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ヴァンス・フリートン > 犬の独白


犬の独白録

 覚書 ――あるいは、犬の道程

「欠落」

 私がこの手で最初に奪った命のことを、正確には覚えていない。

 記憶が曖昧なのではない。チップを埋め込まれた時に幾つかの神経回路が焼かれたせいだと、当時の医官は言っていた。
だが本当のところは分からない。脳をいじられる前から、私の記憶は既にひどく断片的だった。管区学校の雑居房で殴られていた頃の記憶も、繁華街で客の靴を磨いていた頃の記憶も、どこか他人の体験を覗き見しているような薄さがある。
あの頃のヴィニス・ベオトールという人間に、記憶を刻みつけるだけの主体があったのかどうか。今となっては、それすら疑わしい。

 確かなのは、飢えていたということだ。

 常に。文字通りに。腹が減っていたし、何かもっと根本的なものが欠けていた。
名前をつけることのできない欠落。ツォルマリア人の上司に怒鳴られている時よりも、留置所の薄暗い天井を見上げている時のほうが、その欠落は鮮明だった。
何かが足りない。何かが決定的に与えられなかった。あるいは、生まれた瞬間から奪われていた。
劣等種族というのは、そういうことだ。存在そのものが剥奪された状態で生まれ落ちる。人権どころではない。人であるという前提が、最初から設定されていないのだから。

 私を殺してくれ、と女性職員に懇願した夜のことは覚えている。あの時の私は、死にたかったのではなく、自分がまだ生きていることを誰かに確認してほしかったのだと思う。殺す価値すらない存在だと返されたなら、それはそれで構わなかった。反応がほしかった。自分に向けられた何らかの意志がほしかった。暴力でもいい。侮蔑でもいい。無視だけは耐えられなかった。あの頃の私には、怒りすらなかった。怒りというのは、自分に正当性があるという確信がなければ湧いてこない。私にはそれがなかった。ツォルマリア人が私を蔑むのは当然のことだと思っていた。ロフィルナ人の仲間がツバを吐きかけてくるのも、道理だと思っていた。這いつくばることに何の疑問も感じなかった。疑問を抱く主体が、そもそも形成されていなかったのだ。


「銃声と主体」

 ルドラスの部下に雑居房を開けられた時、私は最初、処刑の時間が来たのだと思った。

 共に戦うか、今すぐ死ぬか。

 選択肢を突きつけられたが、あの時の私にとって、それは選択ではなかった。死を受け入れていた人間に「死ね」と言っても脅しにはならない。私が銃を取ったのは、生きたかったからではない。ただ、自分を踏みつけてきた連中の顔に恐怖が浮かぶのを見てみたかった。それだけだ。最初の強盗任務で金庫を爆破した時、手が震えていた。恐怖のせいではない。高揚のせいだ。私が何かを壊し、何かを奪い、何かを変えることができる。その事実に、身体が震えた。あれが、ヴィニス・ベオトールという人間が初めて「生きている」と実感した瞬間だった。だから私は、暴力に依存した。暴力だけが、私に主体を与えてくれたからだ。

 このことについて、弁明するつもりはない。ただ、事実を述べている。

「鎖」

 アリウスのことを語らなければならない。いずれは語らなければならない。だが、どこから始めればいいのか見当もつかない。

 最初に会った時のことは覚えている。脳から制御チップを通じて電流が走り、膝が折れた。
床に這いつくばった私の視界に、若い女性監視官の軍靴が映った。二十二歳だったはずだ。私より遥かに若い。遥かに美しい。遥かに強い。遥かに正しい。

命乞いをした。それが、全ての始まりだった。

 公衆の面前で命乞いをする男を、人は二度と信用しない。ルドラスの目が曇った瞬間を、私は見逃さなかった。あの時、私は自分の政治的将来が終わったことを悟った。
同時に、あの女が私の存在そのものを支配したのだと理解した。物理的な制御チップよりも、あの瞬間の屈辱のほうが、遥かに強固な鎖だった。

 憎んだ。

 心の底から憎んだ。あの女のせいで私は犬になった。あの女のせいで、どれだけ這い上がっても、どれだけ権力を握っても、あの瞬間の記憶が全てを台無しにする。
「下郎」。あの声が耳の奥にこびりついている。数千年が経った今でも。

だが、それだけではない。

 あの女は―――アリウスは―――私から全てを奪いながら、同時に、私に政治家としての原型を与えた。彼女の前で惨めに震えた経験が、私に「二度と跪かない」という決意を刻んだ。彼女の冷徹さを目の当たりにしたことが、私に政治とは何かを教えた。力なくして改革なし。あの言葉は、アリウスの背中を見て学んだものだ。こう書くと、まるで感謝しているかのように聞こえるだろうか。違う。感謝などしていない。感謝と憎悪と畏怖と、名前のつけようのない何かが、数千年の歳月をかけて一つの塊になり、私の臓腑に居座っている。それを取り出そうとすると、私という人間の残りの部分まで一緒に引き抜かれてしまう。だから放っておいている。

 焼きそばパンの使い走りも、ムチで叩かれたことも、政権を吹き飛ばされたことも、全てが一つの巨大な勲章のように、私の体にぶら下がっている。

 重い。途方もなく重い。だが、外すことはできない。

「船底の教訓」

 移民船団での日々は、語るに値しない。いや、語りたくないだけだ。

 船内最下層の荒くれ者たちに身ぐるみを剥がされ、残飯を貪っていた頃の記憶は、星間機構時代の奴隷生活よりも鮮明だ。
あの頃は少なくとも「支配者に虐げられている」という構図があった。船の中では違った。
同じロフィルナ人に、同じ被害者に、同じ移民に踏みつけられた。大義も構図もない、ただの弱肉強食だ。

