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別エンディング(映画)

登録日:2017/04/19 Wed 13:10:10
更新日:2026/10/25 Sun 23:19:19
所要時間:約 55 分で読めます






「このゾンビ映画、試写会ではワクチンが作れなくて全滅エンドだったって聞いたなー」


ジョージ! ワクチンが完成したぞ! これでみんなを救える!!


「なん…だと…」


この項目では、主に洋画における「本来の結末とは異なるエンディング」について説明する。



概要

ゲーム作品と違い、映画の結末は普通一つである。しかし、世の中には何らかの理由によってエンディングが複数ある作品も存在する。

主に「試写会と劇場とで、映像の結末が異なる」「劇場公開時と映像ソフト収録時とで、映像の結末が異なる」の2パターンに分かれる。

別エンディングが存在する理由として、
  1. 試写会での評価が悪かったため、劇場公開の前にエンディングを差し替えることで挽回を図る
  2. 尺の都合や続編への布石のためにエピローグをカットした結果、結末がガラリと変わる
の2パターンが多い。

海外では「スクリーンテスト」という、一般公開前に一般人を集めて試写会を行い、アンケートの結果を編集に反映させるシステムが存在する。それによって不評だった部分を削る、もしくは説明不足な部分を追加するといった措置が取られるわけである。
場合によっては主要人物の生死といった内容から、作品の主旨を根本から変えるような改変が入る事もあるほどに、このテストは重視されている。

差し替えられた、もしくは削除された映像がソフト化の際に収録されて日の目を見る事もあるが、大抵はお蔵入りとなってしまう。
中には情報の真偽が定まらないものも存在する為、「有名なあの作品には実は別の結末が存在する」といった都市伝説と化す例もある。
例を挙げると、『ザ・グリード』は試写会版ではあるキャラが死亡して生存者2名でエンディングとなったのだが、不評だった為に「運よく生存していた」事にして3人で生き残る結末に修正されたという噂があるが、真偽ははっきりしていない。


別エンディングが存在する作品

当然、エンディングについての解説になるためネタバレに注意。

『アイ・アム・レジェンド』

ウィル・スミス主演の2007年のSF映画で、原作はリチャード・マチスンの同名作品(旧邦題『吸血鬼』『地球最後の男』)。

「別エンディングが存在する作品」として広く知られており、その別エンディングが作品のテーマやメッセージ性を180°反転させる内容である事で有名である。
スクリーンテストで上映した際、ラストシーンが特に不評だった為、撮り直しを行って全く別物のエンディングとなった。
DVD特別版やBlu-rayには別エンディング版も収録されているので、視聴も容易で、映像ソフトだけではなく動画視聴サイトにおいても別エンディング版が配信されているという非常に珍しい例でもある。
結末が変わった事で本来のラストシーンのために用意された伏線が放置されたままになった為、鋭い人なら「あのシーンは結局何だったんだ?」と疑問に思うかもしれない。

  • あらすじ
ガンの治療薬が突然変異したことで生まれたウイルスによって、90%の人間が死滅した世界。
生き残った6億人も、そのうちの98%が「ダークシーカー」と呼ばれる驚異的な身体能力を持つ怪物に変異して、健全な2%の生存者を襲うようになり、人類は絶滅間近であった。

元軍人であり、現在は科学者である主人公のネビルは、愛犬のサムと共にニューヨークに残って治療薬の研究を続けていた。
突然変異したウイルスの治療薬を開発する為、ダークシーカーを罠で捕獲して何百回も実験を繰り返すも、結果は芳しくなかった。
今度こそはとばかりに女のダークシーカーを捕獲するネビル。捕獲した際にあるダークシーカーがネビルを追撃しようとするも、ダークシーカーは太陽光を浴び続けると死ぬという弱点を持つ為、追跡を断念していた。
蝶のタトゥーを入れた女のダークシーカーに試作した血清を打つも、効果は見られなかった。ウイルスを再度注入して実験体を生き永らえさせる事にして、気を落としながらも研究を続行する事を誓うネビル。

その後、外を探索中にダークシーカーが仕掛けた罠に嵌ってしまい、日没までに住処に帰還する事ができず、複数のダークシーカーから襲撃を受けることとなる。
その場はなんとか切り抜けるが、サムが命を落としてしまう。
愛犬の喪失に自暴自棄になって、夜間にもかかわらずダークシーカーに報復攻撃を図るネビルだったが、反撃されて追い詰められてしまう。
絶体絶命のピンチだったが、アナとイーサンの親子に助けられる。2人はネビルの無線放送を聞きつけてニューヨークを目指していたのだった。

しかし彼女のミスでダークシーカーに住処がバレてしまい、夜間に襲撃を受けてしまう。
仕掛けた爆薬やトラップで反撃するも多勢に無勢、追い詰められ地下の研究所に逃げ込む3人だったが……




『危険な情事』

マイケル・ダグラス、グレン・クローズ主演の1987年のサイコスリラー。
妻子持ちの弁護士ダン・ギャラガーが、妻の留守中に出版社勤務のアレックス・フォレストと関係を持ってしまった事から始まる泥沼を描く。

現在では「ストーカー映画」の代表格として知られる本作だが、実は当初撮影されていたエンディングは劇場公開版とは全く異なるものだった。
しかも試写会で観客がその結末を嫌った事から、クライマックスを含む大規模な再撮影が行われている。




『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』

1986年公開のミュージカル映画。
元々は1960年の同名低予算映画を原作としたオフ・ブロードウェイ・ミュージカルを、フランク・オズ監督が映画化した作品である。

冴えない花屋店員シーモアと、人の血を吸って成長する謎の植物オードリーIIを巡るブラックコメディだが、こちらも試写会によってエンディングが180度変更された作品として有名。




『ディセント』

2005年公開、ニール・マーシャル監督によるイギリスのホラー映画。
洞窟探検に訪れた女性6人が、地下に生息する異形の「クローラー」に襲われる。

本作の場合は「没になった別エンド」というより、イギリスを始めとする公開版とアメリカ劇場公開版でラストが異なるというケースである。




『エルム街の悪夢』

ウェス・クレイヴン監督による1984年のホラー映画。
夢の中に現れ、殺した相手を現実でも死亡させる殺人鬼フレディ・クルーガーのデビュー作。

シリーズ化された現在からは想像しにくいが、第1作のラストを巡っては監督ウェス・クレイヴンとニュー・ライン・シネマ代表ロバート・シェイの間でかなりの意見対立があった。




『未来世紀ブラジル』

テリー・ギリアム監督による1985年のSFブラックコメディ。
徹底した管理社会の中で、夢想家の小役人サム・ラウリーが「夢の女性」ジルと出会い、巨大な官僚機構へ巻き込まれていく。

