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更新日:2025/02/17 Mon 23:50:46NEW!
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ここでは
都市伝説の中でも、アニメに関わる都市伝説を紹介する。
ほとんどはただのヨタ話やジョークの類であるが、一部真偽不明のものもある。
特にアニメなど映像作品に関しては「確かに自分は観た!!」と言う人が後を絶たないのが、これらの伝説がいつまでも消えない理由となっている。
実際には人間の記憶力はかなり曖昧で、繰り返し脳内で想像することによって実際の記憶だと思い込んでしまう現象(虚偽記憶と呼ばれる)が知られていることは述べておこう。
関連項目
映画はパズーがドーラたちと別れるシーンで実質物語は終了しているが、昔あるテレビで放映された際に、
「パズーとシータが一緒にパズーの故郷まで戻る」シーンまで放送されたという伝説。
非常に有名で息の長い噂であり、アニメ系都市伝説の代表格とも言えるであろう。
ジブリ側はこの噂を否定している。
続編等を作ることを極力避けるジブリの制作体制や、一度のテレビ放映におけるほんのわずかなシーンのために新規にアニメを制作するコストなどを考えると、現実であるとは考えにくい。
……ところが、実を言うとこの都市伝説は
半分実話
である。
日本テレビの「
金曜ロードショー」で最初に放送された際、スタッフが尺の関係でエンディングの映像を差し替えていたのである。その一部に宮崎駿が書き下ろした後日談イラストが使われており、これが噂の根拠になったと考えられる。
スタッフが勝手に差し替えたのであればジブリ側はそれを知る由も無いだろう。つまり、「本来と違うエンディングが流れた事があるのは事実だが、非公式なもの」というのが真相である。
これも同じく、実は千尋とその両親が引っ越し先の家まで行くシーンがあるバージョンがあるという噂。
こちらは「公開当時、一部の映画館で上映されていた」と言われることが多い。
噂のシーン自体はシナリオの初期稿に存在していたが、これをそのまま映像化した場合
上映時間四時間超えになるためカットされている。ジブリ公式曰く「(上映用フィルムも作られた、は)都市伝説です」「他にも宮崎さんたちが『やろうかと思ったけど、変えることにした』シーンはありますよ」とのこと。
例として、
2022年1月7日の『金曜ロードショー』枠での放映に伴ってのQ&A
では、宮崎監督からのお蔵出し情報として
「最初は千尋の家から始める予定だったんだよ。千尋の部屋が妖怪の通り道になっていて、お母さんと一緒に湯屋へいくって話」
「でもまどろっこしいからやめたんだよね」
と、少なくとも湯屋一帯の神様たちのテリトリーにつくまでは大きく内容が異なっていたことが示されている。ちなみに当該ツイートによれば監督曰く「そういった噂がファンの人達にあるなら面白いね」とのこと。
世代の変化に応じて、別の作品で同じような都市伝説が流布するのも、ジブリ作品が愛されている証拠だろうか。
なお本作のDVD版は、デジタルに不慣れだったスタッフのミスなのか全編で赤みがかっている。
この「劇場版とソフト版とで映像が違う」という事実に尾ひれがついて噂が成立したのかどうかは定かではない。
これまた別エンディングの噂。
公開当時の1984年から現在まで、安田成美が歌うテーマソング『風の谷のナウシカ』はナウシカ本編では使われず、テレビCMでのみ流れた、というのが定説になっている。
しかし2023年、本作を劇場で観た人が「エンディングで安田成美の歌を聴いたと思う」とTwitterで発信したことで論争となった。
ツイートには同意する意見が多数寄せられた他、「歌ありバージョンは当初存在したが、宮崎駿が激怒したため差し替えとなり、それが間に合わなかった映画館でのみ差し替え前のものが流れた」と(製作委員会のメンバーだった)鈴木敏夫が話した雑誌を見たという証言まで出ている。
上記の件を受け、ハフィントンポストがスタジオジブリに取材したところ、歌ありバージョンの存在・鈴木敏夫の発言ともに否定された。
前述のCMは当時何度も放送されており、また映画館の休憩時間に曲が流れた可能性もあるため、それらと混同されたのかもしれない。
なお本編で安田成美の歌を使わなかった理由については諸説あるが、プロデューサーの高畑勲が「ナウシカの作風に合う歌じゃない」と強硬に反対したためという説が有力。激怒したわけではないにせよ反対で流れたというのは都市伝説と共通しているので面白いところである。
これも非常に有名な噂。トトロの正体は実は
死神だったと付け加えられることもある。
スタジオに問い合わせる人も多かったらしく、後に
ジブリ側がはっきり否定した。
そもそもエンディングでは、姉妹の母が退院して以降の物語が描かれている。
よく根拠として挙げられる「途中からサツキとメイの影が無い」というのは、他の登場人物や物体の影も無かったり薄くなっていることからして、単に「日没が迫っている」ことを示す演出と考えられる。
ただし「恥ずかしながら…アレは単に影の描写を省略しただけで、
手抜きである」という趣旨のスタッフ発言もある。
それぞれの作品記事にもあるが、『トトロ』の劇場公開時は『火垂るの墓』との同時上映という
トラウマメーカー
だったわけで、当時映画館で見た人たちが『火垂る』側のエンディングと記憶を混同したのでは?という説もあることはある。
なお、「姉妹の母親は物語の後結核で他界してしまう」と言っている人もたまに見かけるが、これも上記に書いているように間違いである。
最後まで同じ画面に現れることがないことや、お父さんが見ていない間にサツキとメイに何があったのか知っているような態度をとることが根拠として挙げられる。
しかし、トトロが去った直後にやってきたバスに乗っているなど無理があり、そもそもお父さんに限らずトトロはサツキとメイ以外の前には現れていない。
というかまず死亡説といい父さん=大トトロ説といい、ジブリ館の公式短編『
めいとこねこバス』との整合性が取りづらい面があるのも考慮するべきであろう。
これまた「衝撃の事実」などという煽り文句でしばしば拡散されている都市伝説であるが、共通点は「トトロの舞台と時代設定が狭山事件と被る」という点くらいであり、
他の類似点とされるものなどはこじつけの域を出るものではない。
例えば「サツキとメイの年齢を合計すると狭山事件の被害者の年齢になる」などと主張されているが、
そもそもトトロは企画当初は姉妹ではなく一人の少女が主人公であり、企画途中までは姉のサツキに相当するキャラクター自体が存在しなかった。
- 『となりのトトロ』で、お母さんは昔トトロに会ったことがある
ほかの都市伝説に比べ刺激がまるでないため、マイナーな部類に含まれる話。
トトロの企画当初、主人公は一人の少女であったことは先述したとおりである。
彼女は初期に作られたポスター等に登場しており、サツキにもメイにも似ているがどちらでもない容姿で描かれていたため、「お母さんの子供のころではないか」という噂が存在した。
他の都市伝説と異なり、これについては(肯定もされていないが)明確に否定されていない。
- ジブリ作品で宮崎監督作品のタイトルには「の」が入り、高畑監督の作品には「ほ(ぽ)」が入る
『
もののけ姫』の頃まで、まことしやかに囁かれていた伝説。
その後、該当しない作品が増えたのはご存知の通り。
- ジブリ作品でタイトルに「の」が入っている作品は大当たりし、逆に入っていない作品は振るわない
元々は「もののけ姫」公開当時、宮崎駿がテレビのインタビューに答えて、
「うちの作品はタイトルに『の』が入っていると当たるんですよ」、
「今回は『の』が2つも入っているから最強じゃないかと」と冗談めかして語っていたもの。
その言葉通り『もののけ姫』が大ヒットし、『千と千尋の神隠し』がジブリ歴代1位の興行収益を上げたことがダメ押しとなって広まった伝説。
しかし、実際には『平成狸合戦ぽんぽこ』も『紅の豚』には興行的には3億程度の差で負けてこそいるものの、動員数に至っては20万人以上勝っている。
さらには『風立ちぬ』がジブリ歴代5位の記録を打ち立てている。
そもそも2023年現在、ジブリ長編作品でタイトルに「の」が付かない作品はナウシカを含めた25作中9作品しかないので、この説を語るには少々乱暴な感も否めない。
因みに収益は、トトロ/火垂るの墓は18位、ラピュタは19位と発表されている。
- 『風の谷のナウシカ』にはゲーム化の企画があったが、その初期案が「ナウシカが蟲を撃つシューティングゲーム」という原作ぶち壊しのシロモノだったため、宮崎駿が激怒してお蔵入りとなり、以降はゲーム化の話はタブーとされている
これも全く根拠のない都市伝説である。そもそもジブリに関連するゲームは数は少ないが登場する。
ナウシカのゲームは3作品出ていてそのうちSTGは『ナウシカ危機一髪』『忘れじのナウシカ』が存在。
撃つ相手は
漫画版の飛行甕で、蟲は撃てないか、王蟲を撃つと怒りを鎮めなければゲームオーバーという仕様。
「土鬼を説得する」のが目的のゲームで、この伝説程には原作と離れてはいない。
これ以外にも、(ジブリとは少し離れるが)宮崎駿が監督した『ルパン三世 カリオストロの城』の関連ゲームは複数発売されている他、ジブリが制作協力した『二ノ国』が2010年に発売されている。
2015年の『
太鼓の達人』とのコラボ時の記者会見において、鈴木敏夫プロデューサーは「ジブリはゲームが嫌いだって言われるんだけど、正確に言うと、よくわかってないんです」
「僕と宮崎駿で将棋を指したりはするけど、デジタルゲームは何が面白いのか、さっぱりわからない」というコメントを残しており、ゲーム自体は否定的に見ている。
実際、『耳をすませば』や『平成狸合戦ぽんぽこ』のような現代劇でも、電子ゲームの描写は極力避けられており、「必要性がなければ積極的に描かない」というスタンス自体は存在している可能性はある。
また、「ワンダープロジェクトJ」を作った平野文鳥のTwitterによれば、「魔女の宅急便」の公開前後に宮崎と会った際、「記号化した命で遊ぶ行為やそれを作る人間の気がしれない」と、ゲーム制作者に対して初対面で口にするとは思えない言葉を言われたらしい。
しかし約20年後、アニメーターの飯田馬之助の葬儀で再会した時に謝罪し、今はゲームを否定していないと発言したそうで、要は昔は嫌いだったが長い時間が経って考え方が変わったということだろう。
一昔前のネット上で広まった噂。原作にもしっかりと魔女と
黒猫の深いつながりは設定されている。
原作準拠で