 人間というものの本性を、あの船底で学んだ。

 飢えた人間は、同胞の肉を喰らうことに何の躊躇もない。美辞麗句を掲げて出航した船団が、目的地に着く頃にはただの地獄と化している。理想は空腹に勝てない。正義は恐怖に勝てない。私はそのことを骨の髄まで理解した。だから、後に消費者給付制度を推し進めた時、私は福祉の理想など語らなかった。飢えた人間は危険だ。消費する余裕のない市民は社会を壊す。だから食わせろ。それだけの話だ。衣食住を保障するのは慈悲ではない。治安対策であり、経済政策の一環だ。ゾレイモスに「人の心がない」と言われたのは、一度や二度ではない。そうかもしれない。だが、人の心があったところで、船底の飢餓は解決しない。心があっても残飯は増えない。心があっても殴られる痛みは和らがない。私は、心ではなく仕組みを信じることにした。壊れない制度を。人の善意に依存しない構造を。

 あの船底で半裸のまま残飯を貪っていた時、ゾレイモスが声をかけてきた。あれが転機だった。
影武者としての利用価値。つまり、誰かに似ているという、自分自身とは何の関係もない属性によって拾い上げられた。
私という人間の能力でも、人格でもなく、顔の造形が偶然誰かに似ていたから生き延びられた。

 こういう経験をすると、人は二つの方向に進む。自分の価値を信じなくなるか、自分以外の全てを信じなくなるか。私は後者だった。

「人間になった日」

 権力を握った時の高揚を、正直に記しておく。美しいものではない。品位もない。だが、事実だ。

 セトルラーム共立連邦が成立してから暫く経ち、ヴァンス・フリートンの名で大統領の椅子に座った時、私は初めて「人間」になったと感じた。管区学校の雑居房で殴られていた少年が、移民船の底で残飯を漁っていた男が、制御チップを埋め込まれた犬が、一国の最高権力者になった。あの瞬間、私は自分を虐げた全ての存在に対して「見ていろ」と思った。復讐という言葉は正確ではない。復讐には特定の対象が必要だが、私の場合、対象が大きすぎた。星間機構。ツォルマリア人の支配者たち。ロフィルナの同胞。船底の荒くれ者。私を蔑んだ全ての目。全ての声。全ての沈黙。

 その全てに対する回答として、私は権力を振るった。

 エルドラームの信徒を虐殺した時のことは、覚えている。あの時の私に迷いはなかった。宗教は人を縛る道具だ。
少なくとも、あの状況においてはそうだった。財閥と教会の癒着を断つには血が必要だった。必要な血を流した。それだけのことだ。

……本当にそうか?本当に、それだけか?

 数千年が経った今、正直に振り返ると、あの粛清には不必要な残虐さが含まれていた。
断つべき利権構造を断つだけなら、あれほどの規模は必要なかったかもしれない。だが、あの時の私は壊したかった。
自分を縛ってきた全ての構造を、根こそぎ焼き払いたかった。合理性を超えた衝動があった。

 これは弁明ではない。告白だ。

 後年、母ルフィリアが「赦すことの大切さ」を語った時、私は初めて自分が何を壊してきたのかを考えた。
遅すぎたかもしれない。いや、確実に遅すぎた。


「一千四百億の死者」

 新秩序世界大戦のことを書かなければならない。

 あの戦争について語ることは、私の半生を語ることと、ほぼ同義だ。セトルラーム共立連邦の大統領として、私は、あの戦争の大半を指揮した。三千年に及ぶ総力戦。死者は連合国側だけで軍民合わせて六百億。枢軸国側は八百億。合計すれば一千四百億の人間が死んだ。数字が大きすぎて、もはや数字としての意味を失っている。始まりはイドゥニアの大陸の覇権争いだった。宇宙新暦1428年、サンパレナ共和国がジェルビア諸国に侵攻した。私がまだ大統領の椅子に座る遥か以前のことだ。だが、あの大陸で燻った火種は、やがて星系を跨いで燃え広がり、私の足元にまで届いた。セトルラームの民は、かつて星間機構の支配下にあったイドゥニアから脱出した移民船団の末裔だ。逃げ延びた者たちが建てた国だ。そして、逃げた先で新たな支配者になった。

 私は、その矛盾を知りながら、なおも「解放」の旗を掲げた。

「ファーリルスト・ショック」

 ファーリルスト・ショック。宇宙新暦2000年。

 帝国の遠征軍が我々の防衛艦隊と接触した時、私はまだ『独裁者』ではなかった。だが、あの事件の報告書は何度も読んだ。
帝国側の司令総監が我々の威嚇射撃を敵対行動と断じ、数で勝る自軍を過信して全面攻撃を命じた。結果は一方的な殲滅だった。帝国艦隊は瓦解し、生存者は投降した。

 あの報告書を読んだ時、私は二つのことを考えた。
一つ。我々は強い。帝国が千隻の艦を並べようと、セトルラームの技術力の前には塵に等しい。もう一つ。だからこそ、危険だ。圧倒的な力を持つ者は、その力を使わない理由を見失う。

