出来れば早め早めに…。
(文或と近代もろもろ、160)
最終更新:2020年07月12日 13:52