実写化されたのを機に原作設定が周知されてからは下火になった。
映画製作中に「宅急便」がヤマト運輸の登録商標であることに気づいたジブリが「原作にも黒猫が登場する」という点で交渉した結果ヤマト運輸が『魔女の宅急便』のスポンサーに加わり、『魔女の宅急便』の映像を用いた宅急便のCMを当時放送していたことで広まったと思われる。
また、「商標権の理由でヤマト運輸がスポンサーに付いた」と囁かれることも多いがこれについても事実ではない。
補足しておくと、アニメのベースとなった原作第1巻が刊行された当時、実際にヤマト運輸から作者に対してクレームが付けられるという事態が起きた。
「宅急便」が登録商標された語句であることを原作者が知らなかったためで、「書籍の題号は『魔女の宅急便』であるため『宅急便』と同一の商標には当たらない」という判断が下り無事刊行を継続できたという経緯がある。
後にジブリが『魔女の宅急便』を商標登録しているが、これは映画版の題号に基づいた登録であり、書籍の題号自体には商標権は認められない(書籍のタイトルはその内容を表すものであって一般的な商標とは役割が異なるという解釈のため)。
- ジブリ版『魔女の宅急便』でジジが喋らなくなったのは深刻な理由があるから
黒猫のジジは相棒のキキと会話出来ていたが、これはキキが魔法でジジの言ってる事がわかる為である。
が、キキの魔法が弱まったのを境にジジが喋らなくなってしまう。また、人間のような感情豊かな表情や仕草をしなくなり普通の猫のようになる。
その後、キキがなんとか魔力を取り戻しても結局言葉をしゃべることはなく普通の猫のままだった。
この事から「キキは完全に魔力を取り戻せなかったのでは?」「ジジに何かあったのでは?」と考えるファンが多かった。
後年、宮崎監督はこの事に対し「ジジの声が聞こえなくなった理由は、ジジが変わったからではなく、キキが変わったからである。そもそもジジの声はもともとがキキ自身の声であって、キキの成長に合わせてジジの声が必要なくなってしまったのだ」と説明している。
つまり、喋る猫のジジはキキのイマジナリーフレンドのような存在であり、人生経験が不足していた彼女の未熟さの表れであった。彼女自身が成長したからこそ猫と話す必要が無くなったのだ。
そもそもジジの台詞のほとんどは、キキへの返事や彼女の言動に対する反応であり、ジジの声=キキの心の声という証となっている。ジジの人間のような仕草も当時のキキの視点からそう見えただけかもしれない。
ちなみに最後まで喋らなくなるのはあくまでジブリ版で、原作では再び喋るようになっている。
- 『火垂るの墓』の節子の死因は栄養失調ではなく、汚染物質によるもの
節子は極貧の生活の中で、満足に食べ物を食べることが出来ず、栄養失調の果てに衰弱死したとされているが、実は全く別の死因があったという噂。
この噂では、本当は汚染物質が体内に入ってしまったことで免疫機能が低下したのが死因であり、清太がいくら手を尽くそうが妹の死は絶対に避けられなかったとされる。
栄養失調なら、消費エネルギーの大きさから兄の清太の方が先に衰弱している筈だというのが根拠とされる。
また奇妙なことに雨を目に受けた直後、明らかに栄養失調になる前から「お腹ビチビチ」が始まっており、これを伏線と解釈する見方もある。
いつ汚染物質が節子の体内に入ったかと言うと、物語序盤の雨を左目に受けたシーン。
その後も節子は左目の痛みを訴え続けており、汗疹も汚染物質による体調不良の初期症状と考えられている。
原爆でもない普通の爆弾でそこまでの汚染物質が発生するのはおかしいと思われるが、当時清太達がいた場所の近くには軍需工場が多数あり、そこに火災が発生したことでダイオキシンのような化学物質、あるいは重金属がまき散らされ、それに汚染された雨を目に受けてしまったときから、節子の死は確定してしまったと言われている。
これに関してはトトロの噂のような公式回答がないので、真相は不明であるが、原作小説でも栄養失調で亡くなったとされている他、
節子のモデルとなった作者の野坂昭如の妹は、満足に食べ物を与えられずに餓死したと語られており、映像化の際に設定変更がなされていなければ、死因は原作同様に栄養失調と思われる。
というか「あまりジブリ公式として言及しないのは、パヤオ総監督は『火垂る』が正直嫌いだから」なんて都市伝説もあるし…。
- 『千と千尋の神隠し』には「火垂るの墓」の節子が登場している
映画終盤で銭婆に判子を返すために千尋が電車に乗るシーンがあるが、途中の駅にいる人物の中に節子に似たシルエットの少女がいると指摘されたことで広まった噂。
駅で何をしているのかと言うと、千尋が乗った電車は死者を乗せる電車であり(これも明言はされていないため都市伝説の域を出ない)、節子は清太を待ち続けていると噂されている。
ただし、節子は約四頭身、シルエットの少女は約五頭身と体型に違いがある。
これは死後の世界で成長したから、と説明される場合もあるが、「火垂るの墓」のラストシーンで清太と節子は亡くなったときの姿で現代の街を眺めており、この後再会したと考えると矛盾が生じるとも言える。
1973年放送の日テレ版『ドラえもん』は複数の事情から
封印作品と化しているため誤解されていることも多く、その中で最も有名なのがこちら。実際はカラー作品である。
珍しく情報源が明らかな都市伝説で、当時の出演者である肝付兼太(ジャイアン役)や野沢雅子(ドラえもん役(二代目))がインタビューでそう話している内容のものが存在。
彼らがなぜそういう勘違いをしたのかはわからないが、後年のインタビューなので別作品と混同したのかもしれない。
アニメ関係の書籍・雑誌に載っている日テレ版の写真がほとんどモノクロであることもこの誤解に拍車をかけたと思われる。
上記の理由で現物の確認が困難であったことから、21世紀に入るまでこの誤解はなかなか訂正されなかった。
2000年代以降、本作の研究が進んでスタッフが保存していたOP動画なども流出したことで、カラー作品だったことが広く知られるようになった。
- 一切情報が残っていない『タレント』という謎の回がある
最終回の噂と並んで有名な都市伝説。
内容は「ドラえもんとのび太が通り抜けフープ(のような道具)で地底世界の町へ遊びに行き、そこで不気味な男と出会って、最後は二人が悲鳴を上げながら抱き合って唐突に終わる」というもの。
「謎の女の子に会う」「地球のミニチュアが割れる」「そのミニチュアの割れ目から血のような赤い液体が流れる」などという話が付け足されることもある。
「絵柄や色調が明らかにいつもと違っていた」などとされることも多い。
「誤編集した、もしくは著しく破損・変質したフィルムを間違って放送してしまった」という説もあるが、技術的に考えにくい。
ドラえもんには雰囲気が不気味な回や、「地下の世界に行く」「怪しい男と遭う」など断片的に『タレント』と一致する回が少なくないため、それが元ネタになった可能性もある。
まず、「空き地で通り抜けフープのような道具を使って地底に行く」という話が実在する。
(5巻「地底の国探検」。通り抜けフープのような道具とは「ここほれワイヤー」のこと。厳密には「ここほれワイヤー」で掘る場所を探し、「地底探検車」で地底に向かっている)
また、「ドラえもんとのび太が恐怖で互いに抱き合うシーンで唐突に終わる」回も実在する。
(39巻「風船がとどけた手紙」。「みんなで風船に手紙を付けて飛ばす」というファンタジックなシーンで始まる回なのに、ラストはかなりホラー)
「タレント」という謎のタイトルについては、「ゆめの町、ノビタランド」(3巻収録。ひみつ道具「ガリバートンネル」を通ってミニチュアの街へ行く、というストーリーは地底に行っているように見えなくもない)を見間違えたのではないかという説もある。
これらの記憶(ちなみに上記3作ともアニメ化されている)が混じり合ってしまい、さらにネット上で多くの人が意見交換する中で、伝説が自然形成されたと考えるのが自然だろうか。
- 原作者の藤子・F・不二雄が亡くなった日に、謎のアニメが放送された
亡くなった1996年9月23日の夜に、藤子を追悼する目的でドラえもんが放送されたという噂。
(なお当時のドラえもんは金曜放送で、この日は月曜だった)
後述の内容から『行かなきゃ』の通称で知られる。
ネットには多種多様な目撃情報が上がっているが、最もポピュラーなのは、
「暗い道をどこかに向かって歩くのび太の映像が延々と流れた末、彼が一言「行かなきゃ」と発して終わる」というもの。
(この一言はのび太役の小原乃梨子でなく、藤子自身の声だったとする証言もある)
「行かなきゃ」の意味は「天国へ行かなきゃ」であろうと言われている。
藤子の死去が報じられたのは翌24日だったことや、死去の直後にアニメを制作して放送枠を確保することの困難さを考えると、当日に追悼番組が放送された可能性は低い(何の発表もせず密かに放送すること自体がそもそも不可解である)。
2023年に週刊女性が本件について問い合わせをしたところ、テレビ朝日側は「そのような番組を放送したことはない」と完全に否定している。
そのため何らかの試験映像や、ドラえもん本編の似た場面、藤子が出演した特番などの記憶がごっちゃになった結果、『タレント』と同様ネット上で伝説化したのかもしれない。
ちなみに、こうした経緯で都市伝説が発生するのは珍しくない。
例えば、怪談系都市伝説として有名な「NNN臨時放送」の話は、日航機123便墜落事故の際、乗客の安否確認のために流された映像と他の深夜番組とが混同されてできたとされている。
- 『2日後にどこでもドアを使うな』という不気味な回がある
2010年代から話題になり始めた、比較的新しい都市伝説。
『タレント』や『行かなきゃ』と異なり、ほぼ一貫して以下のようなストーリーが語られる。
「夜に野比家の電話が鳴り、のび太が取ったところ、「2日後・・・使うな!」という声が聞こえた。
恐怖を感じたものの、夢だと思いその場は忘れる。
2日後、のび太とドラえもんはどこでもドアで静香の家に行こうとするが、ドアを開いた先は何もない真っ白な空間。
慌てて戻ろうとするも、どこでもドアはただのドアになってしまっていた。
ドラえもんは「タイム電話」を使って過去の自分に警告しようとするが、突然辺りが暗くなり、ドラえもんも消滅してしまう。
のび太は手探りでタイム電話を探し出し、2日前の自分に「2日後にどこでもドアを使うな!」と叫んで終わる」
原作・アニメ共にこのようなエピソードは存在しない。
2008年頃の
2ちゃんねるの書き込みが初出で、それが
コピペ化されて広まったと考えられている。