 後の私が前者だけを記憶し、後者を忘れたのは、権力者としての病だった。

「数字としての命」

 帝国の遠征軍が襲来した時、私は大統領の椅子にいた。
宇宙新暦2614年以降、イドラム一世は本格的にセトルラーム領への侵攻を開始した。三つの遠征総隊。数千隻の艦隊が、我々の星系に向けて進軍してきた。

 ネルトヴィンリル星系が焼かれた。第2総隊のココヴィリが、億単位の民間人もろとも、星系のインフラごと破壊した。形ばかりの避難勧告を出し、反物質弾頭を投下した。あの報告を受けた時、私は怒りを覚えた―――と、言いたいところだが、正直に書けば、最初に浮かんだのは計算だった。この虐殺は使える。反攻作戦を正当化する材料になる。百五十億の命が、私の頭の中では「政治的資産」に変換された。その自分を恥じるべきだったのだろう。だが、あの頃の私に恥の感覚はなかった。管区学校の雑居房で殴られていた少年にとって、数字は数字でしかない。百五十億の苦痛を想像する能力が、私には欠落していた。あるいは、意図的に遮断していた。

 ファーリルスト星系では、セーデルムという帝国の司令総監が、我々の焦土作戦に直面して別の選択をした。
水と食料を投下し、現地住民の懐柔を試みた。騎士道精神、と呼ぶのだろうか。敵にも騎士がいるという事実は、私にとって不都合だった。敵が全員野蛮人であるほうが、戦争は遂行しやすい。だが、テルスヴィン星系が無血開城で帝国側に寝返った時、私は事態の深刻さを理解した。我が連邦の焦土作戦は、自国民の信頼を削っていた。飢えた民は、食料をくれる側につく。それが帝国であっても。私が船底で学んだ教訓そのものだった。

「鏡像と暴走」

 パレスポルの防衛戦。

 あの戦いは、セトルラームの存亡を賭けた決戦だった。帝国の第3総隊が首都圏に到達し、レヴィトクル上級大将が指揮を執った。
あの男の「鏡像戦術」は見事だった。敵の動きを即座に模倣し、逆手に取る。高度なAIと量子コンピューティングがあってこそ成り立つ芸当だが、それを実戦で運用しきったレヴィトクルの力量は、率直に認めなければならない。
第一次パレスポル戦役で帝国軍を退けた時、私は初めて「我々は勝てる」と確信した。確信したのだ。そして、確信は暴走の始まりだった。

 反攻を命じた。ネルトヴィンリルの奪還。クロキルシへの侵攻。ウェリックショームに「講和など不要、前進あるのみ」と伝えた。
戦後政策も気にしなくていい、と。あの命令を下した時の自分を、今の私は正視できない。
クロキルシ星系は焼き払われた。EIPPとプラズマ焼夷弾頭によって、居住可能な環境が消失した。帝国がネルトヴィンリルで百五十億を殺したのなら、我々はクロキルシで同等か、それ以上の命を奪った。

 「国を代表し、お悔やみを申し上げる。我々は接触するべきではない時に出会ってしまった」
―――あの言葉を、私は公式の場で口にした。お悔やみ。なんと空虚な言葉か。自ら焼き払った灰の山に向かって、お悔やみを申し上げる。
偽善という言葉すら生温い。

「冷血母公」

 アリウスの反攻作戦。

 イドゥニア星系の解放。宇宙新暦3952年、アリウスが率いる連邦艦隊がイドゥニアの空に帰還した。
フリーネア王国軍を主軸とする連合軍が編成され、かつてジェルビア諸国が失った大地を取り戻す戦いが始まった。
ロフィルナではレミソルト王朝の復古運動が起き、帝国との同盟を破棄し、連合国側に転じた。

 この時期のアリウスについて、私は複雑な感情を抱かざるを得ない。あの女は、「冷血母公」と呼ばれた。私の命令に反して艦隊を撤収させ、反対派の将校を粛清した。ギールラングの脅威が迫る中、二正面作戦を避けるための冷徹な判断だったという。あの女も、私と同じことをしていた。人を切り捨て、数字として処理し、大局のために個を犠牲にする。違いは何か。アリウスには、それを悔いる能力があった。私には、なかった。少なくとも、あの当時は。イドラム三世が戦死した時―――ジャゴラスの地上戦で、年若いツォルマリア人の新兵に討たれたと聞いた時―――私は報告書を読んで一つの感慨を覚えた。数千年にわたって神を自称した暴君の最期が、怯えた新兵の一撃だったということ。権力の虚しさを、これ以上端的に示す逸話はない。だが同時に、帝国臣民の士気がむしろ上がったという報告も読んだ。暴君が死んでなお、その亡霊が兵士たちを駆り立てる。権力とは、そういうものだ。生者よりも死者のほうが、しばしば強い。

フォフトレネヒトが息を吹き返した時、私は驚かなかった。あの皇国は、数千年を耐え忍ぶ能力を持っている。
パヴェル・クロキルシが「失われた聖地を取り戻そう」と叫んだ時、帝国軍はチャルチルフ星系から我が連邦の艦隊を叩き出した。
あの敗北は痛かった。だが、それ以上に私を打ちのめしたのは、カルスナードの真実だった。