本作の場合、通常の「別エンディング」というより監督とアメリカの配給会社ユニバーサルの編集権を巡る全面戦争に近い。

なお、よく「アメリカ劇場公開版がハッピーエンドだった」と誤解されるが、アメリカで実際に劇場公開されたのはギリアムの意向を汲んだ約132分版。
ここで扱う「Love Conquers All」版はユニバーサル側が別途作った約94分の大幅短縮版である。




『シャイニング』

スタンリー・キューブリック監督による1980年のホラー映画。
スティーヴン・キングの同名小説を原作とする。

本作の別エンディングは非常に珍しい。
何しろ試写会で没になったのではなく、一度一般公開されたエンディングを監督自身が公開後に削除したのである。



『パラノーマル・アクティビティ』

僅かな製作費から世界的大ヒットとなった2007年製作のPOVホラー映画。
若いカップル、ミカとケイティの家で発生する怪奇現象を、家庭用ビデオカメラの映像という形式で描く。

こちらは非常に多くのラスト案が撮影されており、監督オーレン・ペリ自身も「数え切れないほど試した」と語っている。

代表的なのは以下の3種類。




『1408号室』

スティーヴン・キングの短編を原作とした2007年のホラー映画。
心霊現象を信じない作家マイク・エンズリンが、宿泊者が次々に死亡したドルフィン・ホテルの1408号室へ泊まり、本物の超常現象に遭遇する。

本作には合計4種類のエンディングが撮影されている。

なお長年、
「元々はマイクが死亡するラストだったが、試写客に暗すぎると言われたため生存エンドへ撮り直した」
と説明される事が多かった。

しかしミカエル・ハフストローム監督は2024年のインタビューでこれを否定。
最初に撮影したのは現在の劇場公開版で、追加撮影時に実験として別案を撮影した
と明言している。

そのため「試写会で死亡エンドが没になった作品」と説明するのは正確ではない。




『ターミネーター2』

ジェームズ・キャメロンが手掛けた誰もが知る名作にも、別エンディングが存在している。
前作に引き続き、ジョン暗殺を狙ってスカイネットから送られてきたT-1000と、ジョンとサラ、そしてジョンを助けるために送られてきたT-800の死闘を描く。




『タイタニック』

同じくジェームズ・キャメロンが手掛けた、歴史に残る名作の中の名作。
「アルティメット・エディション」という豪華版のDVD・Blu-rayに別エンディングが収録されている。
『ターミネーター2』のように一部のシーンがカットされたのではなく、アイ・アム・レジェンドのように異なる2種類のエンディングが存在するパターンである。
本編は非常に長く構成も複雑なので、あらすじについては単独項目を参照。




『ランボー』

シルベスター・スタローン主演の、ベトナム帰還兵と地元保安官の戦いを描いた有名作品だが、元々のエンディングは全く異なるものであった。こちらも一部のDVDに収録されている。

  • あらすじ
ジョン・ランボーはベトナム戦争の帰還兵で、PTSDを患っていた。
古い戦友に会いに行くランボーだが、既に友人は死去していた。落ち込むランボーに追い打ちをかけるように、横暴な警察が町からランボーを追い出そうとした挙句、難癖に近い理由で逮捕してしまう。

取り調べ時に暴力を受けた上、石鹸無しで髭を剃られそうになった際にベトナムで受けた拷問のトラウマが蘇った彼は思わず暴れ出し、警察署から山へと逃走。
その後、追跡する警察官が無許可でランボーを射殺しようするが、逆にランボーに反撃されて命を落とす事になる。

ランボーに殺すつもりはなかったのだが、これによって戦争もかくやというような戦いが始まった。
圧倒的な戦闘力で警察と州兵を返り討ちにするランボーだったが、町の保安官事務所で完全に追い詰められてしまう。
そこにベトナム戦争時に上官だったトラウトマン大佐が現れ、彼を説得しようとするのだが……




『酔拳2』

カンフー映画の金字塔『ドランクモンキー 酔拳』の続編。笑いありアクションありで、ジャッキー・チェンの魅力がこれでもかと詰まった快作、なのだが……

  • あらすじ
清朝末期の広東。主人公のウォン・フェイフォンは父の病院で使う人参の税金をごまかそうとしたせいで、大英帝国の中国国宝の密輸計画に巻き込まれてしまった。
フェイフォンは酔拳の達人であったが、その身を案じた父から酔拳の使用を禁じられてしまう。
それでも国宝、土地、仲間の仕事など大切なものを次々奪っていくイギリスの諜報員に対し、製鉄所で最後の戦いを挑む。
最終決戦では酒がなかった為、工業用のアルコールで無理やり酔っ払う事で酔拳を発動し、イギリスの諜報員を倒す。
日本公開版ではここでフェイフォンが口から泡を出して終わる。



『ロッキー』

ランボーと並ぶシルベスター・スタローン主演の代表作品。人生のどん底にあった三流ボクサー・ロッキーが、ふとした事から現役チャンピオンのアポロからチャンスを与えられ、恋人や友人達に支えられながらアメリカンドリームを体現していく物語。
公開されているエンディングは、最終15ラウンドを戦い抜いたロッキーと恋人のエイドリアンがリング上で抱き合うという有名なシーンだが、当初は全く違うエンディングが予定されていた他、低予算の作品故にカットせざるを得なかった結末も存在する。



『ロッキー5/最後のドラマ』

シルベスター・スタローン主演の代表シリーズの第5弾。
当初は完結作として作られた(『ロッキー3』の時点で完結の予定だった)が、暗いストーリーや複雑な人間ドラマ、クライマックスの超展開などが受けず、シリーズでは一番興行成績や評判が悪い。
後に『ロッキー・ザ・ファイナル』が最終作として作られ、スタローン自身も「失敗作だった」とコメントしているなど、半ば黒歴史扱いされている。

……というのが一般公開されているものであるが、特別編として非公式に公開されたアナザーバージョンが存在しており、こちらの方が非常に評判が良く、「こちらを公開すべきだった」という声もある。

  • あらすじ
度重なるファイトで脳に後遺症が見つかった事でボクサーを引退し、会計士の不正で財産を失ったロッキーはトレーナーとして第2の人生を歩む。
若き新人ボクサー・トミーの育成に夢中になるあまり家族との絆が崩れていくが、悪徳プロモーター・デュークの甘い誘惑に惑わされてトミーはロッキーを裏切ってしまう。
妻エイドリアンに諭されて本当に大切なものに気づいたロッキーは、息子と仲直りを果たしていた。

一方、デュークに引き抜かれたトミーは新チャンピオンとなるが、ロッキーを裏切った事を知る観衆やマスコミから猛烈にブーイングやバッシングを浴びせられてチャンピオンとは認められず、ロッキーとの師弟対決を望むデュークにけしかけられて試合の要求を迫る。