こちらにも元ネタ候補はあり、「地平線テープ」(28巻収録。ドラえもんとのび太が異次元に取り残される話)・同作者のSF短編「影男」(主人公の生まれ変わりを名乗る男が主人公に警告する話)・
サウスパーク第10シーズンの第12・13話「Go God Go」(
Wiiの発売が待てずに雪山で氷漬けになったカートマンがゲームの無い未来から現代に向けて冬眠しないよう自分に連絡するがいたずら電話だと切られる話)等が挙げられている。
- ドラえもん役の大山のぶ代とのび太役の小原乃梨子は不仲のため離れた距離でマイクを使っていた
90年代に『GON!』等のサブカル系雑誌を中心に囁かれていた噂…だが、当の小原がこれを否定。
確かに大山と小原のマイクの立ち位置は離れているが、それはヘビースモーカーの大山が入口側で、嫌煙家の小原が反対側のマイクを使っているだけの事だった。
そもそも大山版ドラえもんはジャイアン役の
たてかべ和也やスネ夫役の
肝付兼太、しずか役の野村道子を含め全員が旅行に行く程仲が良かった。というか声優陣間での仲が良くなければ2005年まで続けられなかっただろう。
なお、現在のわさドラ版でも水田わさびと大原めぐみの立ち位置が離れているが、これは両者の出番が多いため、互いの声がぶつからないようにしたもの。
「ジャムおじさんが『ジャムパンマン』として作成したが廃棄され、悪の心が宿ってばいきんまんとなった」などともっともらしく説明される。
ネット上ではしばしば「事実」として記載されている。
だがこれはアニメ版の第1話を見れば事実でないことが明白である。実際はばいきんまんは宇宙からやってきた。ドキンちゃん以外に親戚が登場したこともある。
公式サイトにも「あんぱんまんをたおすためにバイキンせいからやってきた」とはっきり書かれているので、
宇宙人とみなして良いだろう。CV:
中尾隆聖の宇宙人ということで
フリーザと同じである。
(ばいきんまんに関してはデザイン上は「パンについたら嫌なもの・生き物」としてハエも組み込まれてはいる。よく見ると羽がそのまんまハエの羽根の形)
ちなみに2人の誕生の経緯を補足すると、「宇宙の遙か遠くから飛んできた『いのちの星』がパン工場のパンと合体して生まれた」のがアンパンマン、「いのちの星を追いかけて飛んできた卵から生まれた」のがばいきんまんである。
そして劇中においてばいきんまんは、「俺はお前(=アンパンマン)を倒すために生まれてきたのだ!」と発言している。
つまり厳密に言えばアンパンマンも宇宙人(地球のパンと合体したからハーフか?)であり、ばいきんまんは何らかの理由でアンパンマンを「いのちの星」状態から敵視していたことになる。
2人の関係性についてはこの通り曖昧な部分があるため、都市伝説に繋がりやすいのかもしれない。
- めいけんチーズはばいきんまんのスパイだったが、バタコに懐いたため一旦パン工場を離れ、そのまま森を放浪していたら、2年後にアンパンマンに保護されてパン工場に住むようになった
原作の設定とアニメの設定がごっちゃになって作られた話。
「ばいきんまんのスパイだったがアンパンマン側に寝返った」というのは原作の話。そちらでは寝返り後、そのままパン工場に居ついている。
一方アニメ版では第1話で森で迷子になっていたところをアンパンマンに保護されてパン工場に居ついた。
- アンパンマンのマーチは特攻隊で亡くなったやなせたかし先生の弟さんをモチーフに描いたもの
公式には否定されている説であるが、原作者であるやなせたかし先生の弟が特攻隊に志願し戦死されているのは真実。
また、先生自身は「そんなつもりはなかった」と否定しているが、同時に「弟と最後の言葉を交わした記憶が深く残っていた」とも語っている。
戦争は嫌いだけど、弟の死まで否定したくはない。
そんな先生の無意識の想いが「アンパンマンのマーチ」を生み出したのかもしれない。
ムーミン
- ムーミンは核戦争後の話で、ムーミンたちは放射線で生まれた奇形
「スナフキンは人類最後の生き残り」だとか、「最終話でムーミンたちが冬眠するのは『核の冬』の暗示」だとか、一見もっともらしい説明も加えられる。
そもそもトーベ・ヤンソンの原作が書かれたのは、「核戦争」などという概念が事実上存在しなかった1945年以前である(それまで断片的に発表されていた話をこの年にまとめて出版した)。
またムーミンたちは(スナフキンも含めて)身長30センチ程度のムーミントロールという妖精だという設定である。
冬眠についても、物語が北欧を舞台にしていることを考えれば、別段不自然な設定でもない(そもそも『核戦争後』なのに『核の冬』が来るのはおかしい)。
- サザエさんの次回予告後のバンクが変更されたのは、真似をして窒息死した子供がいたため
当初のバンクは、サザエがクッキーを投げ食いした後「来週もまた観てくださいね~」と言い、喉につかえたクッキーを「んがくっく」と呑み込んで終わるというもので、1991年10月まで使用されていた。
長年親しまれていたバンクであっただけに変更時は様々な憶測を呼んだようだが、実際は番組を観ていた医師から指摘があった&「あのバンクももう長いから」という理由での変更であり、死亡事故などは起きていない。
この変更によって導入された
サザエさんじゃんけんはいろいろな意味で多くの人間の運命を狂わせることになるのだが、それについては項目参照。
現在は実写ドラマ・舞台の脚本家というイメージの強い三谷幸喜だが、1980年代はバラエティ番組の構成やアニメの脚本も手掛けていた。
内容として挙げられるのは諸説あるが、
「
タラちゃんが巨大化して街を練り歩く」
「
ドーピングで筋肉モリモリマッチョマンになったタラちゃんがオリンピックに出場する」
に大きく分けられる。
後者については事実で、本人が2019年9月13日放送の『ダウンタウンなう』で
「薬でマッチョマンになったタラちゃんがオリンピックに出る脚本を書いてプロデューサーに見せたらプロデューサーが激怒し、サザエさんの仕事から離された」
と語っている。
三谷曰く夢オチだそうだが、それにしたってとんでもない代物である。
ちなみにその脚本のタイトルは『タラちゃん成長期』。テレビ放送された記録はあるが大幅に改変されたのだろう。
なお三谷はこれ以外にもサザエさんの脚本を書いており、『ワカメの大変身』『波平つり指南』『妹思い、兄思い』の3本が放送されている。
- 『ちびまる子ちゃん』のゆみこちゃんが出なくなったのはモデルの女の子が自殺したため
アニメ第1期(1990~1992年)では現在のかよ子ちゃんポジションでレギュラー陣として登場していたが、第2期(1995年~放送中)では出番が激減し、2000年以降ほとんど登場しなくなったことから創作された、一種のネタに近い伝説。
最後に登場した回で「ありがとう。まるちゃん、バイバイ」と言い残して去った=自殺の暗喩、などともっともらしく語られる。
無論まったく根拠のないガセネタであり、モデルがいるかどうかすら不明である。
『ちびまる子ちゃん』は2000年頃を境に大幅な改変が行われた形跡があり、その際に「えびすくん」や「ナベちゃん」といったキャラの出番も同様に減っていることから、単に改変に巻き込まれただけの可能性が高い。
もし伝説のような理由があれば公式から抹消されてもおかしくないが、ゆみこちゃんは(モブ同然の扱いではあるものの)2005年・2007年の放送回への出演が確認されており、2009年発売のゲーム「ちびまる子ちゃんDS まるちゃんのまち」にもワンシーンだが出演している。
そして2022年5月8日放送の「まるちゃん、お誕生会をひらく」「まるちゃん、小鳥が欲しくなる」では久々にメインキャラとして復活、ファンを喜ばせることとなった。
アニメ版のオリジナルキャラクター、しんこちゃんに纏わる都市伝説の一つ。
このしんこちゃん、本人は「未来から来たひまわりの友達」と名乗っているが、作中描写(あと担当声優)からひまわり本人である事がほぼ確実視されている。
しかし彼女がひろしと出会った回「また!しんこちゃんだゾ」では、彼女がひろしの顔を知らない事を示唆するやり取りがあり、
さらにその回で彼女がひろしを交通事故から助ける描写があったため、「彼女はひろしが交通事故で死亡するのを阻止するために過去に来たのではないか」という説が浮上する事となった。
ちなみに彼女自身は後の回で過去に来た理由について「未来でひまわりがみさえに怒られたので、本当の母親か確かめるため」と語っているものの、
みさえにもひまわりにも会っていない前述の「また!しんこちゃんだゾ」等、それでは説明のつかない訪問も多く、その目的は謎に包まれている。
また、「彼女のタイムマシンは
北与野博士という人物の手によるもの」と言われることもあるが、こちらも原作とアニメの設定がごっちゃになったもの。
北与野博士は
原作にしか登場しないため、アニオリであるしんこちゃんとの接点の描写は当然存在しない。
- 『クレヨンしんちゃん』の「ケツだけ星人」は規制によって放送できなくなった
アニメ版『しんちゃん』の話題には「今の時代は○○をできなくなった」という話が付き物であり、PTA等への叩き棒にされることが少なくない。
だが実際に放送されなくなったとされるのは「ぞーさん」や「みさえを呼び捨てにする」だけとされており、表現規制を叩きたいがあまりデマが流布され続けている現状にある。あと大便の実物についてもさすがに近年は犬の含めてモザイク処理が入ることもある
その中でも、この「ケツだけ星人」については発信した人間が近年の『しんちゃん』を一切見ていないことを一発で炙り出せるデマである。
というのも、2020年7月から使われているアイキャッチ(Aパート)では、しんのすけが生ケツバージョンの「ケツだけ星人」を毎週おこなっているのである。
乱れなく「お」の字をケツだけ星人状態での軌道で書くのは流石しんちゃん。
2024年6月現在もこのアイキャッチは放送されているので、今からでもTVerの見逃し配信などを見れば容易に確認できる(こういった配信でもアイキャッチがカットされていない)。
なおSwitchのゲーム作品では生ケツ版が規制された(と見られる)実例があるので、こちらと混同された可能性もある。
ゲーム作品とテレビ放送では可能な表現もバラバラであり、前者はどのレーティングで発売するか、後者はどの時間帯に放送するかによっても変わるので、同一視はできない。
他にしばしば表現規制のやり玉に挙げられるのが主にみさえによるしんのすけ及びひろしへの折檻である「げんこつ」及び「ぐりぐり」だが、いずれも頻度が落ちただけで再放送はおろか新作のエピソードにおいても問題なく使用されている。
これは完全なデマであり、作者のあずまきよひこがブログで明言していた。
