邪悪の石 本当は恐ろしいハリー・ポッター

登録日:2021/07/12 Mon 00:09:29
更新日:2025/01/31 Fri 12:19:43
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注意!『ハリー・ポッター』ファンには不愉快になる表現が多数含まれている書籍です

『邪悪の石 本当は恐ろしいハリー・ポッター』とは、P・グレゴリー卿著、渋谷幸雄監訳による書籍。
2002年に同朋舎から発行、角川書店から発売されている。

概要

タイトル通り、『ハリー・ポッターシリーズ』を解説している非公式の謎本である。
ただ、装丁も結構立派であり、謎本にありがちな安っぽさはあまり感じられない。
2002年発行であり、日本語版は『アズカバンの囚人』までしか出ていない時期だが、『炎のゴブレット』の内容にも一部触れられている(穿った見方をすれば先行ネタバレと言えなくもない)。

著者のP・グレゴリー卿の正体については「謎のイギリス人」というだけで、今現在に至るまで一切不明である
というか監訳者の渋谷幸雄氏も含めて一切プロフィールが載っていない上、現在でもネット上でほとんど情報が出ず、色々な意味で非常に怪しい人物(一応渋谷については「ミラノ超自然学協会会員」というのは確認できるが、この団体の情報も不明である)。
根本的な話、このP・グレゴリー卿、本当に実在しているのかも怪しい *1
そもそも、「イギリスのWebで話題になっていたサイトを翻訳した」という割には、肝心のそのWebサイトのアドレスがどこにも記載されていないのである。
つまりこれみたいなもん


日本人にはあまり実感がないだろうが、2000年代初頭ぐらいにはハリー・ポッターシリーズへのキリスト教徒からの攻撃はかなり激しかった。
特に歴史的にキリスト教の教義を重んずる風潮の強いアメリカでは、キリスト教保守派の親や団体によるハリー・ポッターシリーズの図書館貸し出し規制や撤去運動が持ち上がったほどである。
実際、キリスト教の教義からすれば「魔法使いがヒーローとして大活躍する」小説など邪悪の極みであり、あってはならない存在なのである。
本書もその系列に当たる、「ハリー・ポッター世界はこんなに邪悪なのだ」と警鐘を鳴らす書籍である。

+ という建前だが……
中身を読むとわかるが、 著者が本気でハリー・ポッターを邪悪なものと考えてこの本を書いているのかはかなり疑わしい
というよりも、そのような批判を パロディして皮肉っている だけなのでは?という疑いもかなり強い。

後述するが、解釈がいちいち邪悪極まりないように曲解されていることを除けば、この著者はこの時点で出版されている関連書籍(本編だけでなく、『クィディッチ今昔』や『幻の動物とその生息地』など)をほぼ全て丹念に読み込んでいるし、内容についても普通に「面白い」と評価している節が強い。
少なくとも、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 超常心理分析書』のようなただひたすら雑な謎本とは一線を画する出来なのは間違いない。

なにせ後書きで、

二〇〇一年十一月二十三日、私はグレゴリー卿のサイトを発見した。
すぐに翻訳の意思をメールで伝えると、美しい封筒に蝋で封印された手紙と本書の原稿が届いた。
手紙にはいくつかの条件が記されていた。
原稿のコピーを絶対に取らないこと。翻訳が完了したら原稿を返却すること。緑色の表紙にすること。
―――こうして本書の出版は成立したが、約束の原稿返却の十二月二十三日、指定場所のミラノ・ドゥオーモ広場前で私は奇妙な出来事に遭遇した。
人ごみでごった返すなかから緑色の犬が突然現れ、私の手から原稿の袋を咥え、持ち去ってしまったのである。
あわてて部屋に戻ると、グレゴリー卿からの原稿受領証と「まえがき」の原稿がドアに挟まれていたのだ……。
(訳者あとがきより引用)

という あまりにも荒唐無稽なこと を書いているのだ。

どうも、「こんな本の内容を本気にするんじゃねえよ」という隠れたメッセージであるような……。


内容

本書は二部構成になっており、第一部はハリー・ポッター世界に関する解説(及びツッコミ)で構成されている。

……実は、「結論」に当たる部分が邪悪ではあるが、ハリポタ自体が割とシニカルな作風なこともあってか、考察部分に関しては かなり正解に近く 、2002年という出版年を考えると、謎本としてのクオリティは地味に侮れない完成度だったりする。
また、ツッコミ部分に関しても論理的かつ妥当なものが意外と多い。