『ディープ・ブルー』

恐らく『ジョーズ』の次に有名なサメ映画。遺伝子改造によって人間以上の知性を持った3匹の鮫が、閉鎖された研究所で大暴れするパニック映画。
有名俳優が演じるいかにも活躍しそうなキャラがあっけなく死に、いかにも死にそうなキャラが生き延びる予想のつかない展開も見所である。
多数の犠牲者を出しながらも2匹の鮫を討伐したカーター(主人公)、スーザン(鮫を作った研究者で全ての元凶)、ブリーチャー(コック)だったが、脱出を前に最後の1匹が立ちふさがる……




『ダイ・ハード3』

ご存じ世界一運の悪い刑事ジョン・マクレーンがテロに巻き込まれるアクションシリーズ第3弾。

当初執筆された脚本が、同時期のスティーブン・セガール映画『沈黙の戦艦』と舞台設定が被ってしまい、急遽『サイモンセッズ』と題された独立作品の脚本を転用したという経緯がある。

元の脚本通りに撮影された結末は「陰鬱すぎる」と重役たちの不評を買い、新たに“ダイ・ハードらしい”結末が追加撮影される運びとなった。
元の脚本ではこれ以上ない正着の結末が、伝統ある他作品シリーズに転用されたが為に作品の色そのものを塗り替えられてしまった事例と言える。
当然というか、オリジナルの脚本家はこの変更に今でも不満とのこと(もっとも、この業界ではよくある話だが)。




『ブレードランナー』

監督は『エイリアン』でお馴染みの名匠リドリー・スコット。SFサイバーパンクの金字塔。
現在までに複数のバージョンが存在している事も有名で、エンディングも個別に存在する。

  • あらすじ
荒廃した近未来の地球に、宇宙で奴隷として使役されていた人造人間「レプリカント」達が侵入。
彼らの目的は創造主を探し出し、自分達に設定された短い寿命を延ばさせる事だった。
人間に紛れるレプリカント達を処分すべく、「ブレードランナー」リック・デッカードのレプリカント追跡劇が始まる。






『28日後...』

「走るゾンビ」のブームを引っ張った牽引役として有名なゾンビ映画。そこ、ゾンビじゃないとか言わない。
劇場公開版以外にもifエンディングが複数存在する。

  • あらすじ
チンパンジーで実験中だった感染性の強い危険なウイルス「レイジウイルス」が漏れ出てしまう。
瞬く間に広がったそれは28日間でイギリス全土に広がり、街は荒廃し感染者だけが蔓延る魔窟と化した。
そんな中、1ヵ月以上昏睡状態だった主人公ジムは、病院のベッドで目を覚ます。







『ファイナル・デスティネーション』

「死亡フラグ」そのものが襲い掛かってくるという斬新な設定で好評を博したホラー映画シリーズ第1弾。
実は後のシリーズにも繋がる重大な設定変更がなされている。

  • あらすじ
パリに向かう修学旅行の飛行機「180便」の中で、飛行機事故を予知夢で見た事で生き残った主人公アレックス。だが、彼と共に飛行機から降りた生存者達が次々と不可解な事故で死んでいく。
「死神」の魔手から逃れようと奔走するアレックス達。その果てに待ち受ける運命は……




『死霊のはらわたⅢ/キャプテン・スーパーマーケット』

サム・ライミ監督の出世作である『死霊のはらわた』シリーズ第3弾。
前作Ⅱも大概だったが、今作ではバカ映画方向に大きく舵を切っており、一部の視聴者からカルト的な人気を誇っている。

  • あらすじ
主人公アッシュはスーパーマーケットで働くバカ者青年だったが、山小屋に泊まった際に死者の書から出現した悪霊に襲われ、何とか悪霊を退けたが騎士達が活躍する過去の世界に飛ばされてしまう。
間違って処刑されそうになったり、悪霊にまた襲われたり、間違った呪文を唱えてうっかり死霊軍団を甦らせてしまったりするものの、勇気と悪運と現代知識でそれらを迎え撃つ。
はたして彼は現代に帰れるのだろうか……?




『トータル・リコール』

我らがシュワちゃん主演のSF筋肉映画。オランダが生んだ変態奇才ポール・ヴァーホーベンが監督しただけあって、外連味やらシリアスな笑いやらみんなのトラウマやらのある一作として知られている。

  • あらすじ
火星に人類の植民地が築かれ、多くの人々が移住した時代。
地球で暮らすダグラス・クエイドは、行った事がないはずの火星の夢を毎晩見ていた。
その理由を探ろうと火星行きを妻に提案するも、反対されて断念する。
ならば気分だけでも味わおうと、リコール社を訪れる。
このリコール社とは、「記憶」を売っている会社で、現実には起きていない事をあたかも体験したかのような記憶を植え付けてくれるのだ。
ところが、リコール社を訪れたクエイドは記憶を植え付けられる前に暴れだしてしまう。
記憶の植え付けに失敗したのかと思われたが、そうではなかった。まだ記憶の植え付けは始まってもいなかったのだから。
クエイドは記憶を消されて家に帰されるが、帰り日に会社の同僚に命を狙われ、さらに家では妻にも襲われる。
混乱するクエイドだが、やがて火星の運命を左右する戦いに巻き込まれていく……




『エボリューション』

滅茶苦茶なスピードで進化するエイリアンを退治しようとてんやわんやするSFコメディ映画。
起きている事態は確かに深刻なのだが、『ゴーストバスターズ』シリーズのアイヴァン・ライトマンが監督を務めており、肩の力を抜いて見られる娯楽作品となっている。

  • あらすじ
ある日、アリゾナに隕石が落下した。
グレイキャニオン短期大学の教師であるアイラは、同僚のハリーと共に調査に向かう。
隕石の落下地点には奇妙な生物が蠢いていた。
アイラはサンプルを採取するが、事態を知った軍部に現場を閉鎖され、さらにサンプルも奪われてしまう。
サンプルを取り戻そうと隕石の落下地点に侵入するが、そこにはまるで熱帯雨林のような動植物が発生していた。
実は隕石と共にやってきた生物は、わずか1か月で46億年分の進化を遂げる驚異の生命体だった。




『バタフライ・エフェクト』

いわゆる「バタフライ効果」を意識したタイムリープもの。
そのあまりに斬新かつ、物悲しい物語から根強い人気を誇る。

  • あらすじ
主人公エヴァンは子供の頃からナイフで人を刺す絵を描くなど異常な行動を取っていたが、それを覚えていない奇妙な症状があった。
隣人かつ初恋の相手で会ったケイリーを自殺させてしまったエヴァンは、過去の日記を読む事で過去に戻る能力が自分にある事に気が付く。
ところが過去を改変すればするほど、より良いものになるはずの未来はどんどん悪い方向へ向かっていく……





