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Invisible feelings

(※注意※ この小説はさいさんとのリレー小説な上露出ップル(ミサコさんとアーネ)が中心なものです。
      どっかしらのギャグやらシリアスやらシリアルやらがごちゃまぜになると予測されます(お前)
      「なんだこの温度差は! 風邪ひいちまう!」ってかたは見ない方がいいと思います。
      それでもよろしい方はどぞどぞ! リレー小説だけど茶々(むちゃぶりとか(ぇ))を入れてもいいかもしれない(鈴黒がなんか言ってる))
【vol.2】→

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(Arne Side)

「… 今日は月が綺麗ねぇ。」

はふ、と小さくため息をつきながら彼女は上を見上げた。
空はすでに暗く、まんまるな月が浮かんでいる。おそらく星も輝いているようだが、街灯の明るさのせいで少し見えない。

その月の光に照らされながら、赤い髪をツインドリルにしている彼女は人並のない道の壁際で少し疲れたように立っていた。
髪と同じくらい赤い瞳は光がまぶしいとばかりに少し細めて、持っていた袋を見る。



そこまではいい、そこまでは。

だが、その少女は少し、いや、明らかにおかしいところがあった。
―――――… その月の光に照らされているのは彼女の髪、彼女の目、 … そして透き通るように美しい彼女の白い肌。
光から体を守るはず布はなく、せめてとばかりに靴しか今は履いていなかった。



そんな格好になったのは少し時間を戻さなくてはいけなかった。
彼女がまだ服を着ていた、ちょうど月がまだそこまで高くなかった時間にパンを買った帰り道の頃…。

~~~~~

「… …全く、パン屋の時間にギリギリ間に合ってよかった。」

補習なんてものいきなりやるんじゃないわよ、と小さく悪態をつきつつ、袋から感じる温かさと美味しそうな匂いに頬を緩める。
ちらりと近くにあった時計を確認して、もうこんな時間、と足を進めた。
ここあたりは治安があまりよくない。マフィアやら狂人やらの噂をたまに聞いている。
銃声を聞いたことがあるとクラスの誰かが言っていたのを彼女は聞いていたが、 … まぁ真実味はよくわからない。
それでも念には念を入れなくてはいけなかった。パンの入った袋を大事に持って小走りで道を駆け抜ける。

今は誰もいない道に彼女の足音が響く。自分の家までの道のりはまだ遠い。
このまま自分の足音しか聞こえずに家にたどり着くのだろう、と彼女がなんとなく思い始めた頃。


――――… 何かの唸り声が聞こえてきた。


思わず何事だろうと足を止め、辺りを見渡す。
すると彼女がやってきた方角… 真後ろに、黒い大きな犬がこちらの方へゆっくりとやってきていた。
犬は唸りながらぽたぽたとヨダレを垂らしており、その視線は彼女が持ってるパン屋の袋に向かっている。

「… …う、嘘でしょ…?」

じりじりと狭まってくる犬と彼女との間、彼女も犬を刺激しないようにゆっくりと後ろに下がる。
やがて犬はじれったく思ったのか、一声鳴くと彼女に向かって飛びかかってきた。

「!?、… い、いやぁああああぁぁぁぁ!!?」

飛びかかられ、彼女はすぐさま切り札を使った。細工を加えた制服の裾をぐい、と引っ張るとファスナーが開く音と共に服が体から落ちる。
服が脱げ、下着姿になったところで… その瞬間彼女の体はその場から消えた。

いや、その場からいなくなったわけではなく、文字通り「消えた」のだ。


彼女の疾患…、異能の能力は「自身の透明化」。
ただし自分の露出度で強弱が変わるという、彼女にとってはとても使いづらいものであった。


袋を守りつつ、なんとか犬の特攻を避けホッとしつつ、このまま犬がここから去るのを待とうと少し端の方へ寄り、その場を静かに蹲る。
飛びかかった犬は獲物が消えたことに驚き、きょろきょろと辺りを見渡す。

そして彼女が脱いだ服あたりをうろうろとして、どこかへ行こうとした… が。
地面をくんくんと嗅ぐと確信的な行動で彼女の方へ向かっていった。


… ………しまった、匂い!?と自分の手元にあるパンの入った袋を見る。



その思考だけで集中が乱れてしまい能力が解けかけ、そのまま追いかけっこをする羽目になってしまったのだ…。

~~~~

必死に逃げていたせいか、服と同じく脱ぎやすくしていた下着は枝か何かに引っかかったり脱げてしまったため、今現在、彼女は靴以外身にまとっているものはない。

ここまでの道のりを思い出し、おそらく疲れで地面がぬっちゃりと泥に足が浸かったような感覚に陥りつつ歩き、
白い塀に背を向けて上を見上げて序盤のセリフを言ったのである。

「… ……ったく、今日は不運なことが多いわねぇ。
補習がいきなりあるわ、犬に追い掛け回されるわ、 …服、あとで取りに行かなきゃ…。」

本日二度目のため息をついて、少し休もうと白い塀に背中を預けようとした、が。


べちゃり。


… ……ひんやりとした何かが彼女の背面にべったりとくっつき、あわてて壁から背中を離す。
すると、綺麗な白い塀だった場所に、彼女の背中から臀部までくっきりと跡が残っている。
そしてよく見ればその近くに、「ペンキ塗りたて」「手を触れるな」と書かれた張り紙がしてあった。

「… …………。」

その跡を見て、少しの間呆然とする。そしてこれをどうするかを考えてもよい案が思い浮かばず。


「… あー!! もう!! 今日はほんと、最悪!!」

自分の能力を使い、その場を走り去ってしまった。走り去る時もおそらくペンキを踏んでベチャベチャと音が聞こえたの聞かなかったフリをして。


… 彼女が言うのだから、今日は最悪の日だったのだろう。
その跡のせいで、彼女の生活は一変してしまうのだから…。




(Misako Side)

「……今夜、死んでもいいな」

ぽつりと彼は呟いた。
何処か違う世界にでも繋がるトンネルの入口のようにぽかりと夜空に浮かぶ満月を見上げて。

そうして自分の口から出た言葉に少し驚いたように口を噤んで、
しばらくすると今度はなんだか可笑しくなってきたようで、くすくすと笑う。

死にたいわけでもなんでもないのに。痛いのも苦しいのもゴメンだし、今更何かに絶望するほど何かに期待して生きているわけでもない。
それなのに。どうしてそんな言葉が口をついて出たのだろう。

「口説き文句でも、あるまいしネー?」

そもそもこんな人っこ一人いない夜道を一人歩きながら、何を口説くと言うのだ。

お空のまんまるお月様か?ここに立ってる電柱?そこにある郵便ポスト?
あそこに生えてるあの冬枯れの街路樹?そのわきのつぶれた薬局のちょっと錆びた薄汚れた看板?それとも、そこに引っかかってる白と水色の縞のひもパン?

