前話:第十話



#11 カマキリと車椅子の巨人



 暗がりの中に影が二つ。お互いを睨み合い、身分を見分している。
 普段なら常人が入り込まないような路地裏、貧乏人の掃き溜めのような場所には似合わない緊張感が張り詰めていた。
 一人はフードを被り、もう一人は、椅子に座って、この地では違法であるはずの煙草を片手に来客を睨みつけていた。まるで、「下手な真似をすれば殺す」と言わんばかりの視線。それを向けられたフードの方も全く動じていなかった。

「クラナの件だ」
「ふむ」

 緊張感が少し和らぐ。
 座っている男は、煙草を飲んで不機嫌そうな顔のまま、紫煙を吹いた。

「俺たちが黒外套と契約を交わすとでも思っているのか? 『同盟』連邦を出し抜いた。奴らは偽王朝の介入を好かん、その上状況は選挙対策と来た。前線の直近の報告もゴム弾に刃物だと。おかげさまで居留区のフェンテショレー連中は殆どが死んだ」
「良く喋る」

 フードの一言に、煙草男は眉間を寄せた。

「なんだと?」

 すぐには答えなかった。静寂の中で動くものは、換気扇に巻き込まれ消えゆく副流煙だけ。

「もう既に連邦は動き出し、南サニスからの出兵を受け取っているはずだ。ETCAの面倒な手続きも必要ない。卿らは自らの行為で首を締めている」
「ちっ、そもそもだな。何故お前がXelkenに居る。忌々しいカマキリめ」

 フードの奥の赤い瞳がゆらりと男を見る。
 身分がバレたと分かるやいなや、その頭からフードを取り去った。あらわになるのは短い銀色の髪とこの世界には珍しい真紅の目。あっさりとした顔には表情というものは感じられず、ただ虚を覗き込んでいるかのようだった。
 彼女の名はドホジエ・アレス――武装組織イスケ・リナエスト・オルスの幹部の一人だ。先の戦争――リナエスト内戦では量産ラーデミン兵を駆使して、多くの同胞を無慈悲に地中へと葬り去った。
 そんな彼女は自らの鎌で仲間をも見捨て、無慈悲に喰らい尽くす「カマキリ」の渾名がいつの間にか与えられていたのだった。

「卿は歴史の勉強が良く出来ているようだな」
「お前はリナエスト人のはずだろ」
「前回はXelkenから多大な援助を受けたからな。今回は雇われの身というわけだ」
「ケッタイな……」

 男はまた紫煙をくゆらせる。

「長話をしている暇はない。卿が興味がないなら、私は本部に帰ってそれを報告するまでだ」
「まあ、待て。俺の一存で決められることではない。まずは、『公園』に今聞いた話を伝える。話はそれからだ」

 ドホジエの目の前に、リウスニータの入ったコップが渡される。背後から渡してきたのは、紳士的でもなんでもない小銃を携えた戦闘員の一人だった。

「帰る。三日後にまた来る」

 そう言い残し、彼女は男たちの前から去ったのであった。

■  ■  ■  ■  ■

「分かった、作戦はこの通りだ」

 移動した居留区のキャンプ内に設置された臨時の行政庁。その執務室に四人が集まっていた。
 ゼマフェロスの民である俺とゼスナディ、臨時行政長官レーシュネ、そして俺たちの言葉を話せるラムノイだ。
 地図を前にして、レーシュネは指を行政庁を指し示す点から、西側のノルメルへと動かした。

連邦軍は選挙が近い都合上現地人を殺すことは出来ない。なので、アシュタフィテス君が提案してくれた通り、ゼマフェロスの民には市民軍を結成してもらう」
「敵側にはタリェナフ派も居るんでしょ。どうするつもりなわけ?」

 ラムノイが不安げに尋ねる。レーシュネはそれに対して、こくりと頷いて先を続けた。

「その点は心配するな。南サニスの援軍がある」
「――それに必要があれば、わたくしがお話を付けましょう」

 五人目の声、驚いた四人は自分たちの背後を見やった。そこに居たのはスーツ姿の女性。茶色のセミロングの髪、黒い瞳。胸には複数の勲章、肩章をきっちりと付けたフォーマルな姿。
 いつの間に開いていたドアから、電動車椅子で四人のもとに近づく彼女は――

ターフ・アレシャ参事官……!」

 レーシュネは驚いた様子で、彼女を迎えることになった。ラムノイの方はなんだか不満げな顔だ。
 どうやら、彼女は連邦の要人らしい。

「お初にお目に掛かります。スローヴェ・アシュタフィテスです」
「ろ、ロスナ・ゼスナディです」

 一息遅れてロスナも挨拶をする。アレシャと呼ばれた彼女はやわらかで清楚な笑顔で、俺たちの挨拶に答える。
 依然、不思議そうな顔をするレーシュネはアレシャに歩み寄り、顎を撫でた。

「何故、参事官が?」
「この度、連邦参事会はクラナでの最高尊厳の保護にまつわる査察団を結成することになりました。現地人の無用な殺害は、過去にもあったことですからね」
「そ、それでは参事官は……」
「ああ、いえ、勘違いしないでください」

 アレシャは肩を竦めながら、首を振る。

「私も一つの軍人ですし、シャルにお願いまでされてしまったのでね。あなた方の邪魔になるようなことはしませんよ」

 そう言いつつ、彼女は俺たちの方に視線を向ける。

「連邦はあなた方に期待しています。故にあなた方に前線をお任せすることになりました。しかし、もしものことがあれば私にお任せください。力になれると思いますよ」
「は、はい……」

 迫力に圧倒されていた。言葉尻は丁寧で柔らかい。仕草も丁寧で、おしとやかだ。その上、足が萎えている。普通なら憐憫の思いが出てくるはずだが、溢れ出る自信と言葉や態度に表せないような圧力が場を支配している。
 まるで巨人の前に立っているかのような感覚だった。



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最終更新:2023年07月17日 13:08