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 リナエスト・オルス共和国の歴史ではリナエスト・オルス共和国の主な出来事を記述する。リナエスト民族全体としての歴史ではないため、留意されたい。


建国前後・初期

建国前

2000年12月頃

  • エルフ熱難民のリナエスト人をリネシュク島に受け入れを公式声明
  • リナエスト人のリネシュク島集結が大規模になる

2001年5月頃

  • ジンヒヤ高等医療センター(2003年から国立感染症研究センターに改名)を開設
    • エルフ熱研究と患者の大規模収容が可能になる

アリュース政権

2002年4月21日

  • リナエスト・オルス共和国を建国
    • 島民による一斉投票によりアリュース氏が初代総統に就任

2002年5月12日

  • ユエスレオネ内戦が勃発(2003年12月10日まで)
  • エルフ熱難民が収まってきたものの、今度は戦争難民がリネシュク島に到来するようになった

2002年6月1日

  • リネシュク島のための民主主義党(島嶼党)が非公式政党として結成
    • アリュース総統が初代党首に就任

2002年11月

  • 連邦によってデュイン戦争が引き起こされる
    • 国内で反対運動が起き、国民議会の議場前でデモが展開される
    • デモ隊に対して機動隊が放水を実施。デモ隊の一人がエスツァントゥイのようなものを投擲し、騒然となるなど一触即発となる
    • アリュース総統の要請を受けた当時のジンヒヤ市長がジンヒヤ市内で戒厳令を発令するまでの事態に発展した
    • イスケ人の過激な一派はこの一件の顛末に納得せず、水面下での非合法活動の規模を広げていく
    • デモ参加者の大多数とは異なり、イスケ人過激派の要求は「ユエスレオネ連邦がxelkenに対して攻撃することをやめさせるようリナエスト政府に声明を出させること」であった

2002年12月

  • 戦争難民やエルフ熱難民等で人口が爆増し深刻な食糧難に陥る
    • 市民が食料品店を襲撃し暴徒化したため各都市に戒厳を敷く
    • 底曳網作戦を実行し、リナエスト海軍が参加希望者を募り、徹底的かつ集団的な漁業を行う
    • 底曳網作戦は一定の成果を収めたが、「魚かポートヴィータシュか」と言われるほど毎日の食卓に彩りのない日々が続いた

2003年1月

  • 政党政治を求める声が広がる
    • ユシュコプロイヤ(大リナエスト系中央リナエスト人)移住者を中心にオルス党(当時は非合法)が結党される
    • オルス党は非合法でありながら不法行為には手を染めず警察官とも対話の姿勢で接したため、官民双方が黙認する非合法政党となる

2003年2月

  • 連邦がデュイン・シェルケン政権の打倒に成功

2003年3月25日

  • 3月25日暫定憲法を公布
  • 正式に政党政治が始まる

2003年4月


2003年5月28日

  • イスケ党が結党される
    • オルス党のイスケツィヤ議員たちがイスケ人過激派組織の中から比較的穏健かつ合法活動によって政治に参加したいと思う人々を糾合して結党した
    • 初代党首はターフ・オルファーデャ

2003年6月26日

  • 島嶼党から連邦派が独立して全リナエスト第一党が結党される

2003年9月

  • 対抗内閣制度が制定
    • 最大野党勢力のオルス党が対抗内閣を結成

2003年10月

  • 急激な漁撈によりリネシュク島の水産資源が激減
    • 生態系に深刻な悪影響を及ぼし始める
    • この事態に対処すべく政府は海洋資源省を設立し、スカマーレウに国立水産総合研究所を建設した
    • 水産総研ではこの頃からタピオカソウ養殖研究が始まる
  • ヴェフィス・アレス両国からPMCF議場及び外交ルートの両面からの抗議
  • 総統の謝罪会見が開かれ、「取り急ぎ代替案の提案準備中である」と発言