「……え、ちょっと待った」

最後の一つおかしい。


おかしい。


ぴたり、立ち止まって数歩あとずさり。最後に通過した閉店した薬局の立て看板の前まで戻る。
「……やっぱり、あるナァ」
薬の宣伝が書かれた立て看板の角に引っかかっている、4本の紐で縁どられた、三角を二つ繋いだ縞模様の薄い布。
何度見なおしてもそれは、女性用の下着、なかでも脱がせやすいことに定評のあるひもぱんつであるとしか思えない。
幻でもなんでもないことを主張するように風に揺れているそれを、何故か誘われるように手にしてから、はっとする。
「待ってよ?! こんなところを誰かに見られたら、どう見ても下着泥棒じゃないか!!……まあいいか!!」
気にした割には2秒程で開き直ったようで、結局彼は手の中のぱんつを検分しはじまる。看板に引っかかっていたあたりが小さく裂けている。
「使用済み、ッポイ……っていうか、誰かが履いてて、走ってて、ココに引っかかった……? あっちから、走ってきて、あっちへ……?」
パンツだけ看板に引っかかるなんてことあるのかな、等と考えながらも、ソレを履いていた女が向かったかもしれない方向へと足を進める。
若干自分でもらしくない、ほうっておけよという思いもやはり頭をかすめるのだが、
何故かこの下着がこんな場所にあった理由や持ち主の女を確認したいという気持ちは消えない。


やがて道は白い壁に突き当たる。どうやら塗装工事中らしく「ペンキ塗りたて」「手を触れるな」の警告が壁の前に渡されたロープにかかっている。
ふと見ると、壁の近くのペンキバケツがひっくりかえったあたりからぺたぺたと白い足跡が壁から離れる方向に向かってついている。
そして壁にはべっとりと、実物大の人形にペンキがはげたあとがついていた。

数歩、近づいて、手の中のぱんつを壁の跡にあてがう。

――― ピッタリだ。 

ガラスの靴がシンデレラの足にピタリとあてはまるように、
彼の手の中のストライプの紐ぱんはその壁のヒトガタを付けた女が自分の持ち主であると彼に告げていた。


「……それにしても……いいな、この子、すごく」

身長と肩幅のバランス、ウエストの位置、臀部から太腿へのライン。おそらくは、女というよりは十代の少女。
格別にとてつもなくスタイルがいいというわけではない。年相応のすんなりとしたラインではあるが。
芸術家一家に育ちヌードデッサンの経験などもないわけではないし、女性経験がまったくないわけでもない。
目は同年代の人並よりは肥えているほうだという自負もある。
なのに眺めているうちに、ぞくりと背中を何かが走る。

「描きたい。この子に。 この子にだったらきっと」

――きっと、最高の絵が描ける。この少女の体をキャンパスにして描く絵は間違いなく自分の最高傑作になるはずだ。
知らず知らずのうちに今まで感じた事のない高揚感と高鳴る胸の鼓動を感じながら、彼は下着を握りしめたまましばしうっとりと壁の跡を見つめる。
「どうやって探そうか。……手がかりは、キミののこした君のバックプリントと、このぱんつだけ。……俺の白壁のキミ、パンツのシンデレラ」
変質者である。


 そして数時間後。幸いにして、若しくは彼女にとっては不幸にしてこの変質者はこの夜警官につかまることなく自宅に帰りついていた。
立場や人種を越えて様々な人々が出会いすれ違い平和にパンを買い求めるこの街の交差点、リスをイメージさせる乗り物恐怖症の男が超絶美味いパンを提供するパン屋2階の彼の自室。
画材や工作道具が傍目には雑多に、彼にとっては合理的に置かれたその部屋のベッドに寝そべって彼はパソコンのキーボードをかたかたと打っていた。

『アトリエ CARA’S 女性モデル募集 』

連絡先とパン屋の住所、募集条件にやけに詳細な3サイズと身長が記載された割合に高額時給のネット広告を求人サイトへ送信する。
「パンツのことは……かかないほうがいいよな。来るかな、あの子……まあ、触ったらわかる自信は、あるけど」
ぱたり、満足そうにパソコンの蓋を閉じると、少し考えて傍らのアンティーク椅子の背に白と水色の縞のぱんつをやけに器用な手つきでご機嫌に結び付けた。
変質者である。


(Arne Side)

時は進んで翌日のこと。
彼女は昨晩のことで悩んで、あまり眠れなかったのか、目の下に若干のくまができている。
それでも学生という本業があるため、朝早く学校に行かなければいけなかった。

「ご機嫌よう、鐘里さん。」
「… ご機嫌よう。」
「あら、そのお顔、どうしたんですの? 寝不足はお肌の天敵ですわよ?」
「… 少し、夜中に本を熟読しすぎたみたいで…。」
「あらまぁ、うふふ、鐘里さんったら読書家ですのねー。」

… 一応心の中で訂正するが、別に私は読書家ではない。本なんて、興味が沸くもの以外を読むならともかく普通の文章を読むのは苦手の部類に等しい。
本当に悩みの内容を言えるわけがなかったのだ。なぜなら… 


眠れない理由が、夜道でなくしたぱんつが見つからなかったことだなんて、
彼女はプライド云々の前に人として言えるわけがなかった。


ペンキがべったり背中についたまま透明化してうろうろと走ったあたりを探したのに、全く見つからなかった。
隅から隅まで、徹底的に調べまわったはずなのに、形跡すら見つからなかったため、なくなく家へ帰るはめとなったのである。
まさか風で飛んでいったのか!?それとも誰か拾って交番にでも届けたのか!?とベッドの中で考えることとなり、結果、目の下にくまができることとなったのであった。

さきほど自分に話しかけてきたクラスメイトが別の場所に行ったことを確認して、はぁとため息。

「… ほんと、どこいったのよ…。」

私のぱんつ、と心の中で呟いて、とぼとぼと自分の席に着く。
すると仲のいい友人たちが自分に話しかけてきた。

「ねぇ! アーネ!見てよこれー!」
「これやばくない!? ニュースだよニュース!」
「… ん、何?それ。」

…なぜだが興奮した様子の友人たちが朝の挨拶をもすっとばす様子で私に携帯で映ったページを見せた。

そこに書いてあったのは『アトリエ CARA’S 女性モデル募集 』と書かれた求人サイトの一ページのようだ。

「… ほんと、なにそれ。」

思わず固くなる声、それでも友人たちは気にする様子もなく話を続ける。

「CARAって確か、アーネが好きなクリエイターさんの人でしょ? 求人サイト見てたらさー、出てきたから教えに!」
「しかも時給が高額なんだよ! … でもさー、なんか知らないけど、この募集って条件が身長やらスリーサイズが細かく書かれてて~」

…どうやら、友人たちがほぼ善意で教えてくれたらしい。(むしろそう思いたい)
そのことにはぁ、とため息をついたあと、

「… 私が好きなクリエイターのCARAさんはアクセサリー専門よ。 モデル…、しかも身長やスリーサイズの条件をつけて募集だなんて、絶対しないわよ。」
「えー、でももしかしたらさぁ…。」
「ないない。ぜーったい、ない!」
「… まぁ熱狂的なファンのアーネがいうならそうかもねー…。あーあ、せっかく条件にアーネは合いそうだったのに。」
「え”、ホント…?」

条件に合うってどういう冗談よ…、と友人の話に顔を引きつっていた頃、始業を告げる鐘の音が教室に鳴り響く。
友人たちが私に手を振って席に戻り、自分も担任が来るまでのんびりとしていたら、

自分のスカートのポケットの中で、マナーモードにしていた携帯が震えた。

そのことにすぐ気がつき、こっそりとメール欄を開く。
送られてきたメール内容に小さく舌打ちをして、乱暴に携帯を元の場所につっこんだ。

「… ………あの、ダメおやじが。」


私は、そのメールのせいで、先ほど友人たちが言っていた募集を受けることとなった。
全く、腹立たしい。 母親もハッキリと決めてしまえばいいのに、と授業中苛立ちながらも受け、
放課後に一人で、こっそりと行くこととなった。