「カルスナードの鏡」


 カルスナード教王国。ツォルマリア戦域企業連合と交戦したあの宗教国家の顛末を知った時、私は自分の過去を見た。

 カルスナードの民は、星間機構に虐げられた記憶を世代を超えて受け継ぎ、復讐を誓っていた。
ツォルマリア人を焼き払い、聖戦と称して一切の容赦なく殲滅した。だが、戦後に明らかになったのは、カルスナードの教会上層部がかつての星間機構の生き残りに操られていたという事実だった。
復讐心を利用され、踊らされていた。自分の怒りが、自分のものではなかったと知る恐怖。自分が憎んでいた相手の手先になっていたと悟る絶望。
カルスナードの民が慟哭したという記録を読んだ時、私の手は震えた。

 なぜなら、それは私の物語でもあったからだ。

 星間機構に虐げられたイドゥニアの民。その怒りを利用して権力を握った私。その私が、解放の名のもとに百億単位の命を焼いた。
私の怒りは本物だったか。私の復讐は、本当に私自身の意志だったか。あるいは、怒りという燃料を注がれ、誰かの思惑通りに暴走しただけではなかったか。
その問いに対する答えを、私は今も持っていない。

「封をしただけだ」

 宇宙新暦4495年。ジャゴラスの廃墟で、『うなだれる連邦兵と諦めた帝国兵』が向き合っていた。
ジェルビア平和条約。宇宙新暦4500年に発効。三千年の戦争が、終わった。
終わった、と書くが、実際には終わりきらなかった。通信の遅延。遠方での戦闘継続。ギールラングの壊滅が4752年。完全な終戦は、さらに先。戦争というものは、始めるのは一瞬だが、止めるのには途方もない時間がかかる。

 連邦は「戦勝」した。だが、その勝利の中身は何だったか。イドゥニア星系で帝国の占領地をいくつか解放した。ロフィルナにレミソルト王朝を復帰させた。フリーネアを特別行政区として編入した。数字の上では勝利だ。だが、セトルラームが積み上げたカルマ―――戦争犯罪―――は、連合国における死傷者の八割以上が我が国の国民だったという事実とともに、永遠に消えない。テルスヴィネル族の捕殺。キクロハヌマの連邦化政策。帝国主要四星系における大量虐殺。EIPPによる無差別インパルス爆撃。私がそれらの全てに署名した。「前進あるのみ」と命じた。「戦後政策は気にしなくていい」と言った。

 あの戦争の後、政治的決着に至るまで五百年を要した。五百年だ。私が壊したものを繕うのに、五百年。
共立公暦が始まった時―――宇宙新暦5000年が共立公暦0年に改まった時―――私は署名のペンを握りながら、その重さに耐えかねていた。
あの署名は、三千年の戦争の終幕であると同時に、私自身の罪の目録に封をする行為でもあった。封をしただけだ。

 消したわけではない。消えるはずがない。

「あの子」

 メレザのことを書かなければならない。
あの子は―――いや、もう三千年以上を生きた人間に対して「あの子」と呼ぶのは不適切かもしれない。
だが、私にとってメレザ・レクネールは永遠に「あの子」だ。私が育てた。私が利用した。私が捨てた。
……育てたと言うのは正確ではない。利用するために手元に置いた。
才覚があった。異常なほどの魔導科学の適性があった。それを見抜いたのは私ではなく部下の報告によるものだったが、手元に引き上げる判断を下したのは私だ。

 あの子は私を信頼していた。

 信頼、という言葉を使うたびに、胃の底が冷える。あの子が私に向けていたのは、保護者に対する子供の無条件の信頼だった。世界の全てが敵であっても、この人だけは味方でいてくれる。そういう類の信頼だ。私は、それを知っていた。知った上で利用した。政治的に必要なくなった時、私はメレザを切り捨てた。……切り捨てた、という表現は私の都合の良い言い換えだ。正確に言えば、用済みになった道具を放り出した。彼女が、その後どうなろうと、私の知ったことではなかった。あの時は、そう思っていた。だが、メレザは生き延びた。生き延びて、私よりも遥かに偉大な人間になった。後年、文明共立機構の長となり、私が壊し散らかした世界の修繕を、黙々と続けた。

 契約の代償で古い記憶を少しずつ失いながら、それでも私との記憶だけは残り続けているのだという。

 その事実を知った時、私は―――

 何を感じたのかを正確に書くことが、私にはできない。反省という言葉は軽すぎる。後悔も。罪悪感も。どれも正しくない。
正しい言葉がない。あるいは、私にはそれを表現する資格がない。
歩み寄ろうとした。無視された。当然だ。当然すぎて、涙が出た。数千年ぶりの涙だった。

「好機」

 共立公暦998年。イドルナートの大火

 あの襲撃を受けた時、私の頭に浮かんだのは、哀悼でも義憤でもなかった。好機だ、と思った。
ロフィルナを―――あの因縁の土地を―――ようやく手中に収める機会が来た、と。
自分がどれほど醜い人間であるかを、あの瞬間ほど明瞭に自覚したことはない。

 自覚した上で、私は軍事介入の準備を命じた。共立機構がロフィルナに準備指定レベル4を発令し、コックスが機構からの脱退を宣言した。
混乱が深まるほど、私にとっては都合が良かった。併合の既成事実化。それが私の描いた筋書きだった。
コックス―――レルナルト・ヴィ・コックス大宰相。ティラスト派を率いるあの男のことを、私はどう評価していたか。
正直に言えば、侮っていた。過激な闘争思想に染まった地方政治家。旧暦時代のセトルラームへの恨みを政治的燃料にしているだけの男。そう見做していた。

