【名前】
聖和 綾人
【疾患名】
《殺人偏愛/エロトフォノフィリア》
【所属組織】
公安33課
【Arcanum】
The Hanged Man / 吊るされた男
【疾患者カルテ】
先祖代々弓道家の家に生まれた精悍な青年。
怜悧な光を湛えたその目とは裏腹に、彼の異能は相手の急所を必ず射止めるというもの。
激しい怒りや憎悪に囚われたとき、本能の如く反射的にその対象を屠りにかかる。
ただ神懸ったその技術は弓や銃といった遠隔武器を持った時のみであり、
近接戦となると、運動神経の良い普通の男子高校生並み。
17歳で身長173cmと中途半端な背丈なのを気にしている。
【履歴】
両親を幼少期に亡くし、弓の名手である祖父に育てられてきたごく一般的な青年。
数少ない家族である妹の翠香(すいか)との兄妹関係は、一緒に弓の練習をしたり、
登下校を一緒にしたりと非常に良好で、同級生にシスコンとからかわれる程。
当の本人はその評価を気にしておらず、妹に何かあれば中等部へとすっ飛んでいくのは、校内で有名だった。
しかし、文武両道で弓道部においてもいくつかの大会で入賞するなどの功績を上げていたせいか、
同級生や教師からの評判はそこまで悪いものではなかったようだ。
友人はそれなりにいたようだが、一緒に遊びに行くということは少なく、休日になれば専ら祖父と弓道場に籠り、
空いた時間は勉学に励むなど、自分の能力を高めることに時間を費やしていた。
そんな何でもない平穏な彼の日常だったが、ある日を境に一変する。
教室でいつも通り真面目に授業を受け、もう少しで昼休みを告げるチャイムが鳴る時間だと時計を見上げたその時、
遠くの教室から甲高い悲鳴が上がった。その声は次々と上がり、喧騒へと変わり、校内に明らかな異常事態が
発生したことが容易に推察できた。廊下を掛ける教師たち。教室の外に生徒が溢れ始める。
そこへ別棟から髪から血を滴らせた女生徒が此方へ必死の形相で走ってくる。
その後ろからは雪崩れるように一方向へ何かから逃げてくる生徒たち。彼らたちは茫然としている同級生たちに言う。
頭のおかしい奴が入ってきた。生徒に襲い掛かってきた。何人も刺されている。殺された教師もいる。
逃げろ、死にたくなかったら。近づいたら殺される。校外へ早く脱出しろ。警察が来るまでなんて悠長に言ってられない。
口ぐちに叫びながら逃げていく生徒たちの声の中で、綾人は聞き洩らさなかった。
「異常者は中等部に向かっている」
その日、翠香は朝から様子が変だった。どうかしたのかと聞くと、身体が怠いという。
大事をとって休めと行ったが、翠羽は委員会の仕事があるからと登校した。
普段よりも少し遅めに学校へ着き、中等部へ向かおうとする翠香を呼び止めた。
授業は無理をせずに、早めに保健室へ行け。帰りはなるべく早く迎えに行くから。
過保護ねと、少し呆れ混じりの微笑みを浮かべて、それでも翠香は「ありがとう」と言う。
高等部と中等部は渡り廊下を渡ってすぐだ。
中等部の保健室は一階の渡り廊下がある棟。
綾人は生徒の流れに逆らって廊下を分け進み、階段をすっ飛ばして、中等部へと掛ける。
戸を叩き開き、殆ど飛び込むような形で保健室へと入ると、カーテンの引かれたベッド脇に一人の男が立っていた。
爛々と光る瞳孔の開き切った眼。興奮したような荒い息。その口元からは唾液が引いている。
それは男の握っている包丁へと垂れ、鮮やかな赤と混じる。その切っ先からぽたぽたと落ちる雫の音がやけに喧しい。
音につられて綾人が視線を下げると、ベッドの端から白い手が出ているのが見えた。
どくどくと早まり張り裂けそうになる鼓動。それなのに血は頭から引いていく。
男の顔へ視線を上げると、だらしない笑い声を上げながら、演技がかったように恭しくカーテンを開ける。
そこには青年が予想していた通りのよく見知った顔があった。
しかし、その顔は悲痛で歪みに歪んでいた。首はその奥側が覗ける程に切り開かれ、
胸から腹は何度も突かれた痕があり、右足は殆ど皮一枚で繋がっている。
清潔だったはずの白いベッドシーツは今や赤黒く染まり果て、妹の肌の白さがやけに目についた。
目の前の光景が鮮明に入ってくるのに、何を見ているのかが分からない。目を逸らしたいのに逸らせない。
そんな綾人の様子がおかしいかのように、げらげらと下卑た笑い声に、綾人はゆっくりと其方を向いた。
男は包丁を振りかざしながら迫る。その男の顔を認識した途端、綾人の脳内の中で何が白く弾け飛んだ。
傍らにあった妹の荷物。そこに立て掛けられていた、青年には小さい弓を手に取ると、
矢筒から矢を抜いたそのままを番えて、男の左胸の下側から打ち上げるように矢を放った。
矢は肋骨と胸骨の間を縫うように打ち抜けて心臓を破る。
男は包丁を振りかざした体勢のまま床に倒れ、血だまりを作っていく。
それを見る綾人の表情は、酷く無機質だった。
その後、綾人はそのまま公安へ保護され、疾患犯罪者を追う任へ就くことになる。
普通の学生時代だった頃に勉学や弓道へ打ち込んだように、今度は犯罪者を"捕える"ことに執着し始める。
彼が微笑みもしなくなったのは、この時からである。
最終更新:2015年12月30日 20:48