雑記:文或と近代もろもろ、183
3月2日めも。
リアルタイムは11月25日、さっき日付けを超えたところです、寒いです、なんというか相変わらず眠いです、なんの眠気なんだろうこれ…。
えーと、今やってたのはあれか、新聞社10社の残り3社分か。
どこだっけ、日本新聞、都新聞、報知新聞、でいいんだよな、ところどころ「新報」なんだか新聞なんだか迷うことがあるんだよなー。
あとそういや、書きあがるまでにタイトル決めておかないとならないんだな。
てか『日本』ってあれ、保守愛国系の新聞なんですけども(変なとこじゃないよ、ぶっちゃけ同系列の雑誌とかたまに筆禍受けてたし、歴史捻じ曲げにも参加しないし、民俗学の学者にも紙面を提供するし)、まああれ、陸羯南さんが病気になりますやん。
んで立憲政友党の支援を受ける新聞になったとか…。
えええ、立憲政友党ってわりと早い時期に解散してなかったっけ、と思ってちゃんと見てみたら違った、自由民権系じゃなかった、えっと、伊藤博文が作った与党だそうですよ、結党が明治33年。
んで、その陸さんからの引き受けが明治39年、昭和14年に分裂。
ていうか、新聞界隈ではあんまり見たことなかったけど、二大政党の一つだよね、立憲政友党、確か政友党って呼ばれてたはず。
でえーと、憲政会ってのがもう一角か、これが大正5年。
新聞成立の歴史の中で見ないわけだ、そして二大政党覚えられないよー、とか明治初期から読んでいた私も大概阿呆やな…。
一回でも検索すればわかったとは思うんだけど、やんないよななかなか。
3月3日めも。
今政党関係のリンクをぽちぽちと回ってる感じなんですが、二大政党の非メインのほうである憲政会のほうが尾崎行雄系と大隈系の合体とか言ってるわ、あ、いや、それは憲政会の前身である立憲同志会か。
これが大隈内閣の与党だったぽいよ。
てことは、本当に『日本』は本当に大隈さんとか敵対政党なのか。
にゃ、若干疑ってましたごめんなさい。
てか、明治39年以降に日本新聞(わかりにくいんだよねこの名前)の話を聞いた覚えがなかったけど、そんな時期から政党新聞になるってのもなんか珍しいなぁ。
大隈さんにラブコールしてる新聞はぽちぽちあったけど。
ていうか本当に不思議なんだけど、大隈内閣にめっちゃ肩入れしてても一切「御用新聞」って呼ばれることがないんですよね。
ただ、反骨とかそういう感じでも、ないような気がするんだけど大隈さん。
なんというか、リアリストというかエコノミックアニマルというか(懐かしい)。
こうやってだらだらと政党に関して触れているのは、いつもどうやっても頭に入って来ないので本を読む時に難儀しているため、特に苦痛なく自然に触れられそうな時にはなるべく突いて慣れておこうみたいな所存です。
なので別にあれはない、意図とか結論とか、
ところであれ、大隈さんじゃないほうの政友会が大政翼賛会に合流してるので、まあまあ本当に逆なんだなー、尾崎行雄もわりと評判がいい感じの政治家な気がする。
政府から敵対視されるってほどでもないけどねー、有能なのかな。
3月4日めも。
で、だらだらやってても仕方ないのでそろそろ行きます『日本』。
終わりました、適当に突っ込んだ、なんかがちゃがちゃした内容になったけど新聞がもともとがもともとそんな感じだったので気にしないで良さそう。
てか、Wiki辞書の記事見てたけど、廃刊したあとに存在してるんだかしてないんだかさっぱりわからないんだけども、確かに近い名前の新聞とか雑誌とかあったんだけど、あれって同じ系統だったのかー、え、これ、同じ系統??
