「……ちょっと、待ってて、牛鬼。しょーがないなあ……とりあえず、すぐ拾いに行くのじぇ」
みょこ、と布団から起きあがってそう呟いたシトロンに、傍らで少し眠そうな顔で目を見開いた蜜柑が怪訝そうにそちらを見上げる。
「どうしたの?」と言いたげな蜜柑の視線に、若干困った顔をした挙句、
口に出すのもこっぱずかしい、と言う様子で結局こちん、と軽く額を彼女の頭に寄せるシトロン。
ほんの数秒、軽く目を閉じると、はい、了解、とシトロンの頭をくい、と押しやると、若干遠い目をする蜜柑。
「なるほど、ね」
「その、ほら、……牛鬼一人で歩けないから」
「そうね。刀だもんね」
「……蜜柑も、行く?」
「寝る。お休み。後でまた教えて」
にべもなく言い捨てて欠伸一つして布団を頭までかぶりなおしてくるりと背を向ける蜜柑。
「デスヨネー」としばらく両手の人差し指ちょんちょんしながら苦笑まじりにそれを見届けてシトロンは田中家へと向かう。
玄関をあけ放たれたままの家の中へ入り、小蜘蛛が教えてくれた居間のほうへ向かうと、その片隅に転がっている見慣れた軍刀。
少しほっとしたような顔をしてそれに駆け寄って拾い上げ、両手で抱えると、
自分だけでなく抱えあげた刀がホッとしたような空気が確かに感じられて、シトロンは少し可笑しくなる。
「……きてあげたから、もうだいじょうぶなのじぇ。 ……まあ、ちょっと行ってみて、
お邪魔な空気だったら、帰ればいいだけだし、それならきっと、明日には雅おにーさんもご機嫌治ってたり、
アーテルおねーさんもツヤツヤしてたりするだけだから心配いらないのじぇ」
『……まあ、野暮をする気はないが、あれしきのことで、あそこまで激昂するとは、奴の器もまだまだ小さいな』
「あれしきのこと。 ふーん? ぎゅーきにとっては『あれしきの事』なのじぇー?」
『いや!? まて、そういう意味ではなくじゃな!?そんな話は今していないじゃろう?!』
刀を手に夜道を駆けていく途中、ひょこ、と刀から滲み出すように現れた小さな刀霊の物言いに、
少し意地悪く軽く拗ねたような口調作ってそう言うと、慌てたように言い訳が戻ってくる。
軽く熱を増す胸元の鎖鎌にくすくすと笑って。
「まあ、つべこべ言わずにとっととやっちゃえばいーのに、って感じはあるのじぇ。あの二人」
そんな事を笑いながら小さく呟くシトロンの肩口で、、何やら若干赤い顔して頭抱えている刀霊。
たどり着いたアーテルのマンションの外からカーテンが引かれた彼女の部屋を見上げるシトロン。
何か物を投げつける音と、知っている男女の声の罵倒が灯りのついたその部屋からその位置からも明確に聞こえてきた。
「いきなり何だテメエフザケンナ!!今日何の日だと思ってるの決勝リーグ最終戦よ!!」
「俺とセリエAとどっちが大事なんだよ!!」
「うるせェ!!今更何急に色気づいてんだ、この朴念仁が!!」
何か重いモノがぶつかるひときわ大きな音と共にその部屋の灯りが消え、窓から重そうなスツールが飛び出してきてシトロンの傍らに落ちてきた。
と、同時に、マンションの他の部屋と、近くの建物の灯りが続けてぱぱぱ、と夜目に明るく点っていく。
「……確実にご近所複数にけーさつ、呼ばれてるのじぇ。何やってるのほんとおねーさんたち」
うひゃあ、って顔しつつもまあ、ここまで来ちゃったしな、と一旦小蜘蛛に姿を変えて、
刀わさわさとアリが餌を運ぶように持ち上げつつ窓を目指すシトロン。
暗い窓際で中の様子を確かめると、人の姿にもどってひょこっと刀背負ったまま窓枠を乗り越える。
「……誰も、居ない?」
先ほどまで確かに言い争っていたはずの二人がその場には居ない。
大乱闘の果てという様子に荒らされた室内で、大画面のテレビが衛星放送のサッカーを放送している。
幸いまだ今のところパトカーの音やノックの音などは聞こえない。
「こんなぐっちゃぐちゃして……これだけでもアーテルおねーさんまたマジ切れなのじぇ」
まったくもぅ、と部屋の中を眺めてなんとなしに床に散乱した衣服や雑誌を拾ったり落ちていた人形などをもとの位置へ戻したりしながら室内を改めていく。
「あ、これ雅おにーさんの上着。…………あ、ズボンもあるのじぇ。 靴下……と………?」
最後に拾いあげたまだ体温の残るその布の手触りに、シトロンは若干表情を固まらせる。
「たいへんなのじぇ、牛鬼」
『……大変だな。いったい何が……間の悪いところに親父が現れたか、それとも、雅の能力が暴走でもしたか……』
何かのはずみで、もしくは雅の妄念が炸裂して、二人はどこか違う時空へと跳んで行ったのかもしれない。
それはそれで、まあそうかもしれない。
「そこじゃないのじぇ」
『どこだ?』
「あの二人、きっと今全裸なのじぇ」
『そこかよ』
――アーテルの好きなコロンの香る。滑らかな手触りの、シルクサテンの黒レースの紐ぱんつ。恐らくは上下セット。
混沌とした室内のブラの行方と同じほど、二人の行く先を探す術は知れなかったという。
FIN.(ED05)
最終更新:2016年07月21日 13:22