… その場所は、昨日行っていたパン屋の2階。
そこに募集にかかれていたアトリエ名が書いてある看板がしてあり、なんとなく胡散臭げに見えてしまう。


… …それでも、行くしかなかった。 一応、行ったということにしておかなければいけなかったのだ。
2階まで上がり、扉前で一度深呼吸をし、ゆっくりと、扉を叩いた…。



(Misako Side)

 コンコン、とドアを叩くノックの音で彼は目を開ける。
やりかけの仕事の途中で寝てしまったらしい。直前までペーパーで磨いていたペンダントトップを作業台から保管箱のほうへ寝ぼけ眼で片づけながら。

「……あ? アカネちゃん? 大丈夫だよ。服着てる」

たまに大家であるこのパン屋の店主多忙の際などに伝言等を届けてくれるアルバイトの少女を真っ先に連想したのは、
ドアから響くノックの音の軽さと調子がそれくらいの少女のそれだったからだ。
言い換えれば普段それ以外にアポなしにこの部屋を訪れる者はあまりいない。

「……いえ、あの、アルバイトの募集の件で来た者です。モデル募集の」

かなり長い間何かを黙って考えるような間のあと、実に冷ややかな軽蔑の篭った少女の声が扉の向こうから響く。
勿論、パン屋バイトのアカネの声では無い。初めてきく声だ。

「モデルの……あ、ちょっと待って。今すぐ開けるから」

言われた言葉が脳に届いて意味を理解するとデスク前の椅子から跳ね起きるように立ち上がり、
少し考えてベッドの上に放り出してあったジーンズを履き、傍らのアンティーク椅子にひっかけてあったシャツを羽織る。
第一印象最悪、みたいだから、一応。 まあ、数名既にメールの申し込みはあったとはいえ、
お目当てのシンデレラがこんなに早々にやってくるなんてことも、無いと思うのだけれど。

「お待たせ。どうも。踊原といいます」

そうして、人当たりよさげな笑顔で部屋の扉を開けて、軽く息をのむ。
そこに立っていた赤い髪をツインテールにまとめた制服姿の少女にもちろん面識はない。
―――かわいいな。肌も綺麗だ。 気が強そう。でもそういうのは嫌いじゃない。……それで、肝心の……

そうしてちらりと彼女の顔から下へ品定めするような視線を向けて彼は息をのむ。

「……しっ」

――― 白壁の君、ぱんつのシンデレラ。 

思わず反射的に出そうになった言葉を両手で口を塞いで押し込める。
おそらく間違いない、と己の勘は告げるものの、決め手となるボディラインを視界から遮る制服をほんの寸時忌々しく思う。
聖ステラ学院。バイトのアカネちゃんと同じ学校だな、などと思いつつ、あまり見ていても怪しまれるだろうとばかりに場を取り繕うようにデスクの上のパソコンのスリープを解除、メールを確認しながら。

「……ええと、仕事場兼用なもんで散らかってるけど、入って。 キミはネットで申し込んでくれたのかな?名前は?」

等とことさらに普通の人の振りをしようとしていたせいか、変質者は気づいていなかった。
今着ているシャツを目隠しにひっかけてあった安楽椅子の背枠に結ばれたひもぱんつを彼女の瞳が凝視していたことに。


――そう、それはまるで一つの芸術品のように、アンティークな安楽椅子の背に咲いていたという。


(Arne Side)


最初は…、最初は、だ。
先ほどノックをしたら誰かに間違われた声を聞いた時は「何この人、いつもは服着てないとかそういう人なんじゃないでしょうね」とは思った。
扉を開けて出て来た男性がした人の好さそうな笑顔を見たときは思わず警戒だってした。
その後私をじろりと見て何かを言いたそうにしてたのは、とても不安が煽られた。

まぁそれでもこちらはバイトをしに来た身、画家なんて奇人変人が多いのだろうと自分を納得させて部屋に入ろうと思った。
… が、しかし、しかし… だ。

あの男の部屋にあったアンティーク系だと思われる椅子にかけられている、あのひも付きの布。見たことある水色と白の縞柄。



――――――――… どう見ても、昨晩私が血眼で探していた、ぱんつである。


風に飛ばされたのだろう、もしかしたら善意ある人が拾って交番に届けたのだろう、と希望的観測をしてきたわけだが。
… だが、一番可能性があって一番最悪なことが起こったのだろう、と自分の頭が確定的に判決を下す。
まだもしかしたらうっかり風で飛ばされここの窓にくっついたのだろう、そしてすぐにこれから交番に持っていくのだろう、と現実逃避するには、どう見ても椅子に綺麗に飾られているぱんつが否定しているように見えた。

もしかして、私が昨晩探しても見つからなかった理由って…。

「~~~~。 …?、どうしたの。なんか変なものでも…。」

考えを巡らしているうちに何か話しかけられていたらしい。少し不審げに踊原と名乗った男性がこちらを見ていた。
そしてそのまま自分が見ている視線を辿ろうとする様子に慌てて返事を返す。

「い、いいえ、別に…。 少し、部屋の中がすごいなぁ、って、思って。」
「… あ、ごめんね。散らかってたからびっくりさせたカナ。俺的には結構使いやすく物を置いてるつもりなんだけど…。」

どもりつつ言った言葉に、少し不思議そうな顔をするも何事もなかったかのように彼はそう言いつつ、おそらく仕事用のパソコンをいじっていた。
場を持たせたものの、これは、このままここにいるわけにはいかない、と決意し、じりじりと足を後ろに下げる。

「そういえば、さっきも聞いたけど、名前…」
「わっ!私… その… よ、用事! そう、すっごく大事な用事を思い出したの!!」
「… えっ?」
「だ、から… 帰りますさようならっ!!!」

名前を聞いてくるその声に被せてそう叫んだあと、キョトンとしている男性に背を向けて一階へ戻る階段を駆け下りようと足を動かした。
しかし、その行動は、自分の予想を超えて早かった男性の動きによって、自分の手首を掴まれてそれを妨げられた。

「い、行かないでっ! せめて白壁の君の名前だけでも…!!」
「『しらかべのきみ』って誰よっ!!? 誰かと勘違いしてるなら人違い!! その手を… 離しなさ… ひゃぁっ!?」
「… っ! やっぱり、君はぱんつの… ――――」

手首をとられてそのまま引っ張られる。そして逃がさない、とでもいうように抱きしめられ動けなくなり、
ほぼパニック状態になりながらもそう叫び暴れるも、男性と女性の力の差にはかなわない。
男が何かに感動したかのように嬉しそうな声で何かを言おうとしていたが、そんなもの聞く余裕なんてない。
そのことに軽く舌打ちをして、混乱したまま男性を睨みつける。


「離してって… いってるでしょうがっ!!」
その瞬間、掴まれていない方の手でスカートのすそを引っ張る。
するとファスナーの音と共に、するりと制服が脱げ、肌着一枚となった。
彼女はそれと同時に透明化し、彼の腕の中からするりと抜け、それと共に制服もおいていかないように掴む。


「―――――― … お邪魔しました!! もうこんなとこ来ないわよ! べーっ、だっ!!」


ずいぶんと子供っぽい捨て台詞を言い放ったあと、制服を持って一階へと駆け下り、そのまま誰にも見られずに着替えられそうな場所まで全力疾走する。
ああ、だからあの父親が関わることに巻き込まれるとろくなことがない!

