こっそ[[リレー小説]]『とりあえずどうにかするしかない』
高級車特有の静かなエンジン音だけが支配する世界。今の状況を端的に表すのであれば、その言葉だけで事足りる。
悪路専用の少し手狭な車内の助手席に座っているのは白尽くめの男、終夜 朔であった。
彼はただ沈黙して、只々暴力的なまでの緑色があふれる外に視線をやりながら、思考にふけっていた。
事の始まりは、澪から個人的な『出動要請』が掛かった事から始まる。
彼は極秘に探し物が存在しており、今も現在進行形で全力捜索中である、という事までは朔は調べることが出来た。
だが、そこまでである。それが物なのか人なのかすらも解っていないし、そうであるという情報は既に当人に開示していた。
――故に、此処まで早く動きがあるとは思っていなかったのだ。
「………………う」
ふと息を内心で吐いてみれば小さなうめき声が後方から僅かに聞こえた、バックミラーに視線をやり確認すると、後方座席、澪の隣に座っているオマケ兼御守りの黒尽くめの男、終夜 望がそわそわと落ち着きなく周辺をみやっている。
「どうした望、まだ2時間と経っていないと思うが、そんなに都会が恋しいか」
「ちげーよ兄貴。……なんで全員して黙りこくってんだよ、しかも延々と!喋れとは言わねーけど空気が重くて俺キツいわ!」
「何を語れと言うんですか。……あまり意味もないでしょう。それとも、貴方は此度の目的を上手く把握できていないのですか?」
車の中で痺れを切らしたかのようにわっと叫び声上げた望に、澪が色々な意味で心配そうな顔を向ける。
何となく語調が冷たいのは、きっと気のせいではなくて。望はひとつはあ、と息を吐いてからぐしゃぐしゃと髪を掻く。
「……知ってるよ。把握してる。平たく言うと澪の護衛だろ。ただ、行先に俺達と同じようなのがいる」
「おお、お前にしては高得点回答。珍しいな、きっと今日は血の雨が降る」
す、と朔は車の窓から空を見る。うっそうと茂った木々の端からしか見えなかったが、空には青い物がしっかりと映り込み、しばらくは天候も安定しているだろうということが解った。
「……………、やめてくれ、微妙に否定できねえもの振らせるの止めてくれ……」
兄の軽口に色々おもう所があったのか、望はそのまま顔を覆って声すらもフェードアウト。無理もない、望にとって『疾患者』として何かに携わるのがこれで初めてだったのだ。心中不穏なもので陰りっぱなしで、緊張もしているのだろう。
当然、澪も朔もこういう状況には慣れているので、彼の愉快な姿は微妙に生温かい目で見るにとどめるくらいだ。
フォローは入れない程度の優しさである。
――その時であった。不意に、車が減速する。3人がその事に意識を向けた時には、完全に停止していた。
「……ああ、すいません。車では此処までのようですね」
運転席に座っていた黒いスーツの男が前方を指す。朔が前を見ると確かに、決して立派とは言えない所々錆が見られる金属製の門戸が山道をふさぐ様に建設してある。
さらにその奥の道は舗装すらされておらず、完全な山道であり、確かに車での侵入は難しそうだ。
車のエンジンが切られたのを確認し、朔は扉を開けて車を降りた。運転手の男は後ろに座る澪に向かう。
「……成程な」
門戸の付近に、大きな金属製の箱がとりつけてある。見たところ郵便物などを一時的に入れておき、後から村民がやってきて回収するものだということがすぐわかる。
「ってことは、こっから歩きって事だよな。……あんまり距離がねーと良いんだけど」
同じく車から降りた望が恐らく村の名前が書いてあったのだろう木札を見上げた。長年雨風にさらされたせいか、完全に朽ち果ててしまっており読む事は不可能である。
「では、貴方は此方で待機をお願いします。異変が無いという事は考え難いので、対応については随時おまかせします。
……結果、多少手荒になってしまっても、今回は不問といたします」
「はい、了解しました」
最後に車を降りた澪は、運転手の男に対して手短に指示をとばしていた。
今回、自分が探して止まない兄の情報が実に極秘に届けられた。しかも、公表する場に態々このような僻地を選んできたのだ。
自分の身や命を狙う何者かの罠と言う可能性は、十二分に考えられた。だが、一縷の望みにすがるようにして、こうして態々出向いてきたのだ。自分だけではなく、今の所『信用』と同じようなものを置ける二人の人間と、腕の立つ運転手をつれて。
……ぎゅ、と握った拳に力が入る。罠だ、罠だとは解っている。けれども、もしかしたらを、期待してしまうのだ。
「……、二人とも、行きましょう。此方の準備はできました」
「ああ。……それと望。お前にこれを渡すのをすっかり忘れていた、御守りだ、今つけていろ」
澪の言葉に朔が歩き出そうとして――はたと動きをとめる。そして、懐から一つの可愛いウサギがついただけのシンプルなネックレスを取り出し、ひょいと望に渡す。
「……ツッコミ待ちってことでいいんだよな。つか御守りにしては可愛い過ぎる気が……」
「そのネックレスには発信機がついていてな?……迷子になったら迎えに行くから何とか生き延びろよ」
生き延びろ、そう言われて望は解りやすいほど顔をしかめて――そして若干方向音痴を患っているが故に、しぶしぶとつけるのであった。
「相変わらず過保護なんですね」
「アイツ方向音痴なんだ、森の中うっかり逸れたらシャレにならん」
澪の皮肉交じりの言葉に朔は本音を返す。悲劇を提示されれば流石に澪もああ、と納得の声を上げるしかなかった。
「ともかく!こんな所で止まってる場合じゃないだろ!先に行くぞ、先に!」
望が先頭を歩き出して、後ろに澪と朔がつく。車の傍で待機している運転手の男は、進みだした3人に向かって御武運をお祈りしますよ、と一つ頭を下げるのであった。
山道は普段から村人が頻繁に行き来しているらしく、それなりに人間が渡れるようには最低限形を成していた。
しかし、そうはいっても歩きなれぬ道。
目的の村へたどり着くまでは、30分程の時間を要してしまったのであった。
空を覆う枝葉が開け、道端に藁や桶などの人の営みの気配を感じられるようになった時、望は漸くかと安堵の息を吐いた。
しかし、対称的に澪の顔は強張り、朔は忍び笑うように口端を僅かに釣り上げた。
二人が感じたのは空気の異質さ。山に覆われて滞り澱んだ外気を嫌うような空気。
そして、望が村に入ったときの村人たちの視線。余所者が来たと迷惑そうな目ではなかった。
逆に、まるで来るのを待っていたというような含み笑いが滲んでいるのが遠くからでも分かった。
澪は歩みを止めず、隣を歩く朔に問う。
「どう思いますか。」
「残念賞といったところだな。回れ右でもするか?」
「……いえ、もう少し。」
その答えに朔は鼻を鳴らして、先を行く望を追いかけるように歩みを早める。
望に並び、ちらりと顔を覗くと、その顔にはありありと不安と緊張の色が濃く浮かんでいた。
村に到着した時の束の間の安堵も何処へやら、周囲の様子を探るように視線の落ち着きがない。
「迷子になるのがそんなに不安か?」
「……うるせー…。」
否定はできないせいか、それとも緊張のせいか、返す声に張りがない。
場慣れしていない弟が変な脇道へ入り込んでしまわぬよう程々に見守りつつ、村の様子を詳しく観察する。
村の入り口に門が設けてある程度に閉鎖的、故に自給自足が出来るよう田畑が多く、家々は決して立派とは言えない。
商店らしい商店も見当たらず、民家が殆どだ。村人たちは余所者に視線を寄越すものの、農作業の手は止めない。
「何だか、妙ですね。」
兄弟のすぐ後ろを歩く澪がぼそりと呟く声に、望は振り返る。
「着物です。妙に綺麗だとは思いませんか。」
その言葉に望は道行く村人たちの着物に目をやった。農作業のせいか生地は肘や膝の部分を中心に土埃に汚れ、
解れたところもある。どの辺が綺麗なのかと首を傾げる。
「確かにどいつもこいつも丈が揃っているな。おまけに皆揃って妙な紋章まであしらえてるときた。」
「しかも無駄に正絹の帯です。」
二人の会話に益々首を傾げていると、澪に若干呆れたような目を向けられる。
気まずしげに視線からそっと目を逸らす。追い打ちをかけるようにため息を吐かれた。
「…着物が合わなくなる度に新調しているということです。しかも良い生地使っています。
終夜さん、この村はそれが出来るほど裕福そうに見えますか?」
首を横に振る。明らかにそんな余裕があるようには見えない。
反物を作っているような家や店も見当たらなかった。外から買うには相応の金が必要だろう。
しかし、日々を自らの田畑で食い繋いでいそうなこの村が、村人全員の着物を新調できるだけの金を、
どうやって賄っているというのか。望の考えがそこまで行き着いたのが見て取れたのか、澪はゆっくり頷く。
「なんかヤバいところから金貰ってる、とかか?」
「お兄様が言っていた紋章が鍵でしょう。」
「紋章?」
「お前は数分も経っていない私の言を忘れたか。忘れているのだろうな。数歩前に歩いた道も覚えていない始末だ。」
「迷子癖のことを引っ張るのはやめてくれ!」
足を止めて悲愴に叫ぶ望の背を、早く行けとばかりに軽く押す澪。項垂れながらも再び歩き出す弟に肩を竦めて、朔は話を続ける。