みたいな感じに小首を傾げていました、雑誌の『日本』って総合雑誌のあれだよね? と思ったけどなんか週刊誌とか書いてあってやっぱり自信がない、そしてタイトルがこれだけ検索に掛かりにくい。
検索に引っ掛かって来たのは『月刊日本』で昭和2年、うーん、関係性その他がさっぱりわからない、よくわからなかったのでWiki辞書に押し付けられそうな範囲で適当に誤魔化してきました、あと、もう1社くらいやってもいいような気もするんだけど、日本新聞から都新聞に頭を切り替えられそうにないので寝ます。
だからと言って残った報知新聞が書けるかっていうと多分書けないけど、大隈さんが多分最初に買い取った新聞ですね、多分秘書(そう呼ばれてたので)が大隈さんに買ってよー、と頼んだので買われました。
買われたのちに「明治14年政変」がありましたので、特に明確な理由も目的もなく新聞社を買い、買ったのちに使えるなこれと認識したという、若干敵対者たちに魔王のごとく罵られても違和感はない趣きのことをしていた可能性があります。
だって軽い調子の秘書の台詞が本当に書いてあったんだもん! 私のせいじゃない。
3月5日めも。
リアルタイムは11月26日、寒いですー、布団乾燥機掛けたいなぁ…。
靴下も履いてしまいたいんだけども、いざ履くとすぐに脱いでしまうんだよね、まあそれでも脱ぐまでの間は楽なんだけど、あと忘れてたけどレンチンカイロを温めてくればいいんだな、どっちもこの行打ったらやろう。
うん、楽になった楽になった、いや我慢してたとかじゃなくて、とっとと寝てしまう予定だったんですけどね、書けそうな時には書いてしまわないと。
あとあれ、長いこと覚えられなかった「近代の二大政党」が大隈重信とそうじゃないのって把握出来そうです、その人でいいのかって思わないでもないんだけどざっと見た限り彼以外だと名前が出て来たり消えたりするので…。
やっぱり稀代の悪人みたいに扱われてるけど重要人物じゃないのかなぁ?
まあ、本気で罵られてることがやたらと多いのでさすがに無視するつもりはないんですけども、どんなに間違ってるのかどんなにおかしいのかとか延々と。
時々物理法則に反していたりもするので、それは参考にしてないけど。
普段ならというか、本来私はその手の発言はあんまり気にしないんですけども、同時代にも罵られ、後世の研究者にも必死に非難されって感じなのでまあ一応。
あと、ぶっちゃけ賛美もあんまり聞いたことがないし、穏当な批判を聞いたことがほぼないんですよね、これがあれば多分上のやつは無視してたんだよな。
なにに怒ってるかからよくわからんからなぁ…。
穏当な批判があれば、オッケーオッケーその辺ね、で済むんだけど。
まあ人気は高かったみたいだけどねー、葬式とか政変とかラブコールとか。
3月6日めも。
そこそこ無理して打ち込みを始めたので『都新聞』に関してまとめてこようと思うんですけども、『日本』もそうだけど似た事情の新聞がないので思い出すのに時間が掛かるんですよねあと残ってる『報知新聞』も確かそんなだけど。
報知はエピソードが結構あるのでそれを思い返せばなんとか。
てかあれを書こうかなぁ、「菊池寛の連載を、連載をついに勝ち取ったよ!!」みたいな新聞告知出してたやつ、新聞コレクション系の人の本で読んだんですがぶっちゃけ時事新報が毎日新聞に合併される記事より大きくてびびりました…。
まあ、事情だなんだと書く量の違いだとも思うけどさー。
ウチだけなかなかって言ってたのってあれ、五大新聞ってことかしらね、時事新報には確かなんか書いてたような記憶薄いけど。
あと朝日新聞への連載、なんかあったなこれも薄っすらと記憶が。
国民新聞あったかしらこれは全く記憶にないので、もしかしたら五大新聞を指してないのかもしれないなー、あ、推測とかじゃないです当てずっぼです。
素人でもさすがに新聞連載ちゃんと調べてから推測するわよ。
私の手持ちの知識じゃ無理だなってだけ。
ただ、その案件は宇野浩二さんを含んだ若手を、弴ちゃんと共に引き連れて報知新聞と契約したよんみたいなところから始まるぽいので新聞10社まとめみたいなところで書くには小粒なのかしら。
なんとなく立ち位置みたいなものが垣間見えるって意味ではまとめられたらいいような気もするんだけどねー、斉藤緑雨さんの話みたく(これは二六新報)。
3月7日めも。
都新聞終了っと、てか、『警察新報』と一緒になっていた記憶があり、その後の面子を見ても東京日日系が多く、それなのに明確な資本関係がなく、だがしかし、都新聞から大阪毎日の社長になってる人までいるぞ! みたいなあれがいろいろ有益でした。
確かあの人、若葉会のパトロンだよな、渡辺台水(渡辺治)。
いやさすがに大阪毎日系で役者にコネがあって、となると記憶が薄くても多分問題ないと思うんだけど、もちろん確信はない!!