そう思いながら、彼女はもう、あの変な画家… 踊原と関わりは持たないだろう、となんとなく決めつけていた。
だが、彼女は知らなかった。 いいや、家に帰ったら、わかるのかもしれない。


踊原が、今、彼女の学生証を持っていることに…。



(Misako side)

「……消えた、ナァ」

行きがかり上抱きしめた体がふいに空気にとけるように消え、驚いている間に罵倒の声とともに彼女は居なくなっていた。
異能者ってことなんだろうか。そんなにゴロゴロ居るものだとは思わなかった。
……いやゴロゴロ居るんだとしても、もう少し隠すもんじゃないのか、そういうのは。
それとも、彼女にしてみたら異能使って逃げざるを得ないレイプ寸前くらいの恐怖に満ちたキキテキジョーキョーだったんだろうか。
そういえば、抱きしめた体は少し震えてすらいたようだった。でも、それならなんで、そもそもここに来たんだろう?

自分の所業を棚に上げてぶつくさ言いながらもみ合いになったあたりで床に散らかった物をとりあえず拾い集めはじめる変質者。

あの子の体が最高の素材なのは間違いないけれど、縁が無かったと思ったほうがイイのかもしれないな。
俺だって異能モチと関わったり抗争騒ぎやらに巻き込まれるのはごめんだ。

等と若干早々に諦めモードで床を片付けていた彼はとふと見慣れない革のパスケースを見つける。ひょいと裏返して中をみれば、学生証のようだ。

「鐘里……天音。 聖ステラ学院高等部2年。ぱんつの次は学生証……落し物しやすいタチなんだろうか、あの子。ドジッコ?」

顔写真とともに住所氏名やら生年月日やら個人情報が満載の身分証明カードをしばししみじみと眺めて溜息一つ。


「あっぶないなー、変質者とかに拾われたらどーすんの、こういうの。
 君の能力を他人に知られたくはなかろう?とか返してほしければヒトリでここに来いとか、
 行ったら行ったでさあ、これを舐めるがいいとかなんか差し出されたりするんだぜー?
 あーもう、ホントにアブナイアブナイ。変質者ゴロゴロしてんだからこの大都会」

お前もな、変質者。

住所欄の住所を眺めて少し考えて時計を見上げる。彼女の家よりは聖ステラ学院のほうがここからだと近い。
先生やらはもう居ない時間だろうけど門の守衛のオッちゃんにでも渡しておけば、連絡したり明日彼女に返したりはやってくれるだろうし。
家まで届けに行ったところであの様子だと絵を描かせてくれるどころかその話をする隙すらないというか顔を見せてくれるかどうかすら怪しいし。
交番はこちらが連絡先を書かされるのが鬱陶しい。アカネちゃんに頼むのも、説明がムズカシイ。


少し考えてからモデル募集に応募してきていた他の数人にキャンセルのメールを打って、壁に掛けてあった上着に袖を通す。
今日もにぎわっているハコラの店先を眺めながら、聖ステラ学院へ向かった。


校門脇に灯りのともる守衛詰所に着いた頃にはそれでも冬の陽は落ちていて。

「すみませーん、あの、コレ、拾ったんですけどココの生徒さんのですよねー?」

窓口を覗き込むようにして声をかけると、少し奥で茶を飲んでいたガードマンの制服の男が面倒くさそうに窓口へやってくる。

「わかりました。確かにお預かりしました。明日本人に渡せるようにしておきますよ」

――それは、ほんの微かな違和感だった。彼女の学生証を受け取るときに見せた、警備員の表情に感じた違和感。

「……あれ、ちょっと、すみません、こっち向いてください?何かついてますよ?」
いかにも何かゴミでもついてるのを見つけました、という顔をして、ついと彼の耳朶に指を伸ばす。
上着のポケットにいつも入れている赤の顔料。耳の裏にするりと描く、赤の逆三角形。

「あ、とれたかなー?なんか赤いのついてたんだけど」

等と笑って手を離す。 ホントですか?なんて首をひねってその部位に触れてみたりしている男。

(洗っても取れないよ。 俺が忘れるまでは)

こそりと心の中でそう呟いて、それ以上は怪しまれないように校門の前を一旦離れる。
顔料やインクが特別なわけではない。何か生物の体に自分で描いた絵を彼が忘れない限りその絵は刺青のごとく消えず、
絵が消えない限りはその絵に心を滑り込ませることができる――それが彼の異能だった。

少し離れた場所で近くの塀に軽く背をもたせ、目を閉じて先程の赤い逆三角形に意識を集中する。
守衛の男がニヤニヤと笑いながら学生証を眺めている姿が見えてくる。


『鐘里天音……アーネちゃん、だよなァ。2年の。目をつけてたんだよね俺。入学したころから。
 ラッキーだぜぇ、使いようによっちゃ、ぱんつ見せろ写真撮らせろくらいは、イケるかもしれないしなあ』

そんな事を呟きながらむちゅう、とガードマンは彼女の学生証の写真に分厚い唇を押し付け、
傍らの名簿を調べてどうやら彼女の家へと今から電話をかけるつもりのようだ。
間接的に伝わったむちゅう、の感触に思わず吐き気を感じて、赤い逆三角形から一旦意識を引き戻す。


「……やばい、変質者に餌やっちゃったかも」

とりあえず、縁がなかったね、で放っておくわけにはいかなくなってしまった。半分俺のせいだしな。
そうしてしみじみともう一度、夜の闇の中、変質者の電話の内容をきくために、
どこかぱんつにも似た赤い逆三角形のマークに再び意識を飛ばすもう一人の変質者がいたとか。



(Arne Mother Side)

プルルルルルッ プルルルルルッ

ガチャッ

「… はい、もしもし。鐘里です。」

『… ………。』

「あら、あの子が… ? ああ、すみません。まだ帰って来てなくて。」

『… ……………。』

「… …ええ、わかりました。もう遅いですし、朝登校する時にでも寄るように伝えます。では。」

カチャッ、 ツーツーツー


電話を切ったタイミングと共に、玄関の扉が開いた音が聞こえる。

「… ただいま帰りました。」

いつもより疲れたような声で帰りを告げる声が聞こえ、パタパタと玄関へ向かう。

「… ああ、天音。 おかえりなさい。私の可愛い子。」
「あ、お母さん。 ただいま…。」

ぎゅっ、と帰ってきた我が子を抱きしめ、両頬の軽くおかえりのキスをする。
毎度毎度やっていることなのだが、彼女はそれを安心したような顔でくすぐったそうに受け取った。

「またあの人がやらかした、って聞いたのだけれども、天音、本当…?」
「… …おそらく、だけど勝手に求人に応募したみたいよ。私の名前使って。」
「… ……ハァ、ホント困った人ね。そろそろ愛想付きそうだわ。」
「私はもうとっくの昔についてるけどね…。」
「… もう、天音ったら。」

娘の目が死んでる加減でどれほど本気かはわかるのだが、あの男とめんどくさい家のせいでなかなか手続きが進まないのよねぇ…と軽く心の中で悪態をつく。
疲れきった彼女を休ませようともう一度強く抱きしめたあと離し、夕食と風呂の準備ができている事を告げる。

「ああ、そういえば天音。あなた、学生証を落としたんですって?」
「え、いや、そんなはず… 。  あ、 あら? な、ない…。」
「拾われて、学校の守衛さんのところに預かってもらってるらしいわよ。 明日、取りに行きなさいな。」

「… はーい。」

パタパタと制服を叩き、学生証がないと騒ぐ娘。 … 外見や仕草、知識量は私似ではあるが、この子はあの人に似て、変なところがうっかりしている。
変なことに巻き込まれないといいけど、と少し心配になってしまった。