2003年11月

  • 不法発言事件
    • オルス党から立憲協和党が分派
  • アリュース総統が内閣改造を実施し、PMCF識者を次々と重要ポストに抜擢

2003年12月

  • 東諸島水産資源枠組み会議を設立
    • フラッドシャーが連邦と接触。政治難民が殺到し、民族主義が再燃
    • フラニヤ・ミヒニョイシュネ・イヴァネ外務大臣が訪問し、政情安定化に努めるよう要請

2004年1月26日

  • 1月26日憲法公布
    • 正式憲法が公布され、この日を憲法記念日に指定

2004年2月13日

  • オルス党-島嶼党の二大政党に対して第三勢力を名乗る諸民族のための友愛と平和(平和党)が結党される

2004年3月

  • 連邦がショレゼスコを実施
    • 連邦経由で食料品を輸入できるようになり食糧事情が大きく改善する
    • イェスカ首相とその革命を敬愛する国民感情が高まる

2002年4月10日

  • PMCF連邦の国交樹立
    • 当時の司書大学(後の図書館大学)の学者は連邦を危険視していたが、アリュース総統は説得に成功し、連邦に対しての国民感情を改善する

2004年6月19日

  • イェスカ暗殺
    • ショレゼスコによる貿易自由化の影響を受けて連邦の主要産業が崩壊し恐慌状態に陥ったことに対する反動で暗殺されたとされる
    • リナエスト国内のイェスカ過激派が「膺懲」のため連邦本土に乗り込もうとしたため、空港での検問を厳格化
    • また対空レーダーを設置し違法航空機の取り締まりを大幅強化した

2005年1月13日

  • ビェーロチェ事件
    • 立憲協和党からリナエスト・統一教献党(教献党)が分派
    • 初代国立ボーシュコ大図書館長リェーニ・ヴァリーヤ・ビェーロチェによる発言がきっかけとされているが、彼女自身が何かをしたわけではない

2005年7月31日

  • 中央リナエストによる団結と統一の党(ユシュケ党)が結党
    • イスケ・オルス党に対抗する目的で創立された

2005年10月8日


2005年12月

  • ドカ食いワープ疑惑
    • アリュース総統は政治が忙しすぎてたくさんワープをしすぎてお腹が空いてしまい、オビェーク100個以上をドカ食いしてしまった
    • 政務活動費に2.4万ズー(約19万2000円)ほど不審な項目があることを野党オルス党党首に指摘され発覚
    • 実際に食料自給問題を担当したアリュース総統がオビェークをたくさん食べてしまったということは結構問題で、「一流人はオビェークが食べれて一般人は魚かポートヴィータシュしか食べれないということなのか!」という野党の追及を招いた

2006年2月

  • ブライゴール疑惑
    • ブライゴール(Qayckjúzr)は現在のグジャル(Ktjkšar)近辺にあった北部平定前の入植地。グジャルはレナケータイヤの北にある
    • 北部に建設されたリカルネ人主導の王党派入植地をアリュースが積極的に支援したという疑惑
      • もともと、北部入植は原則として政府の支援があった
      • 北部入植が政府主導だけだときついからね、みんなにやってもらうと楽だしね
    • 王党派リカルネ人の入植地であるブライゴールがシェメン・ヴュコットによるそこそこ大きい規模の襲撃にあい、死者が発生する
    • ブライゴール入植団にアリュース総統の知り合いとして知られている人がいた
      • 政府が大規模に支援したことで、突き上げをくらう
      • 「縁故政治!」「アリュースは王党派!」「百年の大計より一人の知人が大事か!」
    • 要所か何かで、政府としても積極的に支援したい意図があった
    • 当時新興都市であったレナケータイヤの北に存在するブライゴールは北部平定の橋頭堡候補の一つだったため軍部も重要視。また、将来的にはシュカニェシュ島への物資輸送の短絡路としても期待されていた
    • それで、普通より異例に積極的に支援したため、こうなった