『ゲット・アウト』

2017年製作のホラー映画。アメリカの黒人差別を題材にし、アカデミー賞脚本賞を受賞した傑作。
本来は別エンディングの方が当初の結末だったが、現実における出来事が「フィクションに追いついてしまった」為に現行のエンディングとなった。

  • あらすじ
黒人の写真家クリスは、白人の恋人ローズの実家・アーミテージ家に招待される。
一族全員白人である事に緊張するクリスだったが、気さくなアーミテージ家の面々に徐々に打ち解けるも、彼らにはどこか不自然な部分があった。
そして一家には黒人の使用人がいたが、いずれもどこか不審な様子なのである。
やがて、クリスにかけられた催眠術や白人の親族全員が集まったパーティーにおけるどこかよそよそしい雰囲気、そして黒人の客が「出て行け」と叫びだした事など、不穏な気配は高まるばかり。
そして使用人の正体が判明した時、アーミテージ家の恐ろしい秘密が明らかとなる。




『ジョーズ’87 復讐編』

サメ映画のパイオニアたる名作の続編ではあるものの、あんまりにも荒唐無稽な内容から非常に評価が低く、シリーズ最終作*5となってしまった映画。
クライマックスで鮫にマストを突き刺した後の展開が2バージョン存在する。





『ブラック・レイン』

1989年公開のリドリー・スコット監督作。マイケル・ダグラス、高倉健、アンディ・ガルシア、松田優作といった日本とアメリカのスターが集結した日米共作映画。
大阪の街を舞台に、型破りなニューヨーク市警の刑事ニック(ダグラス)と、堅物な捜査一課刑事の松本(高倉)がお互いに衝突しながらも犯人逮捕に向けて協力するというバディもの。

本作の悪役である凶暴なヤクザ・佐藤を演じた松田優作の怪演ぶりが話題となったが、松田は公開直後に急逝した為、彼の遺作となった。




『THE CROW/ザ・クロウ』

クロウシリーズの2作目。
麻薬王が牛耳る街で愛する息子共々殺された主人公アッシュが、カラスの力で不死身のダークヒーローとなって復活。
前作に引き続き登場したヒロイン・サラの助力を得て悪党への復讐に立ち上がる。



『アンフレンデッド:ダークウェブ』


2018年公開のホラー映画。全編がPCの画面上で進行する『アンフレンデッド』の続編だが、前作のような超常現象ではなく、ダークウェブに潜む犯罪者集団を題材としている。

本作は別エンディング映画の中でもかなり特殊な作品で、劇場公開の時点から2種類のエンディングが用意されていた。
しかも『Clue/殺人ゲームへの招待』のように、劇場によって上映されるエンディングが異なるという珍しい方式が取られた。

更に映像ソフトには劇場公開版とは異なる2種類の別エンディングも収録されており、主人公達の運命が大きく異なる複数の結末が存在する。

+ ネタバレ注意

あらすじ


中古のノートパソコンを手に入れた青年マタイアス。
恋人のアマヤや友人達とビデオ通話を楽しんでいた彼だったが、そのPCには前の所有者と思しき人物のアカウントや不審な動画が大量に残されていた。

調査を進めたマタイアス達は、それらが単なる悪趣味な動画ではなく、誘拐や殺人を娯楽として楽しむダークウェブ上の秘密組織「The Circle」に関係するものだと知ってしまう。

そして彼らは既に、Circleのメンバー達から監視されていた……。

▶劇場公開版エンディング その1

マタイアス達の抵抗も虚しく、友人達はCircleによって次々と殺害されていく。

恋人アマヤにも危険が迫っていると知ったマタイアスは彼女を助けようとするが、Circleは二人の通信まで自由自在に操作。
アマヤを偽のメッセージによって倉庫へ誘導し、そのまま連れ去ってしまう。

そしてCircleのメンバー達はマタイアスを生かすか殺すかの投票を開始。

結果は「殺す」。

何も知らず道路へ出たマタイアスは、Circleのメンバーが運転する車に轢かれて死亡する。

最後には、一連の惨劇を大勢のCircleのメンバー達がネット越しに観戦していた事が判明。
マタイアス達が必死に抵抗していた一方、彼らにとっては最初から最後まで単なる「ゲーム」に過ぎなかったのである。

▶劇場公開版エンディング その2

こちらではマタイアスは、アマヤとの思い出の場所である「二人が初めてキスした場所」へ向かう。

しかし現地にはCircleの人間が待ち伏せしており、背後から殴られて気絶。

目を覚ました時には……

マタイアスは棺桶の中に入れられ、生き埋めにされていた。

しかも地上にはアマヤがやって来る。

つまり助けを呼ぶ事さえできれば助かる可能性があるのだが、当然Circleもそんな事は百も承知。

マタイアスがビデオ通話で口の動きから危険を伝えようとすると映像を加工し、文字で助けを求めても文章そのものを書き換えてしまう。

その結果、アマヤは恋人が自分のすぐ足元に埋められている事に最後まで気付けない。

マタイアスは必死に助けを求めながら、土の中で窒息していくのだった……。

劇場公開版その1が「圧倒的な犯罪組織によって全てを弄ばれる」ラストなら、こちらは「助けがすぐそこまで来ているのに意思疎通を封じられる」という、より陰湿な結末になっている。