作者の言葉を簡単に要約すると「何も言わないのは自分がアニメに関しては素人だし、アレコレ指示する者が増えると逆に混乱するからアニメの製作には関わらなかった」というもの。
要するに『船頭多くして船山に登る』のを避けてただけなのである。
「関係者が何もコメントしない=口にしたくもないくらい怒ってる」という思い込みから発生したデマと言える。
そもそも2024年時点では『よつばと!』は休載が目立ち、原作者に負担がかかるアニメ化は難しそうだが…。
ただし、本当に怒っているからノーコメントを貫く人が居てもおかしくはないので、本人がハッキリと明言していない事は盲信すべきではないという例の一つ。
- 巨人の星のOPのせいで「ローラーをコンダラと呼ぶ」という勘違いが広まった
巨人の星の主題歌に「思い込んだら」という部分があるのだが、オープニングにおいてこの歌詞の部分と星飛雄馬がローラーを引くシーンが重なったため歌詞を「重いコンダラ」と勘違いし、ローラーの正式名称をコンダラと思い込む視聴者が続出したという都市伝説。
驚くべきことにこのコンダラの知名度はかなりのものであり、野球部の元部員にコンダラと言うとなんのことか通じると言う。
また「中島らもの明るい相談室」に「姉がローラーはコンダラと呼ぶのが正しいと言い張って困っている」という投書が寄せられたり、ラジオのコーナーの名前に流用されたりもしている。
だが、少なくともオープニングでこのような勘違いをすることはあり得ない。
なぜなら、件の歌詞の部分にローラーは登場しないからだ。
いやそもそも、オープニングにはローラー自体が登場しないのだ。
しかもオープニングにはちゃんと「思いこんだら」と歌詞が表示されている。
勘違いをする可能性があるとすれば、第12話だろう。
12話のクライマックスにて星飛雄馬が整地ローラーを1人で曳けと言われ力を入れているシーンがあるのだが、ここでちょうど「♪思い~込んだら~」の部分が流れる。
この場面は絵面的にもインパクトが強く印象深いシーンであり、ここのカットのみが切り取られてアニメ名場面特集などで使われることもしばしばあったことから、
こちらが広まっていく過程において、それが人から人へ伝わるうちに「巨人の星の
オープニングで勘違いする人が続出した」と形を変えていったのではないかと思われる。
言わば「
ちゃぶ台返し」のように
巨人の星の本編を見ていない人たちにも広まってしまった刷り込みの一種である。
なお、上記のように「ローラー部分を背にして引きながら歩く」という使用法は
誤りであり、勢いがついたローラーに轢かれてしまう可能性があるため非常に危険。
正しい使用法は「進行方向にローラー部分を向け、取っ手を
押して使う」のが正解である…のだが現在はこの作品以外の野球ものでも「ローラーが後ろ・引いて使う」で描写してしまっているものがあり、例えばパワプロシリーズにおける
栄冠ナインではローラー引きのカードイラストは明らかに「背にして引きながら歩く」ものになっている。
「(その使い方は)あぶないでやんすー!!」
- ボボボーボ・ボーボボのアニメはスポンサーが全員降板した後もスタッフや声優が制作費を出し合って放送を半年継続させた。
2005年4月9日の放送回以降はスポンサーなしで放送されていた当アニメについて、いかにスタッフから愛されていたかを示すエピソードとして引き合いに出される。
ただ、アニメの制作費は最低でも1話1000万円はかかり、スポンサーなしの約半年間の放送期間だと4億円はかかったものと考えられる。例えスタッフや声優全員で出し合ったとしても少なくとも1人あたり毎週10万円近い出費になることは避けられず、決して高収入とはいえない人も多いアニメ業界の人間が1アニメのためだけにこれだけの負担ができたかは怪しい。
そうなると今度は「じゃあなんでやれてたの?」という、別の疑問が沸いてくるのだが…。
公式の証言がないため、あくまでも仮説であるが、「予め放送に資金が用意されていた」という物は考えられるだろうか。
『
おじゃる丸』の紹介において、一部でこういった付記がなされることがある。
正三位は大納言相当の位であり、これは今で言う国務大臣(閣僚)クラスなので結構偉い。
が、実は
おじゃる丸含め、ヘイアンチョウ出身キャラクターの官位・官職が明かされたことはない。
どうもヘイアンチョウにいる人物が職務上ほぼいつも全裸の牛以外実際の平安時代の考証にある程度沿った服装をしていること、モデルが恐らく坂上田村麻呂であることから史実と混同されたようだ。
そもそもNHK-Eテレの公式設定におけるおじゃる丸は「妖精界の貴族で、やんごとなきお子さま」である。
つまりエンマ大王や小鬼たちがいるエンマ界同様、ヘイアンチョウは人間界とは異なる世界であることが示唆されており、実際の平安時代における官位システムと同様の制度があるのかすら判断が分かれうるものになっている。
- 「赤い彗星」の異名に反してパーソナルカラーがピンクなのは、当時ピンク色が大量に余っていたため
『
機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のインタビューで安彦良和が語るところによると、
アニメに使える色がそれまで70色だったのが、『
機動戦士ガンダム』の製作当時80色ほどに増え、
シャアピンクもその中の一色で(一説には
そもそもザクの薄い緑色もその中の1色だった、とも)早速使用し、「赤い彗星」の設定の方がそれに合わせて作られたとのこと。
これにより、同じ色で塗ると保護色になってしまうパイロットの服と機体を同系色に合わせることができるようになった。
なお、同様の説が「リック・ディアス」「マラサイ」「ガルバルティβ」「ガザC」にもあり、
Z当時のサンライズの制作現場で赤が大量に余っていた(もしくは最も安価だった)ためだと言われることがある。
「『08小隊』は後世に作られた映画であり、宇宙世紀で実際に起きた出来事ではない」とする都市伝説。
『08小隊』は後半のラブロマンス的展開や、連邦軍のMS開発時期の矛盾から未だにファンからは賛否両論ある作品であり、
否定派が、飯田馬之介監督の「(シローのことが)大嫌いだった」「ただの馬鹿ですよ」発言と合わせて、作品の否定に持ち出すことの多い説。
都市伝説には珍しく実在のソースが明示されており、
2003年に刊行された、「宇宙世紀0099年に発刊された
アナハイム社の社報」という設定の設定資料集「アナハイム・ジャーナル」において、
アナハイムの社員が「一年戦争のアジア戦線を舞台にしたロマンス映画で、MSが『歩く核爆弾』のように描かれていた。ひどい嘘だ」と言っていた、というもの。
「アナハイム・ジャーナル」が発売された2003年の時点で、一年戦争のアジア戦線を描いた映像作品は『08小隊』しかなく、
このことから、前述のように「『08小隊』は劇中劇」とする解釈や、
「ひどい”嘘”」という言葉を拡大解釈した「暗に『08小隊』は宇宙世紀の正史には含まれないと示唆している」という解釈が都市伝説のもとになっている。
しかし、この説には
「アナハイム社員の『ロマンス映画』発言の前に、
『08小隊』の登場人物であるエレドア・マシスの存在が示唆されている」という決定的な矛盾がある。
逆に「エレドアの存在をこれ見よがしに出したということは、やはり『ロマンス映画』は『08小隊』のことだろう」というファンもいるが、若干苦しい擁護なのは否めない。
更に言うなら、そもそも
『08小隊』劇中でMSが核爆発したことはないため、『ロマンス映画』にあるはずの「MSが『歩く核爆弾』のように描かれていた」描写が『08小隊』には無いのも苦しい。
ただし近い描写としては、上官のイーサン・ライヤーが「事故でMSが核爆発したと発表しての核爆弾の使用」を指示したシーンが
『歩く核爆弾』扱いというには少々微妙ではあるが実際にある事から、
「『08小隊』は実際に宇宙世紀で起きた出来事で、MSが核爆発するなどの
脚色を加えて後世において映画化された」という解釈も十分にできる。
大河ドラマネタは「いくら初速が100m/sと砲として異様に低速とはいえ、ザクマシンガンを見てから躱すのが宇宙世紀の兵士に可能なのか?」でよく(そういう事を言うアンチがいるよね、という前提の)ネタにされることも。
ソースの不確かさと、何より公式の宇宙世紀年表に『08小隊』の出来事が載っていることから「こうも解釈できる」という域を出ない与太話ではあるが、
『08小隊』否定派のファンの中には、この説を事実と考える者、あるいは信じている者も未だ多い。
他、これと似た
「『MS IGLOO』はジオンが作ったプロパガンダ映像」「『ギレン暗殺計画』『光芒のア・バオア・クー』と同じ、後世に資料を元に作られたドキュメンタリーの一部」という都市伝説も存在する。
登場する地球連邦軍兵士の多くが悪辣・露悪的である事から、一方からは「過度にジオン賛美的である」として『IGLOO』もまた賛否が分かれがちな作品であり、
特に「エンジンに重大な欠陥を持つヅダより先に、性能上の欠点はあれど欠陥は無いジムが先に自爆した」
「ジオン視点の物語なのに、連邦兵の通信が聞こえてくる」、「コミカライズ版のこのシーンの連邦兵が『正規の軍教育を受けているとは思えない』レベルで口が悪い」といった描写からこのような説が提唱されている。
こちらも要するに整合性や不自然性を盾にした「嫌いな作品に対する蔑称としての『劇中劇』呼ばわり」であり、
中には「(ヅダの件から)『IGLOO』が劇中劇なのは明白」などと断定的に語られるが、
実際の所は『IGLOO』が宇宙世紀の劇中劇であるとする明確な根拠・資料、及びそれを示唆するスタッフからの証言は一切無く、
前述の「『08小隊』劇中劇説」と同じように、「その気になればこの様にこじつけられる」という域を出ない与太話にすぎない。
富野由悠季監督の見解では、「死亡した」とされているので誤り……と言いたいが、
本編でアクシズから離脱するMSらしき光がはっきり描写されているため、断言はできない。
富野監督も「あれで生きてたらすごいですよ」と語ってはいるが、明確に「アムロとシャアは死亡した」と言ったわけでもないため、
どちらにも取れるようにか、現在の公式設定においてアムロとシャアは「生死不明」となっている。
ただし富野監督の見解=公式設定という訳ではないので注意。
ちなみに現在(『ORIGIN』を除けば)最も新しいアムロとシャアを扱った映像作品である『UC』においては、
小説版著者の福井晴敏によって、
「基本的には死亡説前提という事で話を進めた」
「ただ、もしかすると生霊かもしれない。皆さんで解釈してください」
…と発表されている。
ネタバレは伏せるが、視聴した方であれば「生霊かもしれない(し、幽霊かもしれない)」がどのシーンを指すのかはご存知であろう。