それが、どれほどの見誤りであったか。後になって思い知ることになる。

「あの女に負けたことになる」

 共立公暦1001年。アリウスが王都コルナンジェ軍事クーデターを起こした。

 報告を受けた時、私は執務室の椅子から立ち上がらなかった。ただ、唇の端が持ち上がったのを覚えている。
来たか、と思った。あの女が、ついに動いた。ティラスト派の圧政に対して蜂起した、という体裁を取っているが、私には分かっていた。
アリウスの目的はコックスの排除だけではない。セトルラームの支配構造そのものの解体だ。

 ならば、その前に叩き潰す。

 私は連合軍を組織した。ジェルビア星間条約同盟ルドラトリス安全保障盟約ネルヴェサー民主同盟。複数の国際枠組みを動員し、ロフィルナへの大規模侵攻を開始した。名目は平和の回復。実態は征服だ。共立主義を掲げる国の大統領が、武力による併合を企図している。その矛盾を、当時の私は矛盾とすら思わなかった。最初の一年は、計画通りに進んだ。南部の港湾都市を制圧し、海上補給路を遮断した。heldo艦隊が港湾施設を砲撃で破壊した。アリウスは王都軍を率いて西部と南部を固めたが、サンリクト公国ユリーベル公国の支援を受けてもなお、連合軍の物量には抗し難い。そう踏んでいた。

 だが、戦争というものは、始めた人間の思い通りには進まない。

「泥沼の底」

 1002年。戦線が膠着した。

 ステラム・シュラスト州軍政府が第三勢力として台頭し、北部でゲリラ戦を展開した。heldoの中小国が厭戦感情から順次撤退を始めた。計算が狂った。私は単独での増派を余儀なくされ、北部戦線の都市に絨毯爆撃を命じた。―――焼夷プラズマ弾が使用された。民間人を含む多くの死傷者が発生した。この事実を、私は覚書に正確に記す。命令を下したのは私だ。報告書の数字を見て承認の印を押したのは私だ。何千、何万という人間が焼かれた。その一人ひとりに名前があり、家族があり、朝食の好みがあり、眠りにつく前に考え事をする習慣があったはずだ。私は、それを数字として処理した。

 この頃から、国際社会の批判が強まった。セトルラームは孤立を深めた。だが、私は退かなかった。退けなかった。
退けば、あの女に負けたことになる。あの椅子に座ってからずっと、私の政治判断の奥底には、常にアリウスの影がちらついていた。
あの女に跪いた記憶。あの屈辱。それを上書きするために国を動かしていた。

 何万人もの命と引き換えに、自分の屈辱を清算しようとしていた。
そう書くと、狂人の所業に見えるだろうか。狂人だったのかもしれない。だが、権力者の狂気は、合理的な政策の衣を纏って実行される。それが最も恐ろしいところだ。

「沈黙の重さ」

 1004年。トローネが動いた。

 ユミル・イドゥアム連合帝国がセトルラームの要請に応じて参戦を表明した。東部戦線に機械化部隊と重装甲艦が投入され、ヴァルヘラ州軍要塞を攻撃した。私がトローネに参戦を要請した時、あの皇帝は長い沈黙の後で「いいよ」とだけ答えた。条件も、代償も、その場では何も言わなかった。それが逆に恐ろしかった。トローネが無条件で動くはずがない。あの沈黙の中に、私には読み取れない計算が幾重にも畳まれていたはずだ。帝国にとって、ロフィルナ問題は対岸の火事ではなかった。セクター・イドゥニアの軍事バランスが崩れれば、帝国の安全保障にも直結する。セトルラームが単独でロフィルナを併合すれば、共立機構内の力学が決定的に変わる。帝国としては、セトルラームを支援しつつも、その戦果を制御可能な範囲に留めたい。つまり、私を勝たせすぎず、負けさせすぎず、最も都合の良い均衡点で戦争を止める。トローネの参戦は、同盟の義理でも友情でもなく、そういう冷徹な地政学的判断の産物だったはずだ。

 私は、それを想定していた。分かった上で受け入れた。なぜなら、あの時点で私にはもう選択肢がなかったからだ。heldoの中小国は次々と撤退し、セトルラームは単独での戦線維持に限界を迎えていた。帝国の戦力がなければ、東部戦線は崩壊する。だから私は頭を下げた。共立の大統領が帝国の皇帝に頭を下げて兵を借りる。その構図が、どれほど私の信条を裏切るものであったか、トローネには見えていたはずだ。見えた上で、何も言わなかった。あの皇帝の沈黙には、常にそういう種類の重みがある。後に戦争が長期化し、帝国国内でも厭戦感情が高まると、トローネは段階的な撤退を決断した。1007年、東部戦線から帝国軍が引き揚げていった。あの撤退は、戦況判断であると同時に、私に対する最終的な回答でもあった。ここまでは付き合った。ここから先は、お前一人で始末をつけろ。そういう意味だったのだと、今では思う。

 見捨てられた、とは思わなかった。トローネとの関係は、そういう言葉で片づけられるほど単純ではない。
あの皇帝は、私を見捨てたのではなく、私が自分自身の結末に辿り着くのを待っていたのだ。それが破滅であっても。FT2執行本隊が本腰を入れ始めたのも、この頃だ。
キューズ・アライアンスの指揮下、ロフィルナ中央部の主要都市を制圧していった。平和維持を名目にしながら、その実態は占領だった。
夜間外出禁止令。食料配給制度。武装解除区域。名前を変えた支配が、共立機構の旗の下で展開されていた。