▶DVD版別エンディング その1

マタイアスとアマヤは無事に再会するものの、直後にCircleのメンバーによって二人とも捕らえられてしまう。

そしてCircleでは二人を殺すかどうかの投票が行われる。

ところが、マタイアスが作中でCircleのメンバーに対し、誘拐された女性を助けるよう取引を持ちかけていた映像が流される。

その行動を評価したのか、投票結果は意外にも……

「二人を生かす」。

Circleはマタイアスとアマヤを解放し、二人は抱き合う。

複数ある結末の中では唯一と言っていいほど救いのあるエンディングである。

もっとも、既に多くの友人達が死亡している事には変わりないので、完全なハッピーエンドとは言い難いが。

▶DVD版別エンディング その2

アマヤがCircleに捕らえられた後、マタイアスが倉庫へ到着する。

しかしそこにアマヤの姿は無く、床には一丁の拳銃だけが残されていた。

友人達を失い、恋人まで奪われたマタイアス。

Circleのメンバー達は、今度は彼がその拳銃で自殺するか否かを賭け始める。

そしてマタイアスが銃を手にしたところで……

映画は終了。

彼が実際に引き金を引いたかどうかすら明かされない。

このように「主人公死亡」「主人公生き埋め」「主人公と恋人が生存」「主人公が自殺するか不明」と、同じ映画とは思えないほど結末が分岐している。

なお、劇場に2種類のエンディングを用意するという方式は後述の『Clue/殺人ゲームへの招待』を彷彿とさせるものとなっている。


『Clue/殺人ゲームへの招待』


1985年公開のミステリーコメディ映画。
元ネタは海外で有名な推理ボードゲーム『Clue(Cluedo)』。

ある屋敷へ集められた男女の中で殺人事件が発生し、誰が、どの部屋で、どの凶器を使って殺したのかを推理するという、原作ゲームそのままの趣向を映画化した作品である。

だが、本作最大の特徴はそこではない。

何と劇場公開時に「犯人が違う3種類のエンディング」を実際に制作し、上映する映画館ごとに別々の結末を配給したのである。

地域によっては新聞広告などに「Ending A」「Ending B」「Ending C」と記載されていた。

つまり同じ映画を観ても、映画館が違えば犯人まで違ったのである。

+ ネタバレ注意
▶Ending A

一連の事件の黒幕はミス・スカーレット。

使用人イヴェットを利用してボディ氏や料理人を殺害させた後、口封じのためにイヴェット自身も始末。
その後の犠牲者達も殺害していた。

スカーレットは屋敷に集まった人々の秘密を利用して新たな商売を始めようとするが、ワズワースの正体がFBI捜査官だった事が判明。

警官隊も突入し、スカーレットの計画は失敗に終わる。

▶Ending B

こちらの犯人はピーコック夫人。

外国勢力から賄賂を受け取っていた彼女は、その事実を知る可能性のある人間達を全員殺していたのである。

真相を暴かれたピーコック夫人は拳銃で他の人物達を脅して屋敷から逃げ出す。

……が。

外には既に警察が待機済み。

こちらでもワズワースはFBIの潜入捜査官であり、ピーコック夫人はあっさり御用となる。

▶Ending C

一番ややこしいエンディング。

実は犯人は一人ではなかった。

プラム教授がボディ氏を殺し、ピーコック夫人が料理人を、マスタード大佐が運転手を、ホワイト夫人がイヴェットを、スカーレットが警官を殺害。

そして歌う電報配達人を射殺したのはワズワース。

しかもワズワースこそが本物のボディ氏であり、それまでボディ氏だと思われていた人物は彼の執事だった。

ボディ氏は生き残った者達を改めて脅迫しようとするが、ここで今まで殺人を犯していなかったグリーン氏が彼を射殺。

更にグリーンこそ本物のFBI捜査官だった事が明らかになり、警察が屋敷へ突入して事件は終結する。

後のビデオ・DVDなどではこの3種類を、

「こうだったかもしれない」
「あるいはこうだったかもしれない」
「だが、本当はこうだった」

というギャグとして連続して上映する編集が一般的となり、Ending Cが最後に置かれている。

映画館ごとに違うラストを上映し、「全部見たければもう一度映画館へ」という前代未聞の公開方式だったが、興行的には期待したほどの効果を上げなかった。

しかし後年には作品自体がカルト的人気を獲得。

「別エンディングを単なる映像特典ではなく、映画公開そのものの仕掛けにした作品」として非常に珍しい存在である。


『クラークス』


1994年公開。
後に『チェイシング・エイミー』などを手掛けるケヴィン・スミス監督の長編デビュー作。

コンビニ店員ダンテと友人ランダルのどうしようもない一日を、低予算のモノクロ映像で描いたインディーズ映画である。

現在では会話劇を中心としたコメディ作品として知られているが、元々は最後の最後で突然ジャンルが変わったかのような、とんでもなく救いのない結末だった。

+ ネタバレ注意

あらすじ


休日だったにもかかわらず、店員が来ないという理由でコンビニへ呼び出されてしまったダンテ。

「今日は休みだったはずなのに」と愚痴りながら店番を始めるが、奇妙な客や元恋人、現在の恋人、隣のレンタルビデオ店で働くランダルなどに振り回され、散々な一日を送る。

▶公開版エンディング

一日の終わり。

ダンテとランダルは口論から殴り合いになるものの、ランダルはダンテ自身の優柔不断さを痛烈に指摘。

二人は最終的に和解する。

ランダルは店を出て行き、ダンテもようやく長かった一日を終えようとするところで映画は終了する。

騒々しくも「明日もまた同じような日常が続くのだろう」と思わせる終わり方である。

▶オリジナル版エンディング

ところが当初は、この続きが存在していた。

一人で店に残ったダンテ。

そこへ閉店後にもかかわらず一人の男が入ってくる。

ダンテが「もう閉店だ」と告げると……

男はいきなり拳銃を取り出し、ダンテを射殺。

レジから金を奪って何事もなかったかのように去っていく。

ダンテはそのまま店の床で死亡。

更にエンドクレジット後、別の客が誰も店員がいない事を不審に思いつつ、カウンターからタバコを盗んで立ち去る。

主人公がその日の最後に、物語とはほぼ無関係な強盗によって唐突に殺されるという凄まじい結末だった。

このバージョンは実際に撮影され、初期上映も行われた。

しかし映画関係者のボブ・ホークやジョン・ピアソンらから結末を問題視され、ピアソンの助言を受けたスミスはこの部分を丸ごと削除。

ランダルが店を去るところで終わる現在の形となった。

ちなみにケヴィン・スミス本人も後年、この変更について肯定的に語っている。

もしこちらが正式採用されていた場合、ダンテが続編へ登場する事も当然できなかったので、その後の「View Askewniverse」シリーズ自体が現在とは大きく違っていた可能性が高い。


『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』


1986年公開の青春恋愛映画。
脚本は青春映画の名手ジョン・ヒューズ。

貧しい家庭に育った女子高生アンディと、裕福な家庭の青年ブレーン、そしてアンディに長年想いを寄せている親友ダッキーの三角関係を描く。

本作は「試写会で観客が結末を拒絶したため、恋愛の勝者そのものが変更された」という非常に分かりやすい例。

+ ネタバレ注意
▶試写会版エンディング

ブレーンは周囲からの圧力に負け、アンディとの約束を破ってしまう。

傷つきながらも一人でプロムへ向かったアンディ。

そこへ現れるのは、ずっと彼女を想い続けていた親友ダッキー。

最終的にアンディとダッキーは一緒に踊り、二人が結ばれる形で物語は終わる。

脚本を書いたジョン・ヒューズにとってはこちらが本来の結末であり、「階級の壁に負けた金持ちの美男子ではなく、ずっとアンディの傍にいたダッキーの愛が報われる」という構成だった。