そのままパタパタと自室に向かっていった彼女をなんとなく嫌な予感がする母親はじーっと見守るしかなかった。


その予感はもうすでに遅く、彼女には怪しい影の手が伸びかけていた。
翌日、彼女は自分の娘がどういう状況に会うのかをしらない…。

~~~~~~

翌日の朝、私立聖ステラ学院

「… なんで、 なんでここに…、こいつがっ!?」

普通ならば見ない人物、そこには、昨日会った画家… 踊原が、アーネの方を向いてひらりと手を振った。



(Misako & Arne side)

「ちょっと待った!! 逃げないで!!消えないで!!……話を聞いて!!!」

半ば反射的に念のためにとばかりいつでもスカートの裾を引けるように身構えながら、
ツカツカと競歩のごとく前傾姿勢で黙って速やかに横を通り過ぎようとする彼女の前に両腕を差し出して制止に立ちふさがる彼。

「大声出さないでください。迷惑です」

にこっ、と笑顔でさらにその脇を通り過ぎようとするアーネ。なんだかミラーコントのように立ちふさがるミサコ。
冗談じゃない、こんなところを誰かに見られたらなんて言われるか……と、一瞬ちらりと周囲を伺う彼女。

まだ登校時刻のピークにはおよそ早い時間である。
早朝練習の運動部の子なんかは逆にもう更衣室で着替えて活動を始めているくらいの、
そんな時間であるのでよくも悪くも周りに級友や教師の姿は見えない。

『夜勤明けだから、少し早めに取りに来てくれると有難いって言ってたわ、守衛さん。
 無理なようなら学校のほうに届けて置きますがって仰ってたけど、この上さらにご面倒おかけするのもなんだし、
 あなた、明日はちょっと早めに取りに行って差し上げなさい。よくお礼言うのよ』

そう、母に言われていつもよりだいぶ早い時間に家を出たのだが、それがこんな形で変質者の待ち伏せを許すことになるとは!

「……あの。私急いでいるんだけど。用事があって。どいて下さらない」

反復横飛びからシャトルランの運動量に睨み合いの通せんぼがハードに進化しかけたあたりで、最後通告。
これでどかないなら、朝っぱらから脱がないといけない。この男には消えるところを見られてる。捕まる前に消えないと。

「守衛室に行くつもりなんだろ? やめときなよって俺が言っても、アーネちゃん、信用しないよね?」
「……は?何であなたがそんな事言うの?当たり前じゃない変態!!……も、もしかして私をつけまわしてるの?!
 ママの電話でも盗聴したの?!っていうかアーネって呼ばないでよ変態!?」

当然ますます怪訝な表情になりじり、と後ずさる彼女の手をぐいと強引に引き寄せると彼はその手に何やら封筒を押し付けてくる。

「せめて、コレを持ってって。守衛室に行く前に読んで」

手を掴まれたのに驚いてそれを振り払おうと身構える彼女だが、封筒を押し付けると用は済んだとばかりにするり、と掴まれた手は離された。
離されただけではなく、渡し終えた瞬間に何やら気が緩んだとでもいうように、男は両手を膝について上体をかがめ、俯いて息を整えている様子。

――なんで?さっきの反復横飛びのせい? コイツ、もしかしてすごく体力無い……?

そんな疑問が頭をかすめつつ、気持ち悪いから要らないと封筒を突っ返そうとしたりしかけた彼女であるが、
きっともってけってめんどくさいし、今なら追ってきたり乱暴する体力なさそうだし、
だいぶ時間を取ってしまったから、守衛さん仕事終わったのに待っててくれてるかもしれないし、
そんなことしている場合じゃないわねと思い直す。


というわけで、この隙にとばかりにアーネは彼の脇を守衛室のほうへとパタパタと走り去っていく。
押し付けられた封筒はとりあえずすぐにでも放り出したかったが、校門前の道端に捨てるのも憚られたのでポケットに押し込んだ。
だってもしかしたらあの変態のことだ。私のぱんつの写真とかそういうのかもしれない。

彼女が守衛室につくと、若干寝不足気味な表情をした夜勤明けの守衛さんが待っていてくれて、学生証を返してくれる。
ありがとう、とアーネがお礼を言うと、何故だか何かに脅えたような顔をして声を潜めてこう、囁いた。

「こ、これで、ホントにあの写真のデータは消去してくれるんだよね? 頼むよ。俺にも妻も子供もいるんだから、約束は守ってくれよ?」

――何の話なんだかサッパリ分からないがチラチラと引継ぎの昼間担当の守衛さんの顔を見てるオッサンはツッコんでくれるなという空気をかもしまくっている。
首をかしげて守衛室を離れると、この謎の唯一の手掛かりともいえる先程変態に押し付けられた封筒の事を思い出し、
ひっくり返して差出人の名前を確かめてみるアーネ。 差出人の名前は無い……が、その封筒には見覚えがあった。

彼女が以前ネットショップで「CARA」という作家のガラスのピアスを買った際、
送られて来たピアスに同封されていたメッセージカードの封筒と同じ封筒だ。

『貴女が初めてのお客様です。気に入ってくれてありがとう。 
 どうぞ貴女の素敵な日のお供に連れて行ってやってください。 ―CARA』

メッセージカードの内容なら、今でも簡単に思い出せる。

「よりによって何で変態が同じ封筒を使ってくるのよ……メッセージカードまで同じじゃないのこれ、なんかむかつく……ん?他にも何か……」

ぱさり、とカードと別に入っていた数枚の写真が床に落ちる。
それは、先程の守衛の男の写真……なのだが、様子が尋常でなかった。

まず、自撮りっぽかった。

無駄に綺麗に撮れていた。

場所は守衛室みたいだった。

ものすごい笑顔だった。

ブリーフ一枚の裸だった。

イヤミの「シェー」のポーズを決めていた。

そして、中年らしくゆるんで毛の生えた腹にはでかでかと『アーネちゃんらぶ!オジサンにぱんつみせて!』と描かれていた。


『守衛の男に呼び出されているなら、気をつけろ。それは罠だ。奴は確実にキミのぱんつ、もしくはそれ以上を狙っている。
 学生証の受け渡しに条件を言われたり、何か身の危険を感じたら、この写真を校長に見せると言え。
 データは俺が預かってる。君は何も心配しなくていい。もし詳しい話が聞きたければ後程連絡下さい  ―踊原三迫』

――もしこれでメッセージカードが自筆の手書きだったら流石に彼女もピンときたかもしれない。
少なくとも少しは疑ったかもしれない、彼女の憧れのアクセサリー作家と、変質者が同一人物である可能性を。
だが無情にもどちらのメッセージもありふれたRゴシック体のプリンター印字だったという。


 電話の内容をきいたのち、夜間自らの異能の限りを尽くして憑依したオッサンを操って恥ずかしい写真を撮影し、
自宅に戻ってユスリのメールを打ったりプリントアウトしたりアーネへの手紙を書いたり、
「あ、こんなことするくらいならフツーに学生証とり返して来ればよかったんじゃね」と夜が白むころに今更気づいたり、
「イヤイヤイヤ、変質者ほっといたらいつかやらかすし、やっぱ釘はさしとかないと」とか一人頷いたり、
そうしてその後校門前で彼女を待ち伏せしていた変質者がその頃何をしていたかというと物陰から顛末を見守ったのち、
異能の疲労と徹夜の疲労でそのまま自宅で泥のように眠っていたということだ。いいのか、それで。

「……あの身体は、他の誰にも触らせたくない。 あれはやっぱり俺の……」 
寝言をちゃんと寝て言ってた。えらくない。



【Arne Side】



(… ………集中できない。すごく気になる…!!)


今、アーネは学校の家庭科実習を受けていた。
しかしその手つきは疎かであり、たまに作業を止めてはぼーっとしていたのだった。


(今朝、あの男…、踊原…だっけ。 あいつが渡した封筒の中身やら、あの時の守衛さんの様子、あと、なんであの時間にあそこにいて私のあだ名を知ってたのか。)


疑問点が多すぎる、と彼女は眉をひそめていた。おそらく、だが、あの男が何かをしたのだろう、と直感的にわかっていた。

(あの守衛さん。 ここ(聖ステラ学院)に入った時から視線が若干怪しくて異様に優しい人だったから、まぁ何かやるんじゃないかとは思ってたけれども。)

ああいう写真を自分で撮ったりするほど愚かな方ではない、とは思うなぁと彼女は作業をしつつ考える。
もともと、彼女は自分が変質者や変わり者と関わりやすいということを知っていた。
幼い頃から不審者に声をかけられ攫われかけては母親によく心配されていて、そのことにいつも自分は心を痛めていたものだとしみじみとしてしまうが、
まぁそれは置いといて、だ。

(今日はいつもより早く出ていたから、やっぱりお母さんと守衛さんの電話を盗み聞き…? … でも、どうやって)

最初の会った時の対応で、おそらくはどちらも初対面…な、感じはした。少なくとも、自分の顔を見て、何かしら変な顔はしなかった。
でも確かあの男、視線を下げたあと少し私を凝視していたなぁ…とまた疑問点。頭が痛くなる。
あとぱんつの件もある。 … ……というかあの椅子に綺麗に飾られたアレはどうすべきなのだろう。
そういえば私のことを「しろかべのきみ」とか呼んでいたような。 しろかべ… 白壁?

「… ……まさか、ねぇ。」

あのペンキのやつじゃないでしょうね、と記憶に新しい思い出したくないことを思い出して、大きなため息。
先程からわからない疑問点がぐるぐると回る。自分の拙い思考回路じゃ情報が少なすぎて、何かしらの納得のいく答えが出てこない。
変質者がやったことなのだから、このまま問題を放置すればいいのに、というめんどくさがり屋な自分の声が聞こえた気がしたが、
なんとなく気になってしまって、ずっと集中が乱れているのであった。
そして、思い出すのは、もらった封筒の中にあった便箋にかかれていた内容。


「… …………しっかりと準備してから行こうかしら。」

しょうがない、と言った様子でそう呟き、きっちりと決まった頃、

「…アーネ、あなた、クッキーの生地をどれだけ練れば気が済むのよ?」

友人から呆れたような声をかけられるのであった。