「村人の服には紋章がある。家紋かと思ったが、普段着につけるものでもない。」
「じゃあ、何のために…」
「私は宗教絡みじゃないかと睨んでいるがね」
そう言って澪に視線を移すと、同意するように頷いた。
「神紋と考えれば納得は出来ます。通常であれば、神社の関係者しか用いないのですが…。」
「つまり、この村の奴ら全員神社か何かの関係者ってことか?」
「さて、どうでしょうか。もしそうだとしても、村に金子を供給する理由が薄いようにも思います。」
あっさりと肩を竦めて、先の道を促す。
いつの間にか村の奥までやってきたのか、道は再び山間に入るように上り坂になっている。
見上げた木々の間からは、千木の屋根が覗き見える。これまで見てきた民家より遥かに立派な建物があるようだ。
望は物憂げにひとつため息を吐いた。いよいよ相手の本陣の手前までやってきたというのに、何をどうすべきなのかが全く分からない。
護衛といっても、ついこの間までは何の変哲もない一般人だったのだ。自分で言っていて情けなくなるが、
きちんと役割を全う出来るか怪しい。どうして兄と澪は自分を連れてこようと思ったのだろう。
この普通でない『力』の使い方もまだままならないのに。
後ろを歩く澪を覗き見る。いつものように平然とした様子で歩みを進めている――
「…………。」
「………何か?」
視線が合えば、咄嗟に首を横に振る。
澪はその様子を訝しげに見ていたが、何やらふと思い出したように目を見開く。
「…終夜さん、あまり集中出来ていないようですね。少しだけですが、休憩しましょうか。」
「え? あ、あぁ。悪い。……そうだな!」
うん、と大きく頷いて、辺りを見回すと村人が休息するためのものなのか、道の端に縁台が置かれていた。
自分以外の二人を先に座らせて満足気な顔をする望に、朔はやれやれと首を振る。
「あいつは普段のほほんとしている癖に、こういう妙な所で鋭い。」
「弟さんのこと、少し見縊っていたようです。」
「つい先程まで不安そうに思案顔をして、後ろを振り返ったかと思えば…。
敵陣に乗り込む前に御守りが壊れては意味がないからな。」
小声でやり取りしながら、二人はそれぞれ息を整える。
「息切れ、隠していたつもりだったんですけどね…。」
少し離れた所で屋敷を見上げている望を見ながら、竹筒の水をそっと飲む。
此処まで長い間歩き通しで来るのは、体力のない二人にとっては少しばかり酷だったようだ。
縁台に二人を座らせて、望は改めて警戒をするように周辺を見る。
勿論、自分自身にそう言ったような事の経験はない、ただ、漫画や小説で見たように、行動をなぞらえているだけだ。
だが、それも全く無意味ではなかったのだろう。不意に、村人が示し合わせたかのように一歩下がるような行動をしたところが見えたのだ。
何だ、と望が口にするその前に、その男性は此方に目を向けてからわずかに顔を綻ばせたように見えたのだ。
「……おや?……おや!これはこれは澪様、遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。
ああ、初めまして、私、高垣 景弘と申します」
そうして近寄ってきたのは、一見では相応の値段が解らない程立派な着物を身に纏った男性であった。
ただ、その着物にも村人が身に着けている着物についているものと全く同じ紋章が縁どられている。
それだけで、彼がどういう立場の人間であるのかが明らかになっていた。
「……ええ、この度はどうもよろしくお願いいたします。早速ですが、お話を聞かせて頂けますでしょうか」
「はい、はい。勿論でございます。この様な場所ではなく、どうぞ我が屋敷へと足をお運び下さいませ」
澪がぺこりと頭を下げて礼をするものの、高垣はニコニコと笑っているだけだ。
いや、その笑みすら張り付いたもの、と表現するに値するだろう。少なくとも、望にとっては直感的ではあるがいい印象はなかった。
ちらりと兄を盗み見れば、何時ものように涼しい顔をしているばかり。
澪が頭を上げたのを見計らい、高垣は再び口を開く。
「……それにしても、大変でございますな。お兄様が失踪されるなど、あってはならぬ事ですのに」
「……失踪?」
彼の口から漏れた単語にぴくりと望が反応すると、高垣の眼が何かを見定める様にすうっと細められる。
そして、その瞬間、澪は解りやすいほどに眉を潜ませた。
「その話は公の場では決してしてはならぬと通達があった筈ですが」
「おや、これは失敬。……それで、澪様、其方に控えていらっしゃる方は、どちらになりますかな?」
凍りつきそうなほど冷ややかな声を澪は発したが、高垣は臆することなく肩をすくめただけであった。
値踏みされるような目つきで上から下まで見られているのが解り、望も僅かにたじろぐ。やはり隣の朔は一切動じていないようだが。
「護衛です。当主の人間が、何もつけずに出歩くわけにもいかないでしょう」
「ははあ、護衛。それはごもっともでございますな。では、皆様をご案内いたしましょう」
確認するように言い含めたのち、男が先導となり再び3人は歩き出す。
望は色々問いかけたかったのだが、先程から男がやってきてから朔が不自然な程に一切口を開いていない。
ただ何時ものように眉根一つ変えずに澪の後ろにつく様子を見て、
これは自分もそうしろと言っているのだろう、と感じたので、今は口を閉ざしておくのであった。
当然、男の先導もあり目的地――立派で豪勢な日本家屋の屋敷にはたどりつく。
立派な庭園すらもあるその一室に、3人は案内されたのであった。
「すみません、急な話な物でしたので、少し片付けなければならない事がありまして。
なに、半時間も頂きませんのでお待ちください。準備を終えましたらお呼びしますので」
到着一番、高垣の口から出たのはそんな言葉であった。
怪しい所ではあるが、今言及した所で急にやってきたのは此方である以上、下手に食い下がるわけにもいかない。
――故に、部屋の中で待機するしかなかったのだ。
「……失踪、ねぇ」
その後すぐに外に居た人間と同じような着物を身に纏った村人が注いだ茶の入った陶器製の椀を手で撫でつつ、朔は澪に視線を向けた。
澪はじっと押し黙るものだから、望はきょとんと首を傾げる。
「えーっと、澪、どうしたんだ?黙りこんじまって……調子でも悪いのか?」
思わず傍に寄って顔を覗き込もうとする望だが、ぱっと見たところ特別顔色が悪い様には見えなかった。
最も、彼の健康状態は常日頃から褒められたものではないので、自分の判断が正しいかどうかは今一自身がなかったりするのだがそれはさておき。
「だっておにーちゃんその辺は初耳だもん」
「はぁ?!知っててここまで来たんじゃねーのかよ!?」
「声が大きいぞ馬鹿。……第一お前も知らなかっただろうに」
自分も無知である、と言われれば流石の望も珍妙なうめき声をあげて押し黙るしかなかった。
朔が何を考えてどういう行動をとっているのか読めないのは何時もの事だが、
それでも自分と同じように『無知』のまま誰かの意と共に行動する事は見たことが無かったからだ。
朔が再び澪をじっと見つめてみれば、観念したように澪の口が開かれる。
「……そうですね、お二人には隠す事は無理でしょう。彼の言うとおり、僕は失踪した兄を探しあてる為、この場にやってきました」
「探し物は生ものだったわけだな。……兄というと、そいつがいればそいつが正式な当主になるわけか」
「……………、ええ、そうです」
短く返事をしてから再び黙り込む澪。そして再び降り立つ奇妙な沈黙。
澪が兄の失踪に対して詳しい事を喋りたがっていないのは明白だった。それゆえに、朔は一つため息を吐く。
「で、先の様子を見る限り、あいつが情報を握っているという状況かね。……澪、正直に答えろ、今回奴の話を聞く価値はあると思うか?」
「……正直、無い、とは思っています……でも、僕は、それでも、聞く意味はあると思っています」
それは、藁にもすがる溺れる者のような姿であった。
ぴんと背筋をのばし、朔を見つめ返す。その青い瞳の奥にあるのは、願望の二文字であったかもしれない。
「……オーライ。今のうちにトンズラこければ楽なのだがね。腹をくくろうじゃないか、なあ望?」
不敵に笑う自分の兄に言われたから、という訳ではなかった。
ただ、望は目の前で必死になっている人間を、例えほんの少しだけであろうと手助けができるのであれば。
それを放っておけるような人間ではない、それだけの事である。
「兄貴がどう言おうと。俺は俺に出来る事をやるだけだよ。……何が出来るか、わかんねーけどさ」
だから、こくりとひとつうなづいた。もう自分は、完全に無力ではない、その筈なのだ。
「……お二人とも……」
「――さて、方針が決まった所で次の話に行こうか」
「次って。待つだけだろ?……他になんかできる事あるっけ?」
「ん?ちょっとした悪戯を、だな」
にやりと笑って朔は先程から撫でていた椀を手に取り、中に入っている茶の香りをかぐ。
その様子に大体やろうとしていることの方向性が解ったらしい澪が中身をじいっと調査するように見つめた。