 私が推し進めた「共立」の正体が、これだった。

「落ちない光」

 1005年以降、戦場は地獄の様相を呈した。

 アリウスは、レミソルト級スイートクルーザーを旗艦として艦隊を再編した。あの船のことは知っていた。本来、戦闘用ではない。豪華客船の系譜に連なる艦だ。だが、アリウスは、それを戦場に持ち出した。軽率だという声があったらしいが、私に言わせれば、あの女らしい選択だった。正規の戦闘艦ではなく、美しい船で戦場に出る。それは声明だ。「お前たちの戦争に、私は私のやり方で立ち向かう」という宣言だ。そして実際、あの船の電子戦闘システムは予想以上の成果を上げた。セトルラーム空軍の最新装備に対して、客船が善戦した。その報告を読んだ時、私は机を殴った。怒りではない。あの女への、名前をつけられない感情だ。

 サンリクト公国の艦隊が南部奪還を試みた時、私はT-4―――第4世代量子戦闘爆撃機メロムス・トラソルティーアの投入を命じた。
サンリクト艦隊は壊滅した。作戦としては成功だ。だが、その「成功」の中に、どれだけの命が溶けて消えたのか。
ラグニア州軍政府が降伏した時、アリウスは同盟者を一つ失った。王党派の戦力は削られていった。
だが、あの女は折れなかった。折れないのだ、あの女は。どれだけ追い詰めても、どれだけ味方を奪っても、あの目の光が消えない。

 それが、私には耐えられなかった。

「手を離れた戦争」

 1007年。私は最後の賭けに出た。

 第4世代ゾラテス級事象界域制圧艦の投入。セトルラーム空軍の切り札だ。南部戦線に展開し、制空権を完全に掌握した。グロノヴェイルへの総攻撃が開始され、コックス軍の防衛線を粉砕していった。革命聖堂が崩れ落ちるのを、衛星映像で見た。ティラスト派の象徴が黒煙の中に消えていく。私はそれを見ながら、何も感じなかった。感じないことに、ぞっとした。東部戦線から帝国軍が引き揚げていった。トローネの最終的な回答だった。東部戦線の勢力バランスが崩れ、セトルラームの補給線に支障が生じた。コックス軍は完全に孤立したが、それはセトルラーム軍も同じだった。泥沼だ。出口のない泥沼の底で、全ての勢力がもがいていた。

 グロノヴェイルは、敵と味方と異形の怪物が入り乱れる地獄の戦場と化した。
変異キメラの増殖が報告された時、私は初めて自分が何を解き放ってしまったのかを理解した。
戦争は、始めた人間の手をとうに離れていた。

「もうたくさんだ」

 1008年。終わりが来た。だが、それは私が望んだ終わり方ではなかった。

 メレザが動いた。文明共立機構の常任最高議長として、メレザ・レクネールは「PLコマンド・ヒュプノクラシア」を発令した。
私が育て、利用し、切り捨てた、あの子が。
パルディ・ルスタリエ以下の究極戦力を戦場に投入し、ゾラテスもろともセトルラームの主力艦隊を壊滅させた。

 想定外だった。

 いや、想定外という言葉では足りない。世界が裏返ったような感覚だった。
私が持てる全ての戦力を注ぎ込み、数世紀をかけて構築した軍事的優位が、一瞬で消し飛んだ。
異能力者たちの力は、通常の軍事戦略を根底から覆すものだった。

 報告を読む手が震えた。恐怖のせいだ。あの雑居房の少年の頃に感じたのと同じ、純粋な恐怖。権力の衣を全て剥ぎ取られて、剥き出しの「私」が怯えていた。そして―――アリウスもまた、その猛攻を受けていた。王都軍の連合部隊も殆どが全滅した。あのスイートクルーザーが、王宮の行進広場に墜落していくのを、私は通信映像で見た。あの船が落ちていく。炎と残骸をまき散らしながら。あの瞬間、私の中で何かが折れた。勝利でも敗北でもない。ただ、もうたくさんだ、という感覚。これ以上、何を壊せばいいのか。何を奪えばいいのか。あの船が落ちる映像を見た時、私は初めて、自分がやってきたことの総量に押し潰された。

「赦しよりもなお残酷な何か」


 アリウスは生きていた。
墜落したスイートクルーザーから降り立ち、満身創痍の状態で、全軍に完全なる停戦を命じた。徹底抗戦を叫ぶサンリクト公国のグラウストラ元帥を峰打ちで黙らせ、停戦の勅令を下した。

 あの女は、負けてなお、指揮官だった。

 7月28日。PM18:00。停戦。

 リティーアが単身でロフィルナに降り立ったという報告を受けた時のことも記しておく。
ルドラスの落とし子―――筆頭公爵の血族――が、FT2執行艦隊の制止を振り切り、私が差し向けた連邦軍の攻撃を受けながら、泥と血にまみれて戦場を横断した。
愛しのアリウス公王を連れ戻すために。彼女が目にしたのは、無数の残骸とともに墜落していくスイートクルーザーの末路だった。
あの報告を読んだ時、私は―――泣いたのだと思う。よく覚えていない。覚えていたくないのかもしれない。
コックスはグロノヴェイルの地下壕で拘束された。市中を引き回され、群衆に罵声を浴びせられ、石を投げつけられた。
かつての大宰相が血と泥にまみれて引きずられていく。その報告を読みながら、私は自分の未来を見ているような気がした。

