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“死体”が生まれた日

―――それは、聖夜も近い夜だった。

先祖代々の土地を遠く離れたN国で、成功し財を築いたワグナー家。
巨大都市Tの閑静な住宅街に、一際広く美しい佇まいのその邸宅の窓に、暖炉の火が赤々と映る。
深夜、0時。
少女は一人、廊下を進んでいた。振り返れば、先程見た悪夢が背後から襲ってくるように思えて、小走りに。
13歳にもなって、怖い夢を見たと親に泣きつくのが、恥ずかしくないわけではない。
しかし、少女は思った。お父さんとお母さんは、きっと笑って抱きしめてくれる。背中をさすって、「大丈夫だよ」と。「いつまでも子供ね」と。
廊下の先、少し開いた扉から、一本の光が漏れている。
あそこに行けば、暖かい暖炉と、大好きなお父さん、お母さん。
あそこに行けば…

「…だから私は反対でしたのよ」

ドアノブに手が触れるか触れないかのところで、中から聞こえてきたのは、母の声。
その声色が、なんだかとっても怒っているようで、少女はドアをそれ以上開けるのを躊躇ってしまった。
―――喧嘩でも、したのかな?
悪いことをしたわけではないのに、なぜか息を潜めて、耳を澄ましてしまう。

「仕方ないだろう、跡取りを残さなければ、わざわざこんな辺鄙な島国に来て、漸く築いた財産がすべて水の泡だ」
「だからって、血の繋がりも何も全くない、どこの誰とも知らない人の子供を育てるなんて、私もう限界なの!」

え?

少女は一瞬ぽかんと口を開いた。
そして、先ほどよりも慎重に耳を澄ませた。
きっと何か聞き間違えたのだ。きっとそうだ。

「すべてワグナー家のためと、割り切って育てると言っただろう」
「だって貴方…“あれ”の気味の悪さったらないわ。いつだって子供らしい我儘の一つも言わないで、ただにやにや私を見てるのよ。可愛げなんてこれっぽっちもない」
「イェシカ」
「大体、精子だって卵子だって私たちのものではないのよ?いかに優秀な遺伝子を残すためとは言え、…試験管で生まれたなんて、そんなおぞましい―――!」
「よさないかイェシカ。あと5年の辛抱だ。そうすれば血筋の汚れていない適当な男を宛がって、結婚させてしまえばいい」
「…えぇ、そうね。それまでは辛抱して育てますわ。“あれ”が飢えて死んだりしたら、今まで我慢してきた私の時間が無駄になりますもの。あの薄気味悪い――ルフェウスを」

―――…え?

冷たい水を浴びせられたように、少女の身体がさっと冷えた。
思考が追い付かない。
けれど、先ほどより集中して聴いた分、聞き間違えや冗談などではないことははっきりしていた。


お父さん、お母さん、なんで?

私、ずっといい子にしてたよ?
“いい子”にしてたら、お父さんとお母さんが愛してくれると思ったから。
言いつけを守って、お手伝いや勉強をしっかりして。


お父さんとお母さんの子供だから、


お父さんとお母さんを困らせないように。“いい子”って思ってもらえるように。

ずっと、わがままを言わないで、

いつも笑顔で、

ねぇ、嘘でしょう?


今この扉を開けば、お父さんとお母さんは笑って「こっちへおいで」って手招きしてくれるはず。


だって私“いい子”にしてたから、ずっと、ずーっと…






――― ソウスレバ、オ父サントオ母サンニ、愛シテモラエルト思ッテ ―――








―――


――――――



窓ガラスに映る、炎。
赤い、赤い、炎。
お父さん、お母さん、綺麗でしょう?
燃える暖炉。
燃える絨毯。カーテン。
お外はとっても寒そうだけど、これならみぃんな、凍えなくてすむもの。

足元に転がる2つの影。
お父さん、そんなところで寝たら風邪をひくよ?あぁでも、これだけあったかければ、大丈夫ね。
お母さんも一緒に寝ちゃったみたい。

真っ赤な部屋。
ゴウゴウと音を立てる、炎、炎、炎。
私も眠ろう。
大好きなお父さんと、優しいお母さんと一緒に……



……なのに、





どうして、私、あったかくないんだろう…?






X00X年12月。
一軒の邸宅が焼け落ちた。
中からは、2名の遺体。この邸宅の主人とその細君であろうと思われ、確認を急いでいる。
尚、この2名とは別に、行方不明者が1名いるとの情報がある。

名は、『ルフェウス=ワグナー』。

大都市Tの片隅に、一人の“死体”が生まれた。






―――それは、聖夜も近い夜だった。

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最終更新:2015年12月28日 00:18