「……ふむ、解りやすい劇薬の類の混入は薄そうだな。澪、そっちはどうだ?」
「此方も少しばかり御業を使って視させて頂きましたが。……確かに少量の悪意は見えるものの、それまでですね」
「となると自然由来の成分が主だろう。……少量、一口くらいなら問題ないだろうが」
「一応と言う事もあります、飲まずに口に含める程度がいいかと。……何を使ってくるか、わかりません」
「ああ、それは一理ある。……なら、決まりだな」
いきなり二人が茶を前にしてだーっと語り出したものだから、望は会話についていけずに目を白黒するばかり。
朔と澪がお互い顔を見合わせて一つ頷き合ったかとおもうと、ずいっと椀を朔が自分に向かって差し出してきた。
「え、な、何?」
「お前さっき言ったな。自分に出来る事をやる、と。一口含んでどっかに吐き出せ。で、味を教えろ」
「…………はぁ?」
「こういう事柄は一番お前がアテになるからな。あ、その後持ってきた茶を飲み干せよ、開いた容器使うから」
にこりと笑って告げてくる兄に、そしてこちらを伺い見る澪。
4つの蒼い瞳に射抜かれて、望はしぶしぶ言った通りにするのであった。
まず、言われた通り極少量の茶を口に含み、味を確かめてからハンカチにそっとしみこませる。
「えーっと……先ず、独特の清涼感が通るのが目立つ、かな?その後にちょっと甘みがあって……
うーん、ハーブティーに近いのかもしれねー。のわりにクセはないから、飲みなれない人でも飲めると思う……けど」
「成程わかりました。……恐らくこの辺で採れる薬草の類、と見てよろしいでしょう」
「だろうな。もしくは品種改良をした新種かどちらか。おい望、次このお茶綺麗にそっちの水筒に詰め替えとけよー」
「……兄貴と澪は何の話をしてるんだよ!」
そう叫びながらも、望は言われた通りに自分の茶を飲み欲してから、容器をあけて、村人が入れたお茶を詰め替える。
丸い器から綺麗に移し替えるのは少々手間取ったが、それでも時間には余裕があったので、一連の作業を完了させるのであった。
――そして、それから数分後。部屋の障子がぴしゃりと開く。
目の前に現れたのは高垣ではなく、村人の内の一人。
「皆様、お待たせいたしました。お部屋が整いましたので、此方にどうぞ」
こうして、『何か』が始まるための舞台の幕は、今まさに開いたのである。
房の付いた引手に手を掛けて、村人が襖を静かに滑らせる。
両開きの襖をそれぞれに開くと、入り口の脇に控えて頭を下げる。
座敷の奥では、既に座卓の向こうに腰を下ろしていた高垣が、
襖が開かれると肘掛けから身体を起こしながら、例の微笑みを張りつけて三人を迎えた。
高垣の背後にある大きな掛け軸には、やはり例の紋章が象徴として描かれていた。
澪は一瞬の間の後、座敷に足を踏み入れる。
それから一歩下がった位置で朔が続き、それに倣って望も入室する。背後で襖の閉じられる音が聞こえた。
庭に続く障子から、やや傾き始めた日の光が入ってきて室内は明るい。
しかし、畳の褐色の風合いか、それとも枯茶の漆が塗られた天井のせいか、何となく陰鬱な空気を感じる。
三人が座卓の前に腰を下ろすと、高垣はやや勿体ぶるように襟元を整えてから座り直し、口を開く。
「はてさて、改めてこのような所までご足労頂いたこと、感謝致します。」
「お話、お聞かせ願えますか。」
話を急ぐ澪に、高垣の笑みが一瞬深くなるのを朔は見逃さなかった。
一度、静かに目を伏せる振りをしながら、庭の反対側にある襖続きの方を見る。
「そうですな。これは私も偶然手に入れた情報でして、信憑性の程を確認している最中なのですが、
兵武家の郷にお兄様の目撃情報があるようなのです。」
「兵武家? 西の五番結界のことですか。」
そこから先は朔にも詳しい事情は掴めない話が続く。家や郷同士の繋がりなど特に聞くに値しないと、
早々に聞くことを放棄したというのもある。澪から少し下げられて控えているため、澪の顔は此処からでは
よく見ることが出来ないものの、ひとつひとつの情報を吟味するように、繰り返し話の仔細を聞いている。
一方、隣の弟はどうかと探って見れば、硬すぎる表情で高垣と澪の様子を見守っていた。内心で苦笑する。
それから十分程してからか、漸く話は一段落迎えたようだ。
計ったように先ほどの村人とは別の者が、入ってくるとお茶を出してから下がっていく。
高垣は澪にお茶を勧めると、先に自分の湯飲みをとって一口飲む。
澪は湯飲みを手に取ると、ゆっくりと湯飲みを傾ける。一息に飲んでしまったのだろうか、置かれた湯飲みには
もう茶が残っていなかった。座卓の下で、澪の膝に置かれた拳に力が籠められるのが見えた。
望が僅かに身動ぎしたが、朔が動かないのを見て押し留まったようだ。
それを見届けてから、高垣は話を切り出す。
「――ところで、お兄様が見つけてから、どうなさるおつもりですか?」
座卓の上で手を組んで、やけに優しげな声色で語りかけるように問いかける。
澪はその言葉に反応したように顔を上げる。ほんの僅かにだが、鼓膜の内側で高垣の言葉が反響するように響いた。
「お兄様は郷で随分と反感を持たれています。澪様がご当主になられたことで、その声は表にこそ出てきませんが、
郷の人間は心の内でそう思っているのは明白でしょう? お兄様が戻られると、それが噴出しないか……。
護国に携わる家の者として、私は澪様が心配です。」
「…………。」
黙り込んで米神を擦る澪に、身を乗り出すようにして更に語り掛けてくる。
「このままお兄様を見つけ帰るのは却って危険です。私は、郷民の意識の改革が必要だと思うのです。」
「改革…。」
「はい。お兄様には何の否もない、悪いのは全ての責任を押し付けた前当主とそれに追随する者たちだと、
知らしめる必要があるのです。そうすれば、貴方のお兄様は帰って来られる。一緒に暮らせる……。」
穏やかな声で、ゆっくりと言葉のひとつひとつを囁く。それは澪の頭の中で繰り返し再生される。
兄様と一緒に暮らせる。六年前に失ってしまったあの時間を再び取り戻せる。
「澪様、私と一緒に郷へ赴き、共に平定を致しませんか。私にはこの状況を改善できる様々な策をご提供できるでしょう。」
「澪…。」
何かがおかしいと勘付いたのか、思わず望が声を掛ける。が、高垣は邪魔をするなと言うように望を思いきり睨みつけた。
望が最初に感じた印象が決定付けられた瞬間だった。この男は絶対に信用できない。この話は聞かない方が良い。
そう思って澪の肩に手を掛けようとするが、朔に制される。何故止めるのかと兄の顔を見ても、黙って首を横に振られる。
納得がいかなかったが、渋々元の位置に座りなおす。高垣は嘲笑するような笑みを滲ませる。
「…どうやら、今でも周囲に理解者はおられないご様子。私ならば、きっとお力になれます。
だから、私の言葉通りに―――」
「お断りします。」
すい、と迫ってくる高垣の顔を遮るように、指で宙を横に裂く。白い霧のようなものが、二人の間に御簾を下ろした。
高垣は笑みを張り付けたまま硬直する。
澪はひとつため息を吐いてから、扇子を開くと静かに扇ぎはじめる。霧が形を崩しながら、高垣の方へと流れた。
「郷民の思想を改めるなど、当主にとっては容易いことです。それが成されないのは、僕の力不足であるだけ。
現時点では、ですが。」
「…それならば、私は澪様のお力添えをすることが出来ます。事情に長けた私なれば。」
「残念ながら、貴方は僕の兄について何もご存じでない。」
「そ、そんなことは…。もし、そうであるとしても! 私は他の者のように貴方の兄を蔑むような真似は…」
声に余裕が無くなってきた高垣に、朔はくつくつと笑う。
高垣は望に向けたものと同じ視線を、より厳しくして朔に向ける。
「高垣殿、残念ながら現当主様には同じ手法は通じないようだ。」
「…言葉の意味が理解しかねますが。」
「甘言には堕ちないという意味だ。甘いのはその思考回路だったな。」
「……衛士如きが過ぎた口を。」
朔はその言葉に声を立てて笑った。ひと頻り笑った後、頭をとんとんと指で叩く。
「やはりお前は短絡的だ。」
にやり、と口元を歪める。
高垣は歯を軋らせ、頭に血を上らせたように顔を真っ赤にして、どん!と座卓を叩き割るが如く叩き鳴らした。
それが合図であったかのように、座敷の襖が一斉に叩き開かれると、そこには各々に刀を持った大勢の村人たちが犇めいていた。
いづれの村人もじっとりとした視線で三人を見ている。朔と望は素早く立ち上がって身構えた。
「短絡的なのは貴様らの方だ。のこのこと阿呆面下げてこの村まで来た時点で、私の策に陥っているんだからな!」
「失礼な。阿呆面はこいつ一人だけだ。」
「こんな時にまで貶めんなよ!!」
村人たちを警戒しながらも叫ぶ望の袖を澪が引く。
どうしたのかと視線を落とせば、身体を委ねるようにもたれ掛ってきた。
「れ、澪?」
「足が痺れてしまいました。頑張って抱えて逃げてください。」
「は!? おい、冗談だろ?」
「こんな時に冗談は言いません。…来ますよ。」
その言葉通り、じりじりと迫ってきていた村人たちの一人が駆け出してきた。
朔がぱちん、と指を鳴らすと、その村人が足を取られたように躓く。