また、同作にてアムロの階級が「中佐」になっていること、そして
フル・フロンタルが「シャアはやっぱり生きてたんだ」と扱われていることから、
少なくとも作品世界内ではアムロが「書類上では『死亡扱い』」、シャアが「一般的には死んだとされているが生存説が囁かれている」という扱いなのは確かであるが、前述の通りサンライズの公式見解としては「生死不明」という事で落ち着いている。
『逆襲のシャア』が宇宙世紀二ケタ台の節目の物語であるためか、後発作品に関する都市伝説の中には本作と絡めたものがしばしば見受けられる。
「インドでクェスの修業に付き合っていたクリスティーナの正体は『
0080』の
クリス」、
「冒頭の5thルナ落としで『08小隊』の
シローと
アイナが子供たちともども死亡した」あたりは有名であろう。
- 宇宙世紀0083年、連邦は兵士のガス抜きのために「兵士達にコロニーの住人を虐殺させる作戦」を正式な命令として下した。
いわゆる
グローブ事件にまつわる都市伝説。
実際の設定は「宇宙世紀0080年に占領軍が暴走して行った虐殺を上層部がもみ消した事件」なので年代も背景も何もかもが違う。
こんなデタラメな設定が出回った理由としては
原作が小説媒体であったために本来の内容が知れ渡るまでにタイムラグがあり、
アンチが捏造した設定が先行して広まってしまったという説が有力。
- ガンダムアシュタロンハーミットクラブはデザインに二次元の嘘が含まれているため立体化が不可能
『
機動新世紀ガンダムX』後半のライバル機にして事実上のラスボス機の片割れであるが、相方のチェストブレイクと異なりこちらはプラモなどの立体物が発売されなかった。
この理由はデザインが発注されたのが既に短縮が決まっていたこともあってそもそも立体化を前提にしていないために制約がなくデザインしても構わないとされたためだが、これが拡大解釈されてそもそも立体化が不可能なデザインであるという誤解が広まった。
実際に立体化で問題になったのは自立が困難になってしまう巨大な背負い物であり、立体物としての構造上の矛盾は特に存在しない。
この問題については現代においては実際に自立困難なデザインであってもスタンドを同梱することで問題を解決している製品が珍しくなく、立体化自体への技術的なハードルは皆無と言っていい。
ちなみにSD体系ではあるが、ハーミットクラブの立体物は食玩のアクションフィギュア「MSアンサンブル」においてチェストブレイクと共にプレミアムバンダイ限定で発売されている。
- ゲイツは作中での扱いがあまりに不遇だった事から、デザイン投稿者の愚痴が新聞に載った事がある
『
機動戦士ガンダムSEED』終盤から登場するザフトの新型量産機として登場したゲイツは視聴者からの投稿デザインが元になっているのだが、
劇中では「終盤に於けるやられ役メカの一体」でしかなく目立った活躍が無かったため、それを不満に思った投稿者が零した愚痴が新聞に掲載されたというもの。
2021年現在「そういう事があったらしい」という話だけが残っている状況であり、物的証拠やデータ、目撃証言がほとんど無く、明確な証拠は確認できない。
『SEED』は当時から現在まで賛否が分かれがちであり、過激な行動を取るアンチも多く存在するため、それらによる捏造である可能性もある。
また確かにゲイツは華々しい戦果を上げたとは言い難いが、それはガンダムシリーズに於ける量産機全般に言える事であり、何もゲイツに限った話ではない。
むしろパイロットが主人公ではなかったとはいえガンダムに勝った場面すらあり、他の量産機よりはマシまである。
『SEED』ラスボス機であり、劇中で登場するまで前情報が一切無かった事から視聴者を驚かせたというプロヴィデンスであるが、
それもそのはずプロヴィデンスは元々存在すらしておらず、終盤も終盤という所で「今のキラを止められるのはガンダムしかない」との福田監督の判断により、
急遽大河原にデザインを発注、それを受けた大河原はプロヴィデンスを僅か1週間で仕上げて来た、という噂。
実際には当初は存在しなかったどころか初期からデザインは上がっており、出番も情報も無かったのは単に秘匿されていただけだった事が語られている。
かなり長きに渡ってアンチを中心にまことしやかに語られていた話。
シンの家族の爆死シーンの直前にフリーダムガンダムの攻撃シーンが映るのは事実だが、この時使っていたのは
基本的に真っ直ぐにしか飛ばないビーム砲であり、敵が主に山の上層や上空といった高所にいた事を考えると、シンの家族が避難していた山の麓付近に当たるとは考えにくい。
また、シンも実際のところ
キラの事は一貫して
ステラの仇としてしか認識しておらず、キラを家族の仇と認識した事は一度もない(ステラの一件以前は明らかに「アスランの知り合いで、ザフトと敵対してる勢力のエース」以上の情報を知らない状態で怒っていると判断するべきセリフが大半である)。
というか序盤オーブに向けていたような憎悪の感情を、より直接的に関わっていたキラには当初向けていなかった事を考えると、そもそも
件の戦場にキラがいたことを知っていたかも怪しいと言わざるを得ない。
また、リマスター版でフリーダムの攻撃シーンが削られたと言われる事もあるが、実際には削られたのは後の回の回想シーンの方であり、前述の通りシンはキラの参戦自体を知らない可能性が高いので、むしろ回想シーンに回想主が知らないはずの情報が紛れ込んでいたTV版のミスと考えた方が自然である。
というかこれが事実なら、ほぼスペシャルエディションの最後の描写だけで和解した扱いになり、そのキラと同じ部隊の上司・部下として仲良くデストロイガンダムやブラックナイトスコード軍団と大激戦を繰り広げる関係性になっている『FREEDOM』はあまりに悪趣味すぎるだろう。
- インパルスガンダムの合体機能は書類上「1機のMS」ではなく「3機の戦闘機」とすることでユニウス条約のMS保有数制限をすり抜けるのが目的
ガンダムファンの間ではそのコアスプレンダー以外はあまりにも飛行機に見えない分離形態もあってかなり広く認知され、当wikiにも長い間記載されていたこの設定だが、実は公式にはそのような設定は存在しない。
インパルスシステムがユニウス条約対策のために開発されたシステムであること自体は事実だが、その目的は「1機のMSに複数機分の機能を扱える汎用性を付加すること」であることは『SEED DESTINY』の放送当時に発売されたプラモデルの説明書などで明記されている。
設定的にもこの「1機のMSをパーツ換装でいろんな機種に『変更する』ことで条約に引っかからず戦力を拡大する」という考え方はザクのウィザードシステムと同一の考え方であり、ワンオフの試作機としてもこちらの方がより自然と言える。
一応「戦闘機扱いにすることで条約逃れ」という記述自体は2007年から発売されていた「週刊ガンダムファクトファイル」の用語集における「インパルスシステム」の項で確認されているのだが、逆に他の資料では同書のインパルスガンダム特集にさえ一切言及がない。
その上、初出のはずの「ファクトファイル」発売の前年である2006年にWikipediaに同様の記述が見られ、言い回しなどにも類似があったことから、そもそもこの「ファクトファイル」の記述自体がWikipediaからの孫引きである疑いが強い。いい加減な話である。
また、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY ASTRAY』でも言及があったが、これもカイト・マディガンの個人的な見解に過ぎず、
同行者のコートニー・ヒエロニムスとジェス・リブルもそれぞれ「母艦すら必要としない次世代型戦闘システム構築のための足掛かり」「納税者ウケ狙いのプロパガンダ」という別の説を挙げており、やはり根拠としては不十分と言わざるを得ないだろう。
「ガンダムの開発者」「人間嫌い」「ハゲ頭」「友人がE・
A・レイ(CV:
古谷徹)」など共通点が多い事からまことしやかに語られている説。
しかし、実は彼はラフ稿の段階ではハゲどころか
ロングヘアであり、ハゲ頭は後に水島精二の提案を受けて変更された結果である。
そのため、少なくともキャラデザを発注した時点で彼を富野監督に似せる意図があったとは考えにくい。
それ以外の共通点にしても作中の役割を考えるとあくまで偶然の域を出る物ではなく、
仮に意識した部分があったとしても「意識して似せた」というよりは「結果的に似たキャラになったので意識するようになった」という流れだった可能性が高い。
- 初代『機動戦士ガンダム』は、選考者に「あれはSFじゃない」と拒否反応を示されていたため星雲賞を受賞できなかった。
星雲賞は、前年に発表・完結した優秀なSF作品やSF活動に贈られる賞である。
実際にはファングループによる投票制なので、その作品を嫌っているSFファンがよほど多くない限り「選考者に嫌われているから受賞できない」なんてケースは起こりえない。
そもそも現在ではコミック部門を「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」(2012年)が、自由部門を「実物大ガンダム立像」(2010年)が受賞しているため、「ガンダムは受賞できない」という話自体が相当に時代遅れのネタと言える。
初代ガンダムが星雲賞を受賞できなかったのは事実だが、それは単に
相手が悪すぎたというだけの話である。
もともと星雲賞自体がかなり「ノミネートされるだけならなんでもあり」なのもあり、1stガンダムに限らず『普通はSFとしては扱われないんだけどノミネート』『競合が激しくて取れなかった』ケースは散見されるし。2021年映画演劇・メディアの部(2020年の作品)とか
『機動戦士ガンダムUC』が映像化されてから流布されるようになった都市伝説。
両者とも花を象った機体に乗る共通点があったりセシリーの異母兄であるドレルがアンジェロに酷似している事などから、この説が生まれたと思われる。
ただし、カロッゾの旧姓はビゲンゾンであり、バイオコンピューターの研究者だったのに対して、
アンジェロは悲惨な境遇だったところをフロンタルに救われて以来心酔している…と、大まかな経歴の設定からして異なる。
そもそも、アンジェロは原作・アニメ共に最終的には死亡したことが示唆されているので、『F91』の時代まで生き残っているという前提からして破綻しており、
この説以前に生存説自体が成り立たないという背景があるのだが、様々な理由を付けて現在でもこの説を支持する声はあるのだとか…
『機動戦士ガンダムF90FF』で素顔の時代のカロッゾの姿が描かれるようになってからは流石に下火になりつつある。
