アットウィキロゴ

コンビナート、僕らの一日卵サンド戦争

N国へと根を張り、その手を数多伸ばし続けている組織がある。
コンビナート」。某連邦時代、企業の汚い資産を元に作られたとも言われる企業的犯罪シンジケート。

「連邦の廃棄物処理場」。廃棄物とは、様々な物を指した。汚い金。悪い人間。都合の悪い人間。
都合の悪い団体。全て一つ残らず、塵も残さず片付けて来た。

非情なる掃除屋。その一幕。


N国。20xx年も終わりを告げようとする12月28日、夕闇が空を染める頃。
高級住宅街にひっそりと混じるコンビナートの客用屋敷の中を、一人の男が不機嫌そうに歩いていた。
フレデリック・クロスナー。《司祭》の職位を拝命している、速い話が事務方監視役(デスクワーカー)だ。
本国は片田舎、真白い雪しかない正教会から派遣されてきた彼は、どちらかといえば曇天の空を見る方が多かった。
冬の真っ青な空、眩い太陽。 豪華な邸内を焼いていた。それが彼を「余計に」不機嫌にしていた。

 なら本当の理由は、となれば簡単だ。本国の「ファミリー」が此度来国する。その身の回りの世話をうっかり頼まれてしまった。
本来ならただの面倒な執務の一つだが、その話を聞いた時の彼の感想は――

「お鉢が回った」。
三日前、府主教から電話を受けた時、思わず心中で毒づいたものだ。


* *



「イヴァノフ猊下を歓待して欲しいんだよ、クロスナー」

ツェーザリ・イッポリトフ=イヴァノフ大主教。その名を聞いた時、タオルがはらりと落ちる。趣味の銭湯巡りの後で良かった機嫌は急降下した。
あの連邦時代。生き馬の目を抜くような政争を生き抜き、連邦が壊滅するや否や正教会へ移り、
人権派の名を欲しいままにした狸爺――事あるごとにヒゲ野郎に揶揄われる種になる憎い老人だ。
それだけではない。

「それは!あの方とお会いできるとは……光栄の極み。早速、この国の食事情に通じた者を用意します、」
やや歓喜を匂わせての早口を繕う。そうでもしなければやっていられない気持ちだ。
そう、ツェーザリの野郎は美食家気取りなのだ。気に入った者以外口にしない。
あんな”面倒”な爺の相手にお似合いの奴がいる。なんだか楽しくなってきた。

だが、此方とは打って変わって不機嫌そうな声が返る。
ギルテ=モルグンは駄目だ」


絶望だ。絶望しかない。目の前が真っ暗になる。湯冷めしてきたのか。
眩暈を覚えながら、髪の毛を拭いて問い直す。

「何故です」
「例の新興宗教(チベットカルト)遊びが問題だ。猊下がチベットで猿の「排出物」を”お踏みに”なって以来、チベット関連は禁句でね」
「今更じゃあないですか、」
ニェット(否定)だ。思い出して不機嫌になられても困る。……ちなみにこれは」
「嗚呼……辞めてください。分かりましたよ。府主教殿はいつもそうだ」
「アルマースだ」

コンビナートは、常に合理主義を貫く。故に、並ぶような美しいトップ・ダウン。
命令絶対主義を誇るが、その命令にも優先順位は存在する。その優先順位を、宝石に例える物がある。
この辺りはコンビナートが最初に宝石の密輸を行ったことが組織の始まりとも言われているが――、つまり。

インスタラクシャ・アルマース(金剛石令)。ファミリーの鬨の声、最優先令という事だ。

溜息が零れる。

「分かりました。用意します。私の方で。……猊下は何がお好きでしたか?」
「おいおい、耄碌してるなよ。忘れたのか。『わたしはなんでも』」
「『食べられるよ』。」
忌々しい。あの老人の口癖を思い出してしまった。どの口が言うのか。

「チェチェン地方教会は嫌だろう?君、存外寒がりだからね」
「私は府主教殿と運命を共に致します。では、カバルの血に」
「カバルの血に。幸運を祈るよ」



* *



そうして、今日の日に至る訳だ。
面会は成った。豪奢な客室へ足を踏み入れる。
暖炉を見詰めながら椅子を揺らす老人へ、恭しく首を垂れた。

「イヴァノフ猊下。またお会いできて光栄です」
「んん。 ん? おや……懐かしい顔だ! クロスナー。おいでおいで」

イヴァノフ大主教――髭をたっぷりと蓄えた老人はゆっくりと振り返り、顔を見るなり好々爺の笑みで招き寄せ抱きしめる。
一見、とてもマフィア組織の幹部級には見えぬ所だろうが、まあ、内実を知りたいとも思わない。
フレデリックは実に感情的に熱意を込めた視線を向け、熱烈な握手をさっさと済ませながら、相対する椅子に座る。
何とはなく、かれこれと雑談が進む。