それが切っ掛けになったように、残りの村人達が雄叫びを上げながら、一斉に襲い掛かってきた。
「そら、望。何をもたついている!」
ちゃっかり先に逃げ始めていた朔が、澪を抱えてあたふたしていた望に一喝した。
その間にも二度三度指を鳴らして、望に迫る村人の足元を歪めて転ばせる。一人だけ、力加減を間違えて足の骨を折ってしまったが気にしない。
「あぁ、もう分かったよ! 畜生っ!!」
元々、そんなに体重のない澪を抱えるのには苦労せずに済んだが、何せ人を抱えながら逃げたことなどない。
どのくらい体力が持つかが不安だ。しかし、刃を向けられている現状、そんなことは言ってられない。
望は座敷を飛び出した。背後から迫ってくる大群の殺気に、冷や汗が早くも額を伝う。
「決して逃すな! 衛士はどうでもよいが、当主は生け捕りにしろ!!」
座敷から高垣の喚く声が聞こえる。
そんな漫画やアニメみたいな台詞を聞ける日が来るなんて思っていなかったな、と軽い現実逃避をしながら、
望は兄と共に逃亡を始める。
「そこのけそこのけ、御当主様のお通りだ、控えおろう控えおろうッ!」
「何だよそのテンション!」
屋敷の中では声を張り上げる朔に驚きの顔を浮かべてこちらを見てくる村人達もいたが、脱兎のように二人は駆け続けていた。
そのまま玄関までへと走り込み、靴を履いて流れるまま外に。
ちなみに澪の靴は履かせるわけにもいかなかったので適当に望の鞄の中へと放り込んだ。
「……逃げの一手ですかね、ここは。……やはり、そう安々と上手くはいきませんね……」
「ドンマイ少年。……村人は意志の全く無い傀儡という訳ではなかったからな。
……あの場にいた村人が全員伝言ゲームを済ませる前に逃げてしまうかね」
「だからなんで二人ともそんな冷静極まりねーんだよ!?俺ら下手すれば殺されちまうかもしれねぇってのに……!」
相変わらず眉根一つ変えずに現状から淀みなくお互いで最善を模索していく二人に、望は声を荒げる。
此方を取り込んでしまうような数多の殺気は、冗談の二文字で済むようにはとても見えない。
どこまでも非日常の今の状況に顔をわずかに青ざめさせる望に、朔は走りながらもにっこりと笑った。
「大丈夫だ望。下手した時に死ぬのお前と私だけだから」
「その答えの何処に俺が安心を覚えると思ったんだよ!馬鹿か!!」
「やったね望ちゃん!天国でもずっとお兄ちゃんと一緒だね!」
「うるせええええええ!!!」
ぎゃあぎゃあと喚きながらも足を止めることなく前へ前へと駆け抜けていく。方向は勿論、村の出口だ。
望は澪を抱え続けながら朔と並走するが、正直朔は朔であまり足が速い方ではなく、
何だかんだでバランスがとれていたりするのだが。
「……お兄様、どこかに隠れたりするのですか?」
「いや、それは考えていない。出来る事ならこのまま下山してしまいたいが……難しいだろうな」
山間のクソ田舎とだけあって、村は基本的に坂道で構成されている。
これから下り坂とはいえ、いくら丈夫だなんだと言う弟を人一人抱え続けて走りつづけるのも無理はあるだろうし、
そもそも自分も持久走はあまり得意ではない。だが、後に多少ひこうが今この瞬間だけは止まる訳にはいかなかった。
「難しいッつったって、どうするんだよ兄貴!」
「とりあえず出来るところまで進む、足を止めるとするならばその後だ」
更にしばらくそうして走り続ければ、やがて来た時と同じように村から出る門が見える。
――だが、当然というか当たり前と言うか。そこには武装した村人が数人ほど此方を迎える様に待ち構えていたのだ。
出口はそこしか存在しないのだから、当然なのだろうが。
「――望!」
「おいマジここかよ!?」
それが目に入った所でざっと周囲を見て、人影が少ないのを確認した朔は合図する。
そして望も兄が合図をしたので二人、いや澪も含んで三人仲良く道を外れて、山間の木々の中に飛び込んだ。
がさりと音を立てながらも道無き道を突き進み、足元だけには気を配って――さらに数分、進んだ。
「……さて、山狩りが本格的に始まる前に距離を稼がないとな」
そう言いながら朔はどこからともなくスマホに良く似た1台の端末を取り出し、何やら操作し始めた。
少し時間がかかりそうであったので、望はその場で一つ、息を吐いた。
「澪、大丈夫か?なんか、足がしびれた、とか言ってたけど……」
「ええ、少し時間が立てば楽になりました。……もう大丈夫です、運んで下さり、ありがとうございました」
澪はぺこりと頭を下げて、望の差し出した靴に履き替え、二本の足でしっかりと起立する。
顔色はそこまで悪そうでも無いようにもみえるが、何となく望は心配になるのであった。
「いや、それくらいはいいけどよ、また何かあったら言ってくれよ、運ぶくらいなら出来るからさ」
「……ええ」
そうして曖昧に浮かべられた笑顔に、うまくかわされた気がする。
等と二人がやりとりをしていると、何らかの作業が終わったらしい朔が此方を振り返った。
「とりあえずルートは把握した、道無き道をかきわけることになるが、包囲網が完成される前に進むぞ」
「つか兄貴はさっきまで何やってたんだよ?スマホの電波とか入りそうにみえねーんだけど」
「……澪から目的地は聞いていたからな。普通持ち込むだろう、GPS端末。衛星から受信するから電波も関係ない」
オマケにちょっと良い奴なんだ、と朔は端末を手の中で弄びながらにこりと笑って見せた。
相変わらず所持品に無駄のない兄に、何とも言えない顔になる望と、感心したような顔を作る澪。二人の反応は正反対であった。
「……お兄様は頼りになりますね。それがあると道がわかる、と言う事で良いんでしょうか」
「ま、そういうことになるな。……精々道中村人とエンカウントしないよう、神に祈っておくがいいさ」
朔は皮肉をまじえて肩をすくめると、先を歩き出すのであった。
そうして再び進みだす3人。
しかし、ある程度整えられた山道を歩くのとはわけが違う。
木々の根に足を取られ、草で道を見失いそうになりながらも、追われている以上、足を止めるわけにはいかない。
ただ、一つだけ幸運があるとしたのならば、少なくとも逸れない限りは遭難の心配はない、という事だけであった。
――だが。そんな遅々とした逃亡劇は、そう事が上手くいくはずも無く。
「…………やれやれ。意外と速かったな」
朔がひとつ、ため息を吐いた。
何時からだろうか。がさり、がさりと自分たちが道をかき分けて進む音だけにしては『喧し』過ぎるのだ。
そう、まるで少し離れたところから何人も同じような目的で動く者がいる、それを如実に感じ取れる。
「このままだと、確実に距離を詰められ、囲まれてしまいますよ、お兄様」
「ああ、そうだな。……さて、どうしようかねぇ」
考えるそぶりを見せながらも、朔は歩みを止めない。
余裕があるように見せているが、兄の体力が元々少なめだということを望は知っている。
それだけではなく、隣で歩いている澪も同じようなのだろう、少しばかり足並みが乱れていたので今や手を貸しながら進む。
「……何でそんな余裕綽々なんだよ」
「喚いても仕方がないだろう。それに――」
タイムアップだ、と朔がぽつりとつぶやくのと、漸く追いついてきたらしい村人が猟銃を片手に此方に姿を現すのは同時であった。
ざっと見渡す限り八人。
獲物は猟銃が五人に斧三人。見事に八方塞がれ、間を縫って走り抜けることは不可能。
遅れて到着する村人がいることを考えれば更に絶望的状況。猟銃の標準は既に三人を捉えている。
強引に突破すれば、無傷というわけにはいかないだろう。それに地の利は彼らにある。元より此方が不利な状況なのだ。
「大人しく投降を。我らが高垣様の手を煩わせないで頂きたい。」
猟銃を持った村人の一人が抑揚のない調子で淡々と告げる。
有無は言わせないとばかりに猟銃を構えなおす。朔と澪はお互いに視線を交わした。
恐らくこれは脅しではない。撃つと決めたら躊躇なく撃ってくるだろう。村人以外は立ち入らないこの山奥。
村人たちを支配するのは高垣。つまり、此処での法は高垣となる。
朔は小さく肩を竦めた。それを見た澪は、今度は望の方を一瞬窺ってから、村人に向き直る。
「仕方ありません。誰一人傷つけないと約束するならば、捕まってあげましょう。」
「そちらが条件を出せる状況と思っているのか。」
「そちらこそ僕たちが誰か分かっているのですか。」
澪の尊大な態度を村人は笑い飛ばす。
「当主の肩書がまだ此処で通用すると?」
「何を勘違いしているんです。あなたの頭は空っぽですか。」
突然の侮蔑の言葉に村人は一瞬呆気にとられたが、すぐに露骨に顔を歪ませた。
澪の傍に立つ望は内心気が気ではない。
「物分りの悪いあなたの頭でも分かりやすいように言ってあげましょう。
僕が当主であるのは、僕が御業を使えるが故。人に害をなすのも簡単です。
例え、あなた達の高垣殿であろうと。」
勿論、濫用は出来ない。しかも、今は逃亡して体力の残りも少ない。
御業を使えたとしても微々たる力。良くて湯飲みに半分の水を操れるかどうかだ。
自分と同じように、朔が御業の行使を体力に依存するならば、此方も反抗は難しい。
しかし、相手は自分たちの力について熟知していない。そんな事を知る由もない。