→ダーズリー一族も問題があったことは間違いないが、 魔法界側の対応があまりに杜撰かつダーズリー側へのフォローが不足していた ことが後々明らかになっており、ダーズリー一族も一面から見ると被害者であったのも疑いようもなく事実であったので、割と当たっている。
流石に、「ハリーによるダーズリー一族への復讐劇は未来永劫続いていくだろう」という予測は外れているが…(最終巻で和解している)。

  • クィディッチは血を見るのが大好きな魔法使いたちの殺人ゲームである
実際ルールがかなりツッコミどころ満載 なのは割と的確な事実なので、「殺人ゲーム」という辺りは過剰な表現だとしても、「スニッチを取るまで何か月でも続くのに、選手交代を認めないルール」とか、「ブラッジャーの存在」とかについては 危険すぎるだろ というのは大体あっており「血を見るのが大好き」については否定しきれない。
クィディッチ今昔でも、「スツーシング*2戦法の禁止」ルールに強い拒絶反応が示されたことはハッキリと書かれているので、結構最近まで非常に荒っぽいスポーツだったのは公式設定に沿った事実である。
まぁこの辺はマグルのスポーツも似たような経緯を辿っている部分があるので、実際のところ「現実におけるスポーツを大袈裟にパロディしているだけ」と解釈した方が妥当だろうが。
また更にクィディッチ今昔の公式設定でかつてあった700の反則行為のうちには「キーパーの首を段平(幅の広い)で切り落とそうとする」「で相手を攻撃する」と言った明確な殺傷行為がいくつかある。
このため認められてこそいない非推奨行為であるものの、殺人レベルの行為がクィディッチのプレイヤーの中で横行していた事実は否定のしようがない。
また、クィディッチ今昔によると「クレオスシアン」なる、落下してくる岩を頭に付けた鍋で受け止めるという競技があり、そちらは危険すぎるという理由で禁止されるまでは結構人気があったという。また、爆弾のボールでやる球技もあったそうな。
ある意味では、公式ハリー・ポッターの方が後述の本著におけるパロディ『吊るしバレー』をも部分的に凌駕している例である。

  • マグルはアメリカ英語でマリファナたばこのこと
本当 。ただし、J・K・ローリング氏は「mugg(間抜け)を元にした造語」と語っており、被ったのはあくまで偶然であるらしい。

  • スネイプは実は差別される家柄の出身だった
本当 。また、「スネイプはいじめられっ子だった」というのも大体あっていた。
「ハリーのことを歪んだ愛情の目線で見ていた」というのは作中描写からするとありえないだろうが……*3

→完全に合っているわけではないが、グリフィンドール以外の3人の創設者ゆかりの品は 世界を征服しようと企む邪悪な魔導士の復活の材料 にされており、なぜか微妙にかすっている。

→作中の描写からなんとなくその辺は推察できる事実である。 少なくともフィルチが拷問の経験がある、というのは本人が匂わせているし
当人が嫌われ役だったのでなんとなくスルーされがちだが、2巻におけるホグワーツ教師陣の ロックハートに秘密の部屋探索を押し付けよう という行動にツッコミを入れているのも何気にポイント高め。
(ホグワーツの教師たちはほとんどがロックハートが口先だけの見栄っ張りであると気づいており、そんな彼に危険な秘密の部屋の調査を任せたらほぼ十中八九死ぬ=遠回しなイジメ殺人と言うのは割と正しい指摘である。
 もっとも、該当シーンでは「生徒が秘密の部屋に連れ去られた」ことが分かっただけで、この時点では「秘密の部屋の入口はどこか?」「どうすれば秘密の部屋に行けるのか?」については教員たちも知らないので、「秘密の部屋に行って死んで来い」という意図はなかったはずである。雲隠れに追い込んで放校処分にするついでに、積もり積もった鬱憤をぶつけた、というところだろう)

  • いくらルーピンの境遇が哀れだったからと言って、教師にするのはダンブルドアの職権乱用が過ぎるのではないか?
→実際3巻でハリーたちがこのせいで命が危うくなったのは事実である。色々と事情があったのも間違いないが、 危険な人狼を教師として雇い入れながら、その危険性を完全に監督できていなかった のは客観的に見てダンブルドアの責任というのは割と的確な指摘だと言える(もっともこれはヴォルデモートがホグワーツに掛けた呪い*4の影響もあるようだが)。
流石に、「いざというときのため、人狼を手元に置いておくことで他の教師に脅しをかけていた」というのはダンブルドアを悪く取りすぎているだろうが……。

