何本の裏路を走って来ただろうか。いくつの路地を曲がったのだろうか。
同行していたはずのボディガードも一人また一人と消え、今この薄暗い場所に一人で迷い込む。
裏社会を孕んだ街の光りが木漏れ日のように差し込むこの場所で、様々な人が脳裏をよぎる。踏み台にした商売敵、使い捨てた部下、邪魔だった上司、罪を着せた娼婦。いったいどの恨みが自分を狙っているのか。今はただ、ココが身を潜めるべき安全地帯なのかそうでないのか、一刻も早く判断すべく感覚を研ぎ澄まし思考を巡らせ──────
「何かお困りですかねぇ?」
やけに響く声に、周囲が無音だったことに気付く。
向けた視線の先には長身の男が一人。開いてるのかどうか疑わしい目元に長い髪が印象的な男は、時折差し込む光に浮かび上がるようにしてゆっくりとこちらへと歩いて来る。
「いんやぁ、こちらにご案内するのは骨が折れやした。
なにせ皆さん、アナタだけってのが条件だったもので。」
他にも人がいるのか?
周囲を伺うも、それらしき気配は感じない。気配どころか、物音ひとつしない。
この大都市のど真ん中で。
「まずは案内役のアッシが自己紹介しないと始まりやせんかね。
暗殺業にてご愛顧いただいておりやす、
ガイロードと申しやす。
少し前に代替わりしやしてね。ぜひとも今後も御贔屓にして下さいやし♪」
人なっつこそうな笑顔のまま歩いて来る相手に、考えるより先に身体が後ろに下がり、踵を返して走り出す──────が、男が弾き鳴らした指の音に床に照明が当てられ、その範囲が自分を中心に絞られていく。
「あんらぁ~。今日ご招待したのはお一人のみ、貸し切りなんっすよぉ。
あぁ、光の外は演者の領域、はみ出すとアブねぇっすよん♪」
光りに押し戻されるように下がる間も光は絞られ、だんだんと範囲を狭めるそれはまるで光の檻のように自分を取り囲む。
何か仕掛けがある? ボディガードたちは何をしている。こんな時のために雇っているとい──────
「まぁまぁそうお帰りを急がずに。
せっかくお越しいただいたんですからゆっくりして行って下さいな。
それとも───私たちを置いて逃げるのか?───」
─── !? ───
「それと、ボディガードさんたちならいらっしゃいやせんよ。
さっきも言った通り、皆さんのご要望はアナタ一人だったんすよ。
招かれないお客様は入場をお断りしやした♪ 構いやせんよね?
どうせ───始めから一人分の逃げ道───だったんでしょう?」
・・・・・・なぜ、知っている?
パチィンと音をたてて男が指を弾けば、周囲から風きり音が迫りそれが足元で絡まり、天地を逆にして一気に釣り上げられる。足を見れば黒いロープが幾重にもなって足首から膝の辺りを縛り上げている。
「切れはしねぇんでご心配なく。
そのロープ、わたり物っていう良く言う綱渡りとかで使うロープでしてね。まぁ重さとかじゃあ切れねぇようにできてるんっすよ。
───私を切り捨てるのは簡単───ってわけにゃあいけやせんよ♪」
まただ、どれも聞いたことのある言葉ばかり、あれもこれもすべて、今まで自分が、今の自分となるために利用してきた相手の、どれもすべて始末してきたはず、どこにも情報は漏れていないはず、なぜこの男は知っている!?
頭の中で言葉ばかりがぐるぐると回り、それはやがて体にも変調をきたす。逆さづりで血が頭に下がってきているのか、初めての姿勢で胃の中が逆流しそうなのか、この不快感、嘔吐の前兆が精神的なモノなのか肉体的なモノなのかすら判断が付かない。
胸のポケットから抜け落ちた携帯式端末が、今立っていた光の中でワンバウンドする。仕事の情報、強請りのネタ、ライバルの弱み、いくつかの掛け替えのないモノが思考をよぎる中、光の外に落ちた。と、ほぼ同時に、どこからともなく飛んで来たそれによって、端末は歪なナイフの塊に変わる。その傍ら、残った安全地帯の光の中に、嘔吐物が落ちて山になる。
「あらららら、大丈夫っすか? 掃除する方の身にもなって下さいなぁ。
んでもご心配なく♪ そんな痴態も見てるなアッシのみ。
お仲間さんは誰もいないでちゃあんと御独りっすよ。
───それがずっと繰り返して来たお前のやり方───ですもんねぇ。
お揃いのゲストの皆さまからの情報通りっすねぇ♪」
やおら男の周囲に光が浮かぶ、ゆらりとした灯りを纏い揺らめく様は、古き時代に言われた人魂という言葉が似あい。その灯りに照らされてようやく男の姿がすべて見える。
碧と生成り色を基調にした服、狐のように細い目、そして人当たりの良さそうな笑顔。この異様な状況の中で、何かを楽しんでいるような笑顔。
「改めてゲストのご紹介───は、必要ありやせんよね。
同胞ライバル部下に上司、皆さんアナタが死なせてきたお相手っすもんねぇ?」