その証拠に村人たちは澪の言葉にどうしようかと互いに目配せをしている。
「良いだろう。但し、そちらが抵抗したり逃亡したりする素振りをみせない限りだ。」
そう言い、猟銃を下ろしてから縄で三人を括り始める。
「私は繊細だ。優しく頼むぞ。」
「無駄口をたたくな。」
縄を縛られながらおどけた調子で言う朔にも、ぴしゃりと返す村人。
朔はやれやれと首を振ってから、ふと思い出したように望に声を掛ける。
「おい、頼むから暴れるなよ。お前が暴れると私たちまで死にかねんからな。」
「………そうですね。この前のように、また僕の護衛を減らされては敵いません。」
それを聞いた村人は望を縛る縄を、ぎゅっときつく締め上げた。更にもう一本縄を増やされた。
何の話だよ!!と望は叫びたかったが、二人から目で諌められる。
その心の中の叫びが顔に出たのを、村人がどう捉えたのか定かではない。
ただ、村へと連れて行かれる道中、望の周りには他の二人よりも厳重に猟銃を持った村人が警戒にあたっていた。
「おや、お早いお帰りでございますな。」
屋敷の門の前で、高垣の皮肉に迎えられる。その顔には薄ら笑いが浮かんでいた。
それも澪の意に介さぬように何でもないように応える。
「あなたがどうしても僕を帰したくないと駄々をこねていると、村の方々より聞き及びましたので。」
「それはそれは。せっかくですので盛大におもてなし致しましょう。……興が冷めぬよう衛士は抜きで。」
そう言うと高垣は屋敷へと入っていく。澪をつれた村人はその後に続く。
朔と望の二人も同じように屋敷へと連れていかれるが、澪とは反対方向の廊下を進まされる。
一瞬、望が躊躇したように足をとめたが、すぐさま猟銃を向けられれば歩き出すほかなかった。
二人が連れて行かれた先は、日の差さぬ冷たい石造りの地下牢だった。
その壁の一角には、この村に来た時から見ないことはなかったあの紋章が彫られている。
村人に言われるまま、鉄格子の向こうへと入る。なかには一式の藁布団を除いて何にもない。
荷物は鉄格子の向こう側に乱雑に放り投げられている。
中に入ると、石造りとは言え、舗装されてもいない室内は隙間風が何処からか入ってくる。
村人は鉄格子の錠を掛けると、地下牢を出ていく。戸が閉まり、また一つの鍵が閉まる音が聞こえた。
望は腰を下ろして、ひとつため息を吐く。
「で、どうすんだよ。兄貴のことだから何か考えてるんだろ?」
「ふむ。鉄格子を破るのは簡単だが、高垣の耳に騒動が入れば厄介なことになる。」
「まぁ、そうだろうな。俺たち、下手したら殺されるぞ。」
「二人で仲良くあの世へたかいたかいするのも悪くはないがな。
何にしても私は逃げ続けて疲れた。暫く休憩だ、休憩。」
「はぁっ!!?」
少し真剣な様子で語り出したかと思えば、間もなくごろんと藁布団の上で横になる朔に望は素っ頓狂な声を上げる。
早く此処から脱出しなくて良いのかと朔を急かすも、ひらひらと手を振られるだけ。
試しに鉄格子を押したり、曲げようとしたりするが、流石にびくともしなかった。
地下牢の中に外れる石がないかを探してみるも、徒労に終わる。
焦りだし、表情に余裕が無くなってきた弟に、朔は冷静に声を掛けた。
「そう気を急くな。私たちが……、いや、お前が今ここにいることで、澪の助けになっているのだ。」
「……どういうことだよ。」
「私も澪も、嘘とハッタリが得意だからな。」
そういうと朔は可笑しそうにくつくつと笑う。
「仮に澪の助けになってるとして、俺たちも此処から出ないと意味ねぇだろ。」
「お前、澪が私たちを置いて逃げると思うか?」
「……いや、思わねぇ。」
「そういうことだ。」
ある程度納得したような弟を余所に朔は思考の世界に沈む。
弟には収まりがつくだろうと思って、澪が助けに来ると言ったが、確証は出来ない。
自分と澪は望を挟んで、ある種の協定を結んでいるが、それはいつでも反故に出来る。
現在の状況下ならば尚更。だが、この協定が澪にとってある程度の効力を持っているということは確信出来る。
更に、澪ひとりでは逃げられない。協力者が必要だ。故に、澪は逃げ出したとしても、自分たちの元へやってくるはずだ。
ただ、そのような状況はあまり想定していない。寧ろこちらが助けに行く可能性の方が高いだろう。
此処から出ること自体は容易いのだから。それをしないのは澪が高垣の元から逃走するのを待つため。
澪が助けに来るにしても、自分たちが助けに行くにしても、状況の打開の成否はただただこの一点に尽きる。
故に、その難易度を少しでも下げるためにわざわざあのような一芝居を打ったのだ。
外の気配に耳を澄ましてみれば、幾つもの足音が地下牢の前を行き来しているのが僅かに聞こえる。
効果の程は上々。あとは再び動き出す時のために、こうして体力を温存しておくだけだ。
そういえば、あれはまだ望の荷物の中だったか。
身体を起こして望を見れば、何やら部屋の隅でそわそわとしながら座っていた。
「望、そろそろ備えておけ。」
はっと顔を上げる望。
それと同時に、遠くで劈くような悲鳴が一つあがった。
まず最初に朔は立ち上がると、牢屋の錠前部分にそっと触れる。
にわかに騒がしくなる中、がきょん、という何かがひん曲がるような音が聞こえたのであった。
それで兄が何をしたのか、解らない望ではない。
「……やはり金属は歪ませるものではないな、行くぞ、望」
「行くぞ、って……無策で?」
「策はあるさ。何のために手品のタネを仕込んだと思っている。それに、私の異能の本懐は、まだ見せてはいないさ」
うっさんくさい笑みを浮かべながら地下牢の扉を開け、乱雑に置かれていた荷物――主に望が持っていたものを勝手に漁りつつ、1本の水筒を取り出した。
「それ、さっき貰った茶が入ってる奴だろ、どうすんだよ」
「それをこれから教えてやろう。先ず、今の騒ぎで奴らも此方へ今一度踏み込んで来るだろうからな。上手く押さえつけろよ。
……さあ、澪が上手く引きつけてくれたんだ、盛大なショーを始めようではないか」
「ショーって……ふざけられる状況じゃないだろ、これ」
望もそのまま開いた地下牢の扉から脱出する。朔が言ったように、いや、狙い通りと言った所だろうか。
斧と猟銃をもった村人が一人づつ、姿を現す。
「お前ら、逃げ――」
「いけ、望!お前は奴らから武器を取り上げろ!」
言いかければ、いつかのように朔が望に声を掛けながらぱちんとひとつ指を鳴らした。
それは屋敷内部でも見せた、足元を歪ませる程度の力。
脱出している此方に気が付き駆け出していた村人の足を的確に狙った其れは、
片方の村人を転倒させ――そしてもう片方の村人の足から奇妙な音をたたせるに至り、
望は解りやすいほど嫌な顔をしながら転がった猟銃と斧を蹴り飛ばし、村人の手では届かない所にまでやるのであった。
「……さて、と。始めようじゃあないか」
「待て貴様、一体、何を――」
「安心しろ、お前を殺しはしないさ。……少々自分自身を正体不明に陥って貰うだけさ。おい望、足押さえろ足」
流石に相手は一般人。足が折れてはその痛みで呻く事しかできない。故に、もう片方の元気な村人の方に朔はひょいと乗っかった。
これではどちらが犯罪者か解った者ではないが、決断を遅らせるという事はそのまま澪の身の危険に直結する。
比べるという事になってしまうのかもしれないが、望にとって今一番心配なのは澪の事であるがゆえに、兄の言葉に従うほかなかった。
「なっ、なあ、兄貴その、本当に」
「殺しはしないと言っているだろう。おにーちゃんウソツカナイもーん」
兄の言い分通りに動きながらも器用ながらも顔を青ざめさせる望に向かって朔はにこりと笑うと、水筒の蓋を軽やかな音を立て開けるのであった。
さて、二人が動き出すより少しだけ、時間を戻そう。
あの手この手で言葉巧みに澪に対して様々な誘惑、取引を持ちかけてきた高垣であったが、澪は上手く逃げる様にするりするりと返答をかわしていた。
だが、それも相手は想定内であったのだろう、改めて対談したのは1時間にも満たない程度。
澪にしては意外とあっさり開放されたのだった。当然、ただ解放されたわけではない。
「……1日考える時間をあげましょう、ですか」
高垣に言われた言葉を反芻する。オマケに此方の衛士の命までもを引き合いに出されていた事を思い出す。
彼は自分が絶対的優位にたっていると思っているのだろう、違いないし自分も同じ立場ならそう感じたかもしれない。
以前通された部屋より少し手狭、まあ一人だからだろうが、に澪は通されていた。
室内として最低限の調度品もあり、ただいるだけなら居心地は悪くない。しかも、此方の荷は取り上げられもしなかった。
「僕も学んでおくべきですね。窮鼠に妙な時間をあたえると何をしでかすか解った物ではない、と」
ふう、と一つ息を吐く。戸の前では数人の村人が此方を見張るためだろう、警護と称されて立っているのが解る。
自分の疲労具合を比べて、彼はどうだろう、と地下牢にぶちこまれたであろう朔の方に思いを馳せる。
焦ってはいけない。さりとてのんびりしすぎてもいけない。空を伺い見れば、日は少しずつ西へ向かっていた。
もう2時間もすれば完全に沈んで辺りは暗くなってしまう。