ところがテスト上映すると……

観客からまさかのブーイング。

特に若い女性客から「アンディはブレーンと結ばれるべき」という反応が強く、製作側が想定していた以上にブレーンとのロマンスへ感情移入されていたのである。

▶劇場公開版エンディング

そこでジョン・ヒューズは結末を書き直した。

プロムへやって来たアンディとダッキー。

そこへ今度はブレーンも一人で姿を現し、アンディに謝罪。
彼女への想いが本物だった事を告げる。

ダッキーはそれを聞いて、自分ではなくブレーンの元へ行くようアンディの背中を押す。

アンディは外へ出てブレーンを追い、二人はキス。

こうしてアンディとブレーンが結ばれる現在のラストとなった。

撮り直しは本編撮影終了から数か月後に行われたため、ブレーン役のアンドリュー・マッカーシーは別の仕事のため既に髪型や体形が変わっており、再撮影ではウィッグを着用する事になった。

「試写会の反応によってラストが変更された映画」は数多いが、本作は主人公が最終的に結ばれる相手そのものが変更されたという意味で、かなり大胆な一例である。


『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』


2010年公開。
ブライアン・リー・オマリーのコミックをエドガー・ライト監督が映画化したアクションラブコメディ。

主人公スコットが一目惚れしたラモーナと付き合うため、彼女の「邪悪な元カレ軍団」7人と戦うという、恋愛映画と格闘ゲームを合体させたような作品。

原作コミック最終巻と映画がほぼ同時期に製作されていたため、映画製作開始時には原作の最終的な結末もまだ確定していなかった。

その結果、最初に撮影されたラストと公開版では、スコットが最後に選ぶ相手が異なっている。

+ ネタバレ注意
▶オリジナル版エンディング

ギデオンを倒したスコット。

ラモーナはこれ以上周囲を傷つけたくないとしてトロントを去る決意をし、スコットも彼女を引き止めない。

二人は別れる。

そしてスコットは、物語序盤で付き合っていたナイブスと復縁。

最後は二人でゲームを楽しみながら、新たに交際を始める形で物語は終了する。

当初はさらに、ラストでスコットの笑顔がわずかに曇り、

「本当にこれで良かったのだろうか?」

と思わせる『卒業』のようなビターな余韻を付ける構想もあったが、この部分は撮影されなかった。

しかしテスト上映ではこの結末が観客の意見を二分し、製作側自身も次第にこの結末へ疑問を持つようになった。

また、ナイブス自身もスコットへの一方的な執着から卒業する方がキャラクターの成長として自然だと判断された。

▶劇場公開版エンディング

ギデオンとの戦いを終えた後、ラモーナは一人で立ち去ろうとする。

スコットはナイブスと残る事もできたが、ナイブス自身がラモーナを追うよう促す。

ナイブスは既にスコットへの執着から成長し、自分から彼を手放したのである。

スコットはラモーナを追いかけ、

「もう一度やってみよう」

という形で二人は再出発。

二人がサブスペースへの扉をくぐるところで映画は終了する。

ちょうど映画製作中に完成した原作最終巻でもスコットとラモーナが再び向き合う結末となったため、映画版も最終的にはそちらへ近い形に変更された。

エドガー・ライト自身も後年、劇場公開版の方を好んでいると明言している。

なお、先に撮影された「スコットとナイブスが結ばれる版」も映像ソフトの特典として見る事ができる。


『ドッジボール』


2004年公開のスポーツコメディ映画。

潰れかけた庶民的スポーツジム「アベレージ・ジョーズ」が、借金返済のためドッジボール大会へ出場。
巨大フィットネスクラブ「グロボ・ジム」と対決するという、タイトル通りの王道アンダードッグもの。

……なのだが。

実は監督・脚本のローソン・マーシャル・サーバーが最初に撮影した結末は、王道スポーツ映画を最後の最後で全否定するものだった。

+ ネタバレ注意
▶オリジナル版エンディング

決勝戦。

弱小チームだったアベレージ・ジョーズは健闘を重ね、遂にグロボ・ジムのホワイト・グッドマンと主人公ピーターの一騎打ちとなる。

スポーツ映画なら当然ここから奇跡の逆転が……

起こらない。

ホワイトの投げたボールがピーターに命中。

「グロボ・ジム優勝」。

以上。

そのままアベレージ・ジョーズは敗北し、映画も唐突に終了する。

ここまで延々と積み重ねてきた「弱者達が力を合わせて巨大な敵へ挑む」というスポーツ映画のお約束を、

「でも現実なら普通に強い方が勝つよね」

と言わんばかりにぶった切るブラックジョークだった。

▶劇場公開版エンディング

ピーターにボールが当たり、グロボ・ジムが勝利した……

と思いきや、ホワイトも同時にラインを踏んでいたため反則。

勝負はサドンデスへ突入する。

しかもピーターは目隠しした状態でボールを投げ、見事ホワイトに命中。

今度こそアベレージ・ジョーズが優勝する。

更にピーターは大会直前、ホワイトから受け取った金を使ってアベレージ・ジョーズへ賭けていた事が判明。

大会の賞金と賭けで得た大金を利用してグロボ・ジムそのものを買収し、逆にホワイトを追い出すという超ハッピーエンドとなる。

つまりオリジナル版と劇場版では、

「弱者が頑張っても現実には勝てない」

から、

「弱者が奇跡の大逆転を果たして全てを手に入れる」

へ180°変更された事になる。

オリジナルエンディングはDVDの映像特典に収録されている。


『エスケープ・ルーム2:決勝戦』


2019年のシチュエーション・スリラー『エスケープ・ルーム』の続編。

殺人脱出ゲームを運営する謎の組織「ミノス」に復讐しようとする前作の生存者ゾーイとベンが、過去のゲームを生き残った「チャンピオン」達と共に再び死の脱出ゲームへ巻き込まれる。

本作の場合、単なる「別エンディング」という言葉では足りない。

映像ソフトに収録された「Extended Cut」は25分以上の新規映像を含むと宣伝されたものの、劇場版の場面も大量に削除・差し替えしているため、実際の上映時間は6分程度しか長くない。

