(未登録の人物、ログからの引用があります。ご注意下さい)
知識を得ることには快楽が伴う。それが、自らの興味関心に付随するものならば、特に。
ならば、快楽と共に得られた知識が、自らを蝕むものだとしたら……それを欲し続ける者は、何処に堕ちるのだろうか?
自らを律することを止めた瞬間落ちる先を夢想して、彼は今日も生きる。 自らを律し、或いは殺し続けながら。
《 傷跡と邂逅 》
カタカタと軽快な音を立てるキーボード。指を走らせる男は、自らの興味と勘に従って電脳の海から情報を掬い上げていく。
探偵業との関係はほぼ皆無の、雑多な情報。その中から自らの異能に反応するものを拾っていけば、何かしらの『犯罪』に行き着く。半分趣味のような、日課の情報収集を一通り終えてパソコンの電源を落とすと、冷め切った紅茶を飲み下して溜息に近い吐息を零した。
半保護半助手の少女は、今頃学業に専念しているだろうか。気づけば時間は既に昼下がり時。薄曇りの空を見て、再びの溜息を零す。
……思った以上に没頭してしまった理由は解っている。列車でのテロの後から、感情を揺らされすぎたせいだ。安定を求めてひたすらに情報と犯罪の世界へ浸っていたのだろう。そう自らを分析し、本日三度目の溜息を落とす。
本当に、らしくないことだ。……その理由もまた、よく解っているけれど。
『本当は理解していただろう、
ミラビリス。なあ探偵。なあオイ、なあ? お前は頭が良い。一人でその現実を直視し、もがいている。
お前は全ての犯罪者の王だ。故に、孤独だ。犯罪は人のエゴ。醜い本質を映し出す鏡。 それを見つめ続けるお前が、どこまでそこに立っていられるか、俺個人は見物だよ』
軋むような笑い声と共に、〝司祭〟が放った言葉。
『敬意なんてあってもなくても気にするもんは気にするのに…お前そんなのでほんとに人信じてるのかよ?』
細めた目に彼を捉えつつ、
カルディアが吐き出した言葉。
的確に、或いは無自覚に抉られた見えない傷跡が、じくじくと血を流す。涙などというものはとうに枯れたはずなのに、泣き出す直前のような胸の疼きが、消えてくれないのだ。
吐き出そうと何度溜息を吐いても、決して吐き出せない。それが、苦しい。
「……それでも、信じたかった。 助けたかった。 けれど……気づくのが、遅すぎた」
呟く声はどこまでも空虚で、疲れきったようで。
……そう、解っているのだ。自ら望んで得た異能は、御するには大きすぎる衝動を同時に齎した。自らを律して、全てから距離を置いて。それでも、ミラビリスには『解って』しまう。人のエゴ。人の持つ醜さ。犯罪へ至る、暗く自分本位な欲求。それらを誰よりも理解できる。
自らが、その結晶であるが故に。『犯罪偏愛』、その異能こそ、彼を象徴するもの。
犯罪を愛し、犯罪行為を甘美に捉え、それを暴くを快楽とし……僅かでも衝動に負ければ、容易に『犯罪行為そのもの』に溺れかねない、危うい均衡。
故に、彼は自らを厳しく律するのだ。
距離を縮めず、人好きする笑顔を被って。そうして、誰とも深く関わらず、誰も……自分自身ですら信じず、常に問いを重ねていく。
それが、己の生き方であると。己の望んだものの代償であると、そう信じて。
そうして、思考に沈み込んで。なお深くに落ち込みそうになったミラビリスを引き戻したのは、メールの着信音であった。
気だるげな面持ちでスマートホンを持ち上げたミラビリスは、そこに表示されていた差出人の名に、どこかほっとしたように微笑む。
……少し、疲れた。
『彼』になら……ほんの少しくらい、愚痴を零しても許されるだろうか。 そんな風に思いながら。
* * *
数時間後。T都の空港。国際線のターミナルに、ミラビリスの姿はあった。時折懐中時計を見つつ、出口を見つつ誰かを探す男は、やがて目当ての人物を見つけて、ぱっと顔を輝かせる。
『よー、
オーウェン! 久しぶり!!』
『!? シオン……』
『あー……すまん。今は〝ミラビリス〟だ。そう呼んでくれ、な?』
金の髪に薄青の瞳、オーウェンと呼ばれた男性と、流暢な英語で挨拶を交わす。もはや懐かしいとすら思える本名を呼ぶ彼を軽く制して、ミラビリスは笑った。
彼にとっては見慣れぬものであろう、青鈍色の髪と紫に染まった瞳。それらをじっと眺め、手に巻かれた包帯を見て、オーウェンは溜息混じりに言う。
『どうやら、随分なことになっているようですね。覚悟して下さいね。洗い浚い、聞かせて貰いますよ?』
『そのつもりで迎えに来たんだよ。うち、来るだろ? ……まあ、誰もいないけどさ』
僅かに寂しげな響きに、オーウェンはますます眉を顰める。もの言いたげな彼を促して、ミラビリスは出口へと歩き出した。
グレイス=オーウェン=D=シェリングフォード。インターポールに所属する異能事件担当の刑事であり、ミラビリスが〝ミラビリス〟となる前からの親友。
その、久々の来日であった。
最終更新:2016年01月06日 19:16