逃亡を図るなら今日中だ、まさか相手も1日に2度も脱走するとは考えが薄いはずだ。
それに、此方の体力的は無いものだと思っているから、猶更だ。
「…………」
ちゃぷん、と今だ水が入ったままの竹筒を握りしめる。これは水を操る澪にとって最終兵器でもあった。
先程の異能のせいで若干警戒されているのだろう、流石に茶はでてこないうえ、この部屋に村人に悟られず水を調達できるような場所も無い。
だが、その札を切るならば今しかない。澪は覚悟を決める様に目をつむって長く長く息を吐いた。
そして、ゆるりと立ち上がり、戸をわずかに開く。3人いた村人が一斉に此方を見た。
「すいません。厠を貸してほしいのですが」
そう張り付いた笑みを浮かべながらゆっくりと戸から身を乗り出す。
全員がお互いを目くばせするように視線が一瞬外れたその刹那。
澪は竹筒に入っていた水を――いや、異能で変異させた熱湯を、滑らかな動きで進行方向にいた一人にぶちまけたのであった。
熱湯をモロ被りした村人が悲鳴を上げのた打ち回るのをよそに、澪は駆け出した。
そのうち一人の村人が持っていた猟銃を反射的に構えるものの。
「待て、高垣様より殺すなと言われているだろう!」
「では、そのまま逃がすつもりか!」
と、背後で多少の言い合いを始める。澪もこれは計算通りであった。高垣が狙っているのは『澪』という名前の駒だ。
手中に確実に収めたいだけで、決してそれを破壊したい訳ではない。ならば、村人が直接此方の命を狙って来る筈はない。
次いで、朔と望の身柄だが、今の声で何人かの見張り番は自分に注目せざるを得ないだろう。故に、其方が手薄になる。
「まあ、彼らが逃げられなければ、僕もそれまでですがね」
珍しく、今は信じるしかない。地上に向かって駆け抜けたいが、恐らく回り込まれているだろう。
しかし、少しでも長い時間逃げなくては。澪は隠れる場所の算段を脳内でつけ始めるのであった。
――そして、時間は今に至る。
「よし、先ずは澪との合流だな」
「いや、その前に目の前の状況を何とかした方が良いんじゃねぇ!?」
地下牢から脱出した望と朔の二人はそのまま階段を駆け上がったが、流石に村人も考え無しではなかったらしい。
4人程の人間が此方の前に立ちふさがっていた。
「奴らについては高垣様が殺してしまっても構わないと聞いている、高垣様の憂いになる前にやってしまうぞ」
一人の村人が若干正気を失った目で声をあげれば、残りの村人が各々武器を構える。
流石に何丁も猟銃が持てなかったのか、幸運にも目の前に居る人間は斧や鉈といった武器ばかりをもっている。
まあもっとも、余裕で人は殺せるわけなのだが。それでもハッ、と軽い笑みを朔は浮かべるのであった。
「なあ望。……我らが当主様が騙されに行くと通知を受けた私が準備を怠るような人間に見えるか?」
「え、いや、全然見えないけど………え?何かまだ持ってきてんのかよ」
「一応私にとっての最終兵器だがね。……ここは私が引き受けてやろう。真ん中の奴をどうにかするから、走れよ」
おいまて、と望が声を上げようとくるりと朔の方を振り返れば、そこにはどっから出したのかハンドガンを構えた兄の姿があった。
ちなみにベレッタM92と言われるものなのだが、銃の知識など持っているわけの無い望には小さく、うわ、と声を上げるしかできない。
「さあ行け王子様!」
その声と共に、ぱぁんという火薬の弾ける音と硝煙の臭いとどうじに、目の前の村人一人が吹っ飛んだ。
正に運動会のスタートのようにその音が引き金となり、望は逃げる様に走り出すしかなかったのだった。
蜂の巣を突いたような騒ぎの屋敷を、望は駆け抜ける。
かといってただ闇雲に走れば良いというわけではないのは分かっている。
なるべく人に見つからないよう隠れるところでは隠れ、隙をついて静かに次の廊下を滑り走る。
今はとにかく澪を見つけることが第一だ。あの高垣のもとで何をされたか分かったものではない。
階段下の陰で息を殺し、村人をやり過ごすと詰めた息を吐き出す。澪もだが、兄の方も大丈夫だろうか。
銃を持っていたが、弾丸数にだって限りがあるだろう。あまり長居はできない。
廊下をあちらこちらへ走り回る足音を聞きながら、望は必死に思考を巡らせる。
この姿を兄が見れば、きっと妙に楽しそうなにやけ顔をするのだろう。
「あぁ、くそっ!」
小さく悪態をつきながら、のけぞって頭をがしがしと掻く。
と、そののけぞった視線は自分の隠れている階段の裏側を捉えた。
そういえば、先程からこの階段を登り降りする足音が全くしない。
これだけ逃亡者を探し回っているというのに、何故この上は探さないのだろうか。
その違和感は望の歩みを階上へと進めた。無論、階段の先でうっかり誰かと出くわさないように慎重に。
階段を上がると少しだけ喧噪が遠のく。部屋数はあまり多くはないようだ。
此処から逃亡することを考えたら、こんな袋の鼠になる場所へ来るのは相当な悪手だと分かっていた。
それでも廊下を奥へと進む。人の気配が殆どしない。やはり引き返した方が良いだろうか。
そう考えていると、傍を通った部屋の襖が音もなく開き、突如望の手を掴んだ。
「っ!!――――」
反射的に叫び声を上げようとする望の口を、白い手に思いっきり塞がれる。
そして、服の裾を掴まれると強く部屋の中へと引きこまれ、再び襖は音もなく閉じられた。
咄嗟に口を押えるその手を振り払うと、あっさりと手は弾かれた。
「静かに!」
代わりに鋭く囁く声に、望は冷静さを取り戻した。それは自分が知っている声だった。
「……澪、良かった。」
澪が無事だったのが良かったのか、いま目の前にいるのが敵でないのが良かったのか。
恐らくは半々なのだろうが、望は安堵するように肩の力を抜いた。
そんな望の様子を余所に、澪は畳に落ちた一冊の本を取って頁を開く。
望を捕まえる時に捨て置いたものだった。
「なぁ、早く逃げようぜ。此処もいつ見つかるか分かんねぇし。兄貴も一人置いてきたままなんだ。」
「お兄様は心配いりません。傀儡が一人か二人、いるのでしょう?」
まるで地下牢での様子を見ていたかのような物言いに、望は面食らう。
澪はそんな望に本の頁を開いたまま差し出す。そこには、何かの薬草の研究らしい内容が記されていた。
効能は催眠作用があるらしい。自我の意識を低下させ、判断力を鈍らせる。
つまり、他者の言葉をそのまま聞き入れてしまうようになるそうだ。ただ、その効力は長く続かない。
文章を読み進めていた望が、ある部分で目を止めた。――元々は鎮静作用のある緑茶の葉として用いられている。
はっとしたように顔をあげる望に、澪は首を横にふる。
「大丈夫です、飲んでいません。全て蒸発させました。」
「高垣と初めて会う前、澪たちが言ってたのはこのことか。」
「僕はそこまで的確に推測していた訳ではありませんが、あなたのお兄様は流石ですね。」
話をして分かったが、高垣がいくら『力』を持つとは言え、人を従わせるような器を持った人間ではない。
何故、村人があそこまで妄信的に高垣に従っていたのか、ずっと分からなかったが、これではっきりした。
高垣の『力』が他人を洗脳するようなものであったに過ぎなかったのだ。薬草を用いたのは力不足を補うためだろう。
麻薬か自白剤かと可能性をひとつひとつ考えていたが、どうにも確証は得られなかった。
それを一発で察知した朔は、相当に頭が切れる人物だ。それに敵の道具を利用してのけるところも侮れない。
敵対しなくて正解だったな、と人畜無害そうな顔で自分を見ている望に感謝する。
それにしても、朔に言われたかどうか知らないが、大切な兄と一緒に逃げても良かっただろうに。
……いや、純粋な彼のことだ。そんなことはちらりとも考えなかったのだろう。
成程、朔が望を過保護にする理由も分かる。それから、よくからかわれるのも。やや歪んではいるが、良い兄弟だ。
「…………」
小さく零れてしまった言葉も、静かな部屋の中ではよく聞こえたようだ。
望が心配そうに、声を掛けようとしては口を閉じるを繰り返す。
結局、何を思ったのか丁度良い位置にあった澪の頭を優しく撫でた。
肩を跳ねさせ、驚いて顔を上げた澪に、望は両手を上げる。
「わ、わりぃ。なんか思わず……。」
「…………いえ、えっと…、気にしてません。
それより、そろそろ良い頃合いですから、此処を出ましょう。」
若干の動揺が残る声色で、部屋を出ようと襖を開けると男とぶつかった。
全く村人が来ない訳でもなかったらしい。男は澪と分かると、逃げようとするその腕を掴む。
腕力のない澪では、抵抗しようにも全く抜け出すことができない。後ろ手に両腕を回されてしまう。
だが、男は澪の確保に夢中で、望が視界に入っていなかったらしい。
水筒を思いっきり男の脳天に振り下ろすと、男は咽奥で声を詰まらせたような悲鳴を上げて倒れた。
空っぽとはいえ、威力は絶大だったようだ。
「だい、じょうぶか?」
望は息を荒げながら、座り込む澪に声を掛ける。
やや茫然として、倒れた男と望の手に持つ水筒を交互に見ている。
「……終夜さん、本当に終夜さん?」
「俺は俺だけど……。」
手を貸しながら立つのを手伝いながら、首を傾げる。