「たっ、っだのむj」
ここに来て初めて開いた口からは、不格好に濁った言葉しか吐き出さない。
暗殺者ガイロード、その名前自体は個人を指さず、代々受け継いでいる屋号のようなモノのだったはず。そして今のガイロードについて回る噂は、通り名の道化師よりも異様なモノ、「ガイロードは死者の声を聴く」
「助けてくれ!私の暗殺を頼まれたのだろう!ならば報酬を出す依頼された額の3倍は出そう!それに新しい仕事も依頼する!依頼者の暗殺だどうせ遺族か何かだろう?裏の社会には裏の社会のルールがある!それも知らず分別もつかずに私の命を狙ったんだ、殺されて当z───」
───パチィン───
言葉が止められる。どれでもいい、相手が興味を示せばそこから会話を続けられるとまくし立てた、聞く方の事も喋る方の事も一切考えない聞き苦しい言葉が。ジェットコースターとかであるように予想しなかった急停止、直後に何か来ると身構える。
「すみやせんねぇ。
この仕事信用が第一なんで、依頼主さんとの約束反故にすることはまずねぇんっすよ。
それからアッシ、相手見て身の丈と依頼内容に合った報酬いただくように決めてるすよ。3倍じゃあとてもとても」
足りない、それを口に出す代わりに申し訳なさそうな顔を浮かべて両手を合わせて。
「それからそれから、新しいお仕事のご依頼っすけどね。
立場的にお受けできねぇって事はねぇんすけど、お相手が悪ぃっすねぇ。
なんせ皆さん、もう死んじまってるんで。」
言って男は、道化師は周囲のそれよりもひときわ大きい4つの人魂を手で示す。
「なんで、交渉はどうぞ皆さんで話し合って下さいな。
当事者のみ遺して、部外者は退場いたしやすから。」
歩み寄って来た道化師が、掲げた手をゆっくりと自分の身体にかざして行く。その手が通り過ぎた場所には、カードが添えらている。ベルトに、胸倉に、襟元に、最期の一枚はは額に張り付けて、道化師は背中を向けて立ち去っていく。
「もっともアッシなら、アナタとなんざお話になりやせん、けどね。」
弾かれた指の音は、いくつかの音が合わさった破裂音のハーモニーにかき消された。ワタシの記憶はここで一度途切れた。
「あ、いっけね。アッシも掃除する方の身、考えてやせんでしたねぇ。
・・・ま、いっすかね。掃除するにもスコップとかありやせんし。」
私の目の前を涼しそうな顔をした道化師が歩いて行く。
その背後、唯一残った光の安全地帯には山が残っている。
かつて私だった物が、こんもりと、その何割かを周りに飛散させて。
「あぁそれからそれからそれから、最後にもう一つ。
器失くした霊魂てなぁ殻を失くした卵みてぇなモンでしてね。
周りに恨みの強い霊魂がいたりするとどんどん削り取られて行きやすよ。
どうぞお気をつけて♪」
そして今、霊魂になった私は多くの者に囲まれていた。かつて私が利用し、ふみにじってきた、オオクノモノタチニ───
裏社会を孕んだ街の光りが木漏れ日のように差し込むこの場所で、道化師は線香を一束、燃え上がった火を慣れた手付きで消せば一つの墓に備える。
「お仕事、無事に終了しやしたよ。
まぁ立ち会っていただいたんでご存知でしょうけど、できるだけ完了の報告しとかねぇとどうにも始末が悪くて♪」
人懐っこい笑顔で手を合わせると念仏でも唱えているのか、しばし何かを口ごもってからゆっくりと立ち上がる。
「しっかし、同じ血族の方4人から同じお仕事受けるんは初めてでしたよ。
殺された御身内の恨み晴らそうとして近づいて、近づく途中で殺されて。
まさに道半ば、心残りもあったでしょうに、他の人間巻き込みたくねぇってとこまで、
一族お揃いたぁ仲の宜しいこって。
本来でしたら皆さん、それぞれご自分で恨み晴らしたかったでしょうが、
今はそんな下らねぇモン忘れて、出発してくださいな。
せっかく上への道があるんっすから。
あぁアッシもビジネスっすからね、報酬はちゃんといただいて行きやすよ♪」
墓前に供えられた缶ビールの35缶を手に取れば、「恨まねぇで下さいやしね?」と笑顔を浮かべて。器用に片手でプルタブを開ければ一口煽る。
「あ~、仕事の後の一杯は染みやさすねぇ♪
あのとっつぁんも分かってやせんよねぇ。
こんなモン3本も出されても、味わいたいのは最初の一杯だってのに。
・・・上までの道は四十九日間の長旅です、どうぞお気をつけて♪」
墓石の、それよりも少し上に向かってヒラヒラと手を振れば、まだ半分ほど残る缶ビールの飲み口を咥えて踵を返して。
「さて、これでようやく次の仕事に入れやすね。
ハーメルンの動く死体を片づけろ・・・っすか。
ったく、片づける方の身にも、なってほしいモンっすねぇ」
ぼやくように呟いた口で、咥えた缶をもう一度煽った。
最終更新:2016年01月18日 21:36