こちらも『機動戦士ガンダムUC』が映像化されてから流布されるようになった都市伝説。
コウがオールドタイプでありながら凄腕のパイロットであることや『0083』以降その後の消息が不明であること、
スタークジェガンのパイロットも同じくオールドタイプであるにもかかわらず、強化人間であるマリーダの駆るクシャトリヤと互角に渡り合うその腕前からこの都市伝説が生まれたと思われる。
しかし『0083』を見ればわかる通り、彼は軍事裁判に掛けられたことがあり、
最終的に罪状を消されて釈放されたとはいえ軍事裁判の件を見る限り再び宇宙に出てモビルスーツのパイロットになったとは考え辛く、
その点からしても説自体が成り立たない上にガンダムUCの前日談を描いたとある漫画作品において
後のスタークジェガンのパイロットらしき人物が登場したので公式に否定された。
加えて『0083』から13年経過しているとはいえ、担当声優も
堀川りょうではない。
同様の説にユウ・カジマ説もあるが、ゲームのEDや小説版の記述から、0093年にアクシズを押した後に退役したという事になっているので、
0096から始まるUC時にはすでに連邦には所属していない故に、スタークジェガンのパイロットであるとはやはり考えづらい。
また、トリントン基地でジオン残党の迎撃に出撃し八面六臂の活躍を見せた
バイアラン・カスタムのパイロットがコウとする説も、
機体性能的に相手の多くが格下だったとはいえ異様な強さを見せた事、また豪州トリントン基地は北米オークリー基地に送られる前のコウにとっては古巣という、
宇宙で最新鋭機に乗っているというよりは説得力がある点もそのように噂された要因の一つだろう。
後にバイアラン・カスタムのパイロットとして元ティターンズのドナ・スターが設定された事でコウ説は明確に否定されている。
『
勇者王ガオガイガーFINAL』に登場したジェネシックガオガイガーはゾンダーに対する耐性が無くゾンダーと戦うと機界昇華されてしまう為『
勇者王ガオガイガー』では対ゾンダー用に特化した
ガオガイガーに改修されたという噂。
しかしガオガイガーに携わった脚本家の竹田裕一郎はその噂を聞いた際にガオガイガーの監督である米たにヨシトモと共に困惑した事を自身のTwitter上で述べており公式設定ではない事がうかがえる。
ジェネシックガオガイガーが対ゾンダーに向いていないのは確かだが、それは弱いからではなく「
強過ぎて核まで破壊してしまうから」という真逆の理由によるものである。つまり「ゾンダーに対応する組織としての運用上は『絶対に使えない』が、それは戦力として弱いという意味ではない」が正解。
ガオガイガーのSF設定がどう描写されるか、って意味では、暑苦しいだけで本質的には理詰めと状況判断で戦う組織として描かれているのを考えるとまあ正しいのがややこしいんだが…
- 横山光輝は『超電動ロボ 鉄人28号FX』を認めていない
『鉄人28号』の原作者である横山光輝が、アニメ『超電動ロボ 鉄人28号FX』を酷評したという噂。
後述の通り間違ってはいないが、やや不正確な面もある。
この話の元ネタと思われる「『鉄人28号』大研究-操縦器の夢」の著者インタビューにて、確かに横山は『FX』を「あれは、最低だ。あんなになるとは思わなかった」と酷評している。
しかし全文をよく読むと、『FX』のみならず(インタビュー内で言及された)自作の映像化作品ほぼ全てにダメ出しを行っているということがわかる。
なので、『FX』を酷評したこと自体は事実だが、「横山はFXを特別に認めていない」というよりは、
「自作の映像化作品全体を大なり小なり否定的に見ている」と捉えた方が正確と言えるだろう。
また、その酷評の内容についてもそのインタビューで明言されているのは、それに続くインタビュアーからの質問に対する、
「(金田正太郎を成長させて家庭を持たせた設定に関して)シナリオ・ライターがつくったストーリーで嫌だった」とあくまで性癖作家性の違いの範疇でしかなく、
別に『FX』がアニメとして出来が悪いと言ったわけではない(もちろん本人の想いがどうだったかは別だが)という点にも注意。
同じようにこのインタビューが元ネタと思われる「横山光輝は『太陽の使者 鉄人28号』を褒めていた」という噂もあるが、
少なくともこのインタビューにおいては不満バリバリの白黒アニメ版・FX版と比べると「善玉の鉄人なので自分のイメージと違った」と優しめの評価であるが、
褒めていた、と言われると疑問の残る感想となっている。
日本ではスパロボぐらいでしか知名度がないが、フィリピンでは絶大な人気を誇るロボットアニメ『ボルテスV』。
放送当時のフィリピンはマルコス大統領による独裁政権だったため、
「ボアザン星の住民の中から皇帝ザンバジルを打ち倒そうという勢力が現れ、クーデターを起こす」という内容が問題になったという説があるが、
実際は「暴力的な内容」、「ボルテスを放送していたTV局が政治家に便宜を図っていなかった」、「子供が夢中になってしまい勉強をしなくなった」、
「親世代は第二次世界大戦を経験した人が殆どで、反日的な思想が多かった」などが理由として挙げられている事が当時や放送後の調査で分かっている。
事実、マルコス政権が退陣後にボルテスVの残りの話数が放送されたが、既にブームが過ぎ去っていたためか、国民からは特に熱狂も抗議もなく、良く言えば冷静かつ常識的な反応であった事が分かっている。
かと言ってボルテスV自体が不人気という事はなく、99年には再びリバイバルブームが起こり、主題歌を歌っていた堀江美都子はフィリピンで国賓級の対応を受けた上に、
2006年には安倍首相がフィリピンを訪問時に現地の子供たちに同番組のEDで迎えられたという逸話がある。
2020年には現地メディアが実写化を発表、「熱が入りすぎてCG班の維持のために5話1エピソードでボルテスは最後1話か後半2話限定の出番になった」などのこともあり、ボルテスの人気は根強いと言えよう。
この他、フィリピンでのボルテスV人気を裏付ける逸話として、国内の某遊園地にあるガンダム立像が
作画崩壊レベルなのに対し、同園のボルテスV像の造形はガチすぎるというものがある。
(詳しくは、「フィリピン 遊園地 ボルテス」で画像検索してもらいたい)
『
シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開後から
主に某自称関係者によって流布された都市伝説。
この項目ではあえて具体的に触れることを避けるが、ラストシーンについて劇中の描写からはあまりにも不自然な展開になったため、このような説が広まった背景があると考えられる。
なお、結論から言えばこれは真っ赤なデタラメであり、庵野や制作会社であるカラーはおろか、モヨコ本人すらも明確に否定している。
公式側もこの件については実在人物への影響もあることからこの風説の流布を非常に問題視しており、複数回に渡っての明確な否定を行っているものの、尚これが真実と主張して止まない人が少なくないのが現実である。
また異説として、若干ネタ交じりだが「マリのモデルは庵野の友人である島本和彦ではないか?」という考察もある。
- 『ZOIDS』で使用されたCG技術は現在ではロストテクノロジー
ゾイドの躍動感を大迫力で描き、第二次ゾイドブームの火付け役となるほどの傑作アニメとなった『ZOIDS』だが、制作会社であるXEBECの解散に伴いそのCG技術は失われ、同じレベルのアニメを制作するのは現在の技術をもってしても不可能と言われている程のアニメ界のオーパーツと化している、という噂。
XEBECが解散したのは事実だが、そもそも
この会社はCG制作には関与していない。
CG制作を行った会社の多くは現在でも活動しており、おそらくガセネタと考えてよい。
実際、近年の展開をしっかり追っているファンであれば、現在でも『
ゾイドワイルド』シリーズやAdvanced Zi(旧40th Anniversary Zoids)のスペシャルPVなどで当時にも引けを取らないクオリティのCGアニメーションが披露されているのは最早説明不要であろう。
恐らく、アニメシリーズ第3作『
ゾイドフューザーズ』のCG制作の際、『ZOIDS』及び次作『
ZOIDS新世紀/0』の技術が人事などの関係で再現不能になった・第4作『
ゾイドジェネシス』において制作現場にかなりの混乱が生じ、シールドライガー系やビットのライガーゼロに近い動きをしているシーン・RDのライガーゼロに近い動きをしているシーンがムラサメライガーに混在する状態になってしまったエピソードに尾鰭がついて広まったものと思われる。
- ライガーゼロイクスが『スラゼロ』に登場していないのは放送打ち切りのせい
ライガーゼロの最強形態に相当するイクスアーマーは4つのアーマーユニットの中で唯一アニメに登場していないのだが、これは後番組である『ウルトラマンコスモス』の放送が決まったことで番組が打ち切られ、後半の目玉アイテムになるはずだったイクスアーマーもお蔵入りになってしまったから…という噂。
1年半のロングラン放送となった『ZOIDS』に対して『スラゼロ』は僅か半年の放送、かつライガーゼロイクスの発売日も10月3日とちょうど年末商戦にぶつかるくらいの時期だったこと、加えてライガーゼロのライバルに相当するバーサークフューラーの登場が放送終了間際と遅かったことなどが主な根拠とされる。
では実際はどうだったのかというと、そもそも『スラゼロ』は『ZOIDS』が人気を受けて放送延長されたことに伴い発生した放送枠のズレを埋めるために急遽企画された作品であり、短期間の放送だったのは打ち切りではなく当初からの予定通り。
要するにあっちで言う『マックス』に事情が近い。
一応、『コスモス』の放送が円谷英二生誕100周年を記念して前倒しされ、『スラゼロ』の放送期間が当初の想定より1クール短くなったいきさつはあるが、仮に当初の構想通り3クール放送であれば同年9月末くらいに完結しているはずであり、
イクスアーマーも出す予定だったと仮定すれば番組後半の目玉商品を放送終了と同時に発売というおかしなことになってしまう。
元々玩具主体で展開されているゾイドシリーズではアニメに出てこないバリエーション機体など珍しい話ではなく、イクスアーマーもそのひとつだったということだろう。
しかしながら、「大人気番組だった『スラゼロ』が後番組の圧力で打ち切られた」という噂のインパクトからか真に受けてしまった者も多く、残念ながら現在でも『コスモス』に対してお門違いの非難をぶつける心無いゾイダーは…スラゼロ人気が特に高いこともあり…一定数存在する。
ディズニー
項目参照。
ブラック・ジョークを交えながら扱われる事も多い都市伝説。
