脱出装置
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機装兵で最も大事な「部品」は何であろうか。機装兵のエネルギー源である魔導炉だと、ある者は言う。間違ってはいない。魔導炉無くしては、機体は動きもしないのだから。魔導制御回路(スフィア)だと言う者もいる。機装兵を制御し、操手の操縦に従い機体を動かす部品だ。これもまあ、間違ってはいない。まあ魔導炉を推す意見に比すれば若干弱い気もするが。
だがしかし、それらの意見はいずれも間違っている、とも言える。機装兵で最重要な「部品」は、操手である。まあ人間を「部品」と見るのは間違いである、との意見もあるだろうが、ここではあえて操手を「部品」と考える事にする。熟練操手を一から育成するために必要な費用は、余裕で機装兵数機分を賄える額だ。増してや機装兵操手ともなれば大方の国で、操手教育に並行して士官教育も受けさせられる。操手を失うと言う事は、最低で1人の少尉クラス士官も喪う事に直結するのだ。
そのため、機体を失った場合においてもせめて操手を救出すると言うのは、人道的な面から見ただけでなく、軍事的や経済的な観点からしても重要な事であった。故に機装兵からの脱出手段が研究されるのは、理の当然と言えよう。
第二世代機兵~第四世代機兵の辺りでは、単に操手の自助努力での脱出方法が模索されていた。操縦槽には重めの手斧が置かれ、万が一の時はそれを以て操縦槽の扉の留め金や蝶番を破壊してでも脱出するのだ。だが実際、脱出を強いられるほど機体がやられた場合など、機体外装が歪んで扉も引っ掛かり、人間の力では手斧程度では脱出不可能である事も多かったと言う。
第五世代機兵以降になると、機体前面あるいは背面の装甲をパージし、操手の脱出口を確保する仕組みが出現する様になる。ただしこれは一部の高級機にのみ搭載される機能であり、機装兵『レギオン』や『ミーレス』級の大量生産機には無い機能であった。カスタム機などには後付けで搭載される事もあったが。なおこの頃の第五世代機兵はモノコック構造の機体であり、外骨格の必要性から外装の継ぎ目は可能な限り少なくされていた。このため手斧は相変わらず操縦槽に置かれてはいたものの、技術の進歩が裏目に出て、操手自力での脱出は異様なまでに困難であった。
また第六世代機兵では、聖華暦822年に聖王国で開発された軽機兵『ヴィクトワール』が、特殊な脱出システムを持っている。これは魔導炉や転換炉、操縦槽などの重要区画をユニット化し、胴体部を緊急時の脱出機として使用できるという物である。残念ながら量産性は低いとまでは言わないが、あまり高いものではなく、後述する幻装兵などの脱出機構を模したものに近い。また機体構造と直結したシステムであるため、直系の後継機であるならばともかくとして、他機種に転用するのは難しい物でもあった。
ちなみに第一世代機兵である幻装兵や、1.5世代機兵と位置付けられている精霊機などの脱出システムは、確かにそう言った物は存在するものの、各個の機体ごとの差異が大きすぎてあまり参考になる物ではない。例を挙げれば、座席ごと機体外にはじき出される形式の物もあれば、上半身が分解して全天周型の操縦槽が丸ごと排出される物、操手だけが聖華暦830年現在では失伝している空間転移魔法で拠点まで帰還させられる物など、様々であった。
そして聖華暦830年の末、自由都市同盟首都、中央都市アマルーナの冒険者組合で、そこに所属していた某機装兵技師が旧式機装兵『ピラニア』を原型に用い、自らの専用機体である機装兵『アーチャー・フィッシュ』を建造した。この機装兵には様々な新機軸のシステムが積まれていたが、中でもこの機体には、それまでの物とは一線を画する脱出機構が装備されていたのである。それは一部幻装兵や精霊機で実現されていた、射出座席による脱出装置であった。なお、機構的にはこの脱出装置は、『アーチャー・フィッシュ』を建造した技師の完全オリジナルであるらしい。
仕組みとしては、魔導炉の出力を一部流用し、機体背面の装備や装甲をパージすると同時にルーン技術による風魔法の簡易術式で、機体のはるか後方に操手の座席を放り出す、と言う物。放り出された座席は、座席のフレーム自体にこれもまたルーンで刻まれた、風魔法の簡易術式による空気のクッションで、地面に軟着陸する事になる。このとき使われるのは、機体の魔導炉から得たエーテル出力のごく一部、残滓とでも言う代物。このエーテルの残滓を自動的に簡易術式に流し込む仕組みが、この脱出装置では極めて芸術的な手際で組み込まれている。しかしこれにより、この装置の値段は残念ながら跳ね上がっている。
残念ながら機装兵『アーチャー・フィッシュ』は、聖華暦834年のバフォメット事変最終局面で撃破、失われてしまう。だがこの脱出装置は正常に働き、操手である技師は見事脱出している。その後、この装置を原型とした改良型の脱出装置が、当の技師の手による加速装置実験機、機装兵『イグナイト改』~『イグナイト改9』に搭載されて、何度も試験操手の生命を救う事になる。そしてこれに目を付けた冒険者組合上層部により、この脱出装置は商品化される事が決定。都市同盟軍で高級軍人や超腕利きの将軍職クラスが所有している、上級タイプ機装兵への搭載が行われた。
なおこの新型脱出装置の改良点は、大きく分けて2つある。1つ目は、射出方向が機体前方、機体上方、そして従来同様の機体後方の3方向からの自動選択式になった事だ。この判断は脱出直前に魔晶球からの情報を、魔導制御回路(スフィア)の記憶領域のごく一部を使って書き込まれたプログラムで解析、障害物が無い方向を検出してそちらへ向けて座席が射出される。万が一判断がつかない場合や、魔晶球が潰れているなどで稼働していない場合は、機体背面より後方に射出されるのがデフォルト設定だ。無論この設定は、整備の手を借りずとも、操縦槽に据え付けてあるディップスイッチを切り替える事で、操手自身が変更することが可能である。
2つ目の改良点は、脱出装置のエーテル供給源を魔導炉ではなく、超小型のマナ・カートに変更した点だ。『アーチャー・フィッシュ』時代のシステムは、魔導炉が稼働していなければ脱出装置も働かなかった。しかし新システムでは、仮に敗北によって機体の魔導炉が停止状態であっても、操手の魔力を呼び水にしてマナ・カートを点火し、機体を脱出する事が可能なのだ。まあ最低限、操手が魔力切れになっていない事が必要だが。
新型脱出装置は後に低位の機装兵である『ブロッキアーラ』、『ブロッキアーラⅡ』、『ドランゲン・スタイン』、高位量産機である機装兵『ホルニッセ』など、某技師の手になる後続機種には標準装備として搭載される事になる。某技師はバフォメット事変で大損害、大被害を受けた自由都市同盟を再建するため、人的資源のこれ以上の損耗を防がんと脱出装置の同盟領域への普及を頑張っている、らしい。