~~~


「… よし、確か、ここだったわよね…。」

学校が終わって、放課後。 
彼女は今、昨日「もうこんなとこなんて来ない!」と叫んだはずだった、踊原のアトリエの前であった。

もしかしたら罠かもしれない、あの男が狡猾であり、計画的にこちらをここに呼び寄せたかもしれない。
その疑いの心が晴れなかったため、一応、逃げるための準備はしてきた。 … さすがに私も相手も馬鹿ではないのだし。

「… ええと、押さえ込まれた時用のスタンガン、縛られた時用のナイフ、あとは催涙スプレーと…。  …うん、いろいろあるし大丈夫よね。」

…彼女は自覚なく、危ないものばかりを持ってきたようだ。むしろある意味不審者に近い。
まぁそんな完全武装を確認し、彼女はゆっくりと扉に近寄って扉を叩こうとする。

… しかし、叩いた瞬間、その扉はギィ、と音を立てて部屋の隙間を作った。


「… え、鍵、かかってない…?」

無用心、なのか、本当に罠なのか、とますます疑いの心が強まる。
しかし少し待っても何も起きず、恐る恐ると部屋に耳をすませた。
すると聞こえてきたのは誰かの寝息。 … …本当に無用心の方かもしれない。

しばし考えて、ゆっくりと扉を開けた。

「…お、お邪魔しま… すっ!?」


部屋を覗くと、やはり想像通りベッドで踊原が寝ていた。 … しかし、しかし、だ。


「∑なんでこの人裸で寝てるのよ… っ!!?」


相手を起こさないように小声のツッコミを入れつつ、慌てて目を背ける。
その男は寝相が悪いのか、もしくは寝ている最中暑くなったのか、申し訳程度に毛布がかかっている状態であり、そのまますよすよと寝ているようで。


目線が、向けられない。

このまま部屋の扉を閉めて帰ろうか、と真面目に検討し始めた頃、くしゃん、とベッドの方からくしゃみが聞こえ、慌ててドアの後ろに隠れた。
踊原はんー、と声を出したあと、

「… 寒い。」

もそもそと身動きして、毛布を探すように手を動かしているようだが、その眼は全く開いておらず、諦めたようにそのまままた寝息を立てた。
少し待ってみて観察しても、起きているようには見えない。

「… そりゃあ裸で寝たら寒いでしょうに。」

あの人は馬鹿なのだろうか、と一瞬心配する。しかし、このままでは確実にあの男は風邪をひくだろう。
馬鹿は風邪をひかない、とはいうがそんなものは迷信だ。馬鹿だって風邪をひく。
お節介の気質があった彼女は、それを見過ごすことができなかった。

「馬鹿だけど、… まぁ、しょうがないわね。」

こそこそと部屋に入って、散らばった絵の具やら道具を踏まないように移動しつつベッドのそばまで近寄り、
いろんな意味で目が当てられないと思いつつもそっと毛布を肩までかけておいた。
これで目を逸らさずに済む。

「… これでよし、っと。」

… というか、話を聞きたかった本人が寝ている場合、どうすればいいのだろうと彼女は一人悩むようにベッドの近くに座り込んだ。
そばから呑気な寝息が聞こえ、起こそうと思ったが、顔を覗き込めば見えた目のくまに起こせずにいたのだった。

「そういや、あのぱんつもどうするべきか…。」

ちらり、と安楽椅子に飾られたひも付きの布を見る。そこには昨日見たまま通り、綺麗に飾られていた。
このまま回収してもいいのだが、あそこに飾られているということは「使われている」可能性などが捨てきれず、正直いうととても触りたくない。
だがそのままというのもなかなかいろんな意味で嫌だなぁ、と思っていた。

「… う、うん…。」
「∑っ!?」

そんなことを考えているとベッドから踊原の声が聞こえた。 も、もしかして目が覚めたのかしら!?この状況をどう説明しよう!?と瞬時に考えたのだが。


「… ううー…、むちゅう、って、 あついくちびる… かんしょく、 きもぃ…。」


… 目は覚めていないようだったが、何かの悪夢を見ているようであった。あついくちびるって、この男はどういう夢を見ているんだ。
うーうー、と魘されている様子を見て、少し考えたあと、ベッドにそっと近づき、

…そっと、手を伸ばした。



「… わ、悪い夢、悪い夢、どっか知らない人のとこ飛んで行けー!」

ちちんぷいぷい、と言わん限りのポーズで「痛いの痛いの飛んで行けー!」のテンションでそんなことをいう。
別に効果はないと思うのだが、母親がいつもこうしてくれたのを思い出してやってみた…らしい。完全にテンパってやらかしていた。
彼女はすぐにはっと気がつき、今やった行動を思い出して顔を真っ赤にする。

寝ている踊原の方をゆっくりと見たが、先ほどうなされていた様子はなく、もぞりと寝返りを打って彼女から顔を背けた。
そして寝息と体の規則正しい揺れからまだ寝ているのだろう、と推測する。

(… お、起きなくてよかった…!!)