海外には「無人島に取り残された男が砂浜にSOSを書いたが救出してもらえず、代わりに
あのネズミ
の絵を描いたら、ディズニーが著作権料を取りに来たので助かった」という小噺も存在する。
ディズニー社はかつて、版権管理が杜撰だったために『しあわせウサギのオズワルド』の版権を多数のスタッフもろとも配給会社に奪われてしまったという苦い経験があり、
その事実が、ディズニーの著作権侵害への異常なまでの神経質さに説得力を持たせた面もある(なお、オズワルドの版権自体は2006年を以ってディズニー側に返還された)。
ディズニー社が非常に著作権に対して厳しいのは事実であるが、
流石に現在ではネット上の二次創作の広がりに対応できておらず、海外ではディズニーを扱った二次創作サイトが多数確認できるのが実情である。日本国内でもディズニーの二次創作はSNSに多数投稿されている。
もちろん(無許可の二次創作は)法律などに反していることは言うまでもない。
日本でこのような認識が広まったのは、「ミッキープール事件」の影響も大きい。
これは「とある小学校の6年生が、卒業記念にプールの底にミッキーマウスの絵を描いた。
ところが後日、小学校にディズニーの社員が現れ『プールの絵は著作権を侵害している』として消去を要請してきた。
学校側はなんとか絵を残せるように手をつくしたが結局聞き入れられず、プールの絵は塗りつぶされた」というもの。
都市伝説のような逸話だが、これは1987年に起きた実話である。
検索すればこの事件を報じた新聞記事を見ることができる。
なお、イメージ悪化を防ぐため、ディズニーがこの小学生達をディズニーランドに無料招待した(もしくは「ディズニー世界名作全集」を寄贈した)という後日談も噂されているが、こちらは真偽不明。
小学校のプールを確認する労力と得られるメリットを考えると割に合わない気がするが、「日本の著作権法上、この数年後に『蒸気船ウィリ―』の
保護期間が切れるため過敏になっていた」という説もある。
実際のところはディズニー曰く「無断使用だったからNGを出した」、文化庁曰く「営利目的ではないから事前に許可を求めればOKが出た可能性もある」とのこと。
プールの底にでかでかと書いた上、新聞まで取材をして広く知れ渡ってしまったため、黙認するわけにも行かなかったと言う事情もあるらしい。
「藪をつついて蛇を出した」結果であると言っても良いだろう。
この騒動から時は流れ2024年、「著作権の持ち主が亡くなった場合一定期間で著作権が消滅する」という法律に則り、一部ディズニーキャラの著作権が無くなった。
早速ミッキーの被り物を被った殺人鬼が登場する映画や、プーさんが人を殺す映画が作成されており、それに伴ってこの都市伝説もいずれ風化するのかも知れない。
余談だが、同じく「二次創作への対応が非常に厳しい」と言われることが多い作品に、「それいけ!アンパンマン」がある。
過去にアンパンマンの二次創作同人誌や映像作品を制作していた一部のサークルに公式サイドがクレームを入れ、
結果当該二次創作作品が打ち切りとなったという事例が実際に起きており、ここから「アンパンマンの二次創作は全く認められない」と認識している人も多い。
ただ、これはかなり例外的なケースであり、ほとんどのサークルに対しては事実上黙認状態である。
特にBL界隈では、アンパンマン擬人化ものは一大ジャンルとして確立している。
実際、当初発行された日本語版の絵本にはハッキリこう書かれているので誤解が加速した事情はあるが、実はこれは誤訳。
原文のニュアンスは「プーさんはサンダースという名の下に暮らしていました」というもので、その後「プーさんの家にサンダースという看板がかかっていました」と続く。
要は単なる言葉遊びであり、そもそもプーさん本人がなんで自分がサンダースという看板がかかっている家に暮らしているのかわかっていなかったりする。
有名どころでは、
といった伝説がある。
この内、地下通路網はアメリカに実在し、日本にも小さいものならある。
また極秘のカジノは無いが、パーク内には「クラブ66」という会員制レストランは存在している。当たり前だがバニーガールは居ない
ある日、人気アトラクション「スペースマウンテン」の機械が異常を検知して緊急停止した。
乗客を一旦下ろすことになり、照明がついたのだが、直後に乗客は愕然とした。
普段は暗くて見えない天井や壁にお札がびっしりと貼られていたからだ。
以前スペースマウンテンで死亡事故が起きたことがあり、それ以来怪奇現象が多発するようになった。
このお札は霊の祟りを恐れたスタッフによって貼られたものだ、という噂。
スペースマウンテンでの死亡事故は1984年と87年に実際に起きており、事実である。
と言っても、走行の際の振動が原因で心臓麻痺や脳溢血が起きたという話であり、例えば
これのような大規模な事故が発生して死傷者が出た、というわけではない。
お札が貼ってあるという噂は完全なガセであり、怪奇現象が起こったりもしないのでご安心を。
またスペースマウンテンに限った話ではないが、心臓や脳の血管に疾患がある方は絶叫マシンに乗るのは控えよう。
- ホーンテッドマンションやタワーオブテラーには本物の幽霊が出る
お化け屋敷には付き物の、本物の幽霊が出るという噂。
ホーンテッドマンションで目撃情報が多いのは長い廊下の場所。
ゲストにどこが怖かったかアンケートを取ると、多くのゲストが「廊下で手招きする少女」と答えるのだが、そのような演出はなく、スタッフが肝を冷やした、という話がよく噂される。
同様に霊のダンスパーティーが行われる場所でも、手招きする少女が目撃されることがあるらしい。
タワーオブテラーでの目撃情報があるのは、鏡を見る場所。
霊感がある人が見ると、鏡に人ならざる者の姿が見えることがあるらしい。
この噂は前述のお札の噂と違い、ガセだと証明することが実質的に不可能であるが、営業に支障が出るような検証を行うのは絶対にやめていただきたい。
霊の祟りより賠償責任に発展するほうがずっと怖いと編集者は思う。
カラスのような大きくうるさい鳥は夢の国のイメージを損なうため、鳥類が嫌う特殊超音波を流して寄り付かないようにしているという噂。
また、子供が園内でやたらとはしゃぐのは、子供の未発達な脳が超音波の影響を受けて一種の暴走状態になっているからだと説明されることもある。
結論から言うとこの噂は全くの出鱈目。
園内にはハトや小型の鳥がたくさんいるし、街中よりは少ないというだけでカラスも普通にいる。
街中より少ないのは、ゴミが徹底的に管理されて普段餌にしている生ごみがないからだと思われる。
- 『アラジン』の冒頭に出て来る行商人(ペドラー)の正体はジーニー
本作の語り部であり、客(=映画の観客)にランプを売りつけようとする行商人の正体は変装したジーニーである、というもの。
「人間キャラにもかかわらず彼のみジーニーと同じ4本指である」「本国版では声がジーニーと同じ」「ジーニーのランプを持っていたり、アラジンがこれを使って大成した事を知っている」といった点からファン間で囁かれていた説であるが、
2015年頃になって同作の監督がニュース番組に出演した際に事実である事が語られた。
当初の予定ではエンディングで明かされる予定だった所、編集の都合でカットされたとの事。
実写版では行商人の代わりに漁師が語り部となっているが、この漁師の正体もやはりジーニーである。これがペドラーの17年越しのリベンジであるかは不明。
- ドラゴンボールGTの「GT」は「G=ごめんね(or ごめんなさい) T=鳥山先生」の意味
原作最終回から数年後の物語を描いたアニメオリジナル作品「ドラゴンボールGT」のタイトルに込められた意味に関する都市伝説。
このGTという作品は原作者である鳥山明は初期デザインの一部に関わったのみで、シナリオなどの製作面には殆どノータッチの完全オリジナル作品として作られた。
既に原作が終了した作品を商業的都合で続編を製作する事や原作者非関与の続編的作品という状況から、タイトルにこのような意味が込められたというGTに否定的な層によるブラックジョークだった。
成立時期はかなり古く、放送開始から3ヶ月後にはファミ通の読者コーナー「ゲーム帝国」でこのネタが確認されている(同コーナーでは読者が考えた略称をライターに投げるのがお約束となっていた)。これが発祥かどうかは不明だが、ゲーム帝国が単行本化されるほどの人気コーナーだったことも踏まえると、浸透に少なからず影響を与えたのは間違いなさそうである。
GTというタイトルの具体的な意味が分かりにくい事や一部のアンチ層に悪意を込めて本当の話のように広めた者もいたことで、都市伝説としてかなり広まってしまった。
Zの具体的な意味は分かりやすいのかとは言ってはいけない。
当然GTのファンやGTに好意的な人間には、アンチ的な意図も否定できないこの都市伝説を本気で嫌っている人間もいるので、話題に出す際には注意が必要である。
実際のGTというタイトルの理由は、宇宙を駆け回るという作品コンセプトを元に「グランドツーリング=壮大な旅」という意味合いが込められて名付けられた。
この説明は『DRAGONBALL GT DVD BOX』において原作者である鳥山自らが説明しており、またGTにおいて鳥山が関わった数少ない要素の一つがタイトルに関してだったりする。
ちなみに、GT最終回のある発言からもう一つ裏の意味合いが込められているのではという説もあるが、こちらも方向性こそ違うが都市伝説に近いか。
- 海外オリジナルで『ドラゴンボールAF』という続編が製作された
ドラゴンボールGTが終わった後、海外ではオリジナルの続編が放映されたという都市伝説。
天下一武道会のあと意気投合した悟空Jr.とベジータJr.がお互い家のことを話すうち、先祖同士の交流と
邪悪龍(DBGT)との戦いの後の空白に気づき、その後に起きた事件を
神龍(ドラゴンボール)から聞く……
など何パターンかのストーリーやパワーアップ形態やオリジナルキャラがドラゴンボールAFのものとして紹介されているが、
実際にはどこの国でも製作されておらず、スペインのDavid Montielと言う人物がアニメ雑誌に投稿した未来トランクスの世界のオリジナルキャラのイラストがネット時代になって何故かアニメのものと勘違いされ、
イラストに描かれていた「DRAGON BALL AF」(「AF」は「Alternative Future」(代替の未来)の略)の文字がシリーズ名と誤解され、
各国で「謎のドラゴンボールアニメ」を探す中で言葉の壁もあって外国の二次創作の
コラ画像などが発掘されて『ドラゴンボールAF』のものとして広まっていったらしい。
そして海外では「日本でのみ作られた続編」、逆に日本では「海外オリジナルで作られた続編」といった
