東京都には、事実上の日本の
首都機能が置かれている。日本の
司法・
立法・
行政の中心地であり、経済の中心地でもある。人口は日本の都道府県の中では最も多く、
人口密度は
大阪府と同程度である。東京都区部を中心とする
首都圏は、世界で最も人口が多い都市圏であり、経済規模では
ニューヨーク大都市圏を凌ぎ世界最大である。また
ニューヨーク、
ロンドン、
パリと共に世界最上位レベルの世界都市にあげられることもある。
東京都庁舎は長年
千代田区の
有楽町にあったが、1991年(平成3年)4月1日に
新宿区の
西新宿に移転した。移転に伴い、
地方自治法に従って都条例も改正され、現在の都庁所在地は
新宿区となっている。ただし、地図上での
都庁所在地の表記は、便宜上「
東京」が使用され続けている。
東京都の英語表記は、Tokyo Metropolisあるいは Tokyo Metropolitan prefectureである。
東京都庁を指して
東京都ということもあるが、この場合はTokyo Metropolitan Governmentとなる。
地理
面積は2,187.58平方キロ、人口は12,577,819人(2005年12月1日現在)である。日本の
都道府県の中では人口が最も多く、人口密度は
大阪府と同程度である。
歴史
後
北条氏の領地は
徳川家康に与えられ、家康は秀吉の命により当時南関東の要衝であった
江戸を本拠地として大規模な開発に乗り出した。家康は
関ヶ原の戦いに勝利して1603年に
江戸幕府を開く。以後、
江戸は実質的に日本の政治の中心地となり、人口の急増とともに
江戸湾の埋め立てなどで市域を拡大してゆき、18世紀初頭には人口100万人を超える世界有数の大都市へと発展を遂げた。
江戸幕府の崩壊後、1868年5月3日(慶応4年(明治元年)旧暦4月11日)の
江戸城開城によって江戸は新政府の支配下に入った。6月30日(旧暦5月11日)、新政府は、江戸府を設置し、9月3日(旧暦7月17日)に
江戸が
東亰(後に東京)と改称されると、江戸府も東京府と改称された。1869年に
明治天皇が
皇居(旧:江戸城)に入ると、
東京は近代日本の事実上の
首都となった(京都を廃して東京を首都とする法的根拠はないとする意見もある。東京奠都を参照)。
最終更新:2010年08月17日 13:51