 イドルナートの歌が聞こえる、と前線の兵士が報告書に書いていた。
「愛しき我が敵よ、そこにいるのかい?」―――あの歌声が廃墟に響いている。焼死体と腐乱した臓物が散乱する市街地で、男たちが歌っている。

 私が作った地獄だ。

「二つの退場」

 アリウスが、セトルラーム本国に帰還した。

 多くの市民が喜びの声を上げる中、私は執務室で一人、壁を見つめていた。明確な殺意を含む辞職勧告が突きつけられた。
アリウスの言葉ではない。アリウスは直接には何も言わなかった。だが、彼女の帰還そのものが、私への死刑宣告だった。

 「この決断に至るまで多くの犠牲を出しました」——アリウスの声明が全域に放送された。
「わたくしにはロフィルナ社会に属するすべての国民の生命及び財産、その他の尊厳に関わる一切の安寧について、これを擁護し、全うしなければならない責務がございます。ロフィルナ政府の名のもとに実行された、すべての犯罪行為の責任は連邦共同体の長たるわたくしに帰属するものです。……ですから、大統領?何も心配する必要などないのですよ」

 あの言葉を聞いた時の感情を、何と呼べばいいのか分からない。

 あの女は、ロフィルナの全ての罪を自分の肩に背負い、その上で私に「心配するな」と言ったのだ。
それは赦しではない。赦しよりもなお残酷な何かだ。お前の罪はお前が背負えと突き放されるほうが、まだ楽だった。
お前の罪すら私が引き受ける、と言われることの重さ。その意味が分からないほど、私は鈍くなかった。

 私は辞職した。政治生命に自ら終止符を打った。
いや。打たされた、と書くべきだ。あの瞬間に「自ら」などという主体性は、私には残っていなかった。
メレザもまた、PLコマンド発動の責を取って辞職した。
あの子が―――私が捨てたあの子が―――世界を救い、そしてその代償を自ら払った。
ユピトルをはじめとする中小国の「レクネール下ろし」に晒されながら。
私たちは共に椅子を失った。だが、メレザは英雄として退場し、私は敗者として退場した。

 その差が、私たちの人生の差そのものだった。

「覚悟の差」

 コックスの真意を知ったのは、全てが終わった後だった。

 アリウスが獄中のコックスと面会し、司法取引を持ちかけた。トローネ皇帝の提案を踏まえたものだった―――国内外のテロリストの暗部のネットワークを制御するために、コックス自身の力を借りる、という。あの男は、ロフィルナ社会の独立と健全化を条件に受諾した。その報告を読んだ時、私は初めてコックスという人間を理解した。あの男は、ティラスト派の狂信者ではなかった。少なくとも、それだけではなかった。暗部のネットワークがあまりにも巨大に膨れ上がり、三大列強の力をもってしても抑え難い規模に達しつつあることは、私自身も認めざるを得ないところだ。コックスは、その闇を内側から制御するために、自ら悪役を演じていた。「いいか?良く聞け。俺には戦って負ける覚悟がある。そのために必要な大掃除をしてやるから、すべての責任を俺に被せろ」―――開戦前夜に部下に遺したという、あの言葉。

 私が侮っていた「地方政治家」は、私よりも遥かに深い覚悟で、ロフィルナの未来を見据えていた。その事実が、何よりも私を打ちのめした。

「安全という未知」

 トローネのことを書くのは、いくらか気が楽だ。

 あの皇帝は、私を面白がっている。

 面白がっているのだと思う。私の失態を。私の惨めさを。私が権力の階段を転がり落ちるたびに、あの十四歳の顔をした皇帝は、どこか楽しそうに観察している。しかし、不思議なことに、そこに悪意は感じない。純粋な知的好奇心とでも言うべきものだ。千年を生きた独裁者が、あの幼い外見のまま、世界を観察している。闘争競技に出場させられた時は、さすがに閉口した。完全敗北を喫した。恥を晒した。だが、あの時のトローネの表情に、嘲笑はなかった。「ほら、やっぱり面白いじゃないですか」とでも言いたげな、あの独特の微笑。私がセトルラームを追われた時、トローネは亡命を受け入れてくれた。帝国貴族としての地位を保障し、名誉大公として遇してくれた。政治的打算もあっただろう。だが、それだけではない。あの皇帝には、壊れた人間を拾い上げる癖がある。セルブラーナがそうだ。宮殿惑星に受け入れた難民たちがそうだ。そして、私も。

 トローネの庇護下にいる時、私は初めて「安全」というものを知った。
管区学校の雑居房でも、移民船の底でも、大統領の執務室でも感じたことのなかった、身体の力が抜ける感覚。常に背中を壁につけて座り、視界の隅に出口を確認し、懐の銃の位置を確かめる―――その習慣が、ほんの少しだけ緩んだ。
「独裁者の鏡」と呼ばれた。褒め言葉なのか皮肉なのか、今でも分からない。おそらく、両方だ。

「銃声の手前で」

 共立主義について語れと言われたら、私は何と答えるべきか。
あの思想は正しいのかと問われれば、知らないと答える。正しさなど、私の人生において一度も信頼に足る指標であったことはない。
星間機構は「正しさ」を掲げて私の種族を絶滅対象に指定した。私は「正しさ」を掲げてエルドラームの信徒を虐殺した。
アリウスは「正しさ」を掲げて私の独裁を打倒した。正しさは、常に誰かの血を求める。

