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Prelude ~Side Hameln~

《 即ち昨今の異常事件は、精神異常者の犯行が多い。 》

すっかり読み慣れたその一文。それは、政府関係者筋から漏れ出た報告書の一部ではあるが、すでに大分年月の過ぎたものなので、今更目新しい情報がある訳でもない。
何より、そこに書かれている内容は、総じて現在では、一部関係者には公然の事実である。

くたびれて、端が擦り切れているそれらのプリントアウト。
その束を折り目に添って、雑な4つ折りにすると、白いダウンベストのポケットにねじ込んだ。

眼下に広がるネオンの海。
巨大都市Tは、煌煌ときらめいて、むしろ昼間より夜の方が華やかに彩られている気すらする。
そんな光景を一望できる、此処は有数のターミナル駅を擁する新都市・I。
その中で一際高く聳える、“太陽ビルヂング”の屋上。
吹き上げる夜風に短い銀髪を棚引かせ、一人の『疾患者』は、夜の都市を見下ろしていた…―――






左手のタブレットPC。
その画面が動いて、「新たな情報」の到着を告げている。
冷えた指先でその画面をなぞる。表示されるのは、一つのチャットルームだ。

画面の表示を変えたのは、ハンドルネーム「足長おじさん」

『公安が保護している少女の周りに、不穏な動きがある』

ディスプレイに映し出される、判別可能な文字を浮かび上がらせる電子記号の波。
タブレットの主は、それを無感動に眺めていた。

『この件について、「ハーメルン」は動かない。
 但し、此方に危害が及ぶようであれば、戦闘部隊が対処に当たるように。
 ――――――私の子供達よ』

最後の一字まで読み終えたと同時に、ダウンベストのポケットが規則的な振動を伝えた。手を突っ込んで取り出したのは、1つのスマートフォン。
画面に表示された名前を見て、一呼吸置いてから、「通話」の文字をタップした。

「…こちら、『死体(ライヒ)』」
『よ~~~っす、ルフェウス!』

スマホの向こうから、明るい声が届く。

「…与太郎。…連絡時には、コードネームを使えと何度m」
『それよりよ、お前今の通信、見たか?』

電話の向こうに言葉を遮られる。しかし、それに対して特に言及する事はなかった。
慣れ、と言って差し支えないだろう。
どんな規則やら決まりごとを口にしたところで、電話の向こうの主は、そんなことに構いやしない、ということを、散々知っていたから。

『どうも、公安が保護してる疾患者を狙ってる組織があるって噂だぜ?』

ピーコックブルーの眸を、タブレットPCに落とした。



―――第六疾患者互助組織『ハーメルン』
疾患に発症しつつも、公安組織、ひいては政府・国の保護を必要としない疾患者への互助組織。
人間としての尊厳を守り、自由を守り、そしてその身の安全を守りたいと願う者たちの駆け込み寺を担う民間組織だ。
疾患に発症しつつ、その力をコントロールできない未熟な疾患者を導き、他者へ害を与えずに社会生活を送っていけるような技術を授ける。

とかく、従来の人間が及びも付かない「力」を有するのが、第六疾患者である。
その力を持て余し、不本意に他者を傷つけたり、反社会的組織にいいように利用される者も少なくない。
『ハーメルン』は、そういった者たちを救い上げる組織であった。

電話を受けた主は、そんなことに思いを巡らせながら、タブレットの表面を指でなぞった。

「…組織、ということは、『コンビナート』か。それとも、あの『華僑』の連中か」

タッタッと軽い手つきでタブレットの表面を叩く。
そこには、現在自分の組織が認知できている疾患者の名前と、その所属が一覧になっている。

『そこまでは分からないが、どうにも…“探偵”が動くっぽいぜ?』
「何…!?」

これは、少々意外だった。
“探偵”―――その名を聞いたのはいつ振りだったろう。
この大都市Tの片隅の、小さな探偵事務所にいるというその者とは、今まで何度か相対したことがあった。
不思議と、“事”が起ころうというその場所、そのタイミングで、彼はいつも、そこに居た。
斬った張ったの荒事であれば、それこそ自分と今の電話の主が組めば、大概はどうにかなる自信がある。
しかし、それ意外の…例えば誰かの裏をかいたり、駆け引きをしたり、そう言ったことに関しては、この『ハーメルン』実働部隊として遅れを取っている事は否めなかった。
“探偵”と腹の探り合い、ともなれば、こちらに分が悪い。

銀髪の少女は静かに首を横に振った。
今はまだ、ある一人の疾患者を巡って、政府と件の組織とが睨み合っている状況に過ぎない。
…必要最低限の衝突以外、極力回避するのが、『ハーメルン』の行動原理でもある。
スマホの画面をタップして、同僚との通信を終え、少女は再び、煌く都市を見下ろした。
宝石のようなこの街の、この光の中に、一体どれだけ、自分と同じように「力」を手にした者がいるのだろう。
そして、「力」は、その者の望む未来を与えるのだろうか…?
考えたところで、答えなどある筈も無い。
ともかく、この件に関しては、今すぐ動くということは無いのだ。
タブレットPCの電源を落とした、その時…―――



「おこ~んば~んわ♪」



これは、一つの物語の始まり。
或いは、過ぎ去った物語の懐旧の、その序章。
罪と病と異能の混じる場所で起こった、ほんの些細な、はじまりの一節。

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最終更新:2015年12月25日 02:11