「見なさい、この縫い針の先についた赤い液体を――
見なさい、あなたの指先から零れ落ちるものを――
あなたは人間だ!
人間だ!
人間なんだ!
ガイノイドなどという、
頭のからっぽな、ものを考えぬ、
美しい人形などでは断じてない!
愚かしく哀しみ、汚らしく怒り、
卑しく笑っては、ぬか喜びにひたる、
人間だ!
醜くなれ、
エリザヴェータ……
あなたは……あなたは人間だ……どうしようもなく人間だ、
人間なんだ!」
春のうららかなある日、ひとりのガイノイドが故障した。
「『ガイノイド』が恋をした?」
「ええ。なにやらしきりに
パン屋に通ってましてね」
「パンに恋をしただけでしょ。アンタが前にやったメロンパン、やけに気に入っていたじゃないか」
「……恋。だと思う」
「恋? まるでメロンパンみたいに甘い、すてきなこの昂ぶりを、恋と言いますの?」
「…………。それは、捨てたほうがいい」
「なぜ?」
「不幸な未来が、ある」
「選択肢はふたつ」
「逃げるか、捨てるか」
「どちらも、不幸な未来」
「――『ガイノイド』が失踪した!」
「馬鹿な」
「あれにそんな感情はない!」
「プログラムされていないはずだ!」
「“司祭”。君の記憶操作は不完全だったようだな。責任は負ってもらうぞ」
「感情までは制御できませんよ。……それより、責任を負うべきは他にいます」
「ふむ?」
「二年前の『ガイノイド』暴走事故――あのときのガイノイドの世話役、誰でしたっけ」
「それは――確か――」
「ガイノイド抹殺司令の総指揮官だって? 随分とお株が上がったねえ」
「汚らわしいベツレヘムの犬め」
「いい情報をあげるよ。命令が変わった」
「生け捕りもありだ」
「記憶はリセットして、二度と会えないけどな」
「どっちを選ぶんだい、“お父さん”?」
「ほとんどはじめまして――かな。
俺は
ミラビリスと呼んでくれ。
ミス・エリザヴェータ、ミスター・国井、あなたたちの国外逃亡に協力することになった」
「ど、どうしてたかが女の子ひとりと高校生に公安が出てくるんですか! それに国外逃亡って――」
「大企業の御曹司さん、ですよねっ。ご存じじゃないんですか?」
「はじめから――彼女を殺すつもりだったのか、
カルディアさん……!」
「ギルテ=モルグン、頭を冷やせよ。
たかが『ガイノイド』に多額の資金を費やした結果がコレだ。
ガイノイドプロジェクトは閉鎖。不要になった個体は処分。
オレとてアンタをむざむざ殺したくないんだ。
命令を出せよ、総指揮官。
出せよ。
命令を。
――――偽善者がぁッ!!」
「構えは」
「手首の骨の延長に、銃身と銃口がまっすぐに伸びるように」
「支えは」
「親指の付け根で」
「発射後リコイルの衝撃は」
「肩で受け留め、る」
「完璧です、エリザヴェータさん。本当にあなたは成長した」
「狙いを定めてください。
そう。あとは引き金をひくだけだ。
銃とはそういう武器なんです。
誰でも、簡単に、人を殺せる武器です。
たとえあなたでも――あなたでもです、エリザヴェータさん!」
私は。
人間になんて、なりたくなかった。
(人間になれて、とても幸せだった。)
「――いっしょに遊ぼうよ。
外の世界は楽しいよ、エリザ」
「東都探偵倶楽部事件簿:ファイルXX《ガイノイド》(※嘘予告)」
最終更新:2016年01月09日 00:16