織田 裕二(おだ ゆうじ、1967年12月13日 - )は、日本の俳優、歌手。神奈川県川崎市生まれ。BAC CORPORATION所属。身長177cm、体重70kg
- 桐蔭学園小学校・中学校・高等学校卒業。中学1年から高校1年までテニス部に所属していたが膝を壊して退部。高校時代は「デップス」というバンドを組み、ギターを担当していた。ライブは高校2年のクリスマスイブに1回だけ行われた。そのライブを見に来ていた人の紹介で、現在の事務所にスカウトされるが、当時は演技に興味が無く、「学校がうるさいので」との理由で断っていた。高校卒業後、ピッツバーグ大学日本校へ入学するも中退し、俳優の道へ進む。
- その後、1987年4月に東映映画『湘南爆走族』に、出演者オーディション数万人の参加者の中から、望んでいた石川役に抜擢されてデビュー。同時に主役デビューの江口洋介と共演、当時は二輪免許は持っておらず映画撮影の為に取得した。同年に『仮面ライダーBLACK 』の主役オーディションを受けたことがあるらしい。1990年頃には吉田栄作・加勢大周とともに平成御三家とも呼ばれた。
- デビュー直後は売れず役者を辞めようと思った時期もあったが、NHKドラマ『十九歳』が役者の道を邁進する覚悟を決める転機となる。
- 1990年4月、フジテレビで放映された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公マーティの吹き替えを担当した。ドク役は三宅裕司。「Wユウジ吹き替えに挑戦!」 としてPRされた。ただし後に発売された完全版のDVDにも収録されていない。
- 1991年、フジテレビドラマ『東京ラブストーリー』の永尾完治(カンチ)役で当たり役を掴み、大ブレイク。「月曜の夜は、OLが街から消えた」と言われ、「月9」という言葉もこの作品から生まれた。ただし、人気とは裏腹に織田自身は、ストーリー後半につれ、原作と脚本と自分のイメージとのギャップに悩み、結果的には途中放棄といえるくらい演技的に失敗だったと語っている。そのため、この作品の経験がターニングポイントとなり、以降の作品では企画・脚本づくりの段階から作品に関わるという姿勢を強めることになる。
- 役作りは本人いわく、服装や小道具にこだわり、キャラクターをつかむのに時間がかかるという。そのため、台本は出来る限り早く入手して読み込み、台本にも詳細な書き込みをしたり、監督や共演者と話し合いや打ち合わせを自分から積極的に行うという。また、若手の頃、千葉真一にも臆することなく意見を言っていたらしい。
- 当初はトレンディ路線とアイドル色が強かった為、主に20代女性層を中心に人気を集めていたが、コメディや硬派なテレビドラマにも多く出演するようになり、『踊る大捜査線』で男性層にも支持を得たことで俳優として確固たる地位を築いた。
- 『踊る大捜査線』は、ドラマ放送終了後のビデオレンタルなどで評判が良く、映画化されて絶大な人気を博した。劇場版1作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE』は興行収入101億円、観客動員数700万人を記録し、それに続く『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』も、興行収入173.5億円、観客動員数1250万人と、前作を大きく上回るばかりか実写邦画歴代1位(2009年現在)の記録を残し、自身の代表作となった。
- 続編について、『踊る大捜査線』に関するインタビューでは嫌いだと発言している。理由は、同窓会的なゆるい作品作りになってしまうのが嫌だから、と答えているが、これは『振り返れば奴がいるSP』での経験からきている。一方で『踊る大捜査線』シリーズは10年以上も続けており、『アマルフィ 女神の報酬』の初日舞台挨拶でも、演じた外交官役を「育てたい役」と続編への意気込みを話している。
- 歌手としては1987年4月にデビュー映画『湘南爆走族』の挿入歌のシングルレコード「BOOM BOOM BOOM」でデビュー。1991年2月に発売された『スズキ・セルボ』CMソング「歌えなかったラヴ・ソング」が最高位2位を記録、自身最大のヒット曲となった。その他の代表曲に『踊る大捜査線』の主題歌「Love Somebody」(1997年1月)がある。2005年日本ゴールドディスク大賞受賞。
- 「夢を壊すと悪い」という意識や、自身が公私混同を嫌がっていることから極力プライベートを明かさない努力を保っている[要出典]。また、長年抜群の知名度がありながら週刊誌などで女性との交際を報じられることは稀である。
- 2001年、主演ドラマ『ロケット・ボーイ』放送時、持病の腰痛が悪化し、椎間板ヘルニアによる緊急入院で撮影を中断する事態となった。そのため『ロケット・ボーイ』は全11話の予定だったが全7話に再構成され、第2話放映後の4週分は『ロケット・ボーイ』を休止し、同作共演のユースケ・サンタマリア、市川染五郎の新撮シーンと『踊る大捜査線』の再放送で穴埋めするという異例の措置が取られた。
- 2003年1月公開の映画『T.R.Y.』では、中国上海でロケを行い、中国語セリフに挑んだ。
# 『T.R.Y.』公開時に監督の大森一樹は「日本映画で数少ない、名前で客を呼べる俳優」と語った。また、映画『椿三十郎』で映画公開前に、森田芳光監督が「今、映画スターといえば織田裕二しかいない」と発言していた。
- 基本的にバラエティ番組(特にお笑い系)へは出演しない方針で、『SMAP×SMAP』で、香取慎吾が『踊る大捜査線』のパロディコント「踊れ大捜査線」で織田の物まねをするコーナーへ香取に内緒でゲスト出演した際、「バラエティは、ダメなんだよ。苦手。恥ずかしい」と、しきりに言っていた。しかし時々歌手として出演している『うたばん』や長年スポーツキャスターを務めている『世界陸上』の中継などで、軽妙なトークやハイテンションな司会ぶりを垣間見ることが出来る。
- 『とんねるずのみなさんのおかげでした』の食わず嫌い王決定戦にオファーされるが、「カメラの前でメシを食べるのは恥ずかしい」との理由で出演はしていない。ただオファーを断り続けるのは申し訳ないという理由で1度だけ純喫茶スリーセブンには出演した。
- 20代半ばの持久力と肺活量を持つ。2007年4月19日放送『うたばん』では、本人に説明なく行われた体力測定で実年齢39歳にして25歳と診断されていた。
- 『うたばん』(2007年8月23日)にて12年ぶりに的場浩司と共演した際、織田ちゃんとマッキー(浅野温子によると「お前は人間の末期的症状だ」からマッキー) の名で呼び合うほど当時は仲が良かったと話している。
- 2年に1度開催されるTBSのスポーツ中継番組『世界陸上』のメインキャスターを、中井美穂と共に12年間にわたって担当。ハイテンションぶりが話題になり、山本高広を筆頭に陣内孝則、関根勤、ナインティナインの岡村隆史らに物真似をされている。本人いわく「あれはキャラ入っている」が「自然に出てしまう」らしい。ただ2009年のベルリン大会では、前半、例年のハイテンションぶりを封印したおとなしいトークを繰り広げ話題となった。
- 恋愛観については、相手のルックスや仕草よりも、自分の足りないところを足してくれる相手が好きであり、同時に相手の足りないところを足せるような自分になれたらと語っている。また男性が働いて稼ぎ、女性が家を守るような堅実な家庭を作りたいとも語った
最終更新:2010年08月14日 22:56