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前話:第六話


#7 六日後の夜


  黙り込んだ二人を見て、フィーナは観念したように肩を落とした。
 「……ゼスナディ、お前にまだ話していないことがある」
 「まだ何かあるのか」
 「ああ。村を出たあの日、王都には窮状を訴える仲間がいると言ったな。あれは嘘だ。俺たちは武器を持って、ゼマフェロスをメリから独立させようとしてる。今はもっぱら金と人を集めている最中だが、動き出すのもそう遠い話じゃないだろうさ」
 通される途中、廊下に積まれていた木箱を思い出した。荒縄の隙間から覗いていたのは、農具ではなく槍の穂先だったのだ。
 「っ……」
 隣でヒナミリが声にならない声を漏らした。
 「ちょっと待ってよ。切り離すって…… ゼマフェロスで普通に暮らしてるメリ人はどうなるのさ」
 「何もみんな死ねなんて言っていない、出ていってもらうだけだ。役人も商人も、メリの連中は皆同じだろうが」
 口を挟んだのは、さっき腹を殴ってきた見張りの男だった。フィーナは気まずそうに口元を歪めたが、否定はしなかった。
 「それで、人を……」
 「好きで血を見たいわけじゃない。だが、向こうは村の人間を攫っていって帰さないんだぞ。黙っていたら、こっちが殺されるだけだ」
 王城のあの役人やウカペレイミャン、ウカヒニを突き殺せと言われて、果たして自分にそれができるだろうか……。ゼスナディは逡巡していた。
 そのとき、短いノックとともに扉が開いた。
 「ソーウィ、下はもう揃っているぞ。今夜のうちに日取りを…… おや」
 入ってきたのは三十代半ばほどの男だった。癖のある髪に、目尻の下がった柔和な顔立ちをしている。村の寄り合いにでもいそうな風貌だが、こちらを値踏みするかのようにじろりと見る目には愛想がなかった。
 「ゾルテ…… 今、同郷の二人と話していてな」
 「ああ、例の同郷の。もう内情は話したんだろう? 見張りを割くより下へ来てもらおう、その方が早い」

●   ●   ●

 地下室には、湿った石と油の匂いが淀んでいた。ミーヤデャンが高く飾られた壁の下、三十人近い男たちのざわめきの中、中央へ出た、ゾルテと呼ばれた人物がよく通る落ち着いた声で切り出した。
 「今月、各地の貢租米が水路沿いの官蔵に集積する。一方で外交情勢に目を向けると、ザラカルとの国境紛争が拡大し、王都の兵は例年になく薄い。荷舟で出せるだけの米を運び出し、残る蔵と帳簿を焼き払おう。王都の喉元で火が上がれば、ゼマフェロスの村々も奮い立つ」
 ヒナミリがゼスナディの袖を引いた。何か言いかけたが、周囲の殺気立った目を見て唇を結び直した。
 「待ちなされ」
 人垣が割れ、くすんだローブの老人が進み出た。禿げ上がった頭に、目元を覆うほど長い白眉が垂れている。
 壁際の見張りが忌々しそうに鼻を鳴らした。
 「古株のシェーゲン・レゼリエだ。いつも水を差す」
 「あのゾルテって人がリーダーじゃないのか」
 「リーダーはソーウィさんさ。だが、筋書きを引いてるのはゾルテさん、ローセウ・ゾルテだ。先祖は俺たちより昔からこの地にいたらしい、恨みつらみも人一倍だとさ」
 老人はよく響く声で続けた。
 「蔵を襲撃し、破るまでは出来もしようぞ。じゃが水門を落とされれば舟は外へ出られんし、ゼマフェロスに着くより国境の兵が引き返す方が早いわ。そして兵が向かうのは我らにではない、何も知らぬ村じゃ。我らの拙速で、無辜の同胞が焼かれていいわけなかろう。刃は抜けると見せてこそ交渉の力になるのじゃ。ここは雌伏の時、確かな算段を掴み行動すべきじゃろう」
 ゾルテは表情ひとつ変えずに反駁した。
 「では、その日はいつ来るんだ、爺さん。先月の暗殺騒ぎから同胞が次々に引っ立てられ、待てば次の徴税が来るだけだ。何もしなくとも村は飢えて死にかけている」
 そこでゾルテの目が壁際のゼスナディを捉えた。
 「交渉の席など最初からない、そこにいる彼がいい例だろう。金を積んで王城の門を叩いたが、鞭で打たれて追い返された。それで友人は戻ったのか?」
 フィーナが気まずそうに顔を伏せた。ゼスナディは奥歯を噛み、答えられなかった。
 「優雅に仕立てた服でも誂えて交渉しろと?その間に死にゆく同胞が減ったためしがあるか!」
 レゼリエはなおも退き口を問うたが、興奮した声にかき消された。いつとも知れぬ備えより、目の前の話に血が昇るのは仕方のないことなのか。
 ゾルテが一歩引き、視線がフィーナへ集まる。友は老人と男たちを見比べ、迷いを振り切るように口を開いた。
 「……分かった、皆がやると言うなら。六日後の夜、2月19日に決行する」
 おお、と低いどよめきが湧き、槍の石突きが床を叩いた。レゼリエは深く息を吐き、人垣の後ろへ退いた。

●   ●   ●

 会議は程なく解散し、フィーナはゾルテたちと奥の部屋へ消えた。隅の木箱に座ったゼスナディの隣に、ヒナミリがしゃがみこむ。
 「……あの人の話は間違ってない。この時期、官蔵は貢租米でいっぱいになる。でも何重もの木戸を抜けて舟に積むなんて、一晩じゃたかが知れてるよ。米は二の次で、都で騒ぎを起こしたほうが……?」
 計画は優れたものだとは思えなかった。だが背を向ければフィーナを見捨てることになり、残れば六日後には引き返せない場所へ踏み込むことになるのだ。
 「お前は隙を見て帰れ。巻き込まれる」
 「帰れるわけないでしょ、ここまで顔を見られちゃってさ。それに……貸した金貨八枚、まだ返してもらってないんだからね。勝手に死なれたら大損だよ」
 笑ってみせたが、木箱の縁を掴む彼女の指先には力が入っていた。
 「……利子はまけてくれよ」
 「やだね。倍にしてきっちり取り立てるから」
 奥の部屋からは、武器の数を確かめる低い声がまだ漏れていた。立つことも出ていくこともできないまま、ゼスナディは閉ざされた扉をただ見つめていた。



続き:第八話
最終更新:2026年10月30日 11:31