「あやしいわーるど」といった掲示板サイト群で局地的に『くそみそテクニック』を始めとする、
山川純一氏(通称「ヤマジュン」)による成人向け漫画作品のセリフが人気となっていたが、
2003年ごろに「ふたば☆ちゃんねる」内にそれが輸入され、更にそこから2ちゃんねるなどへ波及した。
これにより作中の台詞「ウホッ!いい男……」「やらないか」などの「ヤマジュン語」が大ブームとなり、
ネットミームとして他のヤマジュン作品の台詞も流行っていくこととなる。
あまりの大ブームぶりから『個人授業II』というTBS系列の番組でも紹介されたり、
後に復刊ドットコムより氏の作品集『ウホッ!! いい男たち ヤマジュン・パーフェクト』が発売されたりした。
ニコニコで爆発的なブームとなったのは2007年~2008年頃となるが、
オールスター入りした後もその人気は一向に衰える事なく、2010年を跨いでからも様々な作品でパロディされたり、
公式コラボとしてアダルトビデオが制作されたりもしている。何故か女×女モノになってるけど
海外でも日本初のミームとして 「yaranaika」が定着したが、
言語の壁を挟んだ結果元ネタや意味を理解しないで使っている場合も多い。
また、ヤマジュン作品関連で 「アッー!」を見掛けることも多いが、これは元来はヤマジュン語ではなく、
ゲイ向けアダルトビデオ『 真夏の夜の淫夢』発祥の用語であり、ホモ繋がりで逆輸入された形になっている。
その後は「 フタエノキワミ、アッー!」といったように、主にニコニコを通してジャンルを超えて使われるようになったのは周知の通り。
…が、こうした現代ネット上での大人気に反し、ヤマジュン作品がゲイ向け雑誌『薔薇族』に連載されていた当時は非常に評価が低かった。
同誌で80年代に連載されていたゲイ向け成人漫画では男臭く、がっしりとした体つきで濃い男達が登場するものが好まれていたため、
細身のイケメンが登場するヤマジュン作品は読者からは「絵が淡白すぎる」「キャラ造形が掲載紙と合わない」として酷評されており、
少なくとも同誌読者の嗜好とは噛み合っていなかった。編集部でもそれを受けてあまり高い評価はなされていなかったとされる。
ヤマジュン作品には ロン毛のイケメンもよく登場し、「少女漫画のようだ」と評されていたが
1990年代に入るとロン毛ブームが起こり、ロン毛のイケメンという図式が一気にメジャーとなった事を考えると先見性がありすぎたのかもしれない。
こうした評価だったためか、1988年には作者である山川氏は『薔薇族』の編集部に姿を現す事もなくなり、消息が分からなくなってしまった。
あまり多くを語るタイプではなく、いつも編集部の玄関先で原稿を渡して原稿料を受け取るとすぐに帰ってしまうという人物だったため、
住所や連絡先どころか本名すらも定かではなく、編集長としてもそれ以上のコンタクトのとりようがないまま数十年が経過する事となる。
『薔薇族』読者の中でも自殺や様々な要因で亡くなってしまった人が多いため、これを受けて、
「生きていれば今は50歳前後と思うが、もしかすると亡くなってしまっているのかもしれない」と編集長は死亡説を強く否定しない見解である。
また、単行本に関しては1986年から1988年にかけてけいせい出版より3冊が出版されたものの、けいせい出版は倒産。
『薔薇族』の発行元である第二書房で在庫を引き取った際に、その大量の返品単行本を見て編集長は唖然としたと言うが、
その後徐々に売れ始め、2~3年が経つ頃には山のようにあった単行本は完売したと証言されている。
インターネット上で人気となってからは、むしろ『薔薇族』側でも乗っかる形で阿部さんをデザインしたTシャツや抱きまくらを制作したり、
コラボカフェなども開催されるなどして人気を博している。正に「時代がヤマジュンに追いついた」のかもしれない。
編集長の自著タイトルとしても「やらないか」が前向きな挑戦を表す言葉として使われている
(以上のエピソードは編集長がネット上でのブームを受けて当時を振り返って語ったものだが、
細かい年代については微妙に記憶違いなどで食い違っている部分も多いと思われる)。
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