澪はまだ少し呆けたようにじっと望の顔を見ていたが、はっとして頭を下げる。
「助かりました。ありがとうございます。」
「いや、多分、これが俺の本来の仕事だしな。」
「そういえば、そうでしたね。」
今更のように感じるが、納得したように頷いた。
幾分落ち着いたのか、着崩れしたのを整えると、今度は周囲を警戒してから部屋を出る。
「さて、少し遅れましたが、高垣の所へ行きましょう。」
「高垣のところへ?」
「はい。」
当然だと言わんばかりの表情に、望は困惑する。此処に来てからは兄と澪の言動は分からないことだらけだ。
兄は階下で村人たちを相手に逃げ回っているのだろう。時折、銃声が聞こえる。
何故わざわざ相手の懐に飛び込むような真似をする必要があるのか。
その疑問を見透かしたように、澪は肩を竦めた。
「彼なくして、この村からの脱出は不可能ですから。」
幸いなことは、猟銃を持った村人が少なかったことだ。
もし村中がそんな武装をしていたら、朔ももう少し慎重な手を打っていただろう。
狭い屋敷の中で散弾銃など発砲するものではない。仲間を巻き込む可能性が大きいのだから。
その証拠に、迂闊な奴が朔と廊下の曲がり角で入れ違いになった村人に銃弾を浴びせていた。
殺傷能力は低いが、大怪我は免れない。なんとも惨いことをする、と自分の皮肉に口元を歪め笑って逃走を続ける。
望が澪を見つけるのには、そう時間は掛からないと踏んでいる。
まず決して外へ探しにはいかないだろうこと。澪がまだ逃げ出せていない可能性があるのだから当然だ。
流石にそれを考慮出来ないほど阿呆ではないだろう。
次に、村人のいない場所を探せば、必ず高垣の部屋に近い所へ澪は身を潜めるだろうこと。
矜持だけは立派な高垣のことだ。自室は二階だろう。そして、不可侵領域になっているはずだ。
村人から隠れて逃げれば、当然人気の少ないそこへたどり着くだろう。それは澪も望も同じこと。
そうだとすれば、今の自分の仕事はひとつ。今度は自分……いや、自分の幻影を囮に村人を引っ掻き回せば良い。
騒ぎが起きれば、当然、高垣は様子を見に下へ降りてくる。それが命取りになるとも知らず。
隠れた押入れの中でGPSを取り出す。
「ようやくこっちも動き出したか。さて、私も行くとするか」
屋敷の何処かで猟銃の音がする。人形たちは上手に動いているようだ。
村人たちは確実に幻影を追って、この部屋の周囲にはもう誰もいない。
押入れの戸を開けて、部屋を出る。GPSの点は思惑通りの場所へ向かっている。
朔は笑みを隠しきれない。嗚呼、愉しい。愉しい。
向こうも此方も互いに同じ計略を考えている。まるでアドリブで演じる舞台のようだ。
台詞も仕草も意図したことを理解していなければ、物語は進まない。
だが、こういう時にこそ注意を払わなければ。物語に飲まれて我を忘れれば相手に付け入られる。
高垣も最後に抵抗をしてくるだろう。過信は禁物。
向こうと歩調を合わせて、村人たちと鉢合わせないように歩みを進める。
夜の帳が落ちる前に、舞台の幕を落とさねば。
朔は襖の前に立つ。
「何だ、一体何が起こっている……」
自室で息を吐いた煌びやかな衣装を纏っている男――高垣が呟いた。
1度目の逃走劇は自分の中でも予見出来ていた。故に、早急に手を打ち再び捕えることが出来――そして、衛士を捕える事も出来た。
あとはゆっくりと澪に圧迫をかけていけばよかった。そうだと信じてやまなかった。
「……糞ッ!こうなったら殺してしまうか、いや……それをすれば、だが」
それが時間を空けずに、2度目の逃走劇。無駄な抵抗になるだろうと高をくくっていれば、今や屋敷がひっくり返る程の大騒ぎ。
少々利発そうな男と実に間抜けそうな二人組が何かをしたか。連絡を取り合う手段が奴らには存在したか。
そんな『今考えるべきではない』思考ばかりを巡らせていれば、戸がぴしゃんと開いた。
「何者だッ!」
「……そう怖い顔をしないでください。折角、此方から足を向けたんですから」
張り付いたようににこやかな笑みを浮かべているのは澪であった。
その後ろには衛士の一人である望が高垣の方を少しばかり怖い顔をして此方を見下ろしていた。
「な、な、な……」
「高垣様。お暇しようと思いますので、丁寧にお見送りお願いしたいのですが」
穏やかな言葉ながらも、有無を言わせない奇妙な迫力がそこにあった。
わなわなと震える高垣にとって、恐ろしいのは当主もそうだが、何より彼の背後に居る望の存在だ。
何でもない唯の一般人に見える彼が当主の衛士と成り得ている。
それはつまり、自分と当主と同じくして御業を使えるという事。
そしてそれは、一体どういうものなのか。全く見当がつかない故に、地下牢に押し込めたのだ。その筈だったのだ。
「……いや、まだだ。未だ、私には村人の奴らが居る。それに、私が此処で終わる訳がないッ!」
高垣は机の引き出しを開けると、その中からゆっくりと鈍色に光るハンドガンを取り出した。
ちなみにデザートイーグルと呼ばれるものなのだが、案の定二人には銃の知識が無いので、お互い眉を顰めるしかない。
「やはり、玩具の一つや二つ、持っていましたか」
「って、どうすんだよ澪!?」
冷静な声を上げる澪とは対極に、慌てた様子で答える望。
咄嗟に突きつけられた銃に澪の前には出てみるものの、打つ手段が無い。
もう少し望も凛とした態度であったのならブラフの一つでも噛ませたのだが――と澪は思ったが、今更だ。
そんな二人の様子を見て、勝ち誇った声で笑い出したのは高垣であった。
そう、望には、彼の異能には、今の状況を何とかする力ではない、と。
「玩具とはずいぶんな言い草ですね。貴方達を消すには余りあるものだ。
……さあ当主よ、選べ!ここで衛士共々命を捨てるか、もしくはこの私に従うか!」
その瞬間であった。望と澪の背後からいやに軽やかな足音が響き渡ってきたのだ。
村人がやってきたにしては不自然過ぎるその足音に高垣もその音に一瞬気取られる。
「……ははは。限られた選択肢から選ばなければならないのは、お前の方ではないのかね?」
「兄貴、無事だったのか!」
「おにーちゃんどこぞのアホと違って迷子にならないから。……お前も、順当な成果を上げたようで何よりだ」
表れたのは朔だった。二人のほうに視線を向けてから、改めて高垣の方に銃を向けた。
「という訳で形勢逆転だ、高垣。お前が私を撃とうが、そこのどちらかを撃とうが、お前はこの男の御業によって敗北する」
「な、にを言っている、そこの男にはそのような力などないはずだ、ある訳がない!」
淡々と述べる朔の言葉に、解りやすく高垣が狼狽えた。
だが、望が出来る事と言えば『不幸の身代わり』であるので、
撃たれたダメージを引き受けるだけなので正直そこまで何かが出来る訳ではない。
だが、望は知っているのだ。これは兄が何時もやるような常套手段だという事を。
だから、出来るだけ戸惑わず、言葉も吐かず。唯、睨みつけるだけに済ませておく。
「それを、確めた事は無い筈ですが。
……貴方と違って、僕は何もできない人間を傍に置いて自己権欲を満たす程、虚しい事をしません」
「五月蠅い、黙れぇえッ!」
解りやすい挑発にのせられ、怒りの感情が跳ね上がった高垣がその引き金に指をかける。
本来ならば、人体に対して扱うには過ぎたる程強力なマグナム弾が打ち出されるはずの銃が、
かちんと根詰まりでも起こしたような音を立てただけで沈黙したのだ。
「……は、はは、ははは……はははは……な、なんだ、何だと……何なんだ、これは!」
澪の言葉。朔の言葉。……それが何を意味するか。錯乱状態に陥ったのか、高垣が声を荒げる。
そしてその直後、朔が自身の銃の引き金を引く。
ぱぁん、と軽やかな音ともに銃弾は高垣の頬を掠ったと同時に、高垣はその場で頽れたのであった。
「お見送り、頂けますね」
相変わらず張り付いたような笑みを浮かべて、澪が再び念押しするように問うと、高垣は愕然とした表情を浮かべる。
そして、たった一言、しにたくない、と音を漏らすのであった。
もしも彼が正気を残していたのであるのなら、その後ろで朔と望が後ろ手で握手した事に気づくことが出来たかもしれない。
最も、彼らがそうする意味を高垣は知らないので、気づいた所で何が出来た、という訳は無いのだが。
「高垣様」
「なんて事だ……」
村人が次に偉大なる教祖様の姿を見た時、彼はすっかり老け込んでしまっているように見えた。
勿論それだけではない、衛士の一人に捕えられ、その米神にハンドガンを押し付けられている。
人質であるぞというのが、解りやすい程であった。
「我らが当主様がお帰りになられるので、見送りに出てもらっていてな。いやいや全く御足労おかけする」
にこり、と朔が狼狽える村人に対して説明する。屋敷の内部は燦燦たる有様であったが、歩けないほどではない。
時折何故か負傷している村人がうめき声を上げたりして、
そのたびに若干顔色を悪くした望が小さく悲鳴を上げていたが、そればかりだ。
「……終夜さん」
「わ、わかってるよ。不審に思われるってのは」
それを澪に見咎められつつ、小声で返していく。死人こそ出てはいないようだったが、けが人は少なくない。