  • ダンブルドアは実はお気に入りの少年をストーキングする少年性愛者
後々本当にゲイだった ことが明らかにされており、なぜかこれも公式設定にかすっている。ただ、公式では「グリンデルバルド以外にダンブルドアが愛した相手はいない」とはっきり明言されているので、「ハリーや学生時代のトム・リドルのことも性愛の対象として見ていた」というのはありえない。


なお、上記のように合っていたりかすっていたりまっとうにツッコミを入れている部分も多いが、「ホグワーツでは上級生になると闇の魔術を教えられる」とか、「ジェームズたちは夜な夜な動物になって夜の森でメスの動物相手に性欲を発散していた」とか、「時にはダンブルドアは自分でメスの動物に変身してその性欲の宴に混ざっていた」とか、 割と本気で悪意満載に曲解された部分 もまた多いので、読まれる際はその辺りに注意していただきたい。

ダミアン・ポッターと魔法学校

二部仕立ての本書の2/3ほどを占める中編小説。これが「ほんらい語られるべき物語」であるらしい。
タイトルからわかる通り、本家ハリー・ポッターのブラック極まりないパロディ小説である。
ハリーに当たる少年、ダミアンが「ホーメン魔法学校」に通う……というまぁ大体想像できるストーリーである。

……が、「コンセプトがブラックすぎる」という点はさておいても、原文(あるのなら)が見つかっていない以上評価しづらい部分はあるが、 純粋に小説としてのクオリティがあんまり高くない という割と致命的な難点を抱えている。
展開が割と雑で場当たり的であるし、原作における敵役であるマルフォイやスネイプ、ヴォルデモートに当たるキャラが出てこないせいで、 邪悪な魔法学校なのに妙に居心地がよさそう なのはいかがなものだろうか……。

登場人物

  • ダミアン・ポッター
ハリー・ポッターに相当するキャラクター。みなしごで親戚のドーン一家に預けられて育てられた……というのは大体ハリーと同じ。
ただし、こちらは非常に恨みがましく、大体ドーン一家への復讐のことしか考えていない。
当初はホーメンの残酷な風習に戸惑っていたが、次第に馴染んでいき、最終的に幼馴染の女の子を誘拐して監禁する凶行に走る。

  • マーク・デーヴィル
ロン・ウィーズリーに相当するキャラクター。
しかし、貧しくも暖かい家庭で育てられたロンとは対照的に、こっちは典型的なDQN一家で虐待されて育ち、ホーメンに追いやられたという経歴。
境遇がかぶっているのでダミアンとは親友になるも、あんまり大した活躍はしていない。
「ガールフレンド」と称した悪魔に魅入られるが、 ダミアンに見捨てられた

パサリアンという兄がホーメンに通っていたが……。

  • ベイロック・アスタロート
ハーマイオニー・グレンジャーに相当するキャラクター。
ハーマイオニーと同じく優等生キャラ……なのだが、 初対面のダミアンとマークに自分が父親にレイプされた話を嬉々として語りだす 別ベクトルでヤバい人物。
父親に復讐するために自らホーメンに入学し、呪いの呪文を習得しようと呪い学の教師と……

なお、見ての通り主役3人は全員悪魔を想起させるフレーズが名前に入っている。

  • ハグリッド/イゲール
ダミアンにホーメン魔法学校への入学を勧めた人物。……え?なんで名前が2つあるかって?
なぜか70ページではハグリッド、148ページではイゲールと全く別の名前が書かれているからである
翻訳がいい加減なのか、原著からしてこうなのかは不明だが、わざわざここだけ原作と同じ名前を使う必要性もないので、多分イゲールが正解なのだろうが……。

なぜか本編に全く出てこないが、それには理由があり……

なお、一応ハグリッドに相当するキャラとして「隻眼で片足が義足の巨漢のオカマ」というキャラが登場しているが、 常に生徒から自分にピッタリ合う体のパーツを奪おうと企んでいる 危険人物である。

  • ブーゲンハーゲン
ホーメンの校長。もちろんダンブルドアに相当するキャラクターである。
どれだけ残酷なことをするのかと思ったら、入学の時以外全然出てこないので空気。