ズヘシュニ政権

2006年4月26日

  • リナエスト・オルス共和国で初めての総統選挙が行われる
    • オルス党が初の与党入りを果たし、ズヘシュニ・ビェーシュカ・ツァームが2代目総統に就任。
    • 堅実な中道右派・包括右派としてオルス党による施策が期待された。
    • 前総統アリュース氏は前政権で兼任していたPMCF初代議長の座のみが残る形となった。

2007年6月頃

  • 民間レベルでタピオカソウの養殖が進む
    • 主に中小漁港のコミュニティが中心となり実施される
    • 当時はまだタピオカソウの知名度は低く、たまにローカルラジオ局で漁師メシとして紹介される程度であった。
    • タピオカソウで作ったリパラオネ風オビェーク(種無しパン)であるタピオカパンが流通しはじめる。

2009年4月頃

  • 19条騒動が起きる
    • 東諸島連合憲章19条4項(集団的自衛権)に基づきウードヴャクツィ半島に対して立案されたPMCF諸国合同軍事作戦の実施を巡る2007年第27行政手続き決議に反対する学生や市民らによる運動家によって引き起こされた騒動
    • この合同軍事作戦はヴェフィス及びアイルの参加が限定的であるにも関わらず、リナエスト政府側が強硬に実行を主張していた
    • このまま作戦が実行されれば加盟国の援護をほとんど受けることができず対シェメン・ヴュコット戦闘が開始され、作戦が失敗に終わると思われていた
    • また、「半島奪還よりも北部平定が先」と主張する市民や政治家も少なくなく、そもそも半島奪還に対する求心力は微妙なところであった
    • さらには「半島奪還によって連邦との関係が悪化するのではないか」という懸念を抱く人も少なくなく、連邦との繋がりは食料安全保障の後ろ盾を失うことになるのではないかと主張する人たちもいた
    • 正式な議会手続きによって決議は承認された
    • ここで決議が行われているのはPMCFの重要な決議についてはPMCF議長であるリナエスト政府が独断決定するのではなく、国民議会の承認が必要であるから
    • 国民議会内は怒号と強行採決。国民議会周辺では数十万人の抗議行動が敢行される。
    • クーデターでも革命でもないが、「国民議会はオルス(同胞)を代表しているのか?」という根源的疑問が噴出
    • 支持率は最底辺まで低下し、4度の暗殺未遂事件が起きる
    • しかし1年後、タピオカソウ養殖計画を発表し、一定の成功を収めたことで支持率が回復した

2008年7月

  • 半島奪還作戦が行われる
    • ズヘシュニ政権は支持率低迷に悩まされており、国民からの信頼を得るために断行した
    • リナエスト・オルス共和国海軍陸戦隊上陸部隊はシェメン・ヴュコットが蔓延する大陸領土ウードヴャクツィ半島を占領する
    • 作戦自体は拍子抜けするほどに成功した
    • しかし連邦の態度を硬化させ関係悪化を招いた。これが今後、深刻な問題を引き起こすことになる
    • 食料問題が取り沙汰される

2009年3月23日


2009年4月

  • 海洋資源省タピオカソウ養殖推進
    • 「カロリーベースでの食料自給率向上と深刻な食料安全保障問題解決を目指す」という公約に基づいたもの
    • 海洋資源省が新しい食事の提案として、タピオカソウのデンプンで作ったリパラオネ風オビェークであるタピオカパンの利用を推進。

2009年5月21日

  • イヴァネ・ズホル・ラヴョーイ海洋資源大臣の引責辞任
    • イヴァネ・ズホル・ラヴョーイ海洋資源大臣が「オビェークを買ったことがない。売るほどある」などと問題発言したことで野党・国民・メディアなどからの指摘を受け、ラヴョーイ海洋資源大臣が引責辞任した
    • これを受け、ズヘシュニ総統は後任をハドラシュナ・ボーシュリカルツィヤ・ザイレウを後任の海洋資源長官に任命した
    • ザイレウ海洋資源大臣はタピオカを海洋散布しまくって急造海田を拡大した。この時、やや強引な港湾買収などもあり、問題となったが、食料自給率が安定したため一定の評価を得た

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最終更新:2026年04月26日 23:30