そして冒頭と終盤はほぼ別の映画となっている。

+ ネタバレ注意
▶劇場公開版エンディング

ゲームを生き残ったゾーイは、前作で死亡したと思われていたアマンダと再会。

実はアマンダは生きており、娘を人質に取られてミノスのために脱出ゲームを設計させられていた。

しかもミノスは、今度はゾーイを新たなゲーム設計者にしようとしていた。

人質として捕らえられたベンを見せられるゾーイだったが要求を拒否。

アマンダと協力してベンを救出し、3人は施設から脱出する。

警察にも証拠が渡り、ミノスの施設が摘発されたというニュースまで流れる。

「遂に終わった」。

そう確信したゾーイは、これまで恐怖で避け続けていた飛行機へベンと共に乗る。

ところが機内で、ゾーイは自分のセラピストと酷似した女性や見覚えのある小物を発見。

あまりにも全てが上手く行き過ぎていた事に気付く。

直後、機内へガスが噴き出す。

実はミノス摘発まで含めた一連の出来事すら、ゾーイを飛行機へ乗せるために用意された巨大な罠だったのである。

こうして前作ラストで予告されていた「飛行機型脱出ゲーム」が遂に開始されるところで終了する。

▶Extended Cut版エンディング

こちらではアマンダが丸ごと登場しない。

代わりに登場するのが、ミノスのゲームを設計しているヘンリーと、その娘クレア。

Extended Cutでは映画冒頭から2003年の過去が描かれ、ヘンリーの妻ソーニャが自宅のサウナに閉じ込められ、脱出ゲームによって死亡した事が示される。

そして現代。

終盤、ゾーイはヘンリーによって地下室へ監禁されているクレアと出会う。

クレアによれば、脱出ゲームを実際に考案していたのは自分であり、父ヘンリーは自分を閉じ込めてアイデアを奪っていたという。

クレアはゾーイに、自分の部屋から脱出するための「解けないパズル」を解いてほしいと依頼。

その一方、生存していたベンはかつてソーニャが死亡したサウナへ閉じ込められる。

ゾーイはクレアを脱出させ、二人はヘンリーを逆に監禁。

ベンも救出する事に成功する。

クレアはミノスの情報を警察へ流し、ゾーイはベンと再会。

劇場版と違って二人は飛行機型ゲームへ送られる事もなく、ようやくミノスから解放された……

かに見えた。

しかし最後に判明する真相は更に凶悪。

2003年にソーニャをサウナで殺したのは、ヘンリーではない。

クレア本人だった。

母親が自分を精神医療施設へ入れようとしていると知った幼いクレアが、脱出ゲームを仕掛けて母親を殺害したのである。

そして今回の一連のゲームも、父親を失脚させ、自分がその地位を奪うためにクレアが利用していたものだった。

クレアは最後に父親を自分が閉じ込められていた部屋へ閉じ込め、酸素を奪って殺害する。

つまり、

劇場版
「ミノスは正体不明の巨大組織。ゾーイ達の勝利すら組織の計画であり、飛行機ゲームへ続く」

Extended Cut
「事件の裏にはクレアと父親の親子対立があり、ゾーイ達は脱出するが、実はクレアこそ新たな脅威だった」

という、シリーズの今後すら両立しない2種類の結末になっている。

「Extended Cut」という名称から普通に想像する「劇場版に未公開シーンを足した長尺版」ではなく、映画の冒頭と第三幕を別の物語へ差し替えた、事実上のアナザーバージョンと言っていい作品である。



邦画において

洋画では複数のエンディングが存在する作品は珍しくないのだが、それとは対照的に別エンディングが存在する邦画は極めて稀である。
スクリーンテストという試写会、及び編集システムが日本では存在せず、洋画と比較して制作費が少ない都合上、必要最低限の撮影しか行わない(洋画のように別エンディングの編集に備えて様々なパターンを撮影する事がない)事がその理由と思われる。
『天空の城ラピュタ』や『千と千尋の神隠し』など、スタジオジブリシリーズの作品は「別エンディングが存在する」という話がテレビ放映などの度に毎回持ち上がるが、いずれも都市伝説である。ラピュタに関しては100%捏造というわけでもないのだが……
詳しくはアニメに関する都市伝説を参照。

近い例としては『火垂るの墓』のように、劇場公開時に製作が間に合わず未完成だった部分が順次追加されていった結果、劇場公開版とソフト版で映像が異なる現象が起きている。

また特異な例として、2014年公開の映画『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』が挙がる。
劇中に登場する仮面ライダークウガ~仮面ライダー鎧武までの平成ライダー15人と、仮面ライダー1号~仮面ライダーJまでの昭和ライダー15人のどちらが勝利するか2パターンのエンディングを製作し、公開前にWeb上及び全国の上映劇場で行われたファン投票で、どちらのエンディングを劇場公開するかを決定するという前代未聞の試みが行われた。
詳細は個別項目を参照。


それでも例が全くないわけではない。ここでは一部を紹介する。

『北斗の拳』

原作漫画でもテレビアニメの方でもなく、1986年に公開された劇場版。原作の設定やストーリーを一部変更し、再構成した初の劇場公開作品。
テレビでは見られなかった原作者も苦言を呈するほどの残酷描写が話題となった。

  • あらすじ
時はまさに世紀末、核戦争によって荒廃した弱肉強食の世界。
唯一無二の殺人拳・北斗神拳の伝承者ケンシロウは、悪漢から虐げられる弱者を守る救世主となっていた。
さらわれた妹を探す南斗水鳥拳のレイとの出会いや、世紀末の世界で傍若無人に暴れる兄ジャギとの戦い、そして恋人ユリアを奪った宿敵シンとの再会が次第にケンシロウを強くするも、愛するユリアには北斗の長兄ラオウの手が迫っていた……




『フランケンシュタイン対地底怪獣』

1965年8月8日公開。フランケンシュタイン(の怪物)と地底怪獣バラゴンとの対決を描いた、東宝の特撮映画。

  • あらすじ
原爆投下から15年後の広島で、科学者のボーエン博士により謎の少年が保護される。
異常な成長を見せる少年と、戦時中に日本へ持ち込まれていた「フランケンシュタインの心臓」との関連性が疑われる中、巨人と化した少年は横暴な新聞記者が焚いたフラッシュに怯えて脱走。
手枷から千切れた彼の腕が生命を持っていた事から、少年の正体がフランケンシュタインと確定する。
時を同じくしてヒトや家畜が何者かに食われる事件が発生。フランケンシュタインの仕業ではないかと疑われるが、ボーエン博士は真犯人が地底怪獣バラゴンであることを突き止める。
やがて富士山麓にてフランケンシュタインとバラゴンは激突。死闘の末にフランケンシュタインはバラゴンを絞殺、勝利するが……




『メガゾーン23』

日本製のOVAだが、北米においてはPART1がロボテックシリーズの外伝として劇場公開された。
原作では主人公が敗北してPART2に続くという結末なのだが、そこから逆転勝利するハッピーエンドが新たに付け加えられた。

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』


1997年公開。社会現象ともなったTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の完結編で、通称「EOE」「旧劇場版」。

本項で紹介している他作品とは少々事情が異なり、別バージョンが試写・公開されたわけではない。
第26話「まごころを、君に」の製作段階の脚本には「ラストA案」「ラストB案」という2種類のエンディング案が存在しており、そのうちA案を大幅に整理・変更したものが実際のラストに近い。

なお、A案に存在したアスカの別台詞については実際にアフレコまで行われており、後にBlu-ray BOXの映像特典「第26話『まごころを、君に』 ラストシーン 別台詞版」として日の目を見ている。