「それで、どうだい。此方の方は」
「警官が優秀ですよ。公安部という諜報部に手を焼かされています」
「ほお。苦しいかね?」
国家党政治保安部(ゲーペーウー)相手に比べれば、休暇のようなものです」

そうかね、と老人が機嫌良く紅茶を啜る。
未だ資産を徴収された事を恨んでいるのだ。けちな爺め。
機嫌が良くなってくれる分には構わない。そろそろトドメと行こう。フレデリックは口火を切った。

「所で、今夜は――猊下のお食事の御相伴に預かれるという事で。」
「ああ、そうだ。せめて御馳走させてくれ、きみとゆっくり出来るとは嬉しいね」
「私もです、その為に他の仕事を押し付けてしまったものです、ええ。当然です。
……今宵は様々な物を口になさっている猊下ならばこそ歓待のお料理は悩みましたが、この地のショージンという料理を――」

まあ、無難な所だろう。ここから西都は正直遠いが、最高級の和式料理の店を予約した。
本来一年二年と待たされる所なのだろうが、「予約を受けた方が得だ」と思い直したらしい。
精確には「思い出させた」のだが。

「いや、申し訳ない。もう店を用意してくれていたのかい?」
「はい、特にご指示がなかったものですから……気になる店がおありでしたか?申し訳ありません。」
申し訳なさそうに笑う老人に殊勝に謝って見せるが、内心は冷や冷やモノだ。先に言え。先に言え!
こんな事で上位幹部を人気店の軒先でのんきに並ばせる訳にも行かない。

「ああ、まあ、大した店じゃあないんだ。だから照れくさくて言えなくてね」
「とんでもない。猊下が美食家であらせられる事は皆が知っております。
店の予定を伺ってみましょう、なんという店なんです?」

意を決して述べた。
申し訳ないが、また大したことない店の店主には気の毒だが、思い出して貰う他無い。

パン屋なんだ」
「………… パン屋。」

唖然として、思わず「は?」と聞き返す所を、冷静に取り繕った自分は偉いと思う。
そう考えながらフレデリックは微笑みを絶やさずに問う。

「Sブロック?だったかにある店で、随分な人気だと部下に聞いてねぇ。買ってきたという保存用の黒パンを別けて貰ったら、随分美味い。
キャビアを載せてもウォトカと合わせても何それが美味い。保存の物とは思えん味でね」

熱弁を奮う老人を前に、思わず肩を落としかねなかった。
パン屋。……しかも聞いている限り、ただの持ち帰りの大衆パン屋だと言う。
顔色に出す訳も無いが。

「……そちらをお召し上がりになりたいと。」
「みっともないだろう?」
「とんでもありません猊下。美食とは金額だけが物を言うものだと浅慮ながら今まで考えておりましたが、猊下のお言葉にはっと気づかされました。
市井の力強い食品にも、美食の歴史と文化は脈々と受け継がれて居る。それを探求する御姿に考え直す機会を頂くことが出来ました。
このような日に――感謝を。カバルの血に感謝を。……誰か車を。S宿区へ。」
「君は熱心だねえ? 世辞でも嬉しいよ、ハハハ。あそこの卵サンドが美味いらしいんだ――」




車に乗り込んだ後も、やや脱力したフレデリックの前で、老人はパン屋の魅力についてを語っている。
輝かしい前途を盛り上げているのだ。随分盛り上がっている。
……パン如きで。流れる街並みの光を眺めながら、内心で嘲て憂さ晴らしをする。

「噂によると、オムニェット(オムレツ)が挟んであるらしい。あとはマスタード!美味そうだ、ふふふ」
「猊下が目に止められたパン屋です。期待に必ず応えてくれるでしょう。店の名をなんと?」
「なんだったかな……。ええと……――思い出した。ハコラだ」

ハコラ。
……何語だ?覚えも無い。まあ、この国の人間は妙な名前を付けたがる。
速く買って帰ろう。そう決めた。期待は出来ないだろうが、酒のアテになる物があれば適当に見繕おう。

「ただなあ、そのパンはプレミアムらしいんだよ。無くならないといいなあ。まあまだ夕だし、心配はないと思うんだが」
「急げ」
「は?」
運転手が困った様な顔をする。手短に言った。

「この国の人間は限定だとか、現品限りだとか、そういった言葉に致命的に弱いんだ!
――可能な限りで構わん、ブッちぎれ!」



To be 「マフィアのグルメ S宿区三丁目パン屋の卵サンド」偏に続く……。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年12月28日 21:55