敵対していた筈の集団だったとはいえ、このような無残な姿になっているのを、望は良しとはしない。
故に、澪が彼の名を呼んだのは不審だとかそういう話ではなく、単純に彼が異能を発動してしまうかが気が気で無かったのだ。
「……早く行きましょう」
「ああ、そうだな。日が落ちて1泊となると流石に面倒この上ないからな」
3人、いや4人は屋敷を出て、村へと歩き出す。
同じく高垣の姿に驚嘆の声を上げる村人は居たものの、流石に此方に向かってくるような奴はいなかった。
「わ、私を何処まで連れ出すつもりだ」
村の出口に差し掛かったころ、黙り込んでいた高垣が漸く口を開いた。
外はとっぷり夕闇に包まれつつある。あの山道を歩いている最中で、恐らく日は落ちてしまうだろう。
通り道の様相は体している者の、夜分の通行は考えられておらず照明も無かったのを3人は覚えている。
「……ええ。貴方と違って僕は考えることが出来る人間を傍に置いていますので、この辺りの筈ですね」
わざとらしく何か引っかかるような言い方をする澪の発言が終わったころ、道から1台の車が飛び出した。
その車は急ブレーキの音を鳴らしながら4人の傍でぴたりと止まり、
数秒おいて今朝がたから世話になっていたドライバーが出てくる。
「うっわ!?……び、びっくりした」
「嗚呼すみません。……少々時間が遅くなりましたので、迎えに参りましたが、丁度良かったようですね」
「ありがとうございます。此方での用事は済みました」
当然と言ったようにお互いに声を交わすドライバーの男と澪。朔はさっさと高垣を開放していた。
「良し、じゃあ帰るか。……全く、無駄に消耗しただけだったな。それなりに面白かったから許してやるが。ほら、乗るぞ望」
「いやいやちょっと待て、戸があって車じゃ無理って言ったんじゃ……」
そっと望が車のフロント部位に目をやれば、不自然な程の傷や細かい凹みが目立つことにきがついた。
どう見てもぶち破ってますね、本当にありがとうございました。
「澪、様、私は……」
「門戸……壊してしまった物の補てん金は手配しておきます。それでは」
何かにすがる様に声を絞り出す高垣を切り捨てる様に冷淡な声で告げると、澪はドライバーがあけたドアから車に乗り込む。
次いで朔も乗り込んだものだから、望も高垣に視線を向けながらもそれに従うしかなかった。
最後にドライバーが乗り込み、高垣を一人放置して車が走り出す。
「……あ、ああ、あ、あああ、ああああああ!」
数秒たち、数分経ち、やがて、慟哭に良く似た声が村の入り口付近に響き渡り始める。
愚図る子供のようにその場で蹲る彼の背に、一つの影が落ちる。
その姿は、猟銃を構えた村人であり――そして、その目には光が完全に失われていた。
山間に太陽が沈むころ。ぱぁん、と高らかな発砲音が村中に響き渡ったのであった。
高級車特有の静かなエンジン音だけが支配する世界。来たときとは違い、その静寂が破られることはない。
助手席のドアミラー越しに、ぽかんと口を開けて寝息を立てる弟の様子に、朔は小さく息を漏らす。
その隣に座る澪も疲れているのか、窓に頭を凭れさせて、過ぎ去っていく外の景色をぼんやりと眺めている。
暗い車内では、その表情の仔細を盗み見ることは出来ない。ただ何となく落胆したような雰囲気だけが感じられる。
もし望がそれを見ていたならば、何か声を掛けていたのだろう。生憎、自分はそんな優しさなど持ち合わせていない。
無粋な発言はしない程度の配慮くらいだ。それに自分自身、いくら望に負担を肩代わりしてもらったと言っても、
普段以上の運動をしたために身体はまだ少し重い。明日もやるべきことがある。これ以上の疲労は御免被りたい。
運転手は澪との関係をきっちりと画しており、必要以上のことは話さない。
車は妙に気怠い空気を乗せて、山中から街へと向かっていく。
ぽつりぽつりと見えてくる人口の光。ずっと暗い中にいたせいか、それだけでも少し目に眩しい。
帰路をそれまでずっと休む間もなく走っていた車は、赤信号で初めて停車した。
僅かばかりの休憩と、運転手が座席の背もたれに寄りかかろうとしたとき、そのポケットから電子音が一度鳴った。
運転手は小さく薄い端末を取り出し、その画面を見る。
「高垣についての調べがついたようです。」
そう言って端末を澪の方へ差し出す。澪はそれを受け取って画面に目を向けたかと思うと、再度運転手を見る。
「次のページを見るには、画面を指で左に払ってください。」
慣れたように説明すると、ハンドルを握り直して車を発進させる。
澪は言われた通りにして資料を読み始める。今となっては殆ど分かったことばかりの内容だったのか、
数分もしないうちに読み終えたようだ。興味をなくしたように、端末を運転手のポケットに直接滑り込ませる。
「下手に御業を持ったせいで、神にまで登りつめたいと思っていたようです。
それなりに財力がある家だったのも、助長させる一因でしたね。」
「よくある話だ。」
「えぇ。」
肩を竦める朔に頷く。二人にとって語るべきはそれ以上なかったようで、再び沈黙が降りる。
澪は目を伏せて、肩の力を抜いた。結局、今回も兄の手掛かりは見つからず。探せど探せど一向に進展はない。
昔はそれに焦りを覚えることもあったが、最近では「またか」としか思えなくなってきた。
それでも諦めきれない。諦められていたら、あんな寒村にまで赴いたりしない。
可能性は限りなく低いと分かっていても、それでもだ。
唯一、肉親と思える兄だから。それが兄を追い続ける理由――
ふいに隣で眠る望の手が触れた。
見れば、やはりぐっすりと眠っている。今日の騒動ですっかり疲れてしまったのだろう。
初めての仕事はもう少し軽い方が良かっただろう。それに今回の仕事は自分の私用。
高垣の仕業とはいえ、少し申し訳ないことをしたかもしれない。
「眠っている顔は更に阿呆面だろう?」
朔がミラー越しに望を見ていた。発言の内容とは裏腹に、その声には温かみに滲んでいる。
「良い弟さんですね。」
「ああ、可愛い弟さ。だから、澪にもこいつを守る協力を頼んだ。」
「……そうですね。僕も終夜さんが傷つくのは嫌かもしれません。」
「それはうれしい限りだ。」
笑い声を立てて視線を前に戻す朔。
望は幸運だ。近くで見守ってくれる兄がいるのだから。
自分が当主になることが決まってから、郷の人間は殆ど全てが敵になった。
信用に足る者がいない。心の休まる暇もない。兄がいた時はそんなことはなかったのに。
「…………。」
そこで澪の思考が止まる。
そして、僅かに触れている望の手をじっと見る。
車は明るい市街地へ入ろうとしていた。
「望、起きろ。」
べちん、と頭を叩かれた。夢も見ない程に深く眠っていたようだ。
まだ覚醒しきれない頭を擦りながら、周りを見ると、既に
ウラノツカサの寮の前に着いていたようだ。
開かれたドアから兄が呆れた顔を覗き込ませている。
車から降りて欠伸と共に腕を伸ばすと、運転手と話していた澪が兄弟の方へ向き直る。
「お二人とも、今日はありがとうございました。」
丁寧に頭をさげる澪に、望は首を横に振る。
「結局、俺、役に立てたのか分かんねぇけど。」
「次はもう少し利のある話に乗りたいものだがな。
今回はこいつに良い経験を積ませることが出来たことを利としよう。」
ぽんぽんと望の肩を叩く朔に、またお辞儀をする。
頭を上げた澪に、傍に控えていた運転手が何事かと耳打ちする。
「分かりました。……それでは、僕はこれで失礼します。今日はゆっくりと休んでください。」
そう言って、エンジンの掛かったままの車へ戻ろうとする澪。
確か澪も今はウラノツカサの寮に住んでいたはずだが、と考えたところで、
嫌な予感がして望は慌てて声を掛ける。
「れ、澪。まさかこれからまた別の仕事に行くなんて…言わないよな?」
その言葉に不思議そうに首を傾げた。まるで「それが何か?」と言いたげな顔だ。
朔も微妙に呆れた顔をしている。
「いやいやいや、澪だって今日はいつも以上に疲れただろ! もう休んどけよ!!」
「仕事は仕事ですから。」
「っそれでもな! 兄貴もなんか言ってくれよ!」
「いや、私たちには澪の仕事にどうこう口出し出来る立場でもないからな。」
肩を竦めながら、さらりと正論を言われると、望も言葉に詰まってしまう。
それでも心配なことに変わりはなく悶々としていると、兄に苦笑された。
澪はその様子を見て、少し考える素振りを見せると手帳を開く。
「明日、僕はお休みなんです。だから、今日はあと一件くらい大丈夫です。」
運転手が眉の端を僅かに上げて澪を見る。朔はそれですぐに嘘と気付くが、敢えて黙っている。
心配性の弟が騙されてくれるための嘘だ。その方が都合が良い。
「そ、そうか? でも、あんまり無理はするなよ?」
「えぇ。ありがとうございます、望さん。」
最後にもう一度二人に頭を下げると、澪と運転手は車に乗り込む。
そのまま走り去って行くのを見送った後、兄は自分の肩を叩きながら自室へ向かう。
自分もそれに続こうとしたところで、望はふと気が付いた。
「今、俺の名前―――」
会談へ向かうために急ぐ車。その車内で、澪はそっと柔らかい微笑みを浮かべていた。
(終)
最終更新:2016年02月18日 15:43