  • 図書館長
小人族。原作に相当するキャラクターは見当たらないが、強いて言うなら予言者としての力を持っているのでトレローニー先生に当たるキャラだろうか?
教師なのに生徒嫌いだったが、ダミアンとは妙に馬が合い、色々と教えてくれる恩師的キャラ。

用語

  • ホーメン魔法魔術学校
原作のホグワーツに相当する魔法学校。なお、寮の数はアルファベットに相当する数だけあり、かなりのマンモス校……だが、 数十人単位で死者が出ている とんでもないブラック学校である。卒業の条件がメチャクチャ厳しく、卒業までに一度も最優秀寮に選ばれないと永遠に卒業できない……が、それ以前に 7年生き残ること自体が難しい らしい廃校にならないのが本当に不思議である
マンモス校で七年生き残れない設定なのに死者が数十人しかいない謎
ちなみに、組み分け試験は「自分の一番嫌いなアルファベットを書くこと」。そして、書いたアルファベットの寮にそのままぶちこまれる。ダミアンは「ドーン」、マークは「DISTITUTION(極貧)」、ベイロックは「DAD(父親)」のDをそれぞれ書いてD寮に所属することになった。X寮とか振り分けられる人がいるんだろうか?
毎週金曜日は朝の4時44分から 人間の死体の解体の授業 があり、朝食には解体した死体のパーツが出される。
実は、ブーゲンハーゲンの双子であるパウロ・ブーゲンハーゲンが校長を務める「ホーメン魔法魔術学校」(なぜか「グリフィンドール」という寮の名前が確認できる)と、ブーゲンハーゲン(なぜかファーストネームがどこにも出てこない)が校長を務める「ホーメン黒魔法魔術学校」があり、両者ともに豊かな魔法の才を持つダミアンを引き込もうとしていたが、「無印」の方に所属するイゲールが勝手に「黒」の方へと行く切符を捨てていた。
が、イゲールが肝心の汽車のホームの場所を伝え忘れていたせいで、ダミアンは「黒」の方へと行く羽目になってしまったのである 。なんというアホくさい理由……。
ちなみにホーメン行き特急はデーモンズ・クロス駅6と5/6番線から出発で、「黒」の方に行く特急はデーモンズ・クロス駅6と6/6番線出発。それ7番線じゃね?

なお、基本的に「黒」の方に行く生徒は家出同然に流れ着いたか、あるいは親に売られたかした生徒だけで自発的に来る生徒は珍しいらしい。

  • 吊るしバレー
多分クィディッチに相当するスポーツ。

1.両チーム25人のプレイヤーを用意します。
2.フィールドはそれぞれのチームごとに25マスに区切られており、ここに各チーム1人ずつ立ちます。
3.全プレイヤーの首に縄をかけ、天井から吊るします。
4.フィールドに狂犬を放ちます。つまり首絞めが苦しくなって緩めたりすると、フィールドに落ちて狂犬に食われます。
5.ボール(骸骨)を蹴りあって、落としたら相手チームに1点入ります。
6.どちらかのチームが150点獲得するまで終わりません。なお、脱落者が出たら新しいプレイヤーを補充します。
……という残酷どうこう以前に、 ゲームとして成立するの? と突っ込みたくなるようなトンデモスポーツ。

ダミアンはこれのエースプレイヤーとして期待されていたが、 こんなもんやりたくねぇ という小説の主人公としてあるまじき感情人として至極まっとうな感情から、この運命を捻じ曲げるべく奔走することになる。
ちなみに「無印」の方のホーメンには「吊るしサッカー」という競技があるらしいが、詳細は語られてない。まぁ大体想像はつくが



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最終更新:2025年01月31日 12:19

*1 実際、「ユダヤ人のイダヤ・ベンダサンが書いた」という設定で出版されてベストセラーになった『日本人とユダヤ人』という前例があるので、監訳者という設定の渋谷幸雄氏の筆名である架空のイギリス人だったとしても何もおかしくない。

*2 チェイサーが2人がかりで相手キーパーを攻撃し、その間に3人目のチェイサーが得点すること。1884年のルール改正で「ゴール付近に入れるチェイサーは1人まで」となった。

*3 「愛情の裏返しでいじめていた」というような意味では明確に間違っているが、同時に彼がハリーを「愛した女性の忘れ形見」として見ていたのも事実であり一言で言い表すのは難しい感情である。

*4 「闇の魔術に対する防衛術」の教師は一年以内に職を辞する、というもの。ダンブルドアに就職を断られたことに逆ギレしてやった。