 だが、共立主義は正しさを主張していない。そこが重要だ。

 あの思想は、「正しいから従え」とは言わない。「誰も勝者になれないと分かったから、せめて全滅だけは避けよう」と言っている。
消極的だ。英雄的でもない。格好良くもない。だが、私のように地獄を這いずり回ってきた人間にとっては、その程度の慎ましさが丁度良い。

 識ることは責務である。それは忌憚なく、公正に、須く議論されなければならない。

 あの言葉を口にした時、私は共立主義について語ったつもりはなかった。
倫理に反するテクノロジーの扱いについて述べただけだ。だが、振り返ってみれば、あの一言は私なりの共立主義の要約だったのかもしれない。
識ること。目を逸らさないこと。都合の良い解釈で誤魔化さないこと。そして、議論を続けること。正解が出なくても。永遠に出なくても。完全な調和など来ない。来るはずがない。
だが、対話を打ち切った瞬間に、残るのは銃声だけだ。私はそのことを身をもって知っている。

「浸食としての赦し」

 レシェドルトの民主化を見届けた後、私はトローネの船に乗り込んだ。
CP3星団への航海。四百五十年。長い旅だ。だが、数千年を生きた人間にとって、四百五十年は一つの季節に過ぎない。問題は、時間の長さではなかった。同行者の顔ぶれだった。

 アリウスがいた。メレザがいた。

 かつての敵。かつての被害者。私が踏みつけた人間。私に踏みつけられた人間。それが同じ船の中に収まっている。逃げ場はない。

 四百五十年間。

 不思議なもので、敵意というのは時間をかけると磨耗する。砂浜の石が波に洗われて丸くなるように、アリウスに対する私の憎悪も、少しずつ角が取れていった。
劇的な和解があったわけではない。ある朝、食堂で顔を合わせた時に、自然と会釈をしていた。
それだけのことだ。数千年の因縁が、たったそれだけの日常的な動作によって、ほんの僅かに緩んだ。

 メレザとの関係は、もっと時間がかかった。

 あの子は―――もう「あの子」と呼ぶのはやめよう。メレザは、全てを覚えていた。私が彼女にしたことを。彼女が私に感じていた信頼と、その信頼が裏切られた瞬間の苦痛を。記憶を失う宿命を背負いながら、私に関する記憶だけは消えなかった。それが呪いなのか祝福なのか、おそらく本人にも分からないだろう。赦しの言葉が、いつ交わされたのか、正確な日付は覚えていない。……覚えていないのではなく、明確な瞬間がなかったのだ。ある時期を境に、メレザの声から刺が消えた。私の声から虚勢が消えた。それだけのことだ。赦しとは、おそらく、そういうものなのだろう。宣言ではなく、長い時間をかけた浸食。

二十「まともな行政」

 フォレニア公国で政務卿の任を受けた時、私は初めて「誰かのために働く」ということの意味を理解したのかもしれない。
 セトルラームでは、全てが自分のためだった。権力を握るのも、政策を進めるのも、国を動かすのも、突き詰めれば自分が二度と犬に戻らないためだった。
レシェドルトでも、本質的には変わらなかった。
鉄の独裁者として国を完成させ、自ら手放すという演出は、結局のところ自分の物語を完結させるための行為だった。

 だが、公国は違った。

 五貴族家の合議による統治。私一人の意志では何も動かない。トローネの信頼を裏切れば、残りの生を費やしても償えない。
スヴェリナの人々が私に求めているのは、独裁者ではなく、行政官だ。雪山に囲まれた盆地に工場を建て、鉱石を掘り、蒸気を上げ、赤褐色の屋根が並ぶ街を育てる。地味な仕事だ。華もない。だが、不思議と充足がある。
数千年の権力闘争に疲れ果てた男が、最後に辿り着いたのが「まともな行政」だった。笑い話にもならない。あるいは、最上の笑い話かもしれない。

「犬の生」

 この独白録が誰に読まれるのか、私は知らない。
歴史家が読むかもしれない。政敵が読むかもしれない。あるいは、一万年後の古書店で埃を被っているかもしれない。

 一つだけ、書き残しておく。

 私は、善人ではなかった。善人であったことは一度もない。人を殺し、裏切り、利用し、切り捨て、踏みつけてきた。
それらの行為に、十分な理由があったとは言わない。理由があったと自分に言い聞かせてきたが、それが嘘であることを、長い歳月の中で少しずつ認めざるを得なくなった。

だが―――。

 だが、と書いて、その先が続かない。「だが、私なりに精一杯やった」とでも書けば、美しい結語になるだろう。だが、そう書くことを私の中の何かが拒んでいる。精一杯やったかどうかなど、踏みつけられた側にとっては何の意味もないからだ。共立主義は、「この思想の価値は、救われなかった側からしか測れない」と言う。ならば、私の人生の価値もまた、私に踏みつけられた者たちからしか測れない。彼らの判定を待つ。それが、私にできる最後の誠実さだ。もっとも、その判定がどのようなものであれ、私は受け入れるしかない。受け入れるしかないと分かっていながら、それでも、こうして言葉を書き連ねてしまうのは―――

 結局のところ、私もまた、反応を求めているからだ。誰かに聞いてほしい。この犬の一生を。


共立公暦3815年 冬 スヴェリナ・リムグラフトにて


追記「焼きそばパンを持って」

 書き終えてから気づいたが、アリウスのお茶会の招待状が机の上に置かれていた。いつの間に届いたのか分からない。あの女め。
……行くしかあるまい。焼きそばパンを持って。

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最終更新:2026年04月20日 21:25