言語の壁による誤解が発生したり等、しばらくの間その存在が信じ込まれていたこともある。
後に真相が判明して「AFが実在しない」という事実が判明した後も、それまでファンの間で膨らみ続けていた「AF」の共有幻想はそのまま残り続けたことで結果的に定番の二次創作ネタとなっており、
発端のDavid Montiel他、各国の有志が『ドラゴンボールAF』の漫画を描いていて、「
現実になった都市伝説の例」でもある。
本家アメリカでの都市伝説で、訳されて日本にも出回っている。ググればすぐに出てくる。
老衰によりジェリーのもとを去ったトム。その後、ジェリーは別の猫にちょっかいをだそうとするもあっさり殺されてしまい、トムが自分に手加減をしていたのだと知る、というのが大筋。
「トムとジェリー」は老舗のアニメだけに、放送シーズン毎の最終回などは存在しているが、
「トムとジェリーの物語の終わり」というものは公式には全く存在しておらず、上記の最終回ももちろんファンの想像の産物。そもそもジェリーはトム以外の猫に勝つことも珍しくない。
ただし、
などというブラックなオチが描かれたエピソードはしばしばある。
英語のスラングでトムは「英国人・欧米人」という意味であり、ジェリーは「ドイツ人」を意味している。
つまり、トムとジェリーそのものが「狡猾なドイツ軍がちょっかいを出し、図体がでかいイギリス軍はそれを間抜けに取り逃がしてしまう」
そんな様子を象徴するプロパガンダアニメだった、というのがこの都市伝説。
ちょうど1940年代に勃発した北アフリカ戦線にて、連合国は枢軸国にたいそう手を焼いていたという。
まさかアニメ歴最初期にして、昨今の擬人化、否、擬動物化ブームの先駆けだったのだろうか
トムとジェリーは1940年頃に誕生したアニメ作品であり、当時テレビを見ることができたのはごく限られた教養のある富裕層のみだった。トムとジェリーの初期作品も、それら視聴層を狙いふんだんに社会風刺が盛り込まれていたという歴史がある。
1943年には、風刺どころかストレートに戦争を題材にした、「勝利は我に(The Yankee Doodle Mouse)」と言う作品まで制作されている。
もっともあの
夢の国の人たちも似たような作品を送り出していた時代なので、第二次世界大戦においてはある種当然の結果ともいえるだろう。
ただ、彼らの名前が「トムとジェリー」になったのは2作目以降の話であり、第1作目では「ジャスパーとジンクス」だったという点は留意しておくべし。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』46話では放映中に三宅島の地震速報が入った。この話は
大人の事情に振り回された末
打ち切りは回避したものの既に物語の初期目的を果たすことは不可能となり、主人公が
トラック転生
一旦事故死する
という衝撃的な回であり「ミンキーモモの祟り」説が噂された。
更に
最終回63話の放映日は日本海中部地震が発生し、再放送の46話には三陸沖で地震が起こったとも言われる。
終了当時の『ロマンアルバム・エクストラ』のスタッフ座談会でも「重要な回に限って録画にテロップが映り込んでしまった」
「今再放送やってるから二週間後また揺れるんじゃないか」と話題になっている。
更に阪神大震災の際に各局が特別番組を放送していた中、一局だけ通常放送をしていたテレビ大阪が放映していた番組がミンキーモモの再放送であったと付け足されることもある。
ミンキーモモが何度再放送されたか、地震速報がどの程度の頻度で入るかを考えれば重なることは低い確率ではないとも考えられ、
2代目である海モモ最終回も中々の
バッドエンドながら何事もなかったこともあり平成の間にこの噂も消えていった。
- プリキュアシリーズでプリキュア役や妖精役を担当した声優は、その後のシリーズで別キャラを担当することはできない
都市伝説と言うよりは、プリキュアファンの間で
プリキュアタブーの特殊な例、「暗黙の了解」として定着していた噂。
少なくともプリキュア役については同声優が後のシリーズで別役を演じた例は2024年現在存在しないが、妖精役を演じた声優については後のシリーズでゲストキャラを演じた例はいくつかある(「妖精」の定義にもよるが)。
なお、「
妖精役になった声優は、プリキュア役になれない」というジンクスも強く信じられていたようである。
ヒーリングっど♡プリキュアの
ラビリンを演じた加隈亜衣氏は、オーディションを受ける際この噂を信じていたのか、「ラビリンを受けたら、もうプリキュアとして作品に関わることはできないのでは」と悩んだそうだが、マネージャーから「
ラビリン役を受けても、この先のプリキュアのオーディションが受けられないわけではない」という言葉を聞かされ、堂々とラビリン役のオーディションを受けたというエピソードを語っている。
その後加隈氏が見事
キュアプリズム役に抜擢されたことで、このジンクスは一応否定されたと言えるだろう。
どちらかといえば「
あまりに児童層が混乱するような配役はしない」が正確であろうが、これはキッズアニメであればむしろ当然の配慮といえる。
その他
- 『忍たま乱太郎』のタイトルは、NHKの放送コードを回避するために付けられた
ご存じNHKの最長寿アニメ番組『忍たま乱太郎』。原作は尼子騒兵衛の「落第忍者乱太郎」というタイトルだったが、NHKから「落第」の言葉にNGが出て「忍者の卵」を意味する「忍たま」になったというもの。
芸名すらも強制的に変えてしまった例があるNHKならやりそうに思われがちだが、アニメ版のOPクレジットには「落第忍者乱太郎」と初回からクレジットされているほか、初期には「落第忍者の段」というエピソードも放送されており、デマという見解も少なくない。
『
宇宙の騎士テッカマン』のオマージュ作品である『オーガン』へのオマージュとして、『テッカマン』のリメイク作品である『ブレード』が制作された……という話。
きれいなつながり方だが、どこからこのような話が出てきたのかは定かではない。
出どころと思われるものとして『月刊ホビージャパン』1992年2月号がある。この号では『オーガン』の記事において、『ブレード』の企画時に『オーガン』が
参考にされたという噂があると記述している。この通りかなりあいまいな記述だが、この記事をもとに噂に尾ひれがついたのか、ほかに情報元があるのかは不明である。
ちなみに、『エンターテインメントアーカイブ 宇宙の騎士テッカマンブレード』では、『ブレード』を担当した植田もときプロデューサーによって同作の企画経緯が語られているが、『オーガン』には全く触れられていない。あくまでも他作品だから話題にしなかったのか、本当に無関係だからなのかは謎のままである。
- アニメ版『ギャラクシーエンジェル』制作時、ゲーム版と異なる内容になることに対して、シリーズ構成の井上敏樹が「俺が責任を取るから好きなように書け」と脚本家たちに宣言した
カオスギャグアニメとして知られる『ギャラクシーエンジェル』だが、ゲーム版とは大幅に異なる内容になっている。これはアニメ版の放送枠が1話10分しか取れず、ゲーム版の重厚な設定を描くことは困難と判断されたためだが、そのことに不安を覚えた脚本家陣に対して井上氏がこう言ったと言われる。
豪快な性格で知られる井上氏なら言いそうではあるが、いつどこでこのような発言をしたのかは全く不明である。インターネット上で確認できる最古と思われる記述は2005年8月5日にWikipediaの井上氏の記事に出典なしで記載されたもの。それ以前のアニメ版関連書籍にはこのような発言は載っていない。
『ギャラクシーエンジェル エンジェル隊お仕事ファイル2』では井上氏ではなく監督の方がスタッフに発破をかけたという趣旨の記述すらあり、この都市伝説の信憑性はかなり怪しい。
なお同じ脚本家による『
仮面ライダー響鬼』後半は、上層部から
路線変更を強いられてスタッフ達も不服に感じるなか憎まれ役を買って出た事を公表している(実際にこの後半は激しい賛否を巻き起こし、井上氏は今なお事情を知らないファンからこの件でバッシングを受けることがある)。もしかするとこちらの逸話が混同されたのかもしれない。
長らくまことしやかに語られていた高橋・押井不仲説だが、当の高橋氏によって否定されている。(参考:週刊少年サンデー 2020年44号)
この説の傍証として、押井守監督のオーディオコメンタリーが挙げられる。押井氏曰く「原作者は1は好きだが2は嫌い」「2は原作者の逆鱗に触れた」とのことであり、両者の見解に微妙なズレがある模様。
また高橋氏は、かつて小説家・平井和正氏との対談で「2は押井さんの『うる星やつら』です」と語っており、おそらくはこの発言が「もはやこれは私の作品ではない」といった具合に曲解された末に生まれたのが上記の不仲説だったのだろう。
……まぁ実際、押井氏はテレビ版のチーフディレクター時代から原作の魔改造を繰り返していたわけだし(その最たる例がラム親衛隊の4人)、当の映画も「うる星の映画でありながらうる星の作品世界(るーみっくわーるど)をメタ的に批判するストーリー」「諸星あたるが発したある決定的な一言」と原作ファンの反感を買いかねない要素がてんこ盛りだったため、こうした説が蔓延する土壌は十分に形成されていたと言える。
- ジュラル星人は地球人に生態系を破壊され、復讐のために地球を征服しようとしている
『
チャージマン研!』の裏設定として広まっているネタ。
作中の描写から一部のチャーケニストが早とちりして公式設定のように解釈されたもので、ニコニコ大百科やウィキペディアに掲載されて長らく訂正されなかったため、広範に伝わってしまった。
実際は公式設定ではなく、単なる視聴者の誤解の可能性が高い。
この設定が広まった最大の原因は第6話「怪奇!宇宙植物園」の描写。
こちらは地球人に生態を無茶苦茶にされた植物が復讐を仕掛けるエピソードなのだが、作中のセリフをジュラル星人が発したものと誤解し、上記の偽設定に繋がったと見られる。
この時の発言は「俺たちは地球へはびこってお前たちを皆殺しにしてやる」というものであり、「例によってジュラル星人が植物を暴走させて破壊活動を行った」「植物のフリをして破壊活動を目論んだ」と解釈するのが妥当である。
(ただし脚本が雑で誰の発言なのかわかりにくいのも確かであり、YouTubeの公式配信における字幕では発言者が「地面」となっている)
これに加え、後発エピソードでは「ジュラル星が滅亡寸前なので移住を試みている」と解釈できる描写があるため、両者を繋げて設定が捏造されたようである。
追記・修正は「タレント」の映像を発掘してからお願いします。
最終更新:2025年02月17日 23:50