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オルス・プロビャフカ連盟
orszot cartA pyzafckovqoyyd tEtalvetey
競技 ビャフカ
設立年 phil.2003年
活動地域 リナエスト・オルス共和国
前回優勝 -
最多優勝 ニェーメテク・ジンヒヤ
(-回)
チーム数 6チーム(2003-2005)
8チーム(2006-2010)
10チーム(2011-2014)
14チーム(2015-2017)
16チーム(2018-2023)
18チーム(2024-)
リーグ ・南部リーグ
・海峡リーグ

 オルス・プロビャフカ連盟(現代中央リナエスト語:Orszot Cartä Pyzafckovqoyyd Tétalvetey、orszot cartA pyzafckovqoyyd tEtalvetey、略称:OCPT / ocpt)は、リナエスト・オルス共和国の現代スポーツ興行・現代エンターテインメントを代表するビャフカリーグの主催団体である。

 現在では南部リーグ海峡リーグの2リーグを主催し、リナエスト・オルス共和国に本拠地を置く18鎚団(南部リーグ9、海峡リーグ9)の全18鎚団から構成されている。シーズン中盤には双方のリーグに所属するチーム同士の対戦交流戦が行われる。レギュラーシーズンが終了するとポストシーズンが始まり、双方のリーグのそれぞれ優勝チームと準決勝チームの合計4チームによるチャンピオンシップ「オルス・シリーズ」ではリナエスト国内ナンバーワンを賭けた試合が行われる。その後、代表チームを編成し国際対抗戦ビェールニシュコが開催され、世界一を競う。


歴史

OCPTの誕生

 2000年のエルフ熱による難民のリナエスト人集団(ユシュコプロイヤ)らによってビャフカがリネシュク島に持ち込まれ、よくプレーされるようになった。
 phil.2002年、リネシュク島にリナエスト・オルス共和国が建国される。建国前後の時期にはユシュコプロイヤの肉体労働者を中心に余暇にチームを結成して対決する、いわゆる草ビャフカとして発展した。この時期の草ビャフカはルールが整備・統一されておらず、しばしば揉め事の原因となったため、ジュハイリア・プラーネ・リャチュカはルールを一冊の本にまとめて、ルールブックを作成した。ルールが統一されたおかげでマープリの数や得点方式が一元化され、島内の草ビャフカチームは自由に他のチームと対戦できるようになると、チームの統廃合が起き、より強く、より勝てるチームを目指した。程なくして地域ごとのプロチームを組織する潮流が生まれ、2003年にはプロビャフカチームを6チーム編成することができた。リャチュカはできたばかりのリナエスト政府に3万人の署名と共にプロリーグ創立の請願を行い、補助金を獲得することに成功した。官民両方の力で、2003年にオルス・プロビャフカ連盟が成立した。

創設初年度のリーグ

 創設初年度は引き分けが存在しないなど、簡素化されたルールで試験的に興行が行われた。優勝チームはリーグ創設を記念する最初の試合でジンヒヤ・アドハスツァーテウ(CAS)に勝利したレナケータイヤ・ヅニョーダン(LD)だった。レナケータイヤ・ヅニョーダンではヅナトバシュコイ選手が主力として活躍し、一躍スター選手として島内の注目を浴びた。

各年のリーグ


関連項目

最終更新:2026年08月30日 23:19