あとあれ、伊原青々園さんて人がいるんですが、たまに見る演劇関係の人で、新派なのかなぁ? なんかあんまり個人と新派って結びついてないぽいんだよな、劇団なんかの単位だとわりとそう呼ばれてますけども。
見たことがはっきりしてるのが鏡花の舞台の脚本だったか演出だったか。
まあ鏡花だと新派だと思うけど。
前に見た時は逍遥さんの弟子って扱いだったけど、「親しい」って扱いぽいねー、あー、あと「日本演劇史」書いてる…、この立場の人なら読んでおくか。
てか、都新聞の前歴が『二六新報』か、どうなんだろう大衆新聞。
(大衆紙と呼ばれてることもあったけど、私の好みにより大衆新聞呼びで統一。)
打ち込んでる段階ですでに二六新報終わってるのでしれっと書いてるけど、このページよりも前に近代新聞10社の雑記が先に上がるとも限らないんだなぁ。
まあいいか別に、とりあえず情報収集に有益な一枚になってるかなってないかはともかく、私には実に身になりました、私に身になればまず最低限はありかな!
なんだここ東京日日の関係者いるじゃん、とか去年の私じゃ無理だよな正直。
3月8日めも。
リアルタイムは11月29日、最近まただいぶ眠気が強くてね…、今日は夕方過ぎくらいに1時間半くらい寝たのでまだ元気、日付け越えたらなるべく早いこと寝よう。
てか、あと『報知新聞』だけなのにやたらと伸びたの痛かったな…。
さすがに終わらないと次の計画立てるのそんなに具体的にならないし。
この手の計画はその時点までで持っているものは出し尽くすセルフイメージ、項目立てる段階で「他に回す」みたいなのは大丈夫、書く時点では全部出し切るみたいなの。
そうしないと次に進まないんだよね。
頭の整理みたいな側面なのかしらね、まあ、私のやってることの性質上特にそうなのかもしれないけど(もともとは小説のノウハウかなんか、うろ覚え)。
うー、やっぱり眠い。
終わったー、てか、報知新聞は諸事情により評価が微妙だったんですが、なんか全体的にごった煮な感じで悪くなかったんですが。
なによりも気になるのがWiki辞書の「明治末から大正」にかけての最も発行部数が多いって言葉ですね、これ、乱歩さんが自身の著作で同じような日本一って表現してたんだけど、関東大震災にて他の新聞社が被災、その間に朝日新聞を超えたんですよー、ネタが元になっているようなので、どういうことだ同時代人って聞きたい気持ちがいっぱいになってしまい、まさかそれと同系統ではないかと目が死んでいるところです。
ただ、大衆新聞が落ちた時期が明治末くらいのはずなのでその時期から大正に掛かる程度ならあり得ないことでもないんだよな、どこを指しているかによる。
が、なんかそれにしては具体性がないんだよなぁ、て意味で保留。
3月9日めも。
てかせっかく終わったので次の真面目系な記事の計画を立てたいんですけども、なんだっけか、そうそう、総合雑誌と部数覇者雑誌だな、あとあれです、倶楽部系の最初の一つと(倶楽部系じゃない〇〇倶楽部もある)、ニッチ系となんとか一般認知に滑り込んだ文芸雑誌。
あとでまた文芸雑誌だけ集めてみるべきかしら?
ただぶっちゃけ、情報がすかっすかなので気が進まないんですよね。
Wiki辞書って物によっては頼ってもいいんですけども、物によっては頼りたくないんだよなぁ、具体的に言うと「本がそもそも信用出来ない」ジャンルがちょっと…。
とはいえ、今の私ならどこを信用してどこを切り捨てるべきかある程度わかるから、一旦頼ってみてもいいのかなー。
それとあれ、これは誰が悪いわけでもないんだけど、全ての時代を埋めることは特に意識してないことがあるよねWiki辞書。
そもそも私も別に時代を網羅するつもりも特にないんですけど。
最初からそういう記事として書いてないしな?
