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岡田准一

岡田 准一(おかだ じゅんいち1980年11月18日 -)は、日本の俳優、歌手、タレントであり、ジャニーズ事務所
所属の男性アイドルグループV6の最年少メンバー。メンバーカラーは黄。 身長169cm。大阪府枚方市(御殿山地区)出身。愛称は、准くん、准ちゃん。

  • 1997年に『D×D』でテレビドラマ初主演し、岡田は後にこのドラマがきっかけで、演技をすることが好きに
なったと語っている。このドラマで共演した長瀬智也(TOKIO)に”自然にすればいいんだよ”というアドバイスをもらってからだという。
  • アイドルとして、そして俳優としての将来に悩んでいた岡田は一つの作品に出会い、「この作品を最後に引退しよう」
と覚悟していた。それが2002年放送の「木更津キャッツアイ」だった。 この作品の中で彼はそれまでのアイドルの
イメージをブチ壊す、いわばヨゴレ役とも言える演技を披露し、従来のファンを驚かせた。 この作品で見せた、
タバコやビールをこよなく愛し、おまけにスケベという等身大の若者像は、女性ファンだけでなく同年代の男性の
支持をも得る事になり、彼の俳優としてのステータスを確立する事となった。
  • 主演ドラマ『SP』では、アクションシーンが多いため、激しいアクションにも対応できる体にするために、
主演が決定した1年前からスポーツジムに通いつめ、役作りを行っていた。共演者によると、車を飛び越えていく
シーンをスタントマンや特殊撮影を使わずにこなしたとのこと。また映画版の撮影のためにカリの稽古も行っていた。

  • 趣味は、乗馬、ピアノの他に読書、歴史、映画鑑賞、音楽鑑賞、ロッククライミング、ギター、日曜大工、
ドラムなど多種多様であり、日曜大工では、「木彫りの熊」を作って近所の子供にあげているが、何個か作っては
「ご自由にどうぞ」と書いて近所の公園に放置し、自分の部屋の窓から誰が持っていくかを観察する、というもの。
  • 好きな外国人俳優は、イーサン・ホーク、デンゼル・ワシントン、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、
ラッセル・クロウなどである。特に、ポール・ニューマンについては、雑誌で永遠のスーパースターという形で紹介する
ほどであった。また、将来の夢は牧場を持つこと。その理由として、尊敬するラッセル・クロウが俳優業をやりつつ、
牧場を経営している為であるとのこと。また、好きな歌手はMr.Children。大阪から東京に向かう新幹線の中で
『CROSS ROAD』と『星になれたら』をずっとリピートして聴いていた。初めてギターでコピーした曲は『名もなき詩』。
また2009年9月25日のMUSICSTATIONスペシャルでは『innocent world』を国民的名曲として推薦した。
  • 『反乱のボヤージュ』で競演した俳優の渡哲也の紹介で、時代劇のために乗馬を始める。その腕前は岡田が
主演を務めた2005年のNHK新春ドラマ『大化改新』で披露された。
  • 母親がピアノの先生であるため、小さい頃から中学入学頃まで本格的にピアノをやっていた。コンサートやテレビ番組などで披露されている。
  • 中学時代はラグビー部に所属し、熱中していた。ポジションはスクラムハーフ。

  • 俳優の高橋一生とは堀越高校の同級生であり、一緒にドライブに行くほど仲が良いという。他にも、
『木更津キャッツアイ』で共演した岡田義徳、塚本高史、佐藤隆太、櫻井翔とも仲が良く、佐藤隆太が
ベースをしているバンドに4人で見に行ったことがある。『フライ、ダディ、フライ』での共演をきっかけに金城一紀、須藤元気とも親しくなった。
  • KinKi Kidsの堂本剛とは親友で、合宿所時代からの付き合いである。堂本から常に「関西弁を忘れるな」
と言われていたが、現在、普段の生活では関東弁を用いる。これは以前ドラマ撮影時にアクセントで苦戦した経験からである。
  • お笑い芸人タカアンドトシの大ファン。2007年3月15日放送のVVV6のゲストとして彼らが出た時に、彼らのDVDを
持ってきてサインを求めた。また、「タカアンドトシアンドジュン」として、トリオ漫才を一度だけテレビで披露した。

  • 突出したおでこが目立ち、日本人離れした顔立ちである。昔は突出したおでこに基づき「でこっぱち」と
呼ばれていた。今では「デコパ」と呼ばれている。名づけたのは、メンバーの三宅健。
  • 一見クールで大人しく見られがちだが、一般的には理解しがたい不可思議な言動、思考が多く、天然で不思議キャラである。
「listenを"リステン"と読んでいた」「若い外国人男性に『How old are you?』と聞くところ、
『How much?』と言ってしまった」「緑の服を着たちっさなおっさんを見た」「妖精を見た」「星を見るため樹海で野宿する」
など。また、V6のメンバー曰く楽屋などで奇妙な行動をすることが多いという。「修正テープで台本を全部消す」
「指全部にセロテープを巻く」「ガムの包み紙で延々と鶴を折る」など。



  • デビューからしばらくの間、V6のメンバーは第2の家族だと考えていた。具体的には、「坂本が父、長野が母、
以下の3人が兄で、自分はその末っ子である」というもの。しかし、途中から「やっぱりそれは違うんだ」
と思い始めた。「V6というのは何かを生み出したり作っていかなきゃいけない。何かの本で『死ぬ時に自分の名前を
五人覚えてくれてたらそれだけで生きていた価値がある』っていう本を読んで、もしかしたら僕はもう五人いるんじゃないかな
って。僕にとってメンバーだったりV6っていうのは大切で大きい存在です」と語っている。
  • 「お兄ちゃん」と呼ばれるのに弱いことが学校へ行こう!MAXにて発覚した。
  • 岡田自身の人生観を変えたエピソードとして、実家での阪神大震災の被災経験がよく挙げられる。
  • ジブリの鈴木プロデューサーが岡田のラジオ番組である『GROWING REED』に出演したことから、『ゲド戦記』
で主人公の王子アレン役(声優出演)を演じるきっかけとなった。
  • 言葉を喋り始めるのが遅く心配されていたが、3歳の頃に家族が言い争いをする最中に突然「それは違うと思う」
と喋り周りをビックリさせた。
  • 下積み時代が長かったV6のリーダーである坂本昌行とは対照的に下積み時代が短く、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!
』でのオーディション後、わずか3カ月でV6のメンバーに抜擢される。そのため岡田がジャニーズJr.で活動していた事はあまり
知られていない。また、岡田が初めて音楽番組に出演したのは、ジャニーズJr.として先輩のバックで踊った時ではなく、
『ミュージックステーション』にV6として出演したときである。
  • 2006年7月17日放送、みのもんたの“さしのみ”では「20才になったらジャニーズ事務所をやめようと思っていた」と明かした。
  • 小学校の頃、テストで「『泣く』の反対語は?」と言う問題で、「泣かへん」と答えた。
  • VivaVivaV6に有吉弘行が出演した際に「キレイなゴリラ」というあだ名をつけられた。
  • ゲーム『ドラゴンクエスト』の達人でHEY!HEY!HEY!で千秋に地図まで書いてドラクエ指南をしてあげたことがある。
  • メンバーの井ノ原快彦を持ち上げるほどの腕力がある。


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最終更新:2010年08月16日 18:50
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