地上波放送時のカット編集について

別エンディングとは少し異なるが、国内での地上波テレビ放送の際には邦画・洋画を問わず、放送時間の都合で一部シーンをカットすることもある。
この場合は大抵作品中盤の重要ではないシーンを削るのが普通であり、ラスト付近やエピローグを削って作品のストーリーを大きく変えるような編集が行われる事は少ない。
ボーカル曲とテロップが流れるのみのエンディングがカットされる事はたまにあるが、Cパートがある作品などでは無編集で流す場合が多い。

大きな改変がされた作品として挙げられるのは『妖怪大戦争』。
地上波放送ではエピローグがカットされ、視聴後の感想が大きく異なるものとなってしまっている。
エピローグを含めたバージョン*7が地上波放送された際には、「なんだこのラスト!?」「俺が前に視聴したのと違うぞ?」と驚いた視聴者も発生した模様。

『藁の楯』が地上波放送された際には、ラストシーンの一部がカットされた事で「作品で一番重要な部分が台無しになっている」という批判的な意見もあるが、一方で「内容が内容だけにカットも仕方ない」という擁護する声もある。

変わった例では『インデペンデンス・デイ』ではストーリー終盤の核爆弾による攻撃シーンがカットされた他、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』では中盤の送迎バスに乗って敵の本拠地に突入するシーンがカットされた事がある。これらは核爆弾の使用や幼稚園児がバスを運転するという内容が問題視された為と思われる。

また、『アナと雪の女王』がフジテレビで放送された際、元々あったエンディングをカットして独自に制作した「視聴者が歌う映像」を特別エンディングと銘打って挿入した結果、苦情が殺到した例もある。これについてはやった事が悪すぎたとしか言いようがないが。
これを他山の石としなかったのか、日本テレビでも『ワイルド・スピード スカイミッション』のエンディング*8をカットした結果、Twitter(現・X)に苦情が届いたという事態も起きている。もっとも、アナ雪に比べればまだ小火と言っていいが。

前述した『ラピュタ』では歌無しの「君をのせて」をBGMに、本編カットや「スタジオジブリ作品関連資料集」などの静止画にスタッフロールを乗せた簡易エンディングを流した結果、「凧でシータの故郷に帰ったパズーとシータが抱き合ってパズーは帰った後、ある日シータが牛の世話をしていると一人乗り飛行機でパズーが訪れる」と視聴者に*9脳内補完されて、都市伝説化してしまった例もある。


その他にも、人体欠損や大量出血といったグロテスクな描写についてもカットされる場合が多い。
『バイオハザード』のレーザーによる人体細切れシーンなどは不自然に画面が切り替わるので、規制が入ったと素人目にみても分かりやすい。
この規制によって、悪役の最期などカットするのが難しいシーンでグロ表現などがある映画は、地上波で放送されないという見方も強い。

例外的にテレビ朝日で『プライベート・ライアン』が放映された際、開始前に「グロテスクな表現を含むため、子供には視聴させないように」と呼び掛ける注意テロップを表示した上で、人体欠損や、内臓がはみ出るといった描写をカットしなかった事もある。


余談

漫画の場合、単行本化の際に加筆修正や本編の後日談を挿入する事で、本誌連載時とは異なる結末を迎える事もある。
『エクゾスカル零』は単行本化された際に大幅に加筆修正されており、わずかだが希望が残る結末となっている。
また、この作品自体が『覚悟のススメ』の別エンディングと言えなくもない位置づけにある。

この類似例としては漫画『銃夢』があり、初版単行本の最終巻後半に収録された内容が愛蔵版以降では全カットされ、最終巻前半→『銃夢 Last Order』となるように編集されている。

『ゴールデンカムイ』の最終回は単行本化に伴い4ページ加筆してあり、さらに4ページの番外編が付属している。ただ、こちらは修正や変更というよりも増補といった方が適切である。

『超人ロック』シリーズの少年キング版は、後に全37巻分を『超人ロック 完全版』として大規模カラー化・加筆・増補刊行したが、それによりエンディングが(読者目線で)実質的に変わったエピソードもある。『プリンス オブ ファントム』などが代表的。

また『ニルヴァーナ』の最終回は、掲載誌ヤングキングアワーズではエピソードを通じて出番の多かったゲストキャラ達と「最大の敵だった彼を容赦なく否定し滅ぼす事にはなったが、彼も満足だったのではないか」と語らうニュアンスで〆られていた。
が、単行本ではそのくだりは全てカットされ、全く別の人物(ほぼモブ)との新規場面で〆られている。
大局は変わらず、アワーズ版のラストを否定するような流れではないが、単行本のみからその場面の存在を想像するのはまず無理だろう。完全な別エンディングと言って差し支えない。


小説においても似たような事例は存在する。
井伏鱒二の小説『山椒魚』では、全集に収録された際に作者が終盤の文章の一部を削除した結果、結末が大きく改変された。
教科書に載るほどに有名かつ高評価された文学作品だったために、この改訂には多くの読者や書評家から反発の声も届き話題となった。
そりゃあ「次世代の文章表現と言っていい」と評価した部分が削除されたら、書評家の面目が丸つぶれ
修正の反響を受けて、作者の井伏も複雑な心境を打ち明けるコメントを述べている。
「作品は誰のものなのか」という命題に一石を投じた騒動と言える。

橋本紡の小説『九つの、物語』では、この『山椒魚』の改変前と改変後の違いを軸としたストーリーが描かれている。




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最終更新:2026年10月25日 23:19

*1 バッドエンドやビターエンドこそが至高とする、お涙頂戴・感動第一のタモリあたりに言わせれば「涙のファシズム」的な展開。

*2 誤解のないように説明しておくと、スーザンが実験で危険な鮫を作り出したのは、難病で命を落とした父がいるという背景がある他、研究データが壊れる事を承知の上で水中に電流を流して1匹の鮫を倒すなど、反感を昇華させる行動も取っている。

*3 この前のシーンで部下の妻を寝取った上に利用した挙句射殺しており、伏線自体はある。また、このエンディングではその妻でさえも殺している。

*4 ホテルの部屋で椅子に座りながらうとうとしていた時、何故かユニコーンの夢を見るというもの。

*5 『ジョーズ'96』は勝手に名乗っているだけ、『ジョーズ'98』は日本で勝手につけられたタイトル、『ジョーズ19』は『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』のネタを再現したファンメイド、etc……

*6 トキがいない関係でラオウが弱っていない。

*7 元々尺が長く、エピローグの代わりに中盤のシーンがカットされてしまったせいで、場面の移り変わりが不自然な事になっている。

*8 主演の片割れであるポール・ウォーカーの遺作であり、つまり彼との思い出に捧げる場面。

*9 恐らくアニメージュ文庫で出ている小説版に書かれた後日談や、ゲームブック版『天空の城ラピュタ 天界の迷宮』のエンディングなども影響して