ほんの寸時考えこんだのち、ぴくりとも動かない「その子」に
シトロンは軽く目を閉じ、意識を添わせる。
普段合体するときとは違って何か大きな壁が間にあるような感覚。
それを突き抜けたと思った瞬間、がくん、と逆にそちらに引き込まれるような感覚がした。
「……!?シトロン?」
引っ張られる感覚が共有されたのか、隣で寝ていた蜜柑がはね起きたその時にはすでに、
シトロンの姿は消え失せていた。
片割れとも、同じものともいえる半身の存在をしばし闇の中に探す蜜柑。
呼びかけに答える声はない。
枕元で、携帯が着信を告げる。
手を伸ばして彼女が取り上げる間もなく切れたその、発信元は
アーテル。
反射的にかけ返した通話にも、誰も出ない。
「嘘でしょ……いったい何が」
落ち着け、落ち着けと繰り返す蜜柑。
心の底の何かが鳴らす警鐘は、止まらぬ動悸となって彼女をしばしその場に縫い付ける。
シトロンが居ない。
シトロンが居ない。
どこにも居ない。
離れては生きてはいけないのに。
だってわたしたちはもともとひとりずつひとり、そしていまはふたりでひとりなのだから。
小指の先の感覚がゆるりと戻ってくるのと同時に、ほの白い霧に満たされた森に立っている自分にシトロンは気づいた。
少し近くに居た人影がゆるりと振り返る。
「牛鬼……いたのじぇ。 なにかあったのかと、思った」
駆け寄ってぽふりと腰あたりに抱き着くと、少し驚いたような顔をした彼は彼女の体を背を撫でる。
「お前いったいどうして……雅は、どうなった?」
「どうなった?って……やっぱり何かあったのじぇ?」
「一方的に手を切られた。親父とと決着をつけてくるつもりだったのかもしれぬが」
物理的に置いて行かれたというだけにしてはその声には途方に暮れた響きが籠っていたので、
シトロンは彼と雅の精神的共存関係が彼のほうからは思いつく限りの手段を試しても復元できない形で切られた、
という意味だと悟る。
つまり彼も知らないということか。
だがただ一つ、雅の『父親』を――頭のいかれた時空操作能力者の男を、斬ることができるその刀を置いて、
彼はどうするつもりなのだろう?
「出る方法、は? 探して、なんとかしない、と……?」
そうして悄然と俯く彼の頬に労わるように手を伸ばすシトロンは、そこで弾かれたように一瞬動きを止め、
両腕できつく自分の胸を掴む。
「ちがう、蜜柑。ちがう……!!」
身体ごと張り裂けるような胸の痛みの中、彼女は気づく。まえのときとは違う「壁」を感じたのは、
自分が身体ごとここに居るからだ。つまり、ある意味違わない。蜜柑の傍に、丸ごと自分が居ない、という意味では違わない。
「……はっはあ。刀真っ二つにしたのに中々消えないなー、と思ったら、お前がここに来てたの」
揶揄うような声と共に、雅の姿をした少年が空間ににじみ出るように姿を現す。
いつも後ろで一つに結わえている黒髪は解かれて背に流され、そうしているとやはり牛鬼と雅は当たり前だがよく似ている。
だが、彼の浮かべている笑顔はどこか冷たい。
「まあいいや。俺もちょっと急ぐからね。さよなら。安心しな。ここを消したら終わりだ。俺も親父も、お前も、そいつも」
――でも、これで彼女は大丈夫、と。
声にならないほど小さな声で、そう最後に雅が一つ付け加えたのを唇の動きでシトロンは見た。
張り裂けそうな胸の痛みと、自分を押しのけて雅につかみかかった瞬間に白い空間にとける牛鬼の姿、
とても遠くから微かに聞こえる自分を呼ぶ蜜柑の声。
そうして、ゆっくりと向き直った雅が彼女ののど元へ手を伸ばす。意識と存在が白く塗りつぶされて消えていく中、
ちりん、と一度、場違いに澄んだ鈴の音。
FIN.(ED02)
最終更新:2016年07月21日 11:48