一回やってみるかなぁ、なんだっけ、『新小説』だよなまず、それから『女学雑誌』、漢字に完全に自信がなかったんだけども、たまたま羽仁もと子さんのWiki辞書のページが開きっぱなしでそこに書いてありました、明治女学院、そこそこちゃんとした人が出てるんだよな…男の初期キリスト教関係者があんなに壊滅的なのになんでかしらね…(札幌農学校以降除く)。
明治女学院には資料的な意味でトラウマが、直視しにくいトラウマがね。
3月10日めも。
ええとあと、表記が相変わらずよくわからないけど『ホトトギス』、ここ何通りも表記あるよね面倒だからいつもカタカナにしちゃってるけど! あとえっとあれ、花袋が主幹やってたところどこだっけ…。
えーと、あれですね、『文章世界』。
それと倶楽部系(講談倶楽部が最初ってことになってるよ、なんというかハンコ判みたいな小説雑誌ね)よりも前の『文章倶楽部』、ここだっけたまに講談特集とかやってたところって、違ったかな?
(講談専門の雑誌はなかったって話してた時に特集ならあったんだよねー、みたいなことは言ってたんだけど文章倶楽部で良かったかしら、自信ない。)
んーとあれ、黒潮は記憶には残ってるちゃあ残ってるんだけど、さすがに弱いかな、他の雑誌よりはほんのちょっとだけ目立ってたって意味合いくらいはあるんだけど。
それから『婦人之友』、なんだったら新青年とか講談倶楽部はこっちでもいいんだけど、ジャンルから一つくらいは主要雑誌ってほうがいいかな、あ、あれか、『講談世界』! あれは作品がちまちま現代まで残ってて気になってたっていうか、講談倶楽部よりも作家の質はだいぶいいよね?!
あと婦人雑誌のランキングに載ってたのなんだっけ、あ、そうか、『家の光』(農村部においてキングのシェアを越えていた雑誌)。
そうそう思い出した『婦人公論』、中央公論の妹雑誌ただし売り上げは上!
えーと、どうしよ、婦人倶楽部にするか…『少年倶楽部』でいいか、婦人倶楽部もランキングに入ってたんだけどね(女性の職業別ランキング)。
3月11日めも。
雑誌に関してぽちぽち打ち込んでるうちに思い付いてたんだけど、近代劇場に関してまとめられそうならまとめておこうかな、あれだ、歌舞伎座とか帝国劇場みたいなやつ、メモ帳がないと今の時点でそれしか出て来ないけど、ぶっちゃけるとメモ帳しかソースがないのでさすがにどこかに写しておかないと不安で…。
単体で検索すればまあまあ出てくるんだけど、それがちゃんとまとまってないとなんともならないからなぁ、歌舞伎座と帝国劇場くらいならさすがに覚えてるけども、三座の中の新三座(本来の三座の代打)が作った近代式劇場の最初とか言われると出て来ない…。
守って付いてたような気が、みたいなレベル。
ただそこが歌舞伎座を作る元になっているのは記憶してるんだけども。
あとあれ、映画館になっちゃったところが何個かあったような…。
とはいえ10個ちゃんとあるかどうかはさっぱりわからないんだけども、変わりに上で触れた三座とか書いてったらいいのかしら。
風俗関係の決まりで三座にしか認可出てないぽいんですよね、中村座とかそういう感じの、で、そこが休業してる時に代打のところが存在してるというか。
んーと、あった、守田氏が作った新富座だ。
ここまではなんとか出て来たんだけども、これ以上がどうやっても思い出せないし、メモ帳見てもあと数個しかない可能性もあるからそしたら無理かもなぁ。
てか、歌舞伎座作った時点で四座同盟で歌舞伎座に対抗してたの知らんかった、新富座をコンバートしたみたいな話されてたんだもん!
演劇初期は劇場の話がメインだから書いておきたいんだけど。
(文或と近代もろもろ、183)
最終更新:2020年11月30日 00:50