彼女の心からの安堵であった。そして、少し調子に乗って、踊原の髪をほんの少し撫でる。

(くせっげ、ね。 ふわふわでさらさら。まつげも長い。 … 引っこ抜いてやろうかしら。)

そんなことをのんびりと考えていたが、途中でこの男と自分との関係、今自分が何をしているかを思い出してその手をバッと離す。


(… いけない。こんなことをしてどうすんのよ、私。 …帰ろう。 寝ているのを邪魔しちゃいけないし。)


そっとベッドから離れて、少し考えてカバンからルーズリーフを一枚とペン、ついでに実習で作ったクッキーが入った袋を取り出した。

(… 「あなたが何をしたのかよくわからないから聞きにきたけど、寝てたしもういいわ。
部屋の鍵はちゃんとかけたか確認しなさい、泥棒入られても知らないわよ。
あと寝るときはパジャマか何かをちゃんと着ること。 毛布はちゃんとかけること。
部屋も少しは片付けなさい、絵の具踏むところだった!
クッキーはいらないからあげる。食べるなり捨てるなりすれば? 

PS:女性用パンツは飾るものじゃないし、捨てなさい。今すぐ」 … って感じに書いとけばいいかしら…。)

あと何か書くべきかなぁ、と悩みつつも書いた二枚折のルーズリーフとクッキーをベッドそばの机において、
行きと同じようにこそこそと部屋から出ていき、彼がまだ寝ているかを確認したあと、部屋の扉を閉めた。

そしてホッと息を吐いて、帰宅するための道を通るのだ。
またあの男が関わりに来たのなら逃げよう、となんとなく思いつつ。


… まぁ、部屋を閉めたあと、寝ていた彼はうっすらと目を開けていたのだけれども。




(Misako Side)


 ふわふわ、ぼんやりとした白い夢の空間。
赤いツインテールの少女がゆっくりとこちらを振り向いて微笑む。

『手紙、読んでくれた?』
『ええ、もちろんよ! あなたの考えてた事、ホントの気持ち、ちゃーんと伝わったから安心して』

――ほんとに?

『ええ、私とこの人の関係に嫉妬したんでしょう? でも、私とこの人は何でもないんだから安心して』

夢の中の少女はそう、2度繰り返すと、パンツ一丁の守衛の中年男性をどこからともなくずずいと引きずり出すと、
彼の方へと押し付けてくる。

『変質者どうし二人で安心して幸せになってね。安心して、そういうのに偏見ないから、私。
 でも絶対私とはかかわりのない所でやってね、安心して』


――何回言われてもちっとも安心じゃないよ!?


そう言おうとした口は、むちゅう、と生暖かい分厚い唇の感触に塞がれる。
追いかけようと伸ばした腕は、手の甲に毛が生えたむっちりとした腕に絡めとられ、
少女はそれを見て頷くと背を向けて白い霧の向こうへ去っていく。

悪い夢であってくれ。

『悪い夢、悪い夢、どっか知らない人のとこ飛んで行けー!』

――どっか知らない人、いい迷惑じゃないのそれオッサン!! 
  ていうか声カワイイねオッサン!!手もやーらかいねオッサン!!……??

額に手を当ててなんだかオッサンがそんな事笑顔で言うのにツッコミかけたところでふいと徐々に現実感が戻ってくる。


半覚醒でうすボンヤリと目を開ければ、ベッドの傍らに立つ聖ステラ学院の制服。
「飛んで行け―!」のポーズを決めてる、少女の姿。

――なんだ、夢か……。何やってんの、アーネちゃん。

あの子がここに来るわけ無いだろう。守衛のオッサンと一緒くたに公安に通報されるほうがまだあり得る。
等と考えつつ、もぞりと寝返りを打つ。 
そちらのほうが現実的だと思いつつも、その考えには何故か思いのほかちくりと胸が痛んだ。

こそっと躊躇うように優しく髪を撫でる手の感触。
寝ているのを起こさない様に、と気を使ってくれてるのがわかる。

――ンなことしてっと、押し倒すよ?

だがそれがなんだかとても心地よくて、かちゃりと閉じられる部屋の扉を意識の端に見送りながら再び彼は眠りに引き戻された。
……なるほどこれは、悪くない夢だ、などと思いながら。


~~~

「……ってえええ!! 起こせよ!!来てたなら!!」
そうして、ぐっすり眠って彼がスッキリと目を覚ましたのは夜半すぎ。
裸のままベッドサイドの机の上からもそもそととりあげたクッキー膝に置いて、
ルーズリーフの手紙を読んで最初の一言。

そうして、手紙の文字をゆるりとはじめからもう一度なぞって、
「なんだよ、このどっかのオカンみたいな注意事項。
 つか、いらないからあげるって、ツンデレじゃあるまいし……
 あと、パンツ普通飾るもんじゃないのは女性用関係なくない」

そうして、一人手紙にツッコミ入れつつ、なんとなく自分の顔に手をやって、鏡に目を向け、
いつのまにやら実に緩んだ表情でくすくす笑っているのに気づくと、バツが悪そうに顔を赤くしてぺちりと頬を叩く。

画壇ではソコソコ高名な親から勘当を言い渡され、
なんやかんやと目をかけてくれていた教授陣を皮切りに、
彼の近くにいたご学友や恋人気取りの女学生も離れていき、学費の支払いが滞った大学も休学のまま。

ただ、それらは全てボディペイントへの情熱を断ち切れなかった自分ばかりが悪いとも彼は思っていなかった。
時を同じくして発症した第六疾患の力のせいで、
日の当たる場所から姿を隠してしまうこともおかしな組織にかどわかされずに絵を描き続けるためには必要になったのだから。

どうせ誰にも理解されないならこちらも誰も理解できなくていい。
俺はただ、ボディペインティングを続けられればいい――そう思ってた。

なのに今更。たかがこれしきのことで、何を浮かれて。


理想的な体をしてるけど、そうそう気安く絵をかかせてくれる類の子じゃあない。
忘れ物の件は片付いた。あの子だって、これでチャラにしましょう、これきりサヨナラよ、って、そう、きっと……?


「……笑った顔、見たいな」

あの子はどんな顔で笑うんだろう。
理屈を押しのけて、そんな思いが頭をよぎる。

ぱきり、とクッキーを一つ齧って。 それはとても甘かった。

~~~


 そしてそれから一週間ほど後のこと。
フェイクファーのオーバーコートにセーター、デニムのボトムにショートブーツ……と、
一見何処から見ても見た目だけなら「街で見かけたオシャレ男子」とかのサイトにのっかっててもおかしくなさげな程度にはナントカ恰好はついてる男。数日このままにするか追っかけるかさんざん迷った末に聖ステラ学院の校門近くで下校する生徒を眺めながら人待ち顔で立っていたという。
ただし、コートの襟の下から覗くセーターは、無論本物ではなかった。
ごく近くで見ればわかるかもしれない。カシミヤでもウールでもなんでもない、それが描かれた絵であることが。

