おかしな夢を見た。
目の前に転がる、自分の〝死体〟。
それは、まぎれもない自分で。
その〝死体〟があまりにも、完璧に〝死体〟なものだから、
目の前で死んでいるのが、自分なら、
今、それを見ている自分は、 ―――ダレ?
久し振りに、自分としては満足のいく〝派手な仕事〟だった。
このところ「密偵」だの「警護」だの地味な仕事ばっかりで、大抵そういう仕事は自分には回ってこないし、回ってきたところで出来ることなど一般人とそう変わらない。
その点、昨夜の仕事は、これぞまさしく自分にぴったりの仕事。
とある疾患者売買の取引現場を急襲し、糸を引いてる組織にダメージを与えること。
まさに自分と、隣を歩く白い〝死体〟の『十八番』ってわけ……
「……」
無視かよ。
否、無視じゃない。聴こえていないのだ。
両耳に装着された愛らしい猫耳ヘッドホンから、かなりの音量で音が漏れている。いつものことだが。
「ル~フェウ~ス。 音量下げろっつってんだろ。っつか抑々、誰かと歩く時に堂々とヘッドホンするってどうy」
「―――〝粗忽長屋〟」
ん?
声の主は、隣の〝死体〟ではない。
スクランブル交差点の中ほど。
今すれ違った、学生服姿の少年…
「…その音、もしや三代目弧さん師匠の〝粗忽長屋〟じゃな?」
…アレ?
少年?
少年か?本当に。
《証言弐:ルフェウス》
奇妙な出会い。
隣を歩く与太郎の足が止まったので、振り返ると、見知らぬ学生と目が合った。
「…お前さん…!」
いつにない、それこそ任務の最中すら聞かれない、与太郎の真剣な声。
敵?疾患者だろうか…
と、思った次の瞬間、
「分かるのか!?」
「無論。三代目弧さん師匠の貴重な音源ともなれば、聞き間違える筈が無い」
「お前さんも聞くのか!なんなら志ん蝶も米蝶もあるぞ♪うち来る?むしろ来い!」
…十年来の友人でもあるかのように、固い握手を交わす、男二人。
何がどうなっているのか、分からない。
与太郎は、流れるようにスムーズな動きで左腕を相手の肩に回し、歩き出した。
…問題は、反対の右腕が、何故自分の肩に回されて、極めて自然に自分までまきこまれているのか…
「………分からない」
《証言参:田中》
落語は江戸時代に大衆の間で花開いた文化であり、N国が誇る無形文化の一つだ。
何も笑い噺ばかりが落語ではない。
泣ける噺に、艶やかな噺。あらゆる世界を、舌先三寸で創り上げる。
そこには目を引く舞台装置も、音響や効果も殆ど無い。
なるほど、若者にはなかなか理解されにくい趣味かも知れないが…
丁度、そんなことを考えながら歩いていたせいだろうか。
すれ違った若者の耳あてから漏れ出た音の中に、聞き馴染のある声を拾った。
思わず声をかけると、その若者の隣を歩いていた着流し姿の男(いずれも、どこかで見た覚えがあるような気がするのだが)が目を見開いた。
そこからは、早かった。
少々強引と言えなくもない誘いではあったが、モラトリアムでは大凡出来ない落語の粋を語り合えるとあれば、この出会いも悦ばしいものに思える。
着流しの男に促され、彼の家へと向かうのであった。
東都探偵倶楽部事件簿:Märchen 《粗忽長屋》 (※嘘予告)
支給品のスマホが震える。
本業の方で〝一仕事〟終えたタイミングで入った、それはなかなかに珍しい人からの通信だった。
「〝足長サン〟からっすか。なんでしょうかね。また、〝迷子の死体サン〟の回収とか…?」
なんて一人ごちながらディスプレイの文字を追う。が、程なくして、あまり大きくない黄金色の眸を見開いた。
「…ルフェウスさんと与太郎クンに、連絡がつかない…?」
異能者の中でも飛び抜けた戦闘力(条件付きではあるが)を誇る、2人の能力者。
あの2人を擁しているからこそ、一介の民間組織である
ハーメルンが、犯罪組織らと渡り合えていると言ってもいい。
記憶が正しければ、2人は一昨日の夜から、少々危険な任務にあたっている筈だった。
ディスプレイの文字は尚も続く。
どうも、携帯の電源は入っているようだが、全く呼びかけに応じないのだとか。
組織のトップとして、確かに2人を失う事態だけは避けたいところだろう。
「いや、そりゃ分かりやすけどね。…あの2人と連絡が取れなくなるって、よっぽどヤバいヤマじゃあ…」
薄ら寒い予感がする。
柄にもなく、背筋に冷たいものが走った…―――
(※続かない)
最終更新:2016年02月17日 00:16