「……口実、ヤダナア、クッキーの、お礼だよー!……ウン、逃げられそうなったら、目の前で猫だましパーン、ヨシ」

手にした映画のチケット2枚、確かめてなにやら全然ヨシじゃない作戦を自分に言い聞かせるように呟いた後、
コートのポケットにもそもそとしまって。

変質者は彼女が出てくるのを静かに待っていた。

『監禁:ヤクザと太極拳~雪のゴースト雪原の死闘~』 まずその映画のチョイスはどうなんだ変質者。



【Arne Side】



―――――――… どうしてこうなったの…。



彼女は今、制服のまま映画館へやってきており、飲み物とポップコーンを買いに行った男性…、
もう一週間も会わなかったのだしもう二度と関わらないのだろうと思っていた踊原を、椅子に座って待っていた。

チラチラとレジに並びつつ自分が逃げずにちゃんといるか確認しているようだが、見ててうざい。こっちを見るな。逃げないから。一応。
ひらりと手を振るとちょっと嬉しそうな顔をして彼は手を振り返した。 … 一体、どうしてこうなったんだか。




思い返すは今日の放課後の出来事である。
踊原のアトリエにこっそり行って以来、最初はまたあの男がいるのではないかと登下校時不安になっていたが一週間も会わなければ自然と警戒が解け、
下校中、気の置けない友人たちと一緒に楽しく話しながら帰ろうとしていたところ、校門近くにいた彼を見つけたのが災難であった。

あの男は突然の出来事に固まって足を止めてしまった私を見つけるとニコリと笑って、こちらに向かって手を振りながら近寄って来た。
「部屋来てたのなら起こしてよかったのに!」なんてことを言いつつ。
その様子に眉をしかめて後ろに下がろうとしたが、その動きを友人が制す。
能力を使って逃げようにも、ここは学校。しかも放課後で下校している生徒が多数いた。 … 使えるわけがない。
「ねぇアーネ! あの人誰!? 超カッコいい!」「もしかして彼氏? 放課後デートとか?」と友人たちは私の顔色なんてものを気にせず、色ぼけたことを話す。
あんな変質者とデートなんて行くものですか!!と言葉を返そうとしたところ、
その言葉にかぶせられるように「そ、クッキーのお礼に映画誘いたくなって。」と踊原が友人たちに人の好さそうな笑顔を向けた。

キャーッ!と興奮した友人の叫びが校門で響く。キーンとする耳に少し眉を顰めつつ、その誘いを拒否しようと口を開けたところ、
自分を放置して友人たちと踊原の会話は続き、あれよこれよと恋愛事に目がない友人たちに背中を蹴り飛ばされる形で映画を一緒に見る羽目になったのだ。
「明日、デートの感想聞かせてね☆」という言葉を最後に、友人たちと別れることになったのである。



… 思い出しても腹が立つ。明日は覚えておきなさい、あの友人不幸者たちめ。
そんな風に苛立っていたが、ふと見た鏡に映っていた自分の顔が見るに堪えないものになっていたので、なんとか手で頬の筋肉をもみほぐす。

まだ踊原はレジで注文をしているみたいね、と確認しつつ、今から見るはずの映画のでかでかと貼られたポスターを見た。


そのポスターには狭い雪原に閉じ込められた主人公のヤクザが太極拳のポーズをかっこよく決めており、対する幽霊も何やらヌンチャクを振り回しているという…。
どう見ても、展開が読めない物であった。

「… なんだこの映画。変なもん混ぜすぎなんじゃねぇの…?」

ちょうど同じタイミングで見ていたらしい医療用眼帯を付けた男性が頬を引きつらせながら車いすにいる女性に話しかけていた。
それを横目でちらりと見つつ、その言葉にはとても同意するわね、と心の中でしみじみ。

「コメディ映画って話を聞いたんだが…、むしろカオスすぎて笑えるのか、これ?」

その言葉にも同意、っていうかコメディだったのね、この映画、と横耳で聞きつつうんうんと頷いていたら。



ぴたり、と冷たいものが頬に当てられた。


「ΣΣぴゃっ!!!?」

びっくりして距離を取り、慌てて後ろを向けば、買い物を終えたらしい踊原が買った物を専用のボードの上に置きそれを片手で持って、もう片方の手で冷たいドリンクを私の方へ向けていた。

「… びっくりした? っていうか「ぴゃっ!?」って…」

「Σうっさい! そこにツッコミいれないで!!」

変な声が出たせいか、恥ずかしさに頬を赤くしてキャンキャンとうるさく吠える。
先ほどポスターを見て話していた男女はそれを見て微笑ましそうな顔をしつつそっと離れたようだ。その気遣いはいらなかったわ!!

ゴメンネつい、などと言って謝る彼にムスッとしつつも飲み物を受け取って、映画の時間になったので指定席の方へ向かう。
久しぶりに来る映画館に雰囲気にのまれて少しわくわくしてしまうも、横に変質者がいる状況でくつろげるわけがない。

椅子に座りつつ、暗い映画館の中… とりあえず、スタンガンはすぐにでも取り出せるようにしとこう、と心に決めたところ、
映画館内一緒ににいるのにこの男はコートを脱がない。その様子にほんの少し違和感を感じて首を傾げて。

「… 暑くないの?」

「ン? ううん、全然。 … むしろ、ちょっと寒いカナ。」

「え、ここ結構あったかいと思うんだけど…。 ま、まさか風邪ひいて体温感覚おかしくなったとかじゃないわよね?」

「い、いや、それはないんj…」

「裸で寝るだなんて風邪ひくでしょう、普通! 一応脱いでおきなさいよ。膝か胸辺りにかけておけば暖かいし。」

しどろもどろに答える踊原に怪しさを感じつつも、コートのボタンを外していく。
明らかにこの場所の温度は少し暖かすぎる。コートにセーターだなんて、こちらが見てて暑い。

「ΣΣあ、ちょっ、待って!? ちょっと理由が…。」


「問答無用! 映画上映中にごそごそと脱がれて集中そがれたくないし、さっさと脱… い…。」

自分の手を止めようとした彼の手を払い、コートを脱がしていこうとする。
だが、途中で私はあることに気が付いてしまったのだ。


映画館で放送されている大画面に映る宣伝。その光に彼が照らされると、セーターで隠されているはずの身体部位のラインが、はっきりと見えている。
視界をだますはずのデコボコとした錯覚絵も、光が当たる方向のせいで、全くの無意味だ。



――――――――… つまり、ぶっちゃけて言ってしまえば、この男。 セーター着てない。 … ボディペイントで書かれたセーターだった。



「き…っ。」

「ΣΣあ、アーネちゃん、ちょっとまっ…。」



「きゃぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!???!」



映画館に自分の叫びが響き渡る。そしてなんだなんだとこちらを向く視線。彼は私が逃げないように手を伸ばしたようだが、するりとそれを避けて、映画館を飛び出す。
こちらに何事だと視線を向ける係員の隙間を通り抜け、人気の少ない、少し隅の方で息を切らして立ち止まった。


… やっぱり来るんじゃなかった!!帰ればよかった!! と心の中で叫びつつ、息を整え、このまま帰ろう、と早足で足を進める。



しかし、その行動は誰かの手によって止められてしまった。


「… ……へぇ、そこのねーちゃん。かわいいじゃねぇの? 俺らと遊ばない?」

そういったのは、金髪でいたるところにピアスをしたいかにも頭が悪そうな男であった。その後ろに、似たようなのが二人ほどいる。


――――――… 全く、今日『も』厄日ね。本当にっ!!!